2011年9月 2日

台風に先駆けて広島入り

 大型の台風12号が接近しているため、4日に開催される広島市での生長の家講習会へ行けなくなるリスクを考えて、2日前の今日、広島入りをはたした。急遽変更した午前9時45分羽田発のJAL1605便に妻とスタッフ一行が乗り込んだ際、中国地方はすでに暴風に見舞われていたため、同機は「着陸できない場合は羽田に引き返す」という条件づきで離陸した。講習会へ行くための旅では、1年にだいたい1回、こういう“非常事態”に遭遇する。それでも、過去からずっと「行けなかった」という例はなかったから、今回もそれほど心配していなかった。が、搭乗機が広島上空にさしかかると、機体がククッと吊り上がったり、グッと落ちたりするような上下動がひんぱんに起こり、機体が左右に揺れ動く。機長は出発時のアナウンスで「着陸をやり直すこともある」と言っていたから、さすがに緊張した。そして、広島空港に無事着陸したときは、妻と2人で遠慮がちに拍手をしたのだった。
 
 今回の台風は、大型であるだけでなく、進行速度が遅いから、一箇所に大量の雨をもたらす“雨台風”である。大型なのは、風速15m以上の強風域が半径500km以上の広範囲にわたるからだ。また、いわゆる“台風の目”が中心から100km付近まであって、ドーナツ型をしているのが特徴らしい。私たちは昼ごろに広島市内のホテルに到着したが、雨はまだ小降りの状態だった。しかし、熱気のある強風が吹き荒れていて、「なるほど台風が来ている」という実感がした。が、本当はこのときは、台風の大きなドーナツ型の雲の北側の端が広島市に触れている程度の段階で、夜から翌日にかけてが荒天のピークになる、とテレビの天気情報は伝えていた。
 
Hiroshimamuse  昼食後の午後の時間、私たちはホテルのすぐ向かい側にある「ひろしま美術館」へ出かけ、絵画の鑑賞をした。講習会の旅先で美術館へ行くことは珍しくないが、その際は、講習会後、帰途につくまでのわずかな空き時間に、駆け足状態で鑑賞することになる。が、今回は時間の心配をしないで鑑賞できた。「フランスを中心とするヨーロッパ美術」の展覧会をしていて、マネ、モネ、ルノワール、ゴッホ、ロートレック、ピカソ、マティス、ローランサン、シャガールなどの作品を堪能できた。今回の台風では洪水の被害などが多く出ているが、私は台風に感謝したい気持になった。しかし、講習会の推進や準備に取り組んでいる当地の人々は、さぞ大変なことだと思う。皆さんが、無事に講習会当日を迎えられることをお祈りする。

 谷口 雅宣

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2011年9月 1日

人間の“死”の意味

 私は生長の家講習会で「神は悪をつくりたまわず」という話をするとき、「死も悪ではない」ことを例として使うことがある。これはもちろん“肉体の死”のことで、その前提として「人間は肉体ではない」という教えが説かれなければならない。つまり、肉体の死は必ずしも“悪”ではないということだ。すると、驚いたような顔をする人がいる。しかし、私がそう言ったあと、肉体が死ななくなったときの社会を想像してほしいといって、超高齢化社会の到来、人口爆発の問題、社会や企業・団体・家庭における世代交替の必要性、医療費の負担問題などを挙げると、納得してくれたような顔になる。肉体の死は、このように現象世界の秩序維持のためには必要なのである。
 
 が、もちろん、人間が自分や近親者の死を感情的に受け入れることはなかなか難しい。それは、自分が最も大切だと考えかつ信じてきたものが、肉体の死によって永遠に失われると考えるからである。が、ほとんどの宗教が、「肉体の死は人間の終わりではない」と説いている。生長の家の場合、「死はナイ」という端的で強烈な表現によって、多くの人々を死の不安や悩みから救ってきたのである。

 この“肉体の死”は文明にとって必要だと訴える意見が、30日付の『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』紙の論説面に載っていたので、興味深く読んだ。書き手は哲学者であり、外交官でもあったスティーブン・ケイヴ(Stephen Cave)というイギリス人だ。ケイヴ氏は、哲学のみならず心理学、脳科学、宗教の分野の知識を駆使して、人間の文明を動かしている根源を探求した『Immortality(不死)』という本を書き、これが来年春の発売前から話題になっているらしい。この論説は、その著書の主旨をまとめたものという。

 それをひと言で表現すれば、「人間は“死ぬ”という意識を克服するために文明をつくり出してきた」ということだろうか。別の言い方をすれば、もし“肉体の死”がなくなってしまえば、それは“文明の死”でもあるというのだ。イギリスではBBCテレビが『トーチウッド:奇蹟の日』という連続ドラマを夏休みの期間にやっていて、これが9月で終わるらしい。このドラマの中で「奇蹟」と読んでいるのは、死がなくなることだという。ケイヴ氏によると、大方の予想とは異なり、人類は死の消滅による人口過剰の問題を物質的には克服することができるが、心理的にはそれができないという。その理由は、人類の文明は「不死」を実現しようとする情熱によって形成されてきたからだという。

 この“不死への情熱”が宗教を生み出し、詩を書かせ、都市を建設させるなど、我々の行為と信念の方向性を決定している、とケイヴ氏は言う。このことは、昔から哲学者や詩人によって言われてきたが、科学的な検証は、最近の心理学の発達によって初めて可能になってきたらしい。この論説には、その初期の実験の1つが紹介されている。
 
