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2012年9月15日 (土)

北極海の氷、最小になる

Arcticsea082612  9月1日号のイギリスの科学誌『New Scientist』は、「特別記事」として北極海の氷の融解を取り上げ、「地球は今、ここ300万年中に最大の変化を迎えている」との見出しを掲げた。そして、論説記事の最後でこう述べている--「北極海の氷が解けることは、かなり前から予測されていた。そして今、それが徹底して起こることにより、人類が起こす気候変動で、これまで何が起こるか予測できなかったいろいろな事象が、今後より明確になってくるだろう。その多くは、関係者の目を見張るようなものとなる。短期的な利益を除外すれば、我々の生活を豊かにするようなものはあまりない。地球温暖化時代にようこそ!」

 このニュースは、8月26日のNASA(アメリカ航空宇宙局)のウェブサイトで発表され、それを『ニューヨークタイムズ』などが8月末に一斉に報じた。日本でも『朝日新聞』が8月21日と28日に、『日本経済新聞』は同月22日にJAXA(宇宙航空研究開発機構)の観測結果として伝えた。しかし、いずれも「300万年中最大の変化」などという大事件としてはとらえず、この変化の重要性を解説する記事も掲載していない。『日経』にいたっては、中国の第5次北極探検隊の隊長から取材して、夏場に北極海を通過する“新航路”が出現することに注目し、「予想を上回る温暖化により航路が利用可能になるのは、当初の想定より格段に早まるとの見方が強まっている」などと8月10日の紙面に書いた。

 それに比べれば、国としては地球温暖化の抑制に熱心でないアメリカだが、この事件の重要性をきちんと書いている新聞があるのは、ありがたい。以下の文章は、8月29日付の『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』紙の記事の最初の部分である--
 
「北極海の氷の量が、記録をとり始めて以来最小になった。これは、北極地域の異常な温暖化を示すもので、さらに大きな気候変動の“前触れ”になると思われる。
 海氷の面積の変化をモニターしている気象衛星は、この週末の間、海氷が410万平方キロメートルにまで縮小していることを観測した。この広さは、北極海全体の30%以下である。これまでの最小記録は、面積的には2007年に観測されたが、今回の数値はそれをわずかに下回る。しかし、海氷の縮小は9月に入っても継続するため、今年の縮小記録は2007年を大幅に下回る見通しだ。
 アメリカのコロラド州ボルダー市にある国家雪氷データーセンター(National Snow and Ice Data Center)は27日、NASAと共同でこの事実を発表した。夏季の海氷の量は、1970年代後期に記録をとり始めて以来、40%以上縮小しており、この主な原因は人間による温室効果ガスの排出だと、ほとんどの科学者は信じている。」
 
 私はこの北極海の氷の変化についてかなり前から注目していて、本欄の前ブログ『小閑雑感』では2005年9月30日に「縮みゆく北極の氷」と題し、2008年9月19日には「北極の海氷は残った」と題して取り上げた。前者に書いたのは、「日本列島の約3.5倍の広さの氷が、ここ数年で消失した」ことであり、さらにその影響について「年間にわたって氷結している領域が溶けると、これまで氷によって太陽の光が反射されていた部分が海水となって熱を吸収することになるため、再び凍結することが難しくなる」と書いた。また、後者では2007年の減少記録に触れ、「昨年の9月に北極の海氷は過去最小になっただけでなく、この年の氷の減少率は、ここ数十年間の平均を大幅に超えていた」と伝えた。そして、その影響は極地の温暖化の加速に加え、「これまで氷で閉ざされていた極地への海上ルートができるから、資源開発が容易となり、それに伴って極地は誰のものかという“領土問題”が起こる」ことだと述べた。

 北極の海氷が夏場になくなることの“短期的利益”は容易にわかる。日本とヨーロッパを結ぶ海上航路は、相当短縮する。北極圏の資源開発が可能となり、海産資源や化石燃料の収量が一時的に増えるだろう。しかし、これらの直接的な“利益”を得る国は、ロシア、カナダ、アメリカ、デンマーク、ノルウェーなど北極圏に領土をもつごく一部の国々である。これに対して予測が難しい“被害”を受ける国の数は圧倒的に多い。科学者が研究する気候変動のモデルの中には、熱波や寒波などの極端な気象の多発、海流の変化にともなう漁場の激変、温帯の北上とそれに伴う寒帯の生物の絶滅など、あまりいい話はない。ラットガース大学の気象学者、ジェニファー・フランシス博士(Jennifer A. Francis)などは、北極の海氷の減少によってすでに気候変動が起こっているとの研究結果を発表している。日本やアメリカ、ヨーロッパを含む北半球の中緯度地域は、近年、極端な気象の変化に見舞われているが、これは北極海の氷の大量融解で大気の流れが変化した結果だというのである。
 
