2009年11月 6日

レヴィ=ストロース氏、逝く

 すでに報じられていることだが、文化人類学者で偉大な思想家としても知られるレヴィ=ストロース氏(Claude Levi-Strauss)が、100歳で亡くなった。ユダヤ系フランス人で日本文化にも興味をもち、何度も来日して講演録も出版されている。ブラジルの先住民の文化をフィールドワークによって研究して書いた『悲しき熱帯』(1955年)や『野生の思考(パンセ・ソバージュ)』(1962年)などで、人類が混沌とした秩序のない“未開社会”から、しだいに洗練された文化をもつ社会へと発展してきたという西洋中心主義の考え方を否定し、“未開”と見える社会にも一定の秩序と構造が見出せると主張して、当時の西側社会にセンセーションを巻き起こした。神話学の分野でも大きな貢献をしている。日本とブラジルの双方に関係があり、神話にも詳しい思想家だから、生長の家とも直接的な接点があってよさそうだが、その形跡は見つかっていない。
 
 私はしかし、生長の家の万教帰一論を深く理解するためには、この人の研究から学ぶことは数多くあると思う。その1つは構造主義的なものの見方である。構造主義とは、物事の表面からは隠された(潜在的な)構造を見出して、その構造によって現象を理解し、ひいては現象に働きかけようとする立場である。宗教とも関係が深い精神分析学の分野では、「エディプス・コンプレックス」とか「元型」などの概念がそこから生まれている。谷口雅春先生の諸著作の中では「男性原理」に対する「女性原理」という考え方や、「東洋的文化」と「西洋文明」を対比させる方法は、きわめて構造主義的である。神話の分野にも、そういう隠された構造があると考えるのが神話学の立場である。そのことを、レヴィ=ストロース氏は『神話と意味』の中で次のように語っている:
 
「神話の物語は気まぐれで無意味で不条理です。とにかく見たところはそうです。にもかかわらず神話の物語は、世界的に反復して現われるように思われます。ある地点の人が頭の中でこしらえ上げた“奇想天外”の作り話ならば、1つしかないのがあたりまえ--つまり、まったく別の場所に同じ作り話が見出されるのはおかしいはずです。私の問題は、この外見上の無秩序の背後に、ある種の秩序があるのではないかと探ってみること、ただそれだけでした」
(同書、p.15)

 神話は、宗教の出発点であると言えるだろう。日本古来の神道は、『古事記』『日本書紀』などの神話を含む書物を基本としている。聖書の『創世記』は、神話との共通点が多いだけでなく、その一部に神話を含むと言っていいだろう。この教典は、ユダヤ教、キリスト教、イスラームという3大一神教の基礎である。初期仏教の教典やヒンズー教の教典にも、神話が含まれている。そしてこれらの様々な神話は、登場人物の名前や行動などの細部は皆、まちまちで個性的であっても、物語の基本構造は共通しているというのが、神話学が見出したことなのだ。これと同じ考え方が万教帰一論の背後にはある。
 
 こういう研究を続けてきた氏が、同じ本の中で宇宙の秩序について興味あることを言っている:
 
「人類の知的業績を見わたすと、世界中どこでも、記録に残る限り、その共通点は決まってなんらかの秩序を導入することです。もしこれが人間の心には秩序への基本的欲求があることを表わしているとすれば、結局のところ人間の心は宇宙の一部にすぎないのですから、その欲求が存在するのは、多分、宇宙に何か秩序があり、宇宙が混沌ではないからでありましょう。」(同書、p.16)

 レヴィ=ストロース氏は学者であるから、「神」という言葉は使っていない。が、人間の心が求めてやまないものが宇宙にあるという考えが、ここに表明されている。
 
 谷口 雅宣
 
【参考文献】
○レヴィ=ストロース著/大橋保夫訳『神話と意味』(みすず書房、1996年)

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2009年11月 3日

右脳しびれて

 快晴ながら寒波に包まれた文化の日だったが、私は妻と恒例の生長の家聖歌隊チャリティーコンサートへ行ってきた。今年は27回目で、京王井の頭線の駒場東大前駅の近くにある「こまばエミナース」のホールで午後1時45分から行われた。第1部の前半は、谷口清超先生の曲を中心とした聖歌が合唱され、後半はホームソングメドレー、そして観客も共に立ち上がって「紅葉」を合唱した。休憩をはさんだ第2部では、前半が特別ゲストによるフルート演奏、後半は聖歌隊による「心の四季」の合唱だった。
 
 想像していたよりも立派な会場で、音響効果もよかった。私たちは最近、コンサートへ行く機会などなかったから、じっくりと音楽の中に浸かって過ごす時間は、格別にありがたかった。音楽は、言葉を使わなくても感情や思想を伝えてくれる。そういう意味で、右脳から入る強力な情報だ。聖歌は、それに「歌詞」という言葉が加わって左脳の共鳴を呼ぶという点で、幅広く、また深い感動が味わえる。私は今回の聖歌の中では「無限を称える歌」に特に心を動かされた。この歌は、神に対して歌い手が二人称で語りかける形をとっている点で、祈りに似ている。そして、転調の後に、神が応える言葉が続くから、オペラのような構造でもある。しかし、その神の言葉は、あくまでも短く、重く、圧倒的だ。その言葉に対して、歌い手は感動に震え、神性の自覚を深めていく--そういうストーリーが背後にある。歌詞は1番から3番まであるが、それを読むだけでは出てこない感情的な高まりが、音楽に乗せて歌を唄うと心底から湧き出てくるから不思議だ。
 
 オペラと言えば、ズィーチンスキーの「ウィーンわが町」を聴いたとき、ミュージカルのフィナーレを観ているような気分になった。私はウィーンに行ったことはないが、ヨーロッパの明るい町並みを背景に、人々が大勢集まって「人生には喜びも悲しみもあるけれど、すべてよく、みな素晴らしい」と歌っている--そんな光景が私の瞼の裏側で展開しているようだった。分析的な頭でものを考えるクセがついている私のような人間には、分析とは全く別の方向から感情が怒涛のように押し寄せ、どこかへ連れて行かれるようで、しかもそのことが全く不安でなく、まるで心地よい波乗りをしているような気分だった。
 
 このような“右脳しびれる”体験を与えてくださった聖歌隊員の皆さん、また生長の家の音楽愛好家の皆さん、どうもありがとうございました。ちなみに、この日の入場者数は357人で、平成18年以降ではいちばん多かったそうだ。収益金は、例年のようにフジネットワークチャリティーキャンペーン事務局を通して、日本ユニセフ協会へ寄付され、西アフリカのシェラレオーネの子供たちのために使われる。
 
 谷口 雅宣

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2009年10月28日

谷口清超大聖師一年祭が行われる

 今日は秋晴れの空の下、午前10時から東京・原宿の生長の家本部会館ホールにおいて「谷口清超大聖師一年祭」が厳かに執り行われた。御祭には谷口恵美子・前白鳩会総裁も出席され、玉串拝礼と聖経読誦をされたうえ、挨拶の言葉を述べられた。その後に私も挨拶に立ち、大略以下のような言葉を述べた:

 皆さま、本日は谷口清超大聖師の一年祭に大勢お集まりいただきまして、誠にありがとうございました。
 
 谷口清超先生がお亡くなりになってから、ちょうど一年がたったわけですが、長いようで短い期間でありました。私はその間、この本部会館の2階にいたのが、一番上の階へ移りまして、清超先生が使っておられたお部屋で執務することになりました。部屋だけではなくて、デスクも椅子も応接セットも調度品も……、いろいろな“お下がり”をありがたく頂戴して、今でも使わせていただいています。そうして、谷口清超先生がものを大切にして生きてこられたことを改めて実感しているしだいであります。このことは、すでに機関誌の7月号に書いたので、詳しい話は省略いたします。
 
 今度、私のブログを集めた単行本の『小閑雑感』シリーズの第14巻目が発行されました。発行日は11月1日になっていますが、本部の販売部にはすでに入庫しています。その本には、ちょうど昨年の今日、10月28日付で書いたブログの記事が含まれています。その中で私は、谷口清超先生のご業績について短くまとめているので、特に私たちの運動と直接関係する部分について、その記事から引用したいと思います。同書の終りの方ですが、272ページの下から4行目から朗読します:
 
「谷口清超先生は、1985(昭和60)年に生長の家創始者、谷口雅春先生のご逝去にともなって2代目の生長の家総裁を襲任され、以後23年間、全世界の生長の家の中心者として、世界では20世紀末から21世紀にかけて、日本では昭和から平成へ移る激動の時代に、不変の真理を説き続けられた。特に、1948(昭和23)年9月から1994(平成6)年3月まで46年間続けられた生長の家講習会では、毎年日本の全教区を回られるなどして、大勢の人々に真理を宣布され、数多くの救いを成就された。海外にも1956(昭和31)年にハワイ・北米・南米へ、1970(昭和45)年にブラジルへ、1977(昭和52)年には南北アメリカ大陸へご巡錫されるなど、万教帰一の教えを世界に述べ伝えられるとともに、海外の信徒に多くの救いと励ましをもたらされた。
 
 また清超先生は、国内の組織運動を改革されることで、女性信徒の組織である生長の家白鳩会が飛躍的に伸びる体制を作られた。これは、かつての単位組織だった誌友相愛会が、男性が女性を使う形で運営されてきたことで、女性の個性を生かした運動が生まれにくかった点を改革されたもの。これによって女性信徒が自立し、主体性をもって真理宣布の運動に取り組むことが可能となり、教勢は大いに拡大した。また、地方講師会を“組織の血液”として位置づけられることにより、相愛会、白鳩会、青年会の三者協力体制と“教え”との関係を明確化された。さらに先生は、政治活動に偏っていた1970年代の運動の弊害に気づかれ、1983(昭和58)年、政治団体であった生長の家政治連合の活動停止を決意されたことで、今日の生長の家の“信仰運動”としての基盤を確立された。」

 このように、日本国内の運動では、①谷口清超先生は女性の宗教運動としての白鳩会の自立を達成され、また②運動における講師の役割を、人体の機能になぞらえて“組織の血液”として明確に位置づけられ、さらに③生長の家の運動を政治と分離して純粋な信仰運動とされた点で、私たちに大きな、ありがたい遺産を遺してくださったのであります。私たちはこれらをしっかりと継承し、その上に立って運動をさらに発展させていきたいと思うのであります。

 幸いにも、その発展の“芽”は今、伸びつつあります。その1つは、11月1日号の『聖使命』新聞にも報じられていますが、来年4月から発行される新しい3種類の普及誌の見本誌ができたことです。『いのちの環』『白鳩』『日時計24』の3つです。会員の皆さんの手元に届くのは11月上旬ぐらいだそうです。これによって、地球温暖化抑制と運動の発展を両立させようとする“自然とともに伸びる運動”のための有力な媒体が誕生したことになります。この見本誌には、新しい運動の考え方がよく表れていますから、皆さまも内容をよく読んで、普及誌の継続や購読者拡大の運動にどんどん利用していただきたいのであります。

 さて、谷口清超先生は、私たちの伝道活動についても、各方面にわたって丁寧なご指導をしてくださいました。先生が総本山で倒れられるひと月前の1月の新年祝賀式でも、貴重なお言葉をいただいているので、次にそれを紹介いたします。これは、機関誌の今年の1月号に載っているので、あとでしっかり読んでくださるとありがたいです。ここでは「伝道をする相手をどう選べばよいか」という問題について、先生は「あまり焦らずに、幅広い心をもって、幅広い人々を対象にして伝道しなさい」とおっしゃっています。

(『生長の家白鳩会』平成21年1月号、pp.20-22 を朗読)

 人と人との間には「機縁」というものがありますから、家族であっても嫌がっている相手には、いくら伝道しても真理は伝わらないことが多いのです。その逆に、まったく初対面の人であっても、真理を求めている人に対しては教えがすぐに伝わり、私たちの運動の強力な仲間になってくれることもあります。だから、「今、あの人に伝えなければ意味がない」などと伝道の相手に執着して限定せずに、すべての人々はすでに本性においては神の子であり、仏であるという実相を観じながら、また、人間の生命は不死であるから、今生で伝わらなくても次生があると信じて、できるだけ広範囲の人々に、焦らず、緊張せず、気軽に、明るく、御教を伝える活動を展開していってください。

 谷口清超先生の一年祭に当り、所感を述べさせていただきました。ありがとうございます。

 谷口 雅宣

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2009年10月27日

本欄が書籍に (9)

Part14_m  本欄の4ヵ月分を集めた単行本『小閑雑感 Part14』(=写真)が、11月1日付で世界聖典普及協会から発売された。カバーしている期間は昨年の7月から10月で、296ページある。前巻の『Part 13』が268ページだから、28ページ多い。写真やスケッチ画などの“色もの”も28点入っている。今回の巻の特徴は、宗教・哲学に関係する文章が多いことで、全部で50篇ある。その中にあるイスラームに関する9篇の文章は、すでに『衝撃から理解へ--イスラームとの接点をさぐる』(2008年)という単行本に吸収されているが、残りはこの本が書籍としては最初だ。未収録のものは、互いに内容が関連しているものが多いから、いずれ加筆修正等をして1冊の本にまとめられればいいと思っている。

 私は最近の本欄で、グーグルのブック検索やアマゾンの電子ブック端末「キンドル」について書きながら、発祥以来、文書伝道を“軸”として運動を展開してきた生長の家であっても、今後はそれだけでは足りず、「雑誌」や「書籍」という形態とは異なる文書--インターネット上の電子情報を駆使した運動を開発する必要性を強く感じてきた。幸いにも、「インターネット講師」の制度が発足し、来年4月からの新しい普及誌と連動した新サイト「PostingJoy」も動き出しているが、やるべきことはまだ多く残っている。

 運動の仕方においても、ひと昔前には月刊誌を「百部一括」したり「千部一括」することが称揚されていたのとは打って変わって、森林伐採を抑えるため、新しい普及誌では、相手を吟味した「手渡し」や「郵送」が主体になる。その際、かつて「百部一括」や「千部一括」によって生れていた普及誌読者や信徒を、全く失ってしまうのではいけないのである。雑誌や本とは異なった媒体で、また異なる場所で、できるだけ多くの人々が真理と接するための工夫や努力は、今後ますます必要になるのである。そういう“新分野”の1つが、インターネット上の電子空間であることは明白だろう。
 
 この本の最後には、10月31日の日付で「本は電子化する」という題の文章が収められていて、私がそういう方向性を当時から考えていたことが分かる。

 谷口 雅宣

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2009年10月26日

終末論の宗教 (4)

 この題で本欄を書くきっかけとなった高校生の質問に対して、私の答えをひと言で表現すれば、「終末論の宗教は本物ではない」ということだった。なぜそう言えるかということは、「唯神実相」と「唯心所現」という生長の家の教義から本欄ですでに説明した。生長の家創始者、谷口雅春先生は、ありがたいことに心霊学的立場からもこれを明快に説明されているので、今回はそれを紹介しよう。

「終末論」は「預言」や「予言」と密接に関係している。キリスト教の教典で終末論を扱った代表的なものは、『ヨハネの黙示録』である。この書は英語では「The Revelation of St. John the Divine」とか「The Revelation to John」などと表記され、略称は「Revelation」である。「revelation」は動詞の「reveal」(啓示する)の名詞形で、日本語の「啓示」の意味だ。「黙示」という日本語は、「黙ったままで相手に意思を表明する」という意味だが、宗教的な文脈では「啓示」と同じである。神は人間に対して、普通は誰にでも聞こえるような声によって“お告げ”をしないから、黙示すると考えられるのだ。

 この『ヨハネの黙示録』には、英語では「The Apocalypse」という別称がある。この語は、ギリシャ語の「apokalupsis」から来ていて、「~から離れる」という意味の接頭語「apo-」と「包み」の意味の「kluptein」からなっている。つまり、「包みから離れる」→「包み隠されていたものが現れる」という意味から、「秘密を暴露する」とか宗教的な「啓示」の意味に使われてきた。特にキリスト教の文脈では、再臨のキリストによる“最後の審判”と、“御国の到来”を説く秘密の書の内容が開示されることが「Apocalypse」であった。この「秘密の書」とは『ヨハネの黙示録』や『ダニエル書』などのことだ。

 このように、“最後の審判”によって世界や歴史の終末が来ることを預言者が語り、また予言が行われることで、ユダヤ=キリスト教信者の間で終末論が時間をかけて形成されてきた。この過程で、何人もの預言者が“世界の終り”についての啓示を受け、それを発表し、ユダヤ民族や世界に対して警鐘を鳴らしてきた。だから、ここで扱う「啓示」には2つの意味があるのである。1つは、代々の預言者が受ける啓示であり、もう1つは、すでに記された“秘密の書”の意味内容の啓示(開示)である。谷口雅春先生は、このうちの前者について、ユダヤ=キリストの文脈を超えた一般論として、私たちがどう判断すべきかを『新版 生活と人間の再建』(2007年)の中に明記されている。(pp.301-302)
 
 先生はここで預言者の質を問題にされている。なぜなら、宗教の開祖らの中には、「我は神の自己実現なり」という高度な霊的自覚に自ら達していないにもかかわらず、憑依霊が「お前は神の子だ」とか「お前は○○神だ」と囁く声を聞いてその気になり、予言や預言をして人々を迷わす者があるからだ。このような質のよくない預言者は、次の4点から判別できるという:
 
 ①「世の終り」を宣言して人心を恐怖に陥れる者は、おおむね憑依による。
 ②動物霊など人間以外の自然霊が憑依した預言者は、人間らしくない奇行を伴う。
 ③憑依現象による預言は、論理的な一貫性がなく、猥雑な語句が交錯する。
 ④憑依による預言は偏執的で、他者に対して強圧的である。

 この4項目の最初に、「終末の預言はおおむね危険である」と示されていることに私たちは注意しなければならない。また、一部の宗教指導者の中に奇行癖があったり、性的な異常行動があったり、他者への旺盛な支配欲があったりする理由が、これによって分かるのである。

 谷口 雅宣

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2009年10月24日

絵封筒展、開きます

 10月13日の本欄で私の絵封筒について触れたとき、11月に長崎県西海市の生長の家総本山で行われる秋季大祭を機に、これまで描いた作品を集めて絵封筒展を開くことを検討中だと書いた。おかげさまで、総本山と世界聖典普及協会のご協力により、同本山の練成道場第2研修室で「谷口雅宣絵封筒展」を開催することがこのほど決まった。期間は、11月20日の午後から22日の午後3時半までで、約70点の絵封筒が展示即売される予定。昨年夏に宇治別格本山で展覧会を行ったときの絵封筒の出品数は34点だったので、その倍ほどの数がお楽しみいただける。主催者の世界聖典普及協会では、この展覧会に合わせ、私の絵封筒の絵柄をあしらった来年用卓上カレンダーも頒布するという。

 さて、今日は生長の家講習会で群馬県の太田市藪塚町というところに来ている。ここは桐生市の隣町で、講習会は山を一つ越えた桐生市の市民文化会館で行われる。その前日のひと時を、この鄙びた温泉町で過ごすことができた。温泉町とはいうが、温泉宿は私たちが止まったホテルを含めて、3軒ぐらいしかない。かつては栄えた町だったであろうが、今は訪れる人の数が多くないことは、町のあちこちに掲げられた店の看板の古さや、旅館の壁の傷み方、温泉宿近くの神社の庭の荒れ具合などから想像できる。それでも私たちが泊まったホテルには、日帰りで温泉を楽しむ地元の人々が多く集まってきていて、広い駐車場もほぼ満杯状態だった。私たちは夕食前、そんなホテル界隈を散策して、町の様子をゆっくりと味わった。
 
 寂れた町にもいいところはある。特に、“旅人の目”で見る静かな夕暮れ時の田舎道は、Ginnan_gum なぜか心を落ち着かせてくれる。住む人が少なくなっても、その逆に自然の力が諸所に豊かに発揮されているのが分かるからだ。私はそれを地元の産土神社近くにあった廃屋の屋根の上に見た。廃屋の隣には、幹の太さが二抱えもあるイチョウの雌木が立っていて、錆びたトタン屋根の上にびっしりと銀杏の実が落ちていたのである。私はその時、講習会で福岡へ行った際、博多の街のイチョウ並木の下に落ちた銀杏の実を、地元のおばさん達が目を皿のようにして拾っていた姿を思い出した。都会での“貴重品”も、この地では拾う者は誰もいない。その代り、それらは自然の循環の中で、しっかりと役割を果たしながら息づいているのだった。
 
 銀杏を敷きつめてありトタン屋根
 
 谷口 雅宣

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2009年10月20日

終末論の宗教 (3)

 2日前の本欄のコメント欄をご覧になった方はお分かりだが、山梨教区での生長の家講習会で本件について質問してくれた16歳の高校生本人から、私のここでの回答を読んでくれたとのコメントがあった。私としてはこれで“約束”が守れたので、ひと安心の思いである。
 
 ところで、この高校生のような質問が出ることにはもっともな理由がある。それは、終末論は多くの宗教の教えや考え方の中に含まれているからだ。このことを私は、『心でつくる世界』の中で次のように書いた:
 
「この思想は、キリスト教ばかりでなく、その“兄弟分”とも言えるユダヤ教を初め、イスラム教、仏教、ゾロアスター教にも表われている。また、アメリカ・インディアンやエスキモーの神話や伝説の中にも、メラネシア、ポリネシア、アフリカ民族の間にも、同様の考え方が古くから伝わっている」(p.125)
 
 講習会では、私は「万教帰一」の意味を「あらゆる宗教の教えの神髄は共通している」と表現した。この表現を表面的にとらえて、「あらゆる宗教に共通した部分は、宗教の神髄である」と理解すると、「終末論も真理である」という誤った結論にいたる可能性がある。私は前回、そのことを指摘したのだった。

 宗教の「神髄」とは、表現された言葉のうわべの意味のことではない。むしろ、うわべの意味からは必ずしも理解されず、したがって次の表現に向かわせる力をもっているが、その表現においてもうわべの意味からは必ずしも理解されず、したがってさらに次の表現に向かわせるが、その表現においてもうわべの意味からは必ずしも理解されず……というように、言葉での表現は(不可能でなければ)かなりむずかしいものである。このことは、仏教では禅宗の考案の中によく表れている。「仏とは何か?」「○○に仏性ありや?」という類の問いに対する答えは、必ずしも一定していないし、「不立文字」という言い方もある。また、聖書に記されたイエスの教えでは、「神の国」とか「御国」を説明するのに、言葉の表面の意味からはなかなか解らない比喩が数多く使われている。

 これに対して終末論は、言葉の表面の意味からもすぐに分かる考え方である。だから、私も前回、その意味を表した文章を既刊の拙著から引用し、読者もそれを読んで意味が分かったはずである。そして、現代の人類が抱える核拡散や地球温暖化の問題を深刻に考えたとき、人は終末論的な見方に引き寄せられる可能性があると述べたのだった。
 
 しかし、生長の家の教えは終末論ではない。人間の能力を超えた巨大な“悪”の力や、神や天使と互角の戦いをするサタン、そして、天使とサタンとの恐怖に満ちた闘争が来るなどとは考えない。そうではなく、もし我々人類の前に今、核テロリストや気象変動による大災害、あるいは資源枯渇から来る戦争勃発の危険があるとしたならば、それらは人類自らの“迷い”の産物だから、人類自らの“覚醒”によってその危険を取り除くことができる、と生長の家では考えるのである。
 
 谷口 雅宣

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2009年10月19日

終末論の宗教 (2)

 話が前後してしまったが、「終末論」とは何かについて私は前回定義しなかった。これについては、拙著『心でつくる世界』の中では「世界の終末への信仰」のことだと書き、次のように補足説明している:
 
「ここで言う“終末”とは単なる“世界の終り”ではなく、多くの場合、“最後の審判”と“因果応報”の考え方を伴っている。つまり、やがてこの世界は終末を迎えるが、この世の終りには、神あるいは救世主が再び現われて、これまで放置されてきた世の中の“悪”や“罪”のすべてを裁き、(時には壮絶な戦いの末に)それを滅ぼすことによって、新しい理想的な“善なる世界”(神の国、天国、浄土など)が到来する--こういう考え方である」(pp.124-125)

 私はこのとき、キリスト教について「このような終末論を教義全体の中心的位置に据えている」と表現した。このことと、前回本欄で書いたこと--「キリスト教は終末論である」という理解は、控え目に言っても不十分なのである--とは矛盾しているかもしれない。が、この違いは、キリスト教に対する私の認識の変化を表している。また、宗教の教えを“中心部分”と“周縁部分”に分けて捉えた場合、終末論は前者に属さないという私の考えにもとづいている。が、これらの点については、今回はこれ以上触れない。

 さて、講習会での質問者の問いは、「終末論を唱えている宗教は万教帰一に入るのか?」だった。この問いは、しかし何かが欠けている。つまり、質問の意味が今一つ明確でない。世界の宗教は、「万教帰一」という概念に含まれるか含まれないかというような、二者択一的な分類はすべきではない。が、質問者はそういう考え方をしているようにも受け取れる。万教帰一の意味は、「あらゆる宗教の教えの神髄は共通している」というものだから、終末論を唱えていても、共通した神髄を説いている教えはあり得るし、その逆に、終末論など唱えていなくても、共通した神髄を説いていない教えも(万教帰一の対象から外れるが)あり得る。だから私は、この問いを読み変えて、「宗教における終末論の考え方は、宗教共通の神髄(中心部分)の中に入るのか?」という意味に受け取った。前回の「ノー」という答えは、そうではない--終末論は宗教共通の教えの神髄ではない--という意味である。
 
 前掲の拙著とその後に出した『ちょっと私的に考える』(1999年刊)で、私は終末論が宗教共通の教えの神髄とは言えない理由を詳しく書いているから、興味のある読者はそちらを読んでほしい。が、生長の家の立場から終末論の不合理性を簡単に述べれば、こうなる--完全なる神が創造された世界は、完全である。完全なものは時間的経過を経ても不完全になることはない。しかるに、終末論の前提は、世界には悪があり、このためしだいに世界が不完全さを増してくるから、神が“最後の審判”を通して悪を滅ぼさねばならない--というものである。これでは事実上、神の完全性を否定しているから不合理である。

 神と(実相)世界との関係はこうなるが、我々の目の前の現象を説明するに際しては、終末論は案外説得力がある。例えば、今日の人類が直面している核拡散や人口爆発、地球温暖化の問題を“悪”と見立てれば、これらの問題がしだいに深刻化していくのは人類の“罪”のためだと考え、そういう罪をなくすために、“最後の審判”として、やがて核戦争や海面上昇による都市や国の消滅が起こらなければならない--こんな教義を掲げた宗教を信じる人がいても、私は驚かないのである。
 
 谷口 雅宣

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2009年10月18日

終末論の宗教

 今日は、山梨県韮崎市にある東京エレクトロン韮崎文化ホールで山梨教区の生長の家講習会があった。受講者数は前回を約1割上回る931人となり、古川忠男・教化部長を初めとした同教区幹部の方々とともに、喜びを噛みしめたよい一日となった。その様子は、生長の家が運営するWeb版『日時計日記』に妻が書いているので、ここでは繰り返さない。が、一つだけ付け加えれば、教区全体が早期から一丸となって1つの目的に向かって協力し合ったことが、総合的に大きな力を生みだしたのではないかと思った。山梨教区の皆さん、どうも有難うございました。
 
 ところで、私はこの講習会で1つ“積み残し”をしてしまった。それは、受講者からの質問に回答する際、答えるつもりで紹介した質問に、1つだけ答えるのを忘れてしまったのだ。そこで、この場を借りて回答を書くことにする。質問の主が本欄を読んでくださっていることを願う。その質問というのは、埼玉県八潮市(町名や番地は不明)から参加した16歳の男子学生からのもので、次のような内容だった--
 
「とても分かりやすいご講話をありがとうございます。午前のご講話の中で万教帰一という生長の家の教えを話されていましたが、終末論を唱えている宗教は万教帰一に入るのでしょうか。もしよければ教えて下さい。ありがとうございます」

 この質問にひと言で答えるのは難しいが、敢えてそうするならば「ノー」ということになる。が、ひと口に「終末論」と言っても、その「終末」が何を意味するかによって、信仰全体の内容が大きく変わってしまうから、十把一絡げの答えでは不十分である。例えば、キリスト教はその教義の中に終末論を含む、と言っていいだろう。その大きな理由は、聖書の中に『ダニエル書』や『ヨハネの黙示録』を初めとした「終末」の記述が数多く見出されるからだ。しかし、その記述を読み手がどう解釈するかによって、教えの意味が違ってくる。ちなみに、同書の出だしには、こうある--
 
「イエス・キリストの黙示。この黙示は、神が、すぐにも起こるべきことをその僕(しもべ)たちに示すためキリストに与え、そして、キリストが、御使をつかわして、僕ヨハネに伝えられたものである。ヨハネは、神の言(ことば)とイエス・キリストのあかしと、すなわち、自分が見たすべてのことをあかしした。この預言の言葉を朗読する者と、これを聞いて、その中に書かれていることを守る者たちとは、さいわいである。時が近づいているからである。」(第1章1~3節)

 読者は、ここにある「すぐにも起こるべきこと」とか「時が近づいている」という表現に注目してほしい。聖書が編纂されてから千年以上たっている現在、これらを文字通りの「真理」として受け取った場合、途方に暮れてしまう人が多いに違いない。
 
 同書にはこのあと、ヨハネが「見た」という世界の終末の光景が詳しく描写されるのである。その描写は、聖書の記述の中で最も残酷で恐怖すべきものとも言われ、それが何を意味するかが昔から論争の種となってきた。この書の表面の意味だけをたどれば、同書ではサタンと天使の軍勢が怪物の姿となって大闘争を繰り広げる。そして、最後には、すべての死者が呼び出されてキリストによる審判を受け、罪ありとされた者は“火の池”に投げ込まれ、罪なしとされた者は“夜のない”、神の光に満たされた世界で永遠に生きるのである。
 
 聖書の最後には、このようなストーリーをもった『ヨハネの黙示録』があることは紛れもない事実である。しかし、これによってキリスト教全体を単純に「終末論の宗教」あるいは「終末論を唱える宗教」と呼ぶことはできないと思う。なぜなら、聖書には終末論だけでなく、天地創造からモーセの十戒、出エジプト、バビロン捕囚、数々の旧約の預言者の活動、イエスの誕生、イエスの受難、イエスの復活、使徒の伝道活動などのストーリーと、それらのストーリーに内包された数々の教えが説かれているからだ。アルファベットの中には「A」から「Z」までの26文字が含まれているにもかかわらず、「アルファベットとはZのことである」と言えば、明らかな間違いである。また、「アルファベットとはZに至るために作られた」と考えることも不合理である。だから、「キリスト教は終末論である」という理解は、控え目に言っても「不十分」なのである。

 しかし、そうであったとしても、キリスト教の内部には(仏教やイスラームと同様に)実に多様な考え方が存在しているから、その一部の宗派の人々が、『ダニエル書』や『ヨハネの黙示録』を“最重要の真理の書”として取り上げ、間もなく現実に“世界の終末”が来ると説く指導者の下に、終末論を前面に掲げて運動することがある。こうなると、その宗派は「終末論の宗教」と言っていいだろう。そういう宗教は、過去にいくつも出現しており、ほとんどの場合、自らが信じた通り悲惨な結末を迎えている。私は、その具体例を『心でつくる世界』(1997年刊)の第4章に「終末を召(よ)ぶ教義」と題して詳しく書いたので、興味ある読者は参照されたい。
 
 谷口 雅宣

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2009年10月15日

箱根で一泊

 すでに妻がブログに書いているが、誕生日祝いに母を箱根一泊旅行に招待した。写真好きの母だが、最近出した写真集『木の声がきこえますか』(生長の家刊)の中で「東京に住み、公園や御苑を散歩するだけですので、大自然の感動を味わえないのが残念です」と書いている。それではどこかへ……と思ったが、大泉町の私たちの山荘では足元がキツイし、自然は厳しい。というわけで、妻が「箱根行き」のアイディアを出してくれた。伝統のある観光地で、道路も諸設備も整っているということで、いわゆる“クラシック・ホテル”の1つへ案内した。一泊して明けた今日は幸いにも好天で、大涌谷から仙石原、湿生花園というコースでゆっくりと回った。意外にも母は、大涌谷が初めてだった。険しい山腹から何本も硫黄臭い蒸気が吹き上げる雄大な光景がいたく気に入ったらしく、何回も立ち止まってカメラを構えていた。また、湿生花園では、歩き疲れてへたり気味の私たちを尻目に、山野草やその花たち、花に来る虫たちを熱心に撮影していた。
 
 ところで、こういう環境に置かれた私は、動物との“出逢い”について考えた。「当り前のことを大袈裟に言っている」と思ってくれていい。私もデジカメで写真を撮ったが、花にとまるチョウやハチたちは、人間がすぐそばでカメラを構えていても、あまり反応しない。近づき過ぎれば、もちろん飛び立っていくが、それは条件反射的で“感情”を示さない。これに比べて、ホテルの池にいたコイたちは、私が近づくと向こうから寄ってきて、カメラを構えると、ますます寄って来て、水面から顔を突き出して大口をパクパク開ける。これには“感情”のようなものを感じ、人間の方も何となくうれしくなる。エサを持っていれば、きっとあげてしまうだろう。コイは、人間の動きに明らかに反応し、自分の意思を伝えることができるのだ。コイだけでなく、湿生花園の池にいたアブラハヤという小魚も、人間の足音に反応して集まってきた。
 
 これらの動物は、自分の生存に直接関係する相手を認識し、それに反応するのだ。その反応の仕方に“感情”のようなものを感じるのは、人間の側の独断かもしれない。が、その一方で、動物のもつ脳の大きさや複雑さが原因で、反応の仕方にも複雑さが生じ、それとともに本当に“感情”が彼らの脳内で起こっている可能性もある。魚類までは、その程度の理解でいいような気がする。が、哺乳類となると、“感情”の存在は疑うのが難しい。
 
 泊まったホテルの庭を散歩していたら、近くで小さい子供の鳴き声のようなものがした。私はすぐそばの灌木の茂みの向こう側を見ていたが、突然、私の足元で柔らかい感触がした。子ネコが1匹、体を擦りつけているのだ。相手が望んでいることは、はっきり分かる。で、少し遊んでやった。が、どうせ“行きずり”の関係であることが分かっているから、深入りしないようにお別れする。子ネコも、何となくそれを察知して行ってしまった……と私は思っていた。ところが、庭を一周して同じところへ戻ってきたところ、同じ子ネコが、今度はフルスピードで駆け寄ってきたのだった。私はその時、何か“罪の意識”のようなものを感じたのだった。それには、理由があった。
 
Catme  この子ネコと一度別れて庭を巡っているときに、別の子ネコが死んでいるのを見つけた。それは、ホテルの従業員宿舎に近い砂利敷きの道路の上だった。白い小さな体が横たわっていて、鮮血が滲んでいるのが見えた。近くに寄って見ると、轢死のようだった。さらに庭を歩いていると、作業服に竹かごをかついだ中年女性と会った。庭の世話をしている人だと思い、「上の方で子ネコが死んでいますよ」と声をかけた。するとその女性は、「ああ、野良ネコの子でねぇ、何匹かいて……」と答えた。それで私は、彼らの厳しい状況を理解したのだった。親から離れた何匹かの子ネコたちは、この広いホテルの庭で独力で生きていかねばならない。自然界では当然のことだ。他の動物は皆、そうして生きている。が、ネコは、人間との関係の中で生存を維持してきた動物である。飼いネコになれば、生存は保証される。が、野良ネコでは保証されない。時には轢死することもある。それを知っている子ネコは、必死の思いで人間に取り入ろうとするのだ。そんなネコの真剣な“気持”を、私は玩びはしなかったろうか……。
 
 動物と出逢うことは普通、「一期一会」とは言わない。が、そういう関係が成り立つ出逢いもきっとある、と私は思った。都会の雑踏の中ですれ違う人と、箱根の山中ですれ違う子ネコを比べてみると、どちらも無視できない関係を秘めていると言えないだろうか。
 
