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2012年12月10日 (月)

二大政党制を育てるために

 私は、今回の総選挙は日本の将来にとって特に重要だと感じるので、あえてこの一文を書くことにした。生長の家は政治運動をやめて久しいが、それは政治に関心をもつなという意味ではなく、宗教と政治が深く関わることで、宗教のもつ信仰の純粋性が犠牲になった過去の教訓から学んだのである。「朱に染まれば紅くなる」という言葉があるが、宗教が政治目標を掲げて運動することは、宗教本来の目標を忘却させ、政治の汚濁に染まる危険を常に孕んでいる。しかし、宗教が団体として、本質的に利害調整の手段である政治的取引に自ら関与しつつ、政治目的を達成しようとすることと、宗教的価値を重んじる信仰者が、個人としてその価値を社会に表現しようとすることとは、別のことである。生長の家は、前者をすることをやめたのであり、後者を行うことは、自己の内なる神性の表現であるから、愛行の実践や肉食の削減と同様に自然な行為であり、それをしない方が真の信仰者として疑わしいと言える。

 そういう理由で、生政連(生長の家政治連合)の活動停止以後、生長の家は教団として信徒の投票行動に制限を加えたことはなかったし、今後もそれをすることはないだろう。また、私が本欄などで、日本や世界の政治情勢の変化の節目節目で発言してきたのは、複雑で分かりにくい政治現象を前にして、生長の家が擁護し推進する価値を明確にし、信徒が個人として信仰者の選択を行うさいの参考に供するためである。今回も、同じ目的で本文を書いている。

 民主主義は忍耐を要する政治制度である。それは、基本的に“話し合い”を唯一の手段として利害調整を図るからだ。民主主義の中でも、国民が間接的にしか政治過程に参加できない議会制民主主義は、さらに忍耐を要する。なぜならこの制度では、国民は自分の意思を直接政治に反映するのではなく、議員をとおして間接的に表現するからだ。この時重要なのは、自分の意思を表現してくれる“相手”を正しく選ぶことだ。そのためには、選ぶ側と選ばれる側の間に信頼関係があるかどうかが重要になる。また、選ばれる側が選ぶ側の意思をきちんと把握していなければならない。把握していながら、その意思に反することを行えば、信頼関係は崩れる。だから、民主党が3年間で選挙公約のすべてを守るにいたらず、国民の信頼に応えられなかったという理由で、今回の選挙の公示時点で大幅な支持率低下を招いたことは、当然と言えば当然である。

 しかし、自民党の長期支配の後に現れた初めての国政担当者が、3年という短期間ですべての公約を達成することを期待するのも、期待過多ではないだろうか? しかも、この3年の間に、私たちは東日本大震災と原発事故という未曾有の事象を経験したのである。これらの災害と事故の原因は民主党にはない。また、私たちは衆議院では民主党に多数を与えたが、参議院ではそれを許さなかった。その決断自体は賢明な判断だと私は思う。が、この“ネジレ国会”のおかげで国政が停滞した責任の全部を政権与党に帰するのは、不合理である。その一端は野党にもあるし、国民にもある。
 
 これと似た現象は、隣国のアメリカにもあった。建国以来、白人系の大統領しか選ばれなった彼の国で、史上初の黒人系大統領が生まれた。それは、近年増加が著しい非白人系のアメリカ国民の大きな期待があったからだ。オバマ氏は「あれもする、これもする、我々にはできる (We can do it!)」を繰り返して当選した。だから、それらの公約を4年たっても守れないことに業を煮やした国民は多数いたのである。にもかかわらず、アメリカ国民はオバマ氏を見捨てなかった。

 その理由はいくつもあるだろうが、その一つは、政権交代後の新政権の仕事の半分は、前政権の失敗の後始末であることを知っているからだろう。つまり、中東地域でのアメリカの地位低下は、オバマ氏の責任ではなく、前政権の失敗の結果であることを理解していた。また、何年もの戦費拡大が縮小へと転ずれば、軍需産業の雇用が縮小することは当然だし、戦争遂行中は民生用の産業の発展は犠牲になるから、その間にそういう産業の一部は中国やインドに拠点を移すことにもなる。だから、アメリカの失業率の増大は、オバマ氏の率いる民主党のみに責任があるのではない。また、アメリカでも連邦議会で“ネジレ現象”があったから、民主党の政策を実現するための法案の多くは、野党である共和党の反対に合って成立せず、結果的に公約を守らないことになった。だから、今回の“オバマ再選”は、オバマ氏の第一期の施政を国民が評価した結果ではなく、「あなたが公約を実行するか否かは、2期目のこれからが正念場だ」という国民の冷静かつ、厳しい目が背後にある、と私は考えている。
 
