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2012年7月 7日 (土)

聖経について (9)

 前回の本欄で「生長の家叢書」というパンフレットについて触れたとき、私は「内容は皆、初版革表紙『生命の實相』の一部である」と書いた。これは間違いである可能性があるので、この部分から「初版革表紙」の5文字を削除した。「可能性がある」という言い方はいかにも中途半端だが、現在のところ検証が終わっておらず、確実なことが言えないのである。確実なのは、『生命の實相』の一部であるということで、不確かな点は、その『生命の實相』がいつ発行されたどの種類のものかということだ。
 
 私は当初、これら9篇のパンフレットと併行して製作された『生命の實相』は初版革表紙本1種類だと思っていたので、前掲のような表現をした。しかし『生長の家三拾年史』によると、『生命の實相』には四六判の黒布装の全集があって、これが昭和10年1月15日発行の第1巻を皮切りに、12月15日発行の第12巻までが同年内に発行されたという。また、この同じ聖典には菊半截・聖書型の革表紙版全9巻という豪華版もあり、この中の<地の巻>は昭和10年10月1日に発行されている。これに対して生長の家叢書第9篇の『生長の家の歌』は、奥付表記によると初版の発行が同7年10月3日になっているから、これらいずれの『生命の實相』の紙型も存在しない時期の発行である。だから、それを流用してパンフレットを出すことは不可能なはずだ。そんな理由で、初版革表紙本からパンフレット化されたと考えたのである。
 
 ところが、実際の『生長の家の歌』(私の手許にあるのは昭和10年10月発行の第8版)を見ると、初版革表紙本の紙型から製作することはほぼ不可能な編集になっている。そこで、初期に発行された他の『生命の實相』を調べてみると、革表紙版の全集の<火の巻>の冒頭が「聖詩篇」になっていて、それとパンフレットが組体裁から内容、ページの振り方まで全く同一であることが分かった。だから、第8版の『生長の家の歌』は革表紙版『生命の實相』<火の巻>などの紙型から作られたと考えられる。ところが、さらなる問題があった。この<火の巻>は、奥付表記では「昭和11年2月25日発行」なのである。ということは、『生長の家の歌』の発行日より4年遅れて出版されたことになり、タイムマシンを使わなければ不可能なことだ。
 
 こうして私は今、「聖経 甘露の法雨」がパンフレットの一部として初めて発行された時の、その元となった『生命の實相』を特定できないでいる。パンフレット『生長の家の歌』の初版本が手に入れば、このパズルを解く鍵が見つかると期待しているが、今となっては、それは“かなわぬ夢”なのかもしれない。

 谷口 雅宣

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コメント

合掌ありがとうございます。毎回楽しみにして読ませて貰っています。私が生長の家のみ教えに触れたのは雅春先生が亡くなられる直前で、本格的に活動するのはそれから15年後ですので、古いタイプのものは知らなかったのですが、先日、思いがけない所で見かけました。各務原中央図書館に寄贈されていました。寄贈されたのは、戦後間もなく岐阜県の知事をされた方の名前になっていました。今はめったに見かけなくなった革表紙の『生命の実相』20巻全巻でした。手に取って中を見てみましたが、頭中版を読み慣れている者にとっては読みにくく放り出した事を覚えています。総裁先生が言っておられるような言われがあったのですね。勉強になりました。純子先生のブログにも時々コメントしていますので。再拝

投稿: 横山啓子 | 2012年7月 8日 (日) 21時47分

謎解きパズルのようで、なんだかワクワクします。道場に行くと、先生の話の中に出てくる、昭和初期の生命の實相が何種類も並んでいます。
その元となった生命の實相、気になります。

投稿: 水野奈美 | 2012年7月10日 (火) 10時39分

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