 谷口 雅宣

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2009年10月13日

生光展へ行く

 東京・銀座の「東京銀座画廊・美術館」で始まった第31回生光展(生長の家芸術家連盟美術展)を夕方、妻といっしょに見に行った。洋画、日本画、水彩画、木版画などの多くの作品とともに、絵手紙と絵封筒も展示され、ますます多彩・多様となり、見ていて楽しかった。今年の生光展は、全国で「技能や芸術的感覚を生かした誌友会」が開催されていることの影響か、絵手紙が136人から177点、絵封筒が23人から78点と多く、しかも全体としてクオリティーが一段と上がっているように感じられ、頼もしく思った。開催は18日まで。
 
 私は大きな絵を描く時間的余裕がないので、今回も絵封筒の出品で勘弁していただいた。点数は24点で、昨年と同数だ。小関隆氏が運営する「光のギャラリー ~アトリエTK」に、生長の家講習会の旅先から投稿したものがほとんどだ。どこで描いたものかは今、24点すべてを憶えていない。が、絵柄から思い出しつつ都市名を挙げれば…新潟市、福岡市、秋田市、米子市、山形市、函館市、伊勢市、橿原市、和歌山市、小樽市、室蘭市、岡山市、松本市、熊本市、大津市、広島市、静岡市、高松市、松山市、別府市などだ。最近は、講習会でも何点かをご披露することにしているが、映像ではなく、実物を、数を揃えて見ていただくことができるのは、ありがたい。
 
 ところで私の絵封筒だが、昨年8月半ばに京都府の生長の家宇治別格本山で「スケッチ原画展」というのをやらせていただいた際、34点をご披露した。このときのものと今回の展示品を含めた私の絵封筒展を、11月の秋の大祭を機会に、長崎県西海市の生長の家総本山で開催できないか検討している。今回は展示即売をさせていただき、収益金を地球温暖化抑制のための森林の育成に役立てることができれば……などと思案している。宇治の大祭や生光展を「見逃した」と思われる方は、ぜひ総本山へお越しあれ。
 
 谷口 雅宣

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2009年10月 9日

紙を使わない出版 (3)

Kindle  本格的な電子ブックが、いよいよ日本でも使えるようになる。米ネット通販最大手のアマゾン・ドット・コムが、アメリカで成功している電子ブック端末「キンドル」(=写真)を日本を含む100カ国以上で発売する、と発表したからだ。いわゆる“電子ブック”は、日本でもかなり前からパソコン用として流通しているが、本の読み方としてはまだまだ一般的でない。それに、持ち運びが不便である。また最近では、携帯電話で読む“ケータイ小説”が若者の間ではずいぶん人気のようだが、それを単行本化して売っているのだから、“本命”は紙の本なのだろう。また、私のような中高年には、ケータイの画面は小さすぎる。そこへ、縦20㎝、横13㎝、厚さ9㎜で、重さ約290gの「キンドル」(約25,000円)が参入することで、日本の電子本環境は大きく変わる、と私は思う。
 
 実は、ソニーも「リーダー」という電子ブック端末を欧米では出していて、2006年以来、累計で40万台を売っている。日本では2004年に販売を開始したがうまくいかず、3年後に撤退した。「キンドル」は2007年の発売から2年間で50万台を売ったとされる。10月8日の『朝日新聞』によると、ソニーは「キンドル」の上陸を機会に「リーダー」の日本での再発売を検討しているそうだ。
 
 今回の「キンドル」では、しかし日本語の本は読めない。8日の『日本経済新聞』によると、アマゾンCEO、ジェフ・ベゾス氏は、「キンドルで日本語を読むための技術開発にも取り組んでいる。端末を各国で普及させることで、現地でのコンテンツ配信が展開しやすくなる」と言っているが、「日本語の電子書籍の配信開始時期などは現時点では言えない」としている。
 
 私にとっては、それでもキンドルは利用価値が充分あると感じる。というのは、私は毎日、『ニューヨークタイムズ』の国際版である『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』(『ヘラルド朝日』)を読み、英語の雑誌や書籍も読むからだ。これらが紙の本や雑誌より安く、早く手に入るだけでなく、すべて1台のキンドルの中に納まってしまうということになると、無関心ではいられない。蔵書スペースの節約と、持ち運びの便利さは紙の「書籍」の比ではない。ちなみに、キンドル1台の中に収納できる情報は、普通の単行本1500冊分という。
 
 本欄には過去2回(2008年1月28日本年3月10日)、「紙を使わない出版」という題で本の電子化の動きについて書いたが、これは“文書伝道”を旗印にしてきた生長の家の布教活動とも大いに関係がある。来年から登場する新しい普及誌では、紙の雑誌の上だけでなく、インターネット上の電子情報と連動した編集と出版が行われる。これによって読者は、紙の雑誌より多くの情報を得られるだけでなく、情報の流れが「一方通行」から「双方向」に変わる。つまり、「読者参加」の編集範囲が拡大するのである。しかしこの場合、読者はパソコンを使えることが大前提だった。キンドルのような電子ブック端末の使い勝手がよく、また日本語に対応すれば、パソコンなしに本や雑誌が手軽に読めることになり、運動の展開にも大きな影響が出るだろう。
 
 電子ブックの最大の特長は、従来のような「送本」や「配本」の必要がなくなることである。これは「電子情報の移動」に置き換わるから、ケータイでメールを受け取るのと同等の速度と気軽さで、各個人に対して情報が移動する。だから、原理的には従来の印刷・製本・流通・在庫管理の手間がすべて省ける。ということは、そういう業務をしてきた会社や団体は不要になってしまう。運動面で言えば、普及誌の配本にともなう繁雑な諸業務がなくなるのはいいとしても、その過程で行われてきた会員同士の密接なコミュニケーションや、運動組織内部の情報伝達のルートが失われるのである。もちろん、今後すぐそうなるのではない。日本ではどのような機種が、どのような形で受け入れられるかによって、変化の速度と方向性は違ってくるだろう。しかし、“文書伝道”の新しいルートが今後、急速に広がっていくことは確実だろうから、そのための準備は「今」から必要である。
 
 谷口 雅宣

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2009年10月 4日

小樽、火点し頃

Beforedark  今日は、北海道の小樽市で生長の家の講習会があった。好天の中、年季が入った小樽市民会館には、前回を40人近く上回る1,464人の受講者が集まってくださり、半日、和やかな雰囲気のもとに会がもてたことは、誠にありがたかった。「年季が入る」という表現は、一つの仕事に長年従事している「人」を表す言葉で、建物に使うことは邪道かもしれない。が、この町には、相当数の歴史的建造物がよく保存されているから、こういう擬人法が何となくしっくり合うのである。

Evening  前日に宿泊したホテルは、中高年の観光客を中心にほぼ満室だった。妻と連れ立って夕暮れの町を歩いたが、風があって「寒い」と思った。10月の北国だから当然だが、今年の夏以降では初めてで、もうそこまで来ている冬の気配を感じた。小樽港には、大型客船の「飛鳥」が停泊中で、その白い船影が町に華やかさを添えていた。しかし、私たちはそういう港や運河近くのダウンタウンではなく、もっと高台にある駅周辺を散歩した。そこは観光地とは趣がやや違い、庶Barbourshop民の生活が感じられる小路がある。そこを通ると、ネパール人が経営するカフェなど、予期しない小さな店が現れ、興味がつきない。本当は、 そういう店に入りたいところだが、限られた時間では“印象”を写真に記録するしかなかった。
 
 谷口 雅宣

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2009年9月30日

「生命は不死」は危険な教え? (2)

 私は前回の本欄で、「神は悪を創りたまわず」という唯神実相論に立つ生長の家では、「生命は不死なり」という教えは自爆テロや現世軽視に結びつくことはない、と書いた。しかし、前回取り上げた質問者のように、「来世信仰は危険行為の原因になる」と考える人は案外多いようだ。私は最近、脳機能学者であり認知心理学者である苫米地(とまべち)英人氏の本を読んでいて、驚いたことがある。苫米地氏は、米カーネギーメロン大学で計算言語学の博士号を取り、様々な先進的な仕事に従事しているだけでなく、天台宗ハワイ別院の国際部長もしているから、宗教にも理解が深い人だと考えていた。ところが、オカルティズムや霊感商法を非難するのはいいのだが、「来世がある」という考え方自体を全面否定しているように思える記述があったのだ。そこを引用すると--
 
<私が昔からスピリチュアリズムを批判し、テレビに出演する占い師や霊能力者を厳しく糾弾してきたのは、彼らの言葉が荒唐無稽だというだけではなく、「害毒」を社会にもたらしていると考えるからです。
 彼らは「人間には来世がある」といったデタラメを世の中に撒き散らしました。それを信じた人々の一部が「現世を捨てても来世があるから」と、捨て鉢な犯罪を犯したり、自殺してしまったりといったことが現実に起きています。彼らの本を読んで「来世に行ってきます」といって自殺した人が現に何人もいるのです。
 日本ではここ10年以上連続で、毎年3万人という途方もない数の人たちがみずから命を絶っています。その原因の一つに「死んだら生まれ変わる」「来世は存在する」といったオカルト思想の蔓延があるように思います。>(『テレビは見てはいけない』、p.90)

 これでは、「人間の生命は不死である」と説くすべての宗教は、捨て鉢の犯罪や自殺を増やす原因である、と言っているようなものである。そして、「人間は輪廻転生する」と説く仏教やヒンズー教の教えも「デタラメ」ということにならないだろうか? それとも、最近の天台宗では、「人間の生は一回限り」と教えているのだろうか? また、毎週、生長の家講習会で「人間の生命は不死」と話している私は、社会に害毒を撒き散らしている“オカルト思想家”になってしまうのだろうか? 苫米地氏の見解を、ぜひ聞いてみたい。
 
 私の想像では、苫米地氏はここで、オカルティズムを批判したいあまりに、筆の勢いが余って英語でいう「qualification」を忘れてしまったのではないか。「qualification」とは日本語では「制限」とか「限定」とか「条件づけ」などと訳され、物事を注意深く考える人には欠かせない一種の“修飾語”である。しかし、「文脈から話者の真意を知れ」的な考え方が背後にある日本語では、これが省略されることがある。というよりは、「省略されることが多い」と言った方がいいかもしれない。例えば、「宗教は儲かる」と言えば、世の中には欲深い宗教家ばかりがいて、宗教活動にかかる収益が非課税であることを利用して暴利を貪っているかのような印象を受ける。しかし、実際には、檀家のために身銭をきって奉仕活動をしているため、ちっとも儲からない僧侶も(少ないかもしれないが)存在するだろうから、この言い方は正確とは言えず、正しい文章にするためには「制限」や「限定」が必要である。すなわち、「日本の宗教では、一般に収益率が企業より高い」ぐらいの表現の方が正確であり、妥当である。この場合の「日本の」とか「一般に」とか「企業より」などという言葉が「qualification」に当たる。

 私は、苫米地氏はアメリカで博士号を取った人だから、英語で話したり書いたりするときにはきっと「qualification」を忘れないのだろうが、日本語のときは、(多くの日本人がそうしているように)そんなものは省略してしまうのだと、ここでは解釈したいのである。
 
 谷口 雅宣
 
【参考文献】
○苫米地英人著『テレビは見てはいけない--脱・奴隷の生き方』(PHP新書、2009年)

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2009年9月28日

「生命は不死」は危険な教え?

 9月27日には、福岡教区での生長の家講習会が行われ、光回線を使った4会場同時開催という形式で、合計1万人を超える大勢の受講者が参加してくださった。講習会では午前中の私の講話に対する質問を受け付けているが、今回は小学生から高齢者までのあらゆる年齢層の受講者から、質問用紙18枚が届けられ、とてもバラエティーに富んだ内容だった。が、時間の関係から、すべての質問にはお答えできなかった。そこで、未回答に終った質問の中から重要と思われるものを、本欄で取り上げて回答しよう。

 久留米市に住む52歳の男性の受講者は、「人間の生命は不死」の考え方と「万教帰一」についての説明を聞いて次のような質問を寄せられた--
 
「生長の家の万教帰一というのは非常に感銘を受けるところですが、生き通しの命の教えは、イスラムテロ組織タリバンの“死して来世で幸福となる”という考え方で、死を恐れぬ危険があります。又これは、太平洋戦争の特攻隊の精神にもつながります。もっと命の重さ、人間のすばらしさ(仮の姿の現世でも)を教えるべきと思いますが、いかがでしょうか?」

 上の質問には、この質問者の言いたいことが一部省略されているように思う。それを補うと、恐らくこういうことだ--すべての宗教の神髄は一つであるとする「万教帰一」の考え方には共鳴できるところはあるが、この「一つ」とされる共通の教えの中に「人間の生命は生き通しである」というものを含めるのは、危険だと思う。なぜなら、イスラーム過激派のメンバーは、現世を否定して来世の幸福を成就するために自爆テロを行うのだから、「生命は不死」の教えはそれを正当化してしまう。また、特攻隊の場合も、「生命(魂)の不死」を信じて「靖国神社で会おう!」と誓った若者が、現世を犠牲にして自殺攻撃に突き進んだのである。そういう現世軽視の考え方よりも、現世での生命尊重や、今生の人生のすばらしさを宗教は強調すべきと思うが、どう考えるか?
 
 私は、「生命は不死」の教えが直ちに「自爆テロ」や「現世軽視」につながるとは思えない。それどころか、「生命は不死」という前提からは、いろいろな教えを導き出すことができるのだ。例えば、これに「因果の法則」を組み合わせて、現世で犯した罪は来世にも引き継がれるのだから、罪のない多くの人々を傷つけ、殺した悪業は、来世における幸福ではなく、悪果となって現れる、と説くことができる。また、すべての人々の「生命は不死」なのだから、今、目の前に“敵”として現れている人も、前世においては“味方”であったかもしれず、“恩人”だったかもしれない。だから、殺すなどもってのほかだ、とも説くことができる。さらに、「生命は不死」なのだから、現世においてすべてのものを得ようと焦る必要はない。自分のことだけでなく、他人のために何かすべきである、と諭すこともできるだろう。つまり、「生命は不死」の教えは、「現世軽視」や「他人軽視」の考え方と直接、論理的につながってはいないのである。
 
 それがつながって見えるのは、なぜだろう? その理由は、現世を否定的にとらえるからだ。特に、目の前にいる“敵”が自分をはるかに凌駕する力をもっていると考える場合、現世軽視、現世否定の傾向が強まると思われる。自爆テロリストの場合は、敵が多く、汚辱したこの世界は否定すべきものだと考えて、テロ行為に走るのである。特別攻撃隊の場合も、戦局が日本に不利なことが明確になってから登場した戦法である。つまり、敵の力を思い知ってから、やむを得ないギリギリの戦法として採用された--ということは、現世を否定的にとらえて考えついた手段なのだ。
 
 これに対し、生長の家の教えでは、現世を「現象世界」と呼んではいても、否定的にとらえないのである。それは「日時計主義」の言葉を思い出してもらえば明らかだろう。我々は、現世を「神の子の実相を表現する場」として極めて肯定的にとらえる。また、“悪”や“敵”は実相においては存在しないと考える。だから、現世において“悪”や“敵”が現れたように見えても、それらは「心の影である」として存在を否定してしまう。したがって、「生命は不死」の教えは、生長の家においては「自爆テロ」や「現世軽視」に結びつくことはないのである。
 
 谷口 雅宣

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2009年9月26日

キノコの神さま (3)

 泰二が山荘裏の林の中にキノコの神さまを立てたのには、もう1つ理由があった。それは近年、キノコに出会う機会がめっきり少なくなってしまったので、“神頼み”をしたくなったのだ。東京での生活が忙しくなった。だから、以前のようには頻繁に山荘へ来れなくなったことが大きな原因かもしれない。が、それだけでなく、山全体から水気が減ってしまったような気がするのである。山の降水量が減ったかどうかは、詳しく調べていない。これは、地元の気象台に問い合わせても分からないだろう。なぜなら、気象台で記録している降水量は、山荘よりもっと低地の--たぶん甲府か韮崎あたりの町の降水量だからだ。それらの町と山荘との標高差は500メートルほどもあるのだ。

 7年前に山荘ができた当初、付近ではいろいろのキノコが面白いほど採れた。いちばん多く採れたのはハナイグチで、これは別名「ジゴボー」とも「リゴボー」とも言って、カラマツ林によく出るキノコだ。北海道あたりでは「カラマツタケ」と呼ぶらしい。これは、林の奥深くではなく、日が差し込む明るい林中や南向きの斜面で、つややかな赤褐色の頭をもたげた。傘の裏側がスポンジ状で、鮮やかな黄色をしているので分かりやすい。また、匂いにも独特の野趣があるので間違う恐れはない。これを味噌汁に入れると、ナメコのようなヌメリが出て、なかなか美味しいのである。ハナイグチは、イグチ科のキノコの代表格だが、同じ科のものではシロヌメリイグチやアミタケも付近ではよく見られた。そこからさらに北方向に山を上って天女山まで行けば、キノボリイグチやベニハナイグチを見つけることもできた。これらは、しかし食用としてはハナイグチに劣った。

 イグチ科以外の食用キノコでは、タマゴタケとチャナメツムタケが入手できた。前者は秋ではなく、夏に出るキノコだが、その名の通り、ニワトリの卵のような形の白い袋の中から出現する。そこから色鮮やかな朱色か紅色の幼菌が頭を伸ばし、黄色の軸が20~30センチの高さになったところで見事な赤い傘を円形に広げる。この極彩色の傘を緑の林の中に見つけたときの感激は、経験しなければ分からない。バターで炒めて、洋食の付け合わせにするのがいい。これに比べて後者は、秋の終りに出る茶色の地味なキノコだが、香りがよく、ナメコより美味しい、と泰二は思っていた。用途は、ナメコと同様、酢の物、味噌汁、佃煮など、和食によく合うのだった。このほか、稀少種の食用キノコでは、ハナビラタケやマスタケ、クリタケも採ったことがある。
 
 もちろん、食べられないキノコや毒キノコもある。しかし、それらの中にも、見ていて愛らしく、美しいものがあるし、不気味な形のキノコも、出会った時にはそれなりに嬉しいものだ。日本人の多くは“農耕民族”とされているようだが、自分だけは“狩猟民族”の血を引いていると思いたくなるほどだ。こういうキノコ類はすべて、“芽”が出るためにはある程度の期間、土の表面に水分が保たれることが必要だ。雨だけでなく、霧や雲がその役割をはたすのが普通だが、そういう長期にわたる湿り気が、山から失われつつあるように思われた。その代り、夕立ちや豪雨のような激しい雨が降る。これは林地に自然に形成された腐葉土とともに表土を流してしまうから、キノコの菌糸を破壊する。そして、その後に来る、紫外線の強い日照で林地は乾燥し、“消毒”されてしまう。そんなことが原因で、キノコに会えなくなった--と泰二は考えているのだった。

 もしそれが原因でキノコの数が減ったのなら、岩を積み上げてキノコの石像を造ることでキノコがよく出るはずはないのである。そんなことは、泰二の中の“科学者”は充分に心得ていた。が、その一方で、神頼みをしたい迷信家の泰二がいて、「造らないよりは、造るほうがいいゾ」と彼に囁きかけるのだった。
 
 谷口 雅宣

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2009年9月25日

キノコの神さま (2)

 そんな時に、いつものようにキノコを探して林の中を歩いていた泰二は、直径40センチほどの、少し潰れた半球形の岩が足元にあるのに気がついた。角度を変えて見ると、ナポレオンの被っていた帽子のようにも見える。そして、何よりもキノコの傘のように見えるのである。もちろん、そんな巨大なキノコなど地上に存在しないだろう。が、ある程度の大きさがないと「神さま」という感じがしないから、キノコの神さまとして拝むにはもってこいの大きさだ、と彼は思った。

Mushgod01  そう思いついた泰二の目は、その巨大キノコの傘を載せる“軸”になるような岩をもう探していた。するとすぐそばに、角が丸まった台形の岩があり、傘が載りそうである。抱え上げてみると、ちゃんと載った。しかし、キノコというよりは、ナポレオン帽を被った子どものようだ。が、それもいいではないか、と泰二は思った。イグチ科のキノコの中には、軸の太いヤマドリタケとか、アカジコウなどがあるし、フウセンタケやオオツガタケ、それにイタリア料理で有名なポルチーニ茸も軸が太いのが特徴だ。
「よし、これでキノコの神さまになる!」
 と泰二は思った。
 距離をおいてそれを眺めてみると、コミカルでなかなかいい。キノコは、このコミカルな点が魅力の1つなのだ。が、何か片側に傾いているような気がする。バランスをとるためには、“相棒”を脇に添えるのはどうだろうか……。
 
 泰二は、周囲の林の中を歩き回った。すると、ナポレオン帽よりサイズはひと回り小さいが、円盤状の小岩を見つけることができた。八ヶ岳南麓のこの付近の林は、成層火山として形成された地質時代からの岩石が、案外多く表土からも顔を出している。その中には、角張った形のものも多くあるのである。だから、泰二が円盤状の岩を支える“軸”用の岩を見つけ出すのに、そう長くはかからなかった。ただ、持ち上げて運べる大きさではなかったから、林の中の斜面を転がすようにして運ぶのに少し苦労した。
 
 こうして、泰二の山荘の裏山には2体の「キノコの神さま」が立った。たわいのない“大人の遊び”のようであったが、彼の心の中には、自分と山の自然とを結びつける“錘”が1つできたような気がした。そして何となく、10月には周囲にたくさんキノコが出て、収穫できるような感じがしてくるのだった。
「それは迷信だぞ……」
 と、泰二の中の“科学者”は注意を喚起するのだが、もう一人の泰二は、「楽しい迷信じゃないか」と答えて譲ろうとしなかった。
 
 谷口 雅宣
 

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2009年9月23日

“求道と伝道”で芸術的人生を

 お彼岸の中日に当たる今日は、東京・原宿の生長の家本部会館ホールで午前10時から「布教功労物故者追悼秋季慰霊祭」がしめやかに執り行われた。私は奏上の詞を朗読し、玉串拝礼をするなど斎主として勤めさせていただいた。以下は、慰霊祭の最後に私が述べた挨拶の概要である。

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 本日は、布教功労物故者を追悼する秋季慰霊祭にお参りくださいまして、誠にありがとうございます。
 このお祀りは、永年にわたり生長の家の幹部活動をしてくださった方々で、地上での使命を終えられて霊界に旅立っていかれた方々をこの場にお迎えして、ご生前のご活躍を偲び、感謝の誠を捧げるためのものです。今回は182柱の御霊さまを新たにお祀りいたしました。
 
 今年の秋は、例年より早く来たように感じられます。「夏が早く過ぎた」と言ってもいいかもしれません。その証拠に、例年、ちょうどこの秋のお彼岸に時を合わせたように、私の家の庭には白と赤の2種類のヒガンバナが咲きますが、その咲き初めが2週間ほど早かったのです。近ごろは天候不順ということがよく言われるので、その影響かもしれません。しかし、つい数日前に講習会で伊勢に行ったときには、ちょうど赤いヒガンバナが田んぼ脇のあちこちに沢山咲いていたので、それほどの“気候変動”ではないのかもしれません。ただ、日本の農業地帯である北海道は、今年は雨が多く、日差しも少なかったようで、この間、函館へ講習会で行った時には、今年の北海道の小麦の収穫量は例年より2割ほど少なく、ダイズに至っては4割も少ないと聞きました。

 さて、生長の家の神示の中に「帰幽の神示」というのがあります。宇治の大祭などで朗読されるので、ご存じの方も多いと思います。そこには人間の一生を音楽に喩えて、人間の生命の永遠性が説かれています。神示の言葉を引用すると「汝の肉体は汝の念弦の弾奏せる曲譜である」と書かれています。これは「肉体」という一見頑丈そうな物質の塊が、実はピアニストやバイオリニストが演奏する音楽のように、心の状態によって変化し、流動する柔軟な存在でもあるという意味であります。だから、演奏のために普段から練習を積んでおかないと、音程を外したり、テンポを間違えたりすることもあるように、我々の肉体も心の調子を整えておかないと時々、調子をくずすわけです。そのことを神示では「念弦の律動にただ調和を欠きたるのみなるを病いという」と説いています。つまり、私たちが病気になるのは、あらかじめ定められた人生音楽の曲をまだ完全にはマスターしていないで、演奏を間違えてしまうのに似ているというわけです。だから、そういう場合には、また練習を重ねて、より完全な演奏ができるように努力すればいいのであります。
 
 このように「帰幽の神示」では、人生を表現芸術に喩えています。このことは、私たちに「人生を表現者として楽しめ」という教えでもあるのです。この間の20日に、三重県の講習会が伊勢でありましたが、そこで沢山の質問が出ました。その中の1つの、50歳の会社員の男性からの質問ですが、こういうのがありました--
 
「生長の家の教えを学ぶに当って、組織に属しながら実践する方が早いと思いますが、(その反面)組織の役につく事によって行事にふり廻されることがあります。谷口雅春大聖師の真理を自由に宇治等に行って学ぶために、組織の行事等に費やす時間を、それに当てたいと思う。一切の役を辞退しようと思いますが、いかがでしょうか?」
 
 この質問は、求道と伝道との関係についての一種“古典的な”問題を指摘していますね。「自分はもっと求道をしたいのだが、組織からは伝道の要請があって充分求道ができないから、伝道の役目はやめてしまいたい」ということだと思います。私はこの質問に答えるのに、「自他一体」ということを話しました。宗教の悟りには、また、宗教運動には、この「自他一体」の要素がなければならない。自分だけが生きているのではなく、すべての人々や環境との間に“愛”で結ばれているのが自分である、そういう自覚が必要です。つまり「すべては一体」の自覚です。これは、言葉で聞いてすぐに分かるものではなく、また頭で分かっても、実際生活の中で実践し、実感するのでなければ本物ではありません。生長の家の「大調和の神示」の中にも、そのことが次のように書かれています--
 
「神に感謝しても天地万物に感謝せぬものは天地万物と和解が成立せぬ。天地万物との和解が成立せねば、神は助けとうても、争いの念波は神の救いの念波をよう受けぬ」
 
 他の人々とも一体であるという愛の自覚が生まれたならば、何かの形で「光明化運動をしたい」「組織の仲間とともに伝道をしたい」という気持が起こるはずです。自分だけ求道のための勉強に集中するのがよくて、他の人々へのお世話や伝道などご免こうむるというのでは、自他が対立していますから、「神の救いの念波をよう受けぬ」ということになるでしょう。また、聖経『真理の吟唱』には、「生長の家の礼拝の本尊は観世音菩薩である」と書かれていますが、この観世音菩薩の最大の役割は「菩提心を起して己れ未だ度(わた)らざる前に、一切衆生を度(わた)さんと発願修行する」(『聖使命菩薩讃偈』)ことです。「自分さえ早く教えの神髄に到達すればいい」というのは一種のエゴイムズでもあるわけです。その道そのものが悪いわけではありませんが、それだけでは充分ではない。他の人や行事への参加者が真理によって救われるのを目撃することで、喜びは倍加し、本当の意味での自他一体の愛が自覚されるものです。その実感が、本当の悟りに私たちを導いてくれるのです。
 
 このことは仏教においては「上求菩提・下化衆生」という言葉でも説かれていることで、今日、このお彼岸の慰霊祭で招霊し、お祀りした人々はよく心得ておられたことだと思います。なぜなら、これらの御霊さまは皆、講師や組織の幹部として光明化運動に生涯を捧げられた人々だからです。すなわち、自分が教えを受けたい、真理を知りたいと、上へ上へと精進するだけでなく、受けた教えを、まだ完全には理解していなくても一般の人々に伝えて、他を助けたいとの願を起こして一所懸命に運動をされた人々であります。先ほど、人生は表現芸術に喩えられるという話をしましたが、これら御霊さまの人生は「求道と伝道」をともに実践された“芸術的人生”とも言えると思います。私たちも、この御祭を契機として、これら運動の諸先輩の人生から学び、顕幽手を携えて、これからも人類光明化運動を益々盛んに展開していきたいと思います。
 
 本日は、お参りいただきまして誠にありがとうございました。
 
 谷口 雅宣

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2009年9月20日

キノコの神さま

 その石像は、泰二たちの山荘の裏の、カラマツ林の中にあった。

 泰二はそれを「石像」と言わずに、「キノコの神さま」と呼んだ。仏像を「仏さま」と呼んだり、観音像を「観音さま」と呼ぶのが許されるのだから、実際には「神さま」そのものではなく、それを形に表したものを「神さま」と呼ぶことも許されると思った。だいいち「神さま」には一定の形がないのだから、それと似せた像を造ることは困難なのだ。にもかかわらず、人間は太古の昔から、数限りない神像や仏像を造ってきた。これは、目に見えないものを一つの形に固定し、代表させることで、自分たちの心に何がしかの安定を得るためなのだろう。

 それは、財布の中に、愛する人の写真を忍び込ませる心境にも似ている。愛する人は、いろいろな表情や仕草をして心の中に生きているのだが、そのうちの一つを「写真」として固定し、それに愛する人の全体を代表させるのだ。そうすると、その一枚の写真を媒介として、愛する人の全体と交流するような気持になれる。もっとも最近は、財布に替って携帯電話がそういう写真の保管場所にもなっているが、とにかく、多くの恰好や表情をする「Aさん」でも、一枚の写真で代表させることができるのだから、夥しい種類と数のキノコを、一体の「キノコの石像」に代表させることもできる。そして、その像を「キノコの神さま」と呼ぶのに何も不都合はない--泰二はそう思った。

 そのキノコの神さまを拝みに行こう、と彼はふと思ったのである。彼は特に信心深い人間ではなかったから、「拝む」というより「様子を見に行く」といった方が正確かもしれない。

 泰二がその石像を建てたのは、裏山と自分との関係を示す「形」がほしかったからだ。彼が「裏山」と呼ぶ場所は、地図上の位置では「一定の場所」だと言えるが、それ以外のことは、何も一定していなかった。四季の移ろいとともに植生は変わり、姿を表す動物や鳥の種類は変わり、出現するキノコの種類も変わった。同じ一本のカラマツでも、地図上の位置は変わらなくても、枝の高さは変わり、シカに皮をはがされた幹の傷痕の高さも変わった。こういう自然の営みは、まるで川の流れのようだ、と彼は思った。それを遠くから見ていると、揺れず動かず、安定した「一つの流れ」のように見える。しかし、近づいてよく見てみると、そこでは何ひとつとして一定のものはない。水の分子、土の粒子、プランクトン、小石、魚、虫の死骸……そこを通過するすべてのものが刻一刻と変わり続けている。それと同じことが、裏山でも起こっている。去年、おいしいタラノメを提供してくれたタラの木は伸びすぎて、もう先端に手が届かない。美しい木陰を作っていたアカシヤの低木は、シカに皮をむかれて枯れてしまった。その代り、花をつけなかったヤマボウシの木が、今年は花を咲かせ、今は赤い実をいっぱいつけている。春が来てまもなく、林の中の太いカラマツが一本倒れた。外見はとても頑丈に見えた木だったが、幹の根元に空洞ができていて、自分の重さを支え切れなかった。

 こうして、林の中の物事の違いを探せばきりがない。林の中のほとんどすべてのものが、これほど激しく変化していても、「林」と呼ばれる空間の全体は変わらないように見える。いや、人間には林全体を一望することはできないのだから、「見える」のではなく、「林」と呼ばれる空間の全体を、勝手に人間が変わらないと「考えている」にすぎないのだ。

 そういうことに気がついてから、泰二は何か一定の「形」あるものを裏山に建てて、その林全体を代表してもらい、自分の心中の一つの“拠り所”にしたいと考えるようになっていた。

 谷口 雅宣

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2009年9月15日

自然と人間 (5)

 前回、この題で本欄を書いたとき(9月9日)、私は次の点を強調したのだった--人間の自然観は相矛盾していて、自然を克服すべき“対立物”と考える一方、人間を自然の一部として捉え、自然を尊ぶ考え方もあり、これら双方が同じ宗教の中に共存している場合がある。この「共存している」例として挙げたのが、聖書の『創世記』第1章と第2章に記述された2つの天地創造の物語だった。ただし、この「同じ宗教」が具体的には何であるかについては触れなかった。読者の中には、それはキリスト教であろうと考えた人が多いに違いない。しかし、『創世記』はキリスト教徒だけの教典ではなく、ユダヤ教徒もイスラーム教徒も、そこにある記述を大変重視している。ということは、いわゆる「一神教」の教えの元となる教典には、相矛盾した自然観が含まれているということである。私は、そのことが今日の人類が直面している地球環境問題の解決について、何らかの示唆を与えていると思うのである。

 私は今夏、ブラジルのサンパウロ市で行われた「世界平和のための生長の家教修会」で、アメリカの社会学者、リン・ホワイト(Lynn Townsend White, Jr., 1907-1987)が『創世記』第1章26~28節の記述を引用して、今日の自然破壊と環境問題の元凶はユダヤ=キリスト教の神学であると非難したことに触れ、その反証を試みた。なぜなら、神道や仏教の思想に親しんできたこの日本社会でも、人間による自然破壊や深刻な環境問題が起こったからである。いや、まだ着々と起こりつつあると言っていいだろう。それは例えば、永い自民党政治の中で制度下された「道路特定財源」の地方へのバラ撒きと、それを消化するための不必要な道路建設である。これが、ユダヤ=キリスト教の神学と関係しているとはとても思えない。それよりも、私企業や個人が、自然や環境、日本国民将来や生物多様性よりも、自分たちの生活や短期的な経済的利益を優先しているという、宗教とは関係のない「欲望」や「無責任」が原因だろう。
 
 が、そういう人々も、休日などには家族や友人と連れ立って、自然豊かな日本の山や河川でレジャーを楽しんでいるに違いないのだ。それはつまり、同じ1人の人間が、自然を人間の“対立物”と考える一方で、自然を愛し、自然の恵みを享受しているということだ。ただし、この場合の「自然を愛する」とは、「自然から搾取する」という意味に近い。自分にとって見て美しく、聞いて快く、食べて美味しく、肌に触れて快いものを自分の近くに引き寄せて愛し、あるいは消費するのであって、自然の中の醜いもの、耳障りなもの、まずいもの、不快なものは排除し、破壊していいと考える傾向がある。これは「神学」のような高級な精神的営みの結果、起こるのではなく、何か別の、もっと“動物的”で“感覚的”な衝動の発露ではないだろうか。
 
 このような「自然から搾取する」生き方は、自然を“対立物”として見なくとも、“対象”として、人間から突き放して“別物”として見ている。言い換えれば、人間と自然とを等しいものとしてではなく「非対称」(等しくない)ものとして考える。これに対して、人間を自然の一部として見る考えは、双方を対称的(等しく)に捉えるのである。宗教学者の中沢新一氏は、地球上の生態系のバランスはこのような対称的自然観が生んだ倫理によって保たれてきたとし、「今日、人類が知性を結集してつくりださなければならないのは、このような倫理なのではないか」と呼びかけている。
 
 谷口 雅宣
 
【参考文献】
○中沢新一著『対称性人類学』(講談社、2004年)

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2009年9月 9日

自然と人間 (4)

 本欄をこの題で書くのは久し振りだ。1~3回を書いたのは昨年の2月で、ちょうど生長の家の国際本部を“森の中”へ移転するための候補地の調査との関係で、自然と人間との複雑な関係を考える立場に置かれたからだった。つまり、人間は、自分たちの集団である「社会」での活動を効率的に行うために、自然を壊したり改変して「都市」を造ってきた。このため、社会に対して影響力のある活動を効率的に行うには「都市に住む」ことが必要になっている。この場合、「都市に住む」とは「自然から離れる」のと同義だ。つまり、都市は自然の要素をできるだけ排除して造られた場所である。そういう現状の中で、自然と共存する業務を実現しようとすると、当然、①都市から離れ、したがって②効率が悪く、③社会へのインパクトも弱い、という方向に進むことになる。この方向へ極端に進めば、生長の家は宗教運動としてはあまり意味のないものとなる。もちろん、そんなことは許されない。だから、都市(人間社会)と森(自然)との間の“適当な中間点”を見つけて、そこへ移ることを考えねばならない。
 
