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2012年2月11日 (土)

日本建国の理想を高く掲げて

 今日は澄み切った青空のもと、午前10時から東京・原宿の生長の家本部会館ホールにて「建国記念の日祝賀式」が挙行された。国歌斉唱、聖歌「実相を観ずる歌」の合唱、そして伊勢皇大神宮・橿原神宮遙拝に続き、磯部和男・生長の家理事長の式辞があり、私はそのあと概略以下のような話をした--

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 今日は日本国のお誕生日である「建国記念の日」であります。日本国のお誕生日、おめでとうございます。
 
 この「建国記念日」の意義については、私はここ数年、機関誌やブログを通していろいろ述べてきましたので、ここにおられる皆さんは恐らく、もう十分ご理解いただいていると思います。しかし、まだウロ覚えの方もいると思うので、簡単に復習してみましょう。意義は大体4~5つあります。①建国記念日は記紀の神話にもとづく、②神話にもとづく建国記念日は世界では希有な例である、③神話は日本民族の“理想”や“信念”を表している、④その“理想”や“信念”は現代の日本人の中にも生きている、⑤そこから学び生活に活かすことが、現代の我々の歩む道である、ということです。
 
 最初の第一項は、明白な事実なのであまり説明の必要はないでしょう。日本の最古の古典と言われる『古事記』や『日本書紀』の中に、神武天皇の建国物語が書いてあり、そこに日付も明記されている。それにもとづいて決まったのが今日の「建国記念の日」です。ここで重要なのは、今日は「建国の日」ではなく「建国記念の日」だということです。日本国が歴史的に誕生した日は、考古学などでいろいろ研究が進んでいますが、二千年以上も前の古い時代なのでよく分かっていません。今後も判明するかどうか定かでありません。しかし、建国があったことは事実でありますから、それを記念して祝うことはまったく問題ないどころか、日本国民なら積極的にすべきことです。世界のどんな国の人々も、自国の誕生日を盛大に祝っています。日本の場合は、お隣の韓国と同じように、国の始まりが神話によるほど古いので、建国当時の事実の確定ができない。したがって、神話に書かれた建国の期日をそのまま使って、それを「記念日」として祝っているのです。それが第2項で言っている「希有な例」という意味です。建国が神話にもとづくほど古いというのは、世界でも珍しいことなので、誇るべきことでもあります。
 
 次に第3項の“理想”と“信念”という面ですが、世界の多くの民族は、「神話」と呼ばれるものをもっています。それらの神話は古くからの伝承の1つですから、文化的、宗教的、また心理学的に重要な意味をもっています。それらは、各民族の独自の側面を表していると同時に、世界の多くの神話の中には共通のパターンや特徴があります。精神分析学者のカール・ユングは、そういう神話は民族の集合的無意識を表現しているといい、また人類共通のパターンがあると唱えました。日本の神話もその例に違わず、他の国や地域にある神話と共通しているとともに、日本独自の特徴をも兼ね備えています。建国神話の中でその特徴を言えば、「国の統治者は力が強い人でも、権謀術数に長けた人でもなく、神の御心にしたがい、他の人々から尊敬され、自然界の加護を受ける、あるいは自然と調和した生き方をする人物である」ということを申し上げてきました。それが日本建国の理想だということです。
 
 4番目に指摘したのは、そういう神話に表現された国の統治者の理想像や民族の信念というものは、古代にはあったが現代は失われているというように時間の制約を受けるものではなく、現代の日本人の心の中にも生き続けているということでした。だから、5番目として、現代の我々もその日本建国の理想と民族の信念にもとづいた生き方をすべきであるということを申し上げました。そういう意味で、現在生長の家が進めている“自然と共に伸びる運動”というのは、日本建国の理想に沿った正しい運動である。そういうことも申し上げました。
 
 昨年の建国記念日には、これらの話に加えて、世界の神話にはあまり見られない、日本の神話の特徴とも言える点を1つ紹介しました。それは日本神話においては、女性は男性と同等の地位をもっているということです。その時私は「男尊女尊」という言葉を使いました。日本民族の心を表す神話の中では、男性と女性はどちらも重要な役割を与えられているのです。そのことを最も明らかに示すのは、天皇家の祖先を「太陽神」としていて、その太陽神は日本においては「天照大神」という女性であるということです。世界の主な神話の中では、太陽神は男性として描かれているのですが、日本神話ではそれが女性である。そこから国の統治者が出ることが正統だと日本人は古来、ずっと考えてきたのです。このことは、しかし日本人は男性を低く扱ってきたという意味ではありません。日本の神話の中では、男女の両性が相互にうまくバランスされて物語が展開されているのです。このことから、日本人の考え方は「男尊女尊」だと私は申し上げました。
 
