2009年9月26日

キノコの神さま (3)

 泰二が山荘裏の林の中にキノコの神さまを立てたのには、もう1つ理由があった。それは近年、キノコに出会う機会がめっきり少なくなってしまったので、“神頼み”をしたくなったのだ。東京での生活が忙しくなった。だから、以前のようには頻繁に山荘へ来れなくなったことが大きな原因かもしれない。が、それだけでなく、山全体から水気が減ってしまったような気がするのである。山の降水量が減ったかどうかは、詳しく調べていない。これは、地元の気象台に問い合わせても分からないだろう。なぜなら、気象台で記録している降水量は、山荘よりもっと低地の--たぶん甲府か韮崎あたりの町の降水量だからだ。それらの町と山荘との標高差は500メートルほどもあるのだ。

 7年前に山荘ができた当初、付近ではいろいろのキノコが面白いほど採れた。いちばん多く採れたのはハナイグチで、これは別名「ジゴボー」とも「リゴボー」とも言って、カラマツ林によく出るキノコだ。北海道あたりでは「カラマツタケ」と呼ぶらしい。これは、林の奥深くではなく、日が差し込む明るい林中や南向きの斜面で、つややかな赤褐色の頭をもたげた。傘の裏側がスポンジ状で、鮮やかな黄色をしているので分かりやすい。また、匂いにも独特の野趣があるので間違う恐れはない。これを味噌汁に入れると、ナメコのようなヌメリが出て、なかなか美味しいのである。ハナイグチは、イグチ科のキノコの代表格だが、同じ科のものではシロヌメリイグチやアミタケも付近ではよく見られた。そこからさらに北方向に山を上って天女山まで行けば、キノボリイグチやベニハナイグチを見つけることもできた。これらは、しかし食用としてはハナイグチに劣った。

 イグチ科以外の食用キノコでは、タマゴタケとチャナメツムタケが入手できた。前者は秋ではなく、夏に出るキノコだが、その名の通り、ニワトリの卵のような形の白い袋の中から出現する。そこから色鮮やかな朱色か紅色の幼菌が頭を伸ばし、黄色の軸が20~30センチの高さになったところで見事な赤い傘を円形に広げる。この極彩色の傘を緑の林の中に見つけたときの感激は、経験しなければ分からない。バターで炒めて、洋食の付け合わせにするのがいい。これに比べて後者は、秋の終りに出る茶色の地味なキノコだが、香りがよく、ナメコより美味しい、と泰二は思っていた。用途は、ナメコと同様、酢の物、味噌汁、佃煮など、和食によく合うのだった。このほか、稀少種の食用キノコでは、ハナビラタケやマスタケ、クリタケも採ったことがある。
 
 もちろん、食べられないキノコや毒キノコもある。しかし、それらの中にも、見ていて愛らしく、美しいものがあるし、不気味な形のキノコも、出会った時にはそれなりに嬉しいものだ。日本人の多くは“農耕民族”とされているようだが、自分だけは“狩猟民族”の血を引いていると思いたくなるほどだ。こういうキノコ類はすべて、“芽”が出るためにはある程度の期間、土の表面に水分が保たれることが必要だ。雨だけでなく、霧や雲がその役割をはたすのが普通だが、そういう長期にわたる湿り気が、山から失われつつあるように思われた。その代り、夕立ちや豪雨のような激しい雨が降る。これは林地に自然に形成された腐葉土とともに表土を流してしまうから、キノコの菌糸を破壊する。そして、その後に来る、紫外線の強い日照で林地は乾燥し、“消毒”されてしまう。そんなことが原因で、キノコに会えなくなった--と泰二は考えているのだった。

 もしそれが原因でキノコの数が減ったのなら、岩を積み上げてキノコの石像を造ることでキノコがよく出るはずはないのである。そんなことは、泰二の中の“科学者”は充分に心得ていた。が、その一方で、神頼みをしたい迷信家の泰二がいて、「造らないよりは、造るほうがいいゾ」と彼に囁きかけるのだった。
 
 谷口 雅宣

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2009年9月25日

キノコの神さま (2)

 そんな時に、いつものようにキノコを探して林の中を歩いていた泰二は、直径40センチほどの、少し潰れた半球形の岩が足元にあるのに気がついた。角度を変えて見ると、ナポレオンの被っていた帽子のようにも見える。そして、何よりもキノコの傘のように見えるのである。もちろん、そんな巨大なキノコなど地上に存在しないだろう。が、ある程度の大きさがないと「神さま」という感じがしないから、キノコの神さまとして拝むにはもってこいの大きさだ、と彼は思った。

Mushgod01  そう思いついた泰二の目は、その巨大キノコの傘を載せる“軸”になるような岩をもう探していた。するとすぐそばに、角が丸まった台形の岩があり、傘が載りそうである。抱え上げてみると、ちゃんと載った。しかし、キノコというよりは、ナポレオン帽を被った子どものようだ。が、それもいいではないか、と泰二は思った。イグチ科のキノコの中には、軸の太いヤマドリタケとか、アカジコウなどがあるし、フウセンタケやオオツガタケ、それにイタリア料理で有名なポルチーニ茸も軸が太いのが特徴だ。
「よし、これでキノコの神さまになる!」
 と泰二は思った。
 距離をおいてそれを眺めてみると、コミカルでなかなかいい。キノコは、このコミカルな点が魅力の1つなのだ。が、何か片側に傾いているような気がする。バランスをとるためには、“相棒”を脇に添えるのはどうだろうか……。
 
 泰二は、周囲の林の中を歩き回った。すると、ナポレオン帽よりサイズはひと回り小さいが、円盤状の小岩を見つけることができた。八ヶ岳南麓のこの付近の林は、成層火山として形成された地質時代からの岩石が、案外多く表土からも顔を出している。その中には、角張った形のものも多くあるのである。だから、泰二が円盤状の岩を支える“軸”用の岩を見つけ出すのに、そう長くはかからなかった。ただ、持ち上げて運べる大きさではなかったから、林の中の斜面を転がすようにして運ぶのに少し苦労した。
 
 こうして、泰二の山荘の裏山には2体の「キノコの神さま」が立った。たわいのない“大人の遊び”のようであったが、彼の心の中には、自分と山の自然とを結びつける“錘”が1つできたような気がした。そして何となく、10月には周囲にたくさんキノコが出て、収穫できるような感じがしてくるのだった。
「それは迷信だぞ……」
 と、泰二の中の“科学者”は注意を喚起するのだが、もう一人の泰二は、「楽しい迷信じゃないか」と答えて譲ろうとしなかった。
 
 谷口 雅宣
 

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2009年9月20日

キノコの神さま

 その石像は、泰二たちの山荘の裏の、カラマツ林の中にあった。

 泰二はそれを「石像」と言わずに、「キノコの神さま」と呼んだ。仏像を「仏さま」と呼んだり、観音像を「観音さま」と呼ぶのが許されるのだから、実際には「神さま」そのものではなく、それを形に表したものを「神さま」と呼ぶことも許されると思った。だいいち「神さま」には一定の形がないのだから、それと似せた像を造ることは困難なのだ。にもかかわらず、人間は太古の昔から、数限りない神像や仏像を造ってきた。これは、目に見えないものを一つの形に固定し、代表させることで、自分たちの心に何がしかの安定を得るためなのだろう。

 それは、財布の中に、愛する人の写真を忍び込ませる心境にも似ている。愛する人は、いろいろな表情や仕草をして心の中に生きているのだが、そのうちの一つを「写真」として固定し、それに愛する人の全体を代表させるのだ。そうすると、その一枚の写真を媒介として、愛する人の全体と交流するような気持になれる。もっとも最近は、財布に替って携帯電話がそういう写真の保管場所にもなっているが、とにかく、多くの恰好や表情をする「Aさん」でも、一枚の写真で代表させることができるのだから、夥しい種類と数のキノコを、一体の「キノコの石像」に代表させることもできる。そして、その像を「キノコの神さま」と呼ぶのに何も不都合はない--泰二はそう思った。

 そのキノコの神さまを拝みに行こう、と彼はふと思ったのである。彼は特に信心深い人間ではなかったから、「拝む」というより「様子を見に行く」といった方が正確かもしれない。

 泰二がその石像を建てたのは、裏山と自分との関係を示す「形」がほしかったからだ。彼が「裏山」と呼ぶ場所は、地図上の位置では「一定の場所」だと言えるが、それ以外のことは、何も一定していなかった。四季の移ろいとともに植生は変わり、姿を表す動物や鳥の種類は変わり、出現するキノコの種類も変わった。同じ一本のカラマツでも、地図上の位置は変わらなくても、枝の高さは変わり、シカに皮をはがされた幹の傷痕の高さも変わった。こういう自然の営みは、まるで川の流れのようだ、と彼は思った。それを遠くから見ていると、揺れず動かず、安定した「一つの流れ」のように見える。しかし、近づいてよく見てみると、そこでは何ひとつとして一定のものはない。水の分子、土の粒子、プランクトン、小石、魚、虫の死骸……そこを通過するすべてのものが刻一刻と変わり続けている。それと同じことが、裏山でも起こっている。去年、おいしいタラノメを提供してくれたタラの木は伸びすぎて、もう先端に手が届かない。美しい木陰を作っていたアカシヤの低木は、シカに皮をむかれて枯れてしまった。その代り、花をつけなかったヤマボウシの木が、今年は花を咲かせ、今は赤い実をいっぱいつけている。春が来てまもなく、林の中の太いカラマツが一本倒れた。外見はとても頑丈に見えた木だったが、幹の根元に空洞ができていて、自分の重さを支え切れなかった。

 こうして、林の中の物事の違いを探せばきりがない。林の中のほとんどすべてのものが、これほど激しく変化していても、「林」と呼ばれる空間の全体は変わらないように見える。いや、人間には林全体を一望することはできないのだから、「見える」のではなく、「林」と呼ばれる空間の全体を、勝手に人間が変わらないと「考えている」にすぎないのだ。

 そういうことに気がついてから、泰二は何か一定の「形」あるものを裏山に建てて、その林全体を代表してもらい、自分の心中の一つの“拠り所”にしたいと考えるようになっていた。

 谷口 雅宣

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2009年5月11日

矢印探偵は行く (4)

 サブローは、今度はタカシに従わなかった。
「ぼくは、もう帰るよ」
 そう言うと、彼はすまなさそうな顔でタカシを見た。そして、
「時間もおそくなってきたし……」
 と付け加えた。
Arrow10  その言葉が、タカシの気に障った。サブローの家は自営業で、両親はたいてい家にいた。それに比べ自分の家は、両親が共働きで留守がちだった。サブローが家に帰れば、温かい夕食の支度ができているのだろうが、自分は鍵を開けて薄暗い家に入り、冷蔵庫の中の料理を暖めてから、一人で食事する。そう思うと、何だかサブローが憎らしくなってきた。
「そんなの、約束破りだ!」
 タカシはこう言ってサブローをにらんだ。
 サブローは、タカシの態度の急変に驚いて、相手を見ていた。
 タカシは、さらに続けた。
「十個さがすって言ったじゃないか。それができないのは弱虫だからだ」
 思わず強い言葉が出たので、タカシは自分でも驚いた。
 サブローは下を向いて、体を左右に揺らして何も言わない。
 それを見ると、タカシは、
「もういい!」と言って、「ボクはひとりで行くからね」という言葉を残して、地下道へ続く階段に向かってズンズン歩き始めた。
 階段を1段、2段……と降りながら、タカシは後ろからサブローに追いつかれるのはいやだと思い、小走りになって階段を駆け降りた。矢印のことは、忘れてしまっていた。階段が終ると、さらに下へ行くエスカレーターが回っていた。それにポンと跳び乗ってから、タカシはふと思った。
(ボクは、何のためにエスカレーターで下へ行くんだろう?)
 それから、矢印のことを思い出した。そして、階段の途中で矢印をさがさなかったことに気がついた。でも、エスカレーターはタカシをどんどん下へ運んでいた。「逆のぼり」は危険だから絶対いけない、と学校では教わっていた。タカシは、斜めに動いていくエスカレーターの天井を見上げていた。そんなところにも矢印が描いてあるか、と思ったのである。すべすべした天井は、しかし金属質の光を放っているだけで、表面には何の印もついてなかった。
 エスカレーターを降りたタカシは、地下鉄日比野線の改札口に向かって歩き始めた。通路の左右に気を配って歩いていく小学生の姿に気づいた何人かの大人は、不思議そうにタカシの方を見た。親の姿を捜して立ち止まる婦人もいた。が、頭を左右に振りながら下を向いて歩いているタカシは、そんなことに一向気がつかず、足は改札口に向かって進んでいた。
 切符売り場の前で立ち止まったタカシは、困った顔で周囲を見回した。そこから先、どこへ行くべきか分からなかったからだ。その時、「7」という数字と「矢印」という言葉が、タカシの頭の中を駆け巡っていた。「7番目の矢印」を見つけたらもう帰ろう、と彼は思った。
 と、改札口を入った先の天井近くに、タカシは地下鉄のホームを示す大きな看板が掛けてあるのに気がついた。それを見た彼の表情が急に明るくなった。その看板には、横書きで「日比野線」と書いた文字と、その路線の頭文字「H」をあしらった銀色の太い円、そして、乗降ホームの方向を示す大きな矢印が描かれていたからだ。
Arrow16  タカシはその看板を見ながら、自分の考えが正しかったと思い、うれしくなった。サブローは、矢印が何のためにあるかを考えてからたどるのがいいと言ったが、自分は、そんなことは矢印をたどっていけばあとで分かると考えた。そして今、サブローは家に帰ってしまったけど、実際に矢印をたどった自分の方が、矢印の意味にたどりついた、と彼は思った。目の前の看板に描かれた立派な矢印は、そんなタカシの考えを「確信」にまで導いてくれる力強さをもっていた。道路上にあった鳥の足跡のような矢印は、みんなこの立派な矢印のためにあったのだ。
(もう、ひょろひょろとしたチョーク書きの矢印に従う必要はない。立派な矢印について行こう)
 とタカシは思った。
(ここで切符を買って改札口を通れば、8番目の矢印も、9番目も10番目もすぐに見つかるに違いない)
 こう考えたタカシは、ポケットから百円玉を2枚出して、日比野線の切符を買った。

(終り)

 谷口 雅宣 

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2009年5月10日

矢印探偵は行く (3)

 その時、
Arrow12 「あったぞ、ここにあるぞ」
 というサブローの声が、後ろの方から聞こえてきた。振り返ると、サブローが道路脇のプランターの所を指差している。4番目の矢印は、ちょっとだけ考えごとをしていたタカシの目に入らなかったのだ。タカシは小声で「クソッ」と言うと、サブローがいる方へ走っていった。
 その矢印は、用水池とは別の方角にある路地の方向を指していた。そしてその路地は、表通りに続いていることを二人の子供は知っていた。
「大通りに行くなら、もっと近道があるのに……」
 と、サブローは不満そうにボソボソと言った。
「でも、何か意味があるから矢印を書いたんだよ」
 と、タカシはやや低い声で言った。そして、「とにかく、十個見つけるまでやってみよう」と付け加えた。
 二人の子供はもう走らなかった。自分たちが通学路として毎日通っている表通りへ行くのだから、予想外のことはあまり起らないと感じたのだ。
 表通りに面した酒屋さんの一軒ほど手前に、自動販売機が数台並んでいるが、そのかげに潜むようにして5番目の矢印があった。
「あっ、ほら……」
 と言ってそれを指差したサブローは、
「大通りに出ろっていっている」
 と、あまり熱意のない声で言った。
「ほんとだ。でも、大通りには宝が隠してありそうもないね……」
 と、タカシも自嘲気味に言った。
Arrow9  二人は大通りに出ると、付近の歩道を見回して、次の矢印のありかを探した。歩道にはブロックが敷かれていて、車道と段差ができていたが、その境界を仕切る細長い縁石の上に、直角に曲がった小さな矢印が白い文字で描かれていた。
「こんなところにある!」
 それを見つけたタカシが、かん高い声で言った。
 サブローは、矢印の示す方向を見ていた。そして、
「地下鉄の駅だ」
 と言った。
 二人の目の前には、地下鉄日比野線の駅へ続く地下道が大きな口を開けていた。二人は顔を見合わせた。地下鉄に乗ることに躊躇を感じたからだ。ポケットにお金がないわけではなかったが、大事なお小遣いを使ってまで矢印さがしを続けるべきかどうか、迷っていたのである。
「下まで行く?」
 と、サブローが訊いた。
「どうしよう……」
 今度は、タカシも自信がなさそうだった。
 サブローは、自分が心配していた事態が起こりつつあると思った。矢印が描かれている理由を知らずに、それが示す方向へただやみくもに進んでいく。そんなことを続けていれば、きっと迷子になってしまう。
「もう帰ろうよ」
 サブローはタカシに言った。
「でも……」
 タカシは足をモジモジさせてこう言うと、
「6番目まで見つけたんだから……あと4つだよ」
 と言って、地下道の入口を見つめた。
 
 谷口 雅宣

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2009年5月 9日

矢印探偵は行く (2)