 この考え方には、しかし問題が1つある。それは、人間(社会)と自然とを互いに相容れない“対立物”としてとらえているからだ。自然と人間とは、表面的には確かにそのような“対立物”として見えることはある。が、遺伝学や生物学、栄養学の視点から見れば、人間が自然の一部であることはあまりにも明白だ。人間は自然なくしては生きられない。このことは、科学が成立するはるか以前から明々白々の事実だったから、宗教の中には自然を尊び、自然をむやみに破壊しないための教えがいくつも含まれている。今夏、ブラジルのサンパウロ市で行われた「世界平和のための生長の家教修会」では、このことを確認するために開催されたといっていいだろう。もっと正式に(堅苦しく)言えば、今回の教修会のテーマは、世界の宗教のもつ「自然観」の研究である。そこでは、すべての宗教を取り上げることはできなかったが、南北アメリカの先住民の宗教に始まり、ユダヤ=キリスト教、ヒンズー教、仏教、イスラームについて、これらの教えの中で自然がどうとらえられているかが発表された。
 
 この中で、興味あることが1つ分かった。それは、上に書いた人間の自然に対する相矛盾したとらえ方--つまり、自然を克服すべき“対立物”と考える見方と、自然を尊ぶ考え方--が、同じ宗教の中に共存している場合があることだ。これの典型的な例の1つが、生長の家でもよく指摘される聖書の『創世記』の天地創造の物語の矛盾である。つまり、『創世記』の第1章と第2章には、少し異なった世界観を示す2つの創造物語があるということだ。このことを谷口雅春先生は、『生命の實相』頭注版第11巻(万教帰一篇上)で、例えば次のように指摘されている:
 
<すでに述べましたように、『創世記』の第1章における天地と衆群(すべてのもの)との創造は、神の第1念をば実質とし、神の言霊(ことば)を創造力として造られたのでありますが、その真創造は既に終わったのでありまして、今(第2章)は第2念の偽創造でありますから、土すなわち物質によってすべての生き物が造られたことになっており、神がすべての者にその名を与えたまうたものでなく、人間がすべてのものにその名を与えて、その名を与えたとおりにすべてのものが成っているのであります。> pp.65-66
 
 雅春先生はここで、『創世記』第1章では、例えば「神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた」(5節)とか「神はそのおおぞらを天と名づけられた」(8節)というように、神の被造物は神自身によって名前がつけられたとされているのに対し、第2章では、「人がすべて生き物に与える名は、その名となるのであった」とし、「人は、すべての家畜と、空の鳥と、野のすべての獣とに名をつけた」(19~20節)などと書いてあることを指摘されているのだ。つまり、第1章では「天地万物の命名者は神だ」と解釈できるのに対し、第2章では「それは人間だ」と言っているように見えるのである。

 このほかにも、両章の間には矛盾した記述がいくつもある。だから、聖書学者の間では、『創世記』の成立には少なくとも4人の"作者"が関与しているという説が唱えられている。そして、それぞれの作者を「J」(Jahwist)」、「E」(Elohist)、「P」(priestly writer)、「R」(redactor、編集者)というように、アルファベットの頭文字を使って表す習わしができているほどだ。さらに言えば、これらの聖書学者の見解によると、天地創造の物語は、「P」と「J」がそれぞれ第1章、第2章の成立に深く関与したという。このことを、イギリスの宗教学者、カレン・アームストロング氏(Karen Armstrong)は『神の歴史』の中で次のように書いている:

<イスラエルにおいては、前6世紀に至るまで、本当は天地創造への関心は存在しなかった。この時に初めて、「P」と呼ばれる著者が、現在の『創世記』の第1章にある荘重な創造物語を書いたのである。Jでは、ヤハウェが天地の唯一の創造者であるか否か、絶対的には明確ではない。しかしながら、Jにおいて最も明瞭なことは、人間と神の間に一定の区別があるという考えである。自分の神と同じ素材から成ると考えるのではなく、人間(アダム)は、その語呂合わせが示すように、土の塵(アダマ)に属するものなのである。>(p.30)
 
 つまり、アームストロング氏は、『創世記』第1章では「神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された」(27節)として、神と人間との本質的“同一性”が示されているのに対して、第2章では本質的な“異質性”が描かれている、と指摘しているのである。このことを元にして「自然と人間」の関係を考えれば、第1章では、自然も人間も神の言葉(=霊)によって創造され、「はなはだ良かった」のに対し、第2章の天地創造では、自然界の生物は土の塵(=物質)によって創造され、善も悪もある(=善悪を知る木)ということになる。第1章では、自然は人間の“対立物”ではないが、第2章では“対立物”となる可能性をもっているのである。
 
 谷口 雅宣

 

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2009年9月 8日

新産業の育成に歩み出そう

 まもなく首相となる鳩山由紀夫氏が打ち出した「温暖化ガス25%減」という中期目標に対して、予想通り自民党と経済界が「反対!」の合唱を始めたが、これは驚くほどのことではない。産業革命以来の“地下資源文明”から転換して、再生可能の“地上資源文明”に移行するという人類史の長く大きな流れの中では、多少の混乱があるのはいたしかたないだろう。この流れを嫌う自民党と日本経団連が提出してきた温暖化抑制のための“代替コース”は、原子力発電の振興であるが、今回の総選挙で、このコースは国民によって否定されたと私は解釈している。それでもまだ、このコースを追求する合理的理由はもはや存在しない。別の言い方をすれば、原発の増設は、自民党政権下でさえきわめて困難だったのだから、民主党政権下でそれを進めるという選択肢は存在しないということだ。だからこれからは、日本の産業界は再生可能エネルギーの利用技術の開発と、その利用に焦点をさだめて、結束して進んでほしいと思う。

 古い産業から新しい産業への移行時には、「できない」と見えることの方が「できる」と見えることより多いのは当り前だ。だから、この移行期には、「何ができないか」を取り上げて文句を言うのではなく、当初は見つけにくいかもしれないが、「何ができるか」を探して、それを拡大していくのが責任ある正しい態度である。新産業の育成は、子供の教育とこの点で同じである。子供に向かって「お前はこれができない。あれもできない」と文句ばかり言う親は、その子の将来を摘み取ってしまう。少し難しいと思うことでも、「あれができるのだから、これもできるぞ」と言って励ますことで、その子は現状から先に進み、ついに親を超えることもできるのである。我々一般人の地球環境問題への取り組みにも、同様のことが言える。これは、政治の問題というよりも、心理学が取り扱う分野である。
 
 つまり、環境問題への取り組みにも“よい方法”と“悪い方法”があるのだ。イギリスの科学誌『New Scientist』が8月22日号でそのことを伝えている。それによると、「ああしなさい、こうしなさい」という説教方式の取り組みは効果が少ないのに対し、アル・ゴア氏が訴えたような「気候変動の危機も我々の力で解決できる」式の積極的な"can do"の訴えの方が効果的だそうだ。また、人間の本性は、一般に考えられているように強欲でも近視眼的でもなく、やり方さえ工夫すれば、他人や自然界のために行動するのに驚くほど積極的になれるという。

 この“よい方法”を見つけるために、「自然保護心理学」という新しい学問ができている。英語では「conservation psychology」といって、自然と人間との相互供与関係を、自然保護の観点から研究する学問である。社会心理学や生態学、動物行動学、哲学等の知見を総合して、人間と自然環境との調和した関係の実現を追求する分野である。この学問では、自然界に対する人間の保護的態度や情愛ある関係がどのようにして形成されるのか、環境をどう見るか、環境との触れ合いと子供の成長・発達、自然保護の倫理、自然保護の文化、自然の価値と意味、自然保護の行動などについて研究する。今夏、ブラジルのサンパウロ市で開催された「世界平和のための生長の家教修会」では、世界の伝統的宗教と南北アメリカの先住民の信仰の中で、自然がどう扱われているかという「自然観」の研究発表が行われた。こういう分野も、自然保護心理学が扱う領域と重なっている。宗教と科学とが協力できる分野の1つとして興味深い。
 
 「人間は本来、自然を愛する生きものである」というのが、当り前のようであるが、この学問が見つけ出した知見の1つだ。上掲誌の特集記事で、オランダの社会心理学者、マーク・ヴァン・ヴガト氏(Mark van Vugt)は、そのことを次のように記している--「我々は、人工的な環境よりも自然環境の方を好み、人工的な環境の中では、そこに何かの自然物--樹木や水など--があるのを好む。人間はまた、文化の区別なく、アフリカのサバンナのような広大な風景を好む。ヨーロッパでもアメリカでも、毎年動物園を訪れる人の数は、すべてのプロスポーツ競技に集まる人の数より多い。自然は人間の健康にも影響を与える。病室の窓から自然の風景が見える患者の方が、レンガの壁しか見えない患者よりも早く快復する」。
 
 これらは、人間が明らかに自然の一部であることを示している。だから、この分野の今後の取り組みにおいては、地球環境の「問題」を取り上げる段階から一歩進んで、そういう自然と人間との本来ある親しい関係を取りもどすために、産業を「育てる」という積極的な観点が重要と思う。
 
 谷口 雅宣

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2009年9月 2日

ブラジルを巡講して

 本欄ではすでに何回か報告したことだが、私がこの8月にブラジルを巡講した際の様子を、短いビデオにまとめた。2分ほどの短編で、サンパウロでの国際教修会(8月1~2日)、ベレンでの一般講演会(8月4日)、サンパウロでの生長の家全国大会(8月8日)の様子に加え、いくつかの未公開の映像も組み入れてある。興味のある方は、ご覧あれ。
 
 谷口 雅宣

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2009年8月31日

民主党政権の誕生を歓迎する

 台風11号の列島接近と同期するかのように、民主党への“期待の嵐”が列島を覆った。事前予想でも“民主圧勝”と言われていたが、総選挙の蓋を開けてみたら、同党は衆院の他のほとんどの政党から議席をモギ取り、単独過半数である「241議席」を大きく上回る「308議席」を獲得して“堂々と”政界第一党の地位に躍り出た。これが永田町での隠れた政争の結果起ったのではなく、炎天下の白日、国民全体の明確な意思表明として行われたことに、私は今回の総選挙の第1の意義があると思う。日本は、議会での多数党の首班が総理大臣として国政を司る間接民主主義の国だが、今回の総選挙では、公明党の太田代表や国民新党の綿貫代表が落選するなど、それぞれの政党の党首や大臣経験者に対する国民の審判が明確であり、一種の“直接民主主義”の様相を呈する側面もあった。国民の中の“無党派層”が目覚め、動いたことで、やっと日本は民主主義の実感を味わえる国になったと言えよう。
 
 が、私は手放しで喜んでいるわけではない。今回の“民主圧勝”は、しばしば日本人の間違いの原因となってきた「ムードに流れる」性向や、「付和雷同」の傾向が背後にあることが否めないからである。それが証拠に、選挙前や選挙期間中に、真剣な政策論争はほとんど見られなかった。国民に人気のありそうな“お題目”を並べる一方で、対立政党に悪口を投げつける選挙運動は、従来とあまり変わらなかった。が、変った点は、永く続いた政官癒着や権力を握る政治家の醜態、経済政策の誤り、国民の貧富の格差の拡大、外交能力の欠如等……に対して、多くの国民が「もうガマンできない」として現政権への反対を決意したことだろう。これは言わば「ノー」の選択であるから、あるべき日本の未来像を肯定する「イエス」の選択ではない。この点が、次期政権を担う民主党が直面する大きな課題だろう。つまり、戦後の自民党政治が進めてきた政治・経済・外交の路線に対する明確な“代替案”を、ムードや理想としてではなく、具体的で実行可能な政策として提出し、党内の合意を経て、実施に移せるかどうかである。これができなければ、高まった国民の期待はすぐに逆方向に振れて、短命政権になり果てるだろう。

 いつか本欄でも書いたと思うが、私は日本に2大政党制が到来することを待ち望んでいる。そういう意味では、野に下る自民党は崩壊してしまわずに、イギリスの保守党やアメリカの共和党のように、「自由尊重」と「現実主義」の立場から政策を提言し続けてほしいし、民主党は、イギリスの労働党やアメリカの民主党のように、「平等」と「理想主義」の価値を政策に反映させてほしい。まあ、これは英米の例にあえてなぞらえて書いたのだが、日本には日本独自の価値観の組み合わせがあってもいいし、またそうあるべきだろう。とにかく、現状のように、民主党も自民党も内部に“右”から“左”までの考えが混在している状態では、「どっちが政権を取っても同じ」という印象はぬぐい切れず、これが国民の間の政治不信と政治への無関心の原因となっている。今回の大変化を好機として、両党はぜひ政策論争を深めて、政治的に健全で、国民にとって有意義な“対立軸”を固めていってほしいのである。

 だから、私が民主党政権の誕生を歓迎する第1の理由は、政権交替そのものへの支持だ。つまり、政治参加によって政権が交替しうるという事実を国民が体験したという意味で、今回の選挙結果を歓迎するのである。この事実は、2大政党制の前提である。第2の理由は、民主党の掲げる政策の方が、自民党のそれよりも環境への意識が高いからだ。ただしこの面は、実際の政策実行の段階でどのように変更されるか分からない。また、個別の政策では、高速道路の料金をすべて無料化するなど、環境行政に逆行するものも含まれているから、ポピュリズム(国民の人気取り)に流されないよう注意する必要がある。が、概して言えば、自民党は戦後の日本経済を築き上げてきた鉄鋼・重化学・エネルギーなどの“地下資源産業”との関係があまりに強いために、21世紀の人類と地球生命に必要な“地上資源産業”の育成に不熱心である。民主党は、支持基盤にそれら産業の労働組合を抱えてはいるが、新たな産業の育成と環境行政により熱心であるように思われる。そういう点も歓迎できるだろう。
 
 民主党支持の3番目の理由は、ナショナリズムに対する注意深さだ。これまでの自民党政治家の動向を見ていると、ナショナリズムを手放しで歓迎する人々が多すぎると思う。本にも書いたが、ナショナリズムには善悪両面があるのである。このことは、国際関係を学ぶ者にとっては初歩的な確認事項であるにもかかわらず、勉強不足なのか、それとも“大向こう受け”を狙っているのか、とにかく「愛国」を前面に出せば何かが解決するという風情の言論は短見である。もちろん、自民党政治家の全員がそういうタイプではない。が、そういう人々が目立つのである。これに対して、民主党にも“右派”はいるようだが、少なくとも現在の党首である鳩山由紀夫氏は、冷戦後の国際情勢の分析を通して、日本を含めた東アジアにナショナリズムが勃興する危険性をきちんと予測し、それへの対策を外交方針に組み入れる用意があるようだ。(詳しくは、『Voice』誌本年9月号参照)

 もちろん、「看板を書く」ことは比較的容易である。しかし、その看板に偽りない政策を実行することは、また別の問題である。私としては、今後の民主党政権の政治運営を注意深く見守りながら、必要と思うときには国民の1人として意見表明をしていくつもりである。
 
 谷口 雅宣

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2009年8月25日

幸福の方程式 (4)

 前回の本欄で使った「分厚い米国産のビーフ・ステーキ」の喩え話は、少し難解だったかもしれない。単に食品として味わい、また栄養のことを考えれば足りるような例を使えば、説明は大幅に単純化できた。例えば、代りにこれが「鮭フレークが入った握り飯」であり、それを「友人宅に行ったとき手料理として出された」のであれば、ほとんど手放しで喜び、感謝することに問題はないだろう。食べている時にも、味のこと、食感のことに心を集中することができるから、単純においしくいただけるに違いない。では、なぜ「分厚い米国産のビーフ・ステーキ」ではそれをするのが難しいのだろう?

 答えは、簡単である。その理由は、「食べる」という行為以外のことを、いろいろ考えるからである。では、前回、思考実験で行ったような複雑でややこしいことを、我々は考えるべきではないのだろうか? 答えは「否」である。そういうことを考えながら「自他一体感」を得ること(あるいは失うこと)を問題にするのが、人間が人間としてある意味だ。そんなことを全く問題にせずに、どんな場合にも、目の前の牛肉にかぶりついて満足している姿は、あまり人間的だと思えない。そんなことは、イヌやネコがいつもやっていることだ。

 が、ここに1つ、彼ら(イヌやネコ)にも学ぶべきことがある、と私は考える。それは、前回扱ったような複雑でややこしい人間社会の種々の問題を考えてばかりいると、“せっかくのご馳走”もマズくて食べられなくなる、という事実である。このことは、食事だけでなく、我々の生活のあらゆる面で言える。最近は「マルチタスク」などというようだが、アイポッドで音楽を聴きながら通勤する人、ケータイで話しながら街を行く人、携帯ゲーム機に熱中しながら観光バスに揺られる人……これらの人々は、機械によって結ばれているバーチャルな場所に注意を引かれるから、自分が物理的に置かれているリアルな場所との関係が希薄になる。すると、前回の例と同じように、“せっかくのご馳走”が目の前にあっても気づかず、感じられない、という状況が生まれてしまうのである。
 
 本欄の読者ならば、私がここで言っていることは“初耳”でないはずだ。すでに本欄で何回も扱ったし、単行本でも説明したこと--「意味優先」対「感覚優先」、あるいは「左脳的見方」対「右脳的感じ方」のこと--を、私は別の角度から書いている。ブラジルの全国大会でも、私は「幸福とは何か」を論じる際に、右脳と左脳の役割分担の違いについて簡単に触れた。つまり、「左脳」はたいていの人では「言葉による思考」を担当し、「右脳」は感覚器官を通じて物事を感じる際によく使われる。ということは、我々人間は、論理性と感覚認識とを統合させることで、人間らしい生き方ができるように造られているということだ。それが、神が我々に与えた"地上生活の青写真"であろう。言い換えれば、我々は、この双方の脳を十分使ったときに、本当の意味での幸福や生き甲斐を感じるのである。

 この幸福論は、脳科学の言葉で表したが、これと同じことを宗教的に表現すれば、「もっと神の恵みに感謝しよう」ということだ。我々現代人の生活は、“意味過剰”で“左脳偏重”に陥っていることが多い。もちろん「左脳」も神からの恩恵だから、感謝して使わなければならない。しかし、左右の脳のどちらかに偏重した生活は、神の御心ではない。言い換えれば、何でも論理的に理解してすますのでは、人間は満足できないのだ。もっと直接的に、感覚を通して“他者”との一体感を得るところに、我々の幸福のカギが隠されていることもある。そういう意味で、“すでに与えられた神の恵み”を右脳を通して再発見し、感謝し、心に留めるだけでなく、押し広げて他者とそれを共有する「日時計主義」の生き方こそ、幸福生活への道だと言えるのである。

 谷口 雅宣

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2009年8月24日

幸福の方程式 (3)

 前回の本欄に掲げた思考実験の意味を、読者には理解してもらえただろうか? 「分厚い米国産のビーフ・ステーキ」を3つの社会的文脈の中に置いた場合の、人間の幸福とは何かを考え、感じてもらおうというのである。それを再掲すると--

 ① インド・ムンバイの外資系ホテルのレストランで、現地の人におごってもらった。
 ② 北朝鮮政府の招待により、平壌の政府施設でご馳走になった。
 ③ 日本の友人宅に行ったとき、友人の手料理として出された。

 ①の状況下で米国産ビーフ・ステーキが出てくることが実際にあるかどうかは、今は問わない。が、仮に出てきたとすれば、「インド」という国名と「外資系ホテル」というのがキーワードである。インドは、ご存じの通りヒンズー教の国であり、そこでの「牛」は神聖な動物である。それを食することは一種のタブーである。にもかかわらず、「外資系ホテル」(つまり、ヒンズー教徒でない人が多く宿泊し、その客の嗜好に合わせた食事が出る可能性がある場所)ならば、ステーキが出ることがあるかもしれない、と私は考えた。が、仮にそうであっても、ホテル従業員の多くはヒンズー教徒であることが予想される。そういう人々の前で、そういう人々の感情を無視して、我々は本当に「ああ、今日は予想もしていなかったステーキをいただける。ああ有り難い。うれしい!」などと考えながら、幸福感を味わえるだろうか?
 
 ②の場合は、もっと複雑である。北朝鮮政府が日本人を食事に招くなどということは、通常はない。もしあるとしたら、元アメリカ大統領、ビル・クリントン氏が最近、彼の地で金将軍から大歓迎を受けたように、かなり高度な政治的な“手駒”としての利用価値がある、と判断されたからだと考えねばならない。また、現在の状況下では、日本政府は北朝鮮に核開発を断念させる目的で、六カ国協議の枠組みを外さないように注意して交渉している最中である。そんな中で、北朝鮮とは国交がなく、“仮想敵国”とさえ見られているアメリカで生産された牛肉を、北朝鮮が日本人に提供すること自体が奇妙である。これはもしかしたら、北朝鮮側の「我々は日本人の知らないところで、すでにアメリカと直接交渉をして牛肉を入手している」というメッセージかもしれない。そういうものを目の前にして、「ああ、今日は予想もしていなかったステーキをいただける。ああ有り難い。うれしい!」などと手放しで喜び、幸福感を得る日本人がいたとしたならば、そういう人は帰国後、「オメデタイ」を通り越して「アホカ!」と言われるかもしれない。
 
 さて、最後に残った③の場合は、どうだろうか。この状況は、我々には充分ありえるものだから、読者も思考実験をしやすいに違いない。各人の自由な想像にもとづいて「自分だったらどう感じるか」を考えていただけばいいのである。で、私はどうするかと自問してみると、やはりここでも「ああ、今日は予想もしていなかったステーキをいただける。ああ有り難い。うれしい!」という幸福感に包まれることはできない。それよりも、この友人に対して自分が「肉を食べない」ということを知らせなかったことを後悔するだろう。その上で、友人の好意を無にしないために、あえて肉を食べるかどうかを判断しなければなるまい。この場合は、私とその友人との関係がどういう性質であるかによって選択が変わるだろう。いずれにしても苦渋の決断になるような気がする。それを幸福感に昇華させることができるかどうか、今の私には何とも言えない。状況があくまでも「仮想」であるからだ。

 が、理論的に言えば、「お気持は大変ありがたい」と感謝し、しかし「肉は食べません」と言ってその理由をきちんと説明する、という選択肢はあるだろう。また、その逆に、ステーキをいただいてから、「実は、こういう理由で普通肉食はしません」と説明する選択も、あるかもしれない。それを「H=T」の幸福と呼ぶことができるかどうかは、むずかしい。多分、(思考実験の中ではなく)実際の状況においてのみ判断ができると思う。

 結局、私がここで言いたいことは、人間の心に生まれる“幸福感”なるものは、社会的文脈なしには考えられないということである。言い換えれば、人間は、自分個人が客観的にどんなに“幸福な状態”にあるように見えても、その状態が、他人や他の生物の犠牲のもとに成り立っていると感じられる場合は、幸福感は得られないのではないか。これが、人間に与えられた「自他一体感」の意味だろう。そういう感性に優れている人が追求する幸福と、そうでない人のそれとは、相当異なることが予想できるのである。
 
 谷口 雅宣

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2009年8月23日

幸福の方程式 (2)

 私が「H=R-E」の方程式に引っかかった理由は、もう一つある。それは、6月10日付の『ヘラルド・トリビューン』紙に載った別の幸福論を読んでいたからである。それについては、6月14日の本欄ですでに触れているので詳述しないが、簡単に言うと「幸福とは、我々の環境条件にあるのではなく、そこから何を得るかにある」という主旨だ。元国際ジャーナリストのピコ・ライヤー氏(Pico Lyer)が書いていたもので、「幸福は、それを追求しないときに最も自然に現れ」、「自分の望みを必要に合わせることでやってくる」(Happiness comes from matching your wants to your needs.)という内容だった。前回紹介したエリック・ワイナー氏の幸福論と似てはいるが、同一ではない。
 
 ワイナー氏の「H=R-E」という考え方は、「期待すると失望するから、期待しないでいよう」というのだから、物事に対して一種“憶病”であり、消極的だ。目の前で起こる出来事から身を離して、「できるだけ関わりにならなければ、ケガも少ない」と、電車の中の酔っ払いに対するような、「触らぬ神に祟りなし」の態度である。が、ライヤー氏の得た幸福は、物理的、環境的には“不足”の状態に置かれていても、「そこから得られるもの、否、そこからしか得られないものの中にもある」というのだから、環境に対して人間が働きかける積極性、能動性が感じられる。私は、しかしもう一歩突っ込んだ幸福論を提案したかった。

 そのためには、「幸福はどこから来るか?」という根源的問題に答えねばならない。この問いに対しては、ワイナー氏もライヤー氏も同じ答えのように思われる。それは「個人の心」から来るという答えだ。ワイナー氏は「期待しない」という個人の心が、その“反動”として「期待以上の」幸福を生み出すと考える。一方、ライヤー氏は、必要以上に「望まない」「求めない」ことで、目の前の物事の中に幸福を見出す。だから、これらは「個人の心」の中で完結した幸福論と言える。が、これでは、個人と個人をつなぐ「社会」や、社会と社会の間の「国際」問題について、何も語れないのではないか。

 例えば、我々日本人が、世界的には“豊かな生活”といえる中で、米国産のビーフステーキを目の前にして、「H=R-E」の方程式を援用すれば、こんな幸福感(私の幸福感ではないが)を得るのだろうか--
 
「ああ、今日は予想もしていなかったステーキをいただける。ああ有り難い。うれしい!」

 これに対して、ライヤー氏の幸福論では、こんな反応になるのだろうか--
 
「おっ、今日は望んでもいなかったステーキをいただける。国産牛よりは身は固いというが、その代り、悪玉コレステロールは少ないに違いない。それに、こんな値段で分厚い肉が食べられるなんて、実に有り難いことだ!」

 しかし、これら2つの幸福感には、人間として何かが欠けているように私は思う。それは“他者”との関わりである。この場合の“他者”とは、必ずしも「他の人間」だけではなく、「他の生物」とそれを含む「自然」や「環境」も含まれる。人間の中の幸福感は、それを感じる個人の内部で完結するものではなく、その人を含む“他者”との関係において得られるものであるはずだ。それを知るためには、次の思考実験をしてみるといい。つまり、自分が上の架空的人物になり代り、次のような状況下で、部厚いステーキを目の前にしていると想像してほしい--
 
 ① インド・ムンバイの外資系ホテルのレストランで、現地の人におごってもらった。
 ② 北朝鮮政府の招待により、平壌の政府施設でご馳走になった。
 ③ 日本の友人宅に行ったとき、友人の手料理として出された。

 この思考実験をすれば、①~③にある“他者との関係”に応じて、心の中に起こる反応は皆、違ってくると思うのだが……。読者はどうお考えか?
 
 谷口 雅宣

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2009年8月22日

幸福の方程式

 本欄にこんな題をつけると、今回の総選挙に急遽、大量の候補者を出して臨んでいる特定の宗教政党のことを思い出す人がいるかもしれない。が、「幸福」とは基本的に心の中の問題だから、私は政治で簡単に幸福が実現できるとは思っていない。私がこれから書こうとしているのは、8月にブラジルで開催された生長の家ブラジル全国大会での私の講話についてである。ここで私は、実は“幸福の方程式”なるものを提案した。それは、こういうものである:
 
 F = V (Felicidade igual Verdadeira Imagem)
 
 これは、ポルトガル語による表記だから、英語を使えばこうなる:

 H = R (Happiness equals Reality.)
 
 この場合の「Reality」とは「現実」ではなく、生長の家で説く「実相」のことだ。英語圏では、この言葉を「True Image」とも訳しているので、上の方程式は、
 
 H = T (Happiness equals True Image.)
 
 と書き直すこともできる。
 
 この方程式は、「実相が幸福である」とか「幸福は実相から来る」とか「幸福は実相の反映である」という意味である。だから、日本語で方程式を書くとすれば、さしずめ
 
 幸福 = 実相
 
 となる。
 
 私がなぜ、海外での講演で、こんな見慣れない方程式を持ち出したかというと、海外読者の多いニューヨークタイムズ紙の国際版『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』に、これとは違う“方程式”が提案されていたからだ。否、もっと正確に言うと、「方程式」自体ではなく、方程式に表せるような単純化された幸福の定義が掲げられていたからだ。私はそれに異議を唱えるとともに、「生長の家が幸福について何か語るとしたらどうなるか」をブラジルの信徒の方々にお伝えしておきたかった。
 
 私が異議を唱えた記事は、今年7月22日付の上掲紙にあるエリック・ワイナー氏(Eric Weiner)による「Happiness is low expectations」(幸福は期待を下げること)という論説記事である。この題を見ればわかるように、ワイナー氏のポイントは明確で、「現実を見るのに、期待をもたずにすれば幸福が来る」ということだ。ワイナー氏がこの結論に達した理由として挙げているのは、数々の国際調査の結果、デンマーク人が世界で一番幸福だと考えられることだ。もっと詳しく言うと、各国の対象者に幸福であるか否かについて聴き取り調査を行うと、デンマーク人の3分の2が、「人生にとても満足している」と答えるのだそうだ。それも、最近の傾向ではなく、ここ30年間というもの、ずっとこの傾向が続いているという。その原因についてワイナー氏は、「デンマーク人は物事にあまり期待しない性格だから」と分析している。つまり、「期待せずに現実を生きれば、幸福感を味わえる」ということだ。この考え方は、次のような方程式で表現できるだろう:

 H = R - E
 (Happiness equals reality minus expectation)
 
 私はこの記事を読んで、「?」と思ったのである。これは「幸福」の定義というには単純すぎないか。また、「幸福」の定義というよりは、「諦め」とか「無頓着」(indifference)の定義ではないか、とも思った。
 
 谷口 雅宣

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2009年8月20日

神は偉大でないか? (5)

 『God is Not Great』の第5章は、“病気治し”をめぐる宗教の問題である。ここには、生長の家の信仰者にも無縁でないことが書かれていて、興味深い。簡単に言えば、「信仰で治すか、医学で治すか?」の問題だ。特に、病気の原因が医学的にハッキリしている場合、宗教がそれを否定すると、信仰者に悲惨な結果を招く可能性が大きくなる。だから、宗教(あるいは信仰)は有害である、というのが著者、ヒッチェンズ氏の主張である。

 具体的な事例を読むと、世の中にはずいぶん極端な主張をする宗教もあるものだと驚く。もちろん、生長の家では医学を否定しない。が、医学だけでは健康は回復しない、と考える。投薬や手術が健康をもたらすのではなく、人間の内部にある自然治癒力が発揮される必要があり、そのためには「心」の要素が非常に大きい。このことは医学でも認めているから、我々の信仰では「医者を取るか信仰を取るか?」という二者択一の問題は発生しないことが多い。ただし、一度「医者」を選択すると、最近では検査、検査、投薬、投薬……という事態になりかねない状況でもあるから、「できることなら、信仰だけで治したい」という患者の気持も充分理解できるのである。
 
 さて、ヒッチェンズ氏が示す事例をいくつか掲げよう。

 インド北東部のベンガル地方で、著者の友人のカメラマンがユニセフの仕事の一環として子供たちのために小児麻痺のワクチン接種を進めていた時のことだ。どこからともなく妙な噂がひろがってきたという。それは、この薬は西洋の諸国の謀略であって、ワクチンを飲めば生殖機能が不能となり、下痢が続くというのである。その噂の出どころが、イスラーム主義者なのだった。小児麻痺のワクチンは同一人に2回接種しなければならないが、この噂のおかげで、心配した多くの親たちが接種をためらうこととなり、その地方からこの病気を排除することができなくなるのだった。この例は「信仰で治せ」というものではないが、「西洋医学を疑う」という点で、その効果は似ている。
 
 ナイジェリアでは、もっとヒドイことがあった。同じ小児麻痺予防のワクチンの接種について、イスラーム法学者の一団がそれを「イスラームに対するアメリカと国連の陰謀である」というファトワ(イスラーム法にもとづく見解)を出したのだ。ワクチンは、真の信仰者の胤を絶やすためのものだというのである。この法的見解のおかげで、小児麻痺が一時消えていた同国に、数カ月後にはこれが復活した。そればかりでなく、旅行者やメッカへの巡礼者が感染したまま外国へ行ったため、この病気がすでに撲滅されていた他の国--アフリカ3国と遠くイェメンまで--へと小児麻痺は広がったのだ。
 
 これと似たことが、コンドームとエイズとの関係で世界各地で起こったという。それをいちいち書くことは控えるが、問題のポイントだけを言えば、エイズウイルスの感染防止のためにコンドームは有効だという医学的見解に、医学不信と避妊禁制を盾に取って、イスラーム法学者のみでなく、カトリック教会までが声をそろえて反対したのである。その反対理由はばかげている--「すべてのコンドームには、密かに目に見えない細かい穴が開けてあるから」というのである。つまり、コンドームはエイズを感染させるために作られた、と信じているようなのである。しかし、コンドームは避妊具の1つであるから、穴が開いていれば欠陥商品であり、場合によっては訴訟の原因にもなる。だから、「すべてのコンドーム」に穴が開いているはずはない。
 
 アフリカなどでのエイズの蔓延は、こうした宗教的見解の愚かさにも原因がある。
だから、ヒッチェンズ氏は「宗教は、公衆衛生に対する緊急な脅威であり続けている」と手厳しい。また、この章では、ユダヤ教の「割礼」の習慣についての批判もあるが、その詳細は本欄で取り上げるのに相応しくないと考えるので、割愛する。

 谷口 雅宣

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2009年8月19日

神は偉大でないか? (4)

 ヒッチェンズ氏の『God is Not Great』は、第3章で「ブタ」の問題を取り上げている。この章は「ちょっと脇道に反れ、ブタについて」という題がついていることから分かるように、短くて5ページしかない。が、中身はとても“濃厚”である。ここで言う「濃厚」の意味は、「内容が充実している」というよりは、「味が濃くて口に合わない」というニュアンスがある。2006年の生長の家の教修会では、宗教がもつ「食物規程」について学んだが、この中でも、ユダヤ教とイスラームがブタについての禁忌をもつことが話題となった(本欄では2006年7月5日参照)。ヒッチェンズ氏はこの章で、ユダヤ教とイスラームの厳しい“ブタへの禁忌”は、実は“ブタへの偏愛”の裏返しであるとの説を展開する。
 
 心理学を学んだ人ならば、人間の心中にある「愛」と「憎」とは、実は同じコインの表と裏であるとの説明を聞いたはずだ。それと同じように、宗教の教えにある“禁忌”も、それが度を超えている場合は、逆に対象がもつ“魅力”を示しているとするのである。で、イスラーム世界でブタへの禁忌が「度を超えている」と言えるのは、ジョージ・オーウェルの『動物農場』(Animal Farm)1945年8月17日に刊行されたジョージ・オーウェルの小説。 を子供が読むことを禁じているし、ヨーロッパのイスラーム主義者は、『3匹の子ブタ』や『ミス・ピギー』『クマのプーさんのピグレット』など、昔からある童話やキャラクターを子供の目から隠せと要求しているからだという。まあ、私としては、昔から特にブタとのつき合いはなかったし、ブタ肉も食べることはないから、この件についての判断は差し控えたい。
 
 が、ヒッチェンズ氏の指摘の中で1つだけもっともだと思うことを言おう。それは、“ブタへの禁忌”を宗教のドグマとして異常なまでに強調しなくても、ブタの生態や屠殺場での彼らの恐怖と苦しみの様子を知り、我々人間とDNA構成がきわめて近いこと、さらに人間への移植用の臓器としてブタのものが使われている事実等を冷静に考えてみれば、ブタを人間と無関係の「蔑むべき動物」と考えるよりは、地球生命を構成する仲間のうちでは、サルに次いで“近種”であると考える方が正しいという点だ。著者はこのことを宗教で強制しなくても、「理性と思いやりの感情から明らか」(in the plain light of reason and compassion)だというのである。私も同感である。

 谷口 雅宣

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2009年8月18日

神は偉大でないか? (3)

 クリストファー・ヒッチェンズ氏は『God is Not Great』の第2章に、「Religion Kills」という題をつけている。その意味は、もちろん「宗教は殺す」という厳しい批判だ。が、そこに挙げられている数々の実例は、ほとんどが政治がらみの話である。前回の本欄で、私は16世紀ヨーロッパのカトリック教会のことに簡単に触れたが、その当時の社会は“祭政一致”が普通だった。が、これによって政治目標が宗教的熱意(熱狂)によって追求されたり(例えば十字軍)、科学的研究が弾圧される(例えばガリレオ裁判)という大きな弊害が生じたために、近代国家は政教分離を統治原則の重要な柱の1つに据えることになった。だから、それ以前に起こった宗教がらみの政治的対立を、21世紀の現代社会に持ち出して宗教を批判することは不公平であり、不合理である。この点を1つ押さえておきたい。だから、政教分離が適用されないイスラーム社会においては、この問題は現代においても存在する。その場合、そういう政治的対立の責任を「宗教」のみに嫁すことは、やはり不合理と言わねばならないだろう。人間の欲望や野心--つまり、政治的利害が、宗教と同じ程度に関与しているに違いないからだ。

 さて、こうは言ったものの、ヒッチェンズ氏がここで宗教批判の材料として挙げている例の多くは、現代社会での事例である。ボスニア紛争において“民族浄化”政策を冷酷に実行したラドヴァン・カラジッチ(Radovan Karadzic)やラトコ・ムラディッチ(Ratko Mladic)両氏を、ギリシャ正教の大主教が熱心に応援したこと。アイルランドの独立問題で同じキリスト教の“カトリック”と“プロテスタント”が武装組織を結成して殺し合いを演じたこと。レバノンにおける“宗教対立”、パレスチナ問題、インドのボンベイでのヒンズー民族主義の横暴、イラン=イラク戦争、サダム・フセイン統治下のイラクにおける“宗教弾圧”……。これらの中で、宗教的権威が「暴力反対」の意思を全く表明しなかったわけではないが、特に紛争の帰趨に影響力をもつメジャーな宗教(例えば、ローマ教皇庁)の一般的態度は「躊躇」であった。このことに加え、そういう暴力行為に率先して参加した宗教信者が多数あることに、ヒッチェンズ氏は「嫌悪感を覚える」というのである。

 これらの例は、宗教が政治と結びつくことで起こる悪い影響を示している、と私は考える。宗教は、人の信念や感情を動かす力をもっているから、政治の側からは利用したい重要な“資源”の1つである。一方、宗教の側からも、宗教的信条にもとづいた社会改革を実現したい場合、政治は手っ取り早い手段の1つである。政治と宗教は、こうして一種の同盟関係を結び、いわゆる“宗教政党”が結成される。だから、政教分離がされたはずの欧米諸国の中にも、「キリスト教民主同盟」とか「キリスト教右派」などという呼称がいまだに存在するし、日本の政治にも公明党のような政党が大きな影響力をもっている。ここで重要になるのは、政治的対立が深刻化したときに、宗教勢力がそれを沈静化する役割をはたすのか、それとも先鋭化する側に回るのか、の違いである。前者が好ましいことは言うまでもないが、宗教がすでに政治に深く関与している場合、その宗教が前者を選ぶことは大変むずかしい。それよりも、後者を選ぶ方が自分の利益になると考えがちである。つまり、“神の目線”で--すべての存在の福祉実現を目的として--物事を考えることができにくくなり、“宗教の目線”--1宗教団体の利害優先--でしか考えられなくなる。この点で、政教一致は危険な形態と言わねばならない。
 
 ヒッチェンズ氏は、政党政治に関与しなくても宗教が危険である実例として、サルマン・ルシュディー氏(Salman Rushidie)の著作『悪魔の詩』(The Satanic Verses)をめぐる暗殺事件を挙げている。私は、こういう問題になってくると、宗教の教義とその解釈が大変重要な位置を占めてくると思う。ある宗教が神仏に対抗する力をもった「悪」や「魔」の存在を説いている場合、信仰者は周囲の状況によっては、善悪が対立した世紀末的な世界観をもつようになり、激しい暴力に訴えることがある。この件について、私は『心でつくる世界』に実例を出して詳しく書いたから、ここでは説明を省略する。日本ではオウム真理教の事件を思い出していただければ、理解してもらえる読者はいるだろう。ヒッチェンズ氏はしかし、こういう“一部”の過激派宗教の暴力行為だけでなく、その行為に対して他のメジャーな宗教が非難することをせず、または逆に、この宗教的言論弾圧の「被害者」に対して、宗教を冒涜したと非難したことに怒りを表明している。殺人者を非難しない者は、共犯か、少なくとも幇助犯だという論理だろう。

 谷口 雅宣

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2009年8月17日

神は偉大でないか? (2)

 『God is Not Great』の第1章で、著者のヒッチェンズ氏は「宗教に対する最も穏やかだが決定的な批判」として突きつけている言葉がある。それはこれだ--「宗教は人間がつくった」。これを聞いて読者は驚くだろうか? 私はまったく驚かない。当然のことと思うからだ。生長の家でも谷口雅春先生を「創始者」と呼んでいて、我々の運動を谷口雅春先生と輝子先生が始めたことは自明である。が、ヒッチェンズ氏が言う意味は、それとは少し違うようだ。彼が言いたいのは、「人間のつくったものは不完全」ということだ。つまり、宗教の教えも「不完全」であり、「間違い」の可能性があることを認めるべきだというのである。私はこれを一般論として、受け入れる。では、すべての宗教の開祖の教えには間違いがあるということか? 
 
