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2011年12月

2011年12月26日 (月)

現代の“知恵の木の実”

 しばらく本欄から遠ざかっていたが、来春に出版が予定されている新刊書の原稿書きなどで余裕があまりなかった。その間、大きな出来事はいくつかあったが、本欄の主題にふさわしくないなどと考えながら、つい“筆無精”してしまった。しかし、人と自然との関係を考えさせられる話題として、ウイルスの開発に関わる最近の出来事には言及しておいた方がいいと思い、キーボードを叩いている。

 「ウイルスの開発」と言っても、コンピューター・ウイルスのことではない。本物の生きたウイルスを人間が作る話である。日本のメディアではあまり大きく取り上げられなかったが、12月22日付の『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』が第1面で報じたことだ。有名な科学誌『Science』と『Nature』に対して、アメリカ政府への諮問機関がウイルス研究の一部情報を公表しないように働きかけているらしい。学問の自由、表現の自由を重んじるアメリカ社会では、かつてないことだというのでニュースになっている。

 その記事によると、問題となっている研究は、アメリカとオランダで行われた「A(H5N1)」という鳥インフルエンザ・ウイルスの研究で、科学者たちは毒性が高く、かつ感染力がきわめて高い種類のウイルスを作成したらしい。フェレットというイタチの一種を使って作成されたインフルエンザ・ウイルスで、通常は人から人への感染は起こらないが、感染した場合、致死性はきわめて高いという。このウイルスは1997年に発見され、その後約600人が感染して半数以上が死亡した。これまでのほとんどの症例は、鳥を媒介としてアジア地域で起こっている。

 この諮問機関とは、アメリカの国家保健研究所(National Institute of Health)の傘下にある「生物安全保障のための国家科学諮問委員会」(National Science Advisory Board for Biosecurity)で、研究の結論部分は公表されるべきだが、「実験と遺伝子変異の詳しいデータは、実験を再現可能とするため公開すべきでない」としている。これに対して、『Science』誌のブルース・アルバーツ編集長は、一部の情報の公開を控える用意はあるとしつつも、「正当な理由でそれを必要とする科学者に対しては、非公開の情報も得られる制度を政府が作るならば…」との条件を付けているという。

 しかし、科学者の側も、この技術が生物兵器製造などの間違った目的に使われる危険性が現実にあることを了解している。アルバーツ博士は、「この研究でわかったのは、このウイルスをきわめて危険な状態に変化させることが比較的容易だということで、そうなると、誰も気づかないうちにエーロゾル(煤霧質)などに混入させて空気中にバラまくこともできるだろう」と言っている。この状態になれば、ウイルスは咳やクシャミによって人々に次々と感染していくことになる。

 この研究に関わっているのは、オランダのロッテルダム市にあるエラスムス医療センターと米ウィスコンシン大学のマディソン校で、双方ともアメリカのNIHから助成を受けている。研究の目的は、どのような遺伝的変化がウイルスの感染力を決めるかを突き止めることだという。それが分かれば、自然界にあるウイルスの遺伝的変異を観察して危険な大流行の兆候を事前に察知し、対策を講じたり、場合によっては治療に役立てることも可能になるからだ。

 これに対し、同諮問機関の委員であり、米陸軍の生物防衛研究所(defensive biological lab)の前所長、デービッド・フランツ博士(David R. Franz)は、今回の答申についてこう語るーー「私の懸念は、大変な損害をもたらすような知識が素人やテロリストの手に渡ったらどうなるかということです」。同博士は、「今後、我々が直面する事態に対処するための情報を、最良の、責任ある科学者だけがもつ」べきだと強調している。しかし、インターネットが発達した今日の社会で、情報の流れを規制することはなかなか難しい。事実、今回問題となっている研究でもオランダのものは、すでに今年9月にウイルス学の学会で発表されており、また研究論文も審査のために複数の科学者の手に渡っているという。

 科学的知識や技術は、人類の生存を助け、人間社会を豊かにする目的で探求される。しかし、その同じ知識や技術は、客観性をもち再現可能であるというそのことにより、悪意をもった人によって目的外の使い方をされる可能性が常に存在する。「“知恵の木の実”を食べた人間が楽園から追放される」という神話が、現在もなおリアリティーをもっているゆえんである。

谷口  雅宣

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2011年12月15日 (木)