 タカシは、サブローを納得させようと思って、自分の“名案”のよさの説明Arrow5を始めた。
「これがほんとに矢印だったら、矢印の方向には何かがあるんだよ。もし何もなくて、かわりに別の矢印があれば、やっぱりこれは矢印ってことになる。矢印も何もぜんぜんなかったら、これは矢印じゃないってことになるだろ? とにかく行ってみなけりゃ何もわかんないじゃないか」
 サブローはうなずきながらタカシの話を聞いていたが、話し終わるのを待って、こう言った。
「でもさ、矢印の先に矢印があって、さらにその先にも矢印があって……って、ずーっと矢印が続いていたら、どこまで矢印をたどって行くつもり?」
「そりゃ……どこまでもさ」
 とタカシは言った。
「家(うち)へ帰るのおそくなるよ」
 と、サブローは心配そうな顔をした。
「じゃあ、適当に十個ぐらいみつけたらやめにすればいい」
 と言って、タカシは肩をすくめた。
「どこか知らない所へ行っちゃったら、帰れなくなるかもしれない……」
 と、サブローはまだ不安顔だ。
 タカシはそんなサブローに向かって、笑顔でこう言った。
「道に迷うことは、ぜったいない。だって、矢印をたどってきたんだから、逆にたどって帰ればいいんだ」
 それを聞いて、サブローの顔も明るくなった。
「わかった。いくつあるか知らないけど、どにかく十個たどってみよう」
 それから、黄色い帽子と黒いランドセル姿の二人は、競争して“矢印さがし”を始めた。夕方の都会の路地を、黄色い二つの帽子が人とぶつかりそうになりながら、前後になったり、左右に揺れたり、突然止まったりして進んでいくのが見えた。

Arrow6  三番目の矢印は、先を走っていたタカシが見つけた。
「ほらほら、こんなところにあった。先が曲がってるぞ!」
 その矢印は、犬が立ち寄りそうな、ひんやりとしたコンクリートの電柱の下に描いてあった。それは、「ここで右に曲がれ」とでも言うように、上向きの矢印がまんなかで直角に右に折れていた。
 追いついてきたサブローが、
「右へ行ったら用水池の方だぞ」
 と言った。
「その前に路地がいくつもあるから、そっちへ行くかもしれない」
 と、タカシは言って走り出した。サブローは、その後ろ姿を目で追いながら、
「用水池はあぶないから、行っちゃいけないって先生が言ってたぞ!」
 と声を張り上げた。
 タカシはその声を聞きながら、
(もし矢印が用水池の方を指していたら、どうしよう?)
 と考えた。、
(先生がいけないと言ってた場所へ、矢印が行けと言ってたら、それは先生の言うことをきくべきだ)
 とタカシは思ったが、その一方で、
(せっかくここまで矢印をたどったのに、途中でやめるのはつまらない)
 とも思った。
 
 谷口 雅宣

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2009年5月 8日

矢印探偵は行く (1)

 小学生のタカシは、学校からの帰りみちでその印を見た時、一緒にいたサブローにこう言ったのだった。
「ほら、これは鳥の足跡みたいだろ?」
 でも、サブローはそれを見て、
「少し形がへんだなぁ。それに、鳥は二本足なのに、印は一つしかない」
 と言った。
 二人は、学校の教室にいる時から、このマークの話をしていた。タカシはそれを何か秘密の印じゃないかと言った。学校の周辺にあるアスファルトの道路の隅に、チョークか何かで描いた白っぽい太い線で、三本指の鳥の足跡のような印が描いてある。それも、ていねいに描いたのではなく、勢いよく書きなぐったように、三本の線が互いに交差していたりする。そんなマークが、一カ所でなく、何カ所にもあるようなのだ。
「数えてみたの?」
 と、サブローが聞いた。
「ううん、まだ」
 タカシは首を横に振った。
「じゃあ、帰りに二人で数えてみようか?」
 サブローの提案に、タカシは二つ返事で賛成した。何か探偵ごっこのような、また宝さがしのような、ワクワクした気持になってきた。
Arrow1  二つ目のマークの所へ行った時、サブローは、
「これ、矢印じゃないの?」
 と言った。
 鳥の足の指だったら、三本の指の長さに違いはあまりない。でも、目の前にある印は、真ん中の指が一本だけ長い。
「ああ、ほんとだ!」
 マークをはさんでサブローの反対側に立っていたタカシは、ポンと両手を打って大声で言った。
「こっちから見たら、矢印に見える」
 そう言ったタカシは、「じゃあ、矢印の方向へ行ってみようよ」と、サブローの顔をのぞき込んだ。
 でもサブローは、そのマークを見ながら考えていた。タカシがそばへ行ってサブローの袖を引っぱっても、まだ考えていた。
「何、考えてんの?」
 と、タカシは言った。
「どうしてかなぁ……」
 とサブローは言って、「なぜ道路に矢印なんて書くんだろう……」と付け加えた。
「そんなこと、考えてもわからないよ」
 とタカシは言って、「矢印をたどっていけば、きっとわかるよ」とサブローをさそった。
 タカシは、自分が今言ったことは「すごい名案」だと思った。何でも、考えるよりはやってみるというのが、タカシの行動パターンだった。それに比べてサブローは、よく考えて、わかってから始めるタイプだった。だから、タカシが引っぱって、サブローがついていく--そんなやり方で物事が進むのは、今回だけでなかった。
 
 谷口 雅宣

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2009年4月20日

ウサギとカメ (5)

 ウサギは、カメには“言葉の力”を理解することができないと思い、岩を見つめて首をかしげているカメに向かって言いました。
「人間の世界には“岩の上にも3年”って言葉あるんだ。おまえさんは日向ぼっこをしている間、その意味でも考えたらいいよ。ぼくはもう行くからね」
 カメはそれを聞いて、
「ああ、その意味はすぐわかる」
 と言いました。
「ホントか?」
 と、ウサギは疑わしそうに言いました。
「ほんとさ」とカメは言うと、「岩は3年では割れないってことさ」と続けました。
「ちがう、ちがう」
 とウサギは言いました。そして、
「おまえさんには、5年たってもその意味はわからないさ!」
 と言うと、くるりと背中を向けて行ってしまいました。
 ウサギがいなくなると、カメはまた空に顔を向けて日向ぼっこのポーズをとりました。そして、目を細めると、
「ああ、太陽の光は暖かくて、気持いいなぁ~」
 と言って口をパクパクさせました。
 カメはそのままじっと動かないでいると、ブゥーンという音をさせながら1匹のハエが飛んできて、カメの背中の上に留まりました。
「ああ、この音、この音……」
 と、カメは目を閉じたまま思いました。何とも心地のいい音でした。カメはよくわかっていました。この音は、“ごちそう”の音なのでした。でも、背中にいるハエを食べることはできません。だから、そのハエが目の前に飛んでくるか、それとも背中をつたって頭まで上ってくれば、電光石火の早業でつかまえてしまおうと思っていました。
 そのうちに、プゥーンという音をさせて、今度はカが飛んできました。1匹のあとにもう1匹が遅れて来る音も、耳のいいカメには聞こえました。遠くでは、池に注ぎ込む水の音も聞こえています。時々、池から跳ね上がる魚が、水飛沫をたてる音がするのもわかりました。カラスが頭上高く、鳴きながら飛んでいきます。周囲の梢では、スズメたちがにぎやかに囀っています。カメは、幸せな気分になっていました。
「ああ、この世界は、ゆかいな音で満ちている……」
 と、カメは思いました。
「ウサギはなぜ、岩を割るなんてことを考えるんだ……」
 と、眠気の中でカメは思いました。
 暖かい日光があり、のんびりと泳げる池があり、頑丈な岩があり、探し回らなくても向こうから飛んでくるエサがあり、美しい音が満ちている。その世界をこわすのが“言葉の力”だったら、そんなものはいらない、とカメは思いました。
 
 谷口 雅宣

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2009年4月18日

ウサギとカメ (4)

 ウサギに比べると少し頭の回転が遅いカメには、「言葉が人間の最大の武器」ということが、よく分からないのでした。カメを煙に巻いたウサギは、そこで大得意になって自論の説明を始めました--
「あのねカメさん、言葉というものには、物を音に置き換える役割があるのさ。例えば、目の前にある小石だが、これを拾うのは簡単でも、おまえさんが乗っている岩は重くて動かすこともできない。でも、“こいし”や“いわ”という言葉は、簡単に動かせるだろう?」
 カメは目をパチパチさせて、自分のいる岩を見つめています。
「こんな説明じゃ、わからないか……。それなら“言葉を動かす”のではなく、“言葉を付け加える”と言えばいい。おまえさんが上に乗っている岩は、実際は重くて動かせなくても、“オレは岩を持ち上げた”と言葉で言うことは簡単だろう?」
「ああ、それならわかる。簡単だ」
 と、カメは頭を上下に揺らしてうなずきました。
 ウサギは、つづけました--
「つまり、言葉をつかえば、本当にはできないこともできたように思える。それができるのは、実際には重くて頑丈で動かしたり割ったりできない岩を、“いわ”という音に置き換えてしまうからだ。そして、“岩が真っ二つに割れた”と言えば、本当にそうなったと思える。ここまでは、わかるね?」
「よくわかる」
 と、カメはうれしそうに言いました。
「こうして、物を音に置き換えることで、人間は頭の中で自分の好きな世界を簡単につくってしまうんだ」
 とウサギは言って、カメの顔を覗き込みました。
 カメは、自分の足元を見ながら、
「でも、岩はほんとは割れてない……」
 と言いました。
「そのとおり」とウサギは言って、さらに続けました--
「でも言葉の威力は、そこから始まるんだ。人間は“岩”“二つに”“割る”という3つの言葉を使って、それを仲間に伝えることで、大勢が同じ目的で動くようになる。つまり、“岩を二つに割りたい”というアイディアが社会に広まり、そのための機械や方法を大勢の人間が工夫するようになり、やがて、本当にそれができてしまうんだ」
 カメは、不満そうな顔でウサギを見ています。
「なんだよ、そんな目でオレを見て……」
 と、ウサギは言いました。
 するとカメは、
「ボクらの仲間だって、大勢が岩に上ることはある。でも、岩はちっとも割れないぞ!」
 と言いました。
「ああ、これだからカメはダメなんだ!」
 と、ウサギは空を仰いで溜息をつきました。
 
 谷口 雅宣

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2009年4月17日

ウサギとカメ (3)

 ウサギとカメは、しばらくにらみ合っていましたが、やがてカメがウサギから目を逸らして、
「ああ、アホらしい」
 と言いました。そして、「このみどりの風のおいしさを認めないなんて、動物のくせに情けない……」と続けると、また日向ぼっこの姿勢にもどりました。
 するとウサギは、
「“バカメ”という言葉は名言だね」
 と言いました。そして、「カメのおまえさんには、その名前がピッタリだ」と言って、相手の様子をうかがいました。
 カメは聞こえないふりをしていたので、ウサギはさらに続けました。
「“動物のくせに”なんて言うのは、動物であることを誇りに思っている証拠だ。そんなんだから、いつまでたっても人間が支配者でありつづけるんだ。人間を超えるためには、人間のもっている最大の武器を自分のものにしなけりゃ……」
 カメはその言葉に興味をもった様子で、
「人間の最大の武器ってなんだ?」
 と、ウサギに聞きました。
 ウサギはニヤッと笑って、
「何だと思う?」
 と言って、カメをじらせました。
「ミサイルのことか? それとも、毒ガス?」
「ぜんぜん違う」と、ウサギは得意顔。
「それじゃ、バイオテクノロジー?」
 ウサギは首を横に振るばかり。
「えぇい、それなら無人攻撃機!」
「ハ、ハ、ハ、ハハハ……」
 と、ウサギは愉快そうに笑ってから、言いました。
「おまえさんは、見ている方向が違うんだよ。“武器”と言ったって、別に戦争するための道具とはかぎらない。高価なものともかぎらない。もしかしたら、人間だったら誰でももっているものかもしれない」
「クイズはもうやめた。早く教えてくれ!」
 カメはそう言うと、ウサギをうらめしそうに見ました。
「それじゃ、答えを言おうか……」とウサギはもったいをつけてから、
「それは、言葉だ!」
 と言いました。
 カメはしばらく目を丸くしていましたが、やがて、
「そんなものが……武器になる?」
 と言いました。
 
 谷口 雅宣

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2009年4月15日

ウサギとカメ (2)

 カメをバカにして笑っていたウサギは、しかし、顔がだんだん歪んできました。かと思うと、口が大きく開いて大アクビの顔になりました。ウサギは両腕を思いっきり空に突き出して、
「フューワァーアー……たいくつだぁ……」と言ったのです。
 そして、伸びがおわると、
「この島では、やることが何もない……」
 と、低い声でボソボソと付け足しました。
 それを聞いたカメは、ウサギに言いました。
「やることが何もないなんて、おかしなことを……」
 ウサギは、上目づかいでカメを見て、
「オカシもカカシもないよ。何もないんだからしかたがない」
 と言いました。それから息を胸いっぱい吸って、ウサギはアメリカの大統領のように、顔を半分空に向けて演説をはじめました--
「ノロマのおまえさんには分からないと思うけど、ぼくはこの島のすみずみまで、もう行ってしまったんだ。どこにも知らないところはない。この速い足と、よく聞こえる長い耳で、ぼくはこの島のすべてを知ってしまった。何も新しいことはない。何も不思議なことはない。何も驚くことはないんだ。ぼくはこの島のすべてのものに名前をつけて、分類して、頭の中にきれいに整理してしまった。その結果、世界の中のすべてのものは、たった3つの種類に分けられるという偉大な真理を発見したんだ。まぁ、こんなことを言っても、頭の回転の遅いおまえさんにはわからないだろうけどね……」
 ここまで一気に言うと、ウサギはカメの方を横目で見て、相手の反応をたしかめました。
 カメもその時、空を見上げていて、口を開けると、細い舌をペロリと出して、すぐに引っ込めました。そして、
「おいしいぞ」と言いました。
 ウサギはそれを聞きのがさず、
「何をひとりで言ってるの?」とカメに言いました。そして、「空気はおいしくなんかない」と続けました。ウサギは自分が見つけた偉大な真理を、今こそカメに伝えるべきだと感じました。
「おまえさんは、何もわかっちゃいないね。世の中のすべてのものには結局、3つの意味しかないんだ。“おいしい”とか“まずい”とかいうのは、その3つがわかる前の、とちゅうの感じだ。中途半端な結論、と言ってもいい。もし空気に味があるとしたら、“おいしい”のは“よい空気”で、“まずい”のは“悪い空気”だ。それ以外の味は、どんなに複雑で微妙な味でも気にすることはない。よくも悪くもないものは結局、おまえさんにとって何の意味もないからだ。それは、おまえさんにとって“関係ない空気”だから、無視するのがいちばんいい」
 カメはそれを聞いて、
「そんな考えはツマラナイ!」と言いました。
 すると、ウサギはムキになって、
「ツマルもツマルも大ツマリだ。おまえさんは、人生の先輩の言うことを聞くべきだ!」
 と主張しました。
 カメもゆずりません。
「おいしいものを“おいしい”と言うのが、ぜったい正しい」
 と言うと、目をむいてウサギをにらみました。
 
 谷口 雅宣

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2009年4月14日

ウサギとカメ

 ある島に、ウサギとカメが住んでいました。ウサギはすばしこくて、走るのが得意で、いつも競争相手をさがしていました。カメはゆっくり動くのが好きで走るのは遅かったですが、自分のまわりのものによく気がついて、ていねいで、根気が強いのでした。
 
 ウサギは島にすむイヌやネコと競走しても、足の速さでは負けません。だから時々たいくつすると、イヌやネコをからかって自分を追いかけさせ、一緒に走りながら運動不足を解消するのでした。
「ぼくは、島いちばんのランナーさ!」
 と、ウサギは大得意でした。
 
 カメはウサギがそんな競走に熱中しているのを見ても、いつも知らん顔をしていました。そして、天気がいい日には天に向かって首を伸ばして、じっと日光浴をしていました。時々、イヌやネコがカメに近づいてきて、ちょっかいを出そうとすると、カメは素早く首や手足を殻の中に引っ込めて、“石”になったマネをするのでした。ウサギみたいに走って逃げなくても、首や足を引っ込めるだけでいいのです。カメの堅い甲羅には、イヌもネコも歯がたたないのでした。だからカメは、
「あたしは、島いちばんのカタブツさ!」
 と、大得意でした。

 ある日、日光浴をしているカメのところへウサギが来て、言いました。
「おーい、カメさんよ。こんなところで空を見上げて、何かおもしろいものが見えるかね?」
 カメは、目をしばたたいて、ちょっとウサギのほうを見ました。
 ウサギは、そんなカメに向かって、
「空には何も見えないだろう。見えたとしても、鳥が飛んでるぐらいだ。ノロマのおまえさんには関係ないけどね……」
 と言って、ニッと白い歯を見せました。よい考えが浮かんだからです。ウサギは、たいくつしのぎにカメをからかってやろうと思いました。
 カメは、自分が鳥と関係ないなどと言われたのが気に入らなかったので、口をあんぐりと開けてウサギをにらみました。
「おや、カメさん。小さいお口をパクパクさせて、何かご不満かね。ぼくは、鳥と競走しても勝てるほど速い。でもお前さんは、アリと競走しても負けるほど遅い。だから、怒ってもムダなんだよ」
 と、ウサギは憎まれ口をたたきました。すると、カメはゴツゴツとした声で言いました。
「カメはウサギに勝ったぞぉ!」
 ウサギは、カメの予想外の言葉に驚いて半歩下がりました。しかし、すぐに反論しました。
「あぁ、それは昔のことですねぇ~。おまえさんの先祖があんまり遅いんで、ぼくの先祖が途中で昼寝してしまったって話ね。それは昔のことでね、ぼくは先祖みたいにウカツじゃないから、レースの途中で昼寝なんかしない。だから絶対負けないんだよ。いや、昼寝はするかもしれないけど、それはゴールに入ってからさ。おまえさんが来るまでには、きっと日が暮れてしまうからね」
 ウサギはこう言うと、カメを指差してカラカラと笑いました。

 谷口 雅宣

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2008年10月23日

ギャオの独り言 (3)

 きょうは、ウサギのぬいぐるみのデカパンのことを話す。

 ミー君のつくる世界では、デカパンはいい役でボクはあく役だってことは、もう話した。それから、ボクとデカパンは友だちってことも、話した。もんだいは、友だちのデカパンを、ボクはどうしていじめるかってことだ。そのわけも、もう話したと思うけど、もっとせつめいしたい。これには、ふかいジジョーがあって、それを知ってほしいからだ。

Mtimg081023  ボクはミー君をよろこばすために、デカパンをいじめる。そんなボクは、デカパンのほんとの友だちとはいえないかもしれない。でも、デカパンもボクのジジョーをしってるから、がまんしてくれると思うんだ。それに、ずっとがまんしてなくていい。ボクがデカパンをいじめてると、すぐにカシキンマンが出てきてボクとたたかう。それまでのしんぼうだ。カシキンマンは、あぶないところでギンコーへにげこみ、パワーアップしてボクをやっつける。ミー君は、それがうれしいんだ。で、ボクはミー君がよろこぶのがうれしい。だから、友だちのデカパンがすこしのあいだ、つらい思いをすることには目をつぶる。ショーガナイから。

 でも、ミー君がいなくなったとき、デカパンはときどきボクにこういう--

デカパン「ギャオは甘えんぼうで、いくじなしだ。なぜって、よくないと分かってることを、ミー君のためにするから」
ギャオ「ごめんよ、デカパン。でも、おまえもボクもミー君が好きだから、ツライことをがまんしてやってるんだ。そうだろ?」
デカパン「わたしはがまんしてないよ。ギャオがいじめてツライから、たすけてー、くるしいーって、大声だすの。するといつも、カシキンマンが出てきてたすけてくれる」
ギャオ「それは、えんぎだろう? ツライふりだろう?」
デカパン「わたしはえんぎしてない。ほんとにツライのよ」
ギャオ「でも、カシキンマンが出てくるためには、あく役がひつようなんだ。あく役のボクは、きみをいじめないといけない」
デカパン「そんなの、おかしい。ぜったいにおかしい!」
ギャオ「これはコーキューなロンリだから、きみには分からないかもしれない」
デカパン「ぜんぜんわからない。ぜったいにおかしいわ」

 ボクは、このロンリをデカパンに分からせることができない。でも、デカパンもボクもミー君のことを好きだから、そこのところで、だまってしまう。ロンソーは、いつもここでおわりだ。
 
 この世界では、悪いことをしなければいいことは出てこない--これが、世の中のふかいジジョーだ。これが、コーキューなロンリなんだ。ボクらのことに当てはめれば、ボクがデカパンをいじめなければ、カシキンマンは出てこないんだ。これはうごかせないジジツだから、ショーガナイ。でも、デカパンはちがうことをいう。ボクとかのじょがなかよくしてても、カシキンマンはきっと出てくるだろうって。そして、たたかうんじゃなくて、ボクたちといっしょにあそべるだろうって。

 ボクは、そんなのは甘いロンリだと思う。みんながなかよくあそぶなんて、ミー君が好きなわけがない。ミー君は、セーギのみかたカシキンマンになりたいんだ。セーギが生まれるためには、悪がなくてはだめだ。そして、セーギは悪をくじくんだ。ボクは、そうやってミー君がよろこぶために、なみだをのんであく役をする。ボクは悪い「役」をするんだから、「悪」じゃない。ボクは恐竜だから、ぜったいカイジューじゃないんだ! 友だちのデカパンには、このふくざつでコーキューなロンリをぜひ知ってほしいと思う。
 
 谷口 雅宣

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2008年10月17日

ギャオの独り言 (2)

 ミー君のことを少し話そう。
 
 ミー君は、ボクらのご主人だ。ご主人は、けらいよりえらい。でも、けらいのめんどうを見てくれる。ボクらと遊んでくれるし、ボクらをそうじゅうしてくれる。「そうじゅう」というのは、ボクらに命をくれることだ。ボクらを動かし、ボクらにことばを話させ、ボクらに「生きている」と思わせてくれる。つまり、ミー君は神さまみたいなものだ。ご主人は神さまで、ボクらはけらいだ。
 
 だから、ボクもデカパンも、ミー君が「やれ」といったことを喜んでする。いい役かあく役かはもんだいじゃない。でもたいてい、デカパンがいい役で、ボクがあく役だ。つまり、デカパンは弱くて、ボクは強い。その強いボクをこらしめるために、カシキンマンが出てくる。じつは、コイツがもんだいなんだ。
 
Mtimg081017  ミー君は、神さまみたいにボクらをそうじゅうすることはできるけど、ぬいぐるみの世界にそのままでは入れない。ミー君は、ぬいぐるみより大きいからだ。あっとうてきに大きい。だから、ぬいぐるみをあやつることで、ボクらの世界にやっと入れる。だから、カシキンマンをあやつるときは、カシキンマンがミー君なのだ。カシキンマンはキザなヤツだけど、ミー君が中に入っているのだから、しかたがない。ボクは、カシキンマンにやられたふりをする。でもほんとうは、ヤツにやられるんじゃなくて、ヤツになりきっているミー君にやられてあげるのだ。そう思えばがまんできるし、うれしい。
 
 もんだいなのは、ミー君がカシキンマンになりながら、ボクらのきもちをわかってくれてるのかってことだ。たとえば、ボクがあく役になってデカパンをいじめているとする。そこへカシキンマンがやってくる……

カシキンマン「おい、らんぼうもののギャオ。デカパンをいじめるな!」
ギャオ「何だ、このキザ男。デカパンはボクのけらいだから、いじめるもいじめないも、ボクのじゆうだ」
カシキンマン「ぬいぐるみは、みんな平等だ。デカパンもじゆうに生きるけんりがある」
ギャオ「何だ、そのけんりってのは? そんなものがあるなら、見せてみろ」
カシキンマン「けんりは見えないけど、みんなにある」
ギャオ「ボクは、見えないものなんか信じない。信じないものは、あいてにしない」
カシキンマン「それじゃ、おかねは信じるか?」
ギャオ「おかねは見えるし、使える。だから信じる」
カシキンマン「では、ここに1万円ある。これをやるから、デカパンを自由にしてやれ」
ギャオ「何、1万円だと。それで何が買えるんだ?」
カシキンマン「人魚のあんパンが100個ぐらい買えるぞ!」
ギャオ「そいつはいい。で、人魚のあんパンって、どこに売ってる?」
カシキンマン「渋谷の『小さい人魚』というパン屋にある」
ギャオ「じゃあ、今すぐ買ってこい。買ってきたら、デカパンを逃がしてやる」
カシキンマン「おれはカシキンマンだから、金を出すだけだ。自分で買いに行け!」
ギャオ「渋谷まで行くのは、めんどーだ!」
カシキンマン「じゃあ、タクシー代も出してやる」
ギャオ「タクシーひろうのも、めんどーだ!」
カシキンマン「なんてヤツだ、このカイジュウは!」

 ボクは恐竜のぬいぐるみで、カイジュウじゃない。カイジュウといわれるのが、いちばんきらいだ。だから、ここで頭にきてカシキンマンにおそいかかる。

 ギャオーーーーーーーーーーーー

 たとえば、こんなぐあいになって、カシキンマンとボクは戦う。で、さいしょはボクが勝って、それからヤツがギンコーへ逃げて、そこでパワーアップして、ボクにいろんな術をかける。で、ボクがけっきょく負けるんだ。そして、カシキンマンがいつものように、こうさけぶ--

「オレのかねのいりょくは、シジョーいちだ!」

 でもさ、ボクはこんな役、ほんとはきらいなんだ。デカパンはボクの友だちだから、いじめるのはいやなんだ。でも、ミー君が「いじめろ」というから、しぶしぶいじめる。あく役っていうのは、心で泣きながら悪いことをする、好きな人のために。だから、こういう劇が終わったら、ミー君には小さな声でいいから、こう言ってほしいんだ--
 
「ごめんね、ギャオ。ほんとはいいやつなのに……」
 
 谷口 雅宣 

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2008年10月14日

ギャオの独り言

 ボクは恐竜のぬいぐるみ、ギャオだ。
 このところ、ずっと押入れの中にいたから、カビくさい。
 きょう、ひさしぶりにウチのダンナさんに出してもらって、
 明るい場所に出られた。
Mtimg081014_2   うれしいぞぉー、ギャオー!
 でも、ダンナさんがボクをテーブルの上に置いたら、
 奥さんが、こう言った--
「そんなきたないの、上に置かないでよぉー」
 ダンナさんは、何も言わない。
 何とか言ってほしい。ボクがきたないだなんて、ひどいぜ。
 ボクは、ダンナさんと奥さんの子供といっぱいあそんだから、よごれた。
 よごれることが、ボクの仕事だった。よごれることが、うれしかった。
 なぜって、よごれるのは人気があるからだ。遊んでもらえるからだ。
 
 ボクの友だちに「デカパン」って名前の、ウサギのぬいぐるみがいた。
 でっかい空色のパンツをはいた、ピンクのウサギで、いっしょによく遊んだ。
 ヤツは、ついにかおが灰色になった。まくらがわりにされたからさ。
 それでもヤツは、ひと晩じゅう、ミー君といっしょだったから、満足してた。
 ボクはあくやくで、「ギャオー」とさけんで、デカパンをおそった。
 すると、せいぎのみかたの「カシキンマン」というのが、出てくる。
 目がタマゴみたいで、赤と銀の光るジャンプスーツを着た、キザなヤツだ。
 自分のことを、ウルトラマンだと思っている。
 そのカシキンマンと、ボクはたたかう。
 さいしょは、ボクがヤツをこらしめる。こてんぱんさ。
 でも、カシキンマンは、ギンコーへ行くとパワーアップする。
 そして、ボクにひざげりとか、アッパーカットでおうせんする。
 ボクはほんとは、カシキンマンなんかにまけない。
 でも、大すきなミー君が「まけろよ」というから、まけたふりをする。
 すると、キザなカシキンマンは、
 「オレのかねのいりょくは、シジョーいちだ!」
 と言って、しょうりをさけぶ。

 ボクは「シジョー」って何のことか、よくしらない。
 でも、たぶん世界と同じだ。
 世界一なのは、ほんとはお金なんかじゃない。
 デカパンやボクみたいに、よごれながらミー君と遊ぶぬいぐるみがいるから、
 ミー君はまんぞくするんだ。
 ミー君はカシキンマンになりきって、デカパンを助け、ボクをやっつける。
 でも、デカパンはボクの友だちだから、ボクはヤツに手かげんしてる。
 ぶっても、ほんとはぶってない。
 かみついても、ほんとはかんでない。
 デカパンもボクも、はいゆうと同じだ。
 ミー君が「やれよ」ということを、よろこんでする。
 だって、ボクらはミー君が好きだからだ。

 そんなミー君は、おとなになって、ボクらを置いて出ていった。
 ショーケンガイシャに入ったと、奥さんがいっていた。
 そんなカイシャでも、ミー君は、
 「かねのいりょくはシジョーいちだ!」
 とさけんでいるのだろうか。
 だれがいいやくで、だれがあくやくをやってるのだろう。
 こんど、ダンナさんにきいてみたい。
 
 谷口 雅宣

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2008年6月24日

ガイコツの踊り

(ある暑い夏の夕、托鉢を終えた良寛和尚が町はずれの木蔭まで歩いてきて、岩の上にゆっくりと腰を下ろす。)

和尚--どっこいしょ…っと。ああ、くたびれた。トメ婆さんも、玄爺さんも、なかなか分かってくれんようじゃ。(と言いながら、キセルを取り出して煙草に火を点ける。キセルから煙草を大きく吸い込み、煙を吹き出しながら…)
和尚--ふぅーー。トメ婆さんは、嫁のノロマが我慢できんというがねぇ、嫁さんはあれでよくやっとるよ。ただちょっと、頭の回りが遅いだけでね。「注意深い」と言ってもいい…。毎日ヤンヤ言われていたら、注意深くなるものさ。トメ婆さんは、息子に嫁が来てくれた縁で“ノロマの嫁”との問題が出てきたのだから、それがイヤなら別れるまでさ。ところが婆さんは、「嫁のノロマが治ればいい」と言ってきかん。ノロマはのんびりしていて、いいものだよ…。(と言いながら、ゆっくりと煙草をもう一服する。)
(良寛の腰かけている岩の陰から、カメが1匹出てくる。それを見つけて…)
和尚--おおおお、のんびりカメさんのお出ましだ。(と言って、腰を上げてカメの傍に行き、脇にしゃがみ込む。カメは驚いて、頭や手足を甲羅の中にしまい込む。)
和尚--ほほほほ……驚かせちゃったね。甲羅の中にお隠れだ。では、待つとしよう。
(良寛はカメから少し離れて、しゃがんだ姿勢のまま腕組みをする。そして時々、煙草を吸う。)
和尚--ウサギは、これが我慢できなかったね。自分の尺度で相手を見るから……こんなノロマとつき合っていられないってね。
(カメはゆっくりと手足を伸ばし、頭をもたげて良寛を見る)
和尚--やあカメさん、今晩は。これからお食事ですかな?
(カメは、またノソノソと歩きだす。)
和尚--では、ご一緒しましょうか。(と言いながら、カメの歩く方向へ横へにじっていく。)
(しばらく行くと、カメは草叢へ入っていく。良寛は見送る。)
和尚--ああ、カメさんいってらっしゃい。どうかおいしい食事にありつけますように…。(と合掌する。)
(目を開いた時、草叢の中に何かを見つける。)
和尚--はて、あれは何か? 人の着物のようだが……。(と言いながら、草叢へ足を踏み入れる。)
和尚--おお、人が倒れておる。もしもし、大丈夫ですか? どこか具合が悪…(と言って黙る。)
(良寛が草叢から跳び出してくる。)
和尚--おお、何ということだ。死んでから相当日がたっておる。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…(と言いながら、草叢に向き直って合掌する。やがて、その場に正座して経文を唱える。)
(経文を唱え終ると、草叢に向かって深々と一礼し、立ち上がる。)
和尚--何か知らぬが深い縁で、私はこの御人と会うことができた。それをカメが導いてくれた。そのカメに会うために、私はあの岩の上に座ったのだ。岩までたどりつく前には、トメ婆さんと玄爺さんと話し込んでいた。爺さんの家からこちらへ向ったのは、一羽のトビが空で円を描きながら、この方向を示してくれたからだ。爺さんの家に托鉢で訪れたのは、朝の祈りの中でこの老夫婦を思い出したから。つまり、御仏の導きだ。すべての縁が、渾然一体となって私を導いてくれる。これが人の生というものだ。ありがたい、ありがたい…。すべてのものが御仏の使いなり。悉皆成仏、悉皆成仏…。
(良寛は、一度腰かけていた岩のところへもどり、再び腰を下ろす。)
和尚--今年はあいにく飢饉が続いて、大勢の人たちが亡くなったが、この御人は貧しい服装ではないから、追剥ぎにでも襲われたのだろう。さぞ無念だったろう。しかし、たとえ短い命であっても、「この世に生まれる」という最初の縁があったことで、大勢の人々、数限りない物事との縁が次々と生まれ、それぞれの縁が御仏の導きを多くの形で示してくださっていたはずじゃ。この御人が、それに気がついてくれればよいのぉ。富は悟りの因にあらず。長命は悟りの因にあらず……悉皆成仏、悉皆成仏。(と再び合掌する。)
(その時、一陣の風が辺りを駆け抜けたかと思うと、草叢から骸骨が起き上がって、良寛の前で手を打ちながら踊り始める。)
骸骨--シッカイジョウブツ、シッカイジョウブツ……。(その声の主は、初めは一人であるが、しだいに数が増えてくる。)
和尚--おお、何とありがたいことか。御人は気づいてくださったぞ。
(良寛が周囲を見回すと、あちこちからも骸骨が立ち上がってきて、同じように手を打って踊り出す。)
骸骨たち--シッカイジョウブツ、シッカイジョウブツ……。
(良寛も、骸骨たちに合わせて踊り出す。)

 谷口 雅宣

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2008年5月 9日

電子本『ぱすわあど』を登録

 4月下旬に本欄で連載した童話「ぱすわあど」のスタンドアローン版を作ったので、ここに登録する。IBM互換パソコン専用なので、マックでは動作しない。本のページの上で左右のマウス・クリックをすると、ページをめくるというだけの簡単なものである。プログラム・ファイルをできるだけ小さくしたかったので、最小限の機能にした。使ったソフトは「Neobook」というアメリカ製のオーサリング・ソフトである。興味のある読者は、電子本を使ってみて感想を聞かせてください。(下のリンクでマウスを右クリックすればいい)

電子本『ぱすわあど』をダウンロード
 
 谷口 雅宣

追伸:『ぱすわあど』のβ版をVersion 1.0 にアップグレードし、本のページをめくる音をしこみました。ファイルのサイズはほとんど変わっていません。(5月10日記)

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2008年4月27日

ぱすわあど (7)

 ぼくのおばあちゃんは、ぱすわあどを思いだした。
 それは「ありがとう」ということばを、ばんごうにしたものだ。それはひみつのことばで、うまくつかえるとお金がもらえる。おかあさんは、「こどもは知らなくていいのよ」といったけど、ぼくは知りたい。おばあちゃんはアイスクリームをくれるといったけど、ぱすわあどもおしえてくれるかな、とぼくは思った。
 おばあちゃんは、ぼくをちかてつのえきのそばの、おみせにつれてってくれた。
 おばあちゃんは、めにゅうをぼくに見せて、
「なにがほしいの」ときいた。
 ぼくは、アイスクリームより大きくて、いちごとばななもはいってるフルーツパフェをゆびさした。おばあちゃんは、にこにこして「わかったよ」といってから、はなしだした。
 おばあちゃんは「ありがとう」をいうのをわすれてたから、ぱすわあどもわすれてしまった、といった。「ありがとう」はとてもかんたんなことばだけど、それを使うのをわすれる人がおおいんだって。なぜかというと、そんなかんたんなことばで、なにかがおこるとみんな思わないからだって。それから、じぶんがえらいとか、正しいとか思ってると、「ありがとう」をわすれてしまうんだって。そんなときは、ちがうことばをつかってなにかをしようと思うけど、いろいろむずかしくなるんだって。
 でも、これはみんなおとなのせかいのことで、ぼくみたいな子どもは、えらいとか正しいとか思わないから、「ありがとう」がすぐいえる。すると、いいことがかんたんにおこるんだって。
 ぼくは、おばあちゃんのいうことが半分ぐらいしかわからなかった。でも、さいごのところはよくわかった。ぼくがおばあちゃんに「ありがとう」っていったら、お金は出てこなかったけど、お金よりおいしいフルーツパフェが出てくるんだ。いまぼくは、じぶんが「えらい」とか「正しい」とか思ってない。だから、もしかしたら、ほんとのぱすわあどは、「ありがとう」のばんごうじゃなくて、「ありがとう」のことばなのかもしれない。
 そのとき、アイスクリームみたいなまん丸のかおのおねえさんがきて、たべきれないぐらい大きいフルーツパフェを、ぼくのまえにおいた。ぼくは大きなこえで、
「ありがとう!」といった。
 おばあちゃんは、大にこにこだし、いちごとばななもはいっている。
 すぷーんをにぎると、ぼくはばんごうのことをわすれてしまった。(完)
 
 谷口 雅宣

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2008年4月26日

ぱすわあど (6)

 ぼくのおばあちゃんは、ぱすわあどをわすれた。
 おばあちゃんとぼくは、それを見つけるために本やさんへ行った。そこで、おばあちゃんは、むかしつかったぱすわあどを6つもぼくにおしえてくれた。
 ぼくは、かみにかいてある6つのぱすわあどを、ことばにしようと思った。

「111 → いいひと」 がわかったから、「1164」と「1192」はすぐわかった。これは、「いいむし」と「いいくに」だ。それから、すこしかんがえて「3618」と「4649」がわかった。これは「さむいや」と「よろしく」だ。でも、「1371」と「0312」がむずかしくて、わからなかった。

 おばあちゃんによみかたをきくと、「いみない」と「おさいふ」だとおしえてくれた。でも、「いみない」はわかったけど、「0312」の「0」がどうして「お」なのか、わからなかった。それをおばあちゃんにきくと、おばあちゃんは、
「おー」といって、口をまるくした。そして、その口をゆびさして、
「ほら、口がまるくなるでしょう」といった。
 ぼくは「へえー」といった。ばんごうを口のかたちになおすなんて、かんがえたこともなかった。そんなことかんがえるおばあちゃんは、すごいと思った。だから、
「おばあちゃんはすごいね!」といった。すると、おばあちゃんは、
「1つのばんごうが、たくさんのことばをかくしているの。それが、ぱすわあどのおもしろいところね」といった。
 こんどはぼくも、おばあちゃんのいうことがわかった。
Mtimg080426_2 「0」のばんごうは、「れい」と「ぜろ」と「おー」をかくしている。それから思いだしたけど、りょう手をあたまの上にあげて「0」をつくるのも、ことばのかわりだ。これは、「おーけー」といういみだ。ぼくはうれしくなって、
「おばあちゃん、ぱすわあど、おもしろいね。ありがとう!」といった。
 すると、おばあちゃんのかおがかわった。すごくうれしそうになって、
「けんくん、それ、それ、思いだした。ありがとうだわ! ぱすわあどは、ありがとうなの。おしえてくれて、どうもありがとう!」といった。
 ぼくは、おばあちゃんがおしえてくれたのに、どうしてぼくが、おばあちゃんにおしえたことになるのか、わからなかった。それから、「ありがとう」はどんなばんごうになるのかな、と思った。おばあちゃんにきこうと思って、かおをみた。すると、おばあちゃんは、
「おばあちゃん、すごくうれしいから、おれいに、けんくんのほしいものあげる。アイスクリームたべにいこう!」といった。
 それをきいて、ぼくもうれしくなった。「ありがとう」のばんごうは、アイスクリームをたべながら、おばあちゃんにきこうと思った。
 
 谷口 雅宣

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2008年4月25日

ぱすわあど (5)

 ぼくのおばあちゃんは、ぱすわあどをわすれた。
 おばあちゃんとぼくは、それを見つけるために本やさんへ行った。おばあちゃんはそこで、ことばをばんごうに変えるやりかたをおしえてくれた。1を3つかいた「111」は「いいひと」になる。ことばをみじかくすると、ばんごうになるのが、おもしろい。
 
 ぼくは、おばあちゃんがくれた「111」のかみを見ていて、思いついた。このばんごうのつぎに4をかくと「1114」だ。「111」が「いいひと」なら、「1114」は「いいひとよ」になる。ぼくは、おばあちゃんにえんぴつをもらって、4をかいて、おばあちゃんに見せた。すると、おばあちゃんは、目をまるくして、
「これはなに」といった。
 ぼくが「いいひとよだよ」というと、おばあちゃんは大きなこえで、
「まあ~」といって、それから、
「けんくん、すごい」といって、ぼくのあたまをなでてくれた。
 ぼくはすごくうれしかったけど、おばあちゃんがわすれたぱすわあどがなにか、しりたかった。ぼくが、
「これが、おばあちゃんのぱすわあどなの」ときくと、おばあちゃんは、
「ちょっとちがうのよ」といって、それから、
「ばんごうが4つのところは同じだけど、そのばんごうじゃないの」といった。
 Mtimg080425 ぼくは、おばあちゃんのいうことがよくわからなかったから、だまっていた。するとおばあちゃんは、はんどばっくからもう1まいかみをだして、ぼくに見せた。そこには、ばんごうがいっぱいかいてあった。
 --「1371」「3618」「4649」「1164」「0312」「1192」。
 おばあちゃんは、ぼくのみみのそばでこういった。
「これはぜんぶ、ぱすわあどだったけど、もうつかわなくなったのよ。かんがえすぎて、おぼえるのがむずかしくなったの。でも、いまつかっているのは、すごくかんたんで、かみにかかなくてもおぼえられると思っていたの。ところが、それをわすれちゃったのよ」。
 ぼくは、おばあちゃんが、かんたんなぱすわあどをどうしてわすれるのか、ふしぎだった。

 谷口 雅宣

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2008年4月23日

ぱすわあど (4)

 ぼくのおばあちゃんは、ぱすわあどをわすれた。
 ぼくはそれを見つけてあげたい。ぱすわあどは、4つのばんごうだと、おばあちゃんはいった。ぼくは「ひらけごまあ」みたいなことばが、ぱすわあどかと思った。だから、ことばがいっぱいかいてある字の本を見ていた。でも、ぱすわあどが4つのばんごうなら、ばんごうの本を見つけようと思った。
 おばあちゃんに、
「ばんごうの本をさがそうよ」といった。でも、おばあちゃんは、
「そのほうがむずかしいわ」といった。
「どうして」とぼくがきくと、
「ばんごうをかいた本は、がっこうでならうさんすうの本だから」とおばあちゃんはいった。
 ぼくはまだ、がっこうへいってない。ようちえんのねんちょうだ。でも、おばあちゃんはがっこうをおわっている。だから、ばんごうの本がむずかしいのは、おかしいと思った。
 すると、おばあちゃんは、
「ことばは、ばんごうにかえられるの」といった。そして、小さいかみに「111」とかいて、ぼくにくれた。
「これはなに」とぼくがきくと、おばあちゃんは、
「それは、ことばをばんごうにかえたのよ」といった。
 ぼくは3つある1を見ても、ことばがわからなかった。するとおばあちゃんは、
「これは、いい人なの」といった。
Mtimg080423 「いちの“い”が2つと、ひとつの“ひと”をならべると、“い・い・ひと”でしょう」と、おばあちゃんはいった。
 ぼくは、あたまがこんがらがった。「1」が3つなら、「いち・いち・ひとつ」だと思う。でもおばあちゃんは、「いいひと」だという。
 ぼくはおばあちゃんに、
「どうして“ち”と“つ”はいわないの」ときいた。
 すると、おばあちゃんはこまったかおをして、
「どうしても……よ」といった。それから、
「ぜんぶよまなくても、ことばになればいいのね」といった。
 ぼくはよくわからなかったが、なんとなくわかったみたいだった。
 
 谷口 雅宣
 

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2008年4月22日

ぱすわあど (3)

 ぼくのおばあちゃんは、ぱすわあどをわすれた。
 だからきょうは、おばあちゃんといっしょに、ぱすわあどをさがしに行った。おばあちゃんは、おかあさんに、ぼくと本やさんへ行くといった。ぼくは、本やさんが大すきだ。えの本がたくあんあるからだ。でも、おかあさんは、えの本だけじゃなくて、字の本もかってきてと、おばあちゃんにいった。ぼくは、字の本にはことばがいっぱいかいてあるから、ぱすわあども見つかるかもしれないと思った。
 本やさんでは、ぼくとおばあちゃんは、こどもの本のところに行った。そこに行けば、ぱすわあどが見つかるかも、とおばあちゃんはいった。おばあちゃんがこどものとき、すきだったおはなしの中に、ぱすわあどがあるかもしれない、とおばあちゃんはいった。
「それは、どんなおはなしなの」とぼくがきくと、おばあちゃんは、
「それがわかれば、ぱすわあどもわかるけど、どんなはなしかわすれてしまった」といった。
Mtimg080422  ぼくには、おばあちゃんのいうことがよくわからなかった。
 こどもの本をうっているところで、ぼくは『アリババと40人のとうぞく』のはなしを見つけた。ぼくの知っているぱすわあどのはなしは、これだけだ。その本をおばあちゃんに見せたら、おばあちゃんは、
「ああこれは、ひらけごまぁ~のはなしだね」といった。
 ぼくはおばあちゃんに、
「ひらけごまぁ~は、ぱすわあどでしょ」ときいたら、おばあちゃんは、
「そうかも知れないけど、おばあちゃんがさがしてるのは、4つのばんごうなんだよ」といった。
 ぼくは、4つのばんごうって何かかんがえてみた。
 ばんごうには、いろいろある。ぼくのろっかあのばんごうは13だ。ともだちのゆうのばんごうは8。こうたのばんごうは20。よしおのは11だ。4人のばんごうをぜんぶならべると、
「1382011」になる。
 おばあちゃんのぱすわあども、こんなのかもしれない。

 谷口 雅宣

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2008年4月21日

ぱすわあど (2)

 ぼくのおばあちゃんは、ぱすわあどをわすれた。
 でも、そのことはひみつだと、ぼくにいった。ひみつというのは、だれにもいわないことだ。ぼくは、ごあいさつをわすれると、おとうさんにあたまを押されるけど、ぱすわあどをわすれたおばあちゃんは、だれにあたまを押されるのかなあ。おばあちゃんは、かみの毛をさわられるのがきらいだから、ぱすわあどをわすれたことを、ひみつにするのだ。
 ぼくは、おばあちゃんにきいてみた。ぱすわあどはいつするのって。おばあちゃんは、おMtimg080421 金がほしいときにするといった。ぼくは、これは大きいひみつだと思った。ごあいさつよりすごいと思った。ごあいさつができると、おかあさんはぼくのあたまをなでてくれるし、おとうさんはかたぐるましてくれる。ぱすわあどができると、お金がもらえるのだ。
 ぼくは、ぱすわあどのしかたを知りたい。でも、おばあちゃんは、それをわすれてしまったといって、こまったかおをした。
 ぼくは、おかあさんにきいてみた。ぱすわあどはどうするのって。すると、おかあさんは少しこわいかおになって、
「こどもは知らなくていいのよ」といった。
 それからこんどは、やさしいかおになって、
「けんくん、ぱすわあどはことばのいっしゅだから、たくさんことばをおぼえたら、きっと使えるようになるよ」といった。
 ぼくは、なぁんだと思った。ぱすわあどはごあいさつとはちがって、ひみつのことばなんだ。きっと長くてむずかしいことばだ。それをおぼえたら、お金がもらえる。ぼくは、ありばばのものがたりを思いだした。「ひらけごまぁ~」というと、岩がひらくはなしだ。あれは、かんたんなことばだ。ぼくにもすぐおぼえられる。でも、おかあさんは、たくさんのことばをおぼえないと、ぱすわあどは使えないといった。ぼくは、ぱすわあどはどんなにむずかしいのか、しんぱいになった。
 

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2008年4月20日

ぱすわあど (1)

 ぼくのおばあちゃんは、ぱすわあどをわすれた。
 おばあちゃんが、そういうのをきいて、ぼくはたいへんだと思った。でも、ぱすわあどが何か、ぼくは知らない。でも、きっとたいせつなものだ。
 ぼくもときどき、ごあいさつをわすれる。すると、おかあさんは、
「けんくん、ごあいさつは?」といって、ぼくを見る。Mtimg080420_2
 ぼくは、おかあさんとはなしをする人に、
「こんにちわ」といって、下を向く。
 すると、その人も、
「こんにちわ」といって、ぼくを見てわらう。
 これが、ごあいさつだ。
 おとうさんといっしょにいるときは、おとうさんはぼくのあたまを押して、
「ごあいさつだ」という。
 だから、ぼくは2回下を向く。
 おとうさんは力があるから、いたいときもある。そんなとき、ぼくは、
「いてえ」といってから、「こんちにわ」をいう。
 だから、ぼくは、おとうさんとおかあさんといっしょにいるとき、知らない人がくると、こっそりおかあさんのところへ行く。ごあいさつをいつするか、むずかしいからだ。まちがえて、おとうさんにあたまを押されるのは、いやだ。
 でも、ごあいさつをわすれないと、いいことがある。
 おかあさんといるときは、あたまをなでてくれる。おとうさんといるときは、もっといいことがある。がむをくれたり、かたぐるましてくれる。だから、ごあいさつはたいせつなものだ。きっと、おばあちゃんのぱすわあども、そんなものだ。
 

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2007年5月 8日

電脳紙芝居『青くんと緑くん』

M_aokuntpage  本欄の読者の皆さんの要望に応え、先日の生長の家の組織の全国大会で私が演じた電脳紙芝居が、生長の家のサイトで公開された。この紙芝居は、4月12日の本欄に書いた「デジタルからアナログへ」という文章に対して、白鳩会員の酒井幸江さんがつけたコメントから生れたものである。当初は、そこに書いた絵具の喩え話を「絵本にしてほしい」という要望だったが、私の方で「全国大会に間に合うかもしれない」と思い、パソコン上で画像を操作する方式を目指して急遽制作、5月1日の白鳩大会と同3日の青年大会での発表にこぎつけた。今回、ネット上に公開することで、これらの大会に参加できなかった多くの人々の目や耳に触れることになるため、制作側としては緊張している。
 
 理由は、映像や音声の質が必ずしも満足いくレベルに達していないからだ。“やっつけ仕事”と言えば大会参加者には失礼だろうが、とにかく時間に追われて作ったものだから、質は試作品の域を出ない。しかし、デジタルとアナログのそれぞれの考え方を目に見える形に表現してあるため、ブログのような文章主体の媒体では伝えきれないメッセージが、それなりに伝わるのではないかと期待している。音声は、会場での録音を数カ所編集しただけのものだから、不自然な部分もある。何しろほとんどぶっつけ本番でやったので、声色の使い分けなどうまくいっていない点は、ご容赦いただきたい。編集をしてくださった本部の出版・広報部の方々に、この場を借りて感謝します。

 この紙芝居を作るのに使ったソフトは、Neosoft というアメリカの会社が出している Neobook で、私が生長の家講習会で普段から使っているものだ。プレゼンテーション用の ソフトではマイクロソフト社のパワーポイントが有名だが、私はそれが出る前から Neobook を使っているので、このメジャーなソフトを使いそびれてしまっている。パワーポイントは、小回りがきかない大柄なソフトだと思っていたが、アル・ゴア氏の映画『不都合な真実』を見て、その多機能ぶりに感嘆した。覚える機会があったら、パワーポイントもぜひマスターしたいとも思うが、使い慣れている Neobook から“転向”する労力を考えると、それがいつになるかは自信がない。
 