 それは1989年に始まったアメリカの社会心理学者たちの研究で、これによって「自分は死ぬ」という事実を思い出すだけで、人間は政治的、宗教的考え方を大きく変えることが分かったという。この研究は、アメリカのアリゾナ州ツーソン市の裁判官たちの協力のもとに行われた。この裁判官のグループのうち半数には、心理テストを行いながら「自分は死ぬ」ということを思い出させ、残りの半数にはそうしなかった。その後、彼らがよく扱うような売春をめぐる仮想の事件を判断させたという。すると、死について思い出した裁判官たちは、そうでない裁判官たちよりも重い--平均で9倍もの--罰金を科す判断を下したという。

 この結果をどう解釈するかが、興味深い。ケイヴ氏によると、この実験の背後にある仮説は、「我々人間は、死は避けられるとの感覚を得るために文化や世界観をつくり出す」というものだ。しかし、死はいずれやってくるから、それを思い出した人間は、自分の信念に以前より強固にしがみつき、それを脅かすものに対して、より否定的な態度をとる、と考えるのである。だから、これまでにも売春を罪として裁いてきた裁判官は、自分の死を思い出すと、その科料を引き上げることで、裁判官としての信念や世界観を守り通そうとするわけだ。
 
 「恐怖管理理論(Terror Management Theory)」として知られるこの仮説は、シェルドン・ソロモン(Sheldon Solomon)、ジェフ・グリーンバーグ(Jeff Greenberg)、トム・シジンスキー(Tom Pyszczynski)という3人の心理学者によって提唱され、これまで400例を超える検証が行われてきたという。その分野も宗教から愛国心にいたるまで幅広く、検証の結果は一貫して正しいことが認められているという。つまり、我々の考え方のある要素は、死への恐怖を和らげる必要から生まれる--言い換えれば、我々の文化や哲学、宗教などの様々な心理体系は、我々が「死なない」ことを約束するために存在するというのだ。
 
 こういう観点から世の中を見てみると、なるほどとうなずけることが多い。ケイヴ氏は、エジプトのピラミッドやヨーロッパ各地の大聖堂、現代都市にそびえる超高層ビル群などを例として挙げているが、これらの物理的な構築物が“死を超えた世界”を描いているだけでなく、そういう建物の中で説かれる教えや、そこに設置される施設、そこで提唱されるライフスタイルも、「死後も生きる」ことや「死の到来を延期させる」希望によって彩られている、と考えることができるのである。
 
 このように見ていくと、今後、再生医療やアンチエージング医療が急速に進歩し、もし本当に “肉体の死”がなくなる日が来たとしたら、人間は死の恐怖から解放されるから、これらすべての文化的、宗教的、社会的な営みの原因も消滅し、人類の文明は崩壊することになる。だから、人類がこれまで“不死の薬”の開発に成功しなかったことに我々は感謝すべきなのだ--これがケイヴ氏の結論である。
 
 谷口 雅宣

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2011年6月18日

コスタリカから愛を込めて

 中米の国、コスタリカでシニアボランティアとして活躍している武山久恵さんが、14日の本欄にコメントをつける形で、同国の有志が東日本大震災に遭った我々への激励のメッセージを動画で作成してくれたことを教えてくれた。本欄へのコメントという形では読者の目につきにくいので、ここに彼女のメッセージとともに掲載することにした。以前、香港の人々からの感動的な動画メッセージを紹介したが、このようにして世界各国の人々が日本の復興と再起を望んでくれていることを知り、胸が熱くなるのは私だけではあるまい。感謝合掌。
 
 谷口 雅宣

--以下、武山さんのコメント-------------------------

 コスタリカという小さな中米の国でJICAシニアボランティアとして2年間夫とともに活動しております。コスタリカ大学の高齢者のためのコースの活性化が任務です。

 コスタリカは非武装で、エコツーリズムの発祥地で、1月には秋篠宮殿下夫妻もお見えになりました。
3月に日本支援のDIA DE  ARIGATOという、大きなチャリティイベントも開かれ、1万人以上が来場しました・
この6月に日本への素敵な応援ソングができました。

 以前総裁先生が 『雨にも負けず』を香港の方たちが作ってくださり、私も授業で使わせていただきました。そのことを思い出し、ご紹介させていただきたいと思います。

歌詞が素敵です。

  いろいろあるさ、
  失う時、
  苦しい時、
  でも光は来る、
  最後に必ず、
  苦しみが終わり、
  愛がやってくる、
  灰色が過ぎ去り、
  再び色づく、
  愛の海、
  コスタリカからの心からの愛、
  愛の海……

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2011年6月17日

“新しい文明”の構築へ向かって

 今日は午前10時から、長崎県西海市の生長の家総本山の谷口家奥津城前で、谷口雅春大聖師二十六年祭がしめやかに執り行われた。この日、同本山では東京第一、群馬、山梨、京都第一、奈良、新潟北越、島根、宮崎の8教区からの団体参拝練成会が行われており、年祭にはこれら練成参加者と地元長崎北部の信徒など約690人が参列した。私も妻と共に参列し、玉串拝礼、聖経一斉読誦のあと、概略以下のような挨拶をした:

