2009年7月 9日

ジャーマン・カモミール

Kamomile  今日は、休日を利用してスケッチをした。ジャーマン・カモミールというハーブの一種で、ヒマワリとタンポポを合わせたような黄色い花の愛らしさが好きだ。長い茎の先に花が咲いた様子が、何となくおどけた感じでユーモラスに見える。普通のカモミールの花は白い花弁をもつが、ジャーマン・カモミールは黄色だ。この花をお茶にして飲むカモミール・ティーは、香りがよくておいしい。
 
 曲線の多い植物と対照させるために、手元にあった電卓を一緒に描いた。こちらの色は実物はベージュだったが、黄色の反対色である青に変えてみた。カモミールの葉は細長くて見栄えが貧弱ないので、スペアミントの葉を描き込んだ。バックの橙色は、テーブルの色を前面に敷いたもの。

Kamomile2  タブレットPCに直接手描きしたのだが、それを“印象派”風にソフトウエアで加工したものも添える。
 
 谷口 雅宣

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2009年6月22日

絵封筒便り

Efuto090615  最近、描いた絵封筒を3点紹介する。
 
 赤レンガの建物は、石川教区の講習会で金沢へ行ったときのもの。夕食前、散歩した中央公園に建っていた近代文学館のスケッチである。手前にある白いテーブルと椅子のセットは、実際はもっと沢山あって人が何組か座っていたが、省略して図柄を単純化した。
Efuto090618  
 マンゴーは、宮崎の旧友から送ってきたもの。あまりにも見事な色艶だったので、食べる前に絵封筒に描き、礼状とした。
 
 タマリ漬は、昨日の栃木教区での講習会の帰途、宇都宮駅で買ったもの。駅の土産物売り場には、たくさんの種類のタマリ漬が売られているが、原産地Efuto090622 表示に注意して妻が選んだ。私は、パッケージの緑とラベルの色具合いに惹かれた。切手に注意してほしい。横浜開港150周年記念のものだが、切手とその外枠にまたがって描かれた絵を使って、封筒に印刷されたホテルの名前を隠している。

 谷口 雅宣

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2009年2月25日

写メールサイト

 最近、一行ほどの短い「つぶやき」のようなメッセージをウェブに掲示するサービスがあるということを知り、実験してみた。また、これと連動して写メールをアップするサイトがあることも分かった。私は、ケータイを使わないので写メールはできないが、その代り、簡単な絵をアップするのもいいと思い。やってみた。

 アメリカのサイトらしいので、すべて英語でしたが、日本語を使うこともできそうだ。興味のある人は実験してみてはいかがだろうか。

  つぶやきサイトは http://twitter.com
  写メールサイトは http://twitpic.com

  である。Mtimg090225

 本欄でかつて「秘密を書き込むサイト」の話をしたことがあるが、私は、そんな“暗い”ことではなく、日時計主義的なメッセージや写真、絵などを、どんどん世界に発信できないかと考えた。その1つの場として、こういうサイトの利用も面白いと思う。私が登録した絵をここに掲げる。

 谷口 雅宣

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2009年1月19日

古い記録 (8)

 本シリーズでは、私が少年のころに書いた文章や、撮った写真をもとにして、当時の私がどんな少年で、それがどう成長していったかを辿ろうとしている。前回(1月13日)は、1970年の夏、私が18歳で初めての海外旅行をした時点まで来た。1カ月半の旅行で36枚撮りフィルムを22本分を写したが、それ以降も、私は大学生が享受する特殊な“自由”を生かして、モノクロ写真を撮り続けたようだ。
 
 撮影の対象は、別に決まっていない。近いものでは自分で作ったプラモデルのスポーツカーをだったり、庭の犬、植物、家族はもちろん、大学のある青山から、渋谷や原宿へカメラを持って歩き、町並みや人などを写した。また当時、青山学院高等部から慶応大学へ進んだ友人がいて、その友人とともに車で鎌倉や横浜などに撮影に出かけることもあった。そのころ父は『アサヒカメラ』や『日本カメラ』などの写真雑誌を購読していて、私はそれらを時々借りて、木村伊兵衛や秋山庄太郎などのプロの写真や、その他アマチュアの入選作品を見て刺激されていたのを憶えている。また、2007年10月28日の本欄にも書いたが、森山大道の型破りの写真にも魅力を感じていた。
 
 71~72年には、モデルを使った人物写真を撮っている。ポートレートのスナップは、ブラジルでも結構撮っているが、そうではなく、1人の人物を様々な角度から、また様々な恰好をさせて撮るのだ。貧乏学生だから、もちろんプロのモデルを使うのではなく、同じ大学の女友達に頼んで、モデルになってもらうのである。そんな“にわかモデル”を子供の国や横浜などへ連れて行き、写真に撮っている。
 
 こんなことを書くと、大学では授業にもロクに出ず遊んでいたように聞こえるかもしれないが、決してそうではない。私は法学部の公法学科に在籍していて、専攻は国際法と国際関係論だった。私は学問が嫌いではなかったから、出るべき授業には出て、必要な単位は取得し、さらに成績も悪くなかった。だから、アメリカの大学院にも入れたのだと思う。アメリカの大学は、入学の条件として日本での成績を重視するからだ。ただ、第二外国語としてフランス語を履修したが、これはなかなか難しく、辛うじて及第点だったと記憶している。何しろ、名詞のすべてを男か女に分けて考えるというのが、どうも不合理に思え、しかも煩雑なので閉口した。大学の授業で印象に残っているのは「スピーチ・クリニック」というので、英語の発音やイントネーションに絞り込んで教えてくれる。当時の青山学院ならではの科目で、そこの先生が「Did you eat?」という英語は、「ディヂューイート?」などと言わないで「ジーート?」でいいんだ、と教えてくれたのを憶えている。
 
 こんなことは、しかし記録には残っていない。残っているのは、大学の課外で文学サークルに所属していたことだ。これは「轍の会」という名前の同好会で、『轍』という同人雑誌を発行していた。こんな書き方をすると、何かきちんとした印刷物のように思えるが、ワラ半紙にガリ版刷りのごく“原始的”な印刷物である。しかも、数回発行しただけで、ほどなく廃刊になってしまった。そんな雑誌に、私は詩や、小説のようなものを発表して、同人と合評会をしていたのである。

 谷口 雅宣

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2009年1月13日

古い記録 (7)

    ブラジル旅行で撮った22本のフィルムには何が写っているのか?--その答えは「何でも」と言ってしまっていいだろう。機上から雲や地上を撮ったもの、空港、道路、家並み、街角、海岸、山、瀑布、家畜、鳥、そして人、人、人……。初めて外国を見た少年は、見慣れない、珍しいものを見るたびにレンズを向け、シャッターを押した--そんな様子が残されたフィルムから推測できる。が、その中で「人」が写っている写真が案外多いことに気づく。当時はまだ、日本で外国人を見かけることが少なかったから、“日本人的でない顔”が珍しいのは分かる。しかし、フィルムには日系人の顔も多く写っているから、私が人間一般とその(海外での)生き方に興味をもって写真を撮っていたことは確かだろう。

 カメラを通して、また当地の人々との約1カ月半の接触を通して、私は日本にいた頃の“狭い世界”の外には、実に広大な地球があり、そこには多様な人々と、それらの人々の営みが織りなす複雑で豊かな世界があることを感じて、旅行から帰ってきたに違いない。これによって、“尊大な右翼少年”の世界にヒビが入ったとしても、それは成長の一過程にすぎず、誰の責任でもない。いや、私をこの旅へ誘った父は、むしろ息子が狭い心の殻を破ることを期待していたのではないかと、今にして思うのである。

 さて、この旅行で撮った写真から数枚を下に掲げる。いずれ、まとまった形でご覧に入れることができるかもしれない。

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 谷口 雅宣

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2009年1月12日

古い記録 (6)

 今日は「成人の日」の休日であったが、わが家の子供たちはみな“成人済み”であるので、1日静かに過ごした。こういう日には昔の記録の整理をすることにしているので、ちょうど私が成人した頃の写真をネガ専用のアルバムに収納する作業をした。それらの写真が今から37年も前のことだと思うと、自分も年をとったものだと、苦いような、懐かしいような、複雑な感慨が湧いてくる。

 昨年12月26日に、18歳のころの私の様子を少し書いたが、写真の整理をしながら思い出したその続きの話をしよう。私が青山学院高等部を卒業して、同学院の大学に入学したのは1970(昭和45)年の4月である。この直前に書いた私の文章を前回に少しご披露したが、相当カタブツで尊大な“右翼少年”であったことが窺われる。当時の騒然とした世相の危機を感じ、学生運動を初めとした左翼の動きを亡国的革命運動としてとらえ、その原因はすべて“占領憲法”にあるとの単純な論理に心酔していた感がある。そんな高校3年生が大学に入れば、当然、反左翼の学生運動--当時は“民族派”と呼んでいた--に身を投じるはずである。が、私の場合はそうならなかった。その理由の詳しいことは、いずれ書く機会もあるだろうから、その時に譲ろう。

 今回は、私と写真との関わりについて書く。それは、あれから35年以上たった今、何日もかけて整理しなければならないほどの写真が、そもそもなぜあるのかという理由になるだろう。父の追善供養祭の時には、故人の「自由を愛する」信条について述べ、それがなければ今の私はないという話をした。これは、父の精神的遺産であるが、これに対して“技術的な遺産”とも呼べるものが写真である。父が写真を数多く撮ったことは、本欄の読者はご存じと思う。父のほとんどの著書の表紙カバーには、自分で撮った写真が使われており、毎年の日めくり型“日訓”の表紙にも、父の写真が使われてきた。父はこれらの写真を、何台ものカメラと交換レンズを組み合わせて撮ってきただけでなく、フィルムの現像を--モノクロだけでなく、カラーも--自分で行った。そのための暗室が家にあるが、この場所は父の手作りである。私は、高校生の頃から、父に誘われてカメラをいじり、大学入学後は暗室作業もするようになった。

 だから、私が高校時代、新聞を発行する出版部に所属することになったのは、父の影響があると言える。写真を撮ることは新聞記者の仕事の一部だからだ。自宅に保存されている写真のネガで、私が撮った一番古いものは、1967年のものだ。私が高校1年の夏、青山学院高等部の生徒会の研修会が高峯高原であり、その様子を35ミリのハーフサイズのカメラで撮っている。その後、前に本欄でも紹介した大学での学生運動の写真、修学旅行で九州へ行った時の写真、生長の家の青年会全国大会、学校の文化祭、クラブ活動、教室のスナップ写真などが、20本ほどのネガの中に収められている。3年間で20本というのは、大した数ではない。だから、高校時代の私の写真の趣味は、それほどのものではなかったといえる。
 
 しかし大学に入ると、その数はいきなり幾何級数的に増えるのである。その契機になったのは、初めての海外旅行だ。これは、18歳の私にとっては“海外旅行”だったが、生長の家の運動ではその年のきわめて大きな行事であった。『生長の家五十年史』(1980年、日本教文社刊)によると、この騒然とした“70年安保”の年の7月20日から9月4日までの47日間、当時、生長の家副総裁だった父は、白鳩会副総裁だった母とともにブラジルへ講演旅行を行った。私は、その両親について行ったにすぎない。一大学生であった私には、生長の家の公式の役職は何もない。なぜついて行ったか私は憶えていないが、そのとき51歳だった父の方からアクションがなければ、私の同行はあり得なかったに違いない。この時、私は使っていた「アサヒペンタックスSP」という一眼レフ式カメラと交換レンズを数本もって、旅先でスナップ写真を撮りまくった。その時の写真はすべてモノクロだが、36枚撮りフィルムで22本が残っている。平均すると、1日当たり18枚ほど撮ったことになる。
 
 谷口 雅宣

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2008年12月 6日

絵封筒を描く (2)

 師走の風が吹くようになると、いろいろの慈善団体から寄付を募る手紙が届く。私は日本赤十字社に寄付したことがあるので、今年も案内が来た。妻にはユニセフやUNHCR(国連高等弁務官事務所)からも来た。そういう慈善団体とは少し違うが、私宛に寄付の依頼が来る団体の中に「インターナショナル・ハウス」(International House)というのがある。ここは、私がニューヨークに留学していたときに住んでいた留学生専用のアパートのような施設で、日本を含めた各国に“支所”もある。こう書くと、何か日本の学生寮のようなものを想像しがちだが、1924年にジョン・ロックフェラー(John D. Rockefeller Jr.)とクリーブランド・ドッジ(Cleveland H. Dodge)の出資で、ハリー・エドモンズ(Harry Edmonds)という人によって設立された非営利団体で、アメリカの大統領経験者が何人も会長を務めたところだから、結構きちんとした団体である。
 
 私はそこへ毎年いくらか寄付してきたが、今年の手紙の文面は何か深刻だった--「昨今の地球規模の金融危機の中で、インターナショナル・ハウスはいくつかの厳しい選択に迫られています。株式市場の低迷により、奨学金その他の必要のための出資が困難になってきています。私たちは出費の縮小や省エネ、業務の効率化に懸命に努力していますが、今後何カ月かのうちに、施設利用者に相当な影響を与える予算上の決定をしなければならないでしょう。私たちは、あなたの助けが必要です。それは、現在の施設利用者が、このハウスでの経験の“核”である国際理解と紛争の平和的解決のために前進を続けるためです」。
 
