2009年12月 8日

絵手紙・絵封筒、どうもありがとう

 ここ数カ月、生長の家の講習会で各地へ行くと、新しいタイプの誌友会(Bタイプの誌友会)を楽しく開いているという報告を多くもらうようになった。また、講習会では、私が絵封筒を描いていることを実例を示して紹介するためか、私宛に絵手紙や絵封筒をいただくこともある。私も“お返し”をしたいのだが、なかなかお返事を書く(描く)余裕がなく、申し訳ないと思っている。そこで本欄を借りて、送ってくださった方々の力作を紹介するとともに、感謝の気持を表明させていただきたい。
 
Ohtashinji0709  最初のものは、7月に愛知県岡崎市からいきなり舞い込んだ絵封筒。79歳の地方講師の男性で、ロウケツ染めの風情があるヒマワリの絵が、夏らしい雰囲気をよく出している。制作過程はよく分からないが、想像するところ、水彩で描いたものを別の紙にカラーコピーし、その紙で定型封筒を作ったようだ。
 
 2番目は、8月に東京・小金井市から届いた残暑見舞いの絵手紙。相愛Mizukhi0809 会の幹部の方からのものだ。生き生きとした夏の植物の勢いがよく出ている。テーブルに置いたクリは、細かいところまでよく描けている。

 3番目は、上のものと同時に届いた絵封筒。上の方の奥様が都立野川公園を描いたものだそうだ。私がこの絵をパソコンで読み取った際に、川と空の水色が飛んでしまったのが残念だが、原画にはちゃんと描いてある。切手の絵柄である鳥が、Mizukj0809 川で泳いでいる風情の配置である。御夫婦で絵を描くところは、私たちと似ている。
 
 最後のものは、広島県の大幹部の方からごく最近いただいた絵手紙。葉書の表面には「安芸津特産の赤ジャガイモを送りました」とある。実物が届くのが待ち遠しくなるような絵柄だ。省略のきいた色使Oshita1209 いと筆運びに、なかなか味がある。
 
 絵を描くことに興味のある読者は、絵手紙や絵封筒をやってみるのは如何だろうか。「絵は苦手」と思っている人は案外多いのだが、自分で勝手にそう思っているだけの人も多い。実際に描いてみると、結構味のあるいい絵であることも多いのだ。「他人に送るのはどうも…」と思う人は、離れて住む両親や子供に送ってみては? 電話やメールではマネのできないインパクトを与えることは確かである。また、生長の家で新しく立ち上げた投稿サイト「ポスティングジョイ」には、絵手紙と絵封筒のグループがあり、描き方を親切に教えてくれる。私もメンバーの一人で、時々投稿する。人の作品を見るだけでも勉強になるから、ぜひご参加あれ!
 
 谷口 雅宣

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2009年11月 9日

よろこびを表現しよう

 最近マスメディアから流れてくるニュースは、暗いものばかり。特に、凄惨な事件の詳細を繰り返して聞かせる報道姿勢には、「いいかげんにやめてくれ!」と言いたくなる。世の中にはそんなヒドイ人ばかりがいるのではない。何万分の一、何十万分の一の確率で起こることを毎日繰り返し、これでもか、これでもかと報道することで、世の中が良くなると考えるほど、浅はかで愚かなことはない。が、残念ながら、マスメディアはこの壮大な愚行の習慣から抜け出せないでいる。だから、「人生の光明面を見る」生長の家の日時計主義の生き方は、もっともっと多くの人に知られ、実践される必要があると思う。

 というわけで、生長の家ではインターネット上でも光のメッセージを発信しようとウェブ版「日時計日記」を運営してきた。それに加え、このほど喜びを表現するSNS(ソーシャルネットワーキング・サービス)「ポスティングジョイ( PostingJoy=喜びの投稿サイト)」が立ち上がった。SNSとは、共通の興味や関心事、趣味をもつ人たちが、ネット上で集まって意見交換や作品発表をする場だ。誰でも参加できるから、生長の家の会員もそうでない人も、共に集まって“人生の喜び”を共有できる。今のところメンバーは約150人だが、この数がどんどん増えていくことで、ネットを通じた光明化運動が拡大していくことになる。
 
 現在、このSNSに設けられたグループは13ある--①よろこび日記、②絵手紙・絵封筒、③ノーミート料理、④植樹・植林、⑤エコ生活、⑥俳句、⑦短歌、⑧写真、⑨イラスト、⑩書、⑪生花・ガーデニング、⑫動画、⑬PostingJoyを楽しく便利にしよう。私はさっそく、②のグループに入って絵封筒などの発表を始めた。本欄の読者も、それぞれの興味あるグループに参加して、この新しいサイトを盛り上げ、知人にも勧めて、ネット時代の新しい研鑽と、布教活動に参加していただければ有り難い。関心のあるグループがない場合でも、ジョイ(Joy=喜び)の投稿はできるので、『日時計日記』をつけるつもりで本サイトを利用することもできる。

 このサイトのもう1つの特徴は、来年4月号からスタートする生長の家の新しい普及誌と連動していることである。簡単に言えば、このサイトに投稿することで、新しい雑誌にも投稿できるのだ。もちろん雑誌のページ数には限りがあるから、すべての投稿が印刷物になるわけではない。が、ケータイからの投稿もできるから、雑誌と読者との距離は一気に短くなる。その新しい普及誌の“見本誌”も、今はこのサイトで読むことができる。編集部では、読者の感想やご意見を募集しているから、よりよい雑誌にするための助言等もいただけると有り難い。
 
 谷口 雅宣

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2009年10月30日

ハローウィン・カボチャ

Jackolan2  暇をみて作っていたハローウィン・カボチャを完成させた。とは言っても、本物のカボチャをくり抜いたのではなく、粘土をカボチャ型に成形したものに、色を塗って仕上げたのだ。何を物好きな……と思われるかもしれないが、この工作は子供が家にいたころからやっているし、何となく愉快な気分になれるので、この時期が来るとやりたくなる。昔は、大きなカボチャを買ってきたくり抜いたが、今回は“腐らないカボチャ”を作ろうと思ったのだ。ハローウィンの由来等についてはよく知られるようになったし、私も本欄で2005年昨年に書いたので、今日は粘土細工の方法を述べよう。

Jackolan1  粘土は、乾燥後に固まるものなら何を使ってもいいのかもしれない。が、私は手が汚れないし、細かい成形がしやすい樹脂粘土を使った。新日本造形の「ハイクレイ」という製品だ。10月15日に箱根に行った話を書いたが、実はその時に、半分作りかけのカボチャを持参して、夜中に形を完成させた。この粘土は真っ白な色をしていて、彩色するには、生地の中に絵具を塗り込んでおくのと、乾燥後に着色する方法の2つがある。私は後者を用いたわけだ。
 
 絵具は、ホルベイン社のアクリラ・ガッシュを使った。絵を描くときに使うので慣れているからだ。小さい方のカボチャは、粘土を丸めただけのものだ。これは中身が詰まっているので、表面に目鼻を描いた。2つを組み合わせると、親子のようで愉快である。
 
 ところで、ハローウィンの習慣は古代ケルト文化からアメリカへ渡ったものというが、2007年のピュー・リーサーチセンターの調査によると、アメリカ人の68%は、天使や悪魔はハローウィンの時に限らず日常的に活動していると考えているそうだ。そんなことはあり得ないと考える人は、14%にすぎないのだそうだ。その内訳を見ると、モルモン教徒の88%、福音派のキリスト教徒の87%、黒人教会信者の87%が、天使や悪魔の存在を信じているのに対し、ユダヤ教徒の73%、仏教徒の56%、ヒンズー教徒の55%、特定の宗派に属さない人の54%は、そういう考えに反対するそうだ。日本ではどんな数字になるのか、興味深い。

