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2012年11月22日 (木)

“天孫降臨”とは神意の現成なり

 今日は午前10時から、長崎県西海市にある生長の家総本山の出龍宮顕斎殿で「谷口雅春大聖師御生誕日記念式典」が厳かに挙行された。私は祝詞と宇宙浄化の祈りを唱え、概略以下の内容のスピーチを行った。
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 皆さん、本日は「谷口雅春大聖師御生誕日記念式典」に大勢お集まりくださり、ありがとうございます。

 谷口雅春先生は昭和60年6月に満91歳で昇天されましたが、まだこの世にいらっしいましたならば、今日が119歳のご誕生日ということになります。肉体はお亡くなりになってすでに四半世紀たちましたが、私たちは「400冊」とも言われるご著書によって、今でも先生のお心に接することができる。これは誠にありがたいことであります。
 
 また、雅春大聖師は、晩年にはこの生長の家総本山を建設され、この地に私たちの運動の一大拠点を与えてくださったおかげで、今日も私たちはこのような盛大な記念式典をもつことができると共に、団体参拝練成会を初め、各種の練成会で心を浄め、都会の喧噪を離れて自然と対話し、神-自然-人間の一体感をしみじみと味わう貴重な時間をもつことができるのであります。
 
 この生長の家総本山の重要な施設の1つに「七つの燈台」があります。ここでは、「大調和の神示」が下された9月27日には「七つの燈台聖火授与式」というのが行われているので、皆さんの多くは参加された経験があると思います。この「七つの燈台」について、今日はお話したいと思うのであります。
 
 聖経『甘露の法雨』の詩文が始まる前に、「大調和の神示」に続いて掲載されているのが「完成(ななつ)の燈台の神示」(昭和6年1月15日)であります。「時が来た。今すべての病人は起つことが出来るのである」に始まる、有名な神示です。この神示の題名は「完成」と書いて、振り仮名で「ななつ」と読ませています。それは、「7」という数字に「完全」とか「すべて」という意味が含まれているからです。これは、生長の家の独自の解釈ではなく、世界的にそう見なされてきました。例えばユダヤ教やキリスト教では、神は6日間で天地を創造され、7日目には完成を祝われたとされています。『創世記』の言葉を借りれば、「神はその第7日を祝福して、これを聖別された。神がこの日に、そのすべての創造のわざを終って休まれたからである」というわけです。
 
 「完成の燈台の神示」には、「“生長の家”は今かの黙示録が予言した“完成の燈台”として人類の前に臨むのである」とあります。これはご存じの通り、新約聖書の『ヨハネの黙示録』の第1章に記述された“七つの燈台(燭台、lampstand)”のことを指しています。つまり、生長の家のことは、聖書の黙示録に予言されているということです。言い換えれば、キリスト教やユダヤ教の目的と生長の家の目的は同じだということです。その目的は何かというと、神示に書かれている通り、「“罪”と“病”と“死”との三暗黒を消尽する」ことです。この点は、きわめて重要なのですが、時々忘れてしまう人がいるようです。そして、生長の家は他の宗教とは異なる特殊な目的をもっているとか、生長の家は日本で生まれた宗教だから、日本人以外には本当には理解できないとか、妙な解釈をする人も出ているようです。しかし、『生命の實相』の冒頭に出て来る文章は何だか、皆さんは覚えていらっしゃいますか? 谷口雅春先生の御文章として最初に出て来るのは、「大調和の神示」です。しかし、それよりも前に置かれた文章があります。それが、『ヨハネの黙示録』の第1章からの抜粋です。ですから、雅春先生が生長の家をどのような性格の運動として始められたかという点については、きわめて明確なのです。これは日本の宗教としてではなく、世界を視野に入れたユニバーサルな教化運動として開始されたのであります。
 
 さて、この点をしっかりと押さえておいてから、再び「七つの燈台」のことに戻りましょう。
 多くの皆さんにとっては“復習”の部類になりますが、この総本山に建立された「七つの燈台」には、それぞれ名前がついていますね。それを全部言える人はいますか? 手許にリストがあるので読み上げます--

 ➀天孫降臨皇御国成就燈
 ②伊邪那岐文化成就燈
 ③伊邪那美文明成就燈
 ④三界万霊悉皆実相開顕成仏燈
 ⑤地上天国世界連邦成就燈
 ⑥万物一元万教帰一成就燈
 ⑦君民一体地上天国成就燈
 
 これらの燈台についている名前の意味は、ご存じでしょうか? 実は、谷口雅春先生はそれについて詳しい解説を残しておられないのです。しかし、名前に使われた漢字の意味からそれぞれの燈台の意味を類推することはできます。が、これには誤った解釈をする危険が常に伴います。特に重要なのは、第一番目の燈台である「天孫降臨皇御国成就燈」の意味です。その正しい解釈をこれからお話ししましょう。
 