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 皆様、本日は谷口雅春大聖師の二十六年祭に大勢お集まりくださり、有難うございます。今日はあいにくの曇天で、朝方は小雨もぱらつく天気でしたが、ちょうど26年前の今日も、こんな天気であったことを覚えています。しかし今年は、いつもの年とは違うようです。ご存知のように、3月に東日本大震災と原発事故があり、そこからの復興や復旧がはかばかしく進まない現状があり、日本の政治も経済も正常とは言えない状態が続いています。

私は4月に谷口輝子聖姉の二十三年祭でここへ越させていただきましたが、その際は、「針供養」の話をいたしました。裁縫で使う針の、古くなったものを感謝の気持ちを込めて供養する習慣です。それは、輝子先生がどんなにものを大切にされたかという話でした。そして、そういう伝統行事をもつ日本人は、有機物も無機物も大切にしてきたのだから、現代の我々もエネルギーのムダ遣いや電力のタレ流しなどやめて、“新しい文明”への転換を進めていくべきだとお話ししました。これは、『聖使命』紙の6月1日号に載っています。

 このことは、「物質はない」という生長の家の教えとも深く関係しています。谷口雅春先生は、「物質はない」という意味は、一見物質のように見えるものでもそれは神の命の表れ、仏の現成であるから、感謝して大切に使えと教えられました。「物、物にあらず、物と言うなり」ということです。この世界を物質の集まりだと見、それらの金銭的価値に心を捉えられた生活をしていると、それらすべてを無に帰してしまうような今回の大震災に遭い、物質以外のものの大切さを痛感させられるものです。今、日本全体が、物質的繁栄を追求してきた戦後の生き方を見直し、自然とともに生きる“新しい文明”の構築に向かって歩き出さねばならない時期に来ているのであります。

 生長の家は、その“新しい文明”とは、日時計主義のものの見方から生まれると考えるのであります。日時計主義とはご存知のように、谷口雅春先生が『生長の家』誌創刊号で提唱された「人生の光明面を見る」生き方のことです。皆様方も団体参拝練成会などでそれを学んでおられますが、この思想は世界に通用する立派な哲学であり、宗教的にも深い信仰に根差すものです。そのことについては、私も本などで詳しく説明していますが、今日は雅春先生のご著書から学ぼうと思います。

 昨年のこのお祭の際、私は『信仰の科学』という先生のご本を紹介しましたが、今回もそこから引用したいと思います。この本は数ある雅春先生のご著書の中でも、「外国人との共著」であるという点で珍しい一冊です。ですから、ここに書かれたことは「文化の枠を超えている」と言えるのです。今風の表現を使えば“グローバルスタンダード”になり得る内容が、ここにあります。この本で説かれていることの1つが、日時計主義のものの見方なのです。このことは昨年もお話しましたが、今日はもっと具体的に紹介したいと思います。なぜなら今、日本の経済と政治は、大きな転換点にあるからです。日本だけではありません。大震災と原発事故を経験した日本が、今後どのような方向に向かうかは、世界が注目しています。いや、すでに世界の一部では大きな変化が起こっています。今後この変化が、正しい方向に向かうのか、それとも間違った方向へ進むかで人類の運命が変わってくるのです。
 
 『信仰の科学』の第2章で雅春先生が注目しているのは、「神の国は汝らのうちに在り」(『ルカによる福音書』第17章21節)という有名な聖書の句です。また、「古き天と古き地とは過ぎ去り」(『ヨハネの黙示録』第21章1節)「われ一切(すべて)のものを新たならしめん」(同5節)という聖句も取り上げて、それらに共通する意味について先生は解説されています。
 
 ところで、この生長の家総本山に来られた方は、ここの自然の美しさに感動して、この地を“聖地”だと形容する人がいます。しかし、生長の家では、現象世界に“聖地”があるとは教えません。地球上の地理的な一点に実相世界があるなどとは説きません。ですから、皆さんもこの本山のことを「聖地だ」とは言わないでください。自然の美しさに感動してそう言いたくなる気持は分かります。しかし、その場合は「聖地のようだ」と言ってください。それならまだ容認できます。冗談を言っているように聞こえるかもしれませんが、“聖なる地”や“神の国”や“天国”がどこにあるかという問題は、宗教上も大変重要なので間違いのないようにお願いいたします。
 
 谷口雅春先生は、『信仰の科学』の中で、「神の国」や「天国」がどこにあるかについて、次のように教示されています。引用します--
 
「キリストの言葉の真義は、全世界が、否、全宇宙が、天地万物一切のものに生命(いのち)を賦与する力を持つところの神の愛によって溢れるばかりに満たされているということなのである。心の眼が開いていない者にとっては、天国とは何か日常とかけ離れた異常のものであり、朝顔の花の開花とか日の出などというような日常茶飯事とは、何の関係もないと考えるかも知れぬのである。彼等は“朝顔が三輪咲いている”というただその事実そのものの中にすら、見出すことのできる神の国を理解することが出来ぬのである。もしあなたの友人が、“いいね、太陽が美しく輝(て)っている”とあなたに話しかけた場合に、あなたは“そうかね、太陽が照っていたって、われわれとは何の関係もないことだ。彼はただ自分の役目を果たしているだけだ。太陽が輝(て)っているそのことが、なぜそんなに愉(たの)しいんだ”と答えるだろうか。天国はこれに心の眼を閉じている者の前には姿をあらわさぬのである。それ故に天国を見出すためには、貴方の心の眼は開かれねばならぬのである。心の眼が開かれている者にとっては、神の愛は至るところに遍在し給うのである。彼等は親の愛を感じ、子の愛を感ずることが出来るのであり、こうして彼等は天国を至るところに見出すことが出来るのである。」(p.54)
 