 谷口 雅宣

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2009年10月16日

シイタケを収穫

Shiitake101609 「秋にはキノコが出る」というのは言わば当り前である。が、わが家の庭に寝かせておいたホダ木からは、もう出ないものと思っていた。なぜなら、古い木だし、朽ちて崩れてしまったものもあったからだ。が、今朝、様子を見たらシイタケが出ているではないか。小躍りしたい気分になった。実は、箱根に行く前に、小さな白っぽい“芽”が2~3粒出ているのに気づいていた。が、こんな速く成長するとは予想していなかった。多分、雨と雷のおかげだろう。
 
 雷のことを書くと、「迷信くさい」と思う読者がいるかもしれない。私も最初、そう思った。この話を最初にしてくれたのが、大泉町の山荘にホダ木を収めに来た業者の人だった。いわゆる“刺激法”で芽を出させる話を聞かせてくれて、「雷が鳴っても出る」と言ったのだ。口にこそ出さなかったが、私は「ご冗談を…」と思ったものだ。ところが、何年もホダ木とつき合っていると、雷鳴と“発芽”との関係を思わせることが確かにあった。「偶然の一致」の可能性はもちろんある。が、菌類の習性について全く無知な私だから、「雷鳴と発芽は無関係」と断定するわけにもいかない。それに、「関係がある」と思っている方が何となくロマンチックな気分である。

 過去の記録を調べてみると、2005年の10月5日の本欄に、ホダ木からシイタケの芽が出たとある。その年の春に“種”を撃ち込んだホダ木を7本買ったらしい。ということは、もう5年目のホダ木なのだ。中身の栄養をほとんど吸い取られているから、購入時よりずっと軽い。そして、うち3本ほどはもう崩れてしまった。だから、その木は疑いもなく「老木」であり、朽ち果てる前に“花”を咲かせてくれたのだ。「よくぞ頑張った」という気がする。傘が適度に開いていた4個を収穫し、あと数個は翌朝に回すことにした。
 
 谷口 雅宣

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2009年10月 8日

エコカーへの転換を急ごう

 24日から千葉市の幕張メッセで開催される東京モーターショーでは、次世代エコカーの展示が“目玉”になるらしい。今日の新聞各紙が報じている。私はかねてから本欄などで、自分の乗る車として「ハイブリッド式小型SUV」の登場を希望していたが、それはなかなか出なかった。が、今回、やっと希望の車種に近いもの、さらにはその上を行くらしい車種が登場する。地球温暖化は数年前の予想以上に進行しているから、今では、ハイブリッドよりさらにCO2排出が少ない車種に切り替えたいところだ。
 
 民主党政権の減税政策等により、ガソリン・エンジンと電気モーターを兼用するハイブリッド車(HV)は、どんどん売れているらしい。特に、トヨタ自動車のプリウスは今年度の上半期(4~9月)で約11万6300台を売り、軽自動車を含む国内新車販売ランキングで初めて首位に躍り出た(7日付『朝日』)。これはきわめて喜ばしいことだが、すでに公用で何年もプリウスに乗っている私としては、この程度の燃費効率では実質的な“排出削減”にはならないのである。さらに燃費を向上させるためには、新世代のHVであるプラグイン・ハイブリッド車(PHV)か電気自動車(EV)でなければならない。

 6月5日の本欄に書いたが、HVで先行するトヨタはEVの開発に難色を示していたようだが、時代の変化を察知したのか、今度のモーターショーには「FT-EVⅡ」という超小型電気自動車を出品するという。また、同時に展示されるプリウスのPHV版は、リットル当り55キロという驚異的な燃費効率だという。トヨタとは異なる方式のHV「インサイト」を出していたホンダは、来年2月発売予定の「CR-Z」というスポーツHVを出品するという。
 