 この名前は一見、現実の日本国の国威発揚を願った燈台のように思われます。また、「スメラミクニ」という言葉からは、天皇主権の日本国家の実現を願った燈台のようにも解釈できます。しかし、本当にそうだろうか? これまで私がお話ししてきた生長の家のユニバーサルな使命、その運動が何を目指しているかについての神示の明確な記述、キリスト教、ユダヤ教、イスラームの共通の教典である聖書の記述との関係……などを考え合わせてみると、日本一国だけの国威発揚を私たちが「いの一番」に目指すということには、疑問があります。ですから、ここの「天孫降臨」の言葉の意味を正確に理解しなければなりません。そのためには、神示をひもとくのが一番でしょう。
 
 谷口雅春先生は全部で33の神示を発表されていますが、その大部分に当たる29の神示は、大東亜戦争前の昭和5年から8年までの日付です。残りの4つの神示は戦後下されたもので、そのうち2つの神示に「天孫降臨」の意味が説かれています。1つは「君民同治の神示」(昭和20.12.28)で、もう1つは「大和の国の神示」(昭和21.1.6)です。まず「君民同治の神示」ですが、その中にこうあります--
 
「人間は自己自身の神聖性のゆえに神造の国家に神聖降臨の神話を創造してその歴史の中に住む自己を観るのである。天孫降臨とは人間自身すなわち民自身が天孫であり、神の子である自覚の反映にほかならない」。

 これは、人間の中にある神聖性の自覚が、“神によって造られた国”という神話物語を生み出した原因である、ということです。これは、直接的には日本神話の天孫降臨の意味を説いているのですが、間接的には、世界各地に残っている神話にも、同じような“神造国家”の物語があることの説明でもあります。つまり、私たち人間の中に、至高のもの、完全なるものへの憧憬--神の子の自覚の“種”があるために、それを自分たちの国の起源として投影する。そういう筋書きの神話を生み出し、それを互いに仲間で共有し、また子孫に語り継ぐことで希望を育て、また生き甲斐をもって前進する。そういう人間心理の分析が書かれているのです。
 
 このような心の中の出来事は、しかし心中にだけ止まるわけではありません。現象世界は「唯心所現」ですから、やがて現実の世界における人間の行動となって現れます。その際、自分たちは神国の民だから、他国や多民族を征服して支配する権利があり、さらには蛮族を支配する義務があるなどと考える人が出てこないわけではない。戦前のドイツや日本、イタリアなどには残念ながら、そういう思想が人気をもって拡大した。しかし、この神示のあとに出た「大和の国の神示」では、そういう解釈は誤りであるということが、明確に書かれていますーー

「天孫降臨と云うことは天の父のみこころが天降って、天が下ことごとくが一つの光の世界になり、大和、平和の世界があらわれると云う意味の象徴的表現である。日本民族が世界を治めるのではなく、『天孫』すなわち『天の父のみこころ』が全世界を治める時期が到ることである」。
 
 この文章が伝えるメッセージは、実に明快です。「天孫降臨皇御国」というのは日本国のことではなく、神の御心が十分に反映した平和な世界のことだと書いてあります。「天孫降臨皇御国」とは、現象的な日本国家のことではなく、世界平和が実現したさいの地球世界ということ、さらには地球を含んだ宇宙をも意味していると考えられます。

 「国」という言葉を「国家」だと解釈すると間違います。このことは、神想観の最後に詠う「光明思念の歌(大調和の歌)」の文言を思い出してくだされば分かることです。それは、「天照す御親の神の大調和の生命射照し宇宙(くに)静かなり」です。この「クニ」という音声に当てはめられた漢字は国家を意味する「国」ではなく、「宇宙」なのです。国家のような地球上の小さな領域ではなく、地球よりさらに広い概念を「クニ」と読ませている。そのこととも一致します。この点をはっきり理解し把握しなければ、運動の方向性を間違うことになります。
 
 また、この「天孫降臨」は他の宗教の目指すものと違うと考えるのも間違いです。その証拠に、「大和の国の神示」には、次のように明示されています--
 
 これ(天孫降臨のこと)がイエスの『主の祈り』にある御心が既に成る世界の意味である。それが真の大日本世界国(ひかりあまねきせかいのくに)である。大日本世界国(ひかりあまねきせかいのくに)と云うことを狭い意味に解釈して、日本民族の国だなどと考えるから誤解(まちがい)を生ずるのである。そんなものは小日本であり、本当の大日本国(ひかりのくに)ではない。天の下ことごとくが『天のみこころ』で満ちひろがる世界が来ることを、「全世界五大州の国土を『天孫(てんのみこころ)』に御奉還申すべき時期が来る」と教えたのである。
 