 こういう先生の言葉を読むと、私たちが今、練成会や誌友会などで、日時計主義の実践として絵手紙や絵封筒をを描いたり、俳句を詠んだりしていることの意味がお分かりになると思います。私たちは普通、効率優先で左脳を主体にした生活をしていることが多いので、ものを素直に見たり、聴いたり、感じたりすることを忘れがちです。すると、周りの世界にすでに与えられているものが見えない、聞こえない、感じられない。それで不満を抱いて、どこか別の所から何かを持ってくるべきだとか、逆に、自分が別の場所へ行けばもっと幸福になるだろうとか、あるいはもっと別の社会にすれば感動が得られるだろうなどと思う。そういう“迷いの心”を捨てて、まず今、目の前にすでに与えられている神の恵みを見よ、感ぜよ、聴け、味わえ、という観の転換のための実践……これが「技能や芸術的感覚を生かした誌友会」などの役目です。
 
 しかし、皆さんの中には、そういう芸術的実践の意味はわかったけれども、それをすることと家庭問題や就職問題の解決、あるいは病気の治癒とは関係がないと思う方もいるかもしれません。しかし、雅春先生は、この日時計主義のものの見方と実践が、人間関係の調和とも大いに関係がある、と説かれています。その部分を引用します--
 
「もしあなたが、一輪の名もない野の花の中にすら、天国を見出すことが出来るならば、あなたの夫や妻の中に、そして息子や娘の中に、天国を見出すことは、いかにいっそう自然であることであろう。もしあなたが一茎のわらびの中にすら、“あっ、ここにわらびが一本新しく生まれている”と叫んで、新たなる悦びを見出し、このようにして、それがもつ神秘的な美しさに目覚めるならば、自分の妻や子供に大きな悦びを見出さぬということは決してあり得ないのである。もしそうであるならば、あなたの家庭は何と仕合せなことだと思う。このような家庭に住む人たちは決して互いに倦(あ)きることはないのである。もしあなたが夫や妻や子供に対して、倦怠を感じるならば、それはあなた自身が生まれ変っていないことを示すのであり、それで、あなたは全てのことを新鮮味がなく陳腐に感じざるを得なくなっているのである」。(pp.59-60)

 このようにして、すでに与えられているもの、人々、人間関係……などの光明面に注目し、そこから“神の国”や“聖地”を感じる生き方--それが生長の家の生き方なのであります。こういうものの見方、生き方が多くの人々の間に広まっていけば、物やエネルギーを浪費する生き方や、「もっと欲しい」「まだ足りない」という精神的飢餓感から、私たちは解放されるのです。そして、もっと自然と調和した“新しい文明”の構築へと進むことができます。そういう運動を、日本から起こしていかなければなりません。今がそのチャンスです。ぜひ、皆さまと共に、この“神の国”の実現運動をいよいよ強力に、そして心を込めて推進していきたい。
 
 谷口雅春大聖師の二十六年祭に当たり、所感を述べさせていただきました。ご清聴、ありがとうございました。
 
 谷口 雅宣

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2011年5月 4日

早春に舞いもどる

 休暇をとって山梨県・大泉町の山荘に来た。東京を朝の6時過ぎに出て、9時半ごろ着いた。高地のため、まだサクラも咲いていない。が、やっと緑が広がり始めた土の上にタンポポが点々と黄色い花を散らし、フキノトウが花をつけて空を見上げているし、ツクシがつBranches んつんと天を突く。早春を再び体験できるというのも、いいものである。山荘に着き一服したあと、裏山のカラマツ林の様子を見に行った。近ごろは山荘へ行く機会も少なく、手入れをしていないので、林地が荒れていることは分かっていた。が、カラマツの枯れ枝が大量に落ちていて見苦しかったので、少し整備することにした。小一時間、独特に湾曲したカラマツの枝を拾い集め、2つの“山”を作ったところでくたびれた。“森の中”へ移転した後には、こういう作業をきちんとやる必要があるから、一種の“予行演習”としてやってみたが、なかなか手強いと思った。
 
 午後に、手作り家具の工房を見学した。前もって計画していたわけではなく、道路脇で出ていた看板を見て、ふと興味をもったのである。大泉町近辺には家具や工芸品を作る人が結構住んでいて、過去にも2~3カ所を覗いたことがあるが、今回の工房(と言うよりは、工房の経営者)には少し驚かされた。大きな一枚板のテーブルや椅子を作るだけでなく、本格的な漆塗りもする。それだけでなく、農業もし、趣味として植木や山野草を育て、ミツFukinotou バチも飼っている。ご主人も奥さんも気さくな人で、こちらから聞かなくてもいろいろ説明してくれる。それでわかったのだが、ハチミツには大抵、「アカシア」とか「レンゲ」など花の名前がついていて、普通はそういう花の蜜だけを集めて作ったと考えるが、それほど厳密なものではないそうだ。周囲にアカシアの花が咲いているときにハチが集めたものが「アカシアの蜜」とされるのだという。別の花の蜜が混じっている可能性はあるということだ。また、セイヨウミツバチはスズメバチにやられるが、ニホンミツバチはやられないらしい。
 
 年を重ねるほどに、自分の知らないことがどんなに多いかが分かる。“森の生活”の入門者には、学ぶことはいくらでもあるのである。
 
 谷口 雅宣

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2011年4月24日

物を大切にする心

 今日は午前10時から、長崎県西海市の生長の家総本山で「谷口輝子聖姉二十三年祭」が行われた。私は前日から妻とともに長崎入りして、御祭にそなえていた。前日は好天だったが、今日は朝から雨模様で奥津城前での年祭の執行が危ぶまれたが、幸いにも9時ごろから雨は上がり、やがて薄日が差すようになった。参列者は、同時期に行われていた長寿ホーム練成会の参加者と、地元・長崎県の信徒の人々など200人強だった。御祭の後、私は概略次のような挨拶をさせていただいた。

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 皆さん、本日は谷口輝子先生の二十三年祭に大勢お集まりくださいまして、ありがとうございます。本年は3月11日に東日本大震災が起こり、その影響で原子力発電所が事故を起こし、余震もまだ続いている中で、放射線被害が一向に収まらないなど、大変な状況が続いているのですが、ここ生長の家総本山には例年のように穏やかな春が訪れていることは、誠にありがたいことであります。昨夕も、本山で採れたタケノコや山菜をおいしくいただきました。

 このように、自然というものは、通常は人間にとって喜びや楽しみを与えてくれるものですが、人間の側が自然を無視し、あるいは自然を犠牲にして人間だけが繁栄しようとして無理なことを試みると--厳しい姿を示して我々を戒める--そのように感じられる現象が出てくるのであります。私は今回の震災後に、「自然と人間の大調和を観ずる祈り」というのを発表しましたが、そこにもあるように、自然と人間とは本来一体であり、人間は自然の一部であることを忘れてはいけない。その自覚を失った生活をしていると、その心の表れとして「人間と自然がぶつかり合う」ような悲惨な災害が生じることがあるのです。これは「天罰が下る」のではありません。生長の家では天罰を下すような神を信仰しません。そうではなく、人間は自然の一部であるから、自然に対してもっと謙虚であれということです。人間は素晴らしい力をもっているが、自然は人間よりはるかに大きな力をもっていて、人間の想像を超えた現象をあらわすということです。

 しかし、今回の震災は、本当は人間の想像を超えてはいないのです。このことは、ブログにも書きましたが、東北の三陸地方には、沖合を震源地とする大地震で何回も大津波に襲われてきた歴史があるのです。比較的最近では、明治29年6月にM8.5の大地震。これは、その後に襲った大津波で1万戸近くの家屋が失われ、2万人以上の死者が出ている。また、昭和3年3月にも三陸沖で地震があり、平均で20mの波高の津波が押し寄せ、死者不明者3千人が出ている。それから、これは『ニューヨークタイムズ』も紹介していましたが、東北の太平洋岸の高台には、今でもいくつもの石塔や石碑が立っていて、昔の人が津波の危険を記した文字などが刻まれているそうです。ところが現代人は、そういうご先祖の警告を無視して、低い土地にどんどん家を建て、工場を建て、港を建設してきた。
 
 だから、地震の専門家の人たちは、今回のような大地震と大津波が起こる可能性を知っていたが、社会全体が「そんなものはもう来ない」と考えて相手にせず結局、自然の力を侮ってきたのです。

 しかし、今回の震災では、暗いことばかりが現れているのではなく、明るいこと、素晴らしい出来事も生まれています。皆さんは、大震災の惨状とその後の大勢の人々の復興支援の努力や情熱をテレビなどでご覧になったと思います。こういう非常時には、社会や国の性格というのがよく出てくるものですが、日本という国は、世界の人々も驚くほど、略奪や暴動がない。社会秩序の維持や他者への心配りや団結を大切にする。それが今回如実に現れ、世界の人々から讃嘆されたことは、不幸中の幸いであると言えます。

 また、テレビなどで被災者の方々の心境などを聞きますと、今回の災害に遭って、「何もない、当たり前の日常がどんなに有難いかがよく分かった」という感想を漏らす人が多かったですね。これは生長の家で昔から説いていることで、谷口清超先生などは「当たり前は奇跡以上に素晴らしい」ということをよく講習会などで話されました。例えば、冬の後には春が来るのは、当たり前です。春になれば、花が咲き、虫が飛ぶのも当たり前です。品物ならば、毎日使っている文房具だとか、車だとか、道路だとか、仕事の道具なども「当たり前」の部類に入ります。そういう一見、些細なもの、“つまらない”と感じられるものに対して感謝の気持をもち、大切に心をこめて付き合うということを、生長の家では教えています。が、それはなかなか難しいことでもある。

