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2011年9月27日 (火)

害虫の“自動死”は望ましいか?

 自然と人間との共存を考える本欄では、様々な角度から両者の関係を検討していくつもりだが、その中で科学が果たす役割は2重の意味で重要だと思う。1つは、「自然を知る」うえで生物学や医学、気象学を含む科学の力は不可欠だからだ。もう1つは、自然を知ったのちに、それに「どう働きかけるか」についても、科学的知見にもとづいた技術の力は大きいからである。自然科学は、自然に内在する法則について仮説を立て、それを検証することを継続しながら、今日の大きな成果に到達している。この営みは自然を「知り」、それに「働きかける」という2つの動きの連続であり、積み上げだと見ることができる。

 人間が扱う自然が、自然全体のごく一部である場合には、この2サイクルの動きは問題なく機能してきた。例えば、人間は樹木の性質を知り、それを家などの建築物や工芸品の材料としたり、薪にして暖をとってきた。この動きが小規模であれば、自然の再生力が新たな樹木を生み出せるから、人間には持続可能な生活が可能だった。が、今日のように、世界人口が70億人に近づいて人間の要求が肥大化し、加えて技術の発達で広範囲の森林が一挙に伐採されるようになると、自然の持続可能性は破綻を来すことになる。その場合、生態学などの助けを借りて、植林や育林をすることで、自然の持続可能性を回復しなければならない。これは、人間の自然への働きかけを無制限に行うのではなく、一定の範囲内に制御しなければならないということだ。だから、人間の欲望の制御は、21世紀の人類と自然の共存にとって欠くべからざる条件となる。
 
 このことを確認して、次の問題を考えてみよう。人間に害を与える生物がいるとする。この生物を絶滅させることは、人間と自然の共存にとって良い結果をもたらすだろうか。それとも悪い結果を招来するだろうか。人間を、他の生物と本質的に同等のものと考えた場合、人間にとって有害な生物をすべて絶滅させるという行為は、自然との共存に背反する。なぜなら、“天敵”がいなくなった生物は爆発的に増殖することが多く、そうなると自然界のバランスを乱し、他の生物に悪い影響を与えると思われるからだ。自然界では、人間以外の生物が異常発生することは珍しくない。が、その場合、異常発生した生物の“天敵”も増殖するから、やがてバランスの回復が行われる。しかし、人間の場合、科学技術の力によって“天敵”をも撲滅させるだろうから、自然界のバランスは永久に回復しない可能性がある。そんな時、自然界(人間もその一部である)では何が起こるのだろうか?
 
 そんなことを考えさせる記事が、イギリスの科学誌『New Scientist』の9月10日号(vol.211 no.2829)に載っていた。いわゆる“害虫”や“害獣”を駆除するために、遺伝子組み換え生物を野に放つことが真面目に検討されているというのだ。その方法も変わっていて、これまでよく行われてきたように殺虫剤や殺鼠剤のようなものを使うのではなく、駆除する対象の生物の遺伝子を組み換えて“自動死”させるというのだ。これと似た“オスの不妊化”という方法は、半世紀以上前から使われてきたらしい。これは、生殖能力のないオスを大量につくり出して自然界に放つという方法だ。これによってメスは子孫を設ける機会が減るため、やがてその生物種は絶滅するというのである。
 
 が、遺伝子組み換えによる“自動死”は、これより有効な方法らしい。イギリスのバイテク企業「オクシテック」(Oxitec)は2006年、アメリカ政府の認可を経て、綿の実を食べるワタノミムシの遺伝子の一部を改変して生殖能力を失わせ、それを大量に自然界に放つ試験を3年続けて行ったという。これによって2千万匹を超える遺伝子組み換えワタノミムシがアメリカ国内に放たれた。記事には、これが「成功した」とあるから、恐らく綿の実への被害は減ったのだろう。これに続き同社は、デング熱を媒介するカ(蚊)に遺伝子組み換えを行った。デング熱は、熱帯に発生するウイルス性の熱病で毎年、5千万人から1億人が感染する。普通これにかかっても死ぬことはないが、それでも20人に1人は深刻な病状を呈するという。まだワクチンは存在せず、治療法もない。だから、ウイルスを運ぶカを殺すことで感染防止を図るほかはない。が、問題のカは、殺虫剤に対する抵抗力をつけ始めているという。

 同社は、このカにはワタノミムシとは違う遺伝子組み換えを行った。それは、サナギの段階でメスのカだけが自動死する組み換えである。こうしておくと、組み換え種はオスもメスもサナギになるまでは普通に成長するから、自然界の仲間と競争してその一部を駆逐する。そして、組み換え種のオスは自然界のメスと交尾して“自動死”の遺伝子を次世代に渡すことになるという。この過程が何世代にもわたって続くと、問題のカの数は激減するというわけだ。同社は、この方法の実験を2009年からカリブ海のケイマン島で始めており、結果は良好という。そこで今、ブラジルのジュアゼイロ(Juazeiro)で大規模な試験が行われているらしい。このほかにも、同社は、同じカのメスだけを飛べなくさせるという遺伝子組み換えを行い、子孫を絶やすことも考えているという。
 
