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2012年4月24日 (火)

ツバキが説く観世音菩薩の教え

 今日は初夏の日差しを思わせる好天の下、午前10時から長崎県西海市の生長の家総本山で「谷口輝子聖姉二十四年祭」が執り行われた。谷口輝子聖姉を祀る奥津城前の広場には、長寿ホーム練成会の参加者のほか地元・長崎県の信徒など約160人が参集し、生前の輝子先生の御徳を偲んだ。私は御祭の最後に概略以下のような挨拶を行った--

 本日は谷口輝子聖姉二十四年祭に大勢ご参加くださり、ありがとうございました。

 谷口輝子先生が昇天されてすでに24年が過ぎたということですが、昨年の二十三年祭のひと月前には東日本大震災と原発事故がありました。そこで昨年の年祭では、私は輝子先生のご著書『めざめゆく魂』から引用して「針供養」のことを取り上げました。これは一見、物質と見える縫い針に対しても、昔の日本人はそれをぞんざいに扱わずに、捨てるときには感謝の気持を込めて供養するという習慣のことです。このような精神が大切であるということを輝子先生は本の中で説かれているのですが、今の社会では“消費”が大切であるということで、十分使えるものでもどんどん廃棄してしまう……そういう精神が蔓延して、資源とエネルギーを浪費し、自然破壊を行ってきた。そんな戦後の我々の生き方を根本的に改めて、感謝の気持を忘れずに人や物に接し、できるだけムダを出さない生き方に切り替えていかねばならないということを申し上げました。この話は、私の新刊書『次世代への決断』にも収録されています。お持ちの方は、お帰りになってから読み返してみてください。
 
 谷口輝子先生は人に対して愛が深かっただけでなく、このように物に対しても愛情豊かな生き方をされた人です。今日は、輝子先生の別の著書『こころの安らぎ』(1982年刊)から引用して、ツバキの話をしようと思うのであります。今年の春は遅かったですが、もうツバキの花は終ってしまいました。この植物は『日本書紀』や『万葉集』の昔から多くの日本人に愛されてきたもので、この本には昭和53年4月に書かれた「竹の葉と椿の花と」というご文章が収録されています。昭和53年という年は、11月にこの総本山の落慶大祭があった年です。輝子先生は雅春先生とともに、その3年前(昭和50年)に東京からこの地に移住されています。総本山とツバキとの関係では、この昭和53年当時、境内地の山にツバキを集めて植えるという計画があったようです。また、ツツジやサクラやウメも集めて植えるといい--そんな話もここには書いてあります。さらに、この長崎県と新潟県の県木はツバキだと聞いています。
 
 このご文章の前半は竹の話で、後半にツバキの話が出てきます。そこに、植物学者の牧野富太郎博士の話としてツバキの語源について書かれています。それによると、ツバキの名前は「厚葉木」(アツバキ)「光葉木」(テルバキ)「艶葉木」(ツヤバキ)から来たらしいのです。分厚くて、太陽の光をよく反射して輝く葉をもっているという意味だと思います。ツバキ科ツバキ属の植物、学名は「Camellia japonica」であり、日本原産の常緑樹で、日本の照葉樹林の代表的な樹木です。成長すると樹高は20mに達するとも言われますが、日本ではツバキの大木はほとんど伐採されて残っていない。しかし、木質は固くて緻密で、木目が目立たないため、印材や将棋の駒など工芸品や細工ものに使われます。また、ツバキ油は良質で、燃料だけでなく、整髪用、高級食用油としても使われてきました。
 
 このように人間にとって多くの恵みを与えてくれるだけでなく、ツバキが属する「照葉樹」と呼ばれる樹木からは、人間の生き方としても示唆的な、象徴的な意味を引き出すことができます。これはオークヴィレッジ代表の稲本正さんから教えてもらったことですが、照葉樹とはその名の通り、葉がよく太陽の光を反射するということです。ご存じのように、植物は太陽の光によってCO2と水から炭水化物を作ります。これには葉緑素が必要ですが、これが植物が一般に≪緑≫であることの原因です。この植物の働きによって初めて、動物が生活できます。また、この植物の光合成のおかげで、大気中のCO2の量が一定のレベルに保たれてきました。だから植物は、できるだけ多くの太陽光を吸収して、自分の体内に多くの炭水化物を作ることで成長することが、恐らく進化の上では有利に働いたはずです。ところが、照葉樹は、その大切な太陽光を反射するように進化したのです。つまり、自分で独り占めしないで、他の植物にも光を分け与えるために自分の葉を「鏡のように光らせる」という方向に進化をとげた。
 
