“非核3原則”は守るべきか?
このほど民主党政権によって日米安保に関するいくつかの“密約”の存在が明らかになったが、読者は驚いただろうか? 私は昨年6月30日の本欄に「ウソの看板は降ろそう」という題をつけ、「政府はもう“実は、非核2原則だった”と発表すべきである」など書いたから、特に驚かなかった。が、今回の大々的な発表のあとで、鳩山首相が“非核3原則”について「これまで通り堅持する」と言ったのには少し驚いた。これまで堅持されてこなかった原則を「これまで通り堅持する」という日本語も奇妙だが、それよりも、永年にわたって通用していなかった原則を、これから「堅持する」ということの意味がよく分からなかったからだ。この“新方針”は岡田外相も共有しているらしく、3月10日付の『朝日新聞』によると、同外相は「核搭載艦船の日本寄港・通過は核の“持ち込み”に当たるとの従来の立場も維持するとした」という。その理由は、寄港が「実際に問題になることはない」からだという。これは、「1992年に米政府が水上艦などから核兵器を撤去している」からという意味らしい。
この“新方針”は10日、国会の場でも繰り返されたから、どうやら現政権は本気でそう考えているようだ。10日付の『朝日』の夕刊によると、同日の衆院外務委員会で岡田外相は、「核を積んだ米艦船が日本に寄港・領海通過する可能性を改めて否定」し、さらに「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」の非核3原則は「鳩山内閣で見直す考えはない」と述べたという。私は、「非核3原則の有効性の検証は今後、日米の新たな同盟関係の構築を検討する中で慎重に行っていく」ぐらいの発言に留めておくべきだったと思う。なぜなら、鳩山首相が就任早々に述べたように、日米関係を今後の日本外交の基本としていくならば、この問題は日本が単独で決定すべきものではないからだ。とりわけ、来月中旬には、首相がオバマ大統領と会う可能性があるのだから、硬直した考えの表明は、外交的な選択肢を自ら限定してしまうことにもなる。
この問題で重要なことの1つは、アメリカ側の核戦略である。「将来的な核廃絶」を打ち上げたオバマ政権が、この問題でブッシュ時代から変化しているのかしていないのか、私は知らない。岡田外相は本当に知っているのだろうか? 知らないならば、性急すぎる発言である。知っていると仮定すると、その内容はブッシュ時代と同じで、「日本に寄港し、あるいは領海を通過する艦船が核兵器を搭載しているかどうかを明示しない」というものだと理解しているのだろう。この政策は、核兵器の存否について「肯定も否定もしない」(neither confirm nor deny)のだから、英語の頭文字を取って「NCND政策」と呼ばれている。これについて同外相は、すでに「日本の非核3原則とアメリカのNCND政策は一つになり得ない」と言っている。ということは、鳩山内閣が続くかぎり、核兵器(小型の戦術核を含む)を積んだ米航空機や艦船(原潜を含む)の領海通過や寄港・立ち寄りを一切認めないことになる。あるいは、(この選択肢は不合理だが)アメリカ側がNCNDを徹底するならば、日本の意思に反して、核搭載の米艦船に日本の領海を通過させ、入港させることになるのか? これではもはや日米は「同盟国」とは言えない。
そこで残された疑問は、日本の現政権がいわゆる“アメリカの核の傘”を望んでいるかどうかだ。このことについては、私は現政権閣僚からの明確な発言をまだ知らない。「核の傘」とは、日本と友好関係にない核保有国が核兵器による脅しをかけてきた時に、「オタクが核攻撃をした場合には、わが国と同盟関係にあるアメリカが核による圧倒的な報復攻撃をしてくれるゾ」と答えられるための政治的・軍事的担保のことである。この基礎は日米安保条約であるが、それだけでは必ずしも十分でない。安保条約は政治的担保の1つではあるが、そこに書かれた言葉が現実味をもつためには、言葉での約束を十分実行し得るような政治的・軍事関係が現に存在していなければならない。例えば、いま仮に日本国内から米軍基地がほとんどなくなり、中国あるいは北朝鮮からの日本への攻撃に対して、アメリカが報復攻撃する防衛ラインがグアム島まで後退していたとする。また、北朝鮮のミサイルがアメリカ西海岸に到達できる能力をもっていたとする。この時、北朝鮮の意思決定者がアメリカの報復の可能性を信じるに足る政治的・軍事的担保が、日米間に存在するかどうかが重要になる。
日米関係が政治的にギクシャクしていて、軍事的には日米両軍が別個の指令系統で運営され、日本周辺には核兵器を搭載したアメリカの艦船や航空機が存在せず、しかも米中関係も敵対的であった場合、北朝鮮の意思決定者はこう考えるかもしれない--
「わが軍のミサイルは、20分間で日本の札幌、東京、大阪、福岡を核攻撃で機能マヒさせることができる。これに対して、アメリカがわが国を報復する場合、所要時間は早くて数時間、場合によっては数日である。この間に、同盟国である中国が、アメリカのわが国に対する核報復攻撃は自国に対する攻撃と見なすと宣言すれば、アメリカはサンフランシスコやロサンゼルスを犠牲にしてでも日本を守るという決断をするとは思えない。だいたい、同盟国中国はアメリカの首都ワシントンを攻撃できる能力をもっているから、米中の核戦争の危険性を考えて、アメリカはわが国を報復攻撃しないだろう」
このような考えが仮想敵国の意思決定者の心中に起こるならば、たとえ日米安保条約が存在していても“アメリカの核の傘”が事実上存在するかどうか、疑わしい。日本はまだ、北朝鮮や中国との間に充分な信頼関係を築いていないから、現状の国際関係にあっては、“アメリカの核の傘”がまだ必要だと私は思う。ということは、現状においては、報復に使われるアメリカの核兵器が日本周辺にあるかもしれず、ないかもしれないというアメリカのNCND政策は有効だと考える。これはつまり、日本攻撃のための核ミサイルの発射ボタンを押そうとしている仮想敵国に対し、アメリカの報復攻撃の可能性が大きいと考えさせることで、その攻撃を思いとどまらせる--抑止する--ための方策なのである。とすると、日本の“非核3原則”の第3項目は、この機会に撤廃するのがいいと私は考える。
谷口 雅宣