 アメリカ経済の縮小については、連日の報道でその深刻さが伝わってくる。今日の『日本経済新聞』によると、5日発表の米労働省の雇用統計では、11月の非農業分野の雇用者数が前月に比べて53万人も減少したという。この下落幅は34年ぶりで、これによって失業率(軍人を除く)は「6.7%」になったという。日本経済も楽観できない状態だが、失業率などはアメリカの方が深刻だ。そんなこともあり、今回の要請にはそれなりの対応をすべきと、私は考えた。そして、景気回復には“日時計主義の心”が必要であるから、単に寄付金だけを送るのではなく、それを絵封筒に入れて送ることにした。
 
Efuto0812061  今日は生長の家の講習会で徳島市に来ているが、宿泊したホテルでは自前のパンを山のように飾っていた。その中にあったカニの形のパンがかわいらしくて印象的だったので、それを封筒の絵に描き、ついでに景気のいい「花咲かじいさん」の切手を貼って絵封筒にした。こんなものでアメリカの景気がよくなるとは思わないが、これを受け取った人とその周辺の人の心が明るくなれば、それでいい。明るい心は、独創や親切やユーモアを生み、新しい発想に結びつくことを祈りながら……。
 
 谷口 雅宣

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2008年10月12日

第30回生光展が開かれる

 今日は東京・調布市にある生長の家本部練成道場など3会場に6千人以上の受講者を集めて、東京第二教区(三多摩地区)の生長の家講習会が行われた。清々しい秋の好天に恵まれて、静かな雰囲気の中でよい会が持たれたと思う。私は主会場である飛田給の練成道場の大道場で、いつものように2講話と神想観を担当したが、午前中の講話に対する質問が30近くあった。地元の参加者から質問が出たことはもちろんだが、その他、東京の区部、千葉、埼玉、横浜、仙台からの参加者から質問があったことは、うれしかった。質問の内容も多岐にわたり、受講者の真面目な姿勢が感じられたが、残念ながら、時間の関係からすべての質問に答えることはできなかった。これらの質問への答えは、その一部がいずれ機関誌に掲載されると思う。講習会の推進と運営にご尽力くださったすべての幹部・信徒の方々に、心から御礼申し上げます。
 
 さて次には、この講習会についてではなく、明日から始まる生光展(生長の家芸術家連盟美術展)のことを少し紹介しよう。今年は「30回」の記念展なのだそうだ。ということで、主催者の生芸連では『生光展のあゆみ』という小冊子を発行して、同連盟の歴史を振り返っている。それによると、生芸連の発足は戦後の1966(昭和41)年で、発起人には堅山南風(日本画)、林武(洋画)、中河与一(作家・歌人)、中能島欽一(箏曲家)、徳川夢声(作家、俳優)、早川雪洲(俳優)、山根八春(彫刻家)、伊藤種(彫刻家)、片岡環(詩人、彫刻家)など錚々たるメンバーが名を連ねていたという。翌昭和1967年には第1回の美術展が開催され、1971年の第5回展まで毎年行われた後、8年間中断し、1979年に「第1回生光展」として心機一転して再興されたという。その後は毎年開催して現在に至っている。その間、高山辰雄、山田晧斎、三上浩ら一流作家の出品もあったことが同冊子に書いてある。

 私の“友情出品”は2000年からだから、歴史としてはまだ浅い。今回は本欄でも紹介したことのある絵封筒を24点出品している。このほとんどは、8月の宇治別格本山での盂蘭盆供養大祭時に展示したものである。西日本の人々に見ていただいたものだから、東日本の方々にも見ていただけたらと思う。ただし、「芸術作品」などと言えるシロモノではない。それよりも、写メールのような気軽に、楽しく、人々との交流を進める一手段として、またポップアートの一種として見ていただければ幸甚である。
 
 第30回生光展は10月13日から19日まで、東京銀座画廊・美術館で開催される。今回は、30回記念企画として、全国から募集した約300点の絵手紙や絵封筒を展示した「絵手紙・絵封筒の世界」をやっているから、新しいタイプの「技能と芸術的感覚を生かした誌友会」の参考にしていただけたら有り難い。

 谷口 雅宣

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2008年9月25日

絵封筒を描く

 今日は、休日を利用して知人宛に絵封筒を描いた。以下に、その文面を掲げる--
 
「最近、絵封筒に描いたようなものと“同居”を始めました。妻が、ミニトマトの葉をよく食べているのを見つけて捕獲した虫ですが、絵より一回り小さいサイズのものが2匹もいます。これらを殺すのはしのびないし、はたまた放置しておけば飢え死にするのでかわいそうだし……ということで、花や実をつけていないミニトマトの枝を探して、毎日与えることになりました。
 
 図鑑を調べてみるとスズメガの幼虫のようですが、これがサナギになるとドス黒くなるものもあるらしく、今から心配しています。形がいかにもグロテスクだからです。この幼虫は、しかし腹の横の濃紺と黄色の線が美しく、私を絵を描く気にさせました。それともう一つ気がついたのは、ミニトマトの茎や葉が強い芳香を発することでした。この虫も、それを腹一杯食べるので同じ匂いを発します。
 
 トマトの葉が枯れれば、いよいよ秋は本番です。」
 
 谷口 雅宣

 Efuto080925

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2008年9月 9日

紙テープで絵を描く

 4日に横浜へ行ったことを書いたが、その時、みなとみらい地区の小物店で紙テープのセットを買った。5色のマスキング・テープの何とも調和した色の組み合わせに惹かれて、用途などロクに考えずに買ってしまった。一種の衝動買いだ。マスキング・テープは普通、絵画や工作で着色をする際、絵の具や塗料がついてはいけない所に貼るためのものだから、テープ自体が何色であってもあまり問題にならないはずだ。ところがこのセットは、テープ自体が美しく着色されているため、絵の具をマスクするためよりは、テープそれ自体を絵の具代わりに使って絵を描くことができるかもしれない……とっさに私の脳裏に浮かんだのは、その程度のことだった。

 世の中には、紙を千切ったものを貼って絵を作る人がいる。山下清がその方法で絵を描いたことは有名だ。また、私の家のリビングには、妻の母親が花を千切り絵で描いた暑中見舞いの葉書が飾ってある。そんな記憶が脳裏を掠めたに違いない。新しい画材としての紙テープである。
 
 今日はそれを使って2、3の実験をした。葉書大のスケッチブックを開き、最初は母の千切り絵をまねて花の形をテープで作ってみた。ところがこれが案外、むずかしい。まず、テープは和紙でできているから、千切る方向が自由にならない。つまり、縦方向には裂けやすいが横方向には千切れにくい。また、テープの裏面には糊がついているから、小さく切って細工をしようとしても、裏面同士がくっついてすこぶる扱いにくい。そんなわけで、最初の花の形はほとんど冗談っぽくなった。次には、まず鉛筆でものの輪郭を描いてから、その線と線の間の空白部分に色テープを貼ることを考えた。これで形がとりやすくなったが、細かい空間を手で千切ったテープで埋めるのは、やはり難しい。そこで、テープが描線からはみ出した部分を、カッターで切ることにした。カッターを使うと、千切った紙の柔らかさが出せないが、カッターで切る場所を最小限にすることで折り合いをつけることにしMtimg080909 た。
 
 そうやって作った絵を、ここに掲げる。まあ、実験的作品だから粗雑な部分はお許しあれ。使い古した短い鉛筆のつもりである。鉛筆の“皮”の部分の着色に紙テープが使ってある。あとは普通の水彩絵の具だ。水彩の混色によって変化をつけた背景と、単色のテープを並べて貼った鉛筆の“外皮”を対照させてみた。
 
 谷口 雅宣

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2008年8月12日

スケッチ原画展

 本欄に書いた文章等を単行本にまとめた『小閑雑感』(世界聖典普及協会刊)シリーズが、このほど10巻目である『Part 10』を刊行したことを記念し、シリーズに収録されたスケッチ画などを展示する原画展が、今月の16日~18日の3日間、京都府宇治市の生長のMoles01 家宇治別格本山で開催される。展示品の中では、単行本の『小閑雑感』シリーズに収録された絵の原画は12点だが、未掲載の原画が52点あり、これらを合計した62点は展示即売される。また、このほかにも『太陽はいつも輝いている--私の日時計主義実験録』(生長の家刊)に掲載されたものを含む絵封筒が34点、スケッチブック(モーレスキン手帳)2冊も展示される(ただし、これらは非売品)。展示即売による収益金は、森林の再生を目的とした活動に寄付されることになっている。
 
Moles02  私は画家ではないので、原画展などを開くことは小恥ずかしい次第だが、生長の家は発祥時から日時計主義を主唱し、運動に於いては今年から「技能や芸術的感覚を生かした誌友会」を推進していることもあり、私のスケッチ画や絵封筒、手帳へのメモ書きなどが、皆さんの参考になるかもしれないと考えた。また、森林再生に何らかの寄与ができれば嬉しいと思う。
 
 宇治別格本山では前にも1度、私の原画展のために部屋を貸していただいたから、これで2回目だ。今回目新しいものがあるとしたら、それは絵封筒と、私の使った手帳兼スケッチブックの展示だろう。特に手帳は、世界聖典普及協会のご協力により、透明のアクリル・ケースを使った展示となる。これは、手帳の特定のページを開いてそこだけが見えるのではなく、アクリル・ケースの両脇から手を入れて、中の手帳を実際に触ることで、すべてのページを開いて見ることができるものだ。ただし、手帳が汚れるといけないので、ゴム手袋も用意していただいた。
 
 また、同時期に『小閑雑感』シリーズの次の巻である『Part 11』が発刊されるほか、『Part 10』のサイン本も販売される。本欄をご愛顧くださる読者の皆さんには、よろしくお願い申し上げます。

 谷口 雅宣

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2008年7月30日

旅の絵道具

 最近、本欄のサイドバーに「絵封筒」のスライドショーが加わったことに関連して、読者から私が普段使っている画材について知りたいとのコメントをいただいた。画家でもない私は、画材に特にこだわっていないが、生長の家の講習会などで旅行をすることが多いので、持ち運びの便を第一にして、普段は簡単なものしか使っていない。もちろん自宅には油絵の道具やグワッシュなども置いてあるが、最近はとみにそういう大がかりな道具を使う機会がないのは、残念である。
 
Mytool01  写真に、旅先にもっていく道具を収めた。近ごろはよく絵封筒を描くが、その封筒は原則としてホテル備え付けのものを使う。しかし、封筒のデザインや質がいただけない場合のために、またたまに封筒を置いてないホテルもあるので、写真上部にある封筒を持っていく。これは、ベルギーのペルティエ社製のオリジナル・クラウン・ミルという薄クリーム色の封筒で、横浜ランドマーク・タワーの有隣堂で買った。この封筒は内袋のある二重構造で、上から絵具を塗り重ねていってもビクともしないので、気に入っている。
 
 次に、封筒の左下にあるのがウインザー・アンド・ニュートン社の固形水彩セット。蓋がパレットになっていて、水筒付なので便利である。その隣に水筆がある。これ1本で大体用が足りるが、複雑な絵柄や多彩な色を使わねばならないときは、写真下にある携帯型の水彩用筆セットの中のものも使う。市販の6本組のセットだが、私はその中にさらに1本加えている。(が、すべてを使うことはほとんどない)
 
 ペンが3本写っているが、透明のものはユニボールの黒で、ペン先は0.5ミリ。絵封筒を描く場合は大抵これだけですむが、太い線が必要な時には、その下のものを使う。これは、ゼブラの筆サインペン[中字]である。写真の左側に置いてある万年筆は、ブラジルへ行ったときにいただいたモンブランで、ブルーブラックのインクが入っている。モノクロの絵を描くとき、これを使う。一度描いた上から、水筆でこすると色がにじむ。これで濃淡を出す。
 
 ここにはないが、デジカメは常に持参している。キャノンのIXYデジタルである。これで撮った写真をノートパソコンの画面に出して、そこから絵封筒を描くこともある。
 
 まあ、こんな具合である。スケッチをしたり絵封筒を描くとき、私は鉛筆を使わずに、いきなりペンで輪郭を描く。ときには失敗するが、構わずにどんどん描く。その方が勢いや味が出ることが多い。とにかく、旅先では時間との勝負になるから、覚悟を決めて一気に描くことにしている。
 
 谷口 雅宣

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2008年6月15日

父の日に感謝する

 今日は「父の日」であるから、父に感謝の思いを表すために贈り物をした。とはいっても、読者もご存じのように、私の父はまったく欲のない人であるとともに、自分の必要なものは自分で買うし、すでに何でももっている。だから、私たちのこれまでの選択は、夏物のシャツやパジャマ、父が好きなクラッシック音楽や落語CDなどだった。が、近ごろはそういうものも揃ってしまったので、今年は別のものを考えた。それは、最近ブラジルで出版されたポルトガル語版の拙著『日々の祈り』(Oracoes Diarias: Pela Grande Harmonia entre Deus, a Natureza e o Ser Humano)である。ポルトガル語は父も私も読めないから、贈り物として意味がないかとも考えたが、この本がブラジルでも読まれるようになることを父に知ってほしかったのである。その旨を本の扉に書き、朝の挨拶の時に父に手渡した。父はベッドの上で仰向けになったまま、両手を天井に向けて突き出した格好で本を眺め、ページを開いて文字の上に目を走らせていた。父は英語は読めるから、ポ語の単語でもその意味をある程度推測できるのだろう。
 
Etegm0805152  実は、私はこの本の装丁が気に入っている。表紙は黄土色で革のような重厚感があり、背の部分が焦げ茶に切り替えてある。一見すると革表紙で背が布貼り風だ。その感じを、紙に印刷するだけでよく出している。表紙の文字は金箔押しで高級感がある。大きさは、日本の新書判より幅がわずかに広いだけで、手によくなじむ。ブラジルの人々に大いに利用していただければ幸甚である。
 
 夕食は、久々に3人の子どもが自宅に集まり、妻の手料理で家族パーティーとなった。家族5人での食事は、半年ぶりである。大いに会話がはずみ、料理はどんどんなくなった。一段落して、デザートの時間になると、今度は私が子どもたちから贈り物をもらった。Efuto080615 麻のシャツと手帳サイズのスケッチブックである。また、長男はバリ島に行ってきたということで、お土産としてネコの形をした木製の置物をもらった。このネコは緑色で、大・中・小の相似形の3匹が1セットになっている。その顔を見て、私は驚いた。以前、私が国内で買ったネコの置物と同じ顔をしていたからだ。顔は同じだが、格好がうんと違った。以前からのものは、大人しく座った形だが、今回のネコは前足を前方に突き出し、尻を上げて伸びをしている。なかなか愉快な格好なので、絵封筒のデザインに拝借した。
 
 天気もよく、清々しい夜の空気の中、楽しくありがたい一日が終ろうとしている。
 
 谷口 雅宣

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2008年6月13日

原宿を歩く

 今日の関東地方は梅雨の中休みの快晴で、気持のいい1日だった。アメリカでは、中部の諸州で豪雨が続き、川の氾濫で大勢の人々が家を失っている。これは農産物にも影響を及ぼし、「コーンベルト」と呼ばれるアイオワ州、イリノイ州などの中西部では、トウモロコシやダイズの植え付けが大幅に遅れただけでなく、洪水の被害が広がっているという。アメリカは世界最大のトウモロコシ生産国であり、輸出国でもある。これによって現在、値上がり中の穀物の値段がさらに上がる可能性もあり、世界の経済は予断を許さない。今日(6月13日)の『産経新聞』などが伝えている。
 
 幸いにも日本は、そのような大規模の洪水がまだ発生していない。今年の雨は数日降ったあとに、今日のように上がってくれる。そんな日に原宿の街を歩いた映像を動画にまとめてみた。今回の映像は「揺れる」のが気になる。これは、新しく入手した小型ビデオカメラを野球帽に装着して、歩きながらハンドフリーで撮ったからだ。考えてみれば、我々の目は、帽子と一緒に上下動を繰り返しながら世界を見ているのである。にもかかわらず、我々の歩行中の世界は、こんなに揺れ動かない。その理由は、恐らく我々の脳が網膜上で揺れ動く像を修正しつつ、世界を安定化しているからだ。何という優れものか、と改めて思う。
 
 谷口 雅宣

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2008年4月16日

日時計主義が直感できる

H_gallery2r_2  昨日の本欄を読んで「日時計主義はコムズカシ~イ」という印象をもった読者がいたとしたら、それは私の説明がマズイからである。もっと簡単に、ひと目で、直感的に「日時計主義は楽しい」「明るい」「オモシロ~イ」と分かる単行本が、このほど生長の家から出た。小関隆史氏の監修になる『光のギャラリー:絵手紙はWebにのって』である。同氏が運営するブログ「絵てがみ教室 ~アトリエTK」は本欄でも紹介したことがあるが、この絵手紙ブログに42人の読者から投稿された182点の作品を集め、フルカラー224ページの立派な本になっている。

 私の本が新書判なのに対し、この本はそれより一回り大きい四六判なので、収録された絵も大きく、ゆったりと鑑賞できる。様々なタイプの個性ある絵が豊富にあるのが見どころである。また、それらを描いた際の作者の気持と、小関氏のていねいで優しいコメントも、ブログに掲載されたままの形で収録されているから、投稿者と運営者の暖かい心の交流が感じられる。日時計主義を絵手紙やスケッチで表現した例として、よい参考になる本である。

 とにかく自由に、伸び伸びと、そして楽々と(つまり妙に緊張せずに)自分の感じたことをそのまま絵に表現すれば、メッセージは人に伝わるものである。上手下手など意識しないことが重要なポイントだ。本欄で「芸術表現について」と題して書いたとき、芸術表現を「対象に美を感じる過程(A)」と「感じた美を客観化する過程(B)」の2段階に分類したが、Aを人生の様々な側面に見出す感性が養われれば、日時計主義の第1の目的は達成される。谷口雅春先生を引用させていただけば、それは「“ものそのもの”(客体)に内在する美を、“感ずる心”(主観)が触発することによって、意識界に浮かび上がらせた」状態である。(『叡智の断片』、p.105)これが「光明面を見る」ということの、もう1つの意味だろう。Bの過程は、Aをマスターした後に、進めていけばいいのである。

 この本のページを繰っていくと、初めて絵手紙を描いた人からプロの画家まで、実に多彩な表現が次々に現れて飽きない。そして、「自分も描いてみよう~」という思いがきっと募ってくるに違いない。そんな読者のために「投稿用のハガキ」まで用意されているのは、さすがの演出である。実はこの本には、私の作品も(ただし“MT”という名前で)『太陽はいつも……』に収録されていないものが20点収録されている。モノクロのスケッチ12点と絵封筒が8点だ。

 谷口 雅宣

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2008年1月 7日

ロボット犬の襲来

 正月休みを利用して人形劇を作った。と言っても、ほんのイタズラのようなものだ。わが家ではクリスマス時に2人が誕生日を迎えるので毎年、家族パーティーを自宅でやる。その際、プレゼントとしてもらった動物の指人形と、犬の形をしたプラスチック製の電動按摩器を使って、ショート・コントのようなものをやったところをデジカメで撮映しておいた。後日それを見たら、何かのストーリーになりそうな気がしたので、追加のシーンを撮映しておいた。それをこの休み中に編集してできたのが、この作品である。
 
 伊勢へ行った時に完成させて人々に見せたが、大人には評判が良くなかったが、子供たちには喜ばれた。要するに「幼稚っぽい作品」ということだ。私としては、アメリカの外交政策のことを考えながらまとめたのだが……。
 
 谷口 雅宣

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2007年12月 2日

抽象画に挑戦

 生長の家の講習会で高知市に来たが、泊まったホテルの部屋に和紙を使った抽象画が何点も掲げられているのを見て、不思議に思った。ツインの部屋だったからベッドは2つだが、それぞれの枕側の壁に1点ずつ、その他の壁面には3点の計5点である。大小の違いはあるが、そのすべてが正方形に近い額縁に入れられていて、その中にやはり正方形に近い抽象画が収まっている。一見して、同一人物の作品と思われるが、署名のあるのとないのとがあった。署名は「M/A Godwin」と読めた。

 日本人の作でないことが意外だったが、昨今は芸術の国際化はむしろ当たり前だから、外国の作家が和紙の魅力に惹かれて、カンバスの代りに和紙を土台にして抽象画を描いたのだろう、と私は考えた。それらの絵は、和紙の毛羽立った感じや、ボコボコした感触を生かして、その上に、ペンや刷毛の勢いが明確に見えるように絵の具を載せ、一部には金箔さえ貼ってある。こうした素材と色の組み合わせと筆の勢いの感覚が、どこか日本画のようであり、また着物の帯や裾のデザインのような“懐かしさ”も与えている。
 
Abst01m  そんな作品に刺激されて、私も絵を描いてみたくなった。これまで抽象画など描いたことがないのに、である。題は「浮遊」とした。

 この「ゴッドウィン」という作家のことだが、読者からの情報でわかったのは、フルネームがマーク・アンドリュー・ゴッドウィン(Mark Andrew Godwin)という人で、1957年生まれのイギリス人ということ。28歳までロンドンとパリの芸術学校で学んだあと、銅板画の制作に携わっていたという。 日本に来たことがあるとしたら、その後のことかもしれない。彼の絵は、このサイトで見れる。

 谷口 雅宣

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2007年11月10日

小樽晩秋

 生長の家講習会を翌日に控えて、小樽市に来た。東京で聞いた天気情報では、小樽市の最低気温は「-3℃」ということだったので、裏地を付けたトレンチコートを用意した。北海道はもう一面に「冬枯れ」の景色だろうと思っていたが、千歳空港に着陸するために機首を下げるジャンボ機の窓から外を見ると、おそらくカラマツ林だろう、黄色や褐色に染まった森林が続いている。「ああ、秋に間に合った」と嬉しくなったのである。

 それから約1時間後に小樽市に降り立ったが、コートを着ていても寒さが感じられる。町中に掲げられた電光式の気温計は「8℃」を示している。ホテルにチェックインし、荷物を収めてから妻と連れ立って、夕食までの時間を“市内視察”に出かけた。セントラルタウン通りを南へ歩き、有名な寿司屋通りを横切ると上り坂となる。以前、スケッチしたことのある木造の教会を探しながら職人坂の方へ向ったが、道を間違ったのか、見知らぬ風景の家並みに出た。坂を下りてもと来た道の方へ向ったが、途中で出会った数少ない紅葉や黄葉の木を、何枚かデジカメに収めた。そうこうしているうちに、陽は傾いて町は薄暮に包まれていく。気温はどんどん下がっていくだろう。「寒いから帰りましょう」という妻の声に促されて、宿泊のホテルに向かった。ホテル前の電光気温計は「6℃」を示していたが、信号待ちしている我々の前で「5℃」に変わった。

Otar_111007m  ホテルの部屋にもどってから、撮影した写真のうち1枚を加工したものを、ここに掲げる。壁をつたわる蔦の葉の美しさを強調したかった。
 
 谷口 雅宣

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2007年10月31日

キノコ採りしませんか (2)

 10月25日の本欄で「なかなか行く機会がない」と書いた山梨の山荘へ、やっとやってきた。幸いにも紅葉はまだ終っておらず、鮮やかな赤や黄に染まった広葉樹の葉が、大手を拡げて私たちを迎えてくれた。「キノコも……」と期待に胸を膨らませて裏山の森の中を探索したが、ほとんど何もなかった。古くなって乾燥しかかったチャナメツムタケとドクベニタケが、ポツポツと出ているだけだ。飯盛山に近い美し森まで車で行き、1時間近く森の中を歩いたが、結果は大差なかった。もうキノコの季節は終わってしまったようだ。
 
Shimejim  ところが、道路沿いに出ている野菜販売所に立ち寄ると、クリタケやホンシメジ、ナメコが並んでいる。「あるところにはあるものだなぁ」と思いながら、それらのキノコのパックを見ると、生産者名を書いたラベルが貼ってあるではないか。店の人に訊くと「栽培したキノコです」という。なぁんだと思ったが、白いシメジは直径10㎝ほどもあり、鼻を近づけると独特のよい香りがする。妻を促して買ってもらい、夕食の味噌汁の具にしていただいた。ごちそうさま。
 
 谷口 雅宣

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2007年10月28日

森山大道写真展

 福岡市で行われた生長の家講習会のあと、同市中央区のビル内で開催されていた森山大道氏(69)の写真展「記録そして記憶」を見に行った。どこかにも書いたことがあるが、私は学生時代に写真に凝っていた時期があり、そのとき“心酔”していた写真家の一人が森山氏だった。彼の写真は決して「美しい」ものではなく、モノクロ主体でむしろ「乱雑」であり「猥雑」でさえあった。しかし、被写体を白と黒の粒子の荒い点の集まりに変換することで一種の“抽象化”を行い、それが明確な構図の中から訴えかけてくる力強さは、若い頃の私にはとても魅力的に感じられた。それに、夜の街中でストロボの閃光を発しながら、ファインダーを覗かずに撮る、という奇抜な撮影法がいかにも直感的で、神秘的に感じられた。「写真とは被写体を克明に美しく撮るもの」という常識の逆を行きながら、世間に受け入れられる作品を撮り続けているという点が、私の驚きだった。当時、慶応大学にいた友人を誘って夜の街へカメラを持って繰り出し、森山氏のマネをしてストロボを発光させていたことを思い出す。
 
 私は、森山氏の写真は一種の“異端”だろうと思っていたが、この写真展を案内する新聞記事を読むと、同氏は「海外でも評価が高い写真家」だそうで、そんな写真家の写真に惹かれた自分もあながち“異端”ではなかったのだ、と妙に安心した。氏は今年になって、長らく中断していた個人写真誌『記録』を数十年ぶりに再スタートさせたそうで、そこに掲載された写真と過去の写真を同じ会場に展示していた。その2つを見比べた限りでは、私には数十年の時間の差は感じられなかったのである。だから、「懐かしい」という気分を味わった一方で、何か物足りなさも感じた。

 この写真展を見ながら気がついたことがある。それは、私の写真の撮り方には、最近のものも含めて、構図や被写体の種類において、森山氏の写真が案外影響しているということだ。当時の私が好きだった写真家には、森山氏以外にも土門拳、秋山庄太郎、ユージン・スミスなどがいたが、それら3氏よりも森山氏の影響が強いのではないかと感じた。私はもちろん写真家ではないから、自分の写真が誰かから「影響を受けた」などと言っても、日本の写真界にとって何の重要性もない。これはあくまでも私個人の表現法の問題である。
 
 そこで、最近私が撮った写真をパラパラと眺めて、“森山流”と共通するものを探してみた。それをここに紹介するが、私が撮ったままの写真では“森山流”ではないので、それらしく加工したものも並べてみた。どんなものだろうか……?

 谷口 雅宣

Chair Chair_2

Whitedoor

Whitedoor
KidsKids_2

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2007年10月24日

交差した足

 私たちの足は、いつも体の最下部にあって体重をしっかり支えてくれている。が、普段はあまり注目されず、ケアされることも少ない。最近になって、足の裏のツボを刺激するサービスが登場してきているが、私はまだ世話になったことはない。その代わり、朝と夜に自分でマッサージをよくする。「今日も1日よろしく」、また「1日ご苦労さまでした」という気持を込めて……。

 今日、書店の美術コーナーを眺めていたら、フランスの画家、アンリ・マティス(Henri Matisse, 1869-1954)の晩年の作品を集めた本が目にとまった。彩色切り紙絵が中心である。マティスは晩年、体の自由があまりきかなくなってから、「紙にグワッシュで彩色した絵を切り抜いて並べる」という独特の手法で、新境地の絵画を創作したという。ハサミで紙を切り抜いた線は、筆やペンで描くものとは違う味わいがある。単調のようだが単調でなく、鋭いようでいて温かみもある。また、紙を重ねたり並べる際に、いろいろな位置や角度で簡単に“実験”してみることができる。そういう利点を大いに生かして、きわめてユニークな作品を数多く創り出した。

Feet  そういう絵を見ていた私は、よせばいいのに「パソコンの機能にも、似たようなところがあるなぁ……」などと思ってしまった。家に帰ってから、ベッドの上に脚を投げ出し、パソコンを膝に置いて自分の足を描いたのがこの絵である。たまには、1日の重労働に感謝をこめて、自分の足をしげしげと眺めるのも悪くないと思いながら……。しかし、あくまでも実験的な絵なので、くれぐれもマティスの作品と比べないでほしい。
 
 谷口 雅宣

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2007年10月22日

仙台の朝

 21日の朝、生長の家講習会が行われる仙台市のホテルで目覚めた私は、薄暗い室内のカーテンを開けて窓外の明るさに驚いた。晴天であることは予想できたが、朝日を受けて輝くビル群と、その背後に広がる山々の緑と大きな空、そして何よりも表情豊かな雲の行列に目を奪われた。時間があれば絵筆を握りたいところだが、この日ばかりはそうはいかない。私は大急ぎでデジカメを構え、数枚の写真を撮って、後日の資料にしようと思った。
 
Sendaim  こうして撮った写真から制作した絵を、ここに掲げる。パソコン上で実験的な手法を使っている。未完成な感じであるが、都会のまぶしい朝の感じが少しは出ていると思う。
 
 谷口 雅宣

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2007年10月21日

コケシを描く

 生長の家の講習会のために仙台市に来た。駅前のJRのホテルに前日にチェックインしたが、ここは駅ビルとつながっていてとても賑やかで、買い物や食事には非常に便利である。が、目に入る店はほとんどが東京で名の通った店で、“東北の地”に来たという感じがしない。旅人である私たちは、勢い「東京らしくない店」を探して歩き回るはめになった。実は、2年前の講習会のときも同じホテルに泊まり、同じ行動をした。そのときはローカル色豊かな土産物店に入って「鳴子コケシ」を1個買った。そのことは2005年10月22日の本欄に書いたから、詳しくはそちらを参照されたい。実は今回も、その同じ店へ行ってコケシを買った。何となく懐かしく感じたからである。

 前回買ったコケシは、近くのコーヒー店に入ってスケッチした絵を本欄に掲載し、それが今では単行本の『小閑雑感 Part 5』(世界聖典普及協会刊)の中の挿絵にもなっている。また、そのスケッチ画をもとにしたアクリル画が、同じ本の10月27日のページに載った写真に、ハローウィン・カボチャと一緒に写っている。そんなふうにコケシを扱ったことが、私のコケシに対する愛着を増したのかもしれない。今回買ったコケシは、前回のものより一回り大きく、黄色い和服を着ている姿が愛らしい。ホテルの部屋へもどってパソコンで描いた絵を、下に掲げる。
 
Kokeshim  講習会が終了してから東京行の新幹線に乗るまでの短い時間に、カメイ記念展示館という所へ寄って、絵画とコケシを鑑賞した。この施設は、仙台市の実業家で趣味人の亀井文蔵氏が60年以上にわたって収集した世界の蝶、絵画、また亀井昭伍氏が収集したコケシなどを一般に公開している所で、私は主として絵を観るつもりで行ったが、コケシも沢山の種類があるのを知って驚いた。短い時間ではあったが、東北の“文化の中心”に触れた気がしたのである。
 
 谷口 雅宣
 

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2007年10月11日

生光展を見る

 今日は休日を利用して、東京銀座画廊・美術館で行われている「生光展」(生長の家芸術連盟美術展)を妻と2人で見に行った。今年で29回目になる美術展だが、日本全国から57人が74点の作品を出品していて、油絵、日本画、水彩画、アクリル画、木版画、墨彩画、写真など多彩な媒体で“生命の美”を表現している。生長の家白鳩会総裁・谷口恵美子先生も「いただきもの」という題の墨彩画を出品されている。私は、今回は出品するような絵を描く余裕がなかったが、その代わり「絵封筒」という新しいジャンルの小品を10点出している。生光展は14日まで。

 絵封筒のことは6月8日の本欄に書いたが、絵を描いた封筒のことだ。ヨーロッパで生まれたもので、あちらでは「efuto」とローマ字で書くらしい。封筒の表面に大胆に絵を描き、その絵の中に切手をうまく取り込み、さらに宛先を書く場所をうまく用意するところに作家の工夫がある。また、切手を貼って実際に投函するから、スタンプが押されて宛先に届く。このスタンプが、現実と虚構の2つの世界を橋渡しするようで、また面白い。生長の家の美術志向の有志が集まるブログ「絵てがみ教室~アトリエTK」に絵封筒のコーナーがあるので、興味のある読者はご覧あれ。そこに電子的に掲示されている絵封筒の“実物”が、会場には展示されている。

 生光展を見てから、日本橋三越でやっている平山郁夫さんの新作展にも足を延ばした。生光展は、老若男女のプロとアマによる多様性が特徴だが、こちらは個展だから、平山郁夫という日本画家とじっくり対面しているような気持になる。会場の真ん中に対称的に配置された2枚のラクダの隊列の絵が、ひときわ目立った。1つは月夜の砂漠を行く隊列で、もう1つは西陽の中を行く隊列だ。意識的に同じ構図でシンメトリーに描かれているので、昼と夜の繰り返しの中を進むゆったりとした「時間」の流れが感じられた。これが、アラブのイスラム社会に流れる時間だとしたら、原理主義的思考が生まれるのも無理はないかもしれない、などと思った。

R0uault01  絵画展へ行くと、自分でも絵を描きたくなるものである。昨日も使ったタブレットPCの絵描きソフトを立ち上げて、自ら与えた“課題”に挑戦した。それは、パソコンで名画を再現する試みである。もちろん完全な再現などできるはずがないが、どこまで「それらしく」できるかを試したかった。そこで、20世紀初頭のフランスの画家、ルオー(George Anri Rouault, 1871-1958)の「ヴェロニカ」という作品の写真を脇に置いて、せっせとペンを走らせた。この作品は、ルオーが74歳ごろに描いたものと言われていて、ある解説者の言葉によると、「ゴシック芸術の天才たちと肩を並べ得る名作であるという点で、この作品はルオーにおいてもとくに優れたものである」らしい。

 ルオーの絵の特徴は、黒く太い線で人物や物の輪郭を描く点と、キリスト教の教えを内なるテーマとしている点だろうか。カンバスに油彩で描かれた原作の質感をパソコンで出すのは、至難の業である。
 
 谷口 雅宣

【参考文献】
○ベルナール・ドリヴァル著/高階秀爾訳『ルオー』(新潮美術文庫、1976年)

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2007年10月 6日

パソコンで絵を描く

 私は最近、長らく使っていたノートパソコンを“新調”して、ここ1週間ぐらい数々の移行作業を行っている。OSをWindows XP から Vista に思い切って変更してみたが、画面表示があまりにも違うので、あわてて旧式のXPのタイプに画面設定を変更して使うことにした。パソコンは毎日使う“道具”だから、とにかく慣れているものを無理に変更することはない、と私は思う。旧い機械は、キーボードのキーの文字が一部はげてきて読みにくくなっているのはいいとしても、ハードディスクが一杯になってきただけでなく、アクセスが遅くなり、実用上も不都合を感じるようになっていた。XPには、ハードディスクの“クリーンアップ”機能が付いているが、それを2~3回実行しても目立った変化はなかった。使わなくなったデータ等のファイルは、CDやDVDへ移しかえることもしているが、ご存じのように、私は最近になってビデオを撮るようになった。すると、ハードディスクがデータで埋まっていく速度がぐんと増したのである。
 
 新しい機械には、密かに期待していたことがいくつかある。その1つは、パソコンの画面をスケッチブック代りにしたいということだ。これは、ペン型の入力装置をマウスの代りに使う「タブレットPC」と呼ばれるモデルで可能だと考えていた。昨年6月15日同22日の本欄では、「ペンマウス」という付属装置を買って絵を描いたことを書いたが、これでは本物のペンのような動きができず、不自由さに閉口した。当時もタブレットPCを買おうかと考えたが、その際は旧いノートパソコンの方がまだまだよく動き、ハードディスクの残量も相当あったので買うのをやめたのだ。あれから1年が過ぎて、OSも新しくなったところで、ついにタブレットPCの購入を決意したというわけだ。
 
 タブレットPCは、普通のノートパソコンで液晶ディスプレイを開いた状態から、さらに目の前のディスプレイを裏向きに180度回転することができる。そして、回転後のディスプレイをキーボード上に覆いかぶせることができる。こうすると、ノートパソコンを閉じて液晶ディスプレイだけが見える状態になる。これの操作にはキーボードが使えないため、画面を特殊のペンで触れて操作することになる。このペンにはマウスと同等の機能があるから、“お絵描きソフト”を使い、画面上にペンを走らせれば、スケッチブックの代用になるはずだと考えた。旧PCでは、デジカメの写真や図版などをNeosoft社の「NeoPaint」というソフトを使って処理していたが、新PC上にはこのソフトをまだインストールしていない。しかし、新PCには、Windows 付属の「ペイント」という“お絵描きソフト”が入っていたので、まずはそれを使って実験的に絵を描いてみた。
 
 さほどの出来とは言えないが、ペンマウスを使ったものより自然な線が描けていると思う。機会をみて、いろいろ試してみたいと思う。
 
 谷口 雅宣

Teabottle Niigata
 

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2007年3月26日

オンライン絵画展

 今年の2月1日6日8日の本欄では、私が絵を描く際の心境や目的について書いた。また、その実践例として「わが町--原宿・青山」というスケッチ画のシリーズを掲載している。そこに掲げた絵はすべてモノクロのスケッチだ。それを見て拍子抜けした読者もいるに違いない。私がこれらの絵に色をつけていない理由は、簡単だ。時間的余裕がないからである。また、色を抜いてしまっても、絵の構図や濃淡の表現で、私が感じた風景のエッセンスは伝えられると思ったからだ。もちろん、それが成功しているものもあれば、そうでないものもある。さらに言えば、私が「成功している」と思った絵でも、それを見て「つまらない」とか「よく分からない」と感じる人もいるに違いない。それはそれでいいと思う。絵や写真はそういう性質のものだからだ。
 
 私はまた、風景スケッチだけをしているわけではない。すでにご存じの読者も多いと思うが、別のサイトには私の別の系統の絵を掲載してもらっている。そのサイトとは、生長の家の関係サイトで、「TK」というハンドルネームの人が運営している「絵てがみ教室 ~アトリエ TK」というブログである。ここで「MT」というイニシャルを使って絵を出しているのが、私である。ここにある私の絵は、日常で出会う当たり前の“小物”--例えば、茶碗、ポット、歯磨きチューブ、時計--を描いたもので、やはりモノトーンだ。その理由は、時間がないというよりは、モノトーンの方が、形や陰影の美しさや面白さがよく伝わると思ったからである。
 
 絵が好きな人で、このサイトへまだ行ったことがない読者は、どうぞ御来訪を。私のもの以外は皆、色つきで美しい作品ぞろいだ。そして、出品者の個性がよく出ているから、「絵」と一口で言っても、その多様性に驚かされる。また、運営者のTK氏の絵とエッセー(画文)もなかなかいい。「絵を描く」ということは、ものを見ることである。そして、「ものを見る」ことは必ず心の動きを伴う。この「心の動き」には、宗教で大切にする「心の持ち方」も含まれる。描く絵には、作者のその時の心の持ち方が正直に表れてしまうから、自分の絵を見ることで「自分の心を知る」ことができる。そういう意味で、絵画や芸術は自己反省の手段、さらには自己向上の手段にもなりえると思う。

 さて話は急に変わるが、ロンドンに絵画などの美術品を展示するサーチ・ギャラリー(The Saatchi Gallery)という画廊があるらしい。チャールズ・サーチという広告界の富豪、美術品収集家の経営になるもので、20年前からあるが、現在、建物は改装中らしい。この画廊は主として現代の芸術家、それも比較的無名の作家を扱い、そういう若い作家たちは、ここで見出されることで一躍有名になることが多いという。ギャラリーには年間60万人以上の見学者があり、その中には千以上の学校から訪れる学生・生徒が含まれるという。このギャラリーが昨年、ウェッブサイトを立ち上げて、絵画や彫刻などの芸術家や学生に自分の作品を自由に登録させることを始めた。インターネットの世界だから、イギリス国内はもちろん、それ以外の世界の国々の“芸術家”やその“卵”が、これによって自分の作品を広く展示することが(少なくとも電子的には)可能となった。

 そのニュースが口コミで広がり、さらに昨年12月には『ニューヨーク・タイムズ』などのメディアが取り上げたことで、一種のブームが生れている。誰でも登録できるというので、中にはワケの分からない芸術もあるようだが、最近はメンバー同士が展示作品を10段階で評価する「ショーダウン(勝負、対決)」という催しなどをして、話題をまいている。私もいくつか色つきの作品を登録しているので、興味のある読者は、トップページの「English」からリンクをたどってご来訪あれ。もちろん、読者自身の絵を登録することもできるから、“世界の舞台”へ挑戦も可能である。
 
