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2011年7月 8日

“新しい文明”の構築へ

 政府のエネルギー政策は混迷の度を増しているが、私はこれは“文明の転換”にさしかかった人類全体の混迷の反映であると感じている。産業革命以来、長期にわたって続いてきた“化石燃料文明”または“地下資源文明”の限界が明らかに見えてきた現在、その旧文明を新文明に転換しなければならないことは、多くの有識者が声をそろえて唱えている。しかし、その具体的方法--つまり、移行過程の青写真が構築できないでいるところの混迷状態である。ここで言う“新文明”とは、もちろん再生可能の自然エネルギーを基礎とした“自然共生型文明”であり、“地上資源文明”である。問題は、この“新文明”の基礎となる産業が未成熟で、国の政策決定過程に十分な影響力を発揮しない段階にあることだ。その理由も容易に推測できる。たいていの人間は、変化よりも現状維持を望み、新奇なことより慣れていることを選び、既得権や現有財産に執着するