生長の家と自然 (4)
本シリーズではこれまで、生長の家の信仰の根本を示す「大調和の神示」が、人間社会の調和だけでなく、「人間と自然界との調和」を神の創造世界の実相として説いていることを、『生命の實相』『真理の吟唱』などから引用して示してきた。今回は聖経『甘露の法雨』を取り上げて、その詩文にも同じことが説かれていることを示そう。
まず、冒頭の「神」の項には、神の御徳が次のように描かれている--
創造の神は
五感を超越している、
六感も超越している、
聖
至上
無限
宇宙を貫く心
宇宙を貫く生命
宇宙を貫く法則
…………
この詩文で、神を「無限」と表現していることの意味を、先生は次のように説かれている--
「(前略)これはもうお解りの通り限りがないことです。どこにでも充ち満ちておられる。(中略)神は遍在であり、どこにでも充ち満ちていらっしゃる--すなわち“無限”なのです。したがって皆様の内にもいらっしゃる。どんな堅い骨の中でも、歯の中でも、内臓の中にでも、食物の中にでもいらっしゃるのであって、神様のいらっしゃらないところはないのであります。
これは神様のみち満ちていらっしゃる広がりについて言ったのでありますが、広がりだけではないのでありまして、どんな姿にでも顕れられる。それも亦無限なのであります。どんな色にでも現れるし、どんな形にでも現れる。すべての生きとし生けるもの、植物でも、鉱物でも、動物でも、ありとしあらゆるもの、みんな神様の顕れでありますが、無限に異る姿をしているのであります。これだけ多勢の人がお集りになっても、一人として同じ顔をしている人はいないのです。
人間だけではない、木の葉一枚にしてもそうです。此処に一枝の紅葉(もみじ)があるとしても、一本の木だからどの紅葉も同じ形をしているかと言うと、そうではないのであって、あの紅葉の葉をちぎって重ねて見ると一つとしてぴたりとひとつに重なるものはないのでありまして、皆多少異うのであります。そのように無限に異なる姿のものを又無限に産み出すところの本元が神さまなのでありますから、神さまはまだまだ無限であると言う訳でありまして、神様は自己の内に無限の姿、イメージ又はアイディアを有ち給うのであります。」(『新講「甘露の法雨」解釈』、pp.37-38--原文は旧漢字旧仮名遣い。以下同じ)
ここを読めば、自然界のすべてに神の「無限」の御徳が満ちている、と先生が説かれていることは明らかだ。つまり、自然界はその隅々までも神の住処であり、神の表現物であるということだ。では、そこにいわゆる“生存競争”のような闘争が観察されるのは、なぜだろう? これを説明するためには、「実相」と「現象」という、生長の家で最も基本的な考え方を導入しなければならないが、ここでは本シリーズのテーマに焦点を合わせたいので、詳しい説明は割愛する。
生長の家では、“生存競争”と呼ぶような殺し合いを世界は現象であり、実相においては存在しないと考える。では、神の創造になる世界の実相は、どのような状態なのか? それを「神」の項は、次のように描いている--
神があらわるれば乃ち
善となり、
義となり、
慈悲となり、
調和おのずから備わり、
一切の生物処を得て争うものなく、
相食むものなく、
病むものなく、
苦しむものなく、
乏しきものなし。
ここに引用した詩文の後半は、「生物間の大調和」を描いていることは明らかだ。これが、神の創造の世界の実相だと考えるのである。「生物間」だから当然、人間と他の生物との関係も含む。それを、谷口雅春先生ご自身はこう解説されている--
「吾々は肉眼というレンズを通して五感という感覚器官を通してみると、現象世界の色々の争いや闘いや食い合いや殺し合いの有様を見るのであります。しかし実相においては凡ての生物は互いに食い合っていないのである、殺し合いをしている肉食動物などというものは、実相の世界の中には居ないのでありまして、実相においては互いに殺し合いなどしていないのであるけれども、その人の心の立場において或る角度から眺めて見ると、殺し合いをしているように見える。“見える”ということと“実際にある”ということとはちがう。」(p.64)
こう述べられた後に、雅春先生は「実相においては一切の生物は(人間をも含めて)完全に調和していて、戦いや食い合いはない」と書かれている。つまり、『甘露の法雨』のこの詩文が描く「生物間の完全な調和」の中には人間も含まれていて、すべての存在は大調和の中にあると説かれているのである。
谷口 雅宣
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コメント
合掌ありがとうございます
甘露の法雨は、本当に素晴らしいです。雅宣先生のこの解釈で、いちだんと輝いてみえました。ありがとうございます。
投稿: 水野奈美 | 2012年10月24日 (水) 19時48分
総裁雅宣先生 ブログを読ませていただき「観世音菩薩讃歌」と照らし合わせてみて生長の家のすばらしさと御教えとともに今、今、生きられるありがたさで一杯になりました。総裁雅宣先生ありがとうございます。
投稿: 赤嶺里子 | 2012年10月26日 (金) 08時37分