薪ストーブのこと

Breakfast121511  休日を利用して、例のごとく北杜市大泉町の山荘に来ている。フェイスブックの私のページに、今日の朝食を薪ストーブの上で作っている写真を載せたが、ここにも掲載しておこう。何の変哲もない目玉焼きとトーストが写っているが、妻はこのほか昨夜からストーブの上でジャガイモ、タマネギ、ニンジン、ゴボウ、レンコンをグツグツ煮て、野菜のスープ煮を作ってくれた。また、写真に写っているヤカンの湯で、私はコーヒーを入れた。だから結局、今日の朝食はかなり“炭素ゼロ”に近いエネルギーでいただいたことになる。もちろん、完全な“炭素ゼロ”ではない。なぜなら、これらの食材の成長過程、収穫から自宅への運搬過程、そして私たちが東京から山荘まで運ぶ過程でもCO2は出ているからだ。
 
 前回の本欄でCOP17の結果を嘆くようにして書いたら、“炭素ゼロ”運動に賛同してくださる読者から、「この冬は雪が降らない限り凍死しない程度に節電を心掛けようと思います」とのコメントをいただいた。そこまでしていただくのは何か気の毒な感じがしたので、私は薪ストーブの使用を勧めてみた。それを読んだ別の読者からもコメントをいただき、“薪ストーブ談義”にしばし花が咲いた。そこで話が出たのは、「日本の家庭がみな薪ストーブを使うことになったら、国内で薪が充分確保できるか」ということだった。私はこの疑問に対して、薪の値段が高いということを指摘して、そういう事態は現実には来ないという意味の答えをしてから、「しかし、山を持っていたり、安価な薪を入手できる人にとっては、この選択肢は魅力的です。また、中・長期的には、多くの人々が薪を使うようになれば、林業が復活し、コストも安くなるでしょう」などと書いた。この発言は、前半はともかく、後半は間違いだったので、この場を借りて訂正させていただきたい。
 
 まず、前半の発言に関連して、私がどうやって薪を都合しているかを話そう。多くの読者はご存じと思うが、私が住まわせてもらっている東京の住居は“お山”と呼ばれている。つまり、文字通り小高い丘の上にあり、樹木が多く茂っている。この樹木の中には渋谷区の「保存樹木」に指定されているものが何本もある。そんな大木でなくても、実生から育った若い木や、ツツジなどの灌木も多くある。こういう樹木は定期的に剪定する必要があり、また台風などで枝が折れたり、倒れることもある。それらを処分せずに、適当な長さに切りそろえて縁の下に置いて乾燥させておけば、1年後にはよい薪になるのである。これは大変ありがたいことで、冬場にはそういう薪を車に積んで山荘へ運んでいる。

 しかし、こういう個人レベルのことと、それを日本人が全員でやったらどうなるかということは、別に考えなければならなかった。それをせずに、「多くの人々が薪を使うようになれば林業が復活し、コストも安くなる」というのは完全な間違いではないが、不完全な答えだったと思う。つまり、もっと薪が使われるようになれば林業が復活するという予測は正しくても、すべての家庭が薪ストーブを導入した場合、日本の森林は薪の需要にはとても応えられない。“炭素ゼロ”のためには、他の自然エネルギーを併用することがどうしても必要になるのである。

 “薪暮らしの伝道者”を自任する岩手県の森林官、深澤光氏は、次のような数字を示してこのことを説明している--
 
「日本人1人あたりの森林面積は約0.2haです。これは国立公園などの自然公園や保安林、人が近づくことができない奥地や崖のような急峻な山岳林など、木材生産に使えない森林も含んでいます。したがって、木材を利用できる森林は、実質的にはその半分の1人あたり0.1ha(1000㎡=300坪)くらいにすぎません。この森林資源を持続的に利用しようとすれば、森林の幹材の年間成長量は1haあたり3~5tですから、1年間に1人あたりの使える木材は国民の平均値でいえば、多く見積もっても300㎏くらいでしょう。その木材エネルギー量を灯油に換算すれば100l程度、灯油ポリタンクで5~6個分ですから、どれほど森林の持つエネルギー供給力がつつましいものかおわかりいただけるでしょう」。(深澤光著『薪暮らしの愉しみ』、pp.162-163)