谷口 雅宣

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2007年3月 9日

クロスワードを解く (8)

 だいぶ遅くなってしまったが、2月22日の本欄に掲載した「教義クロスワード No.8」の解答は、以下の通りである。

【縦の答え】
(イ)常住。(ロ)かばう。(ハ)体得。(ニ)一宇。(ホ)運。(ヘ)大生命。(ト)茎。

【横の答え】
(ハ)対談。(チ)一意。(ホ)うめく。(リ)羽化登仙。(ヌ)自縛。(ル)湧。(ヲ)神域。

 今回の出題の中には、あまり宗教的な内容のものがなかった。その中でも縦の(イ)と横の(ヌ)には触れておいていいかもしれない。
 
「常住」という言葉は仏教から来ていて、サンスクリットの「nitya」の漢訳という。(太陽出版『仏教日常辞典』)これは「生滅変化のない」という意味で「無常」の対語である。聖経『甘露の法雨』の「物質」の項には、神に創られたままの完全な人間は「常住健康永遠不滅なる生命なり」とある。また「実在」の項には、「実在を知り、実在に住(お)るものは、消滅を超越して常住円相なり」と書かれている。だから、生滅変化する無常なる現象の奥に、永遠に存在する完全なるものを形容した言葉の1つが、「常住」である。英訳の聖経では、これに「constant」(恒久の、不変の)という語を充てている。「無常」は「impermanent」(永続しない)と英訳されることが多いが、この対語が常住であれば「permanent」という訳語も使えるはずだが、使っていない。

 生滅変化する現象の“奥”に、常住不変の実在があるかどうかという問題は、哲学の古典的課題でもある。生長の家では、現象の奥に神の創造になる実在があると考えることは、改めて言うまでもない。このことについては、前回の「クロスワードを解く (7)」で「今ここ」とはどこかという説明でも触れた。また、昨年11月15日17日で扱った「神の国」の在りかとも深く関係している。これらは宗教的な説明だが、理論物理学の考えを借りて説明を試みた文章もある。興味のある方は、拙著『心でつくる世界』(1997年、生長の家刊)の290ページから305ページあたりを参照してほしい。
 
 さて、「自縛」のことを「“こうでなければならない”と心に掴むと、この状態になる」と説明した。辞書的な説明には「①自分で自分を縛ること」と、「②自分の言葉(主張した意見)のために、かえって言行の自由を失うこと」(『新潮国語辞典』)がある。私の説明は、この①②より広義の意味になっている。なぜなら、私たちは「自分の言葉」を発することなく、心で「こうでなければならない」と固く信じるだけでも、十分に自縄自縛することがあるし、個人だけでなく、国家や社会全体がそういう状態になる場合もある。生長の家では「自然法爾」を説くことで、そのような“心の凝り”をなくすことをお勧めしている。
 
 さて、冒頭で私は今回のパズルに「宗教的なものが少ない」と書いた。この理由は、密かに用意しておいた“アンチョコ”のデーターが枯渇してきたからだ。そこで、これを機会にクロスワード・シリーズは一応終りにしたいと思う。パズルを考えるのは、それを解くよりも多くの時間がかかる。そういう時間的余裕がなくなってきたので、残念ではあるが本企画は幕引きとしたい。
 
 そもそも宗教の教えを「パズル」にするなどという発想は、不真面目で不遜だと考えた読者もいるかもしれない。しかし私は、このパズルで「教え」そのものよりも、主として教義に関する「知識」を扱ったにすぎない。その種の知識を覚えたからといって、真理を体得できるとか、悟りが開けるわけではない。かといって、そういう知識が“救い”や“悟り”のために全く役に立たないわけでもない。それは、目的地に行く道程に立っている「標識」にも似たものである。標識の見方を知っている方が、知らないよりも早く、楽に、目的地に着くことができる場合が多い。しかし、標識を見て行き先がわかっても、自分の足でその方向へ実際に歩かなければ、永遠に目的地に着くことはできない。宗教上の真理は結局、実践の中から体得されるのである。

谷口 雅宣

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2007年2月15日

クロスワードを解く (6)

 2月9日の本欄に掲載した「教義クロスワード No.6」の解答を発表する。

【縦の答え】
(イ)非実在。(ロ)手交。(ハ)日蓮。(ニ)優曇。(ホ)自己処罰。(ヘ)菊石。

【横の答え】
(イ)比喩。(ロ)精進。(ト)どこ。(チ)自己認識。(リ)通知。(ヌ)欲。(ル)霊媒。(ヲ)イコン。(ワ)津市。

 今回“ひねり”が入った設問は、縦の(イ)と(ヘ)、横の(ヲ)だっただろうか? 生長の家の初心者が聞いて驚くのは、恐らく「肉体は無い」という教えだろう。普通我々は、自分の感覚を通じて「肉体がある」ということをイヤというほど感じている。特に病人は、「自分の肉体の特定部分が普通でない」と強く意識しているから、それが「ない」と言われると「何とベラボーな教えだ」と反発する人もいる。が、この強烈な言葉に反語的な意味を察知し、「どういう意味か知りたい」と興味を示す人もいる。そういう取っ掛かりを提供するという意味で、「肉体は無い」は強力なメッセージである。

「肉体は無い」は、「肉体は実在でない」もしくは「肉体は非実在」という意味である。『広辞苑』(第1版)には、「実在」の意味として「実際に存在するもの。単に考えられただけのものや想像・幻覚など、単なる主観の産物に対して、このような思惟或は体験・主観とは独立に客観的に存在するもの。(中略)更に自然を生滅変化の現象界と見る時は、このような現象的規定を超越する恒常不変の形而上学的実体・本体を意味する」とある。ずいぶん難解な定義だが、これが哲学で「実在」を扱うときの意味である。生長の家では、ほぼこの定義に沿った意味で「実在」という言葉を使う。我々の肉体は細胞の集まりであり、その細胞の構成元素は刻一刻入れ替り、細胞自体も新陳代謝でどんどん入れ替っているから「実在」ではないのである。

 中生代の標準化石とは「アンモナイト(ammonite)」のことで、日本語ではこれを「菊石」と呼ぶ。アンモナイトは「アメンの角」という意味で、アメンとは古代エジプトの都・テーベの守護神の名前だ。この神は雄羊の頭をもって表現されていたから、その巻いた角のことを言った。つまり一時期、アンモナイトは雄羊の巻き角の化石だと思われたのだ。が、現在では、白亜紀に絶滅した軟体動物頭足類に属するものとされる。これは、現在のオウムガイとの共通点が指摘されている。様々な大きさや形体のものが化石として残っており、成体の殻の大きさは、直径2~3センチの小さいものから2メートルを超える大型のものまである。

 イコンとは、パソコンで使う「アイコン」(icon)に通じる言葉だ。ロシア正教(東方正教会)で信仰の要となる聖母、聖人などの聖画像のことを指す。聖堂内のみならず信者の自宅にも安置されて崇敬される。木板に聖像を描いた形式のものが多く、掲げる場所によって大小さまざまなものがある。「イコン」という名称は「肖像」「似姿」「心に思う像」などを意味するギリシャ語に由来する。最も古いものは、シナイ山にあるカテリナ修道院にある6世紀ころのものという。神学上は「それを拝する者の心を不可視の原像、神の本質へ導くもの」とされる。
 
  第7問を以下に掲げる:

Cwp6x6007 【縦のカギ】
(イ)現象はすべてこの状態。
(ロ)心の底から宣言すること。
(ハ)貧しい人にはないとされているもの。
(ニ)旧約聖書の預言者の1人。
(ホ)神武天皇を苦しめた強敵。
(ヘ)ココナツの汁を発酵させて作った寒天状の食品。

【横のカギ】
(イ)岐阜県南部。
(ロ)日本神話に登場する霊界の女神。
(ト)死、悩み、苦しみのことを聖歌『神の国なり』でこう呼ぶ。
(チ)年上の女の兄弟。
(リ)植物に栄養を与えること。
(ヌ)イザナギ、イザナミの両神から生まれた神で、葦舟に入れて流された。
(ル)実相はどこにある?

谷口 雅宣

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2007年2月 9日

クロスワードを解く (5)

 遅ればせながら、1月30日の本欄に掲載した「教義クロスワード No.5」の解答を発表する。

【縦の答え】
(イ)母系。(ロ)強さ。(ハ)和子。(ニ)罪の子。(ヘ)至妙。(ホ)理路。(ト)祈祷師。

【横の答え】
(イ)菩薩行。(チ)国家意識。(リ)水戸。(ヌ)牛。(ル)岩海苔。(ヲ)心の眼。

 今回悩んだのは、縦のカギの(ニ)である。ややこしい表現になってしまった。「ある宗教で……」という表現を使い、さらに「人間を“性悪”と考えるとき」という条件まで加えた。もっとストレートに「キリスト教で……」と書けばいいのに、と思う読者がいるかもしれない。しかし、そうしなかった理由がある。すべてのキリスト教で「人間は罪の子」と説いているわけではないからだ。最近、NHKのドラマ『芋たこなんきん』で、小料理屋の女将役をやっているイーデス・ハンソンが「人間はみな神の子や」と言ったのを聞いて、私は妻と顔を見合わせた。原作にこんな台詞があるかどうか知らない。また、彼女がキリスト教信者なのかどうか分からない。あるいは、自ら考案した台詞なのかもしれない。が、何となくピッタリ来る言葉だったと思う。

 生長の家の講習会でもこのことに触れることがあるが、実は聖書の『マタイによる福音書』には、間接的な表現ではあるが「人間は神の子である」という意味のことが書いてあるのだ。まず第一に、イエスが弟子たちに教えた“模範的祈り”ともいうべき「主の祈り」(6章9~13節)の冒頭には、神への呼びかけの言葉として「天にいますわれらの父よ」と祈れとある。「われら」とは一般の信者が自分を指して使う言葉だから、「われらの父」が天にいるのならば、子である一般信者はみな「神の子」ということになるだろう。そういう表現をイエスが“模範的祈り”の中で使えと言っているのだから、少なくともイエス自身は「人間は罪の子だ」とは考えていなかったと推測できる。
 
 それだけではない。以下に列挙する聖句をじっくり味わってほしい:
○敵を愛し、迫害する者のために祈れ。こうして、天にいますあなたがたの父の子となるためである。(5:44-45)
○あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい。(5:48)
○あなたがたの父なる神は、求めない先から、あなたがたに必要なものはご存じなのである。(6:8)
○もしも、あなたがたが、人々のあやまちをゆるすならば、あなたがたの天の父も、あなたがたをゆるして下さるであろう。(6:14)
○空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取りいれることもしない。それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる。(6:26)
○あなたがたの天の父は、これらのものが、ことごとくあなたがたに必要であることをご存じである。(6:32)
○あなたがたは悪い者であっても、自分の子供には、良い贈り物をすることを知っているとすれば、天にいますあなたがたの父はなおさら、求めてくる者に良いものを下さらないことがあろうか。(7:11)

 こうやって続けて読んでみると、「人間はみな神の子や」という台詞の説得力が伝わってくるだろう。

 第6問を以下に掲げよう:

Cwp6x6006 【縦のカギ】
(イ)あなたの肉体は?
(ロ)手で直接渡すこと。
(ハ)仏教の宗派の開祖。
(ニ)インドの想像上の植物。花は三千年に一度咲くとされる。
(ホ)不幸や戦争の原因の1つ。
(ヘ)中生代の標準化石の日本名。イカやタコの仲間と言われる。

【横のカギ】
(イ)宗教教典でよく使われる説明の仕方。現象的に存在しないものを、これで暗示する。
(ロ)仏教で心を込めて善業を修めること。転じて肉食をしないこと。
(ト)「馬の骨」と「吹く風」に共通するもの。
(チ)人間にしかない能力の1つと言われている。最近、チンパンジーやイルカにもあるという研究も出た。
(リ)講師試験の結果も、これによって分かる。
(ヌ)人間が愛し、また憎むもの。
(ル)死者からのメッセージを伝えるとされる人。
(ヲ)肖像や偶像のこと。キリスト教では聖母像や聖画像を指す。近頃はコンピュータでも使われる。
(ワ)三重県の都市。

谷口 雅宣

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2007年2月 8日

意味と感覚

 一昨日(6日)の本欄では、七面倒くさい議論で読者を煙に巻いてしまったかもしれない。私が絵を描く動機を理解してもらおうと思ったのだが、かえって誤解の種になってはいけないと思い、別の角度から説明したい。
 
Mtimg070208  休日の今日、私はある生活雑貨店へ妻とともに行った。そこにはいろいろな趣向を凝らした食器、洗面用具、文具、絵本、玩具などが並んでいて、手に取ったり、眺めているだけでも十分楽しめる。そんな中に、私はここに掲げた絵にあるようなものを見つけたのである。左側のマグカップのことではなく、その右に並んだ大きなテントウムシのようなものだ。最初、私はこれをテントウムシの縫いぐるみだと思った。ところが、近くに置いてある説明書きを読むと、「パソコン・ディスプレイの埃を拭くためのクリーナー」だという。私は「参ったなぁ~」と思った。
 
 何に参ったかというと、この商品ほど「意味」と「感覚」のズレが大きいものに、私は近年出くわしたことがなかったからだ。簡単に言えば、デザインが意表を突いているのである。パソコンのディスプレイには静電気で埃が付きやすい。それを取り除くためには、私はティッシュペーパーを使ったり、その目的で売られている薬を浸み込ませた布で拭いたり、もっと無精なときは、着ているセーターの肘で拭ったりする。だから、こんな縫いぐるみ型のクリーナーがあるなど想像もできなかった。これで埃を除くには、テントウムシの“お腹”の部分をディスプレイの表面に当ててこするのである。そのために、手でつかみやすい大きさになっている。つかみ心地も悪くない。そして、“お尻”の脇に細いリボンのリングが付いていて、突起状のものに吊るすことができる。パソコンのディスプレイの上に置いたり、脇に吊るしておける、ユーモア溢れたマスコット兼掃除用具というわけだ。

