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2012年6月30日 (土)

聖経について (7)

 さて、本欄ではしばらく「聖経」とは直接関係がないと思われる“周辺情報”の類について書き継いできたが、その目的は、「甘露の法雨」がいったん「聖経」と認定されながらも、1冊の折本型の経本として成立するまでに3年3カ月という長期間を要した経緯をたどり、著者・谷口雅春先生にどのような事情があったかを明らかにするためである。その作業はまだ終っていないが、昭和7年から同10年4月までの3年余に初期の光明化運動で何が起ったかを詳細に述べることは、本シリーズの趣旨ではない。そこで、これまで明らかになった“周辺情報”を前提として、ここで私の推測を概括的に述べることにする。これはあくまでも「推測」であるから、事実とは異なる可能性もあることを読者はご承知いただきたい。
 
 結論をひと言でいえば、先生はこの時期、完成まもない初版革表紙『生命の實相』と、その続篇である『久遠の實在』の出版と頒布、そしてこれら2冊の中身を分冊したパンフレット等の発行と頒布に注力されていたのである。「甘露の法雨」は、すでに「聖経」としてこのパンフレットの1篇の中に収録されていたから、神前や仏壇の前で読むという日常的な需要には当面応じられていたと思われる。また、すでに述べたように、光明化運動の経済的基盤はまだ決して潤沢でなかったから、新たなコストとリスクが生じる折本型の経本の出版は、もし先生の胸中に浮かんでいたとしても、パンフレットの在庫がなくなった後の仕事だと考えておられたのではないか。
 
 谷口雅春先生の諸著作については、これまで我々の先人が纏めた『生長の家五十年史』のような正式の記録書の中に詳しい記述がある。それらの中の年表や編年体の著作一覧を見ると、この約3年間に雅春先生がどんなものの出版に力を入れられていたかが分かる。それによると、昭和7年の先生の出版物は「生長の家叢書」であり、同8年は『久遠の實在』であり、同9年は「光明叢書」、同10年は『生命の實相』黒布表紙版(全20巻)と革表紙版(全9巻)の一部、そして次の10書であるーー『生命の奔流』『新生活への出発』『地湧の淨土』『いのちのはやて』『本當の教育』『光明の思想』『生命の行方』『光明主義』『生命の神秘』『光明の生活法』。
 
 この中で注目されるのは、「生長の家叢書」と「光明叢書」である。前者は、初版革表紙『生命の實相』の内容を11篇のパンフレットに分けて発行したもので、後者は同じく『生命の實相』と『久遠の實在』の内容を4対9の比率で同様に分冊した13篇のパンフレット・シリーズだ。このことから、谷口雅春先生の初期の単行本出版の考え方が浮かび上がってくる。その基本となるのは、初版革表紙『生命の實相』のようなしっかりとした内容の豪華な聖典を発行する一方で、その中身を小冊子に分けて廉価で入手しやすい“聖典への入口”を数多く作り、頒布することである。これにより、沢山の入口から大勢の人々を誌友として迎え入れ、運動の輪を拡大していこうという戦略を採られたのではないか。
 
 このような計画が背後にあると想定して、昭和7年以降の雅春先生の出版活動を追っていくと、納得できる部分が数多く見出されるのである。本欄の現在のテーマは「聖経」であるから、「甘露の法雨」の出版に焦点を当てながら、その記述を進めよう。

 谷口 雅宣

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