 なぜなら現代は、効率化優先で、何でも手取早いもの、新規のもの、さらには奇異なものが求められている。おかげで、昔からある当たり前のものの価値が低く見られがちなのですが、そういう時に、当たり前の日常生活が実はいちばん素晴らしいのだということを思い知らせてくれる出来事が起こったのです。これを私たちは、やはり「観世音菩薩の教え」として学ばなければいけないと思うのです。また、私たちは今、物が溢れた豊かな生活をしていますが、その反動として、個々の物を大切にせず、簡単に使い捨ててしまう。「もったいない」の精神が忘れ去られるという、好ましくない傾向が生まれています。そうすると、1杯の水でも、1個の電池でも、1本のロウソクでも、そこに物があることが本当は大変ありがたいことなのだということを教えてくれるような事態が起こっている。

 私は決して、東北地方の人々が物を粗末に扱ってきたと言っているのではありません。そうではなく、私たちの社会全体が、消費を美徳として、いわゆる“使い捨て文化”を生み出し、それを享受してきたことを反省すべきだと思うのです。だから今、そういう社会全体のあり方を見直さねばならないような事態に立ち至っているのです。

 そこで、今日の二十三年祭に当たって、谷口輝子先生のご文章から「物を大切にする」心を学びたいと思います。先生が昭和44年に出された『めざめゆく魂』というご本には「針供養」という随筆があります。ここには、日本には古くからこの習慣がなぜあるかということについて、ご自分の体験に基づいて先生の考えが書かれています。

 針供養とは昔、針仕事が女性の主な仕事の1つだった頃、1年に1回それを休んで、古針や折れた針を供養し、裁縫の上達を祈る行事でした。用がすんだ針を豆腐やコンニャク、餅などに刺し、川へ流したり、近くの社寺へ持ち寄って供養してもらうのが一般的でした。全国各地で2月もしくは12月の8日に行われていました。
 
 (『めざめゆく魂』、pp. 17-18 を朗読)

 このように、物を単なる物質として見るのではなく、神仏の働き、あるいは人間の愛の表現として見るという考え方が今、もっと広まり、人々に受け入れられる必要がある。これは、生長の家が説く心の法則の1つである「心が物に表れる」という真理にもとづいており、資源のムダを防ぎ、地球環境を守る根源の心でもあります。「天地一切のものに感謝せよ」という大調和の神示に説かれた真理が、今ほど必要な時はありません。輝子先生の二十三年祭に当たり、私たちの運動をさらに拡大し、「自然と人間の大調和」を実現していこうと、改めて決意するしだいであります。ありがとうございます。

 谷口 雅宣

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2011年4月 3日

宮沢賢治の「雨ニモマケズ」

 私のフェイスブックのファンページで、読者の一人が今回の被災者支援のビデオがあることを教えてくれた。中国の有志の制作のようだ。ジャッキー・チェン、ジュディ・オングなどの顔が見える。

 見てみると、これは「被災者支援」の意図だけでなく、「日本人支援」と彼らの日本人理解の双方がよく表現されていると思う。思わず胸が熱くなった。読者にも見ていただきたいと考え、ここに紹介する。

 谷口 雅宣

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2011年3月27日

香川教区の“ど根性”

 今日は抜けるような青空の下、香川県高松市のサンメッセ香川をメイン会場とし、小豆島のサン・オリーブをサブ会場として、香川教区での生長の家講習会が開催された。今回は久々に小豆島に会場を設けて、幹部・会員が熱心に推進したことなどにより、前回より360人(6.8%)多い5,670人の受講者が集まってくださった。組織別でも白鳩会、相愛会、青年会のいずれも前回を上回るよい結果となった。渡辺浩行・教化部長を初めとした教区幹部の皆々さまの献身的な努力(ど根性?)に心から感謝申し上げます。

 渡辺教化部長によると、同教区の今回の成果は“長期計画”の奏功によるらしい。同教区では、講習会開催の約1年前の昨年4月から、誌友会の充実を目的とした拡大月間を2回設けて、誌友会の内容の充実と対象者名簿の整備を行った。また、それと併行して、全教区で聖経読誦“33万巻”を目指した読誦運動を展開して信仰心を盛り上げ、名簿に掲げられた対象者の祝福を行ったという。さらに開催日が近づくと、同教化部長を筆頭にした幹部による県下各地への感謝・激励訪問を熱心に行ったという。その結果、今回久々に会場となった小豆島では、これまで組織活動が停滞していたにもかかわらず、幹部の熱意が燃え上がり、また“休眠中”だった信徒も運動に再びもどり、前回は88人の参加者が今回は354人の確定者を出すなどの好結果が生まれたという。小豆島以外の地域の人々も、きっと同様に誌友会の充実と家庭訪問で成果を上げたのだろう。

 講習会の帰途、高松城跡である「玉藻公園」へ寄った。高松城は、16世紀末に生駒親正(いこまちかまさ)によって造られ、以来、生駒4代、松平11代が城主として住み、明治政府の所管となった後に、松平家から高松市が譲り受けたという。天守閣は残っていないが、城の外郭にある月見櫓(やぐら)や艮櫓(うしとらやぐら)などが残っていて、どちらも堂々とした風格がある。この城の特徴の一つは“海に面した平城”という点で、日本の三大水城の一つとされている。堀が海とつながっているため、潮の干満にともなって水位を調節する水門が設置されていて、タイやチヌが堀の中を泳いでいるるのが面白い。
 