 このように、戦後雅春先生に下された2つの神示で説かれている「天孫降臨」の意味を正しく理解すれば、雅春先生がこの生長の家総本山を建立され、そこに“七つの燈台”を建てられ、その第1番目の燈台に「天孫降臨皇御国成就燈」という名前を付けられたことの意味は、明確になると思います。先生が私たちに託された願いは、「天の下ことごとくに神の御心が満ちひろがる世界が来ること」です。「日本に天皇制国家を樹立する」などと解釈することは、全くの誤りであります。だから、私たちは世界各地に“神意”が拡大していくことを目指さねばなりません。
 
 では、その“神意”とは何であるかが問題になりますが、そのことも「七つの燈台」のそれぞれに付けられた名前を見れば分かるのであります。今日は、時間の関係もあるので、すべての詳しい解説は別の機会に譲りますが、大ざっぱに言いましょう

 第1の燈台の名前については、すでに述べました。2番目と3番目は、それぞれ「精神文化」と「物質文明」に対応しています。気がついていただきたいのは、生長の家は物質文明を否定していないということです。物質文明の恩恵を否定しないが、それと精神文化がバランスされねばならないということです。そのことが“神意”であると考えられます。また、4番目の名前には「三界」という言葉が出て来ますが、これは必ずしも霊界のことだけではなく、現象界すべてについて言っているので、人間以外の生類すべての実相開顕を願うということです。つまり、自然界の大調和も“神意”であり、したがって私たちの目的の1つである。5番目の「地上天国世界連邦成就」と6番目の「万物一元万教帰一成就」という名前は、わかりやすいので説明を省きます。最後の7番目の「君民一体地上天国成就」については、第1番目の名前と一見似ているようでありますが、「君民一体」という言葉を重視すれば、それは必ずしも「天皇と国民」だけを指しているのではなく、天皇が存在しない国もあるのですから、一般に「支配者と国民」の関係を述べていると思われます。その場合、支配者と国民の間に「意思の齟齬がない」こと、さらには「感情的な対立もない」ということが「一体」の意味ですから、それが“神意”であるということです。

 私たちは、このような実に大規模な、広大無辺の神意の現成を目的とした運動です。「そんなことは夢物語である」と考える人がいるかもしれませんが、生長の家の教えの素晴らしいところは、私たちの心の底にある真摯な願いは、実は実相においてすでに成就しているという点です。しかし、私たちの心が浮き世のいろいろな出来事に翻弄されて、あれがない、これがないと「実相でないこと」ばかりに注目すると、その「実相でないこと」ばかりが現れてくる。昨今の新聞・雑誌、テレビなどを見ると、そういう昏迷や混乱の様子ばかりが現れていますが、そういう時にこそ、私たちはこの総本山に来て「七つの燈台」を巡り、その名前に現れた実相世界の姿を、神意現成の姿をしっかりと見つめ直し、心を乱さずにその神意の実現に邁進していきたいと思うのであります。
 
 皆さま方にはぜひ、これらの点を理解していただいて、「神の御心が十分に反映した平和な世界」「神-自然-人間が大調和した世界」の実現に、さらなる熱意と信仰をもって取り組んでくださることを念願いたします。谷口雅春大聖師の119回目のお誕生日にあたって、所感を申し上げました。ご清聴、ありがとうございました。
 
 谷口 雅宣

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コメント

合掌ありがとうございます。
私は、この御文章を読ませていただきまして、正直少し引っかかるところがありました。それは完成の燈台の第一番目「天孫降臨皇御国成就燈」の解釈の部分でした。
これはその当時、雅春先生の願いであった天皇国日本をつくりたいとの思いから付けられた名前であると理解していたからであります。
また、文字どおりそのまま理解してもいいのだと信じてきました。そんなモヤモヤした思いで早朝神想観をいたしまして、家内にそのことを話しました。
家内は「お父さんは、日本国民としての立場だけで総裁先生の御文章を解釈しようとするから迷うんですよ。私には何の抵抗もありません」と言われてしまいました。
私もそうだったかと思い、再びこの御文章を読ませていただきますとすべて納得し理解することが出来ました。
総裁先生の、広大無辺の神意の現成を目的とした運動への想いが心に沁みました。  合掌 

投稿: 豊田建彦 | 2012年11月23日 (金) 08時21分

生長の家の使命をこんなにもわかりやすく、
壮大なものであることをご教示くださり感動いたしました。
ゆには練成会第660回を終えたばかりでしたので本当にさらに感動いたしました。
西暦2012+660=皇紀2678年
西暦と皇紀を結ぶ第660回の練成会だと気がつき、
参加者111名で世界は一つ、ひとつ生命、地下資源文明から地上資源文明へ転換を進める使命があることを、確認したばかりでした。
生長の家の宇宙までも一つにするはたらきと、
使命に感動いたしました。    福岡 古谷