 これに対して、今年7月に「アイミーブ」を出して電気自動車で先行していた三菱自動車は、長距離走行が可能なPHVのSUV車「PXミーブ」を出すという。これは、電気だけで50km走行でき、それ以上は発電用の補助エンジンを使って走るらしい。また、EVの「プラグイン ステラ」を7月から販売開始した富士重工も、「スバル ハイブリッド ツアラー」というコンセプトHVを出すという。その一方で、EVに力を入れてきた日産自動車については、新聞記事は詳しくない。超小型EVの「ランドグライダー」が展示されるそうだが、市販は未定。2010年後半に「リーフ」というEVを発売するらしいが、これは1回の充電で160kmまでしか走れない。

 私のかねてからの希望の車種にいちばん近いのは、ホンダの「CR-Z」ではないかと思うが、三菱の「PXミーブ」も魅力的である。ただし、双方とも実物を見ていないし、詳しいデータも知らないから、それ以上は何とも言えない。私はモーターショーへは恐らく行けないから、人々の評価を聞いてから買い替えを考えるつもりである。
 
 このように、国内の自動車メーカーがこぞって「燃費重視」の新型車を開発していることは、温暖化抑制が人類的合意になったことの表れだろう。特に、政権交替した日本政府が「1990年比25%削減」という大きな目標を掲げたことで、「待ったなし!」の認識が生まれつつあることが大きい。この方向へどんどん進むことが、さらなる技術革新と新産業育成につながるのだから、国益にもなる。我々もユーザーとして大いに協力したい。
 
 谷口 雅宣

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2009年10月 6日

絵封筒、どうもありがとう!

F_ko100209  ある教区の教化部長さんから、絵封筒をいただいた。同封された手紙には「私自身絵を描くことはありませんでした」と書いてあり、私が最近、生長の家の講習会で自分の絵封筒を披露することがあることなどから、「この度の総裁先生の絵封筒に触発されまして初めて絵封筒を書いてみました」というのである。「岐阜県白川郷の絵葉書の写真を見て、合掌造り家屋風景を描きました」とある。なかなか味のある出来上がりだと思う。

 私は、この絵封筒を受け取ったとき、「なかなかいいなぁ~」と感心し、初めて絵を描いた人のものだとは全く思わなかった。人間には、自分でも知らない隠れた才能があるとの思いを深くしたのである。ご本人の許可を得ていないので名前は伏せたが、読者諸賢にも“隠れた才能”を生かしてもらいたいと思い、ここに掲載することにした。
 
 私は昨年の本欄にも、幹部・信徒の皆さんからときどき送っていただく絵封筒などを何点か掲載した。そこで今年も、今日の絵封筒以外にも、これまでにいただいた絵封筒の一部を紹介させていただこう。
 
F_yt011209  これは、1月半ばにいただいたもので、バウムクーヘンのようなお菓子が描いてある。同封の手紙には「水性の色えんぴつと水彩絵の具を使って描いてみました」とある。お菓子の柔らかさが、よく出ていると思う。
 
F_mk033109  次は、3月末にアメリカから届いたもの。奥さんに贈ったチューリップを描いたという。花の重たげな様子が、よく分かる。
 
 その次は、5月下旬にいただいたもの。「私は絵封筒は初めての経験で、また絵筆の使い方、絵の具のぬり方まで初心者ですが、とても楽しく描くことができました」と手紙にある。市販のカシューナッツの袋を描いたものだが、素朴さがいい。描き手は、モノクロの絵手紙を描いていた人だが、これをきっかけに皮が一枚むけたのではないかと思う。
 
F_so071109_2   最後は、7月半ばにいただいたもの。岡崎市に住む男性信徒の方で、ロウケツ染めをした紙で、封筒を作ってある。白い輪郭の線がなかなかソフトな効果を絵全体に与えていて、水彩とは違う温かさが出ている。面識がないのに、わざわざ送ってくださったのには驚くと共に、ありがたかった。
 
