2009年12月17日

クロスワードできました

 最近、生長の家が運営しているSNS「ポスティングジョイ」で“逆クロスワード”と称して、複数のメンバーでクロスワード・パズルを作る企画が行われた。何日もかかったすえ、このほど次のようなパズルが完成した。本欄の読者に提供し、頭の体操をしていただこうと思う。なお、解答は同じサイトの「ジョイ」の欄にあるが、できるだけそれを見ないで解いてほしい。
 
[横のカギ]
Gcword04 (イ)生長の家の教義の根幹にある考え方。神示の名前でもある。
(ヘ)神仏等を信じ、よりすがること。
(ト)小我のこと。
(チ)墨だけの線画。
(ヌ)生滅流転する現象のこと。
(ル)イエスの母の名。
(ワ)人の心の奥底にある。
(カ)人の○○○は不滅である。
(ヨ)谷口清超先生がお好きだったゲーム。

[縦のカギ]
(チ)生長の家の最高位の役職。
(ロ)生きている実感。幸福感。
(ハ)神の属性の一つ。
(ワ)完成を表す数字。
(リ)「○○○しているのでは和解は成立せぬ」と説かれている。
(ニ)生長の家の練成道場がある場所。
(ヲ)人間に備わる神性の一つ。
(ホ)生長の家信徒の生き方を示す熟語。
 
 谷口 雅宣

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2009年12月13日

奈良県に“神風”?

 奈良教区での生長の家講習会は受講者が539人(7.3%)と大幅に増えた。会終了後の同教区の幹部との懇談会では、講習会推進のための活動が成果に結びついたことを「大成功」と評価する声が多く、「神風が吹いた」とまで言う人もいた。が「神風」は少し意味が違うと思う。なぜなら、元寇の時に吹いたとされる神風は、「戦いの一方に、勝ち目がないことが分かっているのに、自然現象が有利に働いて一気に形勢が逆転した」という意味合いで使われると思うからだ。奈良教区の講習会推進運動には、もともと勝ち目がなかったと私は思わない。

 同教区では、以前から「橿原公苑体育館」をメイン会場とし、奈良市内の「なら100年会館」を第二会場とする態勢で講習会を開催してきた。ところが今回は「100年会館」が予約できず、やむをえずに奈良市内では収容人数が少ない「ならまちセンター」を使い、これに加えて「王寺町地域交流センター」を押さえて、合計3会場で開催した。私はこのことで、各会場近くの信徒の方々の運動によい影響があったのではないかと考える。また、交通の便を考えると、王寺町は、近鉄に加えてJRの関西本線の駅があるうえ、人口が多い大阪市に近接している。そういう「集まりやすい」要素が今回は働いたのではないだろうか。
 
 もちろん、葛原敏雄・教化部長をはじめとした同教区幹部の方々が、これまで以上に熱心な推進活動を展開してくださったことが、大きな原因であることは言うまでもない。同教区からの報告によると、ここでは地域の活性化と小規模単層伝達を進める目的で、昨年度から地区総連単位での勉強会や、ミニ講演会を行い、今年の10月以降は、白鳩会の22総連へ葛原教化部長と橋本久美子・教区連合会長が共に出向いていって、祝福訪問を実践したという。これらを含め、相愛会、青年会等の多くの幹部・信徒の方々の愛念が結実した。奈良教区の皆さんには、今年開催の講習会の最後を飾る、すばらしい結果を出していただいたことに心から感謝申し上げます。

 ところで奈良県では、来年が「平城遷都1300年」に当たるというので、記念イベントをいろいろ考えているらしい。講習会前日の夕方、橿原地方は雨になったので、私たちは付近の散策を取りやめた。その代りに、宿舎となったホテルのロビーを散策して気づいたのは、見慣れないマスコット人形がいろいろの所に据えられていたことだ。これが、この記念イベント用に考案されたキャラクターで、「せんとくん」と「なーむくん」(=写真)の2つだった。あとで調べてみると、これに加えて「まんとくん」というもう1つのキャラクターもあるそうだが、これらの選定に関しては、地元ではひと悶着あったらしい。詳しくは、ウィキペディアの「平城遷都1300年記念事業」の項に解説がある。が、私はそういうゴタゴタをまったく関知せずに、ひと目見て「せんとくん」よりも「なーむくん」がいいと思った。そこで、写真を撮った後に絵封筒に描いたのである。

Chinadoll  私は、「なーむくん」はてっきり女の子だと思った。が、そうではなく、名前は「南無」に由来し、聖徳太子の少年時代の姿をモチーフとして描いたという。「なーむくん」の魅力は、くったくのない笑顔だが、その眉と目は十七条憲法にちなむ漢数字の「一七」で表現されているのだそうだ。ところが、これまたウィキペディアによると、聖徳太子が活躍した時代は平城遷都より100年も前で、太子が拠点とした場所も、平城京が置かれた現在の奈良市近辺の地域との関連も深くないという。まあ、そんなことにいちいち目くじらを立てなくてもいいのかもしれないが、1つの大きなイベントを実行するには、多くの人の意見を集約しなければならない。その難しさが、ここにも表れている。横浜の開港記念150周年記念行事でも、事前の読みと実際の評判との差が明らかだった。「平城遷都1300年」のイベントは、自民党政権時代に決定し、実行委員会の主要メンバーも同党に関係の深い人が多く、支援団体も日本経団連などの自民党寄りの団体が目立つ。今後どうなるか、やや不安が残る。
 