Dokonjo  城内にある立派な日本庭園と木造低層の大きな屋敷が、印象的だった。昔の日本人は現代人より体格が小さいと言われるが、どうしてどうして、その逆を感じるような大きさの広い屋敷、庭に並ぶ巨大な飛び石、重さ11トンの手水鉢などに圧倒された。その庭の片隅に、「ど根性松」と書いた札が立っているのに気がついた。近くへ寄ってみると、二抱えもある大きな岩の上から、細い未生の松が生えているのである。立て札には、岩の亀裂に落ちた松の種から発芽して伸びたものだと書いてある。「樹齢はおよそ15年」とあるが、その小ささは2~3年もののようだ。たぶん、条件が悪いので成長が遅いのである。立て札の最後は「果たして成木と成りえるのか? そっと見守りたい」と締めくくっている。
 
 過酷な条件の下で育つ生命は、人に感動を与える。それは、人間を勇気づけてもくれる。植物でさえ、これほど必死に潜在能力を発揮しているのだから、自分も多少の困難にへこたれていてはいけない、などと考えるのである。人間のもっているエンパシー(感情移入)の能力が、そうさせるのだ。このとき私の脳裏にあったのは、東日本大震災下で困難に直面している大勢の人たちのことだった。我々は、松に対しては「見守る」ことしかできないが、同胞に対してはまだまだ支援の手を伸ばすことはできるのだ。
 
 谷口 雅宣

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2011年3月24日

原子力発電について (3)

 私は17日の本欄で発表した「自然と人間の大調和を観ずる祈り」の中で「大地震は“神の怒り”にあらず、“観世音菩薩の教え”である」と書いたが、最近、この未曾有の大震災を体験して初めて学ぶ、貴重なレッスンが数多くあると感じる。この「貴重な」という言葉には、何万人もの人命が犠牲になったことへの無念の想いが込められていることを付言させてほしい。そのレッスンの1つが、現代生活と電力との関係だ。東京では、夜が早くなった。いわゆる“計画停電”と企業や商店などが行う節電によって、デパートや飲食店のディスプレイ用の照明が半減し、閉店時刻が早まったことによって、私たちは今、一時代前の生活にもどっているのである。私が小・中学生の頃は、夜は暗いのが当然だった。デパートや商店は午後6時頃には閉店し、週に1度は定休日があった。自動販売機は、普及開始が1950年代後半だから、街にはほとんどなく、深夜まで煌々と明るいコンビニ店は、もちろん存在しなかった。
 
 昨日の夜、日比谷まで足を延ばして「東京が静かだ」と思った。騒音が少ないだけでなく、人通りも少ない。ショウウィンドーの照明が消えている。地下鉄を使う人が少なく、ゆっくり座れる。エスカレーターは「上り」は動いているが「下り」は止まっている。地下街では広告の照明が消えていたり、間引かれている。飲食店では、料理の見本を並べた飾り棚の照明が消えている。普通、それを見ると「閉店だ」と思うが、中にはちゃんと客がいる。が、数が少ないから、店員はていねいに対応してくれる。夜は暗いし、人々は暗くなったら家へ帰って、家族で食事をする--かつては“当たり前”だったこの生活を、大震災が我々に体験させてくれているのだ。

 考えてみれば、これが「原発のない生活」なのである。原子力発電所は、1日24時間、週7日間、毎週、毎月、何年も停止せずに電気をつくり続ける。停止しないほうがコストが安いのだ。というわけで、原発を導入すれば夜間の電気の“垂れ流し”は必然となる。すると、“夜間電力”なる安価な電力の体系が生まれるから、夜間営業や、夜間工事、夜間照明が経済的メリットを生むようになる。人間は自然の一部であるが、発達した大脳によって自然の欲求や生理的傾向を抑圧し、左脳的な判断を優先させながら生きることができる。言語や数字の操作に長けている左脳にとって、経済的利益はとてもわかりやすく、魅力的である。これに対して、自然と密着した生理機構--体内時計やホルモン分泌のリズムなど--からの信号は、(右脳に伝わっても)左脳には伝わりにくい。だから、経済的利益の追求を“善”とする人たちは、どうしても自然的利益(生物学的利益)を犠牲にする方向へ走ることになる。
 
 医学の発達が、この方向への人々の動きを加速させた。人間は、右脳や生理機構からの信号を受け取ることができる。眠い、だるい、気分が優れない、疲れる、頭痛がする、肩がこる、眠れない、起きられない……理由が判然としなくても、生理機構は我々にこのような“警告”を伝えてくれるようにつくられているが、人間はそれを「薬をのむ」ことで黙らせる方法を開発した。何のためか? もちろんそれは経済的利益ーーつまり、左脳の欲求を優先させるためだ。こうして、現代人は薬を“友”のように信頼して、経済的利益の追求に猛進していったのだ。それはまるで、原発を“友”として成長した戦後の日本経済のように……。
 
 作家の小池真理子氏が今日(24日)の『日本経済新聞』に「言霊の祈り」と題して書いている。同氏は高校時代を仙台で過ごし、学生運動に若い血をたぎらせたそうだ。その仙台が、壊滅的被害を受けた。衝撃の中で、同氏は戦後をこう総括している--
 
「私たちはこれまで、凄まじく暴力的に前進し続けてきた。その繁栄と進化は頂点に達し、それでもなお、膨張は繰り返された。あげく、あちこちで歪(ひず)みが生じた。しかしなお、誰もそれをやめようとしなかった。津波はそうしたものすべてをのみこんで、去っていった」。