 本欄の読者なら、今夏アメリカを襲った熱波によって、トウモロコシなどの穀物価格がかつてない上昇をしていることをご存じだろう。世界の食糧生産地で、自国内の消費を超えて大量の穀物を輸出する余力のある国は、実質的にアメリカとブラジルだけである。そして、世界第一の穀物輸出国はアメリカだ。ということは、アメリカでの穀物生産量の減少は、ただちに世界の穀物価格の上昇につながる。2012年の夏は、記録に残るかぎり最も暑い年となり、北アメリカは1956年以来の深刻な旱魃だった。8月13日号の『タイム』誌によると、アメリカ農務省はこの時点でのトウモロコシの生産のうち、わずか24%が「良(good)」ないしは「優(excellent)」であり、48%は「劣(poor)」または「貧(very poor)」の出来ばえだと発表した。「良」と「優」が62%を占めた前年の収穫との違いは歴然としている。そして、同省による今年のアメリカのトウモロコシ生産量の予測は、前年比12%減だった。その後、ブラジルでの穀物生産が好調であることから、価格上昇は一段落しているものの、在庫量が慢性的に少ないため、世界の穀物価格は予断を許さない状況である。

 穀物価格の上昇は、日本などの先進国の人間にとってはさほど深刻な影響はない。収入全体に対する食費の割合が小さいからだ。しかし、地球上の大多数を占める途上国の人々の中には、その割合が3割から5割に達する場合も少なくなく、生活全体に深刻な影響を及ぼすのである。昨今、アラブ諸国、東南アジア、ラテン・アメリカの一部で人々が荒れているのは、この食糧不安の問題が深く関係していると考えねばならない。だから、世界の平和を考える場合、今日では防衛力や外交の分野だけに注目しているのでは足りないのである。

 谷口 雅宣
 

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コメント

合掌ありがとうございます

北極の氷が溶けることが、どれだけ大変な事であるかは、一通りの知識としては知っています。「不都合な真実」の中で話されていました。なので、このニュース、ショック、というか、ここまで来てしまったか(悪い意味で)、と言う残念な気持ちを隠しきれません。ますます、予測不能なとんでもないことが起きるでしょう。
ここ数年、ようやく各国が動き出し、温暖化問題、ギリギリセーフ、間に合ったか?と思っていましたが、何だか「ポジティブフィードバックに、間に合わなかったか」と言う気になったりしてしまいます。
でも、私達としては、諦めずに温暖化防止活動を進めるしか方法がありません。
地球に、元気に戻ってもらいたいです。

投稿: 水野奈美 | 2012年9月17日 (月) 21時30分

 ご文章を拝読致しまして、
「思い全相に至らざるを迷いという」ということを
思いました。
 自分のできるところから、地球温暖化防止に取組んで行かなければならないと思います。

投稿: 志村 宗春 | 2012年9月18日 (火) 21時41分

はばはだ失礼なのですが、疑問がありまして、それは大自然讃歌に「生命現象皆無の中から単細胞生物出現し、」とありますが、無から有が生じるのでしょうか?ゼロから一が生じるのでしょうか?もともと一があったのではないでしょうか?この部分が気になるのでもしできれば教えてください。一をどれほど細かく無限に縮小して、目に見えなくなっても一は一でないでしょうか。その一があったのではないでしょうか?皆無だったのでしょうか?
よろしくお願いします。

投稿: 郡司幸喜 | 2012年9月19日 (水) 22時20分

郡司さん、

>>、無から有が生じるのでしょうか?ゼロから一が生じるのでしょうか?もともと一があったのではないでしょうか?この部分が気になるのでもしできれば教えてください。一をどれほど細かく無限に縮小して、目に見えなくなっても一は一でないでしょうか。その一があったのではないでしょうか?<<

 自分自身のことを考えてみてください。貴方はどこから生じたのですか? 母親の胎内に宿る前は、どこにいたのですか? 受精卵以前の自分は「一」ですか、「二」ですか? 無から生じたのでなければ、どこから生じたのですか? 現象世界では、「無から生じたように見える」ことは数多くあると思います。

投稿: 谷口 | 2012年9月20日 (木) 22時02分

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