 谷口 雅宣

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2009年12月 7日

宜野湾市へ行く

 5日から6日にかけて、生長の家の講習会のため沖縄県へ行った。同教区の講習会は今回、初めて複数会場の同時中継となった。宜野湾市の沖縄コンベンションセンターをメイン会場とし、与論町中央公民館、石垣市商工会館研修室がサブ会場となった。2年前の前回は、宜野湾市の会場に1,736人の受講者が参集したが、今回は3会場合計で2,026人となり、290人、16.7%の増加となったことは、誠に喜ばしい。これは単に増設した会場分だけ参加者が増えたのではなく、メイン会場への参加者数もわずかだが増加した点で、教区の幹部・信徒の方々の推進への熱意がひしひしと感じられる。さらにこの日、恒例の那覇マラソンが行われたことを考慮すると、スポーツ行事ではなく宗教の講話を選んでくださった方々に、頭が下がる思いがする。
 
 講習会後に、今、政治の焦点となっている米軍の普天間飛行場を見たいと思った。が、聞くところによると、基地内の見学は大臣クラスでも難しいというので、嘉数高台という丘の上から眺めることにした。この高台は、大東亜戦争末期の激戦地で、ゴツゴツとした岩が続く天然の要塞の上に、部厚いコンクリートのトーチカを築き上げ、約2,500人の精鋭部隊が、米軍の攻撃からこの地を死守しようとしたところだ。戦闘は16日間も続き、両軍に多大な死傷者が出た。その時の変形したトーチカが今もそこにある。そういう丘の上から、目と鼻の先に広がる飛行場を見ると、それは“占領軍の陣地”に見えてしまうのである。もちろん、これは錯覚だ。普天間飛行場は現在、主として米軍のヘリコプターと輸送機の発着場で、米軍の駐留の目的は日本とその周辺の安全保障である。
 
 すでに多方面から指摘されているが、この飛行場の問題は市街地のど真ん中にあるということだ。これは、街の真ん中に基地が造られたのではなく、沖縄戦でこの地を占領した米軍が、日本本土決戦に備えて飛行場を建設したのである。街はその後、基地の周辺Ginowancity に建設され、経済成長とともに発展していった。私がここを訪れた時は、飛行場には動くものは何も見えず、音もなく静まりかえっていた。が、普段はヘリコプターの発着などで、周辺の住民は騒音に悩まされているという。「タッチ・アンド・ゴー」の練習もするそうだ。そして、墜落事故も実際にあった。(地図の右側にある「沖縄国際大学」の構内にヘリが墜落した)
 
 さらに地図を見れば分かるが、そういう場所のすぐ近くで生長の家の講習会があったのである。(地図の左端に、赤い文字で「沖縄コンベンションセンター」と表示されている)
 
 谷口 雅宣

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2009年12月 3日

2つの出来事

 12月3日の新聞の第1面には、オバマ大統領によるアフガニスタンへの米軍増派発表のニュースと、日本画家、平山郁夫氏(79)の死亡記事が並んで掲載された。両者は互いに無関係の事象のようにも思えるが、私は「戦争と平和」というキーワードで結ばれていると感じる。大統領が発表した「米兵3万人の増派」は、混乱を極めるアフガンの治安を外国軍によって確保することにより、2011年7月に米軍が撤退を始めるまでに、同国で不足している治安維持機関の育成を急ぎ、権限委譲を達成するためのものだ。日本との関係では、政府は先月、同国の治安確保に5年間で50億ドル(約4500億円)規模の支援を主として民生面で行うことを発表しているから、それを軍事面から保障する役割を米軍が担うことになる。これに対して、平山画伯は、アフガニスタンを含む東西交流のルートである“シルクロード”の文物を好んで描いてきた人だ。世界の文化財保護に貢献し、同国のバーミアン遺跡の大仏2体がタリバーンによって破壊された際は、その修復に努力した。
 
 私が、アフガニスタンのことを知ったのは、平山画伯の絵によるところが大きい。もちろん、画伯を知る前からそういう名前の国があることは知っていたが、その地理的な詳しい位置と雄大な風景、東西交流に果たした役割、そこにある遺跡の様子、生活する人々の表情……などは、同画伯の絵から多くを学んだ。また、私の絵画そのものに対する強い関心も、画伯の絵によって引き出されたのである。
 
 3日付の『産経新聞』では、平山画伯のシルクロードの旅に同行したことがある記者が、画伯の人間性を示す話を紹介している。その一部を引用すると--
 
「旅の間、わずか2、3分の空白ができると、すぐに消えてしまう。心配して捜すと、何のことはない。現地の人をつかまえ、せっせとスケッチブックに筆を走らせているのである。
 それほど語学が得意なわけでもないのに不思議だったので聞いてみると、“何となく通じるものです”とあっけらかん。根っから砂漠のあるシルクロードが好きだった。
 現地では観光客用の立派なレストランより、地元の人が行く飾り気ない食堂を好んだ。食べたことのない料理を注文し、皿に取ったものはすべて平らげた。同行の若者が腹の具合が悪くなっても、いつも健康だった」
 
 こういう行動ができるのは、「人間」というものを心から信頼している人だけである。また、どんな国の文化に対しても、自国のそれと同等の尊敬をもっている人である。そういう人間である平山郁夫は、実は被爆者である。中学3年のとき、広島で勤労動員の作業中に被爆し、地獄のような惨状を体験した。「そのとき私は生かされたんだ、生かされた人生だからなんとかお返しをしなければ、と思ったのです」と、画伯は後に語っている。戦争での悲惨な体験は、普通は“人間不信”や“人間憎悪”に結びつきやすい。しかし、画伯の場合、それを見事に超越している。私は、画伯の心に確とした宗教心が--それも特定の宗教に縛られない宗教心があったような気がしてならない。
 