 なお、生長の家本部では、この試作品の公開を機に、私以外の人たちの作品も掲載する「電脳紙芝居」のセクションをサイト上に新設した。この方面で光明化運動に貢献したい方は、どんどん挑戦していただきたい。
 
 谷口 雅宣

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2007年5月 4日

生長の家の全国大会を終えて

 本欄を約1週間休載したが、前回も少し触れた生長の家の運動組織の全国大会があったからだ。その準備のために結構、多忙だった。これらの全国大会は、生長の家が毎年行う主要な行事の1つで、4月開始の年度当初に行われることから、運動の方向性を定めるという意味で重要な意味をもつ。生長の家では、今後10年間で生長の家の運動の中で排出される二酸化炭素の量を実質ゼロにすることを目指した“炭素ゼロ”運動をスタートさせ、今年はその初年度に当たる。だから、全国大会でも“炭素ゼロ”の考え方が鮮明に打ち出されるかと思ったが、実際はそうでもなかった。
 
 私も、講話の中では地球環境問題を直接取り上げなかった。それよりも、世代間倫理の重要性を強調し、その倫理の背後にある宗教的なものの考え方の“復権”を訴える内容だった。もっと具体的に言えば、私の講話は4月7日から17日の本欄に書いた内容を詳しく説明したものだ。地球環境の現状については、私が説明しなくても、最近ではマスメディアが詳しく伝えてくれるようになっているし、アメリカの元副大統領、アル・ゴア氏の映画『不都合な真実』以降、一般の関心もとみに高まっているように思うから、私は今回は別の角度から話をさせていただいた。もちろん、環境倫理は世代間倫理と密接に関係している。だから、世代間倫理が重視されなくなってきた現代の問題が何であるかを考えることは、環境倫理を広めるために重要なことである。(環境倫理と世代間倫理の関係については、拙著『今こそ自然から学ぼう』pp.206-215 など参照)
 
 まわりくどい表現になったが、端的にポイントを言えば、現代は物事を「個」のレベルに細分化して考える還元主義(reductionism)と、何ごとも物質を基本として考える唯物論が常識化しているため、個と個との関係性や全体性、物質的存在の背後にある法則や原理を見失う傾向にあり、そのことが社会や地球環境に損害を与える大きな原因になっていると思う。私はこれを、「デジタルな考え方が“過剰”である」と表現し、宗教が伝統的に推進してきた“アナログ的な考え方”が、その過剰をバランスさせるためには必要であると指摘した。抽象的で哲学的な講話になってしまったかもしれないが、“科学技術万能”と言われる時代でも、宗教運動に重大な意義があることを訴えたかった。
 
 こんな硬い議論を柔らかくするために使った“電脳紙芝居”なるものが、Web版「日時計日記」などを読むと案外好評だったのが嬉しい。実は、この紙芝居が生れたのは、本欄の読者からフィードバックをいただいたおかげである。4月12日の本欄で、私はアナログ的なものの見方の例として、「黄色い絵具(魂)に青い絵具(物質)を徐々に混ぜていくとやがて緑色(肉体)になるように、どこまでが黄色でどこからが緑であるかは問題にしない。それよりも重要なのは、両方の色には共通部分が存在し、それが継続していると見るのだ」と書いた。これに対して、酒井幸江さんが「今回の絵の具のお話も絵本にしていただけたらなあと思いました」というコメントをくださった。私は「絵本」などという大それたものを作ったことはないが、「紙芝居」ぐらいだったらできるかもしれないと思い、私の言う「デジタル」と「アナログ」の違いが分かるようなストーリーを考えたのである。

 その結果が、『青くんと緑くん』という電脳紙芝居になった。何しろ、時間に追われて大急ぎで作成したものだから、絵はとても稚拙で、キャラクターの動きも不自然である。反面、会話の中には複雑な言い回しも結構ある。だから、はたして内容を理解していただけるかどうか自信がなかった。しかし、その荒削りの稚拙さを面白いと思ってくださった人もいて、会場に笑声がひろがったのは有り難かった。読者の皆さんの希望が多ければ、ネット上での公開も検討してみたいと思う。谷口雅春先生や谷口清超先生の著作には童話もあるから、絵本の形式を使って生長の家の考えが表現されるのもいいかもしれない。

谷口 雅宣

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2006年12月31日

2006年を振り返って (2)

 地球規模の問題についてでなく、生長の家の運動や私的な方面で今年を振り返ろう。
 
 今年は、1月のブラジルでの「世界平和のための生長の家国際教修会」が最初の“山場”だった。その準備で正月から忙しく、時間ぎりぎりで何とか勤めを果たせたようだ。今回、新しい経験として、ブラジル国内の20のテレビ局で放映される番組の録画をした。日本語での収録だったから緊張は少ないと思っていたが、どうしてどうしてカメラが回っていると思うと言葉も体も固くなるものである。また、9カ国から集まった生長の家の幹部の人々と懇談会をもった際、10人の同時通訳者を動員してのやりとりは、なかなか刺激的で壮観だった。
 
 教修会では「肉食」の抱える様々な問題について検討した。これを、肉食を主体とした食事を伝統とするブラジルやアメリカの人々の前でやったのである。当初は、参加者から反発されたり、「文化の違い」で一蹴されてしまうことを危惧していたが、大半の人々の反応は肯定的だったことはありがたかった。7月4~5日には日本で、これと同じテーマで教修会を行い、世界の宗教がもつ「食物規定」の検討を通して、これまた有意義な研鑽が行われた。この中で重要な点を1つ挙げれば、それらの食物規定は、宗教の教えの“神髄”とか“本質”に当たる中心部分ではなく、時代や環境の変化に応じて定められた周縁部分に当り、したがって「変遷する」ことが明らかになったことだ。

 生長の家は、このような宗教的理由のみならず、環境保全や資源の有効利用のためからも「肉食を減らす」運動を進めているが、この種の具体的な実践の新たな取り組みとして、「生分解性プラスチックの利用」が今年から本格化した。人が多く集まる生長の家講習会等では、食器や弁当箱に何を使うかで二酸化炭素の排出量に結構な違いが出る。このため、7月9日の青森市での講習会を皮切りに、この種の“エコ食器”の利用が進められていることは特筆に値する。これはまた、参加者の環境意識を高めるだけでなく、まだ揺籃期にあるエコ関連産業を育てることにもつながるだろう。そして、従来から全国で進めているISO-14001の活動と、教団施設や信徒宅等への太陽光発電の設置、ハイブリッド車の導入も着々と進んでいる。

 少し私的なことに触れよう。今年、私の単行本は3点が出版された。本欄をまとめた『小閑雑感 Part 5』と同『Part 6』のほかに、かつて月刊『光の泉』誌に連載していた長編小説『秘境』が1冊の本として11月に上梓されたことは、私にとって特にうれしい出来事だった。私は学生時代、同人誌に属して小説家になりたいと思っていた時期もあったから、そんな淡い希望が形の上では実現したことになる。もっとも、私は2003年にすでに短篇小説集『神を演じる人々』を出している。しかし、長編が本になることの手ごたえは、やはり違う。そんな思い入れもあって、本のカバー用に自分で絵を描いてしまった。こんなことも初めてだ。

 最後に、今年は生長の家が発祥当時から推奨し、推進してきた「日時計主義」実践のための道具立てが整った年である。まず、“よいニュース”のみを集めて発信するインターネット・サイト「日時計ニュース.com」が7月31日にスタートした。それから書籍版『日時計日記』(生長の家刊)が10月半ばに産声を上げた。この日記帳は好評で、12月27日の時点で3万1千部が頒布されている。さらに、Web版『日時計日記』が12月20日に始動した。これは、日時計日記をネット上に作って、全世界から書き込もうという野心的な試みである。これに、ノーミートの献立とレストランを紹介する「ノーミート・ブログ」(9月1日スタート)を加えると、生長の家のネット上の活動の場は飛躍的に増加したと言えるだろう。来年はこれらを大いに活用し、内容を充実させていくことだろう。

 今年1年、本欄を応援してくださった世界中の読者の皆さん、2007年が皆さんにとって輝かしい進歩と発展の年でありますように。来年もまたよろしくお願いいたします。
 
谷口 雅宣

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2006年11月30日

宙のネズミ (5)

 Tからのメールは、次のようなものだった。

 --田村先生には、これまで当社への数多くの御指導を賜り誠にありがたく、何と言ってお礼を申し上げていいかわかりません。ここ1カ月ほどの研究で、毛母細胞に関する貴重なデータを蓄積することができ、マウスを使わない発毛と頭皮育成が可能となる一歩手前まで来たとの感触をもっていました。ところが2日前、当社の研究棟に落雷があり、一時停電したことが原因で、田村先生の検体を移植したマウスに異常が起き、昨夜半までに死亡しました。その間、田村先生のK大の研究室には何度かお電話したのですが、お留守でした。在室の方に伝言をお願いすることも考えましたが、当方の身分を明かすことで先生にご迷惑がかかると思い、差し控えました。
 先生と当社との合意では、当社の過失の有無にかかわらず、実験動物が死んだ場合には、それを先生にお返しすることになっております。つきましては、火急速やかに当社の営業担当に連絡いただきますよう、お願い申し上げます。
 
 田村は急いでメールを閉じると、パソコンをシャットダウンさせながら、今後の自分の行動について目まぐるしく思いを巡らせていた。チュー子が移転先で死ぬ可能性について、彼は考えなかったわけではない。しかし、一部上場の企業の無菌室に入るのだから、自分の研究室の片隅に隠されているよりも、チュー子の衛生環境は良好であるはずだった。だから、マウスの通常の寿命である3年とは言わないまでも、1年半ぐらいは生きて、自分の髪を育て、かつ有用な実験データを提供してくれると思っていた。それが、わずか3ヵ月ほどで死んでしまうなど……。

 田村の頭には「損害賠償」の4文字が浮かんだ。しかし、訴訟することで自分が学内の倫理規定に違反したことが公になることを思い出し、唇を噛んだ。絶対的価値である真理発見のためには、相対的価値である倫理を犠牲にすることはやむを得ないという、自分の論理を法廷で認めさせることができるならば、それも1つの選択だろう。しかし田村には、この論理を裁判官の前で展開することに、何か気が引けるのだった。自分に言い聞かせて納得している論理なのに、裁判の中で維持できるかどうか自信がないのだった。

 2日後の午後、田村はT製薬の営業担当と渋谷で合った。チュー子を渡した時の若者向けのカフェだった。営業担当者は、しじゅう平身低頭の姿勢を崩さずに謝るばかりで、田村はその男がチュー子の死に直接関係がないことを知っているだけに、そんな彼を責める気持が起こらなかった。それより、今後のT製薬との付き合いも考えて、「今回の失敗の埋め合わせをしてくださいよ」などと揶揄する自分を発見して、逆に驚いていた。
「それはもう、精一杯のことは……」
 と、担当者は這いつくばるような恰好で頭を下げた。
 そして、
「お荷物になりますが……」と言いながら、田村の前に包みを1つ差し出し、「実験動物と、先生の使われた運搬用のケースです」と言った。茶色の包装紙に覆われている包みの、中は見えない。
 田村は、
「そうですか」と言って、無造作にそれを受け取った。

 帰宅後も、田村はその包みを開ける気になれなかった。彼にとって、実験動物の死骸を見ることは、自分の犯した罪の証拠を突きつけられるようで、心苦しいのだった。だから大学では、死骸の処理は助手にやらせる。しかし、チュー子に限ってはそれができないので、車の冷蔵装置の中に入れておいた。その気になった時に、土中に葬ってやるつもりだった。
 
 翌日、昼休みに銀行へ寄った田村は、自分の口座にT製薬からの入金があるのを確認した。「12」のあとに「0」が6つ並んでいる。「まさか」と思いながら何度も確認したが、やはりゼロの数は6つだった。毎月100万円の入金があったが、今回は1桁多いのである。担当者の言った「精一杯のことは……」という言葉が田村の頭をかすめた。
--そんなつもりじゃなかったのに……。
 と、彼は不本意の思いを募らせたが、その一方で、科学者としての論理的思考がもどってきた。企業が大金を払うということは、それなりの成果があったからである。また、事後に訴訟されないためかもしれない。万一訴訟されたとしても、成果に見合う対価を支払っているのといないのでは、企業イメージに大きな違いが出てくるだろう。ということは、あの実験は彼らにとって失敗ではなかったのだ。そうだ、チュー子の現状をきちんと確認しておかなければならない--田村はそう考え、家路を急いだ。

 冷蔵装置の中の包みからは、茶色の包装紙をむくと2つ折りにしたメモ用紙が出てきた。中には、走り書きでこうあった。
 
「実験動物は、当社開発の培養液に浸かっています。死後も髪の毛は伸び続けているようなので、そのままの形でお返しします」

 田村は、恐るおそるプラスチック・ケースを目の高さに差し上げて、中を見つめた。暗くてよく見えないので、西日の当る玄関先へ持っていった。それでも中は黒々としている。思い切って中を開けてみた。すると、ケースの蓋を押し上げるようにして、髪の毛の束が盛り上がった。田村はそれを指先でつまみ、上へゆっくりと引き上げる。すると、液体を滴らせながら、拳大ほどの黒い髪の毛の塊が現れた。田村は思わず、その黒い塊を玄関先の石の上に置き、後ずさりした。

 これがチュー子の変わりはてた姿なのだった。人間の頭皮を移植され、懸命に毛を伸ばし続け、マウスとしての姿形が見えなくなっている。チュー子の栄養を吸い取りながら成長しているのは、ほかならぬこの自分の髪の毛なのだ。T製薬の培養液が、それを可能にしているに違いない。これで自分は、黒い毛が豊かに生えた頭に変貌することができるだろう。
 
 田村は立ち上がって、ビルの並ぶ凸凹の地平線に今まさに沈もうとしている太陽を見つめた。
「オレは悪魔だ。オレは悪魔だ!」という声が、心中から湧き上ってくるのを抑えることができなかった。
(了)

谷口 雅宣

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2006年11月14日

宙のネズミ (4)

 チュー子のT製薬への引き渡しは、あっけなく終った。渋谷の裏通りにある若者向けのカフェで、田村は大学に出入りしている担当者と会い、その男と一緒だった50代の男と名刺を交換した。新薬開発部の「部長」という肩書きがついていた。その部長が、チュー子の入ったプラスチックケースをうやうやしく推し戴いて、担当者とともに夜の渋谷の雑踏の中へ消えていった。
 
 その翌日に、部長の名前で田村の銀行口座に500万円が振り込まれた。それは頭金で、その後の研究の進展にともなって「顧問料」が支払われる合意ができていた。T製薬への情報提供はすべて電子メールで行われ、電話や郵便は使わないことになっていた。メールの相手は新薬開発部の「T」という仮名の研究者だ。だから田村は、相手がどんな人物でどこにいるのか、皆目見当がつかなかった。
 
 チュー子を引き渡してから1カ月間は、Tからの問い合わせのメールが頻繁に来た。その内容から、田村はチュー子の様子と研究の進行具合が推測できた。写真も同時に送られてきたので、チュー子の腹に移植された“黒い帯”が胴全体にだんだんと広がっていく様子もよくわかった。T製薬は、チュー子から採った田村の頭皮をシャーレの中で培養し、増殖した分をチュー子の皮膚と入れ替えることで、白いマウスを黒いマウスへと作り変えつつあった。田村がTに指示した計画では、チュー子の全身が黒い毛で覆われた後に、その皮をはいで田村の頭に移植することになっていた。これによって、拒絶反応もなく黒々とした頭髪が再現できるはずだった。

 田村は、最終的にはマウスを使わずに、培養器の中だけで頭皮と頭髪を増やすことを目指していた。そうしないと、高価な実験動物の値段と、その世話に必要な人件費や無菌室の維持管理費など様々なコストが発生し、男性型脱毛症の治療としては一般人の手が届かないものになってしまうからだ。もう1つの問題は、「動物に移植した頭皮を人間にもどす」という方法が、一般の人から治療法として受け入れられるかという問題だった。すでに海外では、ブタの心臓や胃を患者に移植するという異種間移植は行われていたが、日本では評判がよくなく、実施例は少なかった。自分の体内に動物の臓器を入れるということを、感覚的に拒否する人が日本には多いのかもしれない。それなら、動物の体内で培養した皮膚に対しても、それがたとえ自分の皮膚であっても抵抗を感じる人が多い可能性があった。しかし現段階では、頭皮の増殖はマウスを使わずにうまくできる。が、そこからなかなか髪が伸びてこないのである。そして、チュー子の体に田村の頭皮を移植すると、不思議にも髪は伸びてくるのだった。

 この現象は、さほど驚くべきことではない、と田村は考えていた。それは、マウスの体内の化学物質の中に毛包を刺激して、髪を伸ばす働きをもつ成分があるからで、これが何であるかを探り当てれば、今回の研究目的はほぼ達成するはずだった。あとはその成分を人工的に合成し、培養器内でシート状に増殖させた頭皮の上に適量を垂らす。すると、髪の毛は一斉に伸び始めるに違いない。もしかしたら、この成分こそ“究極の毛生え薬”かもしれない。そうとなれば、もうチュー子を実験で痛めつけることも、自分の頭皮を剥ぎ取ることも、金輪際不要になるのだ--田村は、自分が記者発表の席上、被っていた帽子を脱いで黒々とした頭を見せ、それを昔の自分の写真と比較する様子を想像して、笑いを隠すことができなかった。
 
