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2012年6月19日 (火)

聖経について (5)

 単行本の一部を取り出して独立した1冊の経本とするまでに、3年と3カ月が経過した。その間に、「聖経 甘露の法雨」は多くの人々に自信と希望を与え、病気や逆境から立ち直る生命力を引き出したに違いない、。谷口雅春先生の数ある自由詩の中から、この長編詩がまず「聖経」として認められ、やがて経本として歩き始めるまでには、信徒からの多くの要望が関与したと思われる。その一部は、雅春先生が読者からの手紙の形で、また地の文章の中で『生長の家』誌上に紹介されていて興味深い。次に掲げる一文は、キリスト教徒でありながら仏教にも魅力を感じて悩む読者からの手紙(一部)で、先生はその手紙に「ポケット型の生長の家」という表題を付けて昭和6年1月号に掲載された--
 
「(前略)基督教のみでも且つ仏教のみにても、又勿論他の宗教に於ても満足が出来ず、悩み苦しんで居りました。そして意気銷沈として居りました。その際丁度『実業の日本』誌上で『生長の家』の広告を見、早速御願いした様な訳であります。有難う御座います。此れで私の運命も段々幸運に向い自分の本分を全うして安心立命することが得らるるを信じて感謝して居ります。私の家を『幸福の家』『生長の家』として生れ変ることが出来ます。吾が家へ帰ると思わず役所からは『幸福の家』『生長の家』へ帰るのだと思い何時も喜びと共に帰宅が出来ます。『生長の家』を何時も毎日ポケットか包かに入れて持ち歩いて居ります。何となし力強い気分に満たされます。
 一周年記念にはどうぞ小形のポケット入りの『生長の家』のもっとも霊的の場所だけを選んで下さいまして、聖書的なポケットに入れて護身的に持ち歩けるものを造って頂き度いものだと私は一人祈って居ります。」(同誌、pp. 62-63)

 このような“ポケット型経典”を求める人もいた一方で、『生長の家』誌の読者が増えるにともない、創刊号からのバックナンバーを求める人も増え、それらバックナンバーの在庫が払底してしまうと、谷口雅春先生のもとには、今度は創刊号以来の合本を出版してほしいとの要望も多く寄せられるようになった。同誌昭和6年7月号に、雅春先生はこれらの事情に触れた「五旬節の奇蹟に就いて」という文章を書かれているが、そこには次のようにある--
 
「だから田平氏も云われたように、ポケットへ這入る位な聖書型の『生長の家』を出して貰って毎日心を磨く護心の糧としたいと云う要求もあるのである。また畑中氏その他は第一集全部を合本して単行本とし発行して頂けば第二集からの読者にとっては実に福音だと云われた。また台湾の某誌友は、綴り込みに便利なように鳩目孔を明けて欲しいと云って寄越された。」(同誌、p.9)

 当時の『生長の家』誌は、しかし残念ながら、これらの要望に応えられるだけの経済的基盤をもたなかった。そのことも、雅春先生はこの文章で正直に告白されている--
 
「私は今迄それらの要求に対して一々返事をしなかったことを茲(ここ)に更めて謝する。それは生長の家出版部にはその出版費がないので、時期尚早いと思われたからである。今も依然として出版部にその出版費はない。何故なら生長の家の出版部と云っても、実は殆ど全部、なけなしの私の財布で支えられて来ているからである。誌代を出して下さる方もあるが(中略)誌代未送の方も夥しい数に上っている。こんな訳で、生長の家出版部をあずかっている私としてはまことに歯痒い思いがしながら、今迄は新しく第一集の合本を出版する計画がたたなかったのである。」(同誌、同ページ)

 谷口雅春先生は、しかしこの一文を書くに当たって「第一集の合本」の出版を固く決意されたようだ。というのは、この文章の最後の所で、先生は「追記」として次のように書かれているからである--
 

「(追記)第二集第四号より印刷部数を殖やしましたので、此の合本には現在残本のない第二集の第三号までの主要部分を全部集めたい計画です。申込部数が少く、且つ出版基金が集らない時幾分この計画の実現は遅れましょうが、必ず実現さします。併し成るべくならば遅らしたくないので出来るだけ奮発して御申込下さい。」(同誌、p.12)

 先生はこの文章に、『生長の家』誌の合本を「兎も角先ず一千部を印刷し得るだけの基金が得たい」(p.12)と書かれている。その主な理由は、一般の人々が入手しやすいように単価を下げるためである。しかし、当時の『生長の家』誌の読者は500人ほどだったらしく、しかも前述したように、読者全員が必ずしも誌代を払っていなかった。その不払いの率は実に5割を超えていたため、先生は次のようなコスト計算まで示して、資金難を訴えられている--
 
「今、五百の読者のうち、誌代を確実に払っていて下さる二百三十の誌友が皆な必ず一冊ずつ買って下さると仮定したところが、僅か二百三十部である。こんな小部数では、第一集全部をまとめた厖大な大冊をつくれば一冊五円以上について了(しま)うのである。これでは欲しいけれども余りに高価で手の出しようがないと云う人も可成り多いに違いない。(中略)いま農村の収入が、一人一日当り十銭に過ぎないときくとき私はせめて一千部を刷ることにして、一部の実費二円五十銭で諸君の手許に送りたい。これは切なる私の要求である。」(同誌、p.11)

 雅春先生はこの一文の最後でも、合本の定価のことを「実費は発行部数で変化しますが便宜上、一冊の定価を仮りに二円五十銭と定めて置きます」と念を押していられる。しかし、現在私の手もとにある初版革表紙『生命の實相』の奥付を見ると、「非売品」と表示されたうえ「有縁の方に限り特に金四円にて頒布す」と印刷されている。目標だった「2円50銭」の定価が難しかったことが窺い知れるのである。
 
 谷口 雅宣 

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