 その画伯が亡くなった時に、米軍のアフガン増派が発表された。オバマ氏は、自らをカトリック信者と宣言するが、「フセイン」というイスラームのミドルネームを持ち、子供のころはインドネシアで貧しい人々と生活をともにしている。父親はアフリカのケニア人。高校はハワイの名門を出て、コロンビア大学、ハーバード大学大学院で教育を受けた。アフガンでの戦争は、ブッシュ大統領時代からの“負の遺産”である。その背後には、もちろんあの「9・11」がある。つまり、イスラーム原理主義者のアメリカに対する憎悪と宗教的信念の爆発がこの戦争の引き金となり、9年目になっても収まる気配がない。国家や集団のレベルで一度燃え上がった憎悪は、宗教が絡んでいるほど、宗教自体による収拾が難しいことが分かるのである。

 今日、NHK衛星第一(BS-7)で放映されたイギリスのBBCニュースでは、報道記者が今、アフガンで勢力を盛り立てつつあるタリバーンの上級司令官と会見する様子が映し出された。この司令官は、頭から顔、そして胸のあたりまで白い布を巻きつけて覆い、体全体は茶色の毛布のようなもので包み隠して画面に登場した。目には黒い眼鏡をかけていたから、私はあの昔の日本のヒーロー“月光仮面”を思い出したほどだ。その司令官は、こんなことを言った--
 
Talibanchiefm 「今年は、我々にとって成功続きの年だった。アフガンに米軍が増派されるということは、より多くのアメリカ人が死ぬことだ。我々は、わずかな資源でさらに多くの負傷と死をもたらすことができる」

 記者が、タリバーンの攻撃によって米軍だけでなく、一般市民も数多く犠牲になっていることを指摘すると、司令官はこう言った--
 
「一般市民など殺してない。それをしているのはアメリカ人だ。この国の市民は我々を支持してくれている。彼らの支持がなければ、我々イスラーム運動は拡大しえなかった。私は、外国兵士たちの母親に言いたい。もし子供たちを愛しているならば、自分たちの国の中で国のために尽くさせろ。しかし、我々を侵略して罪のない市民を殺した。その証拠はいくつでも挙げられる」

 記者が、どうしたら戦争はやめられるかと訊くと、司令官はこう言った--
 
「カルザイ(アフガン大統領)は外国兵に出て行ってもらわねばならない。そうすれば、彼と話し合おう。外国兵が国内にいるうちは、話し合うことはできない」

 アメリカは「治安維持」の観点から戦争を考えているのに対し、タリバーンは「反侵略・外国軍排除」の立場である。両者の間には信頼関係がまったくない。重要なのは、アフガンの一般市民の大多数がどちらの立場を選ぶかだが、前者を選ぶためには、現在のカルザイ政権を信じる必要がある。が、その政権が大統領選挙で不正を行い、腐敗が蔓延しているというのだから、前途多難である。日本が民生面で何か協力できるとしたら、それは、カルザイ政権が国民の信頼に足りるようになるための支援ぐらいか。それには時間がかかるし、簡単ではない。金を出せばいいというものでは、もちろんないだろう。
 
 谷口 雅宣

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2009年11月29日

長崎で感じたこと

 今日は長崎市の長崎ブリックホールにおいて、長崎南部教区での生長の家講習会が行われた。同教区では2年前の前回の講習会では、長崎市だけでなく西海市の生長の家総本山や島原市、福江市にも会場を設けて、4会場に約6,300人の受講者が集まってくださったが、今回はなぜか長崎市だけに会場を設けたことで、受講者数は約5,200人に激減してしまった。誠に残念なことである。現在、生長の家は、全国を挙げて“炭素ゼロ”運動を推進している中で、長崎県のように離島も含めた広範囲に信徒が生活している地域では、1会場にしぼった講習会の開催はあまり理に適わない。また、大都会はともかく、過疎化・高齢化が急速に進んでいる地方に於いては、1会場にしぼっての開催は長距離の旅行を余儀なくさせるから、高齢者にとって誠に不利である。そういう点から考えても、今回の講習会は開催方法に課題を残したと言える。
 
 その反面、よい点も見出せる。それは、長崎市の中心部に近い広い会場が確保できたことで、同市を中心とした生長の家を知らない人々が来場できる機会が増えたことだ。そういう人たちが実際どれだけ参加したかは分からないが、
教区幹部の方々が各地で熱心に推進してくださったことは確かだから、きっと各所に信仰の“新しい種”が撒かれたに違いない。今後の運動の活性化に大いに期待する。講習会当日は「雨」も予想されていたが、幸い時おり日差しもあるよい天気となり、和やかな雰囲気の中で会がもてたことはありがたく、うれしかった。
 
26martyrs  2年前の前回の講習会では、メイン会場は西海市の生長の家総本山だった。私たちは今回、長崎市に久しぶりに来て、前日には「二十六聖人殉教の地」を見学した。そこの資料館にも行って、初期の日本のクリスチャンがどれほどの苦労と受難のすえに、キリスト教をこの地に定着されたかの一端をかいま見ることができた。「二十六聖人」とは、1597年2月に、豊臣秀吉の命令によって長崎の西坂の丘で十字架に張りつけられて死んだ26人の日本人クリスチャンで、後にカトリック教会から「聖人」の称号を得た人々である。詳しい情報は、日本二十六聖人記念館のサイトにある。当時の日本では、キリスト教が民衆から受け入れられなかったのではなく、受け入れられ過ぎたので為政者が脅威を感じ、弾圧したのである。1549年にフランシスコ・ザビエルによってもたらされたこの教えは、33年後の1582年には信者数が「15万人」にまで拡大したことを示す資料もある。