 谷口 雅宣

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2009年7月30日

グラフィティー作家のこと

 29日の本欄でご覧に入れたサンパウロ市の大きな“落書き”について、少し補足しよう。

 ツイッターで知り合ったブラジル人によると、この“壁画”の作者は、オタヴィオとグスタヴォ・パンドルフォ(Otavio and Gustavo Pandolfo)という双子のアーティストで、当地では「オス・ゲメオス」(双子)という名で知られているそうだ。サンパウロ生まれの35歳で、1987年ごろからグラフィティーを描くようになり、サンパウロ市を初めとしたブラジル国内だけでなく、オランダやサンフランシスコでの“作品”もあるらしい。
 
「作品」などという言葉を使うと、街での落書きを誉めているような誤解を招くかつかもしれないが、落書きは大抵の町では違法行為だ。が、グラフィティー・アーティストはそんなことは承知の上で、街中の意外なところ--高くて手が届きそうもない場所、危険な場所など--に、自分の名前やイニシャルを図案化した“サイン”を描いたりする。

 オス・ゲメオスの作品は、1980年代末のアメリカのヒップホップ・カルチャーの模倣から始まったが、1993年以降から絵の色調やデザインに“ブラジル色”が反映されてきたという。その特徴の1つは“黄色い顔の人物”で、またサンパウロの社会的、政治的状況を反映した題材、さらにはブラジルの昔話に取材したものなどテーマは多岐にわたる。興味のある人は、彼らの公式サイトを参照されたい。

 谷口 雅宣

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2009年6月24日

山荘閑話

 1カ月半ぶりに山梨県大泉町の山荘に来た。妻のブログの読者はすでにご存じだろうが、近くの「まきば公園」というところへ行き、レストランで昼食をいただいた。そこは南東向きの緩やかな斜面の中腹にあり、ヒツジや馬が放し飼いにしてある牧場が見える。そういう環境だと野生のシカも警戒心をゆるめるのか、食事中に500メートルほど先の森の蔭から親子らしい3頭が姿を現し、草を食む様子が眺められた。
 
Sheepeat  食後にヒツジと交流をもとうと思い、躊躇する妻を尻目に柵に入って行った。ヒツジたちも食事中で、近づいてくる人間にはほとんど注意を向けず、ボリボリボソボソ……という音を立てながら、ただひたすら牧草を食べていた。妻は、ヒツジを撮影する私の写真を公開しているが、私はそのカメラから覗いたヒツジの写真をここに掲げる。顔の黒いヒツジの群れの中に1頭だけ、顔の白いやや大型のヒツジがいて、私たちはその役割が何であるかを想像したが、結局よく分からなかった。
 
 田舎へ行くとうれしいのは、新鮮で豊富な野菜や果物が安く手に入ることだ。スモモ、モモ、デラウエア(ブドウ)、皮付きのベビーコーンなどを買った。半分は東京で消費する予定だ。食べるだけでなく、そういう食材の外観の美しさも味わいたい。山荘に帰ってから、PC画のスケッチをした。
 
Vegita2  山荘では、アリの行列に驚いた。体長5ミリほどの小型だから恐ろしくはないが、風呂場の壁に黒い線を引いたように往来しているのは、何となく不気味である。入浴前に排除するかとも思ったが、そのままにした。ただし、妻はアリが出てくる穴を塞ぐことを主張したので、それもいいかもしれないと思った。彼らの反応を見たかったからである。アリは「社会性動物」の典型として生物学者がよく研究対象にする。私は生物学者ではないので彼らの生態をよく知らないが、隊列を作るときには仲間の“体臭”をたどっていくと聞いていたので、出入口をふさがれた彼らがどうするか、興味があった。体臭の原因は「蟻酸」という物質で、アリに鼻を近づけるとその臭いがする。
 