 私は、このような“冷静な目”を国民がもつためには、長年の学習が必要だと考える。が、それがない限り、民主主義は常に衆愚政治に堕する危険を内包しているのである。アメリカで可能なことは、原理的には日本でも可能なはずだが、この点、日米間に存在する違いの大きさは無視できない。それは、アメリカでは二大政党制が伝統であるのに対し、わが国は戦後、長期にわたって自民党の単独政権が原則だったからだ。端的に言えば、日本には、いわゆる「責任野党」が育っていないのである。「責任野党」とは、いつ政権を交代しても大過なく国政を遂行できる実力をもった野党である。これを育てなかった責任の一端は、われわれ国民にもある。一般的に政治に無関心で、「経済さえよければ誰が政治をしても構わない」という態度が長く続いた。そして、3年前に初めて政権交代があった。
 
 私は、民主党政治の3年間が成功だったなどと言うつもりはない。失敗も数多くあり、私が口を酸っぱくして説いてきた温暖化対策もほとんど実のある結果を出していないし、第一、京都議定書から事実上脱退してしまった。また、外交面でも実にフラフラしている。しかし、自民党の戦後政策に対する“対立軸”を打ち出そうとしてきたことは事実であり、その一部は生まれつつある。それは例えば、行政のムダと、業界との癒着の削減であり、大企業中心の軸足を中小企業寄りに移す努力であり、中央集権から地方分権へ重点の移動である。もちろん、これらはまだ中途半端だし、民主党の議員によっては、個別的にはこれらに反対する者もいる。しかし、私が強調したいのは「対立軸を形成させる」ための政党が必要だということだ。言い直すと、いろいろな意味で自民党が行き過ぎた場合、それを修正する責任政党を国民が選ぶことができる状態が、日本の政治には必要だと私は考える。
 
 多くの日本人は、恐らく「政党より政治家を選ぶ」のが民主主義だと考えるだろう。しかし、私はそれも一応民主主義には違いないが、人気投票に堕す恐れがあり、衆愚政治にかなり近いと考える。政治を人気投票だと考えるような国民が多い国は、まだ幼い民主国である。ご存じのように、多くの政治家は票を得るためには、人気が出そうなことを何でも言う。夢のあること、美しいこと、耳に快いこと、情緒をかきたてること……を恥ずかしげもなく連呼する。私はそれを聞くたびに、日本国民として悲しい。私たち国民は、政治家からそれほどバカにされているのか、と悔しく思う。なぜなら、そういう候補者は、美辞麗句を並べたてることで自分が当選すると考えているからだ。つまり、彼らは国民を「衆愚」だと思っているのだ。そんなことより、きちんとした「政策」を述べるべきだ。それも、「雇用を増やす」とか「経済を優先する」などという抽象的な言い方ではなく、それを実行するための財源はどうするのか、環境破壊をどう防ぐのか、高齢者をどう処遇するのか、女性の活用をどうするのか……等をきちんと整理して、一貫性のある政策として発表すべきだ。

 今回の選挙の重要な争点は、明らかに「エネルギー政策」である。しかし、自民党以外は“原発ゼロ”を掲げているというのは、驚くべきことだ。何を驚くかと言えば、多くの政党は“原発ゼロ”の旗印を政策としてではなく、標語として、あるいはイメージ戦略として使っていると考えざるを得ないからである。理由は、ほとんどの新政党は“原発ゼロ”までの行程を、政策として具体的に示していないからだ。これほど重要な政策変更を“イメージ”や“ムード”で行おうとする政治家または政党を、私たちは信頼できるだろうか? 答えは「否」である。

 私はもちろん、「脱原発」を宣言した。だから、“原発ゼロ”の日本が実現することを願ってやまない。しかし、それを実際の政治で実行するためには、自民党が長年国策として進めてきた“原発増設”と密接につながった様々な政策を、すべて転換しなければならない。それに伴う利害関係の対立と錯綜を予測し、対策を講じなければならない。多くの法律を改正して、日本の政治・経済界に新しい構造を生み出さねばならないだろう。そういうことを自民党がきちんと処理し得るとは、もちろん私は思わない。しかし、公示直前に大あわてで結成された政党にそれができるとも思えない。それができるのは、やはり短いながらも実際に国政を担当して、自らの“原発増設”の誤りに気づいて政策転換を行った政党が、短期的には満足した結果を出せなくても、試行錯誤しながら営々と努力を積み重ねていくのを、国民が忍耐をもって見まもり、かつ応援していくほかないのだと思う。