 その資料館を見学しながら私の脳裏にあったのは、その後の日本におけるキリスト教の信者数のことだった。このことは、今夏のブラジルでの生長の家教修会での講話の時にも触れたが、文部科学省に登録された2006年末の信者数で示せば、日本におけるキリスト教系宗教団体の信者数は、宗教団体全体の登録信者数に対してわずか「1.4%」なのである。これに対して、神道系と仏教系の宗教の信者数は全体の「94%」である。この国ではクリスマスが盛大に祝われ、結婚式が教会で普通に行われ、有名大学を初めとしたキリスト教系の教育施設が数多くある。さらに日本の歴史を振り返ってみても、二十六聖人殉教に見られるように、キリスト教に触れた多くの日本人が、厳しい禁教令にもかかわらず、自らの命と引き替えに教えを守り通してきた事実がある。にもかかわらず、現代日本においては、クリスチャンの割合が「100人に2人」に満たないというのは不思議というほかはない。

 谷口 雅宣

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2009年11月27日

動物への愛

 人間が動物を愛することは普通、あまり問題視されない。そして一般には“善いこと”だと思われることが多い。「動物を愛する人」などというと、私も「ドリトル先生」とか「アンリ・ファーブル」とか「ジェーン・グッドオール」などの名前を思い出す。つまり、いわゆる“動物愛護”の精神は善いものであり、時には尊敬に値すべきものと考えられてきたのではないだろうか。が、それが極端に走ったときどうなるのか? それを今日の新聞記事から教えられた。

 本欄では、あまり暗い話を取り上げないことにしているが、今回は読者に例外を許していただきたい。その話とは、昨年11月半ばにさいたま市と東京・中野区で起こった連続殺人事件のことだ。この実行容疑者として逮捕されたK被告(47)の初公判が昨日行われ、K被告が起訴事実を認めた上で犯行の理由を述べたことが、今日付の『産経新聞』に載っている。それによると、K被告の言い分は「私が殺したのは人ではなく、心が邪悪な魔物だ」からだという。

 K被告の弁護側は、「事実関係は基本的に争わない」としているから、検察側の犯行動機をそのまま認めたらしい。『産経』によると、その動機とは次のようなものだ:

「子供のころに飼い犬が行方不明になったのは保健所の野犬狩りに遭ったせいだと信じ込み、“保健所を所管するのは厚生省”と思ったことから、一方的に厚生省を恨むようになった…(中略)…その上で、“組織に対する恨みを晴らすためにトップの次官経験者を狙うことにした。経験者ならば誰でもよかった”と述べた。」

 さらにこの記事は、もう一つの動機を次のように記している:

「検察側は冒頭陳述で、動機について飼い犬のあだ討ちのほかに、“動物の命を粗末にすれば、そのまま自分に返ってくることを思い知らせてやるための犯行だった”と指摘。(…中略…)また、K被告が飼い犬の毛が入ったお守りを身につけていたとし、“命より大事なもの”と知人に話していたことを明らかにした。」

 これらの描写が真実ならば、K被告が自分の飼っていた犬を愛していたことは否定できない。が、この場合の「愛」とはいったい何だろう、と私は思う。それは「執愛」(執着の愛)以外の何ものでもないのではないか。K被告は、自分と昔の飼い犬とを余りにも強く同一視してしまったために、その犬の命を奪った(と本人が信じる)人間とその家族の命を奪うことに、罪の意識を少しも感じていないようなのだ。実際、法廷では被告自ら大声でこう言ったそうだ:
 
「“人を殺していいのか”というが、だったら犬を殺していいのか。あだ討ちを批判する前に説明しなさい」

 また、同じ日の『日本経済新聞』の記事では、K被告は「50歳になったらできるだけ多くの厚生次官経験者を殺害し、死刑になりたい」と考えていたという。が、自分の預金が減って生活の見通しが立たなくなったので、決行の時期を早めたらしい。
 
 これらの言葉は、明らかにK被告の性格の異常さを示している。彼には、自分の考えや主張の中にある偏執的な不合理さがまったく見えていない。まず「あだ討ち」というのは、現在の法律では許されていない。それに、普通のあだ討ちは、個人が自分と深い関係にある別の人を殺された場合、その仕返しに殺した本人に対して仕返しをすることを言う。が、K被告は、人間ではなく「犬」を殺されたと信じ、その仕返しを“下手人”とはほとんど無関係である、後の時代の複数の厚生省高官に対して行った。それに、自分が子供の頃に飼っていた犬は、検察側によると行方不明になったのであり、殺されたという証拠はないし、ましてや「野犬狩り」が殺したという証拠もない。単に交通事故に遭ったのか、あるいは逃げ出しただけかもしれないのである。が、どんなに理を尽くして説明しても、恐らく彼は自分がいったん信じたことを絶対に曲げないに違いない。そういうところが異常である。

 が、K被告の「異常さ」が例外的であることを認めたとしても、この残虐な犯行の動機が「執愛」であることを見逃してはいけない。彼の場合、性格の異常さが目立って動機が見えにくくなっているが、「動物への愛」も極端に走れば、同類である人間への自己同一感を否定するほどイビツな形で表現されることがあるのだ。そういう稀なケースが、この事件ではないかと私は感じた。仏教が「愛」を煩悩の1つとして捉えていることは、こういう視点から見れば極めて合理的である。動物を愛する読者諸賢にはこのような可能性がないことを、私は信じる。
 
 谷口 雅宣

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2009年11月22日

「自然を愛する」とはどうすることか?

