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2012年8月 5日 (日)

聖経について (17)

 本シリーズの前回まで、私は今日「聖経 甘露の法雨」と呼ばれている谷口雅春先生の自由詩について集中的に書いてきた。しかし、ご存じのように、生長の家で「聖経」と呼ばれているものは「甘露の法雨」だけではない。その後篇である「天使の言葉」も「続々甘露の法雨」も、またこれらよりずっと後に出版された『真理の吟唱』や『続真理の吟唱』という、祈りの言葉を集めた編集著作物にも「聖経」という肩書が付されている。本欄では、しかしこれらすべてを扱うことはできないので、「甘露の法雨」とほぼ同時に雅春先生に天降ったインスピレーションを書き留めた「天使の言葉」について、少々書くことにする。
 
 この自由詩については、すでに本シリーズの第1回第2回で触れた。そこで何を書いたかというと、「甘露の法雨」が『生長の家』誌上に発表されたのが昭和5年12月号と翌6年2月号だったのに対し、「天使の言葉」の発表は同7年2月号と、約1年遅れたということだった。また、この発表当時には「天使の言葉」という題名は付けられずに「甘露の法雨(聖詩)」と題され、その聖詩の最後の項「生長の家」として掲載されたということだった。また私は、雅春先生ご自身の言葉を引用して、「天使の言葉」は「甘露の法雨」の後篇としてほぼ同時に書き上げられたことを述べた。ほぼ同時にできたものの発表が1年遅れた理由は、よく分からない。それを敢えて想像すれば、この昭和6年という年は、雅春先生に神示が数多く天降った年の1つだから、先生はそれに触発された様々なアイディアを『生長の家』誌に優先して書かれたのかもしれない。この年の日付がついた神示は、「大調和の神示」を含めて9つもある。しかし、先生は翌7年にも13の神示を受けられているから、それが発表の遅れの決定的な理由とは言えないだろう。
 
 では、「天使の言葉」は、誌上での発表に続き、叢書のようなパンフレットでの出版はあったのか。また、折本型経本の形ではいつ出版されたのかなど、「甘露の法雨」との比較を行ってみよう。
 
 まず、パンフレット形式での出版だが、私が調べた範囲では、それはなかったようだ。しかし、昭和9年から10年にかけて出版された単行本の中に、「天使の言葉」は「聖経」とは冠されずに収録されている。その単行本とは、昭和9年9月15日発行の『生命の烈風(いのちのはやて)』であり、同10年5月25日発行の『いのちのはやて』である。この2冊は一見すると、別の出版物のようだが、双方とも「谷口雅春著作集第二篇」という肩書がついていて、内容的にもよく似ている。大きく違うところは、『烈風』にあった「智慧の言葉」という章が『はやて』では落とされ、その代りに「聖歌京都を過ぐ」という章が加わっているくらいだろうか。また、2冊のタイトルを比べても、一方で漢字表記しているものを、他方で平仮名書きにしているだけの違いに見える。発行元の出版社は双方とも生命の藝術社で、所在地は「東京市渋谷区原宿二丁目百七拾番地ノ八」である。
 
 この生命の藝術社とは、この頃、雅春先生が生長の家の光明思想を芸術分野へ展開しようとして発足された出版社で、当時『生命の藝術』という月刊誌を発行していた。この月刊誌の前身は『生長の家新聞』といい、大阪にあった生長の家出版部が昭和8年3月1日付で第1号を出している。しかし、その後すぐに経営がうまく行かなくなったため、これを東京へ移転し、経営者を替えて同年8月号から月刊誌として発行するようになったようだ。これらの動きは生長の家の芸術運動の始まりとして興味深いが、本シリーズの主題から反れるので、これ以上深入りしない。
 
 谷口 雅宣
 

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