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2012年7月19日 (木)

聖経について (13)

Soshomugenseimeis1_2  『いわさきちひろ~27歳の旅立ち~』という映画を見て、ハッと気づいたことがある。彼女は23歳ぐらいの若さで、まだよく知らない男との結婚を決めて、満州へ渡り、結局、その夫を愛せずに死別してしまう。今から思えば“ありえない”ような行動だが、相手をよく知らずに結婚することは、当時は決して珍しくはなかった。私が個人的に知っている生長の家の人の中にも、そんなケースはあった。もちろん、私と同世代の人間ではなく、一回り上の年齢の人たちだ。だから、世の中の常識は時代とともに変わる--そう気がついて、私は本シリーズ中の検証方法の“穴”を見せつけられた思いがした。
 
Soshomugenseimeis2_2  本シリーズの第11回で、私は「聖経 甘露の法雨」がパンフレト『生長の家の歌』の一部として最初に出版された時期を「昭和7年12月」だと推定したが、その推定を支持する奥付表記が、現物の冊子の中に見つからないことを説明できなかった。そして、苦しまぎれに“雅春先生の誤認”の可能性まで挙げてしまった。しかし、これらすべての推測は、現在の出版業界で“常識”とされている奥付表記の原則が、70~80年前の日本でも“常識”だったとの前提にもとづいていた。この前提は、しかし間違っているかもしれない--そういう観点から生長の家叢書の奥付を改めて見直すと、現在では“ありえない”表示が当時は堂々と行われていたことが分かってきた。
 
Soshomugenseimeis3  例えば、私の手許にある生長の家叢書の1冊--第7篇『無限生命の泉』の表紙(表1)と奥付頁(表3)、裏表紙(表4)をスキャンしたものを、ここに掲げる。奥付の表記では、この叢書の発行日は昭和7年10月3日であり、著者は谷口雅春先生、発行所は光明思想普及会である。しかし、本シリーズ第3回で書いたように、谷口雅春先生御一家が神戸から東京へ移住されたのは昭和9年8月末である。奥付にある先生の住所は「東京市渋谷区穏田3丁目78」だが、昭和7年10月にはこの住所は別人のものだし、このパンフレットの版元とされている光明思想普及会は、まだ設立されていない(同会の設立は昭和9年11月)。同会の所在地として表記されていSoshosongs1 る「東京市赤坂区檜町5」には、もちろん別の施設か建物があったはずである。さらに不思議なのは、裏表紙の広告にある諸々の雑誌・書籍の名称だ。このうち多くのもの--折本型の『甘露の法雨』や『天使の言葉』を含めて--は、昭和7年10月には存在していない。
 
 ということは、この奥付にある発行日の表示は、『無限生命の泉』という冊子の“この版”がいつ出たかの表示では、明らかにない。では、何の発行日の表示かと考えれば、恐らく“初版”の発行日だと思われる。しかし、次に掲げる叢書第9篇の『生長の家の歌』の奥付を見てほしい。ここには、発行日として「昭和10年12月1日」とあるが、先述したように、この叢書の初版は「昭和7年12月」であるはずなのだ。だから、「奥付には初版の発行日のみを記載する」という方Soshosongs2 針があったとも思われない。それならば、やはり“この版”の発行日かと思って裏表紙の広告を見ると、昭和11年発行の『光の泉』と『白鳩』があるし、昭和14年3月に『いのち』から改題された『行』の広告、そして同年発行のはずの『生命の實相』の紙装廉価版(いわゆる“戦時廉価版”)の申込み受付広告がある。となると、“この版”の『生長の家の歌』の発行日は、どうしても昭和14年以降だと考えざるを得ないのである。

 こうして、生長の家叢書の奥付に書かれた「発行日」の日付は、その記述のままに当該叢書の“この版”の発行日だと考えてきた私の古い前提はSoshosongs3 瓦解してしまった。今後は、叢書の表紙や中身の記述を詳しく調べ、そこから“本当の発行日”を割り出す(推定する)作業が必要になると考える。
 
 谷口 雅宣

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コメント

合掌ありがとうございます。

生長の家叢書の奥付に書かれた「発行日」の日付は、その記述のままに当該叢書の“この版”の発行日だと考えてきた私の古い前提は 瓦解してしまった。

なるほど、そうですね。奥付の日付が違うのではないかと思いながら、いや、そんなことはない、と考えていた私に気づきました。
解決の糸口が見つかった気分で、何だか嬉しいです。

投稿: 水野奈美 | 2012年7月22日 (日) 23時11分

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