 日本の政治を今、博打ゲームのようにすることは、将来において禍根を残すことになる。だから、二大政党制をこの国に根づかせるために、私は再び民主党を支持するのである。

 谷口 雅宣

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コメント

谷口先生、


本ブログで意見を表明したくコメントさせて頂きます。

本ブログの中で、

「言い直すと、いろいろな意味で自民党が行き過ぎた場合、それを修正する責任政党を国民が選ぶことができる状態が、日本の政治には必要だと私は考える。」
と先生は仰っています。

一個人として、この文章を読み込むと、師走の選挙で、自由民主党が政権を奪取、奪還すると予想しているように思えます。

もし、先生がご支持されている「民主党」が政権を他党に政権を渡さないとご予想しているならば以下のような文章になるのではないかと思います。
--------------

「言い直すと、いろいろな意味で自民党が行き過ぎたため、それを修正する責任政党を国民が選ぶことができる状態が、日本の政治には必要だと私は考える。」

--------------
どこが違うのか?それは、「行き過ぎた場合」と「行き過ぎたため」です。

そのため、谷口先生は、師走の選挙で自由民主党が政権を奪還すると解釈しても不自然ではなような気が致します。

新聞各社、メディアの調査では師走の選挙で、自由民主が与党第一党になるだろうと報道されています。

私個人的には自由民主党支持者で、微々たるお手伝いですが政治活動をしています。そのため、自由民主が、政権を奪還するのは毛頭問題はありません。

何か、新聞記者や週刊誌のように「揚げ足を取る」ようなコメントで申し訳ございません。

個人的には、総裁先生のご著書やブログは平素より拝見させて頂いていますので、好意は持っております。

また、論理的且つ、大学教授のようなな博学才英な論文調の文章がどことなく好きです。

ちなみに、私も法学部出身なので、難しい条文解釈、学説等を読み込んだりしていたので、ちょっとした文言の使い方に敏感になりました。また、法律・政治に関しては熱くなると事があります。

ですので、今回気になりコメントさせて頂きました。

                  再拝

投稿: 森 | 2012年12月11日 (火) 07時27分

合掌 ありがとうございます。

はば広い視野からのお言葉に、もやもやした選択が、一本にしぼられてすっきり致しました。
これで、期日前投票に参ります。

熊本のご講習会をまた真剣に受講させて頂きます。 再拝    諌山綾子拝

投稿: 諌山綾子 | 2012年12月11日 (火) 07時34分

合掌 ありがとうございます  
先生の民主党を支持する論理は、分からなくもありませんが、もし原発を日本で最初にスタートした時点の政権担当者が、民主党で在ったなら、果たして原発を開発していなかったかは疑問符が付くと私は思います。
何故ならその時の世界情勢、社会情勢で、判断することになるからです。
ただ、私が心配するのは、民主党の基盤は労働組合です。
私もその組合員でしたが、彼らの多くは自分たちの労働条件がよくなることが目的で、天皇陛下などはいらないという人がほとんどです。心配です。
参考のため、一言申し上げさせて頂きます。 合掌再拝

投稿: 田中久嘉 | 2012年12月11日 (火) 17時30分

合掌ありがとうございます
トップに声は届かない、と諦めて、今回の選挙に対して
無気力でした。でも先生のご文章で、諦めてはいけない、と思いました。ありがとうございました。
再拝

投稿: 水野奈美 | 2012年12月11日 (火) 18時42分

総裁先生、ありがとうございます。

先生ご自身は、個人的にどの政党を支持するかついてはハッキリと言明されていないと感じています。

>「言い直すと、いろいろな意味で自民党が行き過ぎた場合、それを修正する責任政党を国民が選ぶことができる状態が、日本の政治には必要だと私は考える。」

これを以下のような意味で読ませていただきました。

『言い直すと、いろいろな意味で〝政権与党〟が行き過ぎた場合、それを修正する〝責任を果たせる野党〟を国民が選ぶことができる状態が、日本の政治には必要だと私は考える。』

なお、この日本が目指すべき政治システムの方向性は、私も賛同するところでございます。

現在はここへ向かっての過渡期であります。

また・・・

>「国民は自分の意思を直接政治に反映するのではなく、議員をとおして間接的に表現するからだ。この時重要なのは、自分の意思を表現してくれる“相手”を正しく選ぶことだ。そのためには、選ぶ側と選ばれる側の間に信頼関係があるかどうかが重要になる。」