投稿: 古谷 正 | 2012年11月23日 (金) 09時38分

合掌ありがとうございます
大祭等に参加できなくても、インターネットのおかげで、こうしていち早く講話が聴けるのが嬉しいです。
今回は特に雅春先生のお誕生日ということで、神示の解釈をしていただき、とてもよくわかりました。漠然とは理解していても、くわしく説明せよ、といわれると難しいものがあります。
最後の「神意現成の姿をしっかりと見つめ直し、心を乱さずにその神意の実現に邁進していきたい」、本当に心を乱さずにいきたいと思いました。
再拝

投稿: 水野奈美 | 2012年11月23日 (金) 12時18分

合掌 総裁先生 いつも素晴らしいご指導ありがとうございます。毎年、秋季大祭における総裁先生のお言葉を楽しみにしております1人です。生長の家は個人や日本人のみの救済にとどまらず、「人類光明化」をうたっていることは十分理解しているつもりでしたが、この度の次のお言葉によって、目を覚まされたように思いました。
 「『生命の實相』の冒頭に出て来る文章は何だか、皆さんは覚えていらっしゃいますか?谷口雅春先生の御文章として最初に出て来るのは、「大調和の神示」です。しかし、それよりも前に置かれた文章があります。それが、『ヨハネの黙示録』の第1章からの抜粋です。ですから、雅春先生が生長の家をどのような性格の運動として始められたかという点については、きわめて明確なのです。これは日本の宗教としてではなく、世界を視野に入れたユニバーサルな教化運動として開始されたのであります。」
 そして、総本山に建立された「七つの燈台」のこと…私は何回も歩きましたが、覚えていない一人です。あらためて理解を深めたく思いました。
 第1番目の「天孫降臨皇御国成就燈」についてのご説明、その中での「君民同治の神示」、「大和の国の神示」のご解説ありがとうございます。同神示や『信仰による平和の道』におけるご教示により、「天皇国・日本」のことについて理解しているつもりでしたが、更に理解を深めることができました。「天孫降臨とは神意の現成」なのですね。
 私も、生長の家の「広大無辺の神意の現成を目的とした運動」への想いを深くさせていただきました。三正行に励み、精進させていただきたいと思います。
再合掌 島根教区 石田 盛喜代
 

投稿: 石田盛喜代 | 2012年11月25日 (日) 10時33分

合掌有り難う御座います。 
この度は、谷口雅春大聖師の119回目の御誕生日に際し、実に尊い、信仰上の根幹的事項についての「御講話を拝受致しまして、大変感動させて頂きました。特に、「黙示録」及び「完成の灯台」に関する、実に完璧なご指導に接し深く感謝いたしております。     
実は、一年前「小閑雑感」にて、“Face Book”利用のご指導を戴きましてこの方,徐々に海外の人々と“御教え”について話す機会が増し、 必要に迫られて「ヨハネ伝講義」や「信仰の科学」を拝読中、「ヨハネ黙示録」及び「完成の灯台」についての関心が高まり、“Face Book”の総裁先生のNoteを学ばせて頂いている途中でした。

 私は特に今回のご講義中の御言葉が誠に高邁で、意義深い神意を感じ、心が高まり、涙が溢れるような感動を覚えました。この尊いお言葉を度外視、忘却、又は看過したままで百万言を費やしても、それは、真の「生長の家」の伝道にはなり得ないものであると痛感しました次第です。

実のところ私は21歳まで、「実相と現象」の区別を知る由もなく、「現象の国、日本」に一切の夢を託し、命を捧げることを目標とするような環境で育ってきました。結果、終戦の際は軍籍にあるものでしたが、絶望のどん底に落ちてしまいました。しかし、まさに其のとき「生長の家」(新生の書等)により、「吾が国は此の世の国にあらず」の真理へお導きを受け起死回生し、やっと立ち上がることができ、その後の60数年、素晴らしい「神の子」の使命に生きる人生を送らせて頂いております。
この体験から、本ブログの総裁先生のご指導は、実に身に沁みて余りあるものがあります。
私は、是非これを(このプログのご指導を)、若い世代の、特に「生長の家の信者」と自負する全ての人々に、そして日本中の、否広く世界中の人々に伝えなければならないとの思いで一杯のあまり、僭越をも省みずこのコメントをさせて頂きました次第です。
総裁先生には、常日頃から超広般、多重面に於けるご懇篤な御指導に接し、深く肝銘しており、感謝の言葉も御座いません。何卒御健康に留意されます様衷心よりお願い申し上げます。有り難う御座います。合掌。

投稿: 丹羽敏雄 | 2012年12月 2日 (日) 22時00分

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