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2012年1月 9日 (月)

現代の“知恵の木の実”(2)

 科学界では、昨年12月26日の本欄で書いた“人造ウイルス”の是非をめぐる問題が、年が明けても論議されている。『ニューヨーク・タイムズ』紙(電子版)は、1月2日、6日、7日付でこれに関する記事を載せた。

それによると、今回の研究データーを一部の責任ある科学者にだけ限定するという案については、科学者はおおむね否定的である。その理由は、科学技術上の知識を秘匿することは、戦争や兵器開発との関係で17世紀から行われてきたことだが、あまり効果がないからだという。これまでは数学や暗号技術、物理学、核科学、光学、生物学の知識がこの分野で使われており、そして今、ウイルス学の領域でも同じことが起こっているのだという。今回の研究を行なった一人、ロッテルダム市のエラスムス医療センターのロン・フッシャー博士(Ron A. M. Fouchier)によると、この種の情報を得る資格のある科学者は、「世界の100以上の研究機関などで働く1000人以上」の人々だといい、「10人以上に知らせれば、その情報はすぐ誰でも入手できるようになるだろう」と指摘している。だから、検閲はすべきでないというのだ。

 また、ラトガース大学の化学教授で生物兵器の専門家であるリチャード・エブライト博士(Richard H. Ebright)は、「生物兵器として使うことができるタイプの細菌の情報は、これまで意図せずに何百回もアメリカの研究所から漏洩している」と指摘し、今回のケースも「やがて必ず洩れる、10年以内に……」と断言する。

  科学者がこのように“規制反対”の傾向なのに対し、ジャーナリストは“規制すべし”という見方が多いようだ。特に『ニューヨークタイムズ』は7日付の社説で、「そもそもこのウイルスは開発されるべきではかった」と明確に反対の意思を表明している。リベラルな論調が特徴的な同紙の論説としては、なかなか踏み込んだ表現である。この社説によると、研究が行われるべきでなかった理由は、「人間へ危害を及ぼした場合、その規模は壊滅的なものとなるのに対し、研究によって得られるメリットは仮定的で、効果が疑わしい」からだとしている。そして、科学界がもっと説得力のある研究のメリットを提示しないならば、この“人造ウイルス”は破壊されるべきだとする。もしそれがだめならば、政府の監視下にあるいくつかの研究所に隔離し、「レベル4」という最高レベルで防護すべきだという。そして、今後この種の研究は、事前にその危険性をもっと真剣に検討する必要があり、そのためには国際監視機関のようなものを作るのが望ましい、と述べている。

  上の社説の中に、ウイルスが人類に及ぼす被害について「壊滅的」という表現が使われているが、これは恐らく次のような事実にもとづくのだろうーー

今回の研究では、「A(H5N1)」というタイプの鳥インフルエンザ・ウイルスを、遺伝子操作によって人間に感染しにくい型のものから大気感染するタイプに変異させた。このタイプのインフルエンザに人が感染した場合、過去の例では約600人に感染し、うち半数以上が死亡している。この50%という率は、1918年に約1億人が死亡したインフルエンザの大流行(死亡率2%)と比べて、はるかに高いのである。

さて、私は昨年12月26日の本欄を次のような文章で結んだ--
 
『科学的知識や技術は、人類の生存を助け、人間社会を豊かにする目的で探求される。しかし、その同じ知識や技術は、客観性をもち再現可能であるというそのことにより、悪意をもった人によって目的外の使い方をされる可能性が常に存在する。「“知恵の木の実”を食べた人間が楽園から追放される」という神話が、現在もなおリアリティーをもっているゆえんである』

 本件についての明確な態度表明とは言えないかもしれないが、私の考えは『神を演じる前に』(2001年)の出版当時から基本的には変わっていない。その本の「はしがき」で、私はカール・せーガン博士の言葉を引用して、「人類や地球環境を破壊するような科学技術を生むな」と訴えた。そして、この本の結論は、「利己心や欲望を最大の動機として、21世紀の科学技術が使われてはならない」というものだった。この「はしがき」を書いたのが2000年11月14日で、その約1年後に「9・11」が起こった。だから、私はこの時、科学技術が“宗教的目的”に使われる際も、人類に甚大な被害を及ぼすことがありえるという事実を見落としていた。また、昨年3月11日の“事件”を思い起こせば、科学技術は、まったくの善意で使われている場合も、人類に甚大な被害を及ぼし得るという事実を承認しなければならないだろう。
 
谷口  雅宣

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コメント

合掌ありがとうございます。年末の時にえらい難しい話で一年を締めくくるのだなと思いましたが。先生のブログを二回に渡って拝読して、昔やった映画を思い出しました。「復活の日」というタイトルだったと記憶しています。人間によって人工的に作られたウィルスによって人類が滅亡するが、南極と潜水艦にいた人達だけが助かるというそういう話だったと思います。その時は、作者は何が言いたいのだろうと思っただけで気にもしなかったのですが、総裁先生のブログを読んでゾッとしました。映画の内容そのものだと思ったからです。平和ボケしている日本人には耳の痛い話ですね。生長の家の御教えに触れた者として何をすべきか考えるべきだと思いました。そういえば奥様の純子先生は、今月誕生日でしたね。おめでとうございます。違っていたらごめんなさい。次のブログの更新を楽しみにしています。再拝

投稿: 横山啓子 | 2012年1月10日 (火) 18時27分

合掌有難うございます。

どこで質問して良いかわかりませんでしたので
こちらで質問させて頂きます。

下記のような動物の記事や、ニュースを見ては
胸が傷んで、泣けて仕方無いのですが
現象無しといっても、許せなくなってしまい
苦しい胸をどうして良いか、分からなくなります。

実相があるのは分かるのですが
こういう問題を、どう捉えて良いのでしょうか??