 ヒッチェンズ氏が「宗教は人間がつくった」と言うときの「つくった人」とは、どうも「開祖」の意味ではないのだ。というのは、彼は宗教の“間違い”についてこう述べているからだ--「宗教をつくったその人々も、彼らの預言者や救い主やグルが何を言ったか、何を行ったかについて合意できない。ましてや、宗教が始まったのちに新しい発見や発展があり、その動きが(当の宗教に)抑圧されたり、糾弾されたことの“意味”について述べることなど、期待できない」。著者は結局、こう言いたいのだろう。キリスト教もイスラームも仏教も、“開祖”であるイエスやムハンマド、ブッダが本当に何を言ったのかについて、それぞれの内部において合意ができていないし、それらの宗教がそれぞれ後に分裂して、異なる宗派に分かれていったことの意味について、当事者から満足な説明は期待できない--そういうことだろう。この意見も、私にはよく理解できる。
 
 そこで著者は、声を荒げてこう非難する--「にもかかわらず、宗教の信仰者は“知っている”というのだ。単に“知っている”のではなく、“すべてを知っている”というのだ。神が存在することを知っているだけでなく、また、その神が世界を創造し、監督していることを知っているだけでなく、神が我々に何を要求するか--食べ物の種類から戒律まで、さらに性生活の規則まで--も知っているというのだ」。(p.10)著者が苛立っているのは、宗教のこの“すべてを知っている”とする傲慢な態度で、これでは現段階の知識以上の真実の追究はできない。さらに宗教には妙なプライドまであるから、宗教を信じない人にとっては、科学的知見や理性をもって世界の真実について議論する相手にはなりえない、というのである。
 
 読者はもうお気づきと思うが、ヒッチェンズ氏はここで「神」を批判しているのではなく、「宗教」を批判しているのである。「神は偉大でない」というのが著書のタイトルであるが、著者は「宗教は偉大でない」と言っているのだ。少なくともこの章(第1章)においては、そうである。ここに、この本の大きな問題が1つあるような気がする。著者は「神」とは何であるかを、今のところ定義していない。それでいて「神」を批判するのはおかしい。もしかしたら、無神論者である著者には「神」が定義できないから、「神」を最高の権威として考え、行動する人間の集団(宗教)を批判する以外にないのかもしれない。が、我々のような神を信仰する者にとっては、この両者の違いは明白である。
 
 ヨーロッパ16世紀の宗教改革者、マルティン・ルターが、当時の聖俗一致のカトリック教会の肥大化した権力に対抗して、ローマ教皇の至上権を否定し、公会議も誤りを犯す可能性があるとして、“神の言葉”としての聖書と信仰者の良心のみによって人は救われると宣言したとき、ルターは、神を批判したのではなく、宗教を批判したのである。その批判したルター本人が、神を信仰していたことは疑う余地がない。だから、ヒッチェンズ氏のこの著書は、タイトルがいかにセンセーショナルであっても、「組織化された宗教」(organized religion)への批判書であって、神は無傷でそれらの上に聳え立っている--そんな感じがするのである。
 
 ところで、生長の家講習会などで私が述べる“宗教目玉焼き論”を記憶している読者は、ヒッチェンズ氏の批判の矛先が、もっぱら目玉焼きの“白身”(周縁部分)の部分に向かっていて、“黄身”(中心部分)にはまだ触れていないことに気がついてほしい。私は、宗教の“白身”は時代や環境や文化によって変わるべしとの立場だから、これまでの氏の宗教批判には、さほどの抵抗を感じないのだろう。
 
 谷口 雅宣

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2009年8月16日

神は偉大でないか?

 ニューヨークで買った本の中に、クリストファー・ヒッチェンズ(Christopher Hitchens)という人の書いた『God is not Great:How Religion Poisons Everything』がある。まだ全部は読んでいないが、なかなか面白い。初版が2007年だから、すでに邦訳書も出ているだろう。この本の題を訳せば「神は偉大ではない」となるから、イスラームの信仰者がよく使う「神は偉大なり」という言葉に(多分意識して)反対する形になっている。副題はもっと露骨であり、「宗教はどうやってすべてに毒を入れるか」という意味だ。つまり、宗教組織のもたらす害悪を数え上げてこっぴどく批判する内容の本だ。著者は自らを「無神論者」と呼んでいるが、職業はジャーナリストらしい。私がこんな本をなぜ買ったかというと、宗教組織の内外には批判に値することが実際、たびたび起っており、そういう批判をきちんと受け止めて改善することは必要だと感じているからである。
 
 が、ジャーナリストが書いただけあって、世界の宗教の悪い面には非常に詳しいが、善い面はほとんど書いてない。また、私が今日までに読んだ範囲には、神学や哲学に触れる深い考察はまだ出てきていない。だから著者は、題から想像されるような「神」の概念や観念をしっかり検討したうえで、「神は偉大でない」との結論にいたったというよりは、組織をもつ宗教の弊害が目に余るので、批判本を書いたと言えるかもしれない。生長の家も組織運動をする宗教だから、私はヒッチェンズ氏が批判する側面が我々の周辺にないかどうか気にしながら、この本を読み始めた。すると意外にも、著者の指摘の中には、私が普段から感じていることとさほど違わないものが多いのだった。これは恐らく、著者が宗教の中では“原理主義的”とか“迷信的”といわれる考え方を批判しているためだろう。生長の家はもちろん原理主義ではない。が、そういう考え方をする人が信徒の中にいても、不思議はない。
 
 著者は、人生の初期の段階で宗教に疑問を抱いたきっかけになったエピソードを紹介していいる。それは彼が9歳ぐらいのとき、学校の聖書の時間に、女教師が「植物の葉が緑色をしている」ことについてこんな説明をしたという:
 
「ほら皆さん、神さまは実に偉大なお力をもち、慈愛に満ちていらっしゃるか分かりますね。神さまは、すべての木や草を緑色にされています。この緑色こそ、私たち人間の目がいちばんの安らぎを感じる色です。もしそうでなく、植物がみんな紫色、あるいはオレンジ色だった場合を想像してみてごらんなさい。こんなヒドイことはありません」

 私は、9歳の子供に向かって教師が聖書の時間にこういう説明をすることは、さほどヒドイとは思わないが、著者は論理的思考に優れた子だったのだろう、この教師の言葉は間違っていると直感したそうだ。彼はこの時、「人間の目は自然界に適応しているのであり、その逆ではない」と思ったという。

 彼はその後、13歳になるころまでに、これに類したいろいろの疑問を“神”に対して感じるようになったという。例えば、聖書にはイエス・キリストが数々の“奇蹟”を行ったことが記されていて、キリスト教の“三位一体”の教義によるとイエスは「神」と同義であるので、イエスの奇蹟は神の行為と見なされる。そういう理解のもとで福音書を読むと、イエスは、通りかかった盲人の目を癒したとあるが、神が盲人を癒すことが素晴らしいなら、初めから盲人など創るべきではないと感じた。また、いろいろと真面目な話をした校長が、最後に、「この(キリスト教の)信仰の意味について、君たちはまだ分からないことが多いだろうが、そのうちに、君たちの愛する人々が亡くなる時期が来れば、きっと分かるようになる」と言ったそうだ。それを聞いた彼の心には、怒りがこみ上げてきたという。なぜなら、これは宗教が言っていることは本当じゃないかもしれないが、気休めには役立つと言っているようなものだ、と感じたからだ。

 ヒッチェンズ氏が物事を考える際の基準は、次のように明確に表現されている--「我々は科学と理性だけを信頼しているのではないが、科学に矛盾し理性に反するものは何ごとも信じない」。これは、科学と理性によてすべてが説明できるという意味ではなく、すべてを今説明できなくてもいい、という意味だ。なぜなら、「我々が尊重するのは自由な探究、開かれた心、そして理解そのもののための知の探究である」からだという。私は、このような同氏の態度には、生長の家創始前に『神を審判(さば)く』を著した谷口雅春先生に共通したものがあると感じ、(すべてには賛同しないが)むしろ好感を覚えたのである。
 
 谷口 雅宣

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2009年8月12日

谷口純子氏の講話

 8月8日に行われた「生長の家ブラジル全国大会」で谷口純子・生長の家白鳩会総裁が行った講話の様子を公開する。私が自分の席から撮った動画を編集し、本人の許可を得て、ユーチューブに登録したものだ。雰囲気だけでもお伝えできればと思う。
 
 また、ブラジル人の青年が私たちのブラジル到着時(28日)の様子をユーチューブに登録してあるのを見つけたので、その日付のところに挿入してある。興味のある方をご覧あれ。
 
 谷口 雅宣

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2009年8月 5日

アマゾン群馬の森へ(現地時間4日)

アマゾン群馬の森(1)... on Twitpic ベレン市郊外約50kmにある。在北伯群馬県人会が取得した540ヘクタールの土地で、アマゾンの原始林の保全と再生林の維持を行っている。巨木の前で記念撮影。

アマゾン群馬の森(2)... on Twitpic 森の中に巨大なキノコがあると思ったが、実は木の実の殻。素焼きの土器のような重さと頑丈さがあって、自然に蓋ができるのが不思議だ。

サンタ・バーバラ... on Twitpic サンタ・バーバラの町。高級住宅地のある同名の街がロサンゼルスの郊外にあるが、こちらの町は素朴な小さい町。群馬の森は、この町の近く。

ドラゴンフルーツを食べる... on Twitpic お土産にいただいたドラゴンフルーツ。ホテルに帰ってから食べた。切り口の鮮やかさに比べ、味は結構薄い。

ベレンの町... on Twitpic 宿舎のホテルから展望したベレンの町。向こう側にアマゾン河が広がる。

 谷口 雅宣

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2009年8月 2日

国際教修会でのスナップ

 もうすでに一部で紹介されているが、8月1~2日にサンパウロ市のフンシャル劇場で開催された「生長の家国際教修会」の会場風景をお届けする:

At the SNI Special Conference for World Peace (1) on Twitpic

At the SNI Special Conference for World Peace (2) on Twitpic

At the SNI Special Conference for World Peace (3) on Twitpic

At the SNI Special Conference for World Peace (4) on Twitpic

 谷口 雅宣

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2009年7月28日

ブラジル到着時の様子

 7月27日(現地時間)に私たち一行がブラジル・サンパウロ市の空港に着いたときの模様を、現地の人(Nanaaa31)が撮映し、動画サイト「ユーチューブ」に上げたものを見つけた。本人が知らないうちに映像や音声が世界中に発信される……そういう時代になったのだと、感慨を深くした。

 谷口 雅宣

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ブラジルに着きました

 しばらく御無沙汰していたが、生長の家の国際教修会などのためブラジルのサンパウロ市に来ている。短文やスナップ写真などをミニブログ「ツイッター」に随時掲載しているので、興味のある読者は本欄ではなく、サイドバー上に出るリンクをたどって、そちらを参照されたい。以下は、最新のスナップ写真。 

Sao Paulo, 27 July 2009 (1) on Twitpic サンパウロの町

Sao Paulo, 27 July 2009 (2) on Twitpic

町には落書きが多い、高級住宅地の壁にまで描かれているのは驚くが、この写真のように、なかなか見ごたえのあるものもある。

Sao Paulo, 27 July 2009 (3) on Twitpic

この町には東京並みの人口が住むが、そこに1千カ所以上も“貧民窟”があるらしい。この写真はその一部。

Sao Paulo, 27 July 2009 (4) on Twitpic

町中では大型トレーラーが猛然と走るのが、少しコワイ。日本のダンプカーの倍ほどの長さのものもある。その“横腹”を撮った。

 谷口 雅宣

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2009年7月16日

ブログの休載について

 7月13日以降、私が本欄を休載していることで、心配している読者がいるといけないので、事情を少し書こう。今夏は、ブラジルのサンパウロ市において「世界平和のための国際教修会」が行われる。そのための日本出発が今月下旬に迫っているので、私は現在、その準備等に忙しい。本欄の執筆には結構、時間とエネルギーが必要なので、これを継続することは教修会の準備を疎かにすることにつながる恐れがある。そのための休載である。

 臓器移植法の改正が行われたことは残念だが、これについてはすでに私の考えを発表ずみだ。また、自民党政権の崩壊が予測されていて、日本の政治状況はきわめて流動的だが、総選挙は私の帰国後の予定である。そこで政権交替が行われても、日本が今より悪くなるとは思えない。そんなわけで、私はしばらく目の前の課題に取り組む考えである。その間、「日時計日記ウェブ版」などの生長の家関係のブログを参照していただければ幸いである。妻の「恵味な日々」もお忘れなく。
 
 谷口 雅宣
 

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2009年7月12日

2000年ハスを見る

 今日、鳥取県米子市の米子コンベンションセンターで行われた生長の家講習会では、1,911人の受講者が来場され、終日静かな雰囲気の中で会がもたれた。天候も曇天で、暑すぎないのがよかった。前回より126人(7%)多くの受講者があったが、これは井手本昌久・教化部長をはじめとした鳥取教区の幹部・信徒の皆さんの熱心な推進活動の成果である。この場を借りて、御礼申し上げます。ありがとうございました。
 
 講習会終了後、島根県斐川町にある荒神谷史跡公園というところに寄った。出雲空港からの羽田便で帰るため、途中にある史跡に寄ったのだ。ここは、昭和58年(1983年)に広域農道を建設中に、土器の破片が発見されたことから遺跡として発掘が始まり、翌年には358本の銅剣が一気に発見されて有名になったところだ。しかし、私の関心はそちらではなく、今が見ごろである約5千株のハスの花の方だった。これは「2000年ハス」と呼ばれていて、元の種が2000年前のものと推定されている。
 
 昭和26年(1951年)に千葉県の検見川から丸木舟と一緒に出土したタネを、発見者の大賀一郎氏が育てて開花させたものの“子孫”だという。昭和63年に島根県大田市から譲り受けて、この地に移植された。最近、アメリカの原子力研究所による放射性同位元素の測定から「3千年前のもの」という説も出ているらしい。

Lotuspond  私は時々、生長の家講習会で「植物の命の存否は測定できない」という話をするが、その時にこの「古いハスの種」のことを例に挙げる。2千年もの間、土の中に埋もれていても死んではおらず、条件しだいで発芽し、大いに子孫を殖やす植物もあるのだ。が、実物をまだ見たことがなかったので、ぜひ一度見たいと思っていた。今回見たハスの花々は、厳密な意味では「2千年前の生命」とは呼べないかもしれないが、“生命の不滅”を感じさせてくれるに充分な美しさと、力強さをみなぎらせていた。ハスの花は、本当は開花する早朝に観賞すべきだろうが、今回はそれがかなわない。夕方、もう花を閉じているものや、使命を終えて散りかかっているものをカメラに収めた。
 
 谷口 雅宣

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2009年7月 7日

アメリカ伝道本部が太陽光発電を導入

 前回は、生長の家総本山の“炭素ゼロ”達成をお伝えしたが、生長の家の温暖化抑制努力は海外でも展開されている。米カリフォルニア州ガーデナ市にあるアメリカ合衆国伝道本部は、昨年10月から太陽光発電装置の設置を検討してきたが、今年6月末には、同Ushqsolarsys 市による設置審査が行われ、南カリフォルニア・エディソン社によるソーラパネルの設置も終り、あとは発電メーターの取り付けを待つばかりとなった。勅使川原淑子・アメリカ教化総長が同伝道本部の屋根に設置されたシステムの写真を送ってくださったが、発電容量や、同伝道本部の電気使用量との比較などの細かい数字は分からない。設置費用は約8万ドル(770万円)で、これによって同伝道本部の事務局サイドの電気使用量(月約2千kWh)をほぼまかなうことができるそうだ。

 勅使川原総長によると、同本部の近隣には太陽光パネルを設置している会社や民家は見当たらず、生長の家のような非営利団体(宗教を含む)が太陽光パネルを設置することは珍しいこともあって、同市や州からの設置許可を得るのに予想以上の時間がかかったという。また、伝道本部を訪れる信徒はもちろん、信徒以外の人々への環境意識の啓発にもつながっていて、幹部の間に喜びが広がりつつあるという。同教化総長は、「車社会のカリフォルニアですが、伝道本部の建物が2階建てですので、道行く車からも目にもふれやすい位置にパネルが設置されており、日ごとに多くの人々に影響を及ぼすものと期待しています」と言っている。

 カリフォルニア州は“日照州”(sunshine State)という異名もあるくらいだから、日照時間も長く、よく乾燥するので野火や山火事が多いのが心配なほどだ。この太陽光発電導入をきっかけにして、「自然と共に伸びる」という言葉の通りにアメリカでの運動が飛躍的に発展することを期待したい。今回の装置導入を決定した同国の幹部・信徒の方々の熱意と、“炭素ゼロ”運動へのご協力に心から感謝申し上げます。

 谷口 雅宣

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2009年7月 6日

生長の家総本山で“炭素ゼロ”を実現

 本欄の一部の読者にはすでに旧聞に属することかもしれないが、長崎県西海市にある生長の家総本山は、昨年度において“炭素ゼロ”を達成した。“炭素ゼロ”とは「カーボン・ニュートラル」とも言われ、ある事業所におけるすべての活動から、実質的に二酸化炭素が「ゼロ=排出されない」ということである。これが達成されれば、その事業所は地球温暖化に加担しないで業務を継続することができると見なされる。生長の家では、教団全体の活動を“炭素ゼロ”にすることを目標にして運動を進めているが、ひと足先に総本山が単独で、その目標を達成したことになる。
 
 この話は、4月の初めに同本山の菅原孝文総務(当時)からメールで報告を受けていたのだが、各種の事情で本欄で取り上げることができなかった。また、同総務のメールの文面が“遠慮がち”だったことにも原因がある。その事情を説明すれば、今回の同本山の“炭素ゼロ”達成には、当地で行われる団体参拝練成会に参加する全国の幹部・信徒の皆さんが、いわゆる「炭素ゼロ旅行」を率先して実行してくださったことが大きく寄与しているからだ。もちろん、同本山での省エネ努力も継続されているが、それによるCO2排出削減量よりも、「炭素ゼロ旅行」の採用による削減量がはるかに大きかった。そういう意味で、本欄の読者の皆さんの御協力に、この場を借りて篤く御礼申し上げます。ありがとうございました。
 
Souhonzancn5  具体的な数字を示せば、昨年度の同本山のCO2排出総量は111万1,652kgで、うち事業所からの排出分は59万601kg、団参参加者等の移動による排出分は52万1,051kgだった。これに対し、同本山の森林が吸収するCO2の量は117万8,528kgだから、吸収量が排出量を6万6,876kg上回ったことになる。これにより、同本山の活動が、微量ではあるが、大気中のCO2の総量を減らしたことになる。ちなみに、団参参加者等の移動によるCO2排出量は、平成18年度は約120万kgだったが、19年度には約94万kgに減り、昨年度は52万kgになったから、3年間で半分以下に減ったことになる。一方、事業所からの排出分も減少し続けており、平成18年度は約70万kgだったのが、19年度は61万kg、20年度は59万kgだった。同本山では、「今後、森林の適正な育成と事業所からのCO2排出量のさらなる削減、灯油に代わる代替燃料などの活用で、地球温暖化防止に貢献してまいります」と言っている。
 
 総本山の場合は、約80万坪もある森林が温室効果ガスを吸収してくれるため、“炭素ゼロ”が比較的容易に達成できた。しかし、東京の本部会館の事務所となると吸収量はほとんどゼロだから、排出権購入や植林等の別の手段で“炭素ゼロ”を達成しなければならない。各地の教化部でも、事情はあまり変わらないに違いない。
 
 
 谷口 雅宣

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2009年7月 5日

室蘭にて

 今日は室蘭市文化センターと苫小牧市民会館の2会場を使って、室蘭教区での生長の家講習会が開催された。室蘭地方は朝から霧がかかっていたが、雨は降らず、講習会終了時には青空が輝く好天になっていた。両会場で合計2,289人の人々が受講してくださった。前回より大幅に減少したのは残念だが、一日和やかな雰囲気で講習会が行われたことは誠にありがたかった。熱意をもって推進活動を展開してくださった教区幹部の皆さまには、この場を借りて心から御礼申し上げます。
 
 前日の夕方、妻と2人で室蘭市内を散策した。同じ教区の苫小牧市では人口は増えているそうだが、ここは人口減少なのか、宿舎付近の商店街は相変わらずの“シャッター通り”だった。が、大型ショッピングセンターまで足を延ばすと、結構人々が集まっていて、にぎわいを見せている。そこで少し驚いたのは、センター内にパチンコ店ができていたのはまだいいが、隣接して保育所がある。「なぜ?」と思ったが、妻がすぐに回答を教えてくれた。小さい子供のいる若い奥さんたちが、心おきなくパチンコやスロットマシンを使えるようにという店側の“配慮”だろう、というのだ。

Murobento  が、ここにも良い点はある。それは新鮮な食材が豊富に、しかも安価にあることだ。ものの値段に詳しい妻の言うことには、東京の値段の半分ぐらいだそうだ。例えば弁当では、冷やし中華が150円、とんかつ弁当は280円、ハンバーグ弁当、チキンカツ弁当は398円……など。妻は、地元産の採れたてのホワイト・アスパラが安い(168円)と言って購入した。私はそれを絵封筒に描いて、午後の講話の時間に皆さんにご披露した。
 
Chikyumis2  講習会後には、地球岬に立ち寄った。広大な海が展望できるため「地球が丸いことが分かる」という意味の名前だそうだが、あいにく霧が出ていて海は見えず、その代り、雲の上に浮かんだような幻想的な雰囲気を楽しむことができた。自然の変化を肌で直接感じることができるのは、ありがたいことである。
 
 谷口 雅宣

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2009年6月29日

多様なる幸福

 アメリカの黒人音楽を世界に広めたポップ界の“スーパースター”、マイケル・ジャクソンが亡くなった。50歳の突然の死で、薬物の過剰摂取が疑われている。子どもの頃から才能を認められ、数々のヒットを飛ばし、巨万の富を得たが、やがて様々な奇行やスキャンダルが報じられ、巨額な訴訟費用で財産を減らし、そして、再起を期している時、突然の死を迎えた。才能も、名誉も、富も得た彼だが、はたして幸福な人生だったろうか、と思う。
 
 6月14日の本欄では、元米時事週刊誌『タイム』の国際問題担当記者だったピコ・ライヤー氏(Pico Lyer)の「幸福とは、我々の環境条件にあるのではなく、そこから何を得るかにある」という考え方を紹介して、日時計主義との共通点を指摘した。日時計主義は、すでに与えられているものを十分に感謝して受け、人々と共有するところに幸福を見出す。この考え方によると、幸福とは、「神の恵みへの感謝と、それを他者と共有するときに味わう一体感」と言えるだろう。となると、幸福とは一種の“主観的感覚”というようにも聞こえる。別の言い方をすると、客観的条件がどんなに(悲惨)であっても、本人が幸福だと感じていれば、そしてその幸福感を(少数であっても)他者とともに味わうことができれば、それが幸福ということになる。
 
 この論法をジャクソン氏の生涯に適用させると、彼の人生が幸福であったかどうかは本人に聞いてみないと分からない、ということになる。しかし「死人に口なし」だから、本当のことは分からない。わずかに分かるとしたら、彼が死ぬ間際にダイイング・メッセージでも残していて、そこに「私は幸福だった」という意味のことが書いてあれば(あるいは録音されていれば)、本人の公私の生活がたとえどんなに荒んでいても「マイケル・ジャクソンの人生は幸福だった」と言える。こういう言い方に何か問題があるだろうか? あるとしたら、それは何か?
 
 読者は、この論法に違和感を感じるだろうか。私は少し感じる。その理由は恐らく、一般に「幸福」を考えるときに、我々はそれを測定するための何らかの“標準”や“基準”があると考えているからだ。まったく基準がなく、「本人が幸福だと思えば幸福」なのでは、「幸福を追求する権利」などというものは、ほとんど意味がなくなるような気がする。なぜなら、人間というものは、奇妙なことを含めて、ほとんどあらゆることに幸福を感じるからだ--「爪を噛む」「吊革を集める」「ガンダムを収集する」「皿を割る」「女装をする」「公園で裸になる」「バンジー・ジャンプをする」……等々。
 
「幸福は死ぬ時に決まる」という考え方がある。ある人が若い頃からどんなに成功し、名声をほしいままにし、大金持ちになり、美女と結婚し、幸福な家庭をもち、社会のために尽くし、人々に尊敬されたとしても、歩道橋に落ちていたバナナの皮で足を滑らせて転落死したならば、その人は不幸だということになる。少なくとも、古代ギリシャ人はそう考えた。哲学者のサイモン・クリッチリー氏(Simon Critchley)は25日付の『ヘラルド朝日』紙に、そういう意味のことを書いている。この考え方は、上で触れた“幸福主観論”と180度異なるものだ。幸福とは、本人の主観とは関係なく、他人がその人をどう語るかによって決まるというのである。だから、死に方が愚かであれば、その人は幸福とは言えなくなる。

 この考えを“客観的幸福”と呼べば、前に書いたのは“主観的幸福”といえるだろう。この両方の意味で幸福な人は、本当に幸福なのかもしれない。
 
 谷口 雅宣

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2009年6月28日

生長の家つくば会館

 今日は生長の家の講習会のため、茨城県つくば市に行った。前日の天気情報は雨模様ということだったが、幸いにも曇りで涼しい1日となった。会場となった「つくば国際会議場」には2,381人の受講者が集まってくださり、静かで和やかな雰囲気の中で講習会がもてたことは、誠にありがたかった。受講者数は前回よりも301人(14.5%)多く、教区幹部の皆さんの一丸となった推進--組織的には白鳩会と青年会--が成果を伸ばす原因になったようだ。また、午前の私の講話に関する質問も15通と、この規模の講習会としては多く、受講者の方々の関心度が高いことが窺えた。
 
Tsukuba1  講習会終了後に、最近新築なった「生長の家つくば会館」へ立ち寄った。茨城県は、筑波山(876m)を境にして地理的に大きく南北に分かれるらしく、教化部会館は北部の中心である水戸市の近く(ひたちなか市)にあるが、人口や信徒数では水戸にひけをとらない南部のつくば市には、大きな拠点がなかったという。そこに今回、地方道場が完成したことで、南部の信徒の活動が盛り上がりつつあるという。頼もしい話ではないだろうか。つくば会館は、外観が一見して“洋風”の雰囲気をもった木造平屋建築だが、中へ入ると和風である。そのTsukuba2 印象を強く与えるのは、大道場の床の間に「実相」の掲額があるからだけでなく、柱や欄間や窓枠がすべて黒で統一されているからだ。この直線的な黒と、明るい色の壁や天井とのコントラストが美しく、宗教施設にふさわしい荘重な雰囲気を醸し出している。私はなぜか、熊本城や松本城を思い出していた。

 さらに特筆すべきは、道場の窓の工夫だ。住宅地に建てられた道場だから、早朝行事や見真会などで使う場合、近所の家に“騒音”と感じられる音を出してはいけない。その点、窓は一番外側にペアガラス(2枚ガラス)がはめられているだけでなく、その内側にスライド式のガラス戸がもう1枚付けられている。そのおかげで、内部の音はほとんど外へ漏れないそうだ。

 “炭素ゼロ”の運動を推進するためには、教化部などの中心施設に大勢の人を集める方式を改め、運動の第一線に近い多くの“拠点”を活用する必要がある。そういう中で、このような地方道場ができたことは時宜に即した動きと言わねばならない。茨城県での今後の運動の発展が、大いに期待されるのである。

 谷口 雅宣

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2009年6月26日

宗教の社会的貢献

 地球温暖化抑制や貧困撲滅という人類的・国際的要請との関係で近年、企業の社会的責任が注目されている。英語ではコーポレート・ソーシャル・レスポンシビリティー(corporate social responsibility)といい、「CSR」と略称される。企業が国際化し巨大化すると、一国の法律では規制できない数々の“網の目”をかいくぐって、多国籍企業が利潤追求のために“不正”を行える可能性が増えてくる。また、大企業は、工場や事務所の進出や撤退、投資、M&Aなどを通じて、地域社会や一国の経済にも影響を与える可能性をもっている。そういう点に着目して、企業活動に倫理的な判断を要請する考え方である。宗教の世界では、あまりそういうことが言われないが、私は公益法人である宗教こそ、そういう視点に敏感であるべきと思う。
 
 現在、宗教法人を含めた公益法人制度の見直しが行われているが、その背景には、きっと上記のような企業活動に対する社会的要請とのバランスの問題があるのだと思う。つまり、現在、宗教法人は原則的に収益に対して非課税である。その理由は、「宗教活動=公益」という古い、単純な考え方によって、宗教が“公益”を目的とした法人(公益法人)だと見なされていてるからだ。しかし、実際の宗教活動の中には、必ずしも公益とは呼べないようなものも含まれるとともに、「宗教法人」という看板を隠れ蓑にして、公益目的でない(もっとありていに言えば、詐欺的な意図をもった)団体が活動する余地が残されているからだろう。私はもちろん、宗教は公益に貢献していると信じる。しかし、宗教は基本的に「心」を扱うものだから、外からは分かりにくいところがあり、それが「うさん臭さ」や「教団の利益優先」というようなマイナスの印象を生んでいることも事実である。
 
 そこで、そういう誤解を払拭するためにも、社会的貢献の“客観的な指標”があるならば、宗教団体はそれを活用して、わかりやすい形のCSRを行う義務があるのではないか、と私は思う。生長の家が、環境経営の国際指標である「ISO14001」の取得に乗り出したのも、そういう視点があったからである。今日、生長の家は国内にあるすべての事業所で「ISO14001」を取得しただけでなく、海外に於いても取得への取り組みを進めている。が、この取り組みだけで社会的責任が果たせているとは思えない。そこで、現下の喫緊の課題である地球温暖化抑制のために“炭素ゼロ”(二酸化炭素の排出をゼロにする)という高い目標を掲げた運動が開始されたのである。その考え方にのっとり、生長の家は排出権を購入し、信徒の移動で排出されるCO2を金銭的に相殺するカーボン・オフセットを一部で実行し、さらに植林活動などを展開している。
 
 が、この“炭素ゼロ”を目指した運動は、しかし1つの矛盾を抱えている。それは、現在の社会全体が、まだ化石燃料を主要エネルギーとする産業構造と政治制度を温存しているからである。この環境の中では、何かを強力に推進しようとすると、必ず化石燃料を燃やすことにつながる。その逆に、化石燃料を燃やさないようにすると、宗教活動を推進することが困難になりがちである。この矛盾を乗り越えるためには、宗教団体内部の努力だけでは、どうしても限界がある。社会に対して、化石燃料を燃やさない方向へ動くように、何らかの働きかけをする必要が生じてきているように思う。
 
 谷口 雅宣

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2009年6月23日

ツイッターは“諸刃の剣”?