 これらの数字が正しければ、森林を含むバイオマス・エネルギーだけで現在の日本のエネルギー総需要をまかなうことは不可能なことはもちろん、家庭内のエネルギー需要にも応えられない。太陽光を初め、風力、地熱、潮力、波力など、それぞれの地域の特徴に合った再生可能の自然エネルギーを動員して需要に応え、応えきれない分は、エネルギー効率の向上(省エネ)と節約で補うほかはないだろう。

 ところで、ペレット・ストーブの話が出ているが、これも個人の使用程度なら問題は少ないが、大量に長期にわたって使用する場合は、熱効率の悪いものはかえって森林破壊につながる恐れがある。なぜなら、木質ペレットは木を粉末にして固めたものだから、生産時にエネルギーを使っている。木質チップも同様である。だから同氏は、これらを「重工業などの産業用、大規模発電用の燃料として使うことは間違っている。たとえば、石炭火力発電所の燃料として数%の木質チップを、ましてやエネルギーをかけて生産する木質ペレット(粒塊)を混焼することなど、愚かなことと言わざるをえない」と言っている。傾聴に値する意見だと思う。
 
 谷口 雅宣

【参考文献】
○深澤光著『薪暮らしの愉しみ』(創森社、2009年)

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2011年12月12日 (月)

難産だった「ダーバン合意」

 南アフリカのダーバンで行われていた国連の気候変動枠組み条約締約国会議(COP17)が、難航のすえようやく終った。来年末に期限が切れる京都議定書の後継条約を検討する重要な会議だったが、例のごとく先進国と途上国の意見が激しく対立し、当初の終了予定を36時間も延長して条約の“大枠”だけを決め、実質的な内容の合意は次回以降に伸ばされた。「ダーバン合意」と名付けられたその“大枠”は、以下の通りである--

 ①京都議定書を5年もしくは8年間延長する。
 ②米中を含むすべての主要排出国が参加する新しい「ダーバン枠組み」(Durban Platform)を2015年までに採択、2020年に発効する。
 ③途上国の温暖化対策支援のために「緑の気候基金」を設立・運用する。
 
 京都議定書の延長について日本は、世界一の排出国・中国に削減義務がなく、2位のアメリカが離脱したため、カナダ、ロシアとともに交渉の初めから一貫して反対した。その代わり、新枠組みができるまで各国が自主目標でつなぐ案を提案した。それが見事に無視された恰好だ。日本は、延長議定書での削減目標を提出することを拒否したから、13年以降の削減努力から実質的に撤退したと言える。実に残念な決断である。これにより、「京都」の名を冠した国際条約に背を向けた国として日本のイメージは低下し、今後の温暖化交渉における発言力は大きく失われるだろう。ただし、鳩山内閣時代に宣言した「2020年までに25%削減する」という目標は国際公約としてまだ残っているから、これに向かって真剣に取り組んでもらいたい。

 日本に比べ、同じように現行議定書での削減義務をもつEUは、今回の交渉で主導権を発揮し、重要な合意への大きな流れをつくった。EU代表団は開幕前の記者会見で、「京都議定書は(温暖化対策の)シンボルであり重要な道具だ。我々には『京都』が必要だ」と述べ、日本案については「自主的な行動に任せていては十分な対策は取れない」と否定的な態度を示した。そして、中国、アメリカを含む「すべての主要国が将来新たに削減義務を負うと約束する」ことを条件に、議定書の延長に賛成した。この「将来」についても、新条約を「2015年までに採択し、2020年までに発効させる」と具体的に提案した。これに対してブラジルやアフリカ諸国が早々と同意したことで、交渉の流れは決まった。

 交渉が難航した原因は、新条約の発効の時期だ。今日(12日)の『日経』夕刊の記事によると、削減義務の履行を遅らせたい米・中・インドなどの意向をくんだ議長案は、発効を「20年以降」として提出されたが、温暖化の被害が深刻な島嶼国やEUが反発。その後、昨年の議長国・メキシコが間に入って打ち出された最終案には、「以前」も「以降」もない「20年発効」が明記されたという。

 いろいろ紆余曲折はあったが、これでとにかく世界の温暖化抑制努力に「空白期間」ができるのが避けられたのは、よかった。また9年後からではあるが、世界の主要排出国すべてが温室効果ガス削減の義務を負う合意にこぎ着けたことは、評価すべきだろう。ただし、「9年後の世界」が喜んでいられるような状態であるかどうか、私はかなり疑問をもっている。私たちは今から、“炭素ゼロ”に向かってできることはどんどん実行していこう。
 
 谷口 雅宣

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