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2012年5月25日 (金)

観世音菩薩について (9)

 5月初めの幹部研鑽会において、私は脳卒中で「左脳」の一部が機能しなくなった脳科学者の体験について紹介した。その目的は、我々誰もがもつ「右脳」の働きが、宗教上の体験や“悟り”と呼ばれる感覚や洞察と関係があることを示すためだった。それはまた、左脳優位になっている我々の日常生活の問題点とともに、左脳の重要性を再認識してもらうためでもあった。

 この脳科学者とは、アメリカのインディアナ医科大学の神経解剖学者、ジル・ボルト・テイラー博士(Jill Bolte Taylor, Ph.D.)である。彼女は、ハーバード大学の医学校で権威あるマイセル賞という、優れた研究に授与される賞を取った1996年、30代半ばの若さで脳卒中に襲われたのだった。左脳の側頭部の出血により、自分の意識が変容していく様子を、『奇跡の脳』という本で克明に描写している。その中に、こんな箇所がある--

「出血中の血液が左脳の正常な機能を妨げたので、知覚は分類されず、細かいことにこだわることもなくなりました。左脳がこれまで支配していた神経線維の機能が停止したので、右脳は左脳の支配から解放されています。知覚は自由になり、意識は、右脳の静けさを表現できるように変わっていきました。解放感と変容する感じに包まれて、意識の中心はシータ村にいるかのようです。仏教徒なら、涅槃(ニルヴァーナ)の境地に入ったと言うでしょう。
 左脳の分析的な判断力がなくなっていますから、わたしは穏やかで、守られている感じで、祝福されて、幸せで、そして全知であるかのような感覚の虜(とりこ)になっていました。わたしの一部は、痛みでズキズキしている肉体の束縛から完全に解放されたがっています。ですが、そんな絶え間のない誘惑のさなかでも、自分自身を救うための方法を探し続けていました。右脳の誘惑に屈しなかったことが、最終的にわたしの命を救ったのでした。」(同書、pp.40-41)
 
 テイラー博士は、この本の各所で、このほかにも左脳の損傷によって意識の前面に現れた“右脳による世界認識”の様子を描いていて、それらは宗教的なイメージに満ちているのだ。その部分を抜粋しよう--
 
「肉体の境界の知覚はもう、皮膚が空気に触れるところで終わらなくなっていました。魔法の壺から解放された、アラビアの精霊になった感じ。大きな鯨が静かな幸福感で一杯の海を泳いでいくかのように、魂のエネルギーが流れているように思えたのです。」(p.70)

「瞬間、瞬間は泡のように消えるものではなくなり、端っこのないものになったのです。ですから、何事も、そんなに急いでする必要はないと感じるようになりました。波打ち際を散歩するように、あるいは、ただ美しい自然のなかをぶらついているように、左の脳の“やる”意識から右の脳の“いる”意識へと変わっていったのです。小さく孤立した感じから、大きく拡がる感じのものへとわたしの意識は変身しました。」(p.72)

「左脳は自分自身を、他から分離された固体として認知するように訓練されています。今ではその堅苦しい回路から解放され、わたしの右脳は永遠の流れへの結びつきを楽しんでいました。もう孤独ではなく、淋しくもない。魂は宇宙と同じように大きく、そして無限の海のなかで歓喜に心を躍らせていました。」(p.73)

 テイラー博士は8年間のリハビリの後に、左脳の損傷から完全に回復した。そして、この時の体験から「深い心の平和というものは、いつでも、誰でもつかむことができるという知恵をわたしは授か」ったと書いている。そして自分が得た新たな発見を、次のような言葉に凝縮している--
 
「頭の中でほんの一歩踏み出せば、そこには心の平和がある。そこに近づくためには、いつも人を支配している左脳の声を黙らせるだけでいい」。(p.132)

 ここに「左脳の声を黙らせる」と書いてあるが、これは左脳の機能を否定しているのではない。その証拠に、テイラー博士は8年を費やして左脳の回復に努力したのである。これは多分、「左脳の機能は必要だが、それに振り回され、支配されるな」ということだ。左脳は、物事を細分化して部分に注目し、全体の把握を怠る。自分や世界が「そのまま」では満足せず、「何かをする」ことに意欲を燃やす。自分と他人、自分と社会を分離し、自己拡張を図る。そういう生き方だけでは、人間は決して満足できないことを、この本は雄弁に語っている。私はここに、第一級の“観世音菩薩の教え”を見出すのである。
 
 谷口 雅宣

【参考文献】
○ジル・ボルト・テイラー著/竹内薫訳『奇跡の脳』(新潮社、2009年)

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コメント

私達が人としてこの地球で生活をするためには、左脳の働きが不可欠ですね。私達の生命の本質であるところの意識をつかさどる右脳も、またなくてはなりません。
どちらもバランスよく、時には左脳寄り、ある時には右脳寄り、に働くことが大事ですね。仕事をするには、左脳をバンバン使わないとできませんし。それにしても、右脳の働きがあってこその左脳。
テイラー博士の体験は左脳損傷でしたが、逆の、右脳損傷だったら、一体どうなっていたのでしょうか。ふと、考えてしまいました。

投稿: 水野奈美 | 2012年5月26日 (土) 10時21分

総裁先生                      赤ちゃんと母親のお話で自分の内なる神と神様との関係がすこしずつわかってきて、心の霧が晴れていくようです。「奇跡の脳」のご本の体験文を再度ご教示くださいましてありがとうございます。生長の家の教えに触れている喜びで一杯になりました。ありがとうございます。    

投稿: 赤嶺里子 | 2012年5月26日 (土) 10時41分

その時博士が右脳の恍惚感に任せて苦痛から遊離してしまっていたら医学的治療の必要性を感じなくなってしまっていた。
そして回復後左脳を黙らせることで心の平安を得るノウハウも獲得出来なかった。
左脳を制御する力。
右脳を制御する力。
それぞれ片方の脳がするのでしょうか。
その背後に左脳、右脳をもコントロールする何かかあるのでしょうか。

投稿: 横山浩雅 | 2012年5月26日 (土) 10時47分

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