特にコロンビアの動物虐待は甚だしく
女性1人で立ち上げた保護施設が有名ですが
全て、人間の酷い虐待を受けた動物ばかりです。

それでも人間を信じて、人の手から餌を食べる
人間を赦して亡くなる動物を思うと
やるせなく、どう考えるべきか、分かりません。

最近こういった問題が多いので
どうか分かりやすく、教えて頂き
私たちは、亡くなった動物に対して、何ができるのか?

今も密かに虐待されている動物たちに
今何ができて、どう救えるのか?
ただ実相を祈れば良いのか、全然分かりません。

どうか教えて下さい、宜しくお願い致します。
再拝

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120221-00000010-cnn-int


http://www.youtube.com/watch?v=Q3B2vXW0eUM

http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2828871/7791793

投稿: 上田直子 | 2012年2月21日 (火) 18時39分

上田さん、
 動物好きの方なのですね。
 肉食はされるのでしょうか? もし肉食をされているのなら、まずそれをやめてはいかがですか? 特に、輸入される肉製品は、むごい環境で育てられ、虐殺される動物たちの肉である場合が多いです。

 もし肉食をされない方なら、肉食を減らす運動に参加してください。子供たちに、ハムやソーセージがどんな動物たちだったのかを、教えてください。ウシやブタが知性のある優しい動物であることなど……。

 もっと何か宗教的なことをされたいならば、毎日時間を決めて、殺されていった動物たちの霊に聖経を誦げるのは、いかがですか? 彼らは、人間の言葉は分からないかもしれませんが、言葉や心のバイブレーションを感知します。きっと「人間にも優しいのがいる。愛有る人間もいる」と感得してくれるでしょう。

投稿: 谷口 | 2012年2月21日 (火) 22時27分

合掌ありがとうございます。

早々のUPとご指導を有難うございました。
心より感謝を申し上げます。

肉食は、たまに入っているハム位ですが、それも避けて、止めたいと思います。

と殺場に行った事があるのですが、実際見た者でないと、想像出来ないほど壮絶な現状です。

ほとんどの人は見ずに食べており、
ビデオなどではわからず、現場の臭いも想像出来ないので、肉が美味しいと感じるんだと思います。

コロンビアの施設のクモザルなどは、TVで放映されたので割と有名ですが、何年経っても忘れられず、今でも彼を思う度に、涙が止まりません。

世界の動物たちにも聖経が届くのですね。
今日からたくさん詠んで、毎日そうさせて頂きます。

どんなに裏切られても、最期は人間を赦し、人間を慕い、素直に甘える動物たちに、頭が下がります。

人間が毎日修行を重ねても、なかなかそんな人間にはなれないと思いました。

どんな小さな命も、誰も苦しめることなく、すでにある実相世界が顕現することを願っています。

我が家には、餌付けしたスズメが数羽飛んで来て、窓を開けると部屋に入ってきて、一緒にTVを観ることもあります。
夏は暑いのか、扇風機にあたって帰ります。

気付かない時は、窓にジャンプして当たり、人間を呼びますので、こんな小鳥でも、性格が色々だなあーと思います。
(今も、窓から覗いているスズメが居ます・笑)

総裁先生のお宅も、きっと小鳥たちが集まって冬を越しているのでしょう。
生き物たちのお写真もまたUPしていただきたいです。

都会ではスズメの数が、めっきり減りました。
人間として動物たちに、何か出来ることを少しずつ、行じていきたいと思います。

御忙しい中をご回答下さいまして、本当に有難うございました。感謝申し上げます。

感謝・再拝

投稿: 上田直子 | 2012年2月22日 (水) 14時14分

上田さん、

どちらの「都会」にお住まいでしょうか?
 拙宅は東京の渋谷ですが、最近、スズメとヒヨドリの中間ぐらいの大きさの鳥が群れをなして飛来し、竹藪の中に集結しえうるさいぐらい鳴いています。これが連日続くのです。不思議で仕方がないのですが……。

投稿: 谷口 | 2012年2月22日 (水) 20時53分

合掌有難うございます。

私は大阪ですが、東京に行くと、綺麗な公園や
緑の多さ、街路樹なども多く、
あまりの違いに驚きます。

大阪城公園周りは、緑が多いですが、他の地域は、東京とかなり差があると思いました。

先生の仰る鳥はムクドリ等だと思いますが
ムクドリも消えました。

スズメは、夜明けと同時にチュンチュン騒ぐのが
普通でしたが、ここ数年、それも聴いていません。

ネットの野鳥仲間も多いですが、
皆さん(全国各地)やはり個体数が減ってると言います。
新聞やニュースや、環境番組の特集でも、何度か見ました。

この辺りでは、電柱の上の鉄パイプに
巣作りするスズメも多いですが、観察していると
真夏の暑い時に、ヒナの声が絶えてしまいます。

餌を運んでいた夫婦が、声が絶えると、数日そこで
立ちすくんでおり、餌を運ばなくなります。

それが毎年なので、年々家に来るスズメも減りました。
瓦の家がなくなったので、そういう問題も多いのかと思いますが・・・

スズメ達の鳴き声で、
夜明けの神想観ができなくなったのが、淋しいです。

先生のご近所は、都会でも極楽なのですね。
とても羨ましく思いました。
どうもありがとうございました。

感謝再拝

(参考までに、下記のサイトを貼らせて頂きます。
 どこまで事実か分かりませんが、日本だけでは無いようです。)

http://www.asahi.com/science/update/1116/TKY201111160153.html

http://labaq.com/archives/51413043.html

http://cgi4.nhk.or.jp/eco-channel/jp/movie/play.cgi?movie=j_shutonet_20100517_0296


投稿: 上田直子 | 2012年2月23日 (木) 10時56分

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