 浴室の板壁にアリが入る穴と出る穴が1つずつあって、その間の数メートルを彼らは往来していた。彼らの通り道に湯船の縁がかかっていたので、風呂に浸かりながら、行き場を失った彼らの行動がよく観察できた。2カ所の穴は、セロテープでふさいだ。が、彼らは何事もなかったように同じ道を歩き、穴がないことを知ると、来た道を帰っていくのである。しかし、来た道の終点もセロテープでふさがれているので、そこからまた元来た道を引き返す。そういう歩行を続けているうちに、浴室が温まって湿度が上がってきたことと関係するのか、ときどき立ち止まって触覚をなめるような行為を始めた。が、不思議なことに、道から外れることがない。「別のルートをたどれば外へ出られるかもしれない」とは思わないようである。そして、20分もたつと、道の隅の方に何匹もが黒々と集まって動かなくなってしまった。
 
 人間だったら、こんなことには決してならないだろう。人の後に従っていくのは確かに「安全」なことが多いが、“異常事態”を感知したら、パニックに陥って無秩序な行動に出る人が多いことは、よく知られている。その際は、社会性が一時的に失われて個人性が表面に出るのかもしれない。アリはその点、社会性を維持したまま、異常事態を切り抜けてきたのだろう。その理由は、人間とアリの脳の機能の違いによるに違いない……そんなことを考えながら、私は風呂から上がったのである。
 
 谷口 雅宣

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2009年6月20日

もっと野菜を食べよう

「世界に住む人の6人に1人が飢えている」--そんな報告書が出た。国連の食糧農業機関(FAO)が19日に発表したもので、栄養不足の“飢餓”の状態にある人口が昨年より1億500万人増えて、今年中に10億2千万人になるというのだ。飢餓人口増加の原因は、昨年からの世界的な経済危機や食糧価格の高止まりなどで、20日付の『朝日新聞』によると「6人に1人」という割合は過去最悪なのだそうだ。

 FAOの予測では、昨今の経済危機の影響で、今年は先進国から途上国への投資が前年比で32%減少するだけでなく、途上国への援助(ODA)も約25%減少する。また、食糧価格の高止まりは、新興国での需要急増やバイオ燃料への転用拡大などで続いており、2006年の水準と比べるとまだ24%も高いという。世界で飢餓人口が多い地域は、アジア・太平洋が6億4200万人でトップ。続いて、サハラ以南のアフリカが2億6500万人、中南米が5300万人という。
 
 もちろん、日本人も経済危機の影響を受けている。ところが、「生活全般に満足している」人の割合は、3年前から16.5ポイントも増えて55.9%いるのだという。19日に内閣府がまとめた今年度の「国民生活選好度調査」の内容を、今日の『産経新聞』が伝えている。それによると、「暮らしが悪い方向へ向かっている」と感じている人の割合は89.5%おり、「老後の生活の見通しは明るくない」と答えた人も87.9%と大部分だった。ところが、「生活全般に満足しているか?」との質問には、10.3%が「満足」と答え、45.6%が「まあ満足」と答えた。これに対し、「不満」は5.6%、「どちらかといえば不満」は14.1%だから、日本は本当に恵まれているのだ。因みに、24.2%は「どちらでもない」と答えた。
 
 だから、日本人はもっと「人に与える」ことをしないといけない。私は、不況下で生活の満足度が「上がっている」ことを問題にしているのではない。それは大変結構なことだが、それで“自己満足”しているのではいけないと思う。「6人に1人」が飢えている世界を前にして、「私たちは生活に満足している」と言っても「それが何だ?(so what?)」と言われるだけだ。何か「他に与える」行動を起こすべきではないだろうか? それにはいろいろな選択肢があるが、最も簡単で、自分のためにもなり、他人のためにもなるのが「もっと野菜を食べる」ことだと思う。言い換えれば、「肉食を減らす」ことだ。肉食が飢餓や地球温暖化の原因になっていることは、すでにいろいろの所に何回も書いたから省略する。
 
 元ビートルズのメンバーの1人、ポール・マッカートニー氏は菜食主義者で知られているが、この15日に、地球温暖化を防ぐために「ミートフリー・マンデー」(meat-free Monday、肉抜き月曜日)というキャンペーンを始めたそうだ。畜産業から排出される温室効果ガスの排出を減らすためという。『朝日新聞』が20日の夕刊で伝えている。肉主体の食生活をするイギリス人にとっては、「1週間に1日」の肉抜きは“適当”かもしれない。が、魚もよく食べる我々日本人には、「週に2~3日」の肉抜きも不可能でないと思う。その代り、おいしい野菜を食べればいい。殺生を減らせるし、健康にもいいし、生活の満足度も向上すると私は思う。
 
Peppers  なぜそう思うか? 野菜にはいろいろの種類があり、どれも皆「美しい」からだ。それに比べ、肉は美しいだろうか? 私は野菜や果物を絵に描くことはあるが、肉を描きたいと思ったことはない。自分の皮膚の下に似たようなものがあることを知っているからだ。そんなことを思わないですむ“肉抜きの日”をつくって、野菜や果物の絵を描く--それだけで満足度が2倍も3倍も向上するのではないだろうか。

 最近、美しいパプリカをいただいたので、絵に描いた。
 
 谷口 雅宣

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2009年5月28日

絵手紙・絵封筒ワークショップ

 今日は朝から、東京・大手町の逓信総合博物館(ていぱーく)の2階で行われている「光のギャラリー 絵手紙・絵封筒展」へ行き、10時からのワークショップを担当した。この展覧会は、TKこと小関隆史氏が運営している絵手紙ブログ「アトリエTK」に投稿された絵手紙・絵封筒の作品を展示したもので、26日から始まっている。小関氏のブログには私も絵封筒を主体に投稿してお世話になってきたので、同氏の依頼をうけて、絵封筒や絵手紙を実際に制作するワークショップの“指導”をすることになった。
 
Tkphoto08  しかし、私は絵については正式な勉強などしておらず、趣味の範囲を出ないと思っているので、人を“指導”する立場にない。そこで、私の時間は「私は絵封筒をこうして描く」という題にしてもらい、主に自分の経験を参加者にお話しすることにした。ただ、生長の家には芸術連盟もあり、現在、新しいタイプの誌友会(少人数の教えの勉強会)で技能や芸術表現を扱うことになっているので、生長の家の教えと芸術表現との関係についてきちんと述べる必要がある。幸いにも、私の書いた小冊子『自然と芸術について』(生長の家刊)がこの日に間に合うように出版されたので、それをテキストに使いながら、50分ぐらいのトークと、絵手紙・絵封筒の制作実習、作品の講評を(あつかましく)行わせていただいた。
 
 TK氏からは事前に、ワークショップの参加予定者は15人ほどと聞いていたが、木曜日は生長の家本部が休館のこともあり、結構多くの本部職員が来てくださったので、狭い会場は人で埋まった。妻も参加者として来てくれた。私のトークは、前半を教えと芸術との関係、後半を私の絵封筒の描き方に分けたが、前者は内容が硬いのでほどほどにして、後者に力点を置いたつもりだ。前者に興味のある人は、上掲の小冊子の方をじっくり読んでいただきたい。後者について知りたい方は、このワークショップはビデオ録画してあるので、いずれご覧になれる機会が来ると思う。

 この展覧会とワークショップは31日(日)まで続くので、首都圏の有志の方はこぞって参加されたい。出品者は98人、作品点数は絵手紙215点、絵封筒74点である。明日以降のワークショップの予定は、次の通り(括弧内は担当者名):

       午前の部(10:00~12:00)    午後の部(14:00~16:00)
 29日(金)「絵手紙・絵封筒にチャレンジ」  「ポストカードをつくろう」
        (小関 隆史)        (竹内 芳美)
 30日(土)「スケッチを生かした絵封筒」   「ポストカードをつくろう」
        (玉井 亜季)         (竹内 芳美)
 31日(日)「楽しく描こう 絵手紙・絵封筒」「ハガキ・封筒に自由に描いてみる?」
        (栗原 麻衣)         (山本 英輔)

 谷口 雅宣

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