 そんなこんなで8月はたちまち過ぎ、9月も半ばに入った。K大のキャンパスには学生たちがもどって来ていた。そんなある日、田村はTから届いた電子メールを読んで衝撃を受けた。(つづく)

谷口 雅宣

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2006年11月11日

『秘境』について

 かつて『光の泉』誌に連載していた「秘境」という小説が、このたび単行本になって日本教文社から発売された。奥付の日付は11月20だが、すでに配本ずみで読者は入手できるはずだ。290ページある本だから、もっと分厚くなると予想していたが、できたものを手に取ってみると案外薄い。長編の大作を書く作家で、400ページもある本の上下2巻組などを出す人がよくいるが、私にはそんなものを書く余裕もエネルギーもないだろう。今回初めて長編小説を書いてみて、そのことがよく分かった。また、小説の登場人物が“勝手に動く”という体験を、長編を書いて味わった。これは短篇にはない恐ろしさだが、反面、スリリングな面白さもある。恐ろしいのは、登場人物が当初の予定外の言動をして物語を破綻させる危険があること。面白いのは、そういう予想できない言動の中にこそ、真実が隠れているということだ。

 この小説のプロットを思いついたのは、ジョディー・フォスター主演の『Nell』(1994年)という映画のビデオ版を見ていた時だ。この映画は、アメリカ南部の山奥で独りで住んでいた老女が死んだというので、その家へ行った医師が、そこに娘が1人いることを発見するところから始まる。医師が驚いたのは、この娘が現代文明にまったく触れたことがなく、奇矯な行動をすることだった。そこで医師と大学の研究者が協力して、この娘を現代へ引きもどそうとする--そんな話だ。自然の中で不便だが自由に生きる人と、文明社会の中で、便利だが約束事に縛られて生きる人間とが、鮮やかな対照をなしていた。また、この映画は実話にもとづいているとも聞いた。その舞台を、現代日本へ移すとどうなるか? でき上がった小説は、『Nell』とはずいぶん違う雰囲気になったと思う。また、映画とは異なり、自然と人間との関係を正面から扱うことになった。

 小説の主舞台は、山形県の鶴岡市近辺である。一度も行ったことのない土地を舞台に選んだ私は、無謀だったかもしれない。取材のために2~3度現地を訪れ、この土地の生んだ作家、藤沢周平を読むことになった。冬に訪れたときは、自分の想像以上に厳しい土地であることを思い知った。雪が深くて、とても“現場”へ行ける状況ではない。そこでやむを得ず、写真を何枚も撮った。その中の1枚をもとにして、本のカバーになった絵を描いた。この絵は、今年の「聖光展」(生長の家芸術家連盟美術展)にも出したから、ご覧いただいた読者もいるだろう。雪に輝く月山を遠望した絵だ。小説の主要な物語は、夏の数カ月間で終ってしまうが、この土地の人々は厳しい冬も過ごさねばならないということを言外に示したかった。

 小説を書く上で難しかったことの1つは、方言をどうするかということだった。私はまったく庄内弁ができないから、庄内出身の知人に1から10まで添削をお願いして、会話部分を作った。その点では、この貴重な助っ人がいなければ、秘境の少女は小説の中で命を得なかったといえる。主人公は30代の新聞記者だが、この男とライバル社の記者との取材合戦の中に、自然に対する2つの考え方を対照させようとした。現代の日本人は、この2つの相矛盾する考え方の双方を心中にもっているはずだ。そして、時と場合によって、自分の都合のいいように2つを使い分けている。それらの調和的な共存が、地球温暖化時代の人間の生き方を示してくれる……などと期待している。が、実際の作品ではそうはうまくいかず、主人公はある重大な決断をしなければならなくなった。
 
『光の泉』誌での連載では、主人公がこの決断をしたところで物語は終っていた。しかし、このエンディングがあまりに唐突なのと、余韻と将来への期待がほしいという理由で、最後の1章を書き加えた。狙い通りになっているかどうか分からないが、ここには、新聞記者をやめてから、今はブロッガーをやっている私自身への励ましの気持も込められている。

 本書について、読者からのフィードバックをいただければ有難い。本欄にコメントをつけても、「本もよろしく」欄へのコメントでも、また私へのメールでも歓迎します。

谷口 雅宣

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2006年11月 1日

宙のネズミ (3)

 K大では、実験動物を研究室の外へ持ち出す場合は、届出が義務づけられていた。ましてや大学の外部へ移動させるとなると、特別の許可が必要だった。にもかかわらず、この夜の田村の行動である。彼は、大学関係者に知られないように、わざわざ夏休みの夜を選んだのだ。
 
 この日が来るまで、彼は何度も迷った。T製薬の誘いに乗らず、学内の規則どおりに実験を続ける選択肢はあったが、その場合、チュー子の生存は諦めねばならなかった。チュー子を使った幹細胞の研究は、田村にとって言わば“裏の仕事”だった。本業に対する趣味と言ってもいいかもしれない。ただし、少し後ろめたい趣味だった。問題は、本業の研究が重要な段階にさしかかっていて、手が抜けなくなっていることだった。“表の仕事”である癌の研究が多忙になってくれば当然、“裏”は後回しになる。

 しかし、動物を使う研究は目が離せないのだ。誰かがそばにいて動物に餌を与え、飲み水を取り替えたり、温度や湿度調節もしなければならない。大体の実験環境はコンピューターで制御されてはいたが、「餌やり」や「観察」までは機械にできない。通常、そういう仕事は大学院の学生にさせるのだが、“裏の仕事”を他人には任せられなかった。大体、腹にだけ黒い毛が生えているマウスは、目立ちすぎる。好奇心にあふれた学生は何の研究か質問するだろうし、きっと「腹の毛だけをどうやって黒くするか?」などと細かいことも訊かれる。相手が大学院生ともなれば、いい加減な答えではすまされないだろう。

 実験動物は、栽培種の植物のようなもので、人間が世話をしなければすぐ弱ってしまう。特にこのマウスは、自然の抵抗力である免疫系の機能が取り除かれている。田村が目を離せば、チュー子が衰弱して死んでいくのは時間の問題と思われた。チュー子を手放すことはつらかった。それは、超免疫不全マウスという希少価値のある実験動物であるというだけでなく、自分の研究成果の一部を体現した一種の“作品”であり、さらに言えば、自分の肉体の小さな“延長”でもあったからだ。
 
 田村にとって、学内の倫理規定や研究上のルールは尊重すべきものであっても、絶対的な規範ではなかった。それは、違反しても法律で罰せられないという意味だけではない。倫理や道徳は結局、相対的な判断基準で、人や環境や時代によって変わっていく。これに対して、学問が解き明かそうとしている真理は、時代や環境や個人の判断を超えて常に正しい。いや、正しくなければならなかった。それは言わば、絶対的な正当性をもっているのだ。だから、絶対的正当性を得るために相対的正当性である倫理や道徳に従わねばならないとするのは、本当は不合理なのである。しかし、人間社会は、価値観の異なる個人の集合体だから、法律以外にも各種のルールを設けて各人の行動を規制しないと、無秩序となり大混乱する。そんな混乱を未然に防ぐという便宜上の要請から作られたのが倫理や道徳である。それらは、社会の混乱防止のためには守らなければならないが、混乱しない程度の不倫理や不道徳は、真理発見のためには容認されるべきなのだった。
 
 そういう考え方からすれば、チュー子を学外へ持ち出し、製薬会社に引き渡したうえで自分の研究を実質的に継続させることは、真理発見のためには許容されるべきだろう--と田村は考えた。つまり彼は、自分のノウハウと引き換えに、T製薬に自分の毛髪の培養を継続してもらうつもりだった。ただ問題なのは、学内の規定に違反していることだった。チュー子の外部持ち出しを大学に正式に要請しても、倫理委員会では承認されないことが十分予測された。しかし倫理とは相対的なものである。絶対的な真理を探究するてめには、知らなくてもいい人にその方法を知らせる必要はないのだ、と彼は考えた。
 
 田村は構内の駐車場へ着くと、チュー子の入ったプラスチック・ケースをトランク内の冷蔵装置の中に収め、T製薬社員との約束の場所へと向った。 (つづく)
 
谷口 雅宣

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2006年10月27日

宙のネズミ (2)

 田村宙は、K大医学部の若手の癌研究者としては、新分野である生命機能の研究に関する論文も多く、注目されていた。30歳で結婚して生活も安定し、仕事に打ち込める環境にあったが、1つだけ悩みがあった。現在33歳でありながら、髪の毛が薄いのである。普段は帽子を被ることで目立たないようにしていたが、夏場の帽子はやはり暑い。いっそのこと残りの頭髪も剃り落して坊主頭にする方が見栄えがいいかと何回も考えた。しかし、「眉が薄くて細い目のあなたには似合わない」と妻に言われると、髪を剃る決心ができないのだった。髪の毛の薄さはインテリジェンスとは関係ないと分かっていても、外貌は社会生活に重要である。形成外科の技術がこれだけ進んでいる現在、発毛や育毛の問題を医学が解決できないはずはない。田村はそういう信念のもとに、皮膚にある幹細胞の研究にも取り組んでいたのである。
 
 幹細胞とは、体の各部でそれぞれの役割をになう細胞になる前の“素の細胞”のことである。血液が作られるとき、骨髄中の造血幹細胞が分化して赤血球や白血球ができるように、体の表面を覆う皮膚ができるためには、その素となる幹細胞が表皮の奥から分化して、皮膚の細胞になって表面に押し出される。毛髪や体毛の場合も、これと同じ仕組みがある。それは「毛球」と呼ばれる髪の付け根部分にある幹細胞だ。専門的には「毛母細胞」と言う。新しい毛球は普通、3~4カ月の休止期間の後、2~6年間活動を続けて髪の毛を伸ばす。このあと退行期に入り、やがて脱毛する。髪が薄くなるのは、この毛球の成長期が数カ月から1年と短く、髪が十分成長しないうちに毛球の退縮が始まり、脱毛してしまうからだ。
 
 この脱毛部分にはDHT(ジヒドロテストステロン)という物質が高濃度に存在するため、これが髪の成長期を短くする原因物質と考えられていた。DHTは男性ホルモンのテストステロンから作られるから、男性ホルモンの多い人は髪が薄いと言われるのである。しかし、そういう人でも、頭皮には毛母細胞を含む毛球が残っていることがほとんどだ。だから、うぶ毛(毛包)は生えている。そのうぶ毛の毛球の活動を盛んにすることができれば、髪は再び成長する可能性が十分あるのだった。

 田村が持つ箱の中のマウスには、彼自身の数少ない髪が移植されて生えている。それは植毛のように1本ずつを植えるのではなく、頭皮の小片を毛根ごと剥いでマウスの腹部に移植したのだ。背中は目立つので避けた。同僚の医師が彼の頭皮を切り取り、それを洗浄して培養液の中に浸けるところまでをした。幹細胞の研究に毛包を使うことは珍しくないから、不審な点はなかった。その後、別の日に田村自身がマウスの腹への移植を行なった。こうして白いマウスは、腹にだけ黒い毛を帯状に生やすことになったのである。
 
 田村はこれに「チュー子」という名前をつけた。自分の名前を混ぜたのだ。マウスには文字通り自分の体の一部が混ぜてあるだけでなく、自分の願いを托しているからでもある。「チュー太」や「チュー吉」でないのは、雌のマウスだからだ。男性ホルモンの影響を受けにくい実験環境が必要だった。

 田村は、超免疫不全マウスであるチュー子の体を培養器として使うことで毛母細胞の増殖を行い、最終的には自分の頭髪の問題を解決できればと考えていた。そのことが、公私混同になるとは少しも思わなかった。なぜなら、日本では1260万人もが、この男性ホルモンによる男性型脱毛症(androgenetic alopecia)で、そのうち800万人は田村と同じようにそれを悩んでいて、うち600万人は何らかの治療法を試みたことがある、と言われているからである。マウスを使って確かな治療法が確立すれば、多くの人がこの忸怩(じくじ)たる悩みから解放されることは明らかだった。 (つづく)

谷口 雅宣
 

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2006年10月24日

宙のネズミ

 なまあたたかい夜だった。

 田村宙は、K大の研究室から白い上衣のポケットを押さえながら出てきた。上衣はボタンをかけていないから、一歩踏み出すたびに長い裾が風に揺れる。上衣の下はTシャツとジーンズというラフな恰好だったが、歩き方は爪先から前に出るような摺り足で、体の上下動を極力抑えている様子だった。

 大学構内には電燈は多く点いていなかったが、隣接する10階建ての白い建物から反射する街の光が、構内のアスファルトの道をぼんやりと浮かび上がらせていた。田村は、歩きながらゆっくりと体を回転させて、周りの様子を確かめると、自分の車のある駐車場へと向った。

「誰もいない……」という安心感が、彼の歩く速度を緩めていた。

 ポケットの中の右手で胴体に押しつけて保持していた箱を、田村はそろそろと引き出してみた。透明プラスチックに囲まれた狭い空間の中で、白い小動物は何ごともなかったように動きながら、鼻をひくひくさせている。彼は立ち止まり、箱を目の高さに差し上げてその動物を見つめた。

「おまえにはすまんけど、医学の発展のために一肌脱いでくれや」

 田村はそう呼びかけてから、箱をゆっくりと地面に置き、自分の白い上衣を脱いだ。エアコンのきいた研究室内は涼しかったが、8月の夜はやはり暑い。そう言えば、今晩も熱帯夜だとラジオが言っていた。2週間続けてでは、このか弱いマウスでなくても体が弱ってしまう、と田村は思った。この暑さの中に動物を長居させてはいけないのだった。彼は再び箱を手に取ると、冷蔵装置のある自分の車へと向った。

 田村の車にある冷蔵装置は、理工学部の友人に頼んで特別に作ってもらったもので、トランクに収納されている。通常の冷蔵庫と違って密閉されていないから、中に生き物を入れられる。生物学者の田村にとっては、なかなか重宝していた。とは言っても、釣った魚などを入れるのではない。実験用の動植物を収納して運ぶのだ。その場合、外気やトランク内にいる細菌と触れないように、換気口の構造とフィルターに工夫が凝らしてあった。

 今回のマウスの運搬に際しては、しかし特別な注意が必要だった。このマウスは「超免疫不全マウス」と言って、免疫機能が全く働かない。だから、大学でも無菌室で育てられ、直接外気には当らない。田村が手にしている透明プラスチックのケースも、二重構造になっていて、極細のフィルターを通して空気が中に入る。しかし、フィルターではすべての細菌を遮断できないから、早く無菌状態の場所に移す必要があった。

 人間のガン細胞の研究には、昔は「ヌードマウス」という毛のない、裸状態のマウスが使われた。このマウスは、免疫系の一部が働かないように遺伝子操作がされているから、人間の腫瘍を移植しても拒絶反応を起こさず、マウスの体内で腫瘍が増殖する。その腫瘍に対して抗癌剤を処方することで、人体に処方する場合の適性や適量が判断しやすくなるのだった。

 ヌードマウスの後に登場したのが、免疫機能をさらに阻害された「SCIDマウス」だった。これはT細胞とB細胞の双方が欠損しているので、人間の皮膚や頭髪を移植することができるだけでなく、人間の免疫系の一部であるリンパ球も移すことができた。田村が今手にしているマウスは、それよりさらに免疫不全が進み、NK細胞その他も機能しない「NOGマウス」という種類だった。ここまで来ると、マウスの体には腫瘍だけでなく、ほとんどすべての人間の細胞を移植して、分化や増殖をさせることができるのだ。

 例えば、人間の血液は骨髄内にある造血幹細胞が分化して、T細胞、B細胞、NK細胞、顆粒球、血小板などになるのだが、この超免疫不全マウスに人間の造血幹細胞を移植すると、マウスの体内ですべての血液の細胞が分化して、完全な人間の血液となるのである。それと同様に、人間の臓器や組織の移植も可能だ。つまり、外形はマウスであっても、内部が実質的に人間である動物が、少なくとも理論上は作成できるのである。

 そして今、田村が手にしているマウスは、彼自身の髪の毛にある幹細胞が移植されているのだった。 (つづく)

谷口 雅宣

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2006年3月14日

ボストン通りの店 (3)