 この商品と、あの七面倒くさい議論の間に何の関係があるのだろう? こんなふうに考えてみてほしい--この商品を見たことのない客がこの店に電話をして、「そちらに何かバレンタインデーの贈物にできる商品がありますか?」と訊いたとする。電話に出た店員は、そのとき別のことに気を取られていて「パソコンのディスプレイ用のクリーナーがありますが、どうでしょうか?」と答えたとする。これは“意味優先”の説明の仕方であり、店員の答えは決して間違っていない。しかし、電話口の客は恐らく、そんなものはいらないと考えるだろう。なぜなら、ディスプレイ用クリーナーをバレンタインデーに贈るなど無粋だからだ。ところが、同じ店員が「バレンタインデー」という言葉にピンときて、少し気を利かせて「かわいいテントウムシの縫いぐるみがありますが、これはパソコンのディスプレイの埃取りなんです」と“感覚優先”の説明をしたとしよう。これならば、電話口の客が興味を示す可能性はグンと増すはずである。

 客にもっと興味を持たせるには、この店のインターネットのサイトに、テントウムシ型のクリーナーの実物の写真を大きく掲げることだ。この方法は、「他人の目」と「言葉」を介さずに、客に直接商品を見せることになる。それを一見して「わぁ、かわいい!」と思った人は、それから「これは一体何?」と、その商品の「意味」を考えるだろう。目から入った「感覚」が先で、それを「ディスプレイ用クリーナー」という意味に結びつけるためには、言葉が必要だ。その言葉を聞いて(あるいはパソコンの画面で読んで)「なぁーんだ」と落胆する人はこれを買わないだろう。が、「かわいい」という印象をもち続ける人や、「へぇー、面白い」と思う人は、値段しだいでは買ってくれる可能性がある。買うということは、価値を認めることだ。
 
 この例では、“意味優先”の視点で見るとつまらないものでも、“感覚優先”の視点に切り替えると、その価値が認められる場合があることが示されている。都会の生活に価値を認めるためにも、これと似た方法が有効だと思う。言葉を介さずに、都会の事物を直接感覚で受け取るのである。言葉が我々を導いていく先は「意味の世界」であることが多い。これに対して、感覚は我々を直接感動へと導くことができる。

 例えば、読者は毎日、新宿3丁目を経由して仕事場へ行くとする。そのとき、1軒の喫茶店の前を通るとしよう。この店を「通勤路の新宿3丁目にある喫茶店」として捉えるのが“意味優先”の視点である。こういう見方では、この店への関心はほとんど生じないだろう。しかし、ある日、その通勤路で「西日を浴びて、木の肌を克明に見せた板壁の店」が見えたとしよう。もちろん、この喫茶店がそう見えたのである。その時、「なんだ、いつも通る店じゃないか」と考え直して“意味の世界”へもどってしまわずに、見えたとおりの光景をじっと味わってみるのはどうだろう。その板壁の文様が心を打ったならば、それをしっかりと見て、心に留めるのである。そして、その感動を絵に描けばいい。

 私のいう“感覚優先”の視点を、理解してもらえただろうか。忙しい都会人は、大抵“意味の世界”で生きている。そこから“感覚の世界”へ移って都会を見れば、そこにはまだまだ感動すべきものが沢山ある、と私は思うのである。

谷口 雅宣

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2007年2月 6日

わが町--原宿・青山 (2)

 2月からオープンした表題の欄に、読者(鑑賞者?)からいろいろなコメントをいただき、有り難く感謝している。絵画やスケッチの類は、見る人によっていろいろな感想があっていいと思う。だから、私がスケッチに表現した街並みを見て「ひしめきあっていて息苦しい」とか「馴染みにくい」などと言ってもらって一向に構わないのである。東京の町並みがひしめきあっているのは事実であるし、東京に多くある奇をてらった建物は馴染みにくいのが普通だからだ。そういう町並みや建物を描けば当然、息苦しく、馴染みにくい絵になる。

 でも、どうしてこれだけの数の人間が息苦しく、馴染みにくい町に住んでいるのだろう? 毎朝、電車や駅の殺人的な混雑を修行僧のように黙々と潜り抜けて、職場でも忙しく時間に追われる仕事をし、疲労して家路につく。それが、給料のためだけとは私には思えないのである。もっと何か、「生き甲斐」と言えば大げさだが、「夢」とか「憧れ」とか「希望」みたいなものを、人々は大都会に抱いているのではないか。自分の仕事にそれを抱く人もいる。が、それができなくても、アフターファイブや、まだ遭えない恋人には抱ける。また、ロードショウとか、大美術館とか、最近話題のナントカヒルズとか、ナントカプレースなどへ行けば、そこには綺麗に演出され、ガラスの飾り棚に入れられて「夢」「憧れ」「希望」が並んでいる。手を伸ばせば、まるでつかめそうな距離に……。
 
 夢、憧れ、希望は、小さいガラスケースにも収められるが、大きな建築物にも表され、街並みにも表現できる。こうして表現されたものが、自分の抱く夢、憧れ、希望とは違っていても、それぞれの表現物はそれぞれの“良さ”を持っていないだろうか? キラキラした夢であっても、ケバケバしい憧れでも、キャンキャンと騒がしい希望であっても、それらを少し距離をおいて外から眺めるとき、普段気づかなかった人間の温かさ、人生の素晴らしさや愛おしさが伝わってこないだろうか? そんな良さは、新しいものの中にあるだけでなく、朽ち果てそうな古いもの、あるいは全く普通の平凡な、当たり前のものの中にもあるのではないか? それを獲物探しの“ハンターの目”になって物色する--私はスケッチの際、こんな心境になっているような気がする。
 
 直感的で、分かりにくい表現になってしまったので、論理的な説明を試みよう。物事には大別して2つの側面があるように思う。1つは「意味」を伝えるもの。もう1つは「感覚」を通して訴えるものである。例えば今、私の執務室の窓から外を見れば、隣接地の工事現場に、山吹色の穴掘り用の機械が聳え立っているのが見える。これを見て「景観を壊す工事用機械」という「意味」を脳裏に刻む人もいれば、その機械の色と形が昔、子供のころ自分が割り箸で作ったゴム鉄砲に似ていると感じ、「巨大なゴム鉄砲が空を向いて立っている」と感じる人がいるかもしれない。前者は“意味優先”のものの見方であり、後者は“感覚優先”のものの見方と言える。私たちは、この2つのものの見方を、その時の気分によって組み合わせて使っているのではないだろうか。
 
 “意味優先”のものの見方をする場合、私たちは目の前にあるものを自分の現在の目的との関係で意味づけ、価値判断する傾向がある。例えば、朝の通勤時に先を急いでいる時、駅前広場でバインダーを抱えた青年が近づいて来ると、私たちはその人を「行く手をさえぎる邪魔者」として見る。この場合、その人を含めた私たちの周りの“外界”は、どうしても「自分の手段」のように目に映っている。自分との利害関係の有無で「善」と「悪」と「無関係」の3種類の意味づけを行う傾向が出てくる。自分の現在の目的に貢献するものは「善」であり、それを妨げるものは「悪」となり、無関係のものは「非存在」の中に消えてしまうのである。これでは、私たちはいったい何を見ているのか分からない。多分、周囲のもの「そのもの」など全く見ていないから、素晴らしいもの、美しいものがあっても気がつかない。そこに何十万色の豊かな色彩があっても、自分の心で白(善)、黒(悪)、灰色(無関係)のたった3色に減色した世界を見ているかもしれないのだ。
 
 都会の生活はどうしても“意味優先”になりがちだ。だから、“感覚優先”のものの見方に切り替えることで、普段見えなかった何か素晴らしいものが、モノトーンの、平板な意味の裂け目から顔を出してくれないだろうか……そんな期待を込めて街を歩くのも悪いことではない、と思うのである。

谷口 雅宣

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2007年2月 1日

わが町--原宿・青山

 知らぬ間に、今年もすでに1カ月が過ぎてしまった。新しい月になったところで、本サイトでの新しい試みについてアナウンスしておこう。すでに気がついている読者もおられるだろうが、本欄のサイドバーにリンクを張って、私のスケッチ画を並べたサイトへ行けるようにしてある。名づけて「わが町--原宿・青山」である。
 
 私も五十路を越えて5年も過ぎたためか、“里心”がついたようだ。私は現在の居所のある東京・原宿の地で生まれ育ち、社会人になってからは高井戸、菊名、駒沢などで生活したこともあるが、結局この地に自宅を建てて落ち着いた。だから、「里心がついた」という表現は奇妙に聞こえるだろう。しかし、現在の原宿は、私が育った当時の原宿とは似ても似つかない繁華街である。駄菓子屋や八百屋、魚屋、材木屋、おもちゃ屋が並んでいた素朴な通りは、欧米の一流ファッション・ブランドが入った高層ビルが林立する目抜き通りに変身している。

 この明治神宮の表参道のことを、私は密かに「ヴァニティー・ストリート」(Vanity Street)と名づけている。ヴァニティーとは、「役に立たない」とか「空疎な」とか「虚栄の」という意味の形容詞「vain」の名詞形だから、私が何を言おうとしているかは分かるだろう。アメリカには「ヴァニティー・フェアー」(Vanity Fair)という有名な月刊誌があるが、それは主として芸能人などのセレブリティーの考えや動向を記事にしている。原宿近辺にも芸能人が住み、ブティックやビューティー・サロンが軒を接するように立ち並んだ。そういう外見の良さばかりを追う街になってしまったことを、私は半分苦々しく思っているのである。

 とは言っても、こういう変化には“良い面”もある。ヴァニティーを追求する人々はまた、美的センスに長けていることが多い。だから、この街を歩いていると、無秩序に建てられる家屋やビルの中に、裏通りの路地の一画に、ハッとするような風景が現れることがある。また、懐かしさを感じる古い町並みがまだ残っている一画もある。そういう一画は、しかし次に行った時にはもう無くなっていることが多いのだ。この辺りは開発が急速に進んでいて、1年たつと風景が変わってしまうのだ。

 今日(2月1日付)の『朝日新聞』によると、昨年1年で全国で着工された分譲マンションの戸数は過去最高を更新したという。バブル期の最高を記録した1990年が23万8600戸だったのに対し、それを14戸上回ったらしい。「道理で……」と私は思った。原宿・青山辺りでは、今流行の高層マンションがどんどん増えているだけでなく、商業ビルや2~3階建ての住宅の建設も続々と進んでいる。これを「新しい街並みの出現」と見ることは、もちろんできる。しかし、私自身にとって、それは「喪失」であるということを最近、感じ始めた。多分、年を取ったからだ。私の心の中で、過去の思い出が、未来への期待よりも大きな位置を占めるようになってきたのかもしれない。

 そんな新旧相い並ぶ混沌とした街の中で、私の心に残る、あるいは現在印象を刻みつつある風景を記録しておくのも悪くない、と思ったのである。だから、古い建物も新しい建物も差別せずに、しかし、事の性質から、あくまでも私の主観100%で選んだ風景をスケッチしている。読者から感想など聞かせていただければ、幸いである。

谷口 雅宣

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2007年1月30日

クロスワードを解く (4)

 1月16日の本欄に掲載した「教義クロスワード No.4」の解答を発表しよう。

【縦の答え】
(イ)心眼。(ロ)大宇宙。(ハ)馬。(ニ)釈迦。(ホ)弱肉。

【横の答え】
(イ)執着。(ニ)捨。(ヘ)祭壇。(ト)蟹。(チ)我執。(リ)馬屋。

 今回は、“ひねった”問題と言えるのは横の(ヘ)だろう。これについて生長の家の神示と無関係なカギを書くこともできたが、それでは「教義クロスワード」の名が泣く。そこで強引に神示に結びつけたから“こじつけ的”になってしまった。しかし、練成会でおなじみの「食事の祈り」(昭和5年11月4日)が最初の神示であることを知っている人は、簡単に解けただろう。その第一行目には、「聖書に吾らが祭壇に対して供物を献ずるに当っては、先ず兄弟と仲直りしなければならないと云うことが書いてある」とある。

 横の(イ)については、異論のある人もいるだろうから、少し解説しよう。「この世の悪の根源」と呼ぶような重大なものが、「人間の執着心」という、考え方によってはごく些細な、時とともに消えたり、生まれたりするものであるはずがない、と考える人は少なくないかもしれない。そういう人は、この世には“悪神”“悪霊”“悪魔”のような、何か動かしがたい悪の実体があると考えている場合が多い。私は、前回と前々回の本欄で、そんなものはないという話を書いた。理解していただけただろうか? 特に前々回は、二酸化炭素などの温室効果ガスを大気中に排出する行為「それ自体」は悪でないと書いたが、その意味が伝わっただろうか?