 私は、こういう生き方をこれからの人類はしなくてはならないと思うのです。これまでの我々の生き方は、自然界から奪えるものはすべて奪い、それを独り占めして人類ばかり数を殖やしてきた。それを、個人のレベルでも国家のレベルでも行ってきたので、争いや戦争が絶えなかった。そして、自然破壊や地球温暖化を進め、ついに生物全体にとって有害な放射線まで人工的に作り出し、核兵器や原子力発電などの技術を生み出した。そういう考え方や生き方では、もう人類の進歩は望めないどころか、人類の大量犠牲が予想される時代に来ています。そんな時こそ、私たちは日本原産の植物「ツバキ」から、観世音菩薩の教えを学ぶべきではないでしょうか? その教えとは、自然界は、他から奪うのではなく、他に与えることで繁栄する植物があるということです。それも例外的に存在しているのではなく、日本列島には照葉樹に属する植物はツバキ以外にも大変多くあります。ここに、そのリストをもってきました--
 
「構成樹種として重要なものはシイ、カシ類である。他に、高木層を構成する常緑樹としては、クスノキ科のタブノキ、カゴノキ、シロダモ、ホルトノキ科のホルトノキ、モチノキ科のモチノキ、クロガネモチ、タラヨウ、ナナミノキ、ツバキ科のツバキ、サザンカ、モッコク、モクレン科のオガタマノキ、ヤマモモ科のヤマモモ、マンサク科のイスノキ、ユズリハ科のユズリハ、シキミ科のシキミ、スイカズラ科のサンゴジュ、ハイノキ科のカンザブロウノキやクロバイ、バラ科のバクチノキやリンボク、裸子植物であるマツ科のモミやツガ、マキ科のイヌマキやナギ、イチイ科のカヤ等がある」。

 輝子先生は、この照葉樹に属するツバキについて、先ほどのご文章を、次のような言葉で結ばれています--
 
「椿の林、つつじの山、桜や梅の園ができたなら、老いたる夫婦は足もとも軽々と、大地を踏んで出かけることかと、楽しいその時が待たれてならない」。(p. 27)

 私たちは、人類の仲間にこの生長の家の真理をもっともっとお伝えし、人々に対して法施を実践すると共に、自然界に対しても奪うことをできるだけ避け、さらには照葉樹の生き方に倣って自然界の仲間に“与える生活”を推し進めることによって、豊かな自然と共生する社会を建設しなければならないと思うのです。私は輝子先生が今霊界で、そういう社会を実現したときのことを「楽しいその時が待たれてならない」とおっしゃっているような気がするのであります。どうか皆さまのお住まいのそれぞれの地域で、“自然と共に伸びる運動”をさらに強力に進めていってください。

 先生の二十四年祭に際して、所感を述べさせていただきました。ご清聴、ありがとうございました。
 
 谷口 雅宣

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コメント

照葉樹に代表される「椿」
私の長年の愛用品が椿油です。こんなに素敵な樹であったと知り、嬉しく思いました。
素晴らしい話、色んな方に、話したいと思います。ありがとうございます。