この過程には、国民の意思を代弁するはずの議員個人にも一人の人間としての考えや行動力があるため、国民の意思が反映されないことも当然あり、それでも国民により選出された議員の果たすべき責任の一端は国民にもあるということ。

さらに、これらの責任は、国民の側にも同時に果たしていかなければならいという責任感を持つことが重要であり、これらの両立から相互に連携した議会(議員)と国民との信頼関係を築くことができると考えています。

本当の意味での日本政治の〝ネジレ現象〟には、選ばれた議員と選ぶ国民との間の信頼関係が正しく成立していないことも、原因の一つだと思っています。

投稿: 阿部裕一 | 2012年12月12日 (水) 10時48分

総裁先生

合掌 ありがとうございます。
 いつもリアルタイムでご教示いただき感謝申し上げます。

 いつもなら「なるほど!」と明快に理解してきましたが
今回ばかりはいくつかの疑問が生じてしまい、質問するか迷いましたが、もしかすると同様の思いをされている方がいるかもしれない、と勇気を出してお尋ね致します。

 先生が仰っている二大政党制の必要性は私も理解しています。
 ただ、その候補が民主党で大丈夫なのか?その不安が払拭できません。
 不安材料はいくつもあり、先生はそれは長い目で見守ろう、ということなのでしょうが“原発ゼロ”をスローガンに掲げていても、実際には原発再稼働を容認してきた現政権を信じて良いものか、見守る以前にかなり疑問です。

 また、先生は国政を担当した経験を評価していらっしゃるようですが、嘉田知事や橋下市長、松井知事など現職の首長さんたちの経験は国政ではないから駄目なのでしょうか?

 先生の想いを心から応援したいので
すっきりした気持ちで投票できるような回答がいただけたら幸いです。
              再拝

投稿: 山城和史 | 2012年12月12日 (水) 16時00分

山城さん、
  私は「政治家」ではなく「政党」の政策としての“対立軸”を問題にしているのです。ですから、嘉田知事や橋下市長、松井知事などは国政の経験がないのですから、「政党」としてはほとんど何もしていません。それらの人々が大慌てで結成した「政党」は、まだ責任政党とは言えません。

 それから、他の人のコメントにも出てきましたが、国政を担当した経験がある政党と、それの無い政党との違いは大きいです。その第一は、安全保障や国防に関する経験の有無です。これは大変重要なことで、大阪市や大阪府がどんなにうまく経営できても、国際政治の舞台を知らない人々に国政を任せることは、私にはできません。かつて、鳩山由紀夫氏が首相となったとき、彼が「抑止力」という言葉の意味をよく知らなかったと独白したことに、私は驚愕しました。国防や安全保障は、日本より数倍強力な他国とのギリギリのやりとりをする場です。それを愛国心一辺倒でやるのも、相手への全面信頼でやるのも危険極まりないことです。

投稿: 谷口 | 2012年12月12日 (水) 16時27分

総裁先生
ご多忙中、早速ご回答いただきありがとうございます!

民主党という“生命体"の実相直視という観点で
本日、期日前投票に行って参ります^_^

投稿: 山城和史 | 2012年12月13日 (木) 06時42分

合掌 ありがとうございます。
いつも考えさせられるご文章をお書き下さりありがとうございます。

先生のブログを見て私も他の質問者の方々と同じ事を考えておりました。ただ、政治に関しての知識があまりないため、どのように質問を申し上げたらよいかわかりませんでした。

先生が質問に答えて下さったことで、どのような考えを基本にされているかがよくわかりました。
特に安全保障や国防の話というのは、私たち若者にとってとても分かりにくい分野です。
これから勉強していき、見極める目を養っていきたいと思います。

また、疑問に思ったら質問させて頂きます。
今後ともよろしくお願いいたします。

投稿: 多久剛 | 2012年12月13日 (木) 10時10分

前回の衆議院選挙で国民の大多数が自民党に待ったをかけ、民主党への期待から票が集まり政権与党の座につきました。これは間違いなく、国民の総意だったはずです。私たちは組織の中でステップアップする場合、なかなか上手に立ち回れないことがあります。しかしながら、経験を積み勉強をして行くうちにいつしか当たり前に業務をこなせるようになります。石の上にも3年といいます。民主党は今ようやく3年を超え、「さ~これからだ。」という段階ではないでしょうか。選んだ国民が支えないで誰が支えるのでしょうか。主役は国民であるはずです。政治家が悪いのでも世間が悪いのでもなく、確かなシステムを構築しようと立ち上がらない国民(私たち一人一人)が目覚めなければいけないのだと思います。これは政治だけでなく、環境問題、エネルギー問題についても同様だと考えます。その意識の上に立って、今生長の家は「自然とともに伸びる運動」を掲げ、森のオフィスから「新しい文明の構築」を目指しているのだと認識しています。
先生、高い視点からのご指導ありがとうございます。
再拝