 それは、「温室効果ガスをどんどん出しても構わない」という意味では決してない。温室効果ガスを大気中に排出するという行為「それ自体」は善でも悪でもないが、その行為が行われる状況が変化するに伴って、同じ行為が善とも悪ともなる、という意味である。産業革命が始まった頃は、蒸気機関車や蒸気船がまだ珍しい時代だから、それに伴って発生するCO2の量は、今日に比べればごくごく少量である。だから、当時はその行為の善悪はまったく問題にならなかったどころか、もしかしたら「空は無限に広いから、そこへ排出して済むことはいいことだ」と考えた人がいるかもしれない。今日では、温室効果ガスの排出量があまりにも多くなってしまったために、地球環境と生態系が破壊され、海面上昇によって島国や海岸近くの都市が消滅する可能性が増大している。この状況を我々が心で「悪い」と評価するのである。
 
 では、この“悪現象”は、人間の執着心とどういう関係があるのか? この質問に答えるためには、我々が現在、CO2などの温室効果ガスの排出を減らせない理由を考えてみるといい。おびただしい数の工場があり、自動車産業があり、そこで働く人々がおり、大勢のドライバーが存在し、巨大な石油産業があり、化石燃料を使う電力会社があり、それらから政治資金を得ている大勢の政治家がいる。このような人々が、自分の目の前の利益が減ることを嫌がるのはなぜだろうか? それは「人間の執着心」と関係がないだろうか?……こうして、我々の執着心が原因となって“悪現象”は消えずに続くのである。

 第5問を以下に掲げよう:

Cwp6x6005 【縦のカギ】
(イ)母方の血筋。
(ロ)他への影響が大きいこと。簡単に諦めないこと。
(ハ)良家や目上の人の男の子。
(ニ)一部の宗教で人間を「性悪」と考えるとき、こう呼ぶことがある。
(ホ)考えや話の筋道。
(ヘ)この上なく優れていること。または不思議なほど巧みなこと。。
(ト)祈りを行う神官あるいは僧侶。

【横のカギ】
(イ)他への慈悲を目的とした宗教的実践。
(チ)自分を国の一員として肯定的に捉えること。冷戦時代には、これが抑圧されていた。
(リ)茨城県の都市。
(ヌ)この動物の体重を1kg増やすためには、穀物を7~8kg食べさせなければならないと言われている。
(ル)日陰の岩や木の根元に生える葉状地衣。食用にする海藻に同名の別種がある。
(ヲ)肉眼で見えなくても、これで見えることがある。

谷口 雅宣

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2007年1月23日

クロスワードを解く (3)

 1月16日の本欄に掲載した「教義クロスワード No.3」の解答を発表しよう。前回同様、文字のみの解答である:

【縦の答え】
(イ)布施。(ロ)苦楽。(ハ)一縷。(ニ)不生不死。(ホ)悔い。(ヘ)良い笑い。(ト)卍。

【横の答え】
(ニ)不如意。(チ)正師。(リ)調和。(ロ)狂う。(ヌ)ラマ。(ル)福音。(ヲ)苦しい。

 今回の“ひっかけ”的問題は「悔い」だろうか。これのカギを「内部神性の表現の1つ」などと書いたため、「愛」とか「慈悲」とか「善」などの語を入れて、正解までの道のりを長くしてしまった人がいるかもしれない。私はここで「人間が悔いたり後悔することは、実は人間の内部神性が表現されつつある過程である」ことを確認しておきたかった。このことは、すでに昨年10月1日2日の本欄で「表現者の悩み」と題して説明した。「仏である人間がなぜ迷うか?」という問いに対して、「仏であるがゆえに迷う」と答えたのを思い出してほしい。

 次に“ひねった”問題としては、縦の(ト)の「卍」のカギだったかもしれない。ここに「地図などで使われる寺院のマーク」などと書けば、簡単に正解が得られるとは思うが、あえて「仏像の胸などに描かれた吉祥万徳の印」とした。これは、そういう事実を知らない人が案外いるかもしれない思ったからだ。意地悪のためではなく、そのことを知っていただきたかった。なぜなら、これは生長の家のマークの構成要素でもあるからだ。白川静氏の『字統』(平凡社、1994年)によると、これは「十字形の各末端に、回転方向をつけた形」で、「吉祥万徳の集まるところの印とする」から仏像の胸に描かれるのである。左回転を「左卍」、右回転を「右卍」と呼ぶ。
 
 また「卍」は何も仏教専属の印ではなく、世界中で使われてきた宗教的表象でもある。ギリシャでは「ガムマテ十字」あるいは「ガムマディオン」と呼ばれ、インドでは「スワスティカ」と呼ばれる。古代ギリシャの陶器や地中海沿岸の国々の貨幣のデザインにも使われている。「鍵十字」とも呼ばれていて、北ドイツ、スカンジナビア地方では雷神であるトルー神の持つハンマーにも刻印され、古代アングロ=サクソン民族の墓所にも見られるという。このほか、アフリカのアシャンティ族の青銅器や、中南米、ユカタンなどの諸部族の用具にも見られ、古代のマヤ文化では日輪のマークとともに石板に彫られているというから、興味深い。回転方向の別は、一般に右旋は白魔術・進行的、左旋は黒魔術・退行的とされるが、必ずしも世界共通ではない。生長の家のマークにあるのは「左卍」だが、これがナチス・ドイツが採用した「ハーケンクロイツ」を一部に想起させるため、西洋社会での反発(無知から来るものだが)を考慮して国際平和信仰運動のマークが考案された。

 さて、第4問を以下に掲げる。

Cwp6x6004 【縦のカギ】
(イ)肉体の目に見えなくても、これによって見えることもある。
(ロ)「生長の家」という言葉の意味。
(ハ)動物の名。
(ニ)世界四大聖人の1人。
(ホ)現象の生物界の1側面。

【横のカギ】
(イ)この世の悪の根源とされるもの。
(ニ)仏の四無量心のうち最高とされるものを「○徳」と言う。
(ヘ)谷口雅春先生に最初に下った神示の第1行目にある言葉。
(ト)この動物が念仏を唱えることは、「くどい」ことの喩えとして使われる。
(チ)自分の得を最重要と考えてとらわれる心。
(リ)イエスが誕生したとされる場所。

谷口 雅宣
 

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2007年1月21日

若き妻との再会

 夕方、事務所から帰宅し、着替えのため2階の寝室へ入ると、四ツ切りサイズに引き伸ばした若い女性の写真が、整理ダンスの上で私の顔を見つめていた。見憶えのある白黒のバストショットは、私が結婚前に撮影した妻の写真だった。もう長らく紛失したと思っていたのが、目立つ位置に置いてある。妻の仕業に違いなかった。着替えをすませた私は、それを小脇に抱えて階下へ行き、経緯を妻に尋ねた。

 納戸の整理をしていたら、偶然見つけたのだという。最近、なぜか彼女は整理ずいている。この前も、古い本や雑誌を大量に出した。私もつられて、子どもたちに買い与えた古いマンガ本をダンボール箱いっぱいにまとめて出したら、「それを捨てるのはもったいないから、小学生の子がいる妹家族に送ってあげる」と言った。私が気づかないことをいろいろ考えているようだ。
 
 問題の“若き妻”の白黒写真は、私が自分で撮影しただけでなく、現像・焼付も自分でやり、木製パネルまで買ってきてそこへ貼った。それほど“ご執心”だったということか。一昨年の5月23日の本欄に少し書いたが、学生時代の私は写真に凝っていて、父から手ほどきを受けて白黒写真の現像・焼付け・引伸ばしをやっていた。そんな経験を生かして、結婚前の妻にプレゼントしたものだ。記憶力のいい妻に訊くと、この写真は結婚する年の8月、妻の実家へ“挨拶”に行った際に撮影したものという。1枚だけ撮ったわけではなかろうから、何枚かの写真の中で私が最も気に入ったものを選んで引き伸ばしたのだろう。ということは、当時の私は、この写真のような雰囲気の彼女に惹かれていたのだ。

 そう思って写真を見つめると、「へぇー」という気持になる。現在の妻の雰囲気とずいぶん違う。中年の私は“若き妻”に惚れ直しそうだったが、彼女自身はこの顔を「あまり好きでない」と言う。理由は、「ふにゃ~」としていて「不安そうな顔」だからだそうだ。しかし、結婚前の彼女に不安がなかったと言えばウソになるだろう。結婚とは、不安の中にも喜びを見出し、期待を膨らませて飛び込んでいくものではなかろうか。

Yjunko015ms  最後にその写真を掲げるが、普通の白黒ではつまらないので、セピア調に色をつけてみた。この写真と彼女の今の写真を並べ、“使用前-使用後”式の比較をしないように、とは妻からのお願いである。

 谷口 雅宣

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2007年1月16日

クロスワードを解く (2)

 1月9日の本欄に掲載した「教義クロスワード No.2」の解答を発表しよう。前回にならって文字のみを掲げる:

【縦の答え】
(イ)大和の国。(ロ)三業。(ハ)土。(ニ)救い主。(ホ)備後。(ヘ)黄泉。

【横の答え】
(イ)荼毘。(ト)むすび。(チ)訓。(リ)和顔愛語。(ヌ)映し世。(ル)肉。

 今回は特に難しい問題はなかったと思う。それより「土」とか「訓」のようなコジツケのような問題を作ってしまったのが心苦しい。また「備後」とか「肉」のように宗教と関係のない言葉も“穴埋め”的に使わねばならなかった。
 
 とは言っても、「肉」から宗教の話ができることも事実である。私はこの“カギ”で『ヨハネによる福音書』第3章6節の言葉を引用した--「肉から生まれる者は肉であり、霊から生まれる者は霊である」。このイエスの言葉は、「だれでも新しく生れなければ、神の国を見ることはできない」という言葉の意味を説明する際に使われたものだ。私が新年祝賀式で話した中に、養老猛司氏が「五官をフルに活用する」ことの意味を説いた部分があった。「便利な都会の生活よりも、不便な自然の中の生活の方が幸福だ」というパラドックスはどこから来るか? という話である。養老氏は、五官をフルに活用することによって人間の幸福感が生まれるという意味のことを言った。
 
 普通、五官は肉体に属するものと考える。すると、「五官をフルに活用する」ことは、肉体の感覚を追求したり、それに耽溺することのように聞こえる。しかし、私はそういう意味ではなく、言葉や概念の自動運転に身を任せるような生活--現代人はとかくそういう生活をしているが、それをするのではなく、もっと目の前にある事物を、自然を、しっかりと味わい、観察し、そこに表現されている“深奥のメッセージ”を読み取れ、という意味だと解釈したい。詳しい話は別の機会に譲るが、早く“答え”を知りたい人は、谷口雅春先生の『第二青年の書』(日本教文社刊)の46~50ページを読んでいただきたい。

 さて、第3問を以下に掲げる。楽しんでいただければ幸甚である。

Cwp6x6003 【縦のカギ】
(イ)人に与えること。、
(ロ)苦しみと楽しみ。
(ハ)1本の細い糸。
(ニ)人間の本性。
(ホ)内部神性の表現の1つ。
(ヘ)嘲笑は悪い笑い。では微笑は?
(ト)仏像の胸などに描かれた吉祥万徳の印。

【横のカギ】
(ニ)思い通りにならないこと。
(チ)宗教上の師。正しい教師。
(リ)矛盾や衝突がなく整っていること。
(ロ)人間の心が正しく機能しなくなる現象。
(ヌ)チベット仏教の高僧の呼称。
(ル)幸福の知らせ。キリスト教ではイエスの教えのこと。
(ヲ)生・老・病・死に際して人間が体験する感情。

谷口 雅宣

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2007年1月 9日

クロスワードを解く

 1月2日の本欄に「教義クロスワード」なるものを掲載したが、お約束の1週間がたったので、解答を発表することにする。クロスワード・パズルの解答は、答えを書き込んだパズルそのもので示すのが普通だが、ここでは文字のみを掲げる:

【縦の答え】
(イ)居士。(ロ)秘仏。(ハ)つく。(ニ)福音書。(ホ)罪。(ヘ)神示。(ト)善。(チ)光。

【横の答え】
(イ)幸福。(ヘ)真。(リ)愛念。(ヌ)慈悲。(ル)物質。(ヲ)月読。

 なにせ初めての“作品”だったので、不完全なところがあった。ご容赦願いたい。また、上記以外でも正解があり得るかもしれない。発見した読者は、ぜひ教えてほしい。

 今回わかりにくかったのは「居士」かもしれない。『新潮国語辞典』(平成元年刊)によると、これは仏教で「俗人のままで仏門に入った男子」とある。また、「真宗以外で男の法名の下につける号」ともある。それを私は「求道の過程にある人の古称」と表現した。辞書的な意味では、これで大過ないと思うが、すべての「居士」が必ず「求道の過程」にあるかと言えば、「維摩居士」のような例外もある。谷口雅春先生の『維摩経解釈』には、「維摩結は宗教家ではなく一市民に過ぎないので、白衣の人であるけれども、よく沙門即ち僧侶の守るべき戒律を守って実生活を清浄に送っており、俗人の家に住んでいながら、俗人のようには現象界の事物に執着することがない」(p.85)と書かれている。
 
 「月読」は「つくよみ」と読むのが正解だが、一般には「つきよみ」とも読まれる。そう読んでも、縦の(ハ)の言葉が「つき」となり意味も通るので、これも正解としたい。
 
 今回「神の御徳の1つ」という同じカギが縦と横に2回出てくるが、これは製作者の側の“苦肉の策”である。生長の家で一般に「神の御徳」と言われるものは「真・善・美」の1セットと、「知恵・愛・生命・供給・喜び・調和」の6つを併せた1セットである。このうち平仮名2文字で表現でき、末尾が「ん」であるものは「真」と「善」の2語である。したがって、縦の(ト)は「しん」でも「ぜん」でも正解と言わなければならない。ただ、せっかく「真・善・美」の3語があるのに、そのうち1語だけを2回使うのでは神様に申し訳ないと考え、上の解答では「ぜん」とした。
 
