読者の皆さん、新年明けましておめでとうございます。
旧年中は、本欄を通じて多くのご支援、ご鞭撻をいただいたことを心から感謝申し上げるとともに、本年も従来にも増してご愛顧くださりますようお願い申し上げます。また、昨年の父の昇天に際しては多くの方々から暖かい励ましのお言葉を賜りましたこと、感謝にたえません。さらに12月の追善供養祭には、多くの皆さまがインターネットを介してご出席くださり、法恩と故人の生前の御徳を共に偲び感謝する機会がもてましたことを、心から御礼申し上げます。生長の家では人間の生命は永遠であると信じますが、世の中の習慣に従い、賀状でのご挨拶は控えさせていただきました。
今年は「丑年」ということで、張子の赤ベコを登場させました。ちょっとブタのようにも見えますが、“本人”はあくまでも牛のつもりで張り切っています。今日は、穏やかな晴天の下、午前10時から東京・原宿の生長の家本部会館ホールで新年祝賀式が挙行され、私は概略、次のような挨拶をさせていただきました--
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皆さん、平成21年、2009年の新年が明けまして、誠におめでとうございます。
昨年1年は、実に変化の大きい年でありました。これは世界経済が大きく変動しただけでなく、国際政治にも大きな変化が起こっていて、これが早晩、日本の政治や経済にも大きく影響すると思われます。現在、私たちが経験してる変化には、次の3つの大きな流れがあると思います--
①文明の移行期にある
(化石燃料を基礎とした地下資源文明から自然エネルギーなどの地上資源文明への移行)
②アメリカの一極支配から多極化の時代への移行
③世界のキリスト教からイスラームへの移行、
しかし、これらの変化はすべて“人間社会”でのことです。このような大きな変化がある中でも、1年は365日で終り、また新たな年の元旦が来るという暦の繰り返しは変わらないのであります。これは、地球と太陽との関係に変化がないからです。春夏秋冬は相変わらず繰り返され、それに伴って自然界は一定のリズムを保ち、人間も自然の一部として、肉体の機能の中にこの不変のリズムが刻みこまれています。これは地球温暖化が進行しても、大きくは変わらないと思われます。ですから、この現象世界では“不変のリズム”の中で変化が起こりつつあるということが分かるのであります。
このような環境の中では、変化に適切に対応しなければならないことはもちろんですが、その「適切な対応」とは、変化の背後にある“不変のリズム”を正しく把握して行わなければ難しい。これは、揺れているブランコの上でお手玉をするようなものです。自分の乗っているブランコの揺れ方をしっかりと把握しておかねば、お手玉は下に落ちてしまうのです。そういう意味で、この21世紀初頭の変化の時代でも、古人の知恵に不変のものを見出してそこから学ぶことは非常に重要だと思います。
今年は「丑年」ということなので、動物の牛に因んだ諺を、今日は2つ引用したいと思います。
①黒牛(こくぎゅう)白犢(はくとく)を生む
②牛の歩みも千里
最初の諺は、「塞翁が馬」というのと似た意味です。この世のめぐり合わせ、吉凶禍福はどう変わるか分からない。吉が必ずしも吉でなく、凶も必ずしも凶ではないということ。黒い牛が白い子牛を産むこともある。2番目の諺は、「牛の歩み」というのは「牛歩戦術」などとも使われますが、「ゆっくりとした歩み」ということです。そういうスローペースであっても、何事も怠らずに努力を続ければ、結局「千里」を行くことができる--つまり、大きな成果を挙げられるという意味です。
「牛の歩み」の方は分かりやすいのですが、「黒牛白犢」の方は多少複雑なので説明が必要でしょう。これは『列子』という中国の古典にあるものです。こんな話です--
宋の国に三代にわたって徳行を積んでいる人がいた。その家の黒い牛が白い子牛を産んだというので、孔子様に尋ねたところ「めでたい」と言ったので、子牛を天帝に寄贈した。ところが1年後、その家の主人が失明してしまった。このあとまた、飼っていた黒牛が白い子牛を産んだので、主人は再び孔子に吉凶を尋ねたところ、「めでたい」という答えだったので、また生まれた子牛を天子様に贈呈した。すると1年後、今度は息子の方が失明してしまった。その後、楚の国が宋を攻めて城を取り囲んだため、健康な男のほとんどは兵に取られて戦士した。しかし、この親子は目が見えなかったために戦争に加わらず、生き残った。そして、楚が引き揚げると、親子の目が見えるようになったという。
このように、人生に起こる吉凶禍福は、何が本当の吉で何が本当の凶かは、軽々に判断できないということです。逆に言えば、我々が普通に考える“不幸”も“幸福”も、結局我々の心の影であるということです。このことは今、世界の自動車産業が直面している変化を見るとよく分かります。
“ビッグ3”の経営危機が問題になっていますが、これは地球温暖化と石油資源の枯渇という2つの大きな流れを読むことができなかった、アメリカの自動車産業の対応の誤りであると言えます。しかし、これは今だから言えるのであって、10年ぐらい前は、大型で燃費の悪い、しかし馬力のあるアメリカの自動車はどんどん売れていたのです。また、アメリカではガソリンへの税金が少ないので、燃費の悪さも家計への負担にならなかった。それに比べて日本では、ガソリンへの税負担が大きく、そのために燃費の良い自動車を開発しなければ消費者が買ってくれないという、メーカーにとっては“不利”な条件が課されていたのです。
しかし、この一見“不利な条件”が課されていたために、日本のメーカーは必死になって小型化や軽量化などをして燃費の改善に取り組み、優秀なロータリー・エンジンとかガソリンと電気を使う“ハイブリッド動力”などの画期的な技術を開発した。そして、今の産業全体の流れを生み出し、“ビッグ3”を追い越してしまったのです。一見“不幸”と見えた条件が“幸福”を生み出しているのです。しかし、この“幸福”は一朝一夕で実現したのではなく、諺の言葉を借りれば「牛の歩みも千里」に達するという信念のもと、コツコツと努力を積み上げていくことで本当に“千里”(大きな成果)に達したわけです。
このように考えれば、我々の目の前にある“不幸”や“不運”などは、実は次の時代の“幸福”や“幸運”につながっていることが分かります。別の言葉で言えば、本当の意味での“不幸”や“不運”などは存在しないのです。それは、我々の適切な対応を引き出すための“呼び水”であり、“招待状”である。我々はその招待状に書かれた言葉を正しく理解し、正しい方向に舵を切り、そして「牛歩千里」の信念のもとに努力を積み重ねていくことで“幸福”をつかむことができるのです。
谷口雅春先生の『真理の吟唱』には、このことを力強く宣言するお祈りの言葉がたくさん書かれています。特に、この中の「人生の苦難を克服する祈り」「困難を克服して伸びる祈り」「無限の富者となる祈り」などをお読みになれば、私たちは困難の中にあっても、大いに伸びる「黒牛白犢」の知恵を得られると思います。時間の制約もあるので、ここでは3つの祈りを全部ご紹介できませんので、3番目の「無限の富者となる祈り」だけを朗読いたします--
(「無限の富者となる祈り」を朗読)
それでは皆さま、今年も神想観をしっかり実修して神様のアイディアを受信して“正しい方向”を目指しながら、実相顕現の運動と神性表現の生活を明るく、コツコツと続けてまいりましょう。これをもって新年のご挨拶といたします。ご清聴、ありがとうございました。
谷口 雅宣