“ながら族”は肥満しやすい
新年に入って“よいニュース”を2つ入手した。いずれも我々の食事に関することで、肥満防止のコツを教えてくれている--①食事はしっかり味わって食べよう、②異常な食欲は散歩で解消せよ。この2つは決して耳新しいアドバイスとは言えないが、私を含めて正月の食べ過ぎを気にする人、特に携帯電話やパソコン等から目が離せない人にとっては、この機会に思い出しておくことは有意義かもしれない。
4日付の『ニューヨーク・タイムズ』電子版によると、食事をしながらメールを打ったり、テレビを見たりする人は、そうでない人よりも1日に食べる量が多くなるという。この研究では、22人からなる2組のボランティア・グループに頼んで、一方のグループには一定時間の食事中にパソコンゲームの「ソリティア」をしてもらい、他方は同じ時間に食事だけをしてもらった後、①食後の満腹感、②30分後の“味のテスト”の際の食事量、③食べたものの記憶の正確さ、の3点を比べた。ただし、実験に参加したボランティアには、この実験の目的は、食べ物の記憶への影響調査だと説明したという。その結果、“ながら族”のグループの人は、自分が何を食べたかをよく憶えていなかっただけでなく、食べた後も満腹感が相当少ないことがわかった。この結果は、身長や体重が同等の人同士で比較しても同じだったという。また、食後30分に行ったクッキーを食べる“味のテスト”では、“ながら族”のグループの人は、そうでないグループの人の倍の量を食べたという。
この研究に関わったジェフリー・ブランストローム博士(Jeffrey M. Brunstrom)は、イギリスのブリストル大学で行動栄養学(behavioral nutrition)を研究している。同博士によると、「パソコンの画面を見るなど、食べ物への注意を反らすような食事をやめれば、その後でスナックが食べたくなるのを防ぐことができるかもしれない」という。また、「問題は、自分が何を食べたか思い出せない点にある。記憶は、食事量の制御に重要な役割を果たしているのに、食事中に別の何かに注意を反らしていると、その記憶が形成されない」という。
同紙のもう1つの記事は、特に“ながら族”だけを対象にしているのではなく、食欲全般を、またタバコやチョコレートなど特定の嗜好物への欲求を制御するためには、「軽快な散歩」をするのが効果的であることを、過去のいくつかの研究結果から引用している。例えば、2008年に行われた研究では、“チョコレート愛好者”(1日に板チョコを2枚以上食べる人)を集め、3日間チョコレートを食べさせないでおいた後、神経を使うテストをさせた。そして、そののちに銀紙をむいた板チョコを示して欲求の程度を調べたという。すると、トレッドミル上で適度の速さで15分間歩いた人は、そうでない人よりもはるかに少ない欲求を感じ、板チョコを触らせても血圧が上がらないことが分かったという。また、タバコへの欲求についても、2005年に行われた研究で、やはり15分間の散歩を行えば、欲求が急速に減退することが分かっている。さらに、2007年の研究では、短時間の散歩は、喫煙の欲求を減らすだけでなく、中毒症状を和らげ、喫煙の間隔を広げる効果をもつことがわかっているという。
私は最近、東京の街頭を堂々と歩きながら食事をする若い女性とすれ違って驚いたことがあるが、こういう人はたぶん、耳にはイヤフォーンを差し、軽快な音楽を流しながら、さしずめ「自分はマルチタスクをこなし、時間をムダに使わない優れた生き方をしている」と思っているのだろう。彼女の表情には、何ら羞恥心のようなものは表れていなかった。しかし、どこかの本にも書いたが、このような注意散漫な生き方は、耳からの情報も、舌からの情報も、視覚や触覚からの情報も、きちんと処理されず、記憶に残らず、したがって「生きている」という実感が得られないということが、ここに掲げた研究結果からも言えると思う。そんなところから、「もっとほしい」という食欲の肥大化が起こるのではないだろうか。今の情報氾濫時代には、その処理を自ら正しく選択的に行う努力が必要なのである。
谷口 雅宣