 5月23日の本欄で「ツイッター」という短文専用のミニブログの大盛況ぶりを紹介したが、イランの大統領選挙をめぐる混乱の中で、治安当局によってテレビや通常のウェブサイト等の情報手段を奪われた“改革派”の市民が、ツイッターやユーチューブなどを使って“西側”の支援を受けながら抗議活動を展開していることが伝えられている。これに対しイラン当局は、BBCやタイム誌などの外国のメディアを締め出す一方で、革命防衛隊傘下の民兵組織を使って“改革派”の抗議を鎮圧していると言われる。しかし、“改革派”は、その弾圧の様子を映像と音声で記録してツイッターやユーチューブに登録することで、かつては一流メディアにしかできなかったような生々しい現場報道を全世界に流している。インターネットの驚異的な底力を示していると思う。
 
 上記したサービスに加入している読者はすでにご存じかもしれないが、「Iran」「Iran election」などのキーワードを入れて検索すると、そういう映像や写真、関連記事を簡単に見ることができる。これらの中には、一流メディアが自己規制によって流さないような残酷なシーンも含まれているから、注意してほしい。
 
 私は「インターネットの驚異的な底力」と書いたが、この“底力”とは技術力のことだから、政治的対立の中で使われる場合は、当事者双方に利用されるものだ。ところが、今回のイランの内政混乱では、“改革派”のネット利用ばかりにメディアの注目が集まっている。そして、彼らの動きが、かつての「ベルリンの壁崩壊」や「イラン革命」をもたらした“草の根”運動に比較されていることに、私はどこか危うさを感じる。“市民”が使える技術は“反市民”も使えることを忘れてはいけない。その使用を当局が禁止しないということは、使用させることによって得られるメリットを失いたくないからかもしれないのだ。
 
 そういうことをエウゲニー・モロゾフ氏(Evgeny Morozov)が22日付の『ヘラルド朝日』紙の論説欄に書いているのを読んで、私は「なるほどそうだ……」と思った。その記事は「ツイッターは諸刃の剣」という題で、今回のイランの“改革派”の抗議活動にツイッターが使われていること関して、次のように指摘する--
 
「抗議活動を組織することは、それを宣伝することとは相当異なる。前者には厳格な秘密が要求されるが、後者はその全く逆を目指している。ツイッター上でデモ活動の支援について語ることは、政府やその支援者から不必要に注目されることになるだけだ」

「ツイッター上に彼ら(保守派)の声がないということは、彼らが自分の支持者を組織するために同じ道具に頼っていないということではない。彼らは彼らの場所でペルシャ語でやっていて、我々はそれがどこかを知らないだけかもしれないのだ」

 このように、インターネットの“底力”は今や一国の政治状況に影響を与えるほどになっている。それは“諸刃の剣”だから、マイナスの影響があることも考慮しなくてはいけないが、プラスの影響を考えたとき、宗教運動への有効な利用をもっと積極的に検討する時期に来ていると思う。
 
 谷口 雅宣

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2009年6月20日

もっと野菜を食べよう

「世界に住む人の6人に1人が飢えている」--そんな報告書が出た。国連の食糧農業機関(FAO)が19日に発表したもので、栄養不足の“飢餓”の状態にある人口が昨年より1億500万人増えて、今年中に10億2千万人になるというのだ。飢餓人口増加の原因は、昨年からの世界的な経済危機や食糧価格の高止まりなどで、20日付の『朝日新聞』によると「6人に1人」という割合は過去最悪なのだそうだ。

 FAOの予測では、昨今の経済危機の影響で、今年は先進国から途上国への投資が前年比で32%減少するだけでなく、途上国への援助(ODA)も約25%減少する。また、食糧価格の高止まりは、新興国での需要急増やバイオ燃料への転用拡大などで続いており、2006年の水準と比べるとまだ24%も高いという。世界で飢餓人口が多い地域は、アジア・太平洋が6億4200万人でトップ。続いて、サハラ以南のアフリカが2億6500万人、中南米が5300万人という。
 
 もちろん、日本人も経済危機の影響を受けている。ところが、「生活全般に満足している」人の割合は、3年前から16.5ポイントも増えて55.9%いるのだという。19日に内閣府がまとめた今年度の「国民生活選好度調査」の内容を、今日の『産経新聞』が伝えている。それによると、「暮らしが悪い方向へ向かっている」と感じている人の割合は89.5%おり、「老後の生活の見通しは明るくない」と答えた人も87.9%と大部分だった。ところが、「生活全般に満足しているか?」との質問には、10.3%が「満足」と答え、45.6%が「まあ満足」と答えた。これに対し、「不満」は5.6%、「どちらかといえば不満」は14.1%だから、日本は本当に恵まれているのだ。因みに、24.2%は「どちらでもない」と答えた。
 
 だから、日本人はもっと「人に与える」ことをしないといけない。私は、不況下で生活の満足度が「上がっている」ことを問題にしているのではない。それは大変結構なことだが、それで“自己満足”しているのではいけないと思う。「6人に1人」が飢えている世界を前にして、「私たちは生活に満足している」と言っても「それが何だ?(so what?)」と言われるだけだ。何か「他に与える」行動を起こすべきではないだろうか? それにはいろいろな選択肢があるが、最も簡単で、自分のためにもなり、他人のためにもなるのが「もっと野菜を食べる」ことだと思う。言い換えれば、「肉食を減らす」ことだ。肉食が飢餓や地球温暖化の原因になっていることは、すでにいろいろの所に何回も書いたから省略する。
 
 元ビートルズのメンバーの1人、ポール・マッカートニー氏は菜食主義者で知られているが、この15日に、地球温暖化を防ぐために「ミートフリー・マンデー」(meat-free Monday、肉抜き月曜日)というキャンペーンを始めたそうだ。畜産業から排出される温室効果ガスの排出を減らすためという。『朝日新聞』が20日の夕刊で伝えている。肉主体の食生活をするイギリス人にとっては、「1週間に1日」の肉抜きは“適当”かもしれない。が、魚もよく食べる我々日本人には、「週に2~3日」の肉抜きも不可能でないと思う。その代り、おいしい野菜を食べればいい。殺生を減らせるし、健康にもいいし、生活の満足度も向上すると私は思う。
 
Peppers  なぜそう思うか? 野菜にはいろいろの種類があり、どれも皆「美しい」からだ。それに比べ、肉は美しいだろうか? 私は野菜や果物を絵に描くことはあるが、肉を描きたいと思ったことはない。自分の皮膚の下に似たようなものがあることを知っているからだ。そんなことを思わないですむ“肉抜きの日”をつくって、野菜や果物の絵を描く--それだけで満足度が2倍も3倍も向上するのではないだろうか。

 最近、美しいパプリカをいただいたので、絵に描いた。
 
 谷口 雅宣

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2009年6月17日

大自然から神のアイディアを受けて

 今日は午前10時から、長崎県西海市の生長の家総本山で谷口雅春大聖師二十四年祭が厳かに執り行われた。前日に続いて、長崎地方は朝から好天で、暑いほどの日差しの中、同本山の谷口家奥津城前の広場には、谷口雅春先生の教恩に感謝し、御徳を偲ぶ大勢の信徒・幹部が集まった。この御祭の後、私は概略次のような挨拶を参列者の皆さんに申し上げた--

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 本日は、谷口雅春大聖師の二十四年祭に大勢お集まりくださいまして、誠にありがとうございます。谷口雅春先生が、この長崎の地に移転されたのは昭和50年で、それから10年間この地で生活され、昭和60年6月に昇天されました。それから24年たったわけですが、この総本山の地は練成会での献労や本山職員の方々のご努力によって、もともと豊かだった自然が、さらに豊かになりつつあります。かつてのバブル期には、ここに隣接するオランダ村が繁栄していましたから、周辺は週末や休日などにはずいぶんにぎわったようであります。しかし、そういう一時的な“開発”の時期もすぎて、今は人間の節度ある営みと自然との調和が実現していると思います。そのことは、皆さん自身が本山へ来られるたびに感じておられることと思います。今はちょうどハナショウブが終ろうとする中、アジサイが美しい季節であります。こういう心温まる自然と人間の関係を、これからもずっと守っていきたいと感じます。
 
 生長の家は今、ご存じのように、地球温暖化を抑制するために“炭素ゼロ”を目指した運動を推進しつつあります。その中で、この総本山は生長の家では初めて、大規模な太陽光発電装置が設置されたのを初め、ISO14001にもとづく業務の改善、境内地の森林の間伐やシイタケ栽培などを通して、自然と共に生きるノウハウを蓄積してきています。時には、イノシシとの難しい関係もあるかもしれませんが、そういう経験も含めて、総本山は今後の生長の家の“自然と共に伸びる運動”にとって重要な役割をはたしていくと思います。
 
 先ほども述べましたが、谷口雅春先生は昭和60年に亡くなられましたが、その1年前に出版されたご本に『続 真理の吟唱』というのがあります。これは、その年より前に、ときどき月刊誌に発表されていたお祈りの言葉70篇を集めて単行本にしたものです。皆さんは、『真理の吟唱』というご本の方はよくご存じと思います。こちらはその14年前の昭和45年(1970年)に出たものですから、先生が本山に居を移される以前に書いた祈りの言葉です。が、この『続 真理の吟唱』には、雅春先生が総本山に移られてから書いたお祈りの言葉が収録されているのではないか、と私は思います。ただし、詳しく調べたわけではないので、そうでないものも含まれているかもしれません。このご本の中に「正しき神徠(インスピレーション)を感受する祈り」というのがありますので、今日はこの祈りの言葉を紹介して、先生の自然についての教えを学びたいと思います。
 
 この祈りの中で、先生は「葉脈」を例にとって、その流れの美しさと、同じ木の葉であっても葉脈が同じものは1つもないことを指摘しておられます。木が根から吸収する水分や栄養素を葉の先端まで送る“血管”のような役割をしています。これは大抵、1本の中心線が通っていて、そこから葉の隅々までに細い脈が左右対称に分かれて通っています。デザイン的にも「中心帰一」がはっきり分かるものです。そのことを念頭におきながら、祈りの言葉を聞いてください--
 
 (「正しき神徠を感受する祈り」の一部を朗読)
 
 このように、「自然界には、魂の進歩発達に必要なアイディアが無数にある」と先生は説かれています。それは現に我々の前にあるのに、もし受け取れないのならば、それは自然界を創造された神様の愛と我々の心の波長が合わないからだと教えてくださっています。私たちは今、経済的には世界的に困難な状態にあると言われています。また、日本の場合、政治的にも混乱した状態にあります。文明的にも化石燃料を多用する文明から、そうでない文明へと移行していく時期にあるのです。そして、ご存じのように、我々の運動も転換しています。これらすべては、一見“困難の時期”に見えるかもしれませんが、同時にそれは“新しい時代の幕開け”の時なのです。神の無限のアイディアを受信して、現象界に現す絶好の機会だと言えます。先ほどの祈りの言葉にもありましたが、神のアイディアは無限に多様であり、しかも神は愛でありますから、その実現は人類のみならず、生類すべてが喜ぶ結果になるに違いないのです。そのアイディアは私たちの目の前にある。それを得るためには、太陽のように明るき心と三正行が必要だと教えられました。
 
 今日、ここに集まられた皆さんは、雅春先生が愛された総本山の自然をしっかりと感受され、それぞれの生活の場に帰られましても、自然界の無限の恵みに感謝し、そこに充満する神からのアイディアを常に受けながら、自然と人間の生活を調和させる新しい生き方を創造し、お仕事や生活にそれを実践し、またそういう新しい光明化運動を築き上げていく原動力となっていただきたいと、心から念願する次第です。
 
 谷口雅春大聖師の二十四年祭に当たって、所感を述べさせていただきました。ありがとうございます。
 
 谷口 雅宣

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2009年6月16日

臓器移植の先に見えるもの (2)

 イギリスの科学誌『New Scientist』は6月6日号(vol.202 No.2711)で、体細胞を利用した再生医療技術の現状を特集している。私がそれを読んで驚いたのは、再生医療研究の先端では、すでに臓器移植を不要とする技術が完成に近づいているということだ。もう1つ新たに知ったのは、ここでは動物の臓器と人間の臓器とを“合体”ないし“融合”させることで、新しい臓器の生産に結びつかせる道筋が有望視されているという点だ。つまり、今流行の言葉を使えば“ハイブリッド臓器”の生産が現実化しつつあるということだ。
 
 臓器提供者の不足を補うための1つの方法は、ブタなどの動物の臓器を人間に移植する「異種移植」(xenotransplant)だった。しかし、この方法は、それだけでは移植患者の免疫系が動物の臓器を激しく拒絶する反応が起こるため、移植後は免疫抑制剤を半永久的に使わねばならない問題があった。また、動物の細胞がもつウイルスに感染するリスクがあった。これらの問題を避けて、必要な臓器を作成する方法がほぼ完成に近づいている。その技術の概要は、次のようなものだ--
 
 ①必要な臓器を入手する
 ②臓器を洗浄して細胞を除去し、コラーゲンでできた“枠組”だけを残す
 ③この“枠組”に幹細胞を流し込む
 ④幹細胞が分化を始め、必要な臓器を形成する
 ⑤できた臓器を患者に移植する

 アメリカのミネソタ大学のドリス・タイラー博士(Doris Taylor)らのグループは、2008年1月、ラットの心臓の枠組に、生れたばかりのラットの心臓の幹細胞を流し込むことで、血管や筋肉も備えた拍動する新しい心臓を生み出した。その後、この心臓を別のラットに移植できれば技術の“完成”となるが、できた心臓はまだ筋肉の量が少ないため、体内で役割を果たすところまで行っていないらしい。タイラー博士のチームは、ラットの次には、この方法を使ってブタの心臓と肝臓を作成する研究を行うことを考えているという。そして、この分野の多くの研究者が最終的に目標としているのは、もちろん人間に使える臓器を患者自身の幹細胞から再生産することだ。これは必ずしも夢物語ではなく、気管のような単純な形状の臓器であれば、イギリスのブリストル大学の研究者が、この技術を使ってすでに人間の気管の再生と移植に成功しているという。また、心臓弁などの小型の組織などでは、ブタの組織の“枠組”を使った“ハイブリッド組織”を体内に移植した患者が、欧米ではすでに多数存在するらしい。

 ということで、見えてきた1つの道筋はこういうものだ--上記の①にある「必要な臓器」は、人間のものでもブタのものでも可となる。また、人間の場合、脳死でも心臓死でも大差ないだろうから、後者の人の臓器の利用が増えるだろう。となると、将来の再生医療の行く先は、脳死段階での臓器移植を増やす方向へではなく、病院や専門ラボで患者の幹細胞を使って再形成された新しい臓器の移植である。これによって、脳死段階での臓器移植がもつ様々な問題は回避できるようだが、その代り“ハイブリッド組織”や“ハイブリッド臓器”を体内にもつ人々が増えていくのだろう。これを人間の「幸福の増進」と言えるかどうかは、また別問題と私は思う。
 
 谷口 雅宣

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2009年6月15日

臓器移植の先に見えるもの

 6月9日同13日の本欄で、臓器移植法の改正をめぐる動きについて少し書いた。この問題は、臓器の提供側と受け手側の利害が必ずしも一致しないところに、基本的な問題がある。提供側が前もって提供の意思と時期(心臓死か脳死か)を示していれば、両者の利害は一致するから、問題は起こりにくい。それでも、提供者本人でなく、家族の感情の問題は残るかもしれない。これに対して、事前に提供者の意思が示されていない場合、家族にそれを決める責任と負担が生じる。家族全員が一致した判断を下せれば、それでも負担は少ない。が、そうでない場合、家族構成員の間に感情的なシコリが残ることも考えられる。

 これが提供側の問題だが、受け手の側では少し種類の違う問題が生まれる。それは「他人の死を待ち望む」という心理状態になることである。倫理感が確立していない子供の場合、この心理状態はさほど負担でないかもしれないが、成人した人間にとっては、個人差はあるにしても倫理的ジレンマは感じられるだろう。これを克服し、幸いにも移植臓器を得た人は、提供者に対して感謝の念を強くもつに違いない。が、感謝しようとしても本人は死亡しているのだから、その思いは、提供者の家族に対して、手術をした医師に対して、あるいは移植を可能とした社会に対して向けられるかもしれない。これはよいことだ。また、他人に助けられたことで、社会への奉仕を志す人も出てくるかもしれない。これも、よいことだろう。しかし、これとは反対に「臓器を得る権利がある」などと考える人も出てくるだろう。

 以上は、臓器移植にかかわる個人の問題だが、社会全体を見るとどうなるだろうか。現在の臓器移植法が扱っている範囲は、死んだ人(心臓死と脳死)の臓器だから、社会全体では一種の「臓器のリサイクル」制度のようなものだ。この言い方が悪ければ、「臓器を使えるうちに他人に回す」制度である。摘出された1個の臓器は、基本的には1個のまま他の人に移植される。そういう「1対1」の関係がある。ところが、提供される臓器が足りないと考える人の間では、臓器の「リサイクル」ではなく、「創出」の技術も開発されつつある。つまり、新しく臓器をつくるのである。これができれば、臓器の提供側の問題はもちろん、受ける側の倫理的ジレンマの問題も軽減するし、移植にかかわるコスト削減につながる可能性もある。

 そんな技術の確立を目指しているのが、いわゆる「再生医療」と呼ばれている分野である。この技術は一見、倫理的な問題が少なく理想的に思えるかもしれないが、そう簡単ではない。本欄で何回も言及してきた「ES細胞(embryonic stem cells)」や「iPS細胞(induced pluropotent stem cells)」の技術が、まさにこの分野の先端である。が、ES細胞には「受精卵を使う」という問題があり、iPS細胞には「ガン化のリスク」があることを書いてきた。本欄では、卵子や精子などの生殖細胞を除く「体細胞」を利用した再生医療の進展に期待を示してきたが、iPS細胞の研究はこの分野に属する。が、それ以外の体性幹細胞(成人幹細胞)を利用した再生医療の研究も進んでいる。次回の本欄では、それを紹介しよう。
 
 谷口 雅宣
 

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2009年6月14日

幸福は環境条件にはない

 今日は、金沢市の金沢歌劇座というところで石川教区の生長の家講習会があった。天気は“高曇り”という感じで、暑すぎもしない好天だった。受講者は、前回を55人(2.9%)上回る1,941人となり、釧路、埼玉両教区に続いて運動にさらに“上昇気流”を吹き上げる結果となり、誠にありがたいことである。とりわけ「+55」という数字は、「GO GO!」に通じるだけでなく、当地出身の大リーガー、松井秀喜選手の背番号だということで、石川県の皆さんは喜びも一入のようである。これを契機として、同教区の運動はさらに発展するに違いない。

 私は午後の講話で、最近新聞で見つけた“よい話”を1つ紹介する予定だったが、時間が足りなくてかなわなかった。そこで、この場を借りてやらせていただきたい。この話は、6月10日付の『ヘラルド・トリビューン』紙の論説欄に、ピコ・ライヤー(Pico Lyer)という人が書いていたものだ。「少ないことの喜び」(The joy of less)という題の文章で、「幸福とは、我々の環境条件にあるのではなく、そこから何を得るかにある」という主旨である。このことはよく言われることではあるが、実際の経験談として語られると説得力をもつ。

 ライヤー氏は若い頃、アメリカの時事週刊誌『タイム』の国際問題担当記者として活躍し、ニューヨーク市の一等地であるパーク街のアパートに住み、ビルマやモロッコ、エル・サルバドールなどの保養地で休暇を過ごせるほどの収入を得ていたという。ところが、そんな彼がやがて気づいたことは、そういう貧しい途上国にいる人々が、生活苦の中、時には戦火の中にあっても、自分が育った平穏なカリフォルニア州サンタ・バーバラ市の人々よりも、生き生きとしていて、明るくさえあるということだった。自分が昔から知っているアメリカ人の多くは、4回目の結婚をしながら毎日心理カウンセラーの治療を受けていたりするというのである。もちろん、貧困では幸福は買えない。しかし、金でも幸福は変えないことも確かだった。
 
 そこで、ライヤー氏は、アメリカでの心地よい生活と仕事を捨てて、京都の裏通りにある寺で1年間、過ごすことにした。そういう場所ならば、月を見て俳句を作ったりする高潔な生き方ができると思ったのである。ところが、実際の寺での生活とは、拭き掃除や掃き掃除ばかりをするという生活だった。
 
 それから21年たった今、彼はまだ京都近郊にいる。住んでいる2部屋のアパートは、寺での自分の部屋よりはるかに狭い。自転車も、車ももたず、テレビはあっても理解できず、新聞や雑誌も読まない。しかし、使える時間は永遠に続くかのようで、足りないと思ったことは一度もない。彼は、出家僧ではない。また、いろいろのものを捨てたことが、全く寂しくないのではない。自分の書いたものを印刷するのに小1時間の旅をしなければならず、また、大リーグの決勝戦を見れないことが嬉しいわけではない。しかし、ある時点で、こういうことに気づいた--少なくとも自分にとっては、幸福とは、自分が「したい」とか、「しなければならない」と思わないことから生まれるのだと。
 
 自動車をもたないことで、自動車に関する様々なことに煩わされなくなる。携帯電話やインターネットが使えないことで、彼は毎夕、ピンポンに興じたり、古くからの親友に長い手紙を書いたり、愛する人とショッピングに出かけることができる。そして、3カ月に1回ほどアメリカにもどり、そこで新聞を眺めても、何か重要なことを聞き逃したなどと思ったことは1度もないという。彼が、好きな本をじっくりと読んでいた間、24時間ニュースを7日間流し続けるローラーコースターのような情報の渦は、人々の心を突き上げたり、突き落としたり、また上げたり、そして落としたりして、結局、最初にいた所とあまり違わない所へもどすだけだ。
 
 だから、ライヤー氏が言うには、外面的な些事や社会的な業績みたいなものは、自分の心に深い幸福感を与えないのである。彼の考えでは、幸福は--平和や情熱と同じように--それを追求しないときに最も自然に現れるのだ。幸福とは、自分の必要以上に望みを拡大させないことから生まれるのである。(Happiness comes from matching your wants to your needs.)
 
 ここまでが、新聞記事の紹介である。すでに与えられているものを十分に感謝して受け取り、人々と共有する「日時計主義」を生きるための、よいヒントがここにあると思う。
 
 谷口 雅宣

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2009年6月 9日

臓器移植法改正は不要である

 臓器移植法改正の案づくりが混迷をきわめている。法案の提案順にA案からD案までの4つの案が国会に提出されていること自体が、この問題に対する国民の意見がバラバラであることを有力に示している。にもかかわらず、今の時点で同法を改正しなければならない理由は何か? それは、最初の改正案(A案)が出された経緯を見ればわかる。この法案を推しているのは日本移植学会や臓器提供を求めている人々など、移植手術の件数を増やすことで利益を得る(と考えている)人々だと思われる。6月6日の『朝日新聞』の表現では、「今回の改正論議が、世界保健機関(WHO)が渡航移植の規制に乗り出す見通しに加え、移植経験者の河野洋平衆院議長の勇退が迫っていることでにわかに盛り上がった」のである。渡航移植とは、脳死段階での臓器移植が難しい日本人などが、アメリカや中国などの海外へ行って臓器提供を受けることだ。これが規制されると、移植手術への道が閉ざされるとの危機感がA案提出の背後にある。しかし、このWHOの規制のための決議は、最近の新型インフルエンザへの対応の影響などで延期されたことから、雲行きは怪しくなっている。
 
 A案の骨子は、「脳死は人の死である」と一律に定める改正で、さらに、現行法では臓器提供者の年齢を「15歳以上」に限定しているものを撤廃して「0歳」からの提供を可能とする改正である。つまり、制限を最大限に撤廃して移植手術を増やすという意図が明白だ。これに対して、それはやりすぎだから「12歳以上」に限定しようというのがB案、その逆に、脳死の定義を厳格にしようというのがC案、それらの中間的規制がD案、と言えるだろう。現行法の特徴は、一般的な人の死については心臓死のままにしておき、本人が臓器提供の意思を明確にしている場合に限って「脳死を人の死」と認める点だ。これは論理的には矛盾している。が、この考えは、医学の進歩によって出現した「脳死」という新しいタイプの死を、“本当の死”だと認める合意が日本人の間にできていない中で、臓器提供を表明した人の意志を尊重し、それを待ち望む患者や家族の希望もかなえようとした“苦肉の折衷策”である。
 
 私は、現時点での現行法の改正の必要を認めない。特にA案は、改悪ではないかと思う。心臓が拍動し、体がまだ温かい肉親を前にして、そこから「臓器を摘出して他人に提供する」という気持になる日本人は、まだ少ないに違いない。4歳の子供の場合、急性脳症で脳死になった女の子は、人工呼吸器を着け、見た目は眠っているような状態の中で、身長は伸び、体重も増え、涙を流し、排泄もするから、45歳の母親は「脳死は人の死では絶対ありえない」と『産経新聞』に訴えている。(6月8日付)さらに、A案で明確でないのは、この改正で「脳死は人の死」とした場合、大人を含めて、こういう状態の患者の治療が法改正後も継続されるのかどうかという点だ。継続されないのであれば、これは日本人の死生観に反する法改正と言わざるをえない。臓器を“取られる側”も“得る側”も同じ日本人(が多いの)だから、両者が対立するような法改正は“悪法”と言わざるをえない。
 
 ところで、あらためて書く必要はないかもしれないが、生長の家では「脳死は人の死」とは認めないどころか、「心臓死は人の死」とも認めない。「人間は不死である」というのが生長の家の教えであり、多くの宗教もそのように説いている。つまり、「肉体の死」は「人間の死」を意味しない。ということは、臓器提供の意思がある人は、そのことを明確に示しておけば、移植手術への協力はできるし、そのような愛他精神は称賛に価すると言える。しかし、そうでない場合、後に残される親族の気持を無視して脳死者の肉体を傷つけることは、宗教や信仰以前の問題だと思う。刑法に死体遺棄罪や損壊罪があるのは、死者の遺族のそういう気持を慮っているからではないだろうか。
 
 谷口 雅宣

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2009年6月 8日

ジョン・レノン・ミュージアム

 昨日は、埼玉県での生長の家講習会のためさいたま市へ行った。「さいたまスーパーアリーナ」という所が会場で、7,578人の方々が受講してくださった。雨続きの後のひさしぶりの晴天下で、2年前の前回より279人(3.8%)受講者が多かったことは誠に喜ばしい。運動の進展は講習会の受講者の数に必ず反映するわけではないが、教区の幹部・会員の方々が教えを伝えるために労苦を惜しまず、熱心に推進活動を展開してくださった努力の結果が一定の形に表れることは、うれしいことであり、充実感を得るとともに、さらなる運動の進展への足掛かりになることは間違いない。埼玉県の皆さん、ありがとうございました。
 
 会場へは東京から自動車で往復したが、帰りがけに予定を変更して、会場のすぐ隣にある「ジョン・レノン・ミュージアム」へ寄った。かつて2001年の4月の「小閑雑感」に中学生の頃出会ったビートルズの思い出を書いたが、そんな“淡い青春の記憶”には全くなかった彼らの様々な苦労話や、ジョンの不幸な幼年期、音楽活動の挫折、オノ・ヨーコとの出会い、ベトナム反戦運動、アメリカからの退去命令……等の人間的な歴史を知っJohnlennonて、あの時代の真面目で純粋な青年たちの末席に自分もいた、との思いをもった。時間の都合で展示物のすべては見れなかった。

 ジョンは音楽家であると同時に、美術も学び絵などを描いたことを私は知らなかった。作詞家としては、ひらめいた歌詞をホテルのメモ帳に書き止めたものが、ほぼ完成品だったなど、表現者として親しみがもてる側面は、彼の創作活動を背後から支えていたオノ・ヨーコという日本人の強烈な個性とともに、印象的だった。ジョンは、小学生の頃からマンガ風の絵を描いていた。それに触発されて、私もマンガ風のジョンを描いてみた。
 
 谷口 雅宣

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2009年6月 6日

恐るべし、ノーシーボ効果

 本欄では、医学でいう「プラシーボ効果」について何回か(最近では2009年2月15日2006年4月3日など)書いたことがある。これは医学的に何の効果もないものを服用しても、それを服用者が「効果がある」と信じた場合に治病的効果が生じることを言う。「服用」と書いたが、必ずしも体内に物質を摂取しなくてもよく、身体に一定の刺激を与えたり、何かの儀式をした場合でも、同様の効果が生じるものもプラシーボ効果と呼ばれることがある。このような健康回復の効果とは逆に、医学的には無害なものでも、それを「有害だ」と信じた場合に、病気になったり、苦しんだり、あるいは死に至るものを「ノーシーボ効果」と呼ぶ。

Ns051609  これら2つの現象は、人間の「信念」や「信仰」と肉体の健不健が密接に関係していることを有力に示しているから、宗教の世界とも関係が深く、その原因やメカニズムについて興味がつきない。ただし、医学が発達した現代においても、これらの詳しいメカニズムはまだ分かっていないようだ。イギリスの科学誌『New Scientist』は、5月16日号の表紙(=写真)に、何カ所にも針を刺された縫いぐるみの人形を描いて、「How beliefs can harm you」(信念はどうやってあなたを傷つけるか)という特集記事を載せている。この絵は、医学的には何の効果もないはずなのに、人形に擬せられた人が苦しみ傷つく……日本では「藁人形に五寸釘を刺す」のと同じイメージだ。
 
 この記事で紹介されていた実例を2つ、以下に掲げる--
 
①ガールフレンドと別れたデレク・アダムズは、人生に希望を失ったために、手元にあった抗鬱病剤を全部服用したという……が、薬を飲んでしまってから、「しまった!」と後悔した。彼は死にたくなくなって、隣に住む人に頼んで病院へ連れていってもらった。が、病院についたとたんに倒れてしまった。体はガタガタ震え、顔面蒼白となり、意識は朦朧とした。血圧は下がり、息は速くなった。しかし、病院でいくら検査しても異常はなかった。体内から毒物も発見されなかった。入院後4時間にわたって、アダムズは生理食塩水を体内に入れる洗浄を行ったが、体調はほとんど改善しなかった。

 そんなところへ、一人の医師がやってきた。アダムズが参加していた抗鬱病剤の臨床試験の担当医だった。アダムズは約1週間前から、この試験のために薬を飲んでいた。飲み始めた当初、彼は気分がウキウキした。が、別れたガールフレンドとの言い争いのために、彼は残っていたその錠剤29個を全部飲んでしまったのだ。臨床試験の担当医の話によると、アダムズは照査実験のグループの中にいた。このグループは、実際の薬の効果を試すグループと比較するために、ダミーの薬を服用させるためのものだ。つまり、彼が飲み過ぎたと思った薬はニセモノで、医学的には無害なものだったのだ。その話を聞いて、アダムズは驚いて涙ながら安心したという。それから15分もたたないうちに、彼の体調はしっかりとし、血圧も心拍数も平常にもどった。
 
②1998年の11月、アメリカのテネシー州の高校で、ある教師がガソリンのような異臭がするのに気がついた。やがて頭痛を覚え、吐き気がし、息苦しさと目まいを感じるようになった。そこで学校は閉鎖され、その後1週間のうちに100人以上の職員や学生が、最初の教師と同様の症状を訴えて、病院で受診することになった。ところが、いくら検査しても、それらの症状の医学的な原因は分からなかった。その1カ月後、アンケート調査を行って分かったことは、症状を訴えた人はほとんどが女性で、クラスメートが同じ症状を覚えたことを見ていたか、知っていたという。英ハル大学(University of Hull)の心理学者、アーヴィン・カーシ博士によると、「我々が知るかぎり、学校の環境には有害物質は一切なかったのに、人々は苦痛を訴え出した」。だから、これは大規模な「ノーシーボ効果」だという。

 カーシ博士の考えでは、クラスメートが症状を訴える様子を見ることで、他の学生の心の中に「病気の予感」が起こり、それが心因性の病気に発展して大規模に広がったのだという。こういう突発的な病気の流行は、世界のどこでも起こる。1998年にはヨルダンでワクチンの集団接種をしたとき、800人が副作用のようなもので苦しみ、そのうち122人は入院治療をした。が、そのワクチンには何も問題がなかったという。

 --このような例を知ってみると、人生の明るい面に注目して生きる「日時計主義」が健康にもいいことが了解できるだろう。
 
 谷口 雅宣

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2009年6月 1日

タンポポとツツジ

Tampopo  昨日は釧路教区での生長の家講習会があり、夜遅く帰京した。札幌以外の北海道の空港は最近、便数がずいぶん減ってしまったから、午後10時すぎに羽田着の最終便で帰った。帰宅は11時ごろだった。こういうケースは、しかし珍しい。今年度初めての北海道での講習会だったが、澤田教化部長をはじめとした釧路の幹部・信徒の方々が明るく推進してくださったおかげで、朝から小雨が降っていたにもかかわらず、前回より55人(5.6%)多い1,044人の受講者が集まってくださった。誠にありがたく、この場を借りて同教区の皆様に感謝申し上げます。
 
Aseriaikush  30日は最高気温が13℃、最低は7℃という事前情報の通り、なかなか寒かった。が、カーディガンとコートを着て夕方の港町を散策した。この地は春なのである。町のあちこちの草地には、大型のタンポポが所狭しと見事に咲いている。桃色の大輪のツツジも満開だった。街路樹のサクラは終ってしまったようだが、ヤエザクラの花がまだ残っているのがうれしかった。南北に長い日本列島を講習会で回っていると、こうして季節を何回も経験できるのが“役得”の1つである。

 「クーちゃん」という名前のラッコが釧路川に滞在していたというので、宿舎のホテルに隣接した土産物売り場には、ラッコの縫いぐるみはもちろん、クーちゃんをかたどったお菓子やパン、アクセサリーなどが数多く売られていた。釧路川に出現してから約3カ月で姿を消したらしいが、短期間によくこれだけの商品を開発するものだと感心した。そのラッコが、今度は“恋人”と一緒に150キロ離れた納沙布岬に姿を現したらしいという記事が、31日付の『釧路新聞』に載っている--
 
「【根室】クーちゃんに新たな恋人か--。28日午前4時ごろ、根室市の納沙布岬で、クーちゃんと思われる雄のラッコと、雌と思われるラッコが仲むつまじく岩の上でじゃれ合っている姿が確認された。17日にも同所で、雌と思われるラッコとじゃれ合う姿が確認されているが、今回のラッコは、17日のラッコが毛色が白く高齢の個体で、左目の下に黒い斑点があったのに対し、今回のラッコにはその斑点がなく、毛色も黒く4歳前後の若い個体と思われる。」

 動物は「動く物」と書くから、どこへでも好きなところへ動いていく。それで一向構わないのだが、人間の方は「行かないで」「もどって来て」と執着する。でも、来てほしくない動物もいる。釧路の人に聞いた話だが、温暖化の影響だろうか、最近は冬になってもクマが冬眠しないのだそうだ。そして、人家に入って冷蔵庫を開け、ビールの缶に爪を立てて中身を飲むのだそうだ。何か信じられない話だが、そのうち冬になると、酔っ払いグマが北海道や東北の町に出没することになるかもしれない。そういえば、もっと南方では、クジラが湾内に迷い込んだといって、人々は最近までその動向を心配していた。

 これに対し、植物の方は動かないから、花が咲き終わっても人間は心配しない。来年もかならず咲くと信じているからだろう。でも、温暖化にともなう気候変動が激しくなれば、植物の種類によっては、花が咲かない年が来るかもしれないのだ。
 
 谷口 雅宣

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2009年5月30日

信仰による戦争の道 (2)

 これに対して、もっと厳しい評価をしているのが、前回の本欄で言及したジェームズ・キャロル氏の論説である。彼によると、この資料カバーの一件は外部に知られようが知られまいが、政治的・軍事的判断を誤らせる極端な種類のキリスト教信仰が政権トップにあった証拠だとし、9・11以後のブッシュ政権の外交政策全体に疑問を投げかけているように見える。
 
 キャロル氏が指摘する宗教的狂信の危険性とは、次のようなものだ--

①目的遂行に固執した宗教的熱狂は、宗教についてだけでなく、政治・軍事方面にも批判的精神を受けつけない。

②軍の内部で改宗を進める者は、部隊の結束を築くために、「イエス」のような宗教的シンボルを利用して個々の兵士が作戦の目的、指令、そしてそれに従う自己に対する疑念を払拭させようとする。しかし、疑念というものは、他の選択肢への道であるから、軍指導者の最大の友である。

③死後の世界や死後の救いを最高の価値とする信仰は、現世を生きる価値を低く見る。特に、破壊と暴力の後に来る“神の国”を望む終末への信仰は、そういう破壊と暴力を惹き起こす要素となる。

④宗教的原理主義は、教典に書かれた言葉の一言一句を文字通りに尊重して、その言葉が書かれた文脈を無視する傾向がある。そして、そこからは、これと似た“軍事的原理主義”を生む可能性がある。それは、目の前にある軍事的脅威にのみ注目し、それが生まれてくる原因--例えば、「なぜこれだけの数の自爆攻撃志願者が生まれるのか?」などという、より広い社会的・政治的“文脈”を無視する傾向である。

⑤自分を“神の意志を実行する軍隊”として見るものは、戦場でも“神”のようにふるまう傾向がある。すなわち、遠方から自らの手を汚さずに、非戦闘員を含めた敵地の住民に対して過大な力を行使する傾向である。