投稿: 水野奈美 | 2012年4月25日 (水) 19時26分

合掌 総裁先生 いつも素晴らしいご指導ありがとうございます。先日は、素晴らしい全国幹部研鑽会のご指導ありがとうございました。私は島根教区ですので、宇治会場で相・栄の同研鑽会に参加させていただきました。そして、生長の家で説かれていること(「唯神実相」、「三界唯心所現」「万教帰一」)の素晴らしさ、有難さを更に痛切に感じさせて頂きました。脳神経解剖学者ジル・ボルト・テイラー博士の体験の紹介に、「右脳の世界」の素晴らしさ、総裁先生のご指導の有難さに感動の衝撃を受けました。帰宅後、YouTubeで「ジル・ボルト・テイラーのパワフルな洞察の発作」を見て、生長の家の神想観の素晴らしさ、総裁先生の右脳開発のご指導の素晴らしさ、生長の家の運動の素晴らしさを改めて、再確認させていただきました。変な表現ですが、確信の度合いが格段に高まりました。Bタイプの誌友会を「絵を描いて何になる?」「私の趣味じゃない!」と食わず嫌いな方や偏見を持っておられる方がまだおられます。この素晴らしい「実相顕現の練習」「実相顕現の行」を少しでも理解を深めて頂けるように、地方講師として努力させて頂き、「自然と共に伸びる運動」のお役に立たせていただきたいとの決意を新たにさせていただきました。
 生長の家で説かれている真理の正しさが、総裁先生の科学的知見に基づくご指導や、科学者等の科学的知見やメディアでの報道により、証明され、一般化されることが多くなりつつあり、本当に嬉しく思っています。
 6月24日には、総裁先生ご夫妻に島根に講習会のご指導に来ていただけます。島根の私たちは、他教区の方もそうであるように、できるだけ多くの方に参加していただけるようにと推進させていただいて、当日を楽しみにお待ちしております。
 この「ツバキが説く観世音菩薩の教え」のブログはご発表の翌々日?に拝読させて頂きましたが、宇治で、このブログのお話を知らなかった方に紹介し「ツバキのような生き方のご指導」の話題に花が咲きました。「ツバキ」が日本原産であることも、私たちの心を嬉しいものにさせていただきました。
 輝子先生のご著書『こころの安らぎ』は、信徒の方からその中に、輝子先生の「信仰の人とは一見不幸に見える状態の中にあっても神を見失わず四方に向かって合掌できる人である。」という信仰のあり方を説かれていることの紹介を頂いており、求めたいと思っておりましたが、この度のこのブログを拝読させて頂き、古書にて求める手続きをさせていただきました。
 今回のご指導ができるだけ早く機関誌に掲載されることを願いつつ。再合掌 島根教区 石田 盛喜代

投稿: 石田 盛喜代 | 2012年5月 1日 (火) 04時32分

合掌ありがとうございます。今日本部から届いた機関誌の最初に「大自然讃歌」の全文が載っていました。早速声に出して読んでみました。「聖経大自然讃歌……(勝手に聖経と付けてすみません)」あまりの素晴らしさに改めて感動しました。4月に受験しました学校の結果が今日頃届く事になっていましたが、ご利益でしょうか難関を突破して見事合格の通知を受け取りました。8日から学生です。勉強に一生懸命励みます。通学の電車の中で毎日読みたいと思います。必ず本の形で出版される事を待ち望んでいます。再拝

投稿: 横山啓子 | 2012年5月 4日 (金) 21時43分

横山さん、

>>4月に受験しました学校の結果が……見事合格の通知を受け取りました。<<

 ええと、何を勉強されるのでしょう。もしよろしかったら教えてください。「大自然」と何か関係があるのですか?

投稿: 谷口 | 2012年5月 4日 (金) 21時52分

合掌ありがとうございます。コメントをありがとうございます。社会福祉の専門学校に入ります。期間は半年です。卒業後はホームヘルパーとして働く事が出来ます。厚生労働省から援助を受けて入学金と学費が免除されます。「大自然」との関連ですが、入試の時の校長先生の訓示を聞いてこの学校にと決めました。滑り止めを受けなかったのです。訓示の内容は要約すると次のような内容です。「うちの学校に入った人に車やバイクでの通学を認めない理由は、CO2削減と炭素ゼロ運動を推進する為です」と言われました。殆どの人は意味が理解出来なかったようです。私だけはハッとしました。校長先生は生長の家の信者ではないかと思いました。校長先生の講義もあるという事ですので楽しみです。就職が決まってから幹部として活動してもらえればいいからと言って貰えました。無事資格を得られたら又報告します。再拝

投稿: 横山啓子 | 2012年5月 5日 (土) 12時54分

横山さん、

>>「うちの学校に入った人に車やバイクでの通学を認めない理由は、CO2削減と炭素ゼロ運動を推進する為です」<<

 なかなか信念のある校長ですね。ガンバリ甲斐がありますね!

投稿: 谷口 | 2012年5月 5日 (土) 18時10分

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