 今日は午前10時から、長崎県西海市にある生長の家総本山に於いて、「谷口雅春大聖師御生誕日記念式典」が厳かに執り行われた。この式典は、前日に行われた龍宮住吉霊宮秋季大祭と龍宮住吉本宮秋季大祭という2つの御祭に続くもので、海外代表を含む各地からの生長の家の幹部・代表者が集まって、前年の運動の成果を讃え、今後の運動のさらなる発展を誓う場である。私は本式典において祝詞を奏上し、運動の功労者へ表彰状を授与するなどしたほか、大要以下のような挨拶を行った:
 
--------------------------------------------------------
 皆さん、本日は谷口雅春大聖師御生誕日記念式典に大勢お集まりくださいまして、誠にありがとうございます。
 この11月22日は、昨年までは「谷口雅春大聖師御生誕日記念」に加えて「生長の家総裁法燈継承日記念」という枕詞がついていましたが、今回からは2番目の枕詞は消えました。その理由は説明するまでもありませんが、私が生長の家総裁の法燈を継承させていただいたのが、今年の3月1日の立教記念日だったからです。ですから、今回の秋の記念日は、例年より何かが減ったのではなく、2つの枕詞が春と秋に分かれたということをご了解ください。谷口雅春先生のお誕生日がなくなったのでも、総裁の法燈継承を記念する日がなくなったのでもありません。

 さて、今年は全国的に秋の到来が早いように思います。気象庁に問い合わせたわけでもないので確かなことではありませんが、つい数日前には日本列島は寒気に包まれて、冬の到来を思わせるほどでした。東京地方の気温も最高が「9.4℃」という日がありました。生長の家本部の近くにある明治神宮の外苑のイチョウ並木も、ちょうど黄葉が見ごろで、長崎へ来る前日などは黄金色の絨毯を楽しむことができました。ここ総本山でも、公邸のお庭のカエデが奇麗に色づいてきています。こうして美しい自然に接することができるのは、本当にありがたいことと思います。このように今は紅葉が美しい季節ですから、私はこの秋の記念日には「自然界」の話をよくするのであります。今日は「自然を愛する」とはどういうことかを、皆さんと一緒に考えてみたいのであります。

 生長の家では現在、“自然と共に伸びる運動”をしようというので、私たちは運動方法や日常生活をいろいろ工夫して、できるだけ地球温暖化が進まないように心がけています。皆さんもこのことはよく心得ておられると思います。日本では政権交替が行われて、温暖化抑制により積極的な民主党が今、温暖化問題に取り組み出したところですが、残念ながら、世界全体の動きはまだまだ経済優先で進んでいるようであります。そのおかげで、温暖化の速度はIPCCが予測した“最悪”のシナリオに近い動きを示しているのが現状です。

 私たちは“生活者”としては、できるだけCO2を排出しない生活を心がけることはもちろんです。しかし、特に経済が停滞している現状では、経済復興のためには消費をどんどんしろという人が多いのですから、“信仰者”としては、「なぜ消費によってCO2を排出してはいけないか?」という問いに、宗教の立場から確信をもって答えることができなくてはいけないと思います。それは別の言葉でいえば、「なぜ自然を愛さなかればならないか?」という問いかけでもあります。その答えは、「神の愛を実践する」ためなのであります。仏教的に言えば、仏の「四無量心の実践」です。
 
「自然を愛そう」などと言うと、皆さんの中には「自然を愛することなど昔からやっている」という人がいるかもしれません。しかし、その「愛」とはどんな種類の愛でしょうか? 産業革命以降のこれまでの人類の文明では、「自然を愛する」とはいっても、それはたいてい自然の“全体”を愛するのではなく、自然物の中から人間にとって利用価値の大きい一部のもの--例えば鉄鉱石、石油、ウラン、木材、牛肉……を取り出して、それを愛する。つまり、自分のそばへもってきて、利用する--五感を満足させる手段として消費する--という意味でありました。自然の中でも人間の利用価値がないものは、“邪魔者”と見なされ、破壊されたり、廃棄物として捨てられてきました。これが経済発展とともに地球全体で大規模に進行してきたために、自然破壊が行われ、公害問題が発生して、さらには今日のような地球規模での気候変動が深刻化してきているのであります。

 その理由はなぜなのでしょうか? 人間は「自然を愛する」のをやめたのでしょうか? 私はそうは思いません。なぜなら、今のような紅葉の季節には、大勢の観光客が紅葉狩りに繰り出します。冬にはスキー客が繰り出し、春には山菜採りに繰り出し、花見に繰り出し、夏には海や山に繰り出して自然に接することで幸福感を味わうからです。また、世界中で似たような現象が起こりますから、自然を愛するのは日本人だけではない。それではなぜ、人間は自然を愛しながら自然破壊を続けるのでしょうか? この問題に正しく答えることができなければ、自然保護や温暖化抑制の試みはきっと失敗するでしょう。

 私はこれは、「愛する」という言葉の意味をしっかり理解しないところから来ていると考えます。生長の家では、「愛」というものを皆さんに無条件でお勧めしてはいません。これは、講師の先生方ならばよくご存じのことです。仏教でも、愛は煩悩の一つに分類されています。また、キリスト教でもイスラームでも、愛には低いものから高いものまでいろいろの段階があると教えられています。「自然への愛」についても、私たちは古来からある、こういう宗教の知恵から学ぶことが大切です。