 私は、戦後の日本が“前進”し、“進化”したかどうかは知らない。しかし、ある一方向へ突き進んで“壁”に突き当たったことは確かだ。福島第一原子力発電所の破壊は、それを象徴している。もう同じ方向へ進むことはできない。小池氏は、“別の方向”を次のように描いている--
 
「私たちは生来のやさしさや愛、勇気など、人間の本質的な何かを取り戻さざるを得なくなっている。引きこもりや孤絶、無縁、といった言葉は今や、過去のものになった。人々は血縁地縁を超えて連帯し始めた。これが3月11日以前の日本と同じ国なのだろうか、とすら思う」。

 被災者のために、日本全国が支援の手を差し伸べている。期せずして、四無量心の実践が大々的に行われているのだ。私は、四無量心の4番目の「捨徳」こそ左脳偏重の都会生活への執着を断つことであり、それを象徴する原発との決別であると考える。
 
 谷口 雅宣

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2011年3月22日

“森の3人組”に期待する

3mancoop  今日の午前、森と深く関わった仕事をしている3人の男性が、東京・新宿で“連携の集い”の発進を宣言した。私は事前に案内をもらっていたので、妻と連れだって参加した。この3人とは、オークヴィレッジ代表の稲本正氏、「アファンの森」設立者のC.W.ニコル氏、そして料理研究家の成澤由浩氏である。この連携には、“森を創る・森を使う・森を食べる”というキャッチフレーズがついていて、3人が人間と森との共存共栄を目指していることがよくわかる。
 
 稲本氏は、約1カ月前に生長の家本部の「環境教育研修会」に講師としてお願いし、その時のことを2月18日の本欄に書いた。同氏は、岐阜県高山市清見町に工芸村「オークヴィレッジ」を設立して、当地の森林を世話しながら国産材で各種工芸作品を製造販売する一方、植林活動などを展開している。ニコル氏は約30年前に日本に移住し、以来、長野県で執筆活動と森の再生活動を実践し、里山を購入して「アファンの森」と名付け、それを元に2002年に「C.W.ニコル・アファンの森財団法人」を設立して理事長となっている。成澤氏は、東京・南青山のレストラン「レ・クレアシヨン・ド・ナリサワ」のオーナーシェフで、日本の自然をテーマにした料理を発表して国際的に高い評価を得ている。
 
 私のところへ3月初めに届いた案内は、この3人が「少しでも多くの人が少しでも深く森に関わって欲しい」と願って「森の文化を広げるために、楽しく具体的な提案をしようと計画して」いると、明るい調子で述べていた。が、このあとで3・11の大災害と原発事故が起こった。そこで、今日の発表では当初、会場は重苦しい雰囲気に包まれていた。が、稲本氏が、あの独特のユーモアを交えた語り口で会場を和ませ、ニコル氏が真剣な眼差しで自分がいかに日本の自然を愛しているかを情熱的に語り、成澤氏が人々の意表を突いた「土のスープ」「水のサラダ」などの珍しいオリジナル料理を映像入りで解説し、クリの木入りのビスケットを参加者に配るなどすると、会場からは何度も拍手が湧き起こった。
 
 3氏は、今年が国連が定めた国際森林年であることに注目して、連携して森を豊かに育てる運動を楽しく盛り上げようと企画していたところ、あの未曾有の大災害が起こったのだ。そこで日本の将来と、地球環境の混乱に強い危機感を抱き、今回の発表のトーンを変えたのだと私は理解した。その場で配られた「共同宣言書」には、今回の大震災を終戦時の「廃墟」に比較し、「国民が一丸となれば、再生は十分可能である」とし、しかし、その再生のためには日本が従来とは違う方向へ、森を大切にした生き方に転換する必要があると訴える--

「これからの再生は、かつての日本のように高度成長からバブル経済へと向かったような方向ではない。国土の67%もの森林を持つ日本が、なぜか森をなおざりにし、化石資源や原子力を使った持続の可能性が低い文明に偏りがちだった」。
 
 こういう認識のもとに、宣言書は「人間にとって最も大切なもの」とは「人と自然・人と人が助け合う社会である」とし、森の再生を通して「持続可能な社会の創生」を行うことを訴える。そして最後にこう述べる--
 
「これを機に、“日本が生まれ変わる”事を提言したいと思う。これからの数年の日本の変革は、日本の将来を決めるだろう。ひいては、その結果がモデルとなり、世界に新たな社会の在り方を提示する事になるだろう。だからこそ、今年の国際森林年は、持てる力を出し切って努力する価値がある、と言える」。

 私はこの発表を聴きながら、3氏の決意していることは、生長の家が“森の中”へ行って実現しようとしていることと同じ方向にある、と強く感じた。生長の家が進めている“森の中のオフィス”構想の「基本的考え方」の中には、次のような文章がある--

「生長の家は、“大調和の真理”をさらに広く世界に宣布するとともに、我々自身の生き方の中にそれを実現していくための行動を起こす。すなわち、“現代人が現代の生活を営みならがら自然環境と調和した生活をおくる”というモデル社会の構築である。(中略)この構想は、従来のように森を開発するのではなく、人間が自然の仲間入りをさせてもらい、森の機能を活かしたまま業務を遂行し、“森と人との共存”を実現していこうとするものである」。
 
 谷口 雅宣

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