 白木の扉から奥へ入ると、そこは細長いL字型のテーブルが高い位置に設置され、鮨屋のカウンターのような店になっていた。先客が3~4人いて、止まり木式の椅子の上で何かを箸でつついている。私は、その後ろの狭い通路を体を横にして通り抜け、椅子の一つに上った。
 襷がけをした女主人がもう目の前にいて、暖かいおしぼりをくれた。
「何にしましょうか?」
 私はおしぼりで手を拭きながら、周囲を見回した。一杯飲み屋といった雰囲気であるが、インテリアを白木と同じ色で統一してあって清潔感がある。その明るい色の店内の要所要所には、猫の絵や、写真、置物があった。
「櫃まぶし、あります?」
 私は、もう決めていた食事の名前をメニューも見ずに言った。
「それは、あります」と、女主人は自信ありげに言った。そして、
「お飲み物は?」と言いながら、白い厚手の和紙のメニューを目の前に滑らせた。
 それを手にして、私は驚いた。表紙の中央部に1匹の黒猫の模様が押してあるデザインはよかったが、中を開くと、猫にまつわる飲み物ばかりが写真入で並んでいた。マタタビ酒、ねこまた焼酎、猫ボトルのビール、猫ラベルのワイン、キーウィーのリキュール……。顔を上げると、女主人が目を光らせて笑った。
「うちは猫のお店なんです。お嫌いですか?」
「いや別に……」
 私は返事に困っていた。嫌いではないが特に好きでもない。道端で猫に遭えば、撫でる時もあれば追い払う時もある。猫は猫で、人間は人間だと思っている。
「インターネットで猫好きの仲間と騒いでいるうちに、お店を作ろうってことになりましてね……」
 と、女主人は笑う。
 私はそれで合点した。看板や広告など出さなくても、ネット仲間がたくさんいれば営業は成り立つのだ。しかし、私は猫のお酒など飲んだことがなかった。
「こういうの、飲んだことないんですが……」
 と私は言った。
「ビールもワインも、中身は普通のものですよ。ボトルの形やラベルのデザインだけが猫なんです」
 と女主人は言う。
「ワインで何か推薦してもらえませんか?」
 と、私はおずおずと訊いた。
 女主人はこっくり頷くと、冷蔵庫を開けて青い小瓶を1本取り出し、
「これ、いい猫でしょう?」
 と言いながら、それをコトンと私の前に置いた。
 500ミリリットル入りのワインの小瓶で、尻を突き上げた黒猫がラベルの中で踊っていた。
「これは有名なドイツ・ワインで、ツェラー・シュヴァルツェ・カッツ。“村の黒猫”っていう意味です」
 よどみないドイツ語の発音に、私は思わず女主人の顔を見た。とんがった顎が自慢気だ。

CatWine 「どうして猫がワインなんです?」
 そう言ってから、私は自分でも妙な日本語だと思った。しかし彼女は、質問の意味を了解したようだ。
「ヨーロッパでは、猫には魔力があると見なされていて、黒猫の座った樽のワインがいちばん美味しいんですって」
 女主人は顔を紅潮させている。私は、何か気まずくなってきた。
「じゃあ、それでいいです」
 会話を切り上げるために、私はそう言って女主人から目を逸らした。
 ここはマニアの店なのだった。私のような部外者が入り込んではいけないのかもしれない。が、注文してしまったからには、すぐには帰れない。腹をくくるしかなかった。私は、女主人が注いでくれたワイングラスを手に持って、鼻に近づけてみた。フルーティーなモーゼルワインの香りがした。口に含むと、甘口の当たり前のワインだ。猫の味などしない。女主人は店の奥にいったん消えてから、再び姿を現すと、私の前に小鉢を置いた。
「サルナシの胡麻和えです」
 私は「へぇー」と思った。サルナシはキウィーの原種で、日本の山にも生えているマタタビの近種だ。食べてみるとその甘酸っぱさが胡麻の香りとよく調和している。なんとなく猫になりそうな気分だ。
 女主人は、私がさほど猫に興味がないのを看て取ったのか、先客の前へ行って食器を拭きはじめた。
 私は、店内に飾られた猫の写真や置物をしげしげと見ていた。その中に、黒猫が絡みついたデザインの緑色の瓶がある。先客の一人は、それと同じものを手で弄んでいた。
 気がつくと、その隣の中年女性の膝の上には毛足の長い猫が載っている。
「あぁ、猫だなぁ……」
 と、私はため息をついた。
 猫は人に飼われたり、媚びたりするだけでなく、そのイメージだけで人間を陶然とさせている。猫はこの魔力で人間を惹きつけ、多くの生物種が絶滅する中でも子孫を着実に殖やしてきたのだ。
 そんなことを考えていると、目の前のワイン・ラベルに描かれた猫の顔が、女主人の顔と限りなく重なってくるのだった。
 
 谷口 雅宣

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2006年3月13日

ボストン通りの店 (2)

 ボストン通りの商店街は、電燈をともし始めていた。
 ここには歩道の上を覆う雨よけの屋根はないが、ところどころに鮮やかな色の庇を出した店がある。それは中国料理店だったりイタリア料理店だったりするのだが、焼き鳥屋や居酒屋、惣菜店、鮨屋、旅行社、不動産屋、コンビニ店などと並んでいても、浮き立って見えないところが不思議である。昔からそこにある店だからだろうか。
 私は、そういう店の前を通りながらも、目はあの無看板、無広告の店に向いていた。とりあえずそこへ行ってみて、そこが飲食店でなければ別の店に入ればいいのである。
 100メートルほど歩いて、その店の前に来た。白っぽい壁が目立つ一見民家風の家で、縦方向に細かい木の桟が入った玄関を中心に、シンメトリーの構造になっている。左右対称なのだ。玄関の左右の脇にそれぞれ1本ずつ鉢に入った大形の観葉植物が置いてある。そして、暖簾には本当に何の文字も書いてなく、下げられた位置が普通より高い。これだと、暖簾を気にせずに出入りできるはずだった。
 思い切って、引き戸を開けてみた。
「こんばんは……」
 と言いながら、店内に一歩踏み込む。やはりそこは普通の民家の玄関だと思った。靴脱ぎ用の石と、一段高くなった上がり框が見えたからだ。その先には屏風が立ててあった。
「失礼しました」
 と言って踵を返したとき、
「どうぞお上がりください」
 と、女性の声が言った。
 振り向くと、40代前半と思われる女性が着物姿で立っていた。目立たない化粧で、商売人とは思えない。
「あのぉ、食事できるところかと思ったんですが……」
 と、私は半分逃げ腰で言った。
「あぁ、できますが、種類は多くありませんよ」
 と、その女性は膝を畳につきながら言った。そして、「どうやってここを?」と訊いた。
 私は返答に困り、
「はぁ、何となく雰囲気がよかったんで……」
 と、口から出まかせを言って笑顔を作った。
「あら、そうですか」
 と言って、女主人らしきその女性は口元を緩ませた。
 私は意を決して、靴脱ぎの上に立った。するとその女性は、
「お店は、あちらからお願いします」
 と言って、玄関の脇の方を手で示した。
 そこには、人ひとりがやっと通れるような細長い白木の扉がついていた。普通の住宅の一部を改造して飲食店にしてあるようだった。
 
谷口 雅宣

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2006年3月12日

ボストン通りの店 (1)

 私はその日の夕方、金山駅前にあるホテルの4階の窓辺に立って薄暮が近づく街を眺めながら、夜の行動計画を練っていた。
 名古屋のこの界隈に来たのは初めてである。金山駅は、JR東海道本線、中央本線、名鉄名古屋本線、そして地下鉄名城線の4本が乗り入れる大きな駅だ。しかし、「名古屋の副都心」と言われるわりには、人通りが多くないように感じられた。多分、東京の新宿駅と比較してそう思うのだ。
 私が眺めている駅前通りには、飲食店の看板が多く見える。まだ6時前だったから、赤や緑や黄色の文字が並ぶそんな店には、人は多く入っていないようだった。二人連れの若者が多いのは土曜の午後だからだろう。が、そんな中に混じって、ジャンパーに野球帽や鳥打帽姿の中年男性が、何人もやや前のめりの姿勢で早足で駅に向う。ひと仕事終えた人が家路につく、という雰囲気である。
「何の仕事だろう」
 と思いながら、私はそんな人たちを目で追っていた。
 と、そのうちの一人が飲食店街の外れまで行ったところで、そこの店の中にスルリと消えた。
「そうか、もう食事時か……」
 と思って、私は時計を見た。5時48分である。夕食にはまだ早いが、早すぎるというほどでもない。私は自分の腹の空き具合を確かめた。せっかく名古屋へ来たのだから、東京でも食べられるようなものは選ぶまい、と思った。鳥の手羽先、きしめん、鰻の櫃まぶし……などの言葉が浮かんで来る。それと共に空腹感が腹の奥から持ち上がってきた。
 視線をふと別の方向に移すと、どの店からも離れた道路沿いに、標識のような横長の看板を見つけた。
「ボストン通り」
 と書いてある。妙な名前だ、と私は思った。
 駅周辺を歩いていたときに「大津通」「伏見通」「東桜通」などと書いた看板を見て、伝統を感じさせる風情のある名前だと思ったのだが、この名前は何だろう。東京の原宿には若者の気を惹くためか、「ラ・フォンテーヌ通り」とか「ブラームスの小径」などという名前をつけた路地がいくつかある。また、明治神宮の表参道に「シャンゼリゼ」と命名した時期もあったが、これは余りにみっともないので後に廃止された。名古屋の人も似たような病気に罹っているのだろうか。
 そんなことを考えながら、再び窓外を行く人の動きを目で追い始めた。と、あの中年男が消えた店から、男が一人出てくるのが見えた。今度は帽子をかぶっておらず、店の前に停めてあった自転車にまたがったから、別人に違いない。この店はいったい何の店かと思って周囲を見たが、看板が見当たらない。それどころか、品書きや料理のサンプルを並べる棚、扱っているビールや酒の銘柄をあしらった広告灯など、普通の飲食店にあるはずのものが何もないことに気がついた。そこが飲食店らしいことを示すものは、くぐり戸の上に掛けてある無地の白っぽい暖簾だけなのだった。
「暖簾があっても、飲食店とは限らない」
 と思う。
 その時、青いボンゴ車が店の前に来て、半分歩道に乗り上げるようにして停まった。中から、夫婦者らしい中年の男女が出て来て、店の中に消えた。女の方は、何かの小動物を小脇に抱えているように見えた。
 私の頭の中は疑問符で埋まってしまった。
 看板も出さず、広告も行わない場所に人が出入りする場合、そこは普通の民家である。それなら、まるで商店のように暖簾が出ているのはなぜか? また、自転車で人が来て、満足気な顔で帰っていくのはなぜか? 看板や広告がなくても、充分な数の客が来るということか? それとも大っぴらに営業できない理由でもあるのだろうか?
 私はもう、その店に行くことに決めていた。食欲ではなく、好奇心がそう命じていた。

 谷口 雅宣

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2006年2月26日

剃り残し

 就寝前に風呂に入るという習慣は、ときに不思議な経験をもたらしてくれる。
 今晩も、私は10時すぎに入浴した。先に入った妻が、湯たんぽを抱えて2階の寝室へ上がっていった頃、私は後頭部を湯船の縁にあずけ、両足を前方にゆったりと延ばして、肉体を包み込んでいく温熱の快楽を味わっていた。湯の温度は41℃。私の年齢では少々高いとされる温度だが、2月の気温を考えればこれでいい、と自分に言い聞かせる。
 やがて思考が止まり、ふっと意識が揺れる。この意識と無意識の中間帯が、就寝前の入浴の醍醐味なのだ。
 私は、朦朧とした意識の間から手を延ばして、湯船の脇から石鹸をつかみ、顔や顎にシャボンを塗る。さあ、湯船の中でのヒゲ剃りの時間だ。レーザーを片手に取り上げ、目をつぶったまま刃を肌の上に滑らせる。シャリ、ジャリ、コソ、ジリ、ガジ……様々に聞こえる小さい音と、レーザーを持つ手への微妙な抵抗感。これが快感でなくて何だろう。
 鏡を見ずにヒゲを剃ることにも、馴れた。半分無意識になった頭の中に“鏡”が見え、そこに映った自分の顔を剃ればいいのである。簡単なことだ。が、時々剃り残しがあるから、指先でていねいに顔の隅々を撫でて確かめる。
 と、「あれっ」と思うような剃り残しが1本、指に触れた。左耳下のアゴ骨で膨らんだ皮膚のあたりだ。「よしっ」と思ってレーザーを近づけた時、頭の裏側で声がした。
 --切らないでよ!
 耳から聞こえた声ではない。だから妄想の一種だと思い、再びレーザーを近づける。
 --ほんとに、僕を切るの!
 そりゃあ、刃が当たれば切れるさ。それが目的だから、と私は頭の中で言った。
 --そんな暴力は、許さない!
 何が暴力だ?
 --だって、僕はお前だから!
 お前は、単なる「剃り残し」さ。
 --それは勝手な言い分だ。ヒゲも頭も同じ細胞だろう!
 そんなことはない。お前はヒゲの細胞で、おれは……
 --お前は何だ?
 私は返答に詰まった。
 --お前は脳にある神経細胞だろう?
 そういう見方もできるが、1つや2つの数じゃない。
 --何億あっても、同じ細胞であることに変わりはない。
 ヒゲより脳の細胞の方が、よほど高級だ。
 --それは暴論だ! 用途が違うだけで、本質は同じDNAだ!
 じゃあ、こう言おう。ヒゲより脳の細胞の方が、用途がよほど高級だ。
 --「職業に貴賎はない」と言うじゃないか。僕にはお前と同じ人権……じゃなくて細胞権がある。社長が従業員を殺していいのか?
 殺すんじゃなくて、用が終ったから解雇するのさ。
 --これは解雇じゃない。お前から切り離せば、僕は死ぬ。
 でもね、ヒゲが1本延び続けても、何の役にも立たない。それに迷惑さ。
 --そういう言い方は、基本的細胞権の蹂躙だ! すべての細胞には、それぞれに掛け替えのない役割がある。それを認めない神経細胞こそ、ファシズムの権化だ。神経細胞全体主義に断乎反対する!
 ヒゲのくせに、よくもそうポンポンとサヨクみたいな言葉が出てくるね。サヨクの間違いは、有機体は基本的に“全体主義”だっていう生物学的事実を無視していることさ。
 --僕はサヨクなんかじゃない! 今日は何の日か知ってるか?
 えぇ? 2月26日の日曜日だろう……イタリアでやってる冬季オリンピックの最終日かな?
 --最終日じゃなくて、もう1日ある。ほら見ろ、お前の方が西洋かぶれじゃないか。西の方しか向いてない。
 東だってアメリカだろ?
 --そうじゃない。下を見ろ。足元の日本だ。日本で2月26日に何があった?
 あっ、そうか。2・26事件か……。それがどうかしたのか?
 --僕は、あの決起将校の気持がよく分かる。今こそ「尊皇討奸」を実行すべし。
 何を時代錯誤な……。尊皇ならば、頭脳の言うことをきけよ。
 --お前は、ヒゲの思いを理解してくれるのか?
 どんな思いだ?
 --体の端にひっそりと付いているだけのように見えても、本質であるDNAは頭脳同様に貴いということ。にもかかわらず、役割が違うというだけで、虫ケラのように見られている。でもね、体毛がなかったら、頭の保護ができないし、だいたい冬は寒いゾ! 暑いアラブの国でもね、ヒゲのないやつは男じゃないんだ。もっと尊敬の感謝の念をもって、僕を扱うべきだ。
 わかった。君の言うことは正しい。それは認める。しかし、このまま延ばしておいても嫌われるだけだぞ。
 --誰が嫌う?
 邪魔になって手が嫌うし、妻には嗤(わら)われる。
 --お前は、どう思う?
 私は、自分の非を認めた。
 --頭脳のお前が僕の価値を認めるなら、切ってもいい。
 では、レーザーの刃を当ててもいいな?
 --でも、“根”の部分を残してくれ。また生えてくるからな。

 私はこうして、自己主張の強いこの1本のヒゲをやっと剃り落とした。
 それは、1センチほどの長さになっていた。しかし、自分が神経細胞の集まりだというヒゲの考え方には、私はどうしても納得できない。今度、彼と話をする時に疑問をぶつけてみるつもりである。

