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2012年7月16日 (月)

聖経について (12)

 前回の本欄で「聖経 甘露の法雨」を収録した生長の家叢書第9篇『生長の家の歌』について触れたとき、私はその発行日を「昭和7年10月3日」とした“初版本”を持っていると解釈できるような書き方をした。もしそんな印象をもった読者がいたとしたら、それは正しくない。正確に言えば、私が実際に手にした5冊の『生長の家の歌』のうち1冊だけが、初版の発行日を「昭和7年10月3日」とした第8版であり、その他の4冊は、発行日を「昭和10年12月1日」とだけ表示しているのだ。後者の場合、奥付の発行日の表記は1本であり、それを見る限りでは、このパンフレットの“初版”が同年12月1日に発行されたと誤解してしまう表記なのである。これに対して第8版の奥付表記は、次のように複雑である--
 
 昭和7年10月1日印刷納本
 昭和7年10月3日発行
 昭和10年8月1日7版発行
 昭和10年10月12日改訂納本
 昭和10年10月15日発行
 
 前に触れたように、雅春先生はこのパンフレットが余り売れなかったように著書に書いておられるが、この奥付表記を見る限りは、発行から3年間で7回印刷し直したのだから、結構な需要があったと推測できる。「売れた」「売れない」の判断は結局比較の問題だから、こちらより他のパンフレットの方がさらによく売れたということだろう。あるいは、印刷のやり直しは改訂が必要なときにも行われるから、何回か内容の見直しが行われたのかもしれない。しかし今回、それを確認することはできなかった。ただし、奥付表記が異なる2冊について、「聖経 甘露の法雨」の詩文を子細に比較してみると、違いが1カ所だけ発見された。それは「知恵」の項の次のような段である--
 
 覚めて観れば現実に何ら吾らを圧える力はなく
 (昭和10年12月1日発行の版、原文は旧漢字旧仮名遣い)
 
 ここの「圧える」という表記が、同年10月15日発行の版では「押える」となっている。この変更はあまり大きなものとは思えないから、これ一つの訂正のために、雅春先生が旧版の印刷からわずか2カ月後に新版を出して、旧版を処分する決定をされたとは考えにくい。とすると、パンフレット『生長の家の歌』はこの当時よく売れていたので増刷が必要となり、その際、ついでに詩文を一カ所だけ変更されたと考える方が自然なような気がする。
 
 このことから分かるのは、「聖経 甘露の法雨」の詩文は、『生長の家』誌に発表されてから既に5年がたとうとしているこの時点でも、まだ完全には確定していなかったということだ。「押える」から「圧える」への変更は微々たるもので、「改訂」と呼ぶほどではないと考えることもできるが、「甘露の法雨」の詩文は、実はこの後にも、やや大きな変更が行われるのである。
 
 谷口 雅宣

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コメント

総裁先生,ありがとうございます。
「甘露の法雨」成立の過程が少しずつ明らかになってきて,拝読していてわくわくします。
ちなみに,私は何の因果か甘露の法雨の「京都教化部版の再版」(昭和10年7月発行)を持っていますが,助詞の一部が現在のものと違っていたり,ルビのふり方が違っていたりします。一番顕著なのは,「智慧」の項の「遊行」(ゆうこう)が,当時の者は(ゆぎょう)とルビがふられているところです。
再拝

投稿: 佐々木(宮城教区生教会) | 2012年7月17日 (火) 19時22分

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