⑥世界を“善”と“悪”に二分して見る宗教的視点は、敵地の住民の本当の意志や感情を見誤らせる。

⑦3つの一神教の聖地がある中東地域は、この種の宗教的狂信による武力行使を許す場所としては最悪の場所である。

 私は上の分析に概ね賛成するが、⑤については異議を唱えたい。なぜなら、ここで指摘されている「神のような振る舞い」とは、「残虐で無答責」という意味だからだ。旧約聖書に出てくる“神”は、確かにそのような振る舞いをするのだが、そのような神への信仰は、生長の家とは無縁である。しかし、人間を罪深く、価値の低い存在として見る信仰では、全能の絶対神は、人間を虫ケラのように殺戮して何ら顧みることはない。だから、そういう「特定の神」への信仰が問題なのであって、「神への信仰」一般が残虐行為を生むと考えるのは間違いである。また、⑥については、本欄ですでに何回も書いてきたように、「唯神実相論」の生長の家ではありえない考え方である。

 このように考えてくると、「神への信仰」一般が政治や軍事面での正しい判断を誤らせるのではなく、その信仰の内容が問題であることが分かる。神のほかに“悪”があると信じたり、神は罪人を容赦なく罰するという種類の信仰に身を任せる人々は、いったん“悪”のラベルを貼った人に対しては、人権無視の残虐な仕打ちをする傾向がどうしても出てくるだろう。それは、相手に対する自信というよりは恐怖心の裏返しなのだ。そして、アブグレイブやガンタナモ収容所での数々の悲劇が起っていった。私には、そう思えるのだ。
 
 谷口 雅宣
 

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2009年5月29日

信仰による戦争の道

 2001年9月11日の同時多発テロ事件以後、本欄ではアメリカの前大統領ジョージ・W・ブッシュ氏がイラク戦争を開始した“理由づけ”に関して、懐疑論を唱えつづけてきた。ブッシュ氏によると、イラク戦争は一種の“自衛”のための戦争であり、したがって正当化される。その主な理由は、①9・11の首謀者であるオサマ・ビンラーデンをイラクが支援してきた、②イラクは核兵器を含む大量破壊兵器(WMD)を開発している、の2点だった。ただし、これだけでは、伝統的な自衛戦争の開始要件を満たさないので(つまり、イラクからの攻撃は受けていないから)、これらに加えて、③その国家がアメリカないしアメリカ国民を攻撃する意図をもっている、という要件を満たした場合は、実際に攻撃を受ける前であっても(または、攻撃を受ける前にこそ)“先制攻撃”または“防衛的介入”を行う権利がある--こういう新しい戦略理論を打ち出したのだった。これが有名な「ブッシュ・ドクトリン」である。さらに、この理論にもとづいてアメリカの攻撃対象になりうる国を“悪の枢軸”として特定した。

 これらの理論は、9・11後のアメリカの“テロとの戦争”に向けた“新しい戦略”として、純粋に政治的な観点から策定されたように見える。私も長い間、そう思っていた。しかし、その一方で、ブッシュ氏はキリスト教右派の強力な支援を受けてきただけでなく、本人が「神」や「宗教」を信仰することを公然と認めてきた。このことは、政策としては人工妊娠中絶反対やES細胞の研究への制限など、好ましい結果に結びついていた。私は、そのことを評価するのにやぶさかでない。しかし、ブッシュ政権の最大の問題は、アフガニスタンとイラクで2つの戦争を始め、それが大統領退陣後も継続され、現在に於いても多くの人々に死や苦しみをもたらしていることだ。だから、この2つの戦争を生み出したブッシュ氏の戦略理論には、どこかに問題があるのである。私は、その問題点は「悪を認める」という同氏の、宗教的な信念とも思える強い態度であると指摘してきたが、その態度が個別具体的にどのような誤った判断を生み出したかについては、よく分からなかった。
 
 ところが、最近になって、イラク戦争開始当時の大統領近辺の情報が明らかになるとともに、この疑問に一部光を当てると思われる文書が発見され、アメリカのメディアなどで取り上げられている。それを簡単に言えば、「ブッシュ氏は聖書の言葉からヒントを得て戦争を始めた可能性がある」ということだ。アメリカにいかにキリスト教信者が多いとしても、大統領が聖書の言葉に触発されて戦争を始めたとすると、アメリカの“国是”とも言われる「政教分離」の原則と矛盾するばかりか、アメリカという国家の情報処理能力や判断の信頼性にも疑問が出る事態にもなりかねない。
 
 私は、5月26日付の『ヘラルド・トリビューン』紙に載ったジェームズ・キャロル氏(James Carroll)の論説から、このことを知った。キャロル氏によると、『ジェントルマンズ・クォータリー』(Gentleman's Quarterly)という季刊誌の最新号にロバート・ドレイパー氏(Robert Draper)が書いた記事が、最初にこのことを伝えた。この記事には、ブッシュ時代の国防長官だったラムズフェルド氏が政権内部においてどれほど嫌われ、また一度決まった方針でも、自分の気に入らないものの実施をどうやって遅らせてきたなどという、“ラムズフェルド悪玉論”が展開されている。が、その記事の最初のところに、イラク戦争開戦前後、国防総省が大統領のブリーフィングのために使った文書の中に、戦場の兵士などの写真を聖書の言葉で飾った資料が含まれている、との指摘があるのである。
 
 記事によると、この資料の作成者はラムズフェルド氏自身ではなく、統合参謀本部と国防長官に直接情報を提供する立場にある空軍のグレン・シャッファー少将(Glen Shaffer)の発想によるもので、開戦前の段階では、戦いを前にした政権中枢部の緊張感をほぐす目的で、ユーモアのつもりで作られた資料カバー(cover sheets)だったそうだ。が、戦争が始まり、死者が出はじめると、クリスチャンであるシャッファー氏は資料カバーに聖書の言葉を使うのがいいと考えたらしい。しかし、同省上層部にはイスラーム教徒の分析官もいたから、国防総省内の何人もの同僚はこれに反対した。が、シャファー氏は「上司のリチャード・マイヤーズも国防長官も、それに大統領自身がこれをお好みだ」と答えたという。
 
 ここで問題になるのは、戦争の開始や目的遂行に必要な冷静な判断と宗教的信念とが両立するか、ということだ。記事を書いたドレイパー氏は、「このことが知れたら、このようなイメージは“ブッシュ政権は宗教戦争を遂行しようとしている”との印象を強め、イスラーム世界との緊張感を高めることになる」として、疑義を表明している。

 谷口 雅宣

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2009年5月28日

絵手紙・絵封筒ワークショップ

 今日は朝から、東京・大手町の逓信総合博物館(ていぱーく)の2階で行われている「光のギャラリー 絵手紙・絵封筒展」へ行き、10時からのワークショップを担当した。この展覧会は、TKこと小関隆史氏が運営している絵手紙ブログ「アトリエTK」に投稿された絵手紙・絵封筒の作品を展示したもので、26日から始まっている。小関氏のブログには私も絵封筒を主体に投稿してお世話になってきたので、同氏の依頼をうけて、絵封筒や絵手紙を実際に制作するワークショップの“指導”をすることになった。
 
Tkphoto08  しかし、私は絵については正式な勉強などしておらず、趣味の範囲を出ないと思っているので、人を“指導”する立場にない。そこで、私の時間は「私は絵封筒をこうして描く」という題にしてもらい、主に自分の経験を参加者にお話しすることにした。ただ、生長の家には芸術連盟もあり、現在、新しいタイプの誌友会(少人数の教えの勉強会)で技能や芸術表現を扱うことになっているので、生長の家の教えと芸術表現との関係についてきちんと述べる必要がある。幸いにも、私の書いた小冊子『自然と芸術について』(生長の家刊)がこの日に間に合うように出版されたので、それをテキストに使いながら、50分ぐらいのトークと、絵手紙・絵封筒の制作実習、作品の講評を(あつかましく)行わせていただいた。
 
 TK氏からは事前に、ワークショップの参加予定者は15人ほどと聞いていたが、木曜日は生長の家本部が休館のこともあり、結構多くの本部職員が来てくださったので、狭い会場は人で埋まった。妻も参加者として来てくれた。私のトークは、前半を教えと芸術との関係、後半を私の絵封筒の描き方に分けたが、前者は内容が硬いのでほどほどにして、後者に力点を置いたつもりだ。前者に興味のある人は、上掲の小冊子の方をじっくり読んでいただきたい。後者について知りたい方は、このワークショップはビデオ録画してあるので、いずれご覧になれる機会が来ると思う。

 この展覧会とワークショップは31日(日)まで続くので、首都圏の有志の方はこぞって参加されたい。出品者は98人、作品点数は絵手紙215点、絵封筒74点である。明日以降のワークショップの予定は、次の通り(括弧内は担当者名):

       午前の部(10:00~12:00)    午後の部(14:00~16:00)
 29日(金)「絵手紙・絵封筒にチャレンジ」  「ポストカードをつくろう」
        (小関 隆史)        (竹内 芳美)
 30日(土)「スケッチを生かした絵封筒」   「ポストカードをつくろう」
        (玉井 亜季)         (竹内 芳美)
 31日(日)「楽しく描こう 絵手紙・絵封筒」「ハガキ・封筒に自由に描いてみる?」
        (栗原 麻衣)         (山本 英輔)

 谷口 雅宣

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2009年5月23日

“ミニブログ”が燃えている

「ミニブログ」というのは私がつけた仮名である。本名は「ツイッター」といい、鳥がさえずることを意味する英語「twitter」から来ている。1行から2行の短い言葉を登録し、利用者間で共有するサービスだ。これが今、ネット上で大評判になっている。パソコン、携帯電話、スマートフォンのいずれからも無料で使える。何に使うかは、利用者の想像力しだいという点もおもしろい。

Twitter_logo  中をのぞいてみると、有名人が多いのに驚く。もちろんネット上でのことだから、本人が書いているのか、それともファンが運営しているのか、あるいは全くの偽名なのかは分からない。しかし、アメリカの政治家ではオバマ大統領、ジョン・マケイン氏、アル・ゴア氏はもちろん、カリフォルニア州のシュワルツネッガー知事、テレビタレントのオプラ・ウィンフレイ、自転車選手のランス・アームストロング、大手テレビ局のニュースキャスター、メディアでは『ニューヨークタイムズ』や『BBC』『CNN』『NBC』『タイム』『ライフ』……こういう人々や団体が「つぶやき」(ツイッター自身はそう訳している)をネット上に漏らすことで、何かを実現しようとしているのが分かる。

 最も分かりやすい用途は、『ニューヨークタイムズ』などのメディアの使い方だ。『タイムズ』は、自分のサイトに掲げた記事や映像の“見出し”をツイッターに流している。だから、『タイムズ』の記事に興味がある人は、ツイッター上の同社のページへ行って「フォローする」というボタンをクリックすれば、それ以降、自分のページに“見出し”の配信を受けることができる。そして、興味のある“見出し”をクリックすれば、リンクを通じて記事や映像が見れる。これまでのネット上の新聞の読み方は、①新聞のサイトへ行って、②記事のタイトルを見渡してから、③興味あるものを読む、という3段階の作業が必要だった。しかし、ツイッターによる配信では、①ツイッターへ行く、②興味ある見出しをクリックする、という2段階ですむ。しかも、1紙だけでなく、複数の紙・誌の見出しから選べるのは便利である。
 
 これに比べて、個々の“有名人”のサイトの使い方は、いろいろだ。シュワルツネッガー知事(フォロワー18万2千人)は自分の動静を毎日のように書き込み、ときどき写真も掲示している。これに対して、購読者(フォロワー)の書き込みが多く、それへの同知事の返事も載っている。オプラ(同114万人)の場合は、自分の番組やサイトへの案内や近況報告が多い。かつてABCニュースのキャスターで取材中にイラクで負傷したボブ・ウッドラフ氏(同2千9百人)は、現在自分の財団の活動のために、ツイッターを使っているようだ。彼の財団は、イラクやアフガニスタンから帰還したアメリカ兵への支援活動を行っている。

 宗教運動への利用もいろいろなものが考えられるが、『タイム』誌が6月1日号で取り上げているアメリカの教会の例は、参考になるだろう。それによると、ミシガン州ジャクソン市にあるウエストウインズ・コミュニティー教会では、メンバーを一堂に集めてツイッターの使い方を手ほどきした後、「140字以内で神や信仰について語る」ための時間をもった。チャペルに設置された大型映像装置には、コンピューターの画面が拡大して映し出され、そこへ携帯電話やPCからメンバーがツイッターに書き込んだ言葉が、リアルタイムで表示される。時には冗談が書き込まれることもあるが、「私には、すべてのものの中に神を見出すことは難しい」とか「私が神を求めれば求めるほど、神は私に人のためになることを求める」とか「心の癒しというものは、時につらいこともある」など、真剣な言葉もあったという。教会での礼拝中にこのようにして“つぶやく”ことには、もちろん反対論もある。が、新しい心の通い合いが生まれ、また深まることで、メンバー同士の一体感、神への信仰が深まる--というのが、賛成論者の言い分らしい。
 
 ネット上では、相互に面識のない者同士の新たな関係が世界中で毎日生まれ続けている。多くの人々が心の支えを失っている時代には、このようなネットの特性を生かして、神への信仰をひろめることは宗教者の義務だとの考えが、賛成論者を突き動かしているようだ。

 谷口 雅宣

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2009年5月16日

信濃川の夜景

 新潟北越教区での生長の家講習会のために、新潟市に入った。信濃川を目の前にしたホテルを宿にしているが、あいにくの小雨模様のため、いつもの散策は中止した。が、その代り、暮れてゆく新潟の町を部屋の窓からゆっくり眺める時間がもてた。

Shinanoriver  眼下に万代橋が見える。そこを上下方向に行き来する車や、バイク、そして人……。その流れとは対照的に、左右方向に白波を引きながら時々、船が通る。この川は、人間の動きを邪魔したり、助けたりしながら、はるか昔の時代から同じ方向に流れ続けてきたのだ。その悠久の流れの中で、人間が川に対してできることはそう多くない。が、川から得る恩恵は、きわめて大きく多種多様だ--飲料水、灌漑水、漁場、交通手段、洗濯用水、工業用水、水の循環、栄養素循環、風景美、レジャー、文化の交流……。

 江戸川、淀川、ハドソン川、ナイル河、黄河、チグリス=ユーフラテス河……。古来、人間は川辺に集落を形成し、文化や文明を築いてきた。それは、川から得られる恩恵の大きさを知っていたからだ。物質的に見れば、川とは、水が高いところから低いところへ流れている場所にすぎない。が、その「流れる」という一見単純な事象の中から、無限の恩恵と可能性が現れてくる。妻とそんなことを語り合いながら、信濃川を臨む窓辺で夕食をした。その際、撮った写真をここに掲げる。
 
 谷口 雅宣

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2009年5月13日

運命を獲得する (2)

 個人の運命についても、細部までが本人の誕生前に定められていることを、『ハディース』の「予め定められること」の章は次のように書いている--

「預言者は言った。『アッラーが天使に母の胎の管理を委ねたとき、彼は“主よ、一滴の精液、主よ、血の塊、主よ、肉の塊”と言い、やがて神が創造の業を終えようとされるとき、天使は“主よ、男ですか、女ですか。不幸ですか、幸福ですか。その糧はどれほどですか。またその寿命はいかほどですか”と尋ねるであろう。このように人が母の胎内に居るとき、これらのことはすべて予め定められる』と」

 イスラームの伝統の中にはこのような運命観があるので、アラビア語の「書く」という意味の動詞「カタバ(kataba)」には、通常の意味に加えて「運命をあらかじめ定める」という意味も付与されている、と大川玲子氏は言う。このことを踏まえて、同氏は映画『アラビアのロレンス』(1962年)の中に出てくる主人公とベドウィンの首領との会話の中に、英国人とアラブ人の運命観の違いが、「書く」という言葉の用法によって見事に表現されていることを指摘している。(『聖典「クルアーン」の思想』、pp.137-140)
 
 私もこのシーンを覚えているが、その時の英語は確か「It is written.」だったと思う。何事かが起こることが確実である時に、アラビア語では「それは書かれている」と言うのだ。どこに書かれているかはモスレムの間では自明だから、あえて言わないのだろう。ところが、映画の主人公のロレンスは、ある人物の死について「書かれている」と言われたことに反発し、その人物を助けに行く。その時、そこへは行けないと反対するアラブ人に対して、逆に「それは書かれているのだ……ここにね」と言って、自分の頭を指差す。これが、アラブ人とイギリス人の運命観の違いなのだそうだ。それで結局、ロレンスは自分の考えを実行に移して、その人物を助け出す。これによって、ベドウィンの間では一気に英雄となる。なぜなら、自分の運命を自分で切り開くことなど、イスラームでは考えられないかららしい。

 こういう文脈でアラブ人の運命観を提示すると、それはまるで迷信臭い“遅れた信仰”のようなニュアンスに聞こえる。しかし、私は、『スラムドッグ$ミリオネア』の主人公が、最後のクイズの正解を言い当てたときに、「It is written.」という言葉を漏らしたのを覚えている。この主人公は、「自分は必ず正解を言い当てる」あるいは「言い当てねばならない」との強い意志をもってクイズを勝ち抜いてきたのだから、この時に言った「It is written.」は、『アラビアのロレンス』でベドウィンの首領が言った同じ言葉とは、ずいぶんニュアンスが違うように思う。むしろそれは、同じ時にロレンスが言った「It is written.」に近い意味の言葉だと私には感じられた。つまり、ジャマールは、幼時から好意を寄せていたラティカと結ばれることを自分の運命と信じ、そのために彼女を不幸な境遇から救おうと努力し、そして意を決して挑戦したクイズだから、必ず勝利することを祈り、かつ信じてベストを尽くした。その彼が、最後の勝利を手にしたときに「It is written.」と言ったのだから、それは“天の書”に書いてあることだけを指すのではなく、自分の心にも深く刻印されてきたことも指しているに違いないのである。
 
『ハディース』の同じ章に、人間は生れたときから運命が決まっているという教えに対して、ある信徒が「それなら予め定められたことに身を任せるべきではないでしょうか?」と訊いた時、ムハンマドはこう答えたと書いてある--「いや、そうすべきではない。力一杯行うだけだ。そうすれば、すべてのことは容易になる」。彼はさらに続けて、「喜捨を好み、懼神のこころ敦く、いと美わしい報酬を固く信ずる者もある。そういう者には我らが安らぎの道を易しくしてやろうぞ」と唱えたという。

 イスラームでいう「運命」とは、こういう真剣な努力と信念をともなったものを指すと考えれば、「運命を獲得する」という表現は私には納得できるのである。その場合、これは「内部理想の実現」という考えと違いはなく、“天の書”とは、生長の家で言う「実相」と似通ってくるのではないだろうか。

 谷口 雅宣

【参考文献】
○大川玲子著『聖典「クルアーン」の思想--イスラームの世界観』(講談社現代新書、2004年)
○牧野信也訳『ハディース--イスラーム伝承集成』全6巻(中公文庫、2001年)

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2009年5月12日

運命を獲得する (1)

 7日の本欄でアカデミー賞受賞映画『スラムドッグ$ミリオネア』について書いたとき、イスラームの信仰の中にある「運命を獲得する」という考え方について触れた。この考え方は、現在イスラームの“正統派教義”の端緒となった「アシュアリー派」の教説や『ハディース』の中にある。私は『衝撃から理解へ--イスラームとの接点をさぐる』(2008年)の中で、小杉泰氏の言葉を引用して、この理論を次のように描いた--
 
「人間は主体的選択を繰り返して人生を生きているが、その主体的選択によって、あらかじめ決められている自分の運命を『獲得』しているのだ」(p.157)

 こんなややこしい考え方がなぜ必要かというと、イスラームでは徹底した「唯一絶対神」信仰が求められるからだ。神は創造主であり、それは唯一絶対であるということになると、人間の運命も神の創造以外には考えられない。しかし一方で、人間に自由意思があると考えると、人間は自由に自分の「行動を選択する」ことになる。これを言い換えれば、人間は自分の「行動を創造する」のだ。そして、その行動を原因として、何かの結果が生じる。すると、その結果も神ではなく、人間が創造したことになってしまう。こうして、神の唯一絶対性は人間によってどんどん侵蝕されていく。この矛盾を解決するために考え出されたのが、この「運命の獲得」論である。
 
 イスラームにおける「運命」のとらえ方は、我々日本人とは少し異なるようだ。日本では、運命とは「超自然的な力に支配されて人の上に訪れるめぐり合わせ」であり、「天命によって定められた人の運」(『大辞林』)だ。この「超自然的な力」とは、必ずしも「創造神」でなくてもよく、「天命」は複数の神によるものでも問題はなさそうだ。また、「運勢」とか「開運」「衰運」という言葉が示すように、運命には勢いがあって、開けたり、衰えたりするのだから、多少変化してもいいことになっている。ところが、イスラーム研究者の大川玲子氏によると、イスラームの信仰には、この世で起こるすべてのことは天地創造の時点ですべて決定ずみとするような、厳密な運命観がある--
 
「ムスリムの『サヒーフ』“運命”(カダル)章には、アッラーが諸事象を天地創造の5万年前に書いた、という内容のものがある。このハディースが言おうとしているのは、アッラーが天地創造のはるか昔に、その後に生じること全てに関してあらかじめ決定していたということである。これがイスラームの運命観である」(『聖典「クルアーン」の思想』p.134)

 これと似た考え方は、ムハンマドの言行録である『ハディース』の「創造の初め」の章にある預言者の言葉にも表れている--

「そこで預言者は『初めにアッラーのみが存在し、それ以外は何もなかった。次に神の玉座が水の上に現われ、神は板の上にすべてのものの名を書き、天と地を創造された』と言った」

 これは、天地創造の時点で、神はすべてのものの名前を天上にある「板の上」に書き、それにしたがってすべてのものが創造された--という考え方である。つまり、この世で起こるすべての現象は、創造の時点で“天の書”に書かれていたのだから、それ以外のことは今後も起こらないというのである。この“天の書”という言葉は大川氏の造語だが、根拠のないものではなく、『ハディース』その他のイスラームの文書にしばしばこれに類する表現が現れる。例えば、『ハディース』の上記の文章のすぐあとには、次のようなものがある--

「アブー・フライラによると、神の使徒は『万物の創造を終えたとき、アッラーは玉座の上にある書の中に“わたしの恵みは怒りにうち勝った”と書かれた』と言った」
 
「神の使徒」とはムハンマドのことだが、その言葉として、神は万物の創造後に「書の中に……書かれた」とあるのである。それはいったいどんな書物なのだろう? 大川氏によると、『ハディース』の1つには、天地創造の際の「全事象が書かれた可能性のある場所として『護られた書板』が挙げられて」おり、また、よく引用されるイスラームの伝承には、次のようなものもあるという--

「最初にアッラーが創造したものは『筆』である。アッラーは『筆』に『書け』と言った。『筆』が『何をですか、主よ』と尋ねると、アッラーは『カダル(=運命)を書け』と答えた。『筆』はそれから[最後の]時が起こるまでにあること全てを書き記した」(p. 136)

 このように、天地のすべてのものが予め“天の書”に書き記されているのだから、個人の運命がその例外であるはずがないのである。
 
 谷口 雅宣

【参考文献】
○大川玲子著『聖典「クルアーン」の思想--イスラームの世界観』(講談社現代新書、2004年)
○牧野信也訳『ハディース--イスラーム伝承集成』全6巻(中公文庫、2001年)

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2009年5月11日

矢印探偵は行く (4)

 サブローは、今度はタカシに従わなかった。
「ぼくは、もう帰るよ」
 そう言うと、彼はすまなさそうな顔でタカシを見た。そして、
「時間もおそくなってきたし……」
 と付け加えた。
Arrow10  その言葉が、タカシの気に障った。サブローの家は自営業で、両親はたいてい家にいた。それに比べ自分の家は、両親が共働きで留守がちだった。サブローが家に帰れば、温かい夕食の支度ができているのだろうが、自分は鍵を開けて薄暗い家に入り、冷蔵庫の中の料理を暖めてから、一人で食事する。そう思うと、何だかサブローが憎らしくなってきた。
「そんなの、約束破りだ!」
 タカシはこう言ってサブローをにらんだ。
 サブローは、タカシの態度の急変に驚いて、相手を見ていた。
 タカシは、さらに続けた。
「十個さがすって言ったじゃないか。それができないのは弱虫だからだ」
 思わず強い言葉が出たので、タカシは自分でも驚いた。
 サブローは下を向いて、体を左右に揺らして何も言わない。
 それを見ると、タカシは、
「もういい!」と言って、「ボクはひとりで行くからね」という言葉を残して、地下道へ続く階段に向かってズンズン歩き始めた。
 階段を1段、2段……と降りながら、タカシは後ろからサブローに追いつかれるのはいやだと思い、小走りになって階段を駆け降りた。矢印のことは、忘れてしまっていた。階段が終ると、さらに下へ行くエスカレーターが回っていた。それにポンと跳び乗ってから、タカシはふと思った。
(ボクは、何のためにエスカレーターで下へ行くんだろう?)
 それから、矢印のことを思い出した。そして、階段の途中で矢印をさがさなかったことに気がついた。でも、エスカレーターはタカシをどんどん下へ運んでいた。「逆のぼり」は危険だから絶対いけない、と学校では教わっていた。タカシは、斜めに動いていくエスカレーターの天井を見上げていた。そんなところにも矢印が描いてあるか、と思ったのである。すべすべした天井は、しかし金属質の光を放っているだけで、表面には何の印もついてなかった。
 エスカレーターを降りたタカシは、地下鉄日比野線の改札口に向かって歩き始めた。通路の左右に気を配って歩いていく小学生の姿に気づいた何人かの大人は、不思議そうにタカシの方を見た。親の姿を捜して立ち止まる婦人もいた。が、頭を左右に振りながら下を向いて歩いているタカシは、そんなことに一向気がつかず、足は改札口に向かって進んでいた。
 切符売り場の前で立ち止まったタカシは、困った顔で周囲を見回した。そこから先、どこへ行くべきか分からなかったからだ。その時、「7」という数字と「矢印」という言葉が、タカシの頭の中を駆け巡っていた。「7番目の矢印」を見つけたらもう帰ろう、と彼は思った。
 と、改札口を入った先の天井近くに、タカシは地下鉄のホームを示す大きな看板が掛けてあるのに気がついた。それを見た彼の表情が急に明るくなった。その看板には、横書きで「日比野線」と書いた文字と、その路線の頭文字「H」をあしらった銀色の太い円、そして、乗降ホームの方向を示す大きな矢印が描かれていたからだ。
Arrow16  タカシはその看板を見ながら、自分の考えが正しかったと思い、うれしくなった。サブローは、矢印が何のためにあるかを考えてからたどるのがいいと言ったが、自分は、そんなことは矢印をたどっていけばあとで分かると考えた。そして今、サブローは家に帰ってしまったけど、実際に矢印をたどった自分の方が、矢印の意味にたどりついた、と彼は思った。目の前の看板に描かれた立派な矢印は、そんなタカシの考えを「確信」にまで導いてくれる力強さをもっていた。道路上にあった鳥の足跡のような矢印は、みんなこの立派な矢印のためにあったのだ。
(もう、ひょろひょろとしたチョーク書きの矢印に従う必要はない。立派な矢印について行こう)
 とタカシは思った。
(ここで切符を買って改札口を通れば、8番目の矢印も、9番目も10番目もすぐに見つかるに違いない)
 こう考えたタカシは、ポケットから百円玉を2枚出して、日比野線の切符を買った。

(終り)

 谷口 雅宣 

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2009年5月10日

矢印探偵は行く (3)

 その時、
Arrow12 「あったぞ、ここにあるぞ」
 というサブローの声が、後ろの方から聞こえてきた。振り返ると、サブローが道路脇のプランターの所を指差している。4番目の矢印は、ちょっとだけ考えごとをしていたタカシの目に入らなかったのだ。タカシは小声で「クソッ」と言うと、サブローがいる方へ走っていった。
 その矢印は、用水池とは別の方角にある路地の方向を指していた。そしてその路地は、表通りに続いていることを二人の子供は知っていた。
「大通りに行くなら、もっと近道があるのに……」
 と、サブローは不満そうにボソボソと言った。
「でも、何か意味があるから矢印を書いたんだよ」
 と、タカシはやや低い声で言った。そして、「とにかく、十個見つけるまでやってみよう」と付け加えた。
 二人の子供はもう走らなかった。自分たちが通学路として毎日通っている表通りへ行くのだから、予想外のことはあまり起らないと感じたのだ。
 表通りに面した酒屋さんの一軒ほど手前に、自動販売機が数台並んでいるが、そのかげに潜むようにして5番目の矢印があった。
「あっ、ほら……」
 と言ってそれを指差したサブローは、
「大通りに出ろっていっている」
 と、あまり熱意のない声で言った。
「ほんとだ。でも、大通りには宝が隠してありそうもないね……」
 と、タカシも自嘲気味に言った。
Arrow9  二人は大通りに出ると、付近の歩道を見回して、次の矢印のありかを探した。歩道にはブロックが敷かれていて、車道と段差ができていたが、その境界を仕切る細長い縁石の上に、直角に曲がった小さな矢印が白い文字で描かれていた。
「こんなところにある!」
 それを見つけたタカシが、かん高い声で言った。
 サブローは、矢印の示す方向を見ていた。そして、
「地下鉄の駅だ」
 と言った。
 二人の目の前には、地下鉄日比野線の駅へ続く地下道が大きな口を開けていた。二人は顔を見合わせた。地下鉄に乗ることに躊躇を感じたからだ。ポケットにお金がないわけではなかったが、大事なお小遣いを使ってまで矢印さがしを続けるべきかどうか、迷っていたのである。
「下まで行く?」
 と、サブローが訊いた。
「どうしよう……」
 今度は、タカシも自信がなさそうだった。
 サブローは、自分が心配していた事態が起こりつつあると思った。矢印が描かれている理由を知らずに、それが示す方向へただやみくもに進んでいく。そんなことを続けていれば、きっと迷子になってしまう。
「もう帰ろうよ」
 サブローはタカシに言った。
「でも……」
 タカシは足をモジモジさせてこう言うと、
「6番目まで見つけたんだから……あと4つだよ」
 と言って、地下道の入口を見つめた。
 
 谷口 雅宣

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2009年5月 9日

矢印探偵は行く (2)

 タカシは、サブローを納得させようと思って、自分の“名案”のよさの説明Arrow5を始めた。
「これがほんとに矢印だったら、矢印の方向には何かがあるんだよ。もし何もなくて、かわりに別の矢印があれば、やっぱりこれは矢印ってことになる。矢印も何もぜんぜんなかったら、これは矢印じゃないってことになるだろ? とにかく行ってみなけりゃ何もわかんないじゃないか」
 サブローはうなずきながらタカシの話を聞いていたが、話し終わるのを待って、こう言った。
「でもさ、矢印の先に矢印があって、さらにその先にも矢印があって……って、ずーっと矢印が続いていたら、どこまで矢印をたどって行くつもり?」
「そりゃ……どこまでもさ」
 とタカシは言った。
「家(うち)へ帰るのおそくなるよ」
 と、サブローは心配そうな顔をした。
「じゃあ、適当に十個ぐらいみつけたらやめにすればいい」
 と言って、タカシは肩をすくめた。
「どこか知らない所へ行っちゃったら、帰れなくなるかもしれない……」
 と、サブローはまだ不安顔だ。
 タカシはそんなサブローに向かって、笑顔でこう言った。
「道に迷うことは、ぜったいない。だって、矢印をたどってきたんだから、逆にたどって帰ればいいんだ」
 それを聞いて、サブローの顔も明るくなった。
「わかった。いくつあるか知らないけど、どにかく十個たどってみよう」
 それから、黄色い帽子と黒いランドセル姿の二人は、競争して“矢印さがし”を始めた。夕方の都会の路地を、黄色い二つの帽子が人とぶつかりそうになりながら、前後になったり、左右に揺れたり、突然止まったりして進んでいくのが見えた。

Arrow6  三番目の矢印は、先を走っていたタカシが見つけた。
「ほらほら、こんなところにあった。先が曲がってるぞ!」
 その矢印は、犬が立ち寄りそうな、ひんやりとしたコンクリートの電柱の下に描いてあった。それは、「ここで右に曲がれ」とでも言うように、上向きの矢印がまんなかで直角に右に折れていた。
 追いついてきたサブローが、
「右へ行ったら用水池の方だぞ」
 と言った。
「その前に路地がいくつもあるから、そっちへ行くかもしれない」
 と、タカシは言って走り出した。サブローは、その後ろ姿を目で追いながら、
「用水池はあぶないから、行っちゃいけないって先生が言ってたぞ!」
 と声を張り上げた。
 タカシはその声を聞きながら、
(もし矢印が用水池の方を指していたら、どうしよう?)
 と考えた。、
(先生がいけないと言ってた場所へ、矢印が行けと言ってたら、それは先生の言うことをきくべきだ)
 とタカシは思ったが、その一方で、
(せっかくここまで矢印をたどったのに、途中でやめるのはつまらない)
 とも思った。
 
 谷口 雅宣

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2009年5月 8日

矢印探偵は行く (1)

 小学生のタカシは、学校からの帰りみちでその印を見た時、一緒にいたサブローにこう言ったのだった。
「ほら、これは鳥の足跡みたいだろ?」
 でも、サブローはそれを見て、
「少し形がへんだなぁ。それに、鳥は二本足なのに、印は一つしかない」
 と言った。
 二人は、学校の教室にいる時から、このマークの話をしていた。タカシはそれを何か秘密の印じゃないかと言った。学校の周辺にあるアスファルトの道路の隅に、チョークか何かで描いた白っぽい太い線で、三本指の鳥の足跡のような印が描いてある。それも、ていねいに描いたのではなく、勢いよく書きなぐったように、三本の線が互いに交差していたりする。そんなマークが、一カ所でなく、何カ所にもあるようなのだ。
「数えてみたの?」
 と、サブローが聞いた。
「ううん、まだ」
 タカシは首を横に振った。
「じゃあ、帰りに二人で数えてみようか?」
 サブローの提案に、タカシは二つ返事で賛成した。何か探偵ごっこのような、また宝さがしのような、ワクワクした気持になってきた。
Arrow1  二つ目のマークの所へ行った時、サブローは、
「これ、矢印じゃないの?」
 と言った。
 鳥の足の指だったら、三本の指の長さに違いはあまりない。でも、目の前にある印は、真ん中の指が一本だけ長い。
「ああ、ほんとだ!」
 マークをはさんでサブローの反対側に立っていたタカシは、ポンと両手を打って大声で言った。
「こっちから見たら、矢印に見える」
 そう言ったタカシは、「じゃあ、矢印の方向へ行ってみようよ」と、サブローの顔をのぞき込んだ。
 でもサブローは、そのマークを見ながら考えていた。タカシがそばへ行ってサブローの袖を引っぱっても、まだ考えていた。
「何、考えてんの?」
 と、タカシは言った。
「どうしてかなぁ……」
 とサブローは言って、「なぜ道路に矢印なんて書くんだろう……」と付け加えた。
「そんなこと、考えてもわからないよ」
 とタカシは言って、「矢印をたどっていけば、きっとわかるよ」とサブローをさそった。
 タカシは、自分が今言ったことは「すごい名案」だと思った。何でも、考えるよりはやってみるというのが、タカシの行動パターンだった。それに比べてサブローは、よく考えて、わかってから始めるタイプだった。だから、タカシが引っぱって、サブローがついていく--そんなやり方で物事が進むのは、今回だけでなかった。
 
 谷口 雅宣

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2009年5月 7日

映画『スラムドッグ$ミリオネア』

 私にとっては大型連休の最終日である7日、日比谷で映画鑑賞をした。現代のインドを舞台とした『スラムドッグ$ミリオネア』で、今年のアカデミー賞8部門受賞という鳴り物入りだ。が、派手な印象はまったくなく、予想していた混雑もなかった。インド生まれの作家の小説を原作に、イギリス人監督によるインド人の映画だ。こういう映画を見たのは初めてなので、一種のカルチャー・ショックを経験した。とにかく、インドのスラム街とそこで生きる人々の生活が、子供である主人公の視点から克明に描写されるのが衝撃的だ。この“衝撃”とは、ゴミの山と排泄物、売春、暴力、不正、不条理がひしめく中に、貧困を知らない人がいきなり放り込まれた時、感じるような衝撃だ。
 