 さて、次の問題を作ってしまった。お付き合いいただければ幸甚である。

Cwp6x6002 【縦のカギ】
(イ)日本国の別称。
(ロ)「コトバの力」を仏教的に言うと?
(ハ)『創世記』による人間の組成。
(ニ)キリストの意味。
(ホ)広島県の東部。
(ヘ)死後の国。

【横のカギ】
(イ)火葬すること。
(ト)陰陽合一の霊力。
(チ)教え導くこと。
(リ)笑顔と優しい言葉で。
(ヌ)現実世界のこと。
(ル)人間の物質的表現。「○○から生まれるものは○○なり」

谷口 雅宣

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2006年10月10日

生光展はじまる (2)

 生長の家芸術家連盟の美術展「生光展」が、東京・銀座の東京銀座画廊で9日から始まった。1年前は10月10日の本欄で同じタイトルの一文を書いたから、ご記憶の読者もいると思う。今年は28回目で、水彩、油絵、日本画のほか、アクリル画、ミクスドメディア、和紙画、版画など、多様な画材を使った絵画に加え、新たに写真も登場した。展示作品は85点で、出品者は北海道から沖縄まで65人。今年は特別に、生長の家総裁・谷口清超先生も「君子蘭」という題のカラー写真を出品され、生長の家白鳩会総裁・谷口恵美子先生は「月と松」「シンビジュウム」の2点の水墨画を展示されている。恥ずかしながら私も、昨年に引き続き小品2点を出品させていただいた。

 谷口清超先生はご自宅で静養中だが、天気のいい日など時々、愛用のデジタルカメラを三脚に据えて写真を撮られる。今回出品の作品(420×300mm)は、ご自宅2階のベランダを背景に、橙色のクンシランの鉢植えをやや上方から撮られたもので、背後にある薄緑色のベランダに映った複雑な影が、奥行きと静かな空気感を醸し出している。この写真は、平成19年度の「光明生活の日訓」の表紙になることが決まっている。初日の昨日は祭日だったので、妻と2人で会場へ行き、同連盟委員長のすずきゆきお氏、運営委員の小杉繁良氏などから、展示作品について丁寧な説明を聞かせていただいた。

Seiko20062  私の小品は6号の油絵「月山遠望」と、4号のアクリル画「海辺の公園」である(=写真参照)。前者は、来月出版される長編小説『秘境』(日本教文社刊)のカバー絵として描いたもの。この小説の取材のため、一昨年1月に山形県の庄内地方を訪れた際、撮影した写真をもとに描き起こした。薄く雪化粧した冬枯れの山々が連なる遠方に、純白の月山を望む風景に打たれてシャッターを押した。まったく音のない静謐な世界と神々しい月山を描きたかったが、どこまで表現されているか自信がない。小説の主舞台は夏場のわずか数カ月間だが、庄内の厳しい冬で本のカバーを飾ることで、主人公の置かれた自然環境の全体像を読者に伝えたいという意図がある。
 
「海辺の公園」という絵は、今年の9月末に横浜へ行ったとき、横浜港に臨む「みなとみらい地区」の公演を描いたもの。小型のスケッチブックにペンと水彩で描いた絵をもとに、ペンによるスケッチの軽妙なタッチと水彩の明るさをアクリルで表現しようとした。昨年、この展覧会に出品した「セントラル・パーク」という油絵が、元絵のペン画のスケッチに比べて重過ぎたことを反省し、別の技法でその難点を克服できないか試みたものである。会場での批評に、「もっと描き込んでほしかった」というものがあったから、多分、成功していない。近景に公園の芝生と緑の木々、遠景に高層ビル群を配する構図は、「セントラル・パーク」と共通している。

 双方の絵は、完成から出品までに時間的余裕がなかったのでデジタル化ができず、現段階では本欄に掲載できない。が、「月山遠望」のもとになった写真は、本サイトの英語のページに「Remote Mountains」と題して掲載されている。生光展は15日までやっているので、ぜひご来場あれ。

谷口 雅宣

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2006年6月22日

ペンマウスで絵描き

 休日を利用して、6月15日の本欄で書いた「ペンマウス」で絵描きに挑戦してみた。実は、16日に長崎へ行った際も、旅先で見つけた小物を対象にしてペンマウスの使い方を練習していた。1つは縫いぐるみのウサギの人形で、もう1つは急須である。柔らかいものと硬いものを描いてみて、質感の表現がどうなるのか確認するつもりだった。

Stuffedrabit  ウサギ人形は、漫画的に線描で輪郭をとってから、着色した。急須の方は白画面に黒線で描いてから、光と影の濃淡を強調してモノトーンで描いた。線がまだブルブルしているのが気になるが、それもまた“味”の一種かもしれないと思い、残すところは残しておいた。セピア調の色は、パソコンならではの色処理である。

Teapot2  今日は、家にある青いガラス瓶に挑戦した。この瓶は大小2つあって、色が美しいので過去にも何回かスケッチしたことがある。その時の絵とパソコンだけで描いたものの比較もしてみたかった。描いてみてよく分かったのは、紙にペンと水彩で描いた方が、PCでペンマウスを使って描くよりもはるかに容易であり、短時間でできる。出来ばえについては、現物を見比べていただくのが一番いいと思い、ここに掲げることにする。水彩画は、葉書大の紙に6年前に描いたものをスキャンした。どちらが水彩か説明は不要と思う。

BluebotwcBluebottle_1

谷口 雅宣

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2006年6月15日

ペンマウスを買う

 最近、絵を描く機会が極端に少なくなってきた。「絵心が出ない」というと、何か「やる気が出ない」感じの怠惰な人間のように聞こえるが、「文章を書く」ことと「絵を描く」ことの脳の領域が違っていて、片方をフルに使っていると、他方がお留守になるのかもしれない。この「脳の領域」とは、よく“左脳”とか“右脳”などと呼び分けられているものだ。しかし、本当は双方を適度に使うのが、人間としてベターであるに違いない。
 
 ということで、文章作成に毎日使っているノートパソコンを、絵を描くためにも使えないかと考えて、休日を利用して新宿駅西口のヨドバシカメラまで足を延ばした。最近、キーボードを使わずにペンで画面を触れるだけで入力できる「タブレットPC」というのが出ていると知ったので、それで絵を描くテストをしてみたかった。絵は、紙の上に鉛筆やペンで描くのがいいに決まっているが、それをPCで利用するためには、描き終った絵をスキャンして取り込む作業が必要となる。これには案外手間がかかり、色調やペンタッチなどをオリジナルに近づけるのに苦労する。だから、直接PCで絵が描ければ、スキャンニングの手間が省けるだけでなく、スケッチブックなどの画材を持ち運ぶ必要もなく、さらに絵の保存もPCだけで効率的に、省スペースで行える--そんな虫のいいことを考えていた。
 
 目当てにしていたのは富士通のLOOX-Pシリーズ「FMVLP70S」という機種で、サイズが232 × 167mm と小型である。重さも1kg を割る軽量だから、使い勝手さえよければスケッチブック代りに持ち運べるだろうと考えていた。しかし、現物を触ってみると、ペンタッチはいいのだが、キーボードを使おうとすると小さすぎて文字がスムーズに入力できない。また画面も小さくて見にくい。私は「文章も絵も」と欲張っていたから、別の機種を探した。すると、レノボの ThinkPad シリーズにタブレットPC(ThinkPad X41 Tablet)があり、これはキーボードも使いやすく画面も大きかった。しかし、私が現在使っている機種(ThinkPad X40)とほぼ同じスペックなので“上等すぎる”のである。結局、「PCは2台もいらない」という結論に落ち着いた。資源のムダだし、ファイルの管理が複雑になる。そして何よりも、値段が高い--富士通機は23万円、レノボ機は24万円だ。

 そこで現有のPCに接続して、ペンで絵が描ける周辺機器を探した。すると、絵の具メーカー「ぺんてる」が出している「エアペン」というのと、ワコム社の「インテュオス」というのが目についた。前者は、手帳様のメモ用紙にペンで字や絵を描くと、そのストロークの1つひとつを機械が記憶し、あとでPCへその情報を転送する方式だ。これだと、手帳セットだけを持ち運べるが、どうも色が使えないようであり、手続きも煩雑だ。後者は、PCのUSBポートに接続したタブレットの上に絵を描く大掛かりな方式で、プロ仕様だ。旅先に持っていくわけにはいかない。
 
 結局、私が選んだのは「ペンマウス」と呼ばれるものだった。値段は 9,420円。これは基本的には光学式マウスそのものであり、ペン型であるところだけが違う。これだとマウス同様に気軽に持ち運べるし、ソフトウエアも、今使っている「NeoPain」という“お絵かきソフト”で取りあえずは用が足りると思った。販売員は「入力はこちらが正確です」と、USB接続式のペン・タブレットを勧めたが、私は簡単で安価な方を選んだ。1万円未満だから、テストのつもりで買ったのだ。
 
Pensample01  帰宅して早速、使ってみると、販売員の言っていたことがよく分かった。ウィンドウズに標準で付いている「ペイント」という“お絵かきソフト”を使ったことがある人は知っていると思うが、マウスで自由な線を手描きすることは非常に難しい。それがペン型のマウスであれば、相当描きやすくなるだろうと私は考えた。これが大きな間違いだった。確かに普通のマウスでするよりは描きやすいが、マウスパッドの上を行くペンのわずかな動きや角度の違いで、描線がトンデモナイ方向へ滑ってしまう。「紙の上にペンで線を引く」という簡単な作業が、ペンマウスでやるといかに困難であるかを思い知らされた。
 
Pensample02  昨年8月21日の本欄で、灘波田龍起画伯が晩年に病床で描いた絵の話に触れたが、その時の鉛筆やペンの線が、縮れ毛のように絡み合っていたことの意味がよく分かった。灘波田画伯は、恐らく脳の損傷で手先が自由に動かせなくなっていたのだ。それでも絵を描こうとすると、物の輪郭を線で表現するのではなく、絡み合った無数の細かい線の重なり具合で濃淡を作り、その濃淡の違いの中から輪郭が浮かび上がるような絵になっていた。私が最初にペンマウスで描いたのも、そんな感じの奇妙な線画になった。さらに色々工夫して、もっとまともな絵を描こうとやってみた。その2点をここで披露します。笑ってやってくだされ。
 
谷口 雅宣

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2005年6月 7日

キノコを彫る

この春は寒さが遅くまで続いたせいか、シイタケがうまく出なかった。東京の家の庭の朽ちたベンチに立てかけてあるホダ木からは、驚くほどの大きさのものが2~3個出たが、それで終ってしまった。山梨県大泉の山荘の林の中のホダ木でも、同様なことが起こった。直径20センチぐらいの化け物のようなものが3~4個、いちどきに採れた。長崎県西彼町の生長の家総本山でもシイタケのホダ木栽培をしているが、担当の人に聞いてみると、春シイタケは梅雨入りするまでの期間、コンスタントに出ると言っていたから、私の世話の仕方が問題なのだろう。

キノコへの関心は、妻から伝染した。伊勢育ちの彼女は、子供のころから山でキノコ採りをしていたというので、山荘ができるとすぐに裏の林へ入ってキノコを見つけてきた。私も彼女の“お供”をして林の中を歩いたが、そのうち、食用とそうでないものを見分けたり、貴重な種とそうでないものと区別したりする面白さを覚えた。また、それぞれのキノコの形の面白さや色の美しさ、味や危険度の違いなどを知るにつれて、ついに“キノコ病”にとり憑かれた。妻は、探して採るところまでは熱心だが、食べる段になると急に慎重になる。が、私は食べるところまで一気に楽しもうとして、妻に迷惑がられることが多い。

キノコ採りの最中には写真も撮ったが、そのうちスケッチ画を描きはじめた。そのいくつかを生長の家の美術展である「生光展」に出品したこともある。絵を描くのは、キノコには足が早いものが多く、採るとすぐ色が変わりはじめ、形も崩れていくのを見て、何とか自然のままの色と形を留めておきたいと思ったからだ。しかし、絵は写真と同じく平面芸術だから、キノコ特有の立体としての存在感、質感、肌触りなどは記録できない。そこで思いついたのが、キノコの形を木に彫ることだった。参考にするためにインテリア・ショップや工芸品店、玩具屋などを見て回ったが、キノコの彫刻や飾り物は案外少ない。それなら自分の思い通りに作ってしまえというわけで、昨年の秋から暇をみて彫刻刀で彫りはじめた。材料は、山荘を建てたときに余った木切れである。

彫刻刀などめったに握ったことがない身には、当初は大変だった。が、雨の日の山荘で、薪ストーブの前に座って無心に木を彫ることの精神的安らぎを知ってからは、大変とは思わなくなった。それに、木の肌の感触や木目の美しさを感じる心の余裕ができた。だから、「形ができたら色を塗ろう」と思いながら始めた最初のキノコの木彫りは、透明ニスを塗るだけにして、木の色と木目の曲線を楽しめるように仕上げた。ごつごつした所が残り、キノコの傘も正円ではないが、いつか実際に採ってみたいと思っているヤマドリタケに似せた木彫が、こうしてできた。現在、3つめを制作中だ。

Fungis

ところでキノコは、学問的にはカビと一緒に「真菌門」という生物群に属し、植物のように葉緑体をもっていない所から、最近では植物とは別個の生物群として扱われるようだ。葉緑体のある植物は、光合成によって大気中の二酸化炭素を体内に取り入れて栄養素とする。動物はその植物を食べて栄養源とする。しかし、菌類のうちキノコ類は、植物に寄生して栄養素を奪うものはむしろ少なく、多くの種は樹木などの高等植物と共生関係を結ぶ。だから人間も、キノコの生き方から学ぶことは多いと思うのだ。

谷口 雅宣

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