 生長の家創始者の谷口雅春先生のご著書『新版 生活と人間の再建』には、第8章に「愛の諸段階に就いて」という題をつけて、この問題に明確な答えが示されています。この本は今、生長の家講習会のテキストにもなっていますから、皆さんもお持ちの方が多いと思います。お家へ帰ったら、読み返してみてください。
 
 (同書、pp.148-150 を朗読)
 
 ここで谷口雅春先生が説かれているように、人類のこれまでの「自然への愛」とは愛着の愛であり、執着の愛だったのであります。これは煩悩の1つでありますから、愛すれば愛するほど自然から奪い、自然を破壊する結果になってしまいました。私たちは今やその「煩悩の愛」を超えて、自然に対しても仏の四無量心を表す方向へと歩み出さなければなりません。

 では、それは何をすることでしょうか? 四無量心とは「慈・悲・喜・捨」です。すなわち、「慈悲」とは「抜苦与楽」の心です。つまり、人の苦しみを見ては、その苦しみを除いて楽を与えようと思う心です。これを自然界に対して適用すれば、自然が傷つき、多くの生物種が絶滅している現状を見て悲しみ、その自然を回復させ、生物種の保存と繁栄とを実現させようとする心です。また、生物が繁栄している様子を見れば、それを自分の繁栄のように感じて喜ぶ心が「喜」です。別の言葉で言えば、「自然と我とは一体なり」という自他一体の感情を起こし、その通りに生きることです。それが、より高次の「自然への愛」であり、これによって人間は初めて自然を傷つけ、自然から収奪する従来の生き方から離れることができるでしょう。
 
 さて、それでは四無量心の4番目の「捨徳」について考えてみましょう。自然を愛するに「捨」をもってするとはどういうことでしょうか? 谷口雅春先生は次のように説いておられます--
 
 (同書、pp.156-157 朗読)
 
 これを読むとお分かりのように、人間が自然を自分の好みに合わせてつくり変えるのではなく、自然本来の活力を発揮させ、自由に解放してあげることです。それによって、人間の生活に多少不便なことが起こっても、それを「不便」とか「不都合」とか考えないのです。なぜなら、自然と我とは一体なのですから、自然にとって好都合なことは自分にも好都合と感じるからです。人類の多くがこのような心境に到達するのは、まだまだ先のことでしょう。しかし、「神の愛」を実践することの大切さ、仏の四無量心の尊さを知っている信仰者には、こういう生き方に向かって努力することの意義がよく分かるのです。
 
 生長の家は、環境運動ではありません。宗教運動であり、信仰者の生き方を広める運動です。今日、環境問題の重要さは世界的に認知されるようになっていますが、それを宗教上の信仰の問題として捉える人は、残念ながらまだまだ少ないのです。生長の家はそれを行うことによって、今、困難に直面している地球温暖化抑制を精神的・宗教的側面から強力にバックアップしていく使命があると考えます。ですから、私たちは“自然と共に伸びる運動”をぜひ実現させ、その意義を生長の家以外の多くの人々にも伝えて、神の御心を実現していきましょう。
 
 自然の美しいこの秋の記念日にあたって、所感を述べさせていただきました。ご清聴、ありがとうございました。
 
 谷口 雅宣

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2009年11月18日

肉食の温室効果は51%

 人類が肉食をすることで地球温暖化が進行することは、いろいろな方面から指摘されてきたから、すでに多くの読者はご存じだろう。生長の家でも「肉食を減らす」ことを温暖化抑制の方策の1つとして、信徒や社会に訴え、また自ら実行してきた。具体的には、本部事務所や総本山での重要な会議や集会や、各地で開かれる練成会での食事を“ノーミート化”したり、ノーミートブログなどで、肉を使わない料理の献立や、それを食べさせるレストランを紹介してきた。が、肉食をすることで、実際にどれほどの量の温室効果ガスが大気中に排出されるのかは、詳しくわからなかった。ところが、このほどワールドウォッチ研究所(World Watch Institute)の求めで行われた研究では、食肉産業全体から排出される温室効果ガスは全体の「51%」、という高い数値が出た。17日付の『ヘラルド・トリビューン』紙が伝えている。
 
 それによると、この研究をしたのは、かつて世界銀行で環境分野の顧問を務めたロバート・グッドランド氏(Robert Goodland)と、世界銀行系のインターナショナル・ファイナンス社(International Finance Corp.)の環境問題専門家、ジェフ・アンハン氏(Jeff Anhang)。両氏の報告には「家畜と気候変動:もし気候変動の鍵を握るのが牛やブタ、鶏…だったら」(Livestock and Climate Change:What if the key actors in climate change are...cows, pigs and chickens?)という題がつけられている。研究では、生きた家畜から出るメタンなどの温室効果ガス、家畜の飼料を栽培するため、あるいは牧草地を造るための森林伐採など、食肉産業全体から排出される温室効果ガスの量をCO2に換算して算出した結果、上記の数値を得た。特にメタンは、CO2に比べて23倍もの温室効果があるため、深刻な影響がある。国連の食糧農業機関(Food and Agriculture Organization)が2006年に出した報告では、家畜からの排出量は全体の「18%」とされていたが、今回の数値は産業全体を含んだため、大幅に拡大したようだ。
 
 15日付の本欄では、森林伐採による温室効果ガスの排出量は全体の「17%」--という数字を紹介したが、これの3倍の量を食肉産業が排出していることになる。ということは、航空機の使用を減らしたり、自動車をガソリン車から電気自動車へ替えるよりも、また森林を守ったり植林をすることよりも、我々が肉食を減らすことの方が地球温暖化抑制のために効果的だと言えるだろう。この数値には、目を覚まさせられないだろうか。我々は動物を苦しめ、その命を犠牲にして自分の欲望を満たしてきたことで、気候変動を起こし、自ら苦しみ、多くの命を犠牲にしつつあるのである。「因果晦まさず」という言葉は真実である。
 