 遺伝子組み換えの技術の影響力が大きいのは、一つの種の植物や動物で成功した方法は、他の種にも援用できることが多い点だ。だから、この“自動死”遺伝子によるカの撲滅は、別の動物--魚類や両棲類など--にも援用できる可能性が大きい。また、魚類については、ホルモンの分泌を制御する遺伝子を組み換えて、オスだけを産生することができるといい、この方法を使えば、有害な外来種の魚を撲滅することも可能だという。琵琶湖で繁殖して迷惑視されているオオクチバスやブルーギルの対策にも、役立つ可能性がある。

 しかし、このようにして、人間中心の視点から自然界の生物種の数を減らしていくことが、短期的にはともかく、長期的にどのような影響を生態系に与えるかは、まったく未知の話なのである。また、ある地域で“有害”とされる生物が、別の地域ではまったく問題ないことも多い。その場合、“有害種”を絶滅させるための遺伝子組み換えは、別の地の“有益種”を撲滅する結果になる危険性もある。例えば、日本や中国に普通に棲息する魚類のコイやカミキリムシは、アメリカに渡ってその地の生態系に被害を及ぼしているという。それらを駆除するために、アメリカが“自動死”や“オスだけ産生”の遺伝子組み換えを大々的に行った場合、日本の生態系に悪影響を及ぼす危険性はないと言えるかどうか……。問題はなかなか複雑であり、科学の生態系への影響力は計り知れないと感じるのである。

 谷口 雅宣

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コメント

これぞ“ゾッとする”話だなと思いました。

遺伝子組み換え技術で害虫を自動死させるなんて、人間が立ち入ってはいけない領域に随分入り込んでしまったのだな、と思いました。そこから先に進んでしまったら、何だかとんでもないことになりそうだ、と危惧いたします。

以前、純子先生が紹介下さった『神去りなあなあ日常』という本を読みましたが、林業に携わる人たちが、山々=神域と見なし自然に対し常に畏敬の念を持って仕事をしていたように、科学者もそれと同じような感覚をもって研究を進めてほしいものだと思いました。それとも、そもそもそんな感覚を持ち合わせていたら、害虫を自動死させるなどという発想には至らないのでしょうが‥。

大体、この“害虫”という言葉そのものが、人間中心の言い方で、好きではありません。

投稿: 前川 淳子 | 2011年9月28日 (水) 00時48分

雅宣先生いつもお導きくださいまして有難うございます。この間、ふと目を凝らすと、バッタが幸せの木の葉っぱにしっかりしがみついて、さもおいしそうに、その葉っぱをむしゃむしゃと食べていたんですね。私は思わずその光景を見て、あまりにもかわいくて、自分のことのように嬉しくなったんですね。いいよ、いいよ、一杯食べてね、おいしい?なんて思ったんですね。しばらく、その様子を見て感動してしまいました。ところが、次の日、ゴーヤの木を見たら、なんと、その枝が、食べられていて今にも切れそうだったんですね。そして、なんと、その横に昨日のバッタが?、いるでわないですか。一瞬しまった!と思いました。犬や猫かわいがりの気持ちになっていて、バッタそのものの神の命を拝んでいなっかたと気がつきました。それから、あわててそのバッタさんの命を拝ませていただきました。雅宣先生のご指導くださいますように、自然界にも仏の四無量心のたいせつな事がよくわかりました。有難うございます。再拝

投稿: 有馬真由美 | 2011年9月28日 (水) 20時52分

とても、
恐ろしい話だと思います。
こんなことが、現実におきているのですね、、、。
人間中心の考え方で行ってきたことで
痛い目にあったことは、今までにも
たくさんあるはずだと思うのですが、、、。
環境問題を、知りませんでしたとか
言ってる場合ではないのですね。
すごい時代になっているという事を
改めて、認識しました。
最近、輪読会の時に
「なぜ、肉食はよくないのか?」ということを
もうご存知だと思って、軽く話したら
皆さんに、とても、びっくりされました。
そのことに、また、私がびっくりしました!
昨日の、ジョイでも、興味深いものを
ご紹介してくださって、ありがとうございます
なかなか、うまく説明できないのですが
教えてくださっていることを
伝える努力をしていきたいと思います。
ありがとうございます

投稿: 大川千衣 | 2011年9月29日 (木) 00時30分

人間の果てしない誤った 欲望は恐ろしいです。
 間違っていることが分かっていないところに問題が
 あるのですが その欲望は人間至上主義の考えから
 くる。 我々はまず日常生活からものの考え方から変 えていくとことが必須であることを 実践すると同時 に 発信しなければならないと一層感じます。
 

投稿: 稲田姫 | 2011年9月29日 (木) 11時47分

読ませていただき、考え込んでしまいました。何日も考え間違っていると思いました。10月1日号の聖使命新聞の「森からのメッセージ」にハエ博士と言われている倉橋先生の記事が載っていて思い出しました。ハエにも役割があると。害虫も何か役割があるのではないかと考えています。

投稿: 小澤悦子 | 2011年10月 6日 (木) 21時32分

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