 荒筋を簡単にいえば、この貧民街から出た1人の少年が、テレビのクイズ番組を奇蹟的に勝ち進んでミリオネアになる--それだけだ。私は、映画を見る前からこの程度の筋を聞いていたから、少年はトンデモない天才か秀才かと思っていた。しかし、そうではなく、主人公が困窮生活の中で知ったことが、ちょうどうまい具合にクイズの問題として出る、という“よい偶然”の連続によるのである。これだけだと「うまくできすぎた話」で終ってしまうが、主人公がそういう知識を得るために、どのような苦境を乗り越えてきたかが、フラッシュバックの手法で、たたみかけるように画面に映し出されるのが、何とも迫力がある。主人公は「ジャマール」という名前の男の子だが、幼少時代(7歳)、少年時代(13歳)、青年時代(18歳)を3人の俳優が演じる。その3人の間に見事な一貫性がある。

 この一貫性を補強するのが、愛情である。主人公には幼少期から一緒に育った「ラティカ」という女の子がいて、その子との兄妹愛のようなものがやがて恋愛に育ち、その子と一緒になりたいという純粋な動機から、ジャマールはクイズ番組に出るのである。社会的には階級制度がまだあるインド社会で、最下層に属するこれらの人々が、純粋な動機によって“頂上”を目指すという物語の構造が、観客の共感を誘うのだろう。それからもう一つ、「運命」(destiny)という言葉がこの映画のキーワードだ、と私は思った。映画の各所で、主人公は思いつめた目で「これは運命だ」という言葉を吐く。そして、困難を次々に克服してしまう。私は最初、これは単なる口癖だろうと思ったが、もっと深い意味があるようだ。
 
 主人公の育った貧民街の人々は、ヒンズー教が盛んなインドでは少数派の、モスレム(イスラーム信者)のようだ。ヒンズー教徒から襲撃されたことや、ジャマールの兄が神に祈る姿から、そう言えると思う。すると、イスラームの信仰の中にある「運命の獲得」という考え方が思い出される。普通、「運命」とは、生まれた時から存在する一定の“人生コース”のようなものを言う。だから、それはすでに「在る」ものであり、神から「与えられた」ものである。ということは、人間が努力によって手に入れるべきものではない。ところが、一部のイスラームでは、人間は信仰とこの世での努力によって、「よい運命を獲得する」という考え方が採用されている。これを「運命の獲得」論と呼び、難解なことで有名だ。(詳しくは、拙著『衝撃から理解へ』、pp.156-157参照)
 
 この映画では、主人公はイスラーム信仰者として明確には描かれていないが、彼の貧困から脱しようとする懸命な努力と、ラティカへの一途の愛は明らかだ。また、彼がクイズ番組に出ている時、その目は確信に満ちている。そして成功するたびに、「これは運命だ」という言葉が口から飛び出す。その結果、クイズに勝って、恋人も手に入れてしまうのである。これを見て、私は「よい運命を獲得する」という理論は、神学者の理論としては難解でも、実践者あるいは信仰者の理論としては分かりやすい、と妙に納得してしまった。
 
 谷口 雅宣

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2009年5月 3日

第61回生長の家青年会全国大会終わる

 今日は午前10時から、東京・渋谷の明治神宮会館で「生長の家青年会全国大会」が行われた。第61回であるから、戦後の日本の歴史とともに歩んできた生長の家青年会の伝統を想い起こさせる。前日、相愛会と栄える会合同の全国幹部研鑽会が行われたその場所に、1,086人の青年が集まった。昨年の参加者(1,154人)より若干減ったが、青年会員は834人で、昨年(813人)より増加したことは大変よかった。

 私は、前日に引き続いて、午後から1時間の講話を担当したが、参加者の中には未会員の青年もいるため、生長の家の基本教義を説明しながらの講話となった。したがって、講話の最後の方で時間が足りなくなったという印象は否めない。が、参加者の皆さんが熱心に聞いてくださっているのが感じられ、ありがたかった。

 感想を若干述べれば、「日時計ニュース」というプログラムが面白かった。ネット上には同名のブログがすでにあるので、私は何をするのか訝った。が、ふたを開けてみると、各地の青年会員の活躍ぶりをビデオでレポートするもので、“手作り”のユーモアや人間味が感じられてよかった。そのままネット上に登録すれば、全国の会員が活用できるかもしれない、などと思った。体験談もバラエティーがあり、運動に参加する青年達の“幅”が感じられた。

Delphinium2  前日の本欄では、相愛会幹部が運営するブログを紹介したが、今日の大会でも、青年会員がブログを使って誌友会のフォローや日時計主義を実践していることを知った。その1つは「としまとしまりす」で、もう1つは「日時計生活富山版」である。本欄の読者からの声援をお願いする。
 
 ここ2日間は花束をいただいたので、今日は私の家の庭に咲く花のスケッチをここに掲げ、青年大会をはじめ3日間の行事を“縁の下”から支えてくださった多くの人々への感謝のしるしとします。皆さん、ありがとうございました。
 
 谷口 雅宣

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2009年5月 2日

第1回生長の家相愛会・栄える会合同全国幹部研鑽会終わる

 今日は昨日に引き続いて、初めての「生長の家相愛会・栄える会合同全国幹部研鑽会」が行われた。会場は東京・渋谷の明治神宮会館で、生長の家本部の“お膝元”である。豊かな神宮の森の中に、全国から1,811人の幹部の方々が集まって日時計主義による真象の拡大と両運動組織のさらなる飛躍を誓い合った。私は前日と同じく、午後から1時間の講話を担当した。内容もほぼ同様だったが、時間配分はうまくいったものの、時間を気にし過ぎたところがあって、各ポイント間の連絡がスムーズにつながらなかったきらいがある。講話は“生モノ”でなかなか難しい、と思った。両組織からの報告によると、参加者の内訳は相愛会が1,353人、栄える会が458人で、1年前の本欄に載せた数字と比べると、相愛会は192人、栄える会は104人も増加した計算になる。参加促進にご尽力くださった全国の皆様に心から感謝申し上げます。
 
 今回の研鑽会の特徴は、両組織の“壮年層”の活動に焦点を当てたことだろう。このため参加者も比較的若い人々が目立ち、体験発表や活動報告にも新しい展開が感じられた。その中で、私のようにブログでの活動を昨秋から開始した幹部がいることを知り、心Delphinium 強く思った。この人は、島根教区の相愛会副連合会長の持田正悦さんで、デジカメ写真と俳句を組み合わせた「写俳日記」というブログを展開中だ。今日、そのことを檀上で発表されたのに、今日付でブログがすでに更新されているのには驚いた。生長の家以外の読者からも反応があるというので、インターネットを通した伝道活動として大いに期待される。そのほかにも、いろいろ素晴らしい発表があったが、割愛させていただく。
 
 研鑽会でいただいた花束の中から、今日の空のように青が美しいデルフィニウムをスケッチした。両組織の皆さん、実行委員の皆さん、ありがとうございました。
 
 谷口 雅宣

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2009年5月 1日

第1回生長の家白鳩会全国幹部研鑽会終わる

 初めての生長の家白鳩会の全国幹部研鑽会が、無事終った。午前10時から午後3時半までの5時間半が、アッというまに過ぎ去ったような印象だ。しかし、会場で感じた参加者の熱気は、まだ私の脳裡に鮮明に残っている。この研鑽会では、さいたま市の大宮ソニックシティホールをメイン会場とし、京都府宇治市の生長の家宇治別格本山と福岡県太宰府市の生長の家福岡県教化部の2会場を光回線で結んで、映像・音声の同時中継が行われた。白鳩会中央部の報告では、入場者数はメイン会場が2,300人、宇治会場が2,790人、福岡会場は1,074人の合計6,164人で、参加目安だった6,260人にほぼ達した。これまでの「全国大会」とは違い、今回から参加資格が白鳩会の「支部長以上」の組織役員ということになったため、体験談をはじめとした会のプログラムも、幹部向けの“濃い”内容のものとなったと思う。

 私は、午後1時から1時間の講話を行った。日時計主義には“観”と“行動”の両面があるという話をしたが、時間配分を誤って予定時間を5分ほどオーバーしてしまった。光回線を使った映像と音声の中継は、生長の家講習会ではすでに利用しているが、私自身はいつも映像や音声を「送る側」にいたから、「受ける側」として中継映像を見たのはFowersw今回が初めてだった。案外きれいに映っていたので驚いた。この程度の映像と音声ならば、この種の会合で「双方向のやりとり」をもっと多く取り入れることが可能だと感じた。
 
 今回は、新型インフルエンザの世界的流行の危険が警告され、横浜市の高校生への感染が疑われていた最中の開催だったので、大人数の会合をもつことの不安はあった。しかし幸いにも、問題の高校生のインフルエンザは従来型のものと判明し、胸をなで下ろしたしだいである。研鑽会の開催準備や参加促進に尽力くださった多くの方々に、この場を借りて心から感謝申し上げます。ありがとうございました。

 帰宅してから、研鑽会でいただいた花束の花をスケッチした。皆さまへの感謝の気持を込めて、ここに掲げます。
 
 谷口 雅宣

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2009年4月24日

“誠意ある表現”の大切さ

 今日は午前10時から、長崎県西海市にある生長の家総本山の谷口家奥津城の前で、「谷口輝子聖姉二十一年祭」がしめやかに行われた。お祭には、この日、最終日を迎える長寿ホーム練成会の参加者を初め、近隣教区の信徒等約320人が参集して、生前の輝子先生の御徳を偲びながら焼香、聖経『甘露の法雨』読誦を行った。私は、お祭の最後に概略、次のような挨拶をした:

 ------------------------------------------
 皆さん、本日は谷口輝子先生の二十一年祭にお集まりくださいまして、ありがとうございます。輝子先生は92~93歳で亡くなられ、それからもう20年たったということですから、時がたつのは速いものです。私はこの間、3月1日に生長の家総裁を襲任させていただきましたが、その関係で輝子先生に久しぶりにお会いしたような気分を経験しました。というのは、東京の生長の家本部会館内で、前総裁の谷口清超先生が使っておられた部屋へ私が移ることになり、執務室を引っ越したのです。正確に言うと、まだ書籍等の移動がすべて終っていないので、まだ引っ越しの途中にあります。谷口清超先生の使っておられた総裁室には本がいっぱい残っていて、その中に輝子先生が書かれた『愛の相談室』というのもありました。
 
 この本は昭和59(1984)年の3月7日--つまり、輝子先生のお誕生日--に世界聖典普及協会から発行されたものです。もう25年も前の本です。この本は、実は私が作った本と言ってもいい。当時、私は世界聖典普及協会で出版担当の部長をしていて、部下と一緒に本や講話のカセットテープづくりをしていたのであります。そのことを思い出しました。今日は、その本から引用しながら輝子先生の御徳をお偲び申し上げたいと思うのです。
 
『愛の相談室』の本には、輝子先生のところに来た人生相談や信仰相談の手紙に対して、先生がお答えするという形式の文章がたくさん載っています。その中に「手紙は誠心で」という題のものがあります。この「まごころ」や「誠意」というものを輝子先生は大変重視された方でした。例えば、この相談の少し前のところで、厚化粧をする人について、こんなことを書いておられます--

「こういう人は、その厚化粧を剥した時に、ちょうどお面を取ったように、全く違う人が現われてくると思います。そういうお面を被ったようなお化粧をして、お見合いをしたりしましたならば、その方の結婚生活では死ぬまでお面を被っているわけにはまいりませんから、やがて子供の一人もできた時には、お面どころか薄化粧もしないで、襟垢だらけで汚い汚い女房になってしまいます。その時に、“お面”を見て美しいと思って結婚した男は、その婦人から心が離れてしまうのでございます。
 私は、何事もありのまま正味の姿で、生地そのままの姿でありたいと思います。お見合いの時でさえも、素顔であって欲しいと思うぐらいであります」(p.54)
 
 これは、「人と接するときはウソや見かけ倒しではいけない。誠意をもって接しなければ、いずれウソがバレて、人間関係が破綻する」--そういうことを仰っているのであります。この「厚化粧ではだめだ」というお考えは、手紙については、「真心をもって書けば、多少下手な字でも大丈夫」というお考えにも通じます。この本の94ページに、相談が書かれています--
 
 (相談の箇所を朗読)
 
 これに対して、輝子先生はこう答えておられます--
 
 (pp. 95-96 を朗読)
 
「虚栄心から字をうまく見せようとせずに、少々下手と思っても、誠意をもってていねいに書けば、それは相手に通じる」--そういうご指導です。輝子先生は、そういう生き方をされて来た人でありました。

 この「字をていねいに書く」ということは、最近のようにパソコンやケータイが頻繁に使われるようになってくると、あまり重要でなく感じられるかもしれませんが、そうではないと私は思います。というのは、私のところに手紙をくださる人の中にもいろいろおられて、直筆で書いてくる人が多いのですが、たまにパソコンのプリンターから打ち出した文字だけで、手紙をくださる人もいます。そういう手紙は非常に読みやすいという点ではありがたいのですが、「一体、誰が書いたのか?」と疑問を感じます。つまり、誰が書いてもプリンターで打ち出せば同じだからです。本当にご本人が書いたのならば、自筆のものの方がプリンターで打ち出したものよりも、受け取った相手は「誠意」を感じます。それが多少、下手な字であっても、ていねいにさえ書いてあれば「誠意」を感じます。
 
 それから、最近ではメールを多く使うようになってきました。皆さんの中にも、たいていのことはメールですませてしまう人もおられると思います。私も毎日、メールを使って人と連絡をしています。しかし、自分の「誠意」を示そうと思うときには、メールのような、手っ取り早く機械で作った文字では不十分ですね。また、誠意だけでなく、「好意」「感謝」「尊敬」「ユーモア」などを表現するときも、メールやパソコンよりも、自分の手を使い、下手でもいいから心を込めて書いたものが数段優れています。そういう意味からも、私は講習会の際には「絵封筒」というのをよく描きます。封筒に大きな絵を描いた中に、手紙を入れて出すのです。これは、絵手紙と同じように、ちょっと練習すれば誰にもできるものです。これをするには、メールを打つよりもはるかに多くの時間がかかりますが、その代り、相手に伝える内容は、大変豊かなものとなります。
 
 受け取った相手は、きっと驚くし、喜んでもらえます。これも「まごころ」や「誠意」の表現であります。誠意というのは必ずしも真面目なだけではなく、楽しいものも、ユーモアにあふれたものもあります。ですから、皆さんも光明化運動の中で、あるいはご自分の人間関係の中でも、表面を飾るのではなく、心の中にあるものを素直に表現しながら、誠意をもった生活をしていただきたい。それが、谷口輝子先生が教えてくださった生き方だと思います。
 
 谷口輝子先生の二十一年祭にあたって、所感を述べさせていただきました。ありがとうございます。

谷口 雅宣

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2009年4月20日

ウサギとカメ (5)

 ウサギは、カメには“言葉の力”を理解することができないと思い、岩を見つめて首をかしげているカメに向かって言いました。
「人間の世界には“岩の上にも3年”って言葉あるんだ。おまえさんは日向ぼっこをしている間、その意味でも考えたらいいよ。ぼくはもう行くからね」
 カメはそれを聞いて、
「ああ、その意味はすぐわかる」
 と言いました。
「ホントか?」
 と、ウサギは疑わしそうに言いました。
「ほんとさ」とカメは言うと、「岩は3年では割れないってことさ」と続けました。
「ちがう、ちがう」
 とウサギは言いました。そして、
「おまえさんには、5年たってもその意味はわからないさ!」
 と言うと、くるりと背中を向けて行ってしまいました。
 ウサギがいなくなると、カメはまた空に顔を向けて日向ぼっこのポーズをとりました。そして、目を細めると、
「ああ、太陽の光は暖かくて、気持いいなぁ~」
 と言って口をパクパクさせました。
 カメはそのままじっと動かないでいると、ブゥーンという音をさせながら1匹のハエが飛んできて、カメの背中の上に留まりました。
「ああ、この音、この音……」
 と、カメは目を閉じたまま思いました。何とも心地のいい音でした。カメはよくわかっていました。この音は、“ごちそう”の音なのでした。でも、背中にいるハエを食べることはできません。だから、そのハエが目の前に飛んでくるか、それとも背中をつたって頭まで上ってくれば、電光石火の早業でつかまえてしまおうと思っていました。
 そのうちに、プゥーンという音をさせて、今度はカが飛んできました。1匹のあとにもう1匹が遅れて来る音も、耳のいいカメには聞こえました。遠くでは、池に注ぎ込む水の音も聞こえています。時々、池から跳ね上がる魚が、水飛沫をたてる音がするのもわかりました。カラスが頭上高く、鳴きながら飛んでいきます。周囲の梢では、スズメたちがにぎやかに囀っています。カメは、幸せな気分になっていました。
「ああ、この世界は、ゆかいな音で満ちている……」
 と、カメは思いました。
「ウサギはなぜ、岩を割るなんてことを考えるんだ……」
 と、眠気の中でカメは思いました。
 暖かい日光があり、のんびりと泳げる池があり、頑丈な岩があり、探し回らなくても向こうから飛んでくるエサがあり、美しい音が満ちている。その世界をこわすのが“言葉の力”だったら、そんなものはいらない、とカメは思いました。
 
 谷口 雅宣

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2009年4月18日

ウサギとカメ (4)

 ウサギに比べると少し頭の回転が遅いカメには、「言葉が人間の最大の武器」ということが、よく分からないのでした。カメを煙に巻いたウサギは、そこで大得意になって自論の説明を始めました--
「あのねカメさん、言葉というものには、物を音に置き換える役割があるのさ。例えば、目の前にある小石だが、これを拾うのは簡単でも、おまえさんが乗っている岩は重くて動かすこともできない。でも、“こいし”や“いわ”という言葉は、簡単に動かせるだろう?」
 カメは目をパチパチさせて、自分のいる岩を見つめています。
「こんな説明じゃ、わからないか……。それなら“言葉を動かす”のではなく、“言葉を付け加える”と言えばいい。おまえさんが上に乗っている岩は、実際は重くて動かせなくても、“オレは岩を持ち上げた”と言葉で言うことは簡単だろう?」
「ああ、それならわかる。簡単だ」
 と、カメは頭を上下に揺らしてうなずきました。
 ウサギは、つづけました--
「つまり、言葉をつかえば、本当にはできないこともできたように思える。それができるのは、実際には重くて頑丈で動かしたり割ったりできない岩を、“いわ”という音に置き換えてしまうからだ。そして、“岩が真っ二つに割れた”と言えば、本当にそうなったと思える。ここまでは、わかるね?」
「よくわかる」
 と、カメはうれしそうに言いました。
「こうして、物を音に置き換えることで、人間は頭の中で自分の好きな世界を簡単につくってしまうんだ」
 とウサギは言って、カメの顔を覗き込みました。
 カメは、自分の足元を見ながら、
「でも、岩はほんとは割れてない……」
 と言いました。
「そのとおり」とウサギは言って、さらに続けました--
「でも言葉の威力は、そこから始まるんだ。人間は“岩”“二つに”“割る”という3つの言葉を使って、それを仲間に伝えることで、大勢が同じ目的で動くようになる。つまり、“岩を二つに割りたい”というアイディアが社会に広まり、そのための機械や方法を大勢の人間が工夫するようになり、やがて、本当にそれができてしまうんだ」
 カメは、不満そうな顔でウサギを見ています。
「なんだよ、そんな目でオレを見て……」
 と、ウサギは言いました。
 するとカメは、
「ボクらの仲間だって、大勢が岩に上ることはある。でも、岩はちっとも割れないぞ!」
 と言いました。
「ああ、これだからカメはダメなんだ!」
 と、ウサギは空を仰いで溜息をつきました。
 
 谷口 雅宣

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2009年4月17日

ウサギとカメ (3)

 ウサギとカメは、しばらくにらみ合っていましたが、やがてカメがウサギから目を逸らして、
「ああ、アホらしい」
 と言いました。そして、「このみどりの風のおいしさを認めないなんて、動物のくせに情けない……」と続けると、また日向ぼっこの姿勢にもどりました。
 するとウサギは、
「“バカメ”という言葉は名言だね」
 と言いました。そして、「カメのおまえさんには、その名前がピッタリだ」と言って、相手の様子をうかがいました。
 カメは聞こえないふりをしていたので、ウサギはさらに続けました。
「“動物のくせに”なんて言うのは、動物であることを誇りに思っている証拠だ。そんなんだから、いつまでたっても人間が支配者でありつづけるんだ。人間を超えるためには、人間のもっている最大の武器を自分のものにしなけりゃ……」
 カメはその言葉に興味をもった様子で、
「人間の最大の武器ってなんだ?」
 と、ウサギに聞きました。
 ウサギはニヤッと笑って、
「何だと思う?」
 と言って、カメをじらせました。
「ミサイルのことか? それとも、毒ガス?」
「ぜんぜん違う」と、ウサギは得意顔。
「それじゃ、バイオテクノロジー?」
 ウサギは首を横に振るばかり。
「えぇい、それなら無人攻撃機!」
「ハ、ハ、ハ、ハハハ……」
 と、ウサギは愉快そうに笑ってから、言いました。
「おまえさんは、見ている方向が違うんだよ。“武器”と言ったって、別に戦争するための道具とはかぎらない。高価なものともかぎらない。もしかしたら、人間だったら誰でももっているものかもしれない」
「クイズはもうやめた。早く教えてくれ!」
 カメはそう言うと、ウサギをうらめしそうに見ました。
「それじゃ、答えを言おうか……」とウサギはもったいをつけてから、
「それは、言葉だ!」
 と言いました。
 カメはしばらく目を丸くしていましたが、やがて、
「そんなものが……武器になる?」
 と言いました。
 
 谷口 雅宣

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2009年4月16日

フロリダの誌友会を地方紙が報道

 アメリカのフロリダ州に住む生長の家の信徒、シザー・モッタさん(Cesar Mota)らがこのほど行った英語誌友会の様子が、14日付の地元紙『サウスフロリダ・サン・センティネル』(South Florida Sun-Sentinel,)で紹介された。記事はインターネット上の電子版にも掲載されているので、日本からも読める。この電子版では、誌友会の参加者が「笑いの練習」をする様子が動画で見れるほか、生長の家の簡単な説明もある。それによると、フロリダに生長の家の教えが伝わったのは10年以上前で、ブラジル人のグループがフォート・ローダーデイル市(Fort Lauderdale)の美容院で誌友会を開くようになったからという。その後、生長の家の運動はブラジル人コミュニティーを中心に順調に広まり、現在はマルゲイト市(Margate)に集会所をもつ300人規模のグループに発展しているという。今回の誌友会は、このマルゲイト市のセンターで行われたもの。

 この記事で取り上げられているのは、「笑いの練習」だけでなく、ポルトガル語を話すブラジル人が英語で誌友会を開いたこと、また、参加者の中にはプロテスタントの福音派教徒やカトリック教徒、それにユダヤ教徒もいることなど。また、生長の家の説明には、次のようにある--
 
「生長の家は1930年代に日本で発達し、70から80年代にかけては、大勢の日系移民が移住したブラジルで勢力を拡大した。現在は約180万人の信徒を擁する。“生長の家”とは“無限の成長の家”という意味で、仏教、神道、キリスト教の要素を取り入れた教義をもつ。その中心的な教義の1つは、“すべての宗教は同じ普遍的真理--神は完全であり、善のみを創造された--を基礎としている”ということ」

 --新聞記事としては結構、まともに伝えてくれているのでありがたい。また、アメリカでの生長の家については、次のように説明している--

「アメリカでは、1954年に日系移民がハワイで最初に生長の家のセンターを開設し、現在は7つの州に約6千人の会員がいる。アメリカ国内の会員のほとんどは日系人だが、フロリダだけは例外だと、カリフォルニア州にあるアメリカ合衆国伝道本部の川上真理雄・副教化総長は語った」

 インターネット時代には、このような事実がすぐに伝わり、報道記事もいながらにして読める。間違った報道ではダメージも大きいが、正しく伝わることのメリットは大いに評価できる。
 
 谷口 雅宣

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2009年4月 4日

公衆電話という存在

Telephones  多くの子どもが携帯電話を持ち歩くようになった今日、公衆電話はほとんど使われない。しかし、何かの緊急の用事で使わなければならない人のために、今は“公衆”が集まる場所にわずかに残されている。その姿は、いつ来るとも知れない利用者を「ただ待つ」という奉仕の精神を体現しているようだ。その一方で、電話を置けば暗がりでは不都合だということで、照明をつけねばならず、子どもの利用も考えて、低い位置に1台は設置しよう、などという配慮が必要になる。
 
 電話は人間の道具である。もっと具体的に言えば、それは我々の“口”と“耳”の延長である。それが、誰にでも利用できる形に開放されているのが公衆電話だった。その公衆電話がなくなっていき、代りに我々は、頭部についている温かいものに加えて、もう1セットの冷たい“口”と“耳”を懐に忍ばせるようになった。ケータイはどんどん進化して、今では我々に“目”も与えてくれるし、“脳”も使わせてくれる。つまり我々は、自分の“分身”を懐やハンドバッグに入れて持ち歩くようになった。ケータイはもはや、“道具”の領域を超えたと言える。

 そんな時代に、古く良き道具である公衆電話を街角で見かけると、何かホッとした気分にならないだろうか。“彼ら”は、他人と共用される「道具」としての本質を持ちつづけているために、万人の心に「懐かしい」思いを起こさせてくれるのだろう。しかし、我々の持つケータイは誰とも共用できず、したがって他人の目には“異物”のように映るか、あるいは“悪用”の対象になる。

 公衆電話のガッシリとした体躯を見ていると、フワフワとしたケータイの軽さが、現代人の心の拠り所を象徴しているように感じられた。
 
 谷口 雅宣

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2009年3月31日

急須が見ている…

 昨日はコイの置物を描いたが、今日は電動カミソリを描くつもりだった。ゴツイ体躯の機械で、ヒゲが濃くない私に似つかわしくなく、いかにも大袈裟なところが面白かった。が、木のテーブルの上にそれを置いてフト気がついた。目の前に白い急須があり、その佇まいが私の気を惹くのである。妻が選んだ急須で、毎日使っている代物だから、高価なものではない。ところが、シンプルなデザインでありながら、変化に富んでいるように見える。こういう時は、当初の計画にこだわらず柔軟に対応すべきなのだ……ということで、私は電動カミソリを脇に置いて、急須を描きはじめた。
 
Mtimg090331j  描きながら気がついた。この急須が私を惹きつけた理由は、それが置かれた角度と関係がある。つまり、急須の注ぎ口がこちらを向き、その左右に円形模様が1つずつ配置されている様子が、まるで「ロボットの頭部」のように見えるのである。円形模様はロボットの「目」であり、急須の注ぎ口はまるで「象の鼻」か「突き出した口」のように見える。この「顔」のイメージが。私を惹きつけたに違いない。
 
 本欄では何度も書いているが、人間の脳の視覚野と呼ばれるところには、「顔」のような模様を見たときに敏感に反応する神経細胞があるらしい。これを「顔細胞」と呼ぶ人もいる。急須を見たときに私が感じた“魅力”には、恐らくこの顔細胞からの通信が関与している。言い換えれば、私は急須を見たとき、無意識のうちにそれを「顔のあるもの」--つまり「生きもの」と感じたに違いない。電動カミソリは、確かに電気で動くが、生きたものではない。急須も生き物ではないが、ロボットの顔に似て見えたことで、私の潜在意識が生き物として感じ、惹きつけられた、と考えられる。もっと簡単に言えば、私は「急須が見ている…」と感じたのだ。

 それ以外にも、私が急須に惹かれた理由はあるだろう。が多分、この「顔がある」という要素は大きいに違いない。
 
 谷口 雅宣

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2009年3月30日

コイの置物

 昨日は香川県高松市で生長の家講習会があり、5,310人の受講者が集まってくださった。当日の天気予報は「曇り後雨」だったが、幸い穏やかな好天となり、ほぼ満開のヒカンザクラが青空によく映えたよい一日となった。妻と私は28日午後に高松入りし、市の中心部にある商店街を散策した。うどん屋が多いのは予想通りだったが、午後4時ごろから店内に客がいるのは、意外だった。聞くところによると、おやつ代りにうどんを食べる人も珍しくなく、そういう人のために、当地のうどん屋では“ミニ丼”に入った少量のものをちゃんと用意しているという。とにかく安価だから、気楽に食べられるのがいいのだそうだ。
 
Mtimg090330  そんな商店街の一画に旗や記念品を売る店が1軒あり、ショーウィンドーに陶製の小さなコイ幟の置物が飾ってあった。赤と青の大小の番いで、何ともユーモラスな顔と形をしているのが気に入った。値段も「二千円」と手ごろである。店の奥さんに作者のことを尋ねたら「地元の人」だというし、5月の子供の日も近いので買うことにした。作者は、木田郡三木町に住む「三木徹」という66歳の陶芸家だそうだ。

 27日に生きたコイを買ったが、そのことが今回の買い物と関係しているに違いない。コイに親しみを感じていたのだ。とりわけ、弱々しかった1尾のことが気になっていた。土曜日、東京を発つ前に池を覗いたら、その1尾は他のコイたちと一緒に元気に泳いでいたのである。だから、旅行中はコイのことをあまり心配していなかった。しかし、今朝、仕事場へ行く際に、ふと気になって再び池を覗いた私は、声を上げそうになった。赤と白の模様が鮮やかなそのコイが、池の中央付近で、横倒しになって沈んでいるのが見えたからだ。残念だが、環境の激変に耐えられなかったのだ。
 
 人間は、置き物は作れるが生き物はつくれない……そうあらためて感じた。
 
 谷口 雅宣

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2009年3月25日

映画『パッセンジャーズ』

 今日は我々にとって“週末”の水曜日だったので、日比谷で映画鑑賞をした。妻も私もロドリゴ・ガルシア監督作品のこの映画の前評判をまったく知らなかったが、久しぶりに見ごたえのある作品に出会えたと思った。「パッセンジャーズ」は乗客という意味だから、恐らく飛行機墜落事故の映画……というぐらいの知識しかなかったが、そういうアクション性だけでなく、心理サスペンスとラブストーリーも入っており、加えて上質の宗教性も加味されている。それらの要素が、93分の作品の中できちんと表現されているのは、驚きだった。この見事な多面性を可能にしたのは、作品の最終部に仕掛けられた“どんでん返し”だ、と私は思う。

 これが何であるか言えないことを、読者は了解してほしい。この作品の醍醐味は、その“どんでん返し”を経験した鑑賞者の心に、複雑な謎が一気に解けた解放感と、静かな人間的感動が拡がっていくところにある。映画でなければ恐らく得られないそんな機会を、私は読者から奪いたくない。

 主演は女優のアン・ハサウェイで、若い心理セラピストを演じる。彼女は、不時着した航空機から奇蹟的に助かった5人の乗客のカウンセリングをする。この主人公は、いわゆる“心的外傷後ストレス障害”(PTSD)を“治療”しようとするのだが、5人の患者は1人、また1人と治療から脱落していく。かと思うと、妙に明るい男性患者が、彼女を口説こうと様々な手で言い寄ってくる。そのうち、事故機の航空会社が生存者の数を誤魔化している疑いが芽生える。かと思うと、彼女の上司が隠しごとをしている様子である--こうして主人公は、何か大きな“陰謀”のただ中にいる自分を発見して、もがくのである。

 映画は、主人公の目を通して周囲の状況を描いていくが、その同じ“周囲の状況”が、映画の最終部の“どんでん返し”によって主人公の思い込みから解放されると、映画鑑賞者にはまったく別の意味をもって見えてくる--それが圧巻である。これによって、鑑賞者は、同一の“事実の連続”が、2つの異なった意味をもっていることを知る。そして、“悪い意味”や“悪意”として感じられてきたことが、突然、“よい意味”をもった“善意”の行動であることが分かるのである。この体験は、人生の艱難に際して、環境は自心の展開であると知り、周囲の人々は皆、自分に何かを教えてくれる導き手であったと感じる宗教的体験とも似ている。上述した「上質の宗教性」とは、このことを言っている。
 
 「肉体の死は、人間の魂の解放である」と言われるが、この作品を見ると「なるほど、そうかもしれない」と納得される。昔の映画では『オールウェイズ』(1989年)や『ゴースト/ニューヨークの幻』(1990年)が同じ主題をもっと正面から扱っていて、私は好きだった。が、この作品はそれを言わば“斜め”に扱おうとして“凝った仕掛け”を使っている。が、それに騙されても、悪い気はしないから不思議だ。
 
 谷口 雅宣

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2009年3月22日

速度を落とせ

 今日、大津市で行われた滋賀教区の生長の家講習会では、朝から小雨模様であったにもかかわらず、前回を1割強上回る3,763人の受講者が集まってくださった。鈴木幸利・教化部長をはじめ、同教区の幹部・会員の皆さま方の並々ならぬご努力に、心から感謝申し上げます。体験談も粒ぞろいで、聖歌隊の合唱もよかった。講習会終了後の幹部懇談会でも、和やかな雰囲気の中で、中身のある意見交換ができたことはありがたかった。

 講習会の午後の講話で、私は現在の世界的な経済危機の克服のために、一部の政府が大量の資金をつぎ込んで公共事業や大規模プロジェクトの実施を考えていることを、遠回しに批判した。欲望を駆り立てて“人間本位”の世界をつくり上げようとするこれまでの手法が、「良好な地球環境の維持」の要請とはもはや両立しないと考えているからだ。この点は、前回の本欄を読み返していただければ了解してもらえると思う。
 
Slower 「スローライフ」とか「スローフード」という言葉が使われるようになっているが、現代人の“先を急ぐ”生き方の限界を示しているのが今日の経済状況であり、政治の無能であると思う。今朝、大津市で泊まったホテルから下を見ると、雨で濡れた道路に大きく白文字で「速度落せ」と書かれていた。その言葉が、今の人類全体への警告のように思えたので、写真に撮った。私たちは「緑の森」「青い海」が自分たちにとってどれだけ大切かを、忘れかけているのではないか。

 谷口 雅宣

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2009年3月20日

誠実な“間借り人”として

 春分の日の今日は、午前10時から東京・原宿の生長の家本部会館ホールにおいて「布教功労物故者追悼春季慰霊祭」が約2時間にわたってしめやかに行われた。私は、斎主として奏上の詞を述べ、参列者に大略以下のようなご挨拶を申し上げた:
 
-------------------------------------
 本日は、布教功労物故者を追悼する春季慰霊祭にお参りくださいまして、誠にありがとうございます。

 このお祀りは、永年にわたり生長の家の幹部活動をしてくださった方々で、地上での使命を終えられて霊界に旅立っていかれた方々をこの場にお迎えして、ご生前のご活躍を偲び、感謝の誠を捧げるという意義深いものです。今回は196柱の御霊様をお祀りいたしました。

 昨年の同じ時期にも話したと思いますが、私は、春のこの時季にお彼岸があり、慰霊祭が行われることは大変時宜にかなったよい習慣だと感じています。というのは、自然界では冬が終って、虫が地上に現れ、植物の花が一斉に咲き出し、鳥や動物が活発に動き出すからです。つまり、この時季には“生命の再生”ということが私たちに如実に感じられるからです。そんな時に、死者の霊をお祀りするのがなぜふさわしいのでしょうか? それは、“死者”とは、本当の意味では死者でないからです。生長の家はもちろん、その他の多くの信仰では、肉体の死は本当の人間の死ではなく、霊界や死後の世界への生まれ変わりだと考えます。ですから、生命の再生のときなのです。
 
 死は、霊界への生命の「再生」であると同時に、この世に残された者にとっては「移行」や「継承」が行われるときであります。

 ご存じのとおり、私の父は昨年10月に亡くなりました。そして、私は去る3月1日に生長の家総裁を襲任させていただきました。近々、谷口清超先生が使っておられた執務室を私が使うことになるので、最近、そこへ行って、自分ならその部屋をどう使おうかなどと考える時をもちました。すると、その部屋には先生が使っておられたものがまだ数多く残っているのですね。父は物を大切に使う人でしたから、古いカナ専用のタイプライターとか、パソコンがそれほど普及していない時代に使われていたワープロ専用機も置いてありました。そのほかにも、旧式のラジオやテレビが残っていました。私はこういう古い機械を今後もすべて使うわけにはいきませんが、中にはまだ十分使えるものもあるので、そういうものはできるだけ使っていこうと考えています。