 地球温暖化以外にも肉食が抱える諸問題を意識して、マクロビオテックなどでは、肉食をせずに「肉の味」を楽しめるテンペ(大豆)、セイタン(小麦)などの食肉代替品が開発されている。が、最近では、先端的な再生医療から得た技術により、個体から分離した家畜の細胞を増殖させて“培養肉”(cultured meat)を製造する研究が行われているらしい。同紙の記事には、それが10年以内に実現するという研究者の談話が載っている。その研究者は、培養肉の製造により、温暖化ガスの発生は9割ほど抑えられるから、自動車をすべて自転車に替えるよりも効果があり、しかも家畜の肉よりも衛生的だとしている。私は、そんな方向に人類が進むと思うと、暗澹たる気持になる。

 谷口 雅宣

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2009年11月15日

森の大切さ

 今日は目の覚めるような晴天のもと、千葉市の幕張メッセ・イベントホールで千葉教区の生長の家講習会が開催された。気温も暖かで紅葉・黄葉の美しい休日でもあったから、宗教の話よりも行楽を選ぶ人も多かったろうと思うが、1万人を上回る数(10,109人)の受講者が参加してくださり、和やかな雰囲気の中で講習会がもてたことは誠にありがたかった。

 午後の部の講話で、私は地球温暖化抑制のための人類の努力がいま、どのような困難に差しかかっているかを話した。本欄の読者にもそれを知ってもらいたいので、以下に少し書くことにする。

 パリに本部を置く国際エネルギー機関(International Energy Agency, IEA )はこの10日、『World Energy Outlook 2009』(世界のエネルギー展望)という報告書を発表した。これは同機関の毎年のレポートの最新版だが、698頁もある大部のもの。それによると、世界各国のエネルギー政策が変わらずに、このまま経済発展が続いていくと、人類の化石燃料への依存は今後急速に強まり、気候変動とエネルギーの供給不安がますます深刻になるという。

 12月にはデンマークのコペンハーゲンで190カ国の代表が集まって、京都議定書に続く気候変動抑制のための条約の交渉が行われるが、そこでの合意はかなり難しいとされている。その理由は、化石燃料を基礎とした現在の文明から、風力や太陽光などの再生可能エネルギーを基にした新しい文明へ転換するためのコストを、誰がどう負担するかで、先進国と途上国の間に鋭い意見の対立が続いているからだ。

 途上国側の主張は、今日の温暖化をもたらしたのは先進国だから、原因をつくった先進国がコストを支払うべきで、途上国の経済発展を妨げる権利はないというもの。これに対し、昨年来の経済不況から立ち直れないでないでいる先進国は、高額の資金の提供や、自らのもつ環境技術の提供に消極的だ。京都議定書後の取り組みについては、先進国は中国やインドなどの新興国にも温暖化ガス削減の義務を認めさせようとしているが、それらの国々は上記の理由から、それに反対する姿勢を崩していない。

 その一方で、昨年来の世界的経済不況は、温暖化ガスの排出を大幅に減らすという意味ではよい効果をもたらした。IEAもこのことに触れ、経済の停滞によって、今年の温暖化ガス排出量は世界全体で3%減少すると予測している。これは、この40年間で最大の下げ幅という。しかし、2012年に期限切れとなる京都議定書の後に、温暖化抑制のための国際合意ができない場合、2030年には温暖化ガスの排出量は40%も増えることになるという。この増加分の半分以上は中国によるもので、残りはその他の新興国による。

 今の人類の経済活動が地球規模でどの程度の自然破壊をもたらしているかについては、アメリカの著名な評論家、トーマス・フリードマン氏(Thomas L. Friedman)が、11月12日の『ヘラルド・トリビューン』紙に寄稿した論説が分りやすい。それによると、現在の地球上で使われるすべての交通・運搬手段--列車、自動車、トラック、航空機、船舶--から排出されるCO2の量よりも、森林伐採によって発生するCO2の量の方が多いというのである。森林伐採による温暖化ガス排出量は、人間の活動全体から排出される量の17%を占めているが、これを止めることの方が、化石燃料から再生可能エネルギーへの転換を図るよりも効果的であるという。毎年、地球上から消失する森林の面積は、アメリカのニューヨーク州ほどの広さだという。同州の面積は約12万8400平方kmだが、これを日本の国土に当てはめてみると、北海道、四国、九州を足した広さ(約13万2000平方km)にほぼ匹敵する。現在の“経済成長”というものには、これだけの面積の森林を毎年消失させるという深刻なマイナス面をもっていることを、我々は知るべきである。

 私は今日の講習会で、IEAの報告書の話はしたが、フリードマン氏の論説に触れる時間がなかった。が、ここで考えてみると「森林伐採による温暖化ガスの排出」とは、チェーンソーや木材運搬用のトラックから排出される温暖化ガスのことであるよりも、「伐採によって森林に吸収されなくなるCO2の量」のことなのだ。つまり、人類が現段階以上の森林破壊をやめることができれば、CO2の排出量を「17%」も森林が吸収してくれるのである。植林や育林の重要性を改めて感じる。秋の紅葉は美しくてありがたいが、緑豊かな森の大切さも忘れてはなるまい。

