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2012年5月30日 (水)

観世音菩薩讃歌 (3)

  
天の童子続けて問う。
「師よ、神は過ちを犯す自由を人になぜ与え給うや。
過ちて苦しむよりは
過たずに楽しむ道が
〝神の愛〟にふさわしからずや」。
天使(てんのつかい)答え給う――
汝、幼き頃の記憶忘るべからず。
人は皆、
手足をもって這(は)い始め、
やがて二本の脚にて歩くに至るなり。
汝は這い回る幼児を見て
過ちを犯したると思えるや。
天の童子答えて言う。
「師よ、這い回る幼児は
何の過ちも犯さざるなり。
彼は自己本来の姿に近づく途上なり」。
天使さらに問い給う――
汝は這い回る幼児に
苦しみの体験ありと思わんや。
天の童子答えて言う。
「師よ、這い回る幼児の目は
好奇心に満ち、
口元は喜びに溢るるなり。
新しき可能性を実感するが故なり」。
天使説き給う――
神が人に自由を与うるは
人に自己の本来相を表現せしむるためなり。
「本来神なり」の実相を
実感せしむるためなり。
人が自らの行為を「過ち」と知るは、
「過たぬ」本来の自己、
その内奥から声上ぐるを聴くなり。
幼児、歩行途上で倒れたりとも
悩み苦しまず
次の歩行に喜びて挑むは、
歩くことが自己の本性にして、
本性の内在を疑わざるが故なり。
幼児倒れても喜び失わざるは、
すでに歩行している自己の実相を
親の歩行の中(うち)に見て、
自己が歩行できること疑わざるが故なり。
汝この幼児のごとく
自己内在の〝神の子〟の本性を常に自覚し、
〝万能の神〟の中(うち)に自己の実相を見、
内奥の声の導きに従い
一歩一歩
実相顕現の道を
喜びをもって歩むべし。
神が汝らに与え給う自由こそ、
最大にして最勝の
神の愛の証なり。
神は汝らを強い給わず、
自由の中から
〝神の子〟の自覚に導き給う。
〝神の子〟に生き甲斐を与え給う。

  祈り
天使続けて説き給う――
汝ら、
神の与え給いし自由を正しく行使し、
神の御心に応え
生き甲斐をもち人生を歩まんとすれば、
祈りを怠るべからず。
祈りは、
神の御心と汝らの心との導管(パイプ)にして
神との交流の楽園なり。
汝ら、
神とのパイプを常に開き、
楽園を逍遥し
神の豊かなるアイディアを受けつつ
人生のカンバスに喜びを描くべし。
これこそ本来の祈りなり。
この時、天の童子問いて曰く――
「師よ、しからば四苦より逃れんと欲する祈りは
 無価値ならんや」。
天使答え給う――
四苦は、神の創造の世界には存在せざるなり。
生は実在にあらず、
病(やまい)は実在にあらず、
老いは実在にあらず、
死は実在にあらず。
汝ら
神の造り給わざるものを実在となすなかれ。
罪も病も老いも死も、
畢竟(ひっきょう)存在せざるものを夢中に描ける妄想(まよいのかげ)
 に過ぎず。
汝ら、
自らの妄想より逃れんと欲すれば、
まず「妄想は実在に非ず」と知らざるべからず。
妄想による罪を〝在り〟と認むれば、
祈りても罪は消えざるなり。
妄想による病を〝在り〟と認むれば、
祈りても病は消えざるなり。
妄想による老いを〝在り〟と認むれば、
祈りても老いは消えざるなり。
妄想による死を〝在り〟と恐るれば、
祈りても死は訪れん。
汝ら、祈りと懇願とを混同すべからず。
「祈り」は命の宣(の)り言(ごと)なり、
生命(いのち)の底からの実在の宣言なり。
「懇願」は
無を在りと認むる欠乏と困窮の宣言なり。
非実在の宣言なり。
滅罪の懇願は
「罪在り」の想いより生ず。
病を除かんとの懇願は
「病在り」の想いより生ず。
不老の懇願は
「老(おい)在り」の想いより生ず。
死を逃れんとの懇願は
「死在り」の想いより生ず。
汝ら祈るとき
四苦を心に想うべからず、
非実在を想うべからず、
実在を祈るべし。
神の造り給いし世界の実相を祈れ。
神の世界に四苦なしと宣言せよ。
されば目の前の苦しみは妄想にして、
自己の執着の産物と悟るに到るべし。
汝ら、
「ねばならぬ」と粘りつく心を捨てよ。
神の創造の世界には
すべての善きもの既に在るなり。
それ以外に「ねばならぬ」もの不要なり。
神の創造の世界には
すべての義(ただし)きもの既に在るなり。
そのほかに「ねばならぬ」もの不要なり。
神の創造の世界には
すべての美(よろ)しきもの既に在るなり。
そのほかに「ねばならぬ」もの不要なり。
汝ら執着を捨ててなお
「吾が希望神の御心に合致す」との想い消えざれば、
その希望実現の相(すがた)を念じ、
「すでに受けたり」と神に感謝を捧ぐべし。
「ねばならぬ」の心を放ち、
結果のすべてを神に委ぬべし。

 谷口 雅宣

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