 私は、古いものが嫌いではありません。実は、私が副総裁の頃から十数年間使っていた部屋は、初代の総裁である谷口雅春先生が使っておられた部屋なのです。この本部会館が建てられた当時の「総裁室」を、私はずっと使わせていただいていました。ですから、そこには建設当時からある古いデスクや洋服ダンスがあり、私はそれをそのまま有り難く使っていました。ですから、今回の執務室の交替でも、古いものが使えるのは有り難いことだと感じています。なぜならそこには、大げさに言えば“伝統の継承”がきわめて具体的な形で実現しているからです。別の言い方をすれば、前任者の気持や雰囲気を大切にしながら、新しいものを導入していくことが、とても自然な形でできるのです。
 
 こういうことは、私が特殊な立場にいるから可能であった、と見ることもできます。しかし、よく考えてみると、どんな人の一生も結局、“前任者”と“後継者”が適切に混じり合うことで、成り立っているのではないでしょうか。私達は両親のDNAを半分ずつ引き継いでいるだけでなく、DNAを超えたところの人生観や生き方、ものの考え方、遺産、家訓、商習慣、顧客、市場、商店、工場、農地……なども両親、あるいは前任者から受け継いでいます。それを消し去ることは不可能だし、また無意味なことです。先人から受け継ぐべきものは素直に受け継いで、その上に自分に合った、また新しい時代にふさわしい何かを加えていく……そういう営みが、私たちの人生の基本形ではないかと思います。
 
 このように考えていくと、親や先輩や先任者を肉体の死によって失うことは、今回の私のように、“部屋”を交替することに似ています。かつて親がいた位置に、自分が座るのです。親が握っていたハンドルを、自分が握るのです。そして交替したならば、そのまま自分が未来永劫にわたってその“部屋”に居座るのではありません。それは、次の人に交替するまでの一時期にすぎません。交替の時期がいつくるかは分かりませんが、自分はそれまでの間だけ部屋を使わせてもらう“間借り人”にすぎないのです。なぜなら、私たちの“本当の部屋”“本当の家”は実相世界であるからです。別の言い方をすれば、私たちの肉体は地上の一時期を使命遂行のために使う“仮りの衣装”にすぎないのです。そういうことを、谷口雅春先生は『続 真理の吟唱』にある「新たに生まれる言葉」の中で説いておられるので、一節を朗読し、紹介いたします。
 
 (「新たに生まれる言葉」『続 真理の吟唱』pp. 59-61 を朗読)

 --このように説かれていまして、私たちの実相は霊的実在であるというのが、生長の家の人間観であるのであります。今日お祀りした御霊さまは皆、この教えを宣布することに人生を捧げられた私たちの大先輩であります。私たちはこれからも、御霊さまの遺志を継いで、次の時代の後継者に真理宣布の志を伝えるとともに、この世に生あるかぎり誠実な“間借り人”としてベストを尽くし、人類光明化運動に邁進していきたいと思います。
 
 春のお彼岸のお祭に際して、所感を述べさせていただきました。ありがとうございます。
 
 谷口 雅宣

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2009年3月19日

ブラジル全土で“ネット研修会”

 日本の生長の家では、地球温暖化抑制のための“炭素ゼロ”を目指した運動を展開していることは、多くの読者はすでに御存じのことだ。このためには、交通機関の選択を含んだ国内での人の移動や、集会の持ち方など多方面に工夫が必要であることは言うまでもない。全国59教区に置かれた教化部会館や6箇所の本部直轄練成道場では、環境経営システムの国際基準であるISO14001の認証をすでに得ているから、日常的な活動の中では、国際基準にもとづく温室効果ガス削減の努力を続けているところだ。しかし、宗教運動には人と人との密接なコミュニケーションが不可欠である。宗教は伝統的に、この人と人との直接対面による“魂の触れ合い”が核心となって発展してきたから、「人を集める」ことなくして宗教行事は考えられなかった。

 しかし、昨今の通信技術の劇的な進歩によって、「人を集める」機能の一部を通信技術が肩代わりすることが可能になっている。都道府県単位で行われる生長の家講習会では、衛星による複数会場への同時中継が行われることは、もはや珍しくない。また、全国行事においても、白鳩会の全国大会が衛星中継によって数カ所で同時開催されてきたし、昨年12月には「故生長の家総裁、谷口清超先生追善供養祭」が光回線を使ったインターネット中継によって、全国60箇所以上に配信された。そして、今年5月初めにも、生長の家白鳩会の幹部研鑽会が全国3カ所で同時中継される予定だ。
 
 これは日本国内の事情だが、生長の家の信徒数が日本を上回るブラジルでは、通信事情が日本より悪いと聞いていたので、全国に向けた行事の同時中継など当分先の話だと考えていた。ところが、ラテン・アメリカ教化総長、向芳夫・本部講師の報告によると、ブラジルではこの3月15日に、全国にある83の教化支部を会場にして、今年上半期の講師研修会をインターネット中継によって実施したというから、驚いた。研修会は午前10時に始まり、開会式からインターネットで配信したらしい。また、本部講師が担当する4つの研修と、昼食を挟んだ後の地元講師会長による研修などが行われた。向総長自身は、今年8月にサンパウロで行われる「世界平和のための生長の家国際教修会」の参加促進と「祈りの力について」と題する研修も担当したという。同総長は、この画期的取り組みについて「終了後、各教化支部からの反響も聴取しましたが、皆さん大変喜んでくれました」と報告してくださった。

 また、この“ネット研修会”に参加したサンパウロ市の地方講師によると、参加対象になったのはブラジル国内の約3千人で、この中には地方講師だけでなく、昨年の地方講師試験受験者も含まれるという。サンパウロ教区では60人の地方講師が“ネット研修会”に参加した。研修会を指導したのは、向教化総長のほか、村上真理枝・副教化総長、北原オリンピオ・本部講師、高橋信治・本部講師の4人という。効果的な研修会となったかどうか、参加者の反応が知りたいところだ。
 
 ブラジルはすでに、自動車の燃料としてバイオエタノールを使っているが、日本の20倍の広さがあるこの国で、このような形で講師研修会が行われれば、二酸化炭素の削減効果はさらに大きいに違いない。日本の“炭素ゼロ”に向けた運動にも、大いに参考になる試みである。
 
 谷口 雅宣

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2009年3月18日

透明性の魅力

 ペットボトルは手軽で、持ち運びに便利であるため、人気は衰えない。その中に入れて持ち運ぶ液体も、水やお茶、清涼飲料水などいろいろあって、それぞれの中身にふさわしい色や装飾をほどこされ、コンビニやスーパーの棚に並んでいる。

 しかし、なぜペットボトルは透明なのか? それは多分、外から中身が見える方が、見えないよりも信頼できるからだ。「はい、このように中身にいつわりはありません」と容器自体が宣言しているのだ。それに加えて、透明なものには何となく清潔感がある。
 
Mtimg090316  私は最近、ホテルに備え付けのアメニティーグッズの中に、ペットボトルと同じ素材の透明プラスチックの容器を見つけた。普通の背の低い清涼飲料用の容器の4分の1ほどの大きさだ。3つの瓶の中にそれぞれ黄、緑、白色の液体が入っていて、3つ並ぶと実にかわいく、色の組み合わせが美しい。そのうち1本を使ったので、容器を持ち帰った。具体的に何に使うかなど頭にないまま、この瓶自体の魅力に逆らえなかったのである。ガラス瓶にも清潔感はあるが、重くて、割れる危険性がある。その点、ペットボトルは軽くて、頑丈である。加えて、栓が付属しているのもいい。好天の朝、窓辺に置くと、明るい光を反射して輝いて見えた。そんな様子をスケッチした。
 
「透明性」は、人格や政治、企業経営においても好ましいとされる。外から分かる様子と中身とが変わらないことは、一般的に美徳なのだ。「ウソをつかない」とか「約束を守る」という徳目も、透明性と関係があるに違いない。我々の道徳評価には、視覚からの影響が少なからずあるようだ。
 
 谷口 雅宣
 

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2009年3月16日

裁判員として“罪”をどうするか?

 昨日東京で行われた生長の家講習会で、裁判員制度との関連で興味ある質問が出た。川崎市高津区から来られた49歳の女性の、こういう質問である--
 
「午前の部のご講話より、ずっと心にひっかかっている問題がございます。“人間本来罪なし”と教えて下さる生長の家のみ教えにふれていますと、5月から始まる裁判員制度でもし(裁判員に)選ばれました時、罪なし、罪なしでみんな神の子さんに見えて、とても極悪犯でも裁くことがむずかしく、冷静に判断できません。本当は死刑にしたいと思えるのに、という場合もあります。どうしたらよいでしょうか?」

 私は、これに対して「実相と現象の区別」をポイントに置いて答えたが、言いたいことがどれだけ伝わったか定かでない。そこで、この場を借りて、少し補足させていただきたい。

 まず、「人間本来罪なし」という場合の宗教上・道徳上の罪と、裁判員制度を含む法律上の罪とは、若干意味が異なるのである。英語でも、前者を「sin」といい、後者を「crime」と呼んで区別している。宗教上・道徳上の罪は、一般的には創造主である完全なる神に比較して、人間は本質的に不完全であるという意味で使われる。これに対して法律上の罪は、単に法律に違反しているという意味だ。だから、前者は後者より広い意味をもつ。例えば、日本では大麻(マリファナ)を個人が栽培することは法律で禁じられているが、アメリカの一部の州では禁じられていない。この場合、大麻栽培者は、日本では法律上の罪人であるが、アメリカのその州ではまったく自由人だ。このように、法的な罪は国や州によって異なるが、宗教上の罪は、そのような地域的な差異は認められない。例えば、「他人の不幸や死を願う」ことは宗教的・道徳的罪とされることがあるが、そういう傾向のある人は、どこの国へ行っても同じような心を抱くだろうから、地域的な差異は生じない。
 
 以上は、2種類の罪の一般的な説明である。そして、5月から始まる裁判員制度では、我々は宗教上・道徳上の罪を裁くのではなく、もっぱら法律的罪を裁くのである。大麻栽培の例を使えば、ある人が日本国内で大麻を栽培したかしないかの事実認定にもとづき、法律に照らして罰則を適用する--それだけのことである。法律に「禁固1年」と書いてあったら、それ以下の罪になるのであり、決して「禁固2年」や「懲役刑」にすることはできない。また、ある人が国内で実際に大麻の栽培をしていたのであれば、生長の家でどんなに「罪はない」と説いていても、その人は「有罪」とならざるを得ない。ただし、量刑(罰則の適用)については、罪の程度が軽微であれば--例えば、大麻と知らずに、別の植物だと思って栽培していた場合、事実上は刑を免除する「執行猶予」となることもある。それでも、法律的にはあくまでも「有罪」だ。
 
 ところが、宗教上・道徳上の罪という観点では、生長の家では「人間本来罪なし」であるから、有罪判決を受けた人に対しても、「あなたは本当は罪人ではありません」と断言するのである。大麻栽培者に対してだけでなく、詐欺師にも、放火犯にも、殺人犯にも、そう言うのである。ここで重要なのは「本来」という2文字であり、これは「実相においては」という意味だ。「人間本来罪なし」をこの文脈の中で言い直せば、「現象的には殺人犯でも、実相においては神の分身として完全である」ということになる。裁判員になった生長の家信徒は、一方では法律的意味での罪の有無をきちんと判断すると同時に、宗教的な意味での罪は「本来ない」ということを信じるのだ。まるで“ダブル・スタンダード”のように聞こえるかもしれないが、「実相と現象を分けて考える」というのは結局、そういうことになるだろう。
 
 谷口 雅宣

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2009年3月14日

『日時計日記』に自由版できる

Freediary  生長の家が発行している『日時計日記』に“自由版”という新タイプ(=写真)が加わった。まだできたてホヤホヤなので、地域によっては入手できるのは数日後になるかもしれない。従来版の『日時計日記』は左から開く方式で、縦書きもできなくはないが、全体の構成は横書きを前提としている。日付と曜日が印刷されていて、記入項目も指定されているなど“自由度”が限定されていた。これに比べて新版は、右から開く方式を採用、ページからは日付、曜日、記入項目がなくなり、判型が一回り大きくなった。このため、より広いページを自由に使うことができる。また、表紙は上製本の頑丈なつくりになっている。
 
 もう1つの特徴は、1週間に1回の割合で、谷口雅春先生、清超先生、そして私の本からの抜粋文が「今日のあなたへ」という欄に掲載されていることだ。全部で53本の文章があり、それぞれをその週の指針とすることができる。また、日記を書くときの“手がかり”として、生活のアイディアを得るヒントとしても使うことができるだろう。リボンの栞(しおり)がついているのも親切だ。

 日記のつけ方は、各人各様であっていいと思う。1年分の日付をすべて印刷してある従来の『日時計日記』は、「毎日書く」という習慣を作るのに良いし、その年の「記録を残す」という意味でも優れている。一方、この“自由版”は、書く日と書かない日があってもいいが、書くときは書きたいだけ使え、イラストや絵をつけたり、写真やメモも貼りたいという人にとっては、とてもありがたい。また、講師の出講記録や、誌友会の記録などにも使えるだろう。私は、従来版の『日時計日記』をつける前は、文庫本サイズの『マイブック』というのを何年も使っていて、これは事実上、「何も印刷してない文庫本」だった。この“自由版”の印象は、それに近い。ただし、上に書いたように、ずっと大判であり、表紙も用紙もしっかりしているから、机上や本棚の中でも見栄えがする。

Mtimg090314  「善は急げ」という言葉もあるから、私は今日、さっそく最初のページに日付を書き込んで、好きなように使ってみた。読者も、工夫していろいろな用途に使ってみてはいかがだろうか。
 
 谷口 雅宣

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2009年3月13日

米でES細胞の研究が拡大

 1月24日の本欄で、発足したばかりの米オバマ政権がES細胞の利用規制を緩和するとの観測を紹介した。また、2月6日には、ES細胞とiPS細胞の2つを比べながら研究を進める方法を、再生医療研究者は求めているらしいと書いた。その理由は、前者は“本物”だが後者は一種の“代用品”だから、代用品の優秀さは本物なくしては分からないというものだった。そして、3月10日の『ヘラルド・トリビューン』紙は、オバマ大統領がブッシュ時代に禁止されていたES細胞研究への連邦予算の支出をついに解禁する、と伝えた。その記事を読むと、アメリカのES細胞研究は、今回の大統領の決定だけでは“一挙進展”とはいかないようだ。その理由を述べよう。
 
 ブッシュ政権下のアメリカでは、人間の受精卵を使った研究を禁止するための法律改正が議会によって行われていたから、研究範囲が実際に大幅に拡大されるためには、議会がオバマ氏の方針に賛成して法改正を行わねばならないのである。この法律による禁止条項は、通称“ディッキー=ウィッカー改正条項”と呼ばれるもので、1996年に成立して以来、議会によって今日まで毎年、延長され続けてきた。そこでは、具体的には、国民の税金を使って人の受精卵を作成することと、受精卵を壊したり廃棄すること、さらに受精卵が傷つく可能性を知りながら、その危険を冒すことが禁じられている。これらの法の縛りがなくなるまでは、“全面解禁”とは言えない。

 しかし、今回の大統領令によって、すでに作成されたES細胞株を使った研究には、連邦政府の予算がつくことになる。だから、アメリカにおけるこの分野の研究は今後、大幅に伸びることが予想されるのである。『朝日新聞』もそう考え、今日(13日)の社説で「オバマ大統領は、政治や宗教にゆがめられない健全な科学政策を目指している。今回の発表もその大きな一歩といえる」と大いに持ち上げている。

 が、宗教が科学を「ゆがめる」という考え方はおかしい。科学は「善悪の価値判断をしない」ことで発達してきたことは認めるが、そのことによって生物化学兵器や核兵器の製造が行われてきたことも事実である。宗教が科学の使い方に関与することは、必ずしも「ゆがめる」ことにはならず、「正す」場合もあるはずである。にもかかわらず、宗教が関与しないことが「健全」だとするのは、大いなる偏見である。また、オバマ政権自身は、科学政策について「政治や宗教にゆがめられない」という表現は使っておらず、「科学と政治を分離するという公約の一環として」(as part of a pledge to separate science and politics)この政策を実行したと言っている。『朝日』の記事では、この「政治」(politics)という言葉が、いつのまにか「宗教」にすり替わっているのである。

 ところで、私のES細胞研究についての見解は、1月24日の本欄などですでに何回も述べたので、ここでは繰り返さない。日本は何でも「アメリカの右に倣え」をする癖があるから、今後、iPS細胞の研究だけでなく、ES細胞研究の規制緩和への圧力が強まることが予想される。私は、受精卵を使わない前者の研究は条件付きで支持するが、ES細胞研究には反対の立場を崩すつもりはない。
 
 谷口 雅宣

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2009年3月10日

紙を使わない出版 (2)

 昨年の1月28日の本欄で「紙を使わない出版」と題して、アメリカで発売された電子本専用機のことに触れた。あれから1年数カ月たったが、3月16日号のアメリカの時事週刊誌『TIME』は、その後の電子本の“進化”について3ページの記事を載せている。それを読むと、最も有望なのは前回触れたアマゾンの「キンドル(Kindle)」の後継機である「Kindle 2」という専用機のようだ。詳しい仕様は、このサイトで見ることができる。私は早くそれを試してみたいのだが、日本への上陸はまだ先のようだ。
 
『TIME』誌の記事によると、359ドルの初代のキンドルはアメリカで約50万台売れたといい、品切れ気味の状態がまだ続いている。後継機は、初代より画面のコントラストと表示速度が向上し、電子本の収納容量が7倍に増えたため、一般的な書籍では1500冊以上が1台に収まるとか。初代同様に汎用ブラウザーがついているからインターネットが使え、テキストを読み上げる機能が新たに加わった。これで重さは約290gだ。1回の充電で2週間使えるというから、海外旅行にも持っていけそうである。こんなものが日本に上陸したら、紙製の本の売り上げはますます落ち、中小の書店は相当打撃を受けるだろう。

 すでにご存じの読者も多いと思うが、キンドルの最大の特徴は、インターネット書店のアマゾンから直接無線で、電子本のデータが入手できる点だ。つまり、電波が通じるところならどこからでも、高速で、廉価な本がほとんど無制限(1500冊)で買える。読書家の悩みである「本の置場」など心配する必要はないし、インターネットで本を探し、即注文して読めるという時代になる。それはもうアメリカでは始まっており、日本でも1年か2年先にはそうなるのだ。こうなると、“文書伝道”の方法はまったく違ってくるのではないだろうか。
 
 もちろん、紙製の本が数年先になくなるとは思わない。しかし現在、「文庫」や「新書」の形で提供されている情報のほとんどは、電子本に移行するような気がする。なぜなら、それらは手軽に1~2回読んで廃棄される種類のものだからだ。これからの我々は、この種の本は電子情報で取っておく一方、紙の手触りや手ごたえを楽しみ、あるいは美的な満足を得たいものは紙製の本として部屋に置いておく……というような使い分けをするのではないだろうか。では、現在、普及誌や機関誌のような雑誌の形で提供している情報は、いったいどうなるのだろう? この点をよく検討し、早い時期に次代に対応できる出版体制を整えておく必要を感じるのである。
 
 谷口 雅宣

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2009年3月 8日

行動を起こすこと

 今日は松山市を初め愛媛県下の3箇所(土居、宇和島)を会場として、生長の家講習会が行われた。晴天とはいかなかったものの、幸い気温も比較的暖かく、前回を上回る5,530人の受講者が参集してくださり、落ちついた雰囲気の中で会がもたれたことは誠にありがたかった。同県の幹部・信徒の方々の熱心な推進活動に、この場をお借りして心から感謝申し上げます。
 
 さて前回は、リンゴとミカンの相違点・共通点について書いたが、今日の講習会では、午後の質問の時間に「万教帰一」に関するものがいくつか出たので、生長の家では各宗教の「相違点」ではなく「共通点」を研究し、認める活動をしていることを述べた。これに対して宗教学者は、それぞれの宗教の「違い」を研究することが多いので、学問的な視点から宗教を見る場合は、「万教帰一」の考え方にはなかなか到達しにくいと思う。しかし、リンゴとミカンの例で示したように、共通点と相違点のいずれに着目するかは、正誤の問題というよりは、その人の好みや関心のありかの問題なのである。だから、学問の分野においても、各宗教の共通点に焦点を合わせた研究がもっと出てくれば、「万教帰一」の考え方が世界にもっと拡大していく可能性がある。私はそれを待ち望んでいる。
 
Mtimg090308  ところで、今日は愛媛県に行ったついでに、ミカンを扱った絵をもう1枚ご披露しよう。添えられた英語は、「行動しなければ何も得られない」というような意味だ。目の前においしそうなミカンがあっても、ただ「おいしそうだなぁ~」と思っているだけでは、それを得ることはできない。当り前のことだ。ミカンに対して、自分の方から何かアクションを起こして積極的に関わっていくことをしなければ、ミカンから何かを得ることはできない。

 これは宗教についても同じで、自分の前に「こういう宗教がある」と知っているだけでは、そこから何も得られない。聖書に記されたイエスの教えにも、次のようなものがある:
 
 「求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば、見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。」(『マタイによる福音書』第7章7節)
 
 だから、自分の意志でまず何か--例えば「本を読む」など--アクションを起こすことが必要である。そういう意味では、今日は5千人もの人が「講習会へ行く」というアクションを起こしてくれたことは、とても重要なことだと思う。それに対して今後、宗教の側から応えるリアクションが、愛媛県下でさまざまな形で展開されていくに違いない。
 
 谷口 雅宣
 

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2009年3月 7日

リンゴとミカン

 英語の表現に「リンゴとミカンは比べられない」という言い方がある。どちらも収穫の時季が違うし、味も違うし、それにともなって用途も違ってくる。リンゴは料理やパイなどのお菓子に使うのに対し、ミカンはジュースが主体だ。だから、「どちらが好きか?」と聞いて選択を迫ると、「どちらも好きだ。両方ともほしい」という意味合いを込めて、この表現が使われる場合が多い。双方の違いを強調し、どちらの存在も価値ありと認める考え方だ。
 
Mtimg090303  これに対して、ここでは共通点を認めるものの見方を提案してみた。リンゴもミカンも丸い、色も共通なものが含まれるし、大きさもわざわざ同程度に描いた。また、味わってみると、どちらにも酸味と甘味が含まれる。それに、双方とも植物の果実である点は同じだし、フルーツコンポートにも一緒に載っているではないか!……という具合にだ。このように考えていくと、「なるほど似ているなぁ~」という気がしてくる。
 
 それでは、「どちらか選べ」と言われたらどうするだろう? たぶん、違いを強調した場合よりも選びやすいのだ。
 
 谷口 雅宣

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2009年3月 6日

リンゴをどう切る?

Mtimg090302  リンゴの切り方には無数の方法がある。縦に切る……水平に切る……斜めに切る。切る位置によって、切り口の形が変わる……切り口の模様が変わる……大きさが変わる。でも、ほとんどの場合、そんないろんな切り方はせずに、大人しく、真ん中から縦に半分に切り、それをさらに半分に切り、そしてさらに半分に切る。できるだけ等分に切ろうとする律儀さは、驚くばかりだ。多分、相手がいるときは、そうする。
 
 でも今度、リンゴを1人で食べるときは、思い切って冒険してみよう。そこから新しい展開が始まるに違いない。人生の何気ない習慣も、リンゴのようなものなのだ。
 
 谷口 雅宣

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2009年3月 3日

雛祭り

 今日は雛祭りということで、わが家では“女性軍”が活躍した。とは言っても、女性は当初は妻一人だ。彼女は2週間前ぐらいから、妻の実家から贈られた雛人形を箱から出して来て床の間に飾り、それでは足りないのか、小さい置物の男女雛を2セット、どこからか出してきて、玄関のカウンターと居間のテレビの上に飾っていた。例年のことなので、私は驚かず騒がず、「もう3月だなぁ~」という感慨に浸るだけだ。が、今晩は恒例の雛祭り料理に娘を呼ぶというので、多少影響を考えた。彼女は仕事の帰りにわが家に寄って、食後に帰宅する。それだけだ。が、仕事が終わる時間が分からないので、我々夫婦は先に食事をして彼女を待つことになった。

 食事は、豪華なちらし寿司、海老とホタテのフライ、青菜の白和え、雛カマボコHinaryoriにハマグリの吸い物である。これに加えて、長崎へ行ったときにいただいた「桃カステラ」というデザートがあったから、フルコースの食事である。これら全部を用意するために、せっせと立ち働く妻のエネルギーには、男の私には計り知れないものがある。男の祭りである「端午の節句」の方は、わが家ではもうとっくに有名無実化しているというのに……「桃の節句」ではこうして伝統が守り続けられる。この辺は“男女の違い”でしか説明できそうもない。
 
 やがて仕事帰りの娘が来て、食事が始まる。私は、食卓に出され小皿が雛人形を象っているのに気づき、それを絵に描き始める。女二人は、にぎやかに会話を楽しんでいる。私はそれを聞きながら、娘が家族をもてば母親と同様に雛祭りの伝統を守っていくのだろう、などと考える。妻は、伝統行事を大切にするタイプの人間だから、「桃カステラ」のこともウィキペディアでちゃんと調べていた。長崎はカステラの本場だから、桃の実を模したカステラを焼くのだそうだ。長崎の人たちは、県外でも当然そうすると思っているらしいが、長崎にしかない習慣だという。

 もっと興味あることが、妻の持っている本に載っていた。雛祭りは「上巳(じょうし)の節句」といって、もともとは中国伝来のものだ。「上巳」とは3月の最初の巳(み)の日のことで、古代中国では「忌み日」で、川で身を浄める習慣があったそうだ。この考えを受けた日本では、この日に紙で人形を作り、これで体をなでてから、川や海に人形を流して穢れを祓う行事が行われていたという。これを「上巳の祓え」とか「雛送り」といい、雛人形の原型になったという。現代でも地方によっては、この日に「流し雛」をする習慣が残っているそうだ。しかし、この“原型”の背後にある考え方と、現在の豪華な段飾りの雛人形の考え方とはずいぶん違う。一方は忌み事、他方はお祝事だ。「伝統行事」といえども、歴史の流れの中では大きく変遷するものだと改めて感じた。
 
 谷口 雅宣
 
【参考文献】
○大泉書店編集部編『和ごよみの暮らし』(2007年、大泉書店)

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2009年3月 2日

数々のお祝いに感謝申し上げます

 私の生長の家総裁就任について、多くの方々からお祝いの言葉をいただいています。この場を借りて皆さまの御厚情に感謝申し上げるとともに、今後ますます襟を正し、神意に聴く努力を重ね、ご期待に応えられるよう鋭意精進させていただきます。ありがとうございました。
 
 昨日は、長崎県・西海市の生長の家総本山で「生長の家総裁法燈継承祭」と「新総裁襲任 立教80年生長の家春季記念日祝賀式」が、約2千5百人の幹部・信徒が参加して盛大に行われた。以下は、同祝賀式での私の話の概要である:

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 今日は、生長の家では「立教記念日」として長い間、お祝いされてきた特別の日であります。例年ならば、立教記念春季祝賀式というのが、東京・原宿で行われ、私はそこで、今日よりも少ない数の皆さまの前でご挨拶するのでありますが、今年は、ご覧の通りに、ここ長崎県西海市の生長の家総本山の出龍宮顕斎殿で、国内はもとより国外からも生長の家の幹部・信徒の代表者に大勢お集まりいただいて、「新総裁襲任 立教80年生長の家春季記念日祝賀式」というものをもつことができました。これはひとえに、生長の家の大神のご意向と初代総裁、谷口雅春大聖師、2代総裁、谷口清超大聖師の御徳によるものであり、そして皆さま方の絶大なるご支援によるものであります。誠にありがたく、感謝申し上げます。ありがとうございます。
 
 今から23年と4カ月前に、谷口清超先生は生長の家総裁の法燈を継承されましたが、その時のお言葉が『求道と伝道のために』という本に掲載されています。生長の家の地方講師の方ならば、よく読んで知っておられるご文章でありますが、きわめて重要でありますので、そのお言葉のポイントを確認したいのであります。それは「面授」ということと、「不立文字の継承」ということであります。
 
 「面授」については、こうあります--

『生命の實相』やその他の谷口雅春尊師の書物を読み、深くその真理の奥義に魂をゆさぶられ、弟子と言ったり、そうでなくても会員として幹部活動をした人は沢山いるのである。その中で「われこそは尊師の御教えを正しく継承するものである」と考える人もいるにちがいない。しかし法(大法)の継承というものは「自分がそう思う」だけでは成り立たないのである。それを道元禅師は「面授」の巻でくわしく述べられ、「師と弟子が対面して」師がそのことを認可しなければならぬ。弟子が勝手に自分で決める問題ではないと教えられるのである。勿論、世間様がきめるものでもないことは言をまたない。
 
 --これは、谷口雅春先生から清超先生へ、生長の家総裁の法燈が「師と弟子が対面して」継承されたことを述べておられる文章の中に出ている話であります。これが生長の家の伝統であります。「大法」といわれるような宗教的真理の神髄の継承は、師と弟子とが直接会って、対面して引き継ぐのでなければいけないということです。道元禅師の『正法眼蔵』の中には、それが「面授の巻」として独立した一章を設けて詳しく書かれているのであります。それを清超先生は解説されて、次のように説いておられます--
 
 おおよそ仏祖の大道は、唯面授と面受あるのみ、受面と授面あるのみである。これ以外に余分の法はない。そこに何らの欠落はなく、まさに正法眼蔵そのものである。この面授の、あうにあい難い面授にあった自己の面目は、まさに何ものにも替え難く、随喜し、懽喜(かんき)し、信受し、奉行すべきものである」(『正法眼蔵を読む』下巻、p. 250)

 このように、真理の神髄の継承は、師と弟子との直接対面によらなければならず、それは奇蹟的に素晴らしいことだと書かれているのであります。また、「継承」ということについては、次のようにあります--
 
 世の中には「継承」ということを何か誤解している方もいらっしゃいまして、谷口雅春先生のお説きになった一言一句をその通りまたくり返しお伝えするのであろう、かの如く思われる方もおられるかもしれませんが、実はそういうものではないのであります。つまり、教えの神髄の不立文字をお伝え頂き、それを継承するということでありまして、これはお釈迦さんが霊鷲山(りょうじゅせん)上において迦葉尊者に「吾れに正法眼蔵、涅槃妙心、実相無相の微妙の法門あり、摩訶迦葉に付属す」と言われた時、金波羅華の花を捻られて一言もおっしゃらず、こう目くばせして“揚眉瞬目”(ようびしゅんもく)、眉をあげて目をぱちぱちっとさせて衆生を見渡され、こう何か意味ありげに見まわされた時に迦葉尊者だけが破顔微笑したというので、お前に正法眼蔵を譲ったぞとおっしゃった。
 
 --このあとに、また次のように説かれています--

 この真理は言葉では尽くせないがお前に譲ったぞということでありまして、この事は先生のお説きになられました一言一句をまたくり返し説けということとは違うのであります。
 継承とか嫡々相承ということはそういうことではないんです。例えば、明治天皇様が大正天皇様にお位をお譲りになる、あるいは大正天皇様が今上陛下にお譲りになるという事は、「わしと同じ事をお前達はせよ」ということではなかったのです。真理というのは、その時その時に応じて色々な相(すがた)をもって展開されねばならない。(『求道と伝道のために』p.6)
 
 私は、このように定められた生長の家の伝統に則って、谷口清超先生から面授によってこの真理の大道を継承させていただきました。そしてただ今、住吉大神の御前で大真理の眼晴(がんせい)の継承を祈念申し上げました。したがって、これまた清超先生から教えられたように、私は先師の一言一句を繰り返すというのではなく、時代や環境の変化に応じて、いろいろな姿をもってこの運動をさらに積極的に展開していきたいと念願するものであります。

 さて、このほど今日の法燈継承を記念いたしまして、生長の家から私の随筆集を出させていただきました。『目覚むる心地』というタイトルです。「目覚める」というのが我々が使う普通の口語ですが、このタイトルが「目覚むる」という文語体になっているのは、兼好法師の『徒然草』から取っているからです。これがどういう意味かという詳しい話は、これと同じ題で書かれた文章が本の中にあるので、それを読んでください。今日は、そういうことよりも、この本を出した意図について少しお話したいのです。
 
 私は2001年ごろからブログを書いていることは、大抵の人はご存じと思います。この本は、そのブログの文章の中から、私の私生活とか、私的な感想、随想などを集めて1冊にまとめたものです。かつて、『ちょっと私的に考える』(1999年)という本を出しましたが、それと似た側面があります。が、違っているのは、『ちょっと私的……』に収められた文章は長いのですが、この本には、ブログですから、短文が多く集められているという点でしょう。それで、どうして今の時期に私が「私的な内容」のものだけを本にしたかということですが、これについては、この本の「あとがき」で説明しています。一部ですが、その文章をご紹介いたします:
 
 (同書、pp. 290-292 朗読)
 
 まあ、こういうわけで、「今度、生長の家総裁になった谷口雅宣というのは、どんな人間か?」という疑問に応えるために、この本を出していただいたのであります。ここに収められた文章は、古いものは2001年1月、新しいものは昨年の12月まで、8年間に書いたもので66篇あります。内容は難しくないはずですから、ぜひご一読いただいて「私」という人間を知っていただき、ちょっと気に入らない面があっても、ご容赦いただきたいのであります。現象人間としての私には、まだまだ不完全な部分があります。実相顕現の運動は、公的にも私的にも展開される必要があるのです。
 
 そこで、公的な面での話にもどりましょう。
 ご存じのように、現在の世界には、経済的危機と地球環境の危機とが同時に訪れています。23年前に、谷口清超大聖師が生長の家総裁を継がれたときとは、また状況がかなり違っています。生長の家も2年前から、“自然と共に伸びる運動”を実現しようとして、これまでの大量生産・大量廃棄ならぬ、大量動員・大量宣布の方法や、その他の様々な運動の取り組みを見直し、新しい運動構築に向かって進んでいます。これを成功裏に実現するためには、本部サイドの努力はもちろん必要ですが、皆さま方の叡智と独創性も大いに必要です。
 
 しかし、有り難いことに、私たちは実相世界の実在を教えていただいています。神の創造された世界には“善きものすべて”があるということです。そこには、“自然と共に伸びる世界”がすでにあるのです。私たちがこれから、実相世界のアイディアを正しく受信し、それを現象的に正しく表現することによって、この実相の“住吉の世界”は地上に必ず顕現してくるでしょう。その偉大なる運動を皆さまとともに、喜びをもって展開していくことをここ、龍宮住吉本宮の前でお誓いして、今日の記念すべき日の私の言葉といたします。皆さん、本日は誠にありがとうございました。
 
 谷口 雅宣

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2009年2月28日

花はただ与える

 昨日から今日にかけて、長崎・西海市の生長の家総本山で「代表者会議」というのが行われた。出席者は約780人で、日本国内はもちろん、ブラジル、アメリカ、ヨーロッパなど海外からも代表者が集まってくださった。会議では、4月から始まる新しい年度の運動方針について詳しい解説があり、質疑応答などが行われた。内容は、専門的になるので省略する。

Mtimg090227  昨日は宿舎で、空いた時間を使い、飾られている花のいくつかをスケッチした。花を見ていると、いろいろな思いが去来する。花は色と香りで虫を誘い、受粉してもらって実をつける。これはもちろん、子孫を殖やすための“戦略”でもあるのだろうが、その実は豊かな栄養を鳥や動物たちに提供する。そして、鳥や動物は食べた実に含まれる種を遠方に運んで、植物の繁殖の手助けをする。種が発芽し成長すれば、また美しい花が咲いて、昆虫や鳥がやってくる。そんな「ただ与える」生き方をする植物たちが、美しくないはずがないと思うのだ。
 
Flowers attract bugs to pollinate and bear fruits, which give nutrients to propagate seeds, which, then, sprout and grow to bloom. They just continue to give.

 谷口 雅宣
 

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2009年2月23日

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