 谷口 雅宣
 

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2009年11月11日

フォートフッドが教えるもの

 本欄では、宗教上の信仰と暴力や戦争との関係について機会を見て取り上げ、考えてきた。5月末には「信仰による戦争の道」(29日30日)と題して、イラク戦争遂行のためにアメリカではキリスト教の信仰が利用された例を取り上げ、8月にはクリストファー・ヒッチェンズ(Christopher Hitchens)氏が数々の宗教と暴力事件との結びつきを著書で指摘していることを紹介(/08/3-e6cb.html)し、神への信仰が必ず暴力をもたらすのかどうかを検証した。私の結論は、信仰自体が暴力の原因なのではなく、「神」に対して「悪」を想定すること、善と悪とが対立する世界を信じることが、悪を滅ぼす手段としての暴力や戦争を正当化する、というものだった。
 
 最近、アメリカ軍内部で起こった銃の乱射事件も、この結論の正しさを証明していると私は考える。この事件は11月5日、テキサス州フォートフッドにあるアメリカ最大の陸軍基地で、軍の精神科医、ニダール・マリク・ハサン少佐(Nidal Malik Hasan、39歳)が銃を乱射して13人が死亡、43人が負傷したというもの。ハサン少佐がパレスチナ出身のイスラーム教徒であることはすぐに明らかにされたが、この事件は今のところ、同少佐の個人的な心の問題が原因と考えられ、テロとは無関係とされているようだ。が、その後、ハサン少佐がイスラーム過激派の宗教指導者と結びつきがあっただけでなく、その事実をFBIなどの米情報機関が事前につかんで注意を喚起していたことが判明し、問題になっている。11日付の『ヘラルド・トリビューン』紙が報じている。

 それによると、ハサン少佐と連絡があったのは、イエメン人を両親にもつアメリカ人でイスラーム指導者、アンワー・アル・アウラキ師(Anwar al-Awlaki)で、彼は、ハサン少佐がヴァージニア州の郊外に住んでいた頃、通っていたモスクの宗教指導者だったという。アウラキ師は、2000年から2001年にかけてアメリカ国内の2つのモスクの指導者をしていて、それらのモスクには9・11事件の実行犯3人が出入りしていたという。しかしアウラキ師は、この同時多発テロについて否定的な見解を示していたため、当初は穏健派と見なされていたようだ。しかし、2002年にイエメンにもどってからは、同師は自分のウェブサイトを通じて、過激な見解を発表するようになっていたという。
 
 ハサン少佐とアウラキ師が米国内で直接接触していたかどうかは明らかでないが、昨年12月以降、ハサン少佐がアウラキ師に宛てた電子メールが米情報機関によって20通ほど、傍受されているという。が、その内容を分析した結果、FBIは「この時点では、ハサン少佐に共犯者がいるとか、テロ計画の一部を担っていることを示す情報は何もなく、また、両者間の連絡の内容はハサン少佐の軍医としての研究の一部だと解釈できるし、それ以外には何も発見されなかった」という理由で、「テロ活動やテロ計画に加わっていない」との結論を出したらしい。が、今回の乱射事件後、アウラキ師はハサン少佐を「英雄」と呼び、「彼こそ、イスラーム教徒であることと、祖国と戦う軍に仕えることとの矛盾に耐えられなくなった良心の人である」と讃え、「イスラームの教えに従いながらアメリカの軍人として生きる唯一の道は、ニダール(・ハサン)のような男の後に続くかどうかである」と記しているという。
 
 私は、アメリカ政府が「テロリズム」というものをどのように定義しているか知らないが、宗教の信仰と暴力のつながりという点で言えば、今回の事件は明らかにそれがあると思う。つまり、これは「信仰による暴力」である。ハサン少佐は犯行の際、祈るように頭を下げてから「アラー・アクバル(神は偉大なり)」と叫び、2丁の拳銃から100発近くを乱射した。その中の1丁は、半自動の殺傷力の大きなもので、8月に前もって自ら購入しているという。また、犯行前日には、隣の人に自分の『コーラン』や家具などを渡しているというから、一時の狂乱で犯行に及んだのではなく、入念な準備をした後の確信的行動に違いない。その行動が、かつて通っていたモスクの指導者の言葉から、まったく影響を受けなかったとは考えにくい。その指導者が、イラクやアフガニスタンにおけるアメリカ軍の行動を「イスラームに対する攻撃」だと捉えているとしたら、ハサン少佐も同じ認識をもつにいたった可能性は大きい。

 その場合、自分の国と自分の信仰のどちらを選ぶか、という深刻な問題が生じる。7~8日付の『ヘラルド・トリビューン』紙は、ハサン少佐が実際に、そのジレンマに悩んでいたことを、同少佐の従兄弟、ネイダー・ハサン氏(Nader Hasan)に取材して書いている。それなら、軍隊をやめればいいとも思うが、貧しい移民の子である彼は、高校卒業後、親の反対を押し切ってただちに陸軍に志願し、そのため軍の費用で大学へ行き、医者としての訓練を受けることができたのである。だから、簡単にやめることはできなかったようだ。

 アメリカ軍の中には、彼のような立場のイスラーム教徒が少なくないに違いない。10日付の同紙は、9・11事件後、アメリカ軍は、中東方面の言語や文化を理解する人を重点的に雇ったと書いており、その結果、140万人の現役軍人のうち約3千5百人は、自らを「モスレム」だと表記しているという。が、この表記は任意なので、実際にはこれよりずっと多くのイスラーム教徒が軍人として世界各地で任務についているだろう。だから今回の事件は、長期にわたって中東に派兵しているアメリカにとって、大変重い問題の存在を示しているのである。
 
 谷口 雅宣

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