 世界の多くの民族では太陽は男性として描かれてきたのに、日本では女性として描かれたということは、しかし、大昔の出来事などではなく、現在の私たちの心の中でもそう感じられているのです。これも前に申し上げた通りです。その際、実例として谷口雅春先生の著書の名前と、谷口清超先生の作詞された聖歌「日の輝くように」の歌詞を紹介しました。今日は、その時に紹介した雅春先生の著書『女は愛の太陽だ』をここへもってきました。この題名を見れば、雅春先生の心の中では「太陽」は「女性」として捉えられていたことが明らかですね。「女は愛の太陽」なのであり、男はそうではないということですから……。では、その「愛の太陽」とは何を意味するのでしょうか。そのことを今日はこの御著書から学びたいのであります。
 
 谷口雅春先生は、この御著書の中で「神の愛」とは四無量心のことだと明確に説かれています。そして、人間は神の子ですから、我々が実践すべき愛は四無量心だと言われます。つまり、愛の太陽である女性が表現すべき愛も、煩悩の愛ではなく、四無量心を旨とせよということです。愛する対象に執着して、引きずられるような愛は真の愛ではないから、女性が表現する愛も「神の愛」すなわち仏の四無量心でなければならないということです。これはもちろん、男性は四無量心を行じるなという意味ではありません。“男性の愛”とか“女性の愛”があるのではなく、神の愛--仏の四無量心があるということです。これを目標として私たちは、男性も女性も生きるべきだということです。
 
 四無量心の話は、ここ数年の講習会でも何回もしてきているので、皆さんもよくご存じと思います。「慈悲喜捨」の4つの漢字で表される愛の諸相の中でも、“高級な愛”の部類に属するものです。この4つの仏の無量の心の中で最も実践が難しいのが、4番目の「捨徳」です。これについて、谷口雅春先生は『女は愛の太陽だ』の中で、次のように説かれています--
 
「四無量心の四番目は、慈悲喜捨の最後の徳即ち捨徳である。それは、どんなに煩悩の激情が起こっていても、“我何を為すべきか”の神智の導きによって、断ち切るべきものは断ち切り、放つべきものは放ち去り、捨離すべきものは捨離するのである。それは一見冷酷に見える場合があるけれども、煩悩を勇敢に截ち切ることによって、永く続くべき煩労及び苦悩からその人が救われるのであるから、それこそが本当の仏心であり、神愛であり、聖愛であるのである。
 真の愛は叡智に導かれた愛でなければならないのである。愛は煩悩に従わず、智慧に従う。截ち断るべきものは截ち断り、捨離すべきものは捨離する。猫が猫の仔を舐めるような愛撫が必ずしも真の愛ではないのである。真の愛は峻厳なものである。それは法則の如く峻厳である。斬るべきは斬り、批つべきは批つ。しかし相手の性を知り、相手の美点を見のがすことなく、明らかに観て、褒むべき点は容赦なく称揚するのであり、それによって相手の、人性に共通なる“称められたい、認められたい、愛されたい”願いを満足せしめつつ、いやしくも、愛に狎れて、長幼の秩序を失い、尊敬すべきものを尊敬せざるような過ちを犯さしめないようにするのが本当の愛であるのである。」(pp.126-127)
 
 生長の家は今、“自然と共に伸びる”運動を推進していますが、これは「自然を愛する」と言い換えてもいいのですが、その表現だと「愛」という言葉を「執着する」ことだと誤解する人がいるので、そのような表現は使いませんでした。単に「自然を愛する」のでは、自然界の中にある、人間にとって心地よいもの、便利なもの、有益なものだけに執着し、それを自分の身近に取っておくことだと解釈する人がいて、例えば、自然界からカカオの実と砂糖と牛乳だけを採ってきて集め、それを人間だけの目的--バレンタインデーの贈物ーーにすることでも「自然を愛する」ことを意味してしまう。これを大々的にやれば、森林を破壊し、輸入のためにCO2を多く排出することになるのは、皆さんもご存じの通りです。私は今、バレンタインデーにチョコレートのプレゼントをするなと言っているのではありません。商業主義に乗せられて自然破壊に荷担するような節度のない生き方はやめよう、というのです。“義理チョコ”や“友チョコ”を大量に買ってバラ撒くのは、煩悩優先の生き方です。そういうかつての資源やエネルギーを無駄遣いする生き方から離れて、自然をそのままの状態で愛し、褒め、不必要に奪わない生き方の中に、宗教的な“神の愛”の実践がある。それを目指して生きていこうというのであります。
 