投稿: 永田良造 | 2012年12月13日 (木) 20時12分

合掌ありがとうございます!総裁先生は民主党を支持されているんですか?民主党は自民党、公明党と3党が消費税増税を合意したんですよ。大飯原発を再稼働をさせた党です。僕は原発再稼働には反対です。増税も反対です。総裁先生、日本共産党の事がブログに書かれていないのでどう見ていらしゃってるかわからないのでブログに書いて頂けますか?よろしくお願いします!次世代への人たちにどう伝えていくべきか教えて下さい。僕個人として日本共産党を支持しています!人間神の子の教えは変わらないと思います!

投稿: 辻昭 | 2012年12月14日 (金) 12時26分

辻さん、
 あなたはどういう経緯で生長の家の信徒になられたのか、また何歳ぐらいの方なのか、私には分からないのですが、想像すところ青年会員でしょうか? そうだと仮定してお答えします。
 生長の家は共産主義に反対しています。これは、生長の家が「自由」というものを神から人間に与えられた最高の賜と考えているからです。日本共産党は、他の国々の共産党と同様に、最終目的は共産主義の実現です。その過程においては、どんなことでも言います。それは、共産主義の偉い先生方が書いた本にきちんと書いてあります。日本人のことではありません。
 それに今、共産主義を実現している国は皆無であり、ソ連の崩壊、中国の資本主義導入などを見てもわかるように、誰もこの政治思想を信じていません。あなたは、どうして信じているのか、教えていただけますか?

投稿: 谷口 | 2012年12月14日 (金) 16時52分

総裁先生ありがとうございます!僕は兵庫県で青年会で活動しています。僕が生長の家に出会いは小学校の学童保育の時にお世話になった先生のご縁で青年会に入って10年になります!30歳です。日本共産党のご指摘を受けて保育園の時にお世話になった先生が日本共産党の地元の市議会の議員をされてて生活相談や労働相談をしてそれでご縁があったので。僕の家庭は生活保護世帯で母と二人で暮らしています!総裁先生のブログを読んで日本共産党という所がどんな所なのかわからないまま、それで総裁先生に送ったんです。でも僕は生長の家の活動を優先して活動しています。まだまだ勉強不足ですね。総裁先生ありがとうございました。

投稿: 辻昭 | 2012年12月14日 (金) 17時55分

合掌ありがとうございます。失礼ながらこのブログを拝見しないまま投票に行ってしまいました。投票した政党は書きませんが、これがだめだから今度はこっち!という考えには疑問を持っていました。今までで一番考えに考えて行動はできたような気がします。選ぶのは苦しかったです。投票率が低くて残念な気持ちですが、家族は皆投票に行きました。ある政党が圧勝するとそれはそれでなんだか怖いなあという気がしてしまう私です。政治や細かい政策理解するのは難しいです。もっと勉強が必要ですし、政治家の方と一般市民がもっともっと近づいて本当に民意が反映されていくといいなあと思います。

投稿: 山中真紀子 | 2012年12月17日 (月) 07時59分

読者の皆さん、
 いろいろなご意見を寄せてくださり、ありがとうございました。
 結局、ご存じのような結果となり、自民党の“一人勝ち”のような状況になりました。民主党は今後、臥薪嘗胆の日々を送ることになりますが、今回の失敗からしっかりと学び、政策本位の政党に生まれ変わってもらいたく思います。

 ところで自民党ですが、“奢る平家”にならぬように、国民として注意深く監視し、来年の参議院選挙で再び意見表明をしたいものです。今回は、小政党乱立の混乱の中で、有権者の半数近くが投票を控えたわけですから、いつでも「ノー」と言える日本人でありたいです。(石原氏とは、まったく逆の意味ですが……)

 新政権発足後、私が特に心配しているのが外交における“タカ派”政策が裏目に出ることです。国防軍に名前を変え、センカクで中国とツッパリ合い、アメリカ詣でに終始するのではいけません。自民党の古い政策の復活は、本当に御免こうむりたいです。

投稿: 谷口 | 2012年12月17日 (月) 14時54分

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