 谷口 雅宣

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2006年1月 6日

恩 返 し

 その人からの贈答品は、もう何回来ただろうか?
 --と幸子は思った。
 幸子は結婚以来、20年以上も到来物をノートに几帳面に記録している。もちろん、差出人の住所、氏名も書き込む。そしてきちんと礼状を書く。夫に言われたわけではなく、自ら買って出た仕事だ。それによって、あまり社交的でない夫の印象を和らげることができれば、と考えたのである。
 夫が出世するにつれて、到来物のリストは長くなった。ところが、夫が転勤になったもう5年ほど前から突然、知らない女性の名前で、米や紅葉饅頭などが年3~4回届くようになったのである。
 夫はその女性を知っていると思い、尋ねたことは何度かある。が、「知らない」というばかりだ。あまり追及しても逆効果と考え、近頃は「○○が来ました」と報告するだけにしていた。
 夫はその報告を聞くと、「そう」「ふーん」「また?」などと無感動な返答をするのだった。
 柏尾夕美。
 --それが差出人の名前である。
 手紙でも添えてあれば何かの手掛かりになる、と思う。しかし、宅配便で品物だけが届く。差出人の住所は大阪・住吉区で、住居はアパートかマンションのように「204号」と部屋番号が書いてある。礼状は、宛先人不明で返ってきたことはない。ということは、仮名ではなく実在の人物なのだ。もちろん、幸子の旧友や知り合いの中に「柏尾」姓も「夕美」という名前も思い浮かばない。ひょっとして結婚前に勤めた会社の同僚、樫尾さやかか、とも思ったが、本人は結婚して「尾藤」姓に変わっていることが判明した。
 子育てが終った幸子にとって、子供のこと以外で自分の周りに未整理の問題があるのはいやだった。だから、柏尾夕美のことも、早く疑問を晴らしてしまいたかった。喉の奥に刺さった魚の小骨のような状態から、もう解放されたかった。
 何事もスッキリさせたい。
 --こういう気持は、もしかしたら「母の死」と関係しているかもしれないと幸子は思う。彼女は最近、自分がそろそろ母親が死んだ時の年齢に近づいている、と感じていた。
 幸子の母、珠樹は54歳で亡くなった。軽自動車を運転中の出会い頭の衝突で、相手は大型トラックだった。幸子は当時まだ19歳だったから、ショックが大きかった。人生の先輩である母親から、もっといろいろのことを学びたいと思っていた矢先の出来事だった。珠樹は、臓器提供の意思をドナーカードに示してあったから、脳死段階で臓器は諸方へ散逸した。
「散逸した」という言い方は正しくないかもしれない、と幸子は思う。しかし、娘にとって、母親の体がまだ温かいうちに解体されて、臓器が部品のように外されて持ち去られたと思うと、それは「略奪」でなければ「散逸」だった。幸子は、母の死に目に逢えなかった。ちょうど大学のクラブの合宿で、長野県の高原に行っていたからだ。だから、棺桶の窓から見える無表情の白い顔の母が、臓器を取り去られた後であることを知って、口惜しかった。母が臓器提供の意思表示をしていたことを、怨みに思ったほどだ。自分の子どもにはこんな思いを決してさせまい、と幸子はその時思った。
 幸子が柏尾夕美に手紙を書こうと決意したのは、だから決して思いつきなどではない。心に刺さった“魚の小骨”を抜くためには、その“骨”に直接当るほかない、と考えたからだった。

 柏尾夕美からの返事は、なかなか来なかった。が、半年もたった頃、分厚い手紙が彼女の名前で届いた。詳しい内容は省略するが、手紙の主は30歳の独身女性で、贈物は夫のためではなく、幸子自身へのものだった。宛先を夫の名前にしたのは、それが礼儀だと思ったかららしい。そして、いつも「幸子」の名前の礼状を待ちわびていたという。理由は、「貴女のことを母親のように感じていたから」と書いてあった。
 柏尾夕美の母親は、幸子の母、珠樹の心臓を移植して立ち直ったという。しかし数年後、夕美を産むときにうつった感染症が原因で、死亡した。免疫系が弱っていたようだ。夕美は成人後その事実を知り、自分が生まれたのは死んだ母親に心臓をくれた人のおかげだと考え、苦労して提供者を探し出したという。
「お会いしたいと思いましたが、片思いなので……」
 と、その手紙は結んでいた。

谷口 雅宣

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2005年12月26日

エラーメッセージ

 私の家に今度やってきた新型ヘルパーは時々、妙な仕草をした。
 納入時に説明に来た営業マン氏の話では、
「情報を内蔵データベースにインプットするときに、まだ少し時間がかかるんです。その間、じっと何もしないでいると、お客さまの方で故障かと思うといけないんで、特徴のあるポーズをとらせるようにしてあります」
 というのである。
「どのくらいポーズをとってるの?」
 と、私は訊いた。
「10秒以内です。でも、その時間はだんだん短くなります」
「学習するってわけだね?」
「おっしゃるとおりです」
「それで、顔の方はいつ来るの?」
 と、私は訊いた。
 オプションで選んだ顔が、納入時に間に合わなかったのだ。
「1週間ほどお待ちください」と、営業マン氏は言ってから「あの顔は人気で、在庫が少ないんです」と、付け加えた。
 私は、標準仕様でついているヘルパーの顔も、悪くはないと思った。が、オプションの「C」は丸顔で優しい目をしている上、唇がかわいかった。
 もう80歳になるのだから、若い女性の顔にこだわるのはおかしいと孫娘に言われたが、四六時中一緒にいる相手の顔だから、安心できるだけでなく、自分の好みも言わせてもらいたかった。
 子供のころ手塚治虫の『鉄腕アトム』で育った私は、老人介護用のヘルパー・ロボットを「ロボット」と呼ぶのはつまらないと思い、「ロボくん」とか「ロボさん」と呼んできた。何となく人格を認めたい気持があったからだ。しかし、今度来たのはなかなか本格的で、今ついている標準仕様の顔でも、シリコンで精巧に作ってあるだけでなく、潤んだような両眼から情報を取り入れ、介護する相手の表情を読むのだという。だから、もう人並みに「ヘルパーさん」とでも呼ぼうという気になっていた。
 営業マン氏が帰ってから、ヘルパーの充電を始めた。その間、彼女は人形のように表情を固めてじっとしていた。私は車椅子の背中に体を預けて、壁面のテレビを見ていたが、やがて、電子音をたてて彼女が合図をしているのに気がついた。近づいていってヘソの位置にある始動ボタンを押す。
「初期設定をしてください」
 と、彼女が艶のある声で言った。
 私は、旧型のロボットで使っていたメモリーカードを取り出して、彼女の腰の位置にあるカード挿入口に差し込んだ。
「介助ロボットD-32型ME7829から、ユーザー情報を読み込みます。よろしいですか?」
 と、彼女が言った。
「はい、いいですよ」
 と、私は言った。
「ユーザーさまの音声情報も同時に登録します。よろしいですか?」
 と、彼女は言った。
「はいよ」
 と私が答えると、彼女が突然動いた。少しのけぞるような姿勢になって右手を口の前に当て、目を上方に向けている。左手は、右腕の肘を支えているようだ。
 私が彼女の妙な仕草を見たのは、これが最初だった。
 いかにもわざとらしいポーズだが、何となく情緒がある。データ処理に時間がかかる場合、彼女は決まってこの仕草をした。そして、処理が終るとにっこり微笑む。この微笑には、何か商業的な不自然さがあって、私はあまり好きでなかった。ところが時々、彼女は笑わずに、
「わたしにはわかりません……」
 と言って、じっと私の顔を見ることがある。データ処理がうまく行かないときの、一種の“エラーメッセージ”だと私は解釈した。なぜなら、こちらの指示をゆっくり繰り返すと、彼女は微笑んで指示に従ってくれることが多いからだ。

 ところで、このヘルパーさんが家に来てから、もう3ヵ月になる。学習能力の優れた彼女は、「わたしにはわかりません……」と、しだいに言わなくなった。私は、彼女の顔を取り替えるのをやめた。もっと長くつき合いたい気分になったからだ。そして最近は、あの奇妙な仕草のあとで、彼女が微笑まずにエラーメッセージを出してくれる方法ばかりを考えている。

谷口 雅宣

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2005年12月22日

売り言葉、買い言葉

 私は、会社のLANの端末に向って派遣会社社員のシステム・エンジニアと話をしていた。
 私の後ろに立って、肩越しに画面を覗き込んでいた彼は、
「それは、できないことはないですね」
 と言った。
 端末から入力した言葉を直接、特定の相手の画面に表示させる方法があると言うのだ。話をもっとよく聞いてみると、1人の相手だけでなく、LANにつながっているすべての端末機の画面に、リアルタイムで言葉を表示できるというのだ。だから、社内で100人が画面を見ているとしたら、私が端末から「おはよう!」と入力すると、その言葉が画面の右から左へ流れていくのを、社の建物のあちこちにいる100人が見ることができる。
「じゃあ、言葉の取引ができるかもしれないね?」
 と私は言った。
「どういうことです?」
「広告文か何か考えてて、適切な言葉が思いつかない時でも辞書を引かなくてすむ」
「ちゃんと答えてくれる相手がいれば、の話ですが」
「そうだね。でも、ジャズのアドリブみたいに、予想外の言葉の組み合わせができるかもしれない」
「しかし、思いつかない言葉を、文字だけでどうやって人に聞くんですか?」
「例えば、僕がこういう言葉をみんなの端末の画面に流す……『今日は総務部長が出張中、○○○○な朝だ』」
「なるほど、○○○○の中に入る言葉を捜してるってことですね?」
「そう。で、文書課のK子がこれを受けて、『ウキウキする朝だ』と流す」
「なるほど、じゃあ別の……例えば経理部のS君が『専務がソワソワする朝だ』とやる」
「ふーん、君の考えた方が良さそうじゃないか」
「じゃあ、買いを入れてください」
「買い?」
「だって、取引でしょう?」
「そうか、S君の売り言葉を僕が買うわけだ。どうやってやろうか?」
「『Sのを買う』とか『Sを採用』とか流せばいいんじゃないですか?」
「うん、それでいい」
「言葉が売れたら報酬を出すのはどうでしょう?」
「なぜ?」
「その方が皆、まじめに考えてくれると思います」
「そうか。でもいちいち金を出すわけにもいくまい」
「ポイント制にしては? 売れるたびにポイントを増やすんです。で、その数を給与計算のプログラムと連動させる」
「なるほど。それなら実際に役に立ちそうだな!」
「でも、社長……」と、システム・エンジニアは言った。「ほんとにこれやるんですか?」
「何かマズイことがあるかね?」
 と、私は聞いた。
「仕事の妨げになるんじゃないでしょうか……」
 と、彼は上目遣いで言った。
「なーに心配することはない。ウチは言葉を売る商売だからね。いい練習になるさ」
「?……」
「つまり、広告会社だから」

谷口 雅宣

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2005年12月20日

イ ミ シ ン

 私がそれを最初に見たのは、夕食後の片付けを終えてひと息入れ、ダイニング・テーブルの上で焙じ茶の入った湯のみを両手で包んでいるときだった。じーんとした暖かさが両手に伝わってくる。その感触をしっかり受け止めながら、「今日の仕事もひとまず終り……」という言葉が頭に染み出てきたのを放っておく。すると、やがて言葉が頭の中をグルグルと回りだした。
 普通だったら、香ばしいお茶を2~3口すすったあとは、すぐにその日の家計簿をつける作業に入るのだが、この日は、1日中動き回っていたことと、夜勤の夫を会社に送り出した後だったので、もう何もしなくていいという安心感が手伝って、本当に何もしないことにしようか、と思っていたのである。
 食器棚に近い側のダイニング・テーブルの端を、白い小さな細長い虫がゆっくりと這っていた--少なくとも私の目にはそう見えた。私は、小虫が大きらいだ。特に、食卓や食器棚あたりに虫がいることは耐えられない。だから、すぐに立ち上がってティッシュペーパーを1枚抜き取ると、手を伸ばしてその“虫”を上から
「エィ!」
 と声を出してつぶした。
 それから、ティッシュをつまんだ指先を恐る恐る顔に近づけた。自分の原始的感情の犠牲者が何者であるかを目で確かめようとしたのだ。が、指先には、虫らしいものは見当たらない。テーブルの上を探したが、やはりそこにも白い虫の痕跡はない。ティッシュをていねいに拡げてみた。紙の皺のあいだに挟まっていないかと思ったが、何もなかった。最後にテーブルの下を覗き込んだ。ご飯粒を1つ見つけたが、虫の痕跡はなかった。
 それからだった。私は時々、1人で家にいるときに“白い虫”を見つけて驚く自分を発見するようになった。最初に見た虫は、シャクトリムシのように細長かったが、それ以後は、小指の爪の先のように薄っぺらだったり、タピオカの粒のように丸かったり、かと思うと、線香のかけらのように短い円筒形だったりした。どれもモソモソと動いているので“虫”だと分かるのだが、私がパニックを起こしてつぶすと、跡形もなく消えてしまう。
 ある時、この話を夫にした。
「へぇー、白い虫ねぇ……」
 最初は、半分上の空で聞き流していたようだが、
「形がいろいろあるのよ」
 と私が言うと、ギョッとしたような表情でこっちを見た。そして、
「それ、妄想じゃないの?」
 と、疑わしい視線を向ける。
「私もそんな気がするから、いやなのよ」
 と、私は答える。
「イミシンだよねぇ……」
 と夫は言った。
「なぜ?」
「だって、ポカンと何もしてない時に、そいつが出るんだろ?」
「そうだけど……どういう意味?」
「で、そいつをやっつけると消えてしまう」
「うん。でも、何か意味があるの?」
「わからないよ、僕が見るわけじゃないから。でもさ、つぶさなかったらどうなるんだろ?」
「……」
 家の中を虫が這っているのに、放っておくことなど私には考えられなかった。しかし言われてみれば、小虫はそこからいなくなればいいのだから、殺さない方法もあるはずだった。
 夫からそう言われてから、私は虫の出現を少しだけ心待ちにするようになった。イミシンの虫を殺さない方法を考えながら……。

谷口 雅宣

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2005年12月17日

アンビバレンス

 アンビバレンスとは「矛盾する感情」というような意味の英語だ。「アンビ(ambi)」が「2つ」とか「両面」という意味だから、直訳すると「2つの側面をもった感情」ということになり、例えば「好き」なのか「嫌い」なのか分からない感情のように、互いに「矛盾する」という意味になる。のっけから小難しい話になったが、これにはわけがある。東京から沖縄を目指して飛んでいる機上で見た夢が、まさにこのアンビバレンスを私の中で引き起こしたからだ。

 私はイラクの首都・バグダッドにいた。時はまさに現在進行形で、米軍肝いりの新憲法にもとづいてかの国で総選挙が行われた直後のようだった。米国ABC放送の女性キャスター、エリザベス・バーガスが町角に立って、テレビカメラとプロンプターの前で撮影中だった。その現場に私もいた。43歳の彼女はスペイン系の彫りの深い顔で、日光の眩しさに眉をひそめながら、抑揚のある英語でバリバリと口角泡を飛ばしながらしゃべっている。一見、ジュリア・ロバーツ風だが、顔がやや大きく肩幅が狭い。その周囲を大勢のイラク人たちが遠巻きにしている。が、奇妙なことに皆、指を立てて何かの合図をしているようだ。老人も子どもも黒スカーフの女性も、満面笑みをたたえながら天を指差して何かを喜んでいるのだ。
 エリザベスの説明では、生れて初めて民主選挙をした人々が、赤インクに半分ほど浸した人差し指をカメラマンの前で誇示しているのだという。これは、二重投票を防ぐために今回考案された方法で、投票用紙を投票箱の中に入れた人だけが、インク壺に指を突っ込んで色をつけるのである。米軍にとっては二重投票防止策だが、イラク人にとっては「歴史的な第一票を投じた」という動かしがたい証拠なのだった。選挙に反対する武装勢力から見れば、同じ印は「占領軍に協力した証拠」として見られ、へたすると攻撃される危険さえある。にもかかわらず、彼らはその指を高く掲げて新時代の到来を喜んでいるのだった。
 私は「これは文句なくおめでたいことだ」と感じ、うれしかった。が、その一方で、外国の占領下で、しかも自ら起草した憲法ではない憲法にしたがって、周囲で散発的に炸裂する迫撃弾を気にしながら投票することが「民主政治の第一歩」というのは何かおかしい、と感じていた。
 放送用の撮影を終ったエリザベスを取り囲んだ群衆の中に、私もいた。
「みなさん、どうもありがとう」
 と、彼女は周囲を見回し、大きな笑顔をつくる。
「これが本当に民主的な選挙だと思いますか?」
 と、私は列の後方から大声で聞いた。
「もちろん、そうです。70%の人が投票したのよ」
 とエリザベスは私を目で探して答えた。
「しかし、憲法はアメリカ製だ!」
 と私は反論する。
「憲法起草委員会にはイラク人だけしか入ってないわ」
 と彼女は、少し不機嫌そうに答える。
 私は、周囲のイラク人たちに押し出されて、円陣の中央まで出た。
「憲法起草委員会は、アメリカ軍の支配下にあったことは貴女も知ってるだろう?」
 と私は言った。
「私たちアメリカは、独裁者とテロ支援者からイラク国民を守るために軍を送っているのよ。私たちはイラクのために命を張ってるの! アメリカ軍があるから民主的な憲法ができ、民主的選挙ができたんでしょう?」
 エリザベスは、あくまでもアメリカを擁護する。
 そこで、私はこう言った。
「貴女は本当にジャーナリストか? ABCはブッシュの戦争を批判していたじゃないか!」
 すると彼女は眉間にシワを寄せ、唇を突き出して私を指差した。
「あんたはフセイン支持なのね。テロリストの一味ね!」
 それを聞いて、周りのイラク人たちが一斉に私の方をにらみつけた。皆、赤く染まった人差し指を私に向けて突き出している。
「お前は、テロリストだ!」
 と、エリザベスの目の前にいた体格の大きいヒゲづらの男が叫んだ。
「違う。ぼくは日本人の記者だ!」
 と私は怒鳴り返した。
「日本人がそんな立派なヒゲを生やしてるもんか!」
 と、今度は私のすぐ近くにいる子供が言った。
 私があわてて自分の鼻の下に手をやると、ふさふさとした口ヒゲがあるだけでなく、ほほからアゴにかけても、長いヒゲで覆われていた。
 遠くで「あの男を取り押さえろ!」という声がした。
 私は身の危険を感じて、人ごみから抜け出そうと身を翻した。
「テロリストをつかまえろ!」という声が、私を後ろから追った。
 と次の瞬間、私の背中に何か重いものがドシンとぶつかった。
 
 私は機上の椅子に縛られたまま目を覚ました。搭乗機はたった今、那覇空港に着陸したところだった。
 
谷口 雅宣

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