 日本建国の理想の中に「自然と調和した生き方をする」ことが含まれていると申し上げましたが、私たちは「男尊女尊」の生き方と共に自然からむやみに奪わない生活を実践し、日本建国の理想を高く掲げ、その実現に貢献していこうではありませんか。そのことが同時に、地球温暖化問題の緩和や解決につながるのです。建国記念の日に際して所感を述べさせていただきました。ご清聴、ありがとうございました。
 
 谷口 雅宣

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コメント

総裁 谷口雅宣先生  
合掌 ありがとうございます。建国記念日に大変素晴らしいご教示をブログに載せていただき、心より感謝申し上げます。日本という国に生まれて、生長の家のみ教えに触れ、いまこうして総裁先生より直接ご教示をいただけることは、当たり前ではなく、奇跡の様なことなのですね・・・。四無量心を行ずる事が私達、信仰者の目標であると頭では解っておりますが、やはり「捨」の心を持つことと、その実践が一番難しいです。
2011年12月号の機関誌に、「死もまた教化する」というタイトルで総裁先生のご教示が載っていましたのを何度も拝読させていただきました。私は、在宅介護でターミナルケア・・・終末期の患者さんの看取りをさせていただいています。少し前までは病院で最期を迎えるケースが多かったのですが、事情は様々ではありますが、最近は、在宅で看取るケースが増えつつあります。死を目前にした人の心は執着と不安でいっぱいだから、私達の言葉の力でそれらを取り除いて上げなくては・・・と今まで思い込んでいたのですが、総裁先生のご文章にありました「死というのは必ずしも不幸ではない。残された人間にとっては不幸に見えることが多い。しかし死んでいく本人の気持ちというのはその人にしか分からない・・・魂の成長のためには、むしろこの肉体に止まったままいることは不幸なのです」というご教示に胸がいっぱいになりました。ですので今は、患者さんに「肉体は亡くなっても魂は生き通しですよ。安心してくださいね。では今夜も恒例の‘‘良かった探し‘‘をしましょうね」と、今日1日の中で嬉しかったこと、有り難かったことの喜びを表現していただき、一緒になって讃嘆させていただくようにしました。そして一緒に働くみなさんにも日時計日記をおすすめし、書いてくださる人が増えてきました。現象は時として心が折れそうになることもありますが、これからも総裁先生に中心帰一致し、四無量心を人間界だけでなく、自然界にも行じて、自然と共に伸びる運動に精進させていただこうと決意を新たに致しております。総裁先生、いつも素晴らしいご教示をいただきますことを感謝申し上げます。  再拝   岡田 さおり拝

投稿: 岡田さおり | 2012年2月12日 (日) 20時16分

合掌ありがとうございます。今回のブログを通して、改めて建国記念日について勉強させて頂きました。私は地元の教化部で行われた記念式典に出席しました。最近、生長の家の集会に参加するようになった友人も誘いました。教化部長さんのお話しは彼女には少し難しかったようです。でも総裁先生が分かりやすく説明して下さいましたので、明日にもこのブログを見せるつもりです。市民会館では、毎年の事ですが、キリスト教の集会が開かれていました。“建国記念日に反対する会”だそうです。どういう内容のものかは知りませんが。回りが何と言おうと私は建国記念日を守って行こうと決意しました。再拝

投稿: 横山啓子 | 2012年2月12日 (日) 21時44分

総裁先生
合掌。ありがとうございます。兵庫の山森です。
①日本の考え方は『男尊女尊』、
②日本人としての『愛』の表現は四無量心、とくに最後の『捨徳』について雅春先生がお悟しくださっていること。
③神想感をして神智に導かれて『捨徳』を実践すること。
以上の3点を特に学ばせていただきました。
尊い理想をもつ日本に生まれた喜びと、仏心、神愛の実践、それはむやみに自然から奪わない生活であり、それが地球温暖化問題の解決につながるということ。今まで『執着心』をあまりにも野放しにしていたことを反省し、信仰心を高めたいと思いました。ご指導をありがとうございます。
再拝。

投稿: 山森 明 | 2012年2月14日 (火) 04時47分

合掌 ありがとうございます。私一人だけが四無量心について語っていない事に気づいて恥ずかしくなりました。よく考えてみたら何も分かっていない事に気づきました。恥を忍んでインターネットの掲示板に四無量心とは?と書き込みをしてみました。生長の家のホームページ及び総裁先生のブログに繋がりました。分かりやすく箇条書きで書いてありましたので、ようやく理解する事が出来ました。ありがとうございました。これからは、ますます行じて参りたいと思いますのでよろしくお願いいたします。再拝

投稿: 横山啓子 | 2012年2月20日 (月) 07時27分

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