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2012年8月16日 (木)

聖経について (19)

 現在、『聖経 天使の言葉』として生長の家の信徒に愛されている谷口雅春先生の自由詩について、私は前回の本欄で単行本中に初めて収録されたのが昭和9年9月発行の『生命の烈風』だったと述べた。では、折本型の経本として出版された最初の年を特定できるだろうか? 現在のところ、私が入手できた折本型経本『聖経 天使の言葉』の中で発行日が最も古いのは、昭和12年5月25日発行のものである。奥付にある著者、谷口雅春先生の住所は「東京市渋谷区穏田3丁目76」であり、発行所は「東京市豊島区千川町3ノ4336」の「服部仁郎」となっており、「印刷者」としては「東京市小石川区白山御殿町18」の「大居倉之助」と表記されている。そして最後の行に「東京市赤坂区桧町5番地」を所在地とする「光明思想普及会」の名が見える。この経本の表紙には「聖経 天使の言葉」と縦書きされた紙が貼ってあり、その題名の左隣に「『甘露の法雨』後篇」と小さく印刷されている。表紙にあるこの注釈的な表記は、「甘露の法雨」に比べ、「天使の言葉」という題名がまだ信徒の間に広く行き渡っていなかったために添えられたものではないだろうか。そう考えると、この経本が折本型の『天使の言葉』としては古いものと考えられる。
 
 ただし、これが最初のものでない可能性も否定できない。なぜなら、この自由詩の本文は、『生長の家』誌上に発表された詩文の“誤り”が訂正されているからである。この詩文の“誤り”は、誌上の詩文を読んだ読者からの指摘を受けて訂正されたと考えることはできる。しかし、月ごとに新しい文章が提供される月刊誌という媒体よりも、単行本や経本のように、常に座右に置いて参照される機会が多い媒体の方が、文章上の誤りは発見されやすいだろう。また実際、そういう誤りが経本中にあったと推定できる文章が、雅春先生と比較的近い関係にあった人の著書に残っているのである。
 
 その本とは、東山半之助著『ざっくばらん--この道三十年』(昭和40年、日本教文社刊)である。この本の「尊師のペンと筆こぼれ話」という文章の中に、『天使の言葉』の一節の誤りが訂正された経緯が書かれている。3ページにわたる文章すべてをここに引用できないので、大筋だけを書こう。
 
 まず読者に思い出して頂きたいのは、「かの楽聖ベートーベンの……」で始まる一節である。現在の『天使の言葉』では、次のようになっている--
 
 かの楽聖ベートーベンの
 有名なる諸作品は
 彼の肉体の耳聾いて
 物体の音響を殆ど弁別し難き晩年に到りて
  作曲せられしに非ずや。
  
 『生長の家』誌上に発表された“オリジナル”の詩文では、この箇所は次のようになっている--
 
 かの楽聖ヴェートーベンは
 有名なる『月光の曲』を
 肉体の耳聾いて
 物体の音響を弁別し難き晩年に到りて作曲
  せしに非ずや。
 
 両者の違いは明白である。これは歴史的事実に関する錯誤の問題だから、訂正は早期にされるべきだった。しかし、実際の訂正は、『天使の言葉』が経本化されてしばらくたってから行われたらしいのである。東山氏は、この間違いを知人の青年から指摘され、それを雅春先生に直接申し上げるべきかどうか相談されたという。その時の青年の発言を次のように書いている--
 
 「いやぁ、まいったな、先生、ひっかかったんじゃありませんよ。それに理義とか哲理というような問題じゃないので、そのう、史実とでもいうかな、明確にお間違いになってることが『天使の言葉』に書かれていますので。僕はだいぶ以前に気がついたのですが、小さなことを知ったか振りに自慢らしく申しあげてはと、さし控えていましたが、もし誌友以外のものや、“本の宗教”なんて冷評している連中から指摘されてはと気がついたので、先生のお指図をいただこうと思って来ました……」
 
 東山氏はこれを聞いて「重大事」と考え、この青年に対して「君から一日も早く手紙をさしあげてくれませんか」と答えたという。青年はすぐに手紙を出し、約半月の後、東山氏のもとに雅春先生から葉書で礼状が届いたという。
 その文面には次のようにある--
 
 「貴市森山俊夫様より月光曲について御深切な御注意をいただきまして、まことにありがとうございます。当方でもすでに訂正印刷しつつありましたので、ご安心下さい。私から森山様にお礼状は差し出しましたが、貴下からもよろしくお礼を申し上げて下さい。ありがとうございます。敬白」
 
 この事実誤認について、森山という青年が「だいぶ以前に気がついていた」ことと、雅春先生が葉書の中で「当方でもすでに訂正印刷しつつありました」と書かれている2点を考え合わせると、「ベートーベン」の箇所が訂正された経本(昭和12年5月発行)の前に、訂正されていない版のものが存在していたことが推定できる。それが何年何月発行のものかは分からないが、もし推測が正しければ、この版の『聖経 天使の言葉』が折本型経本の最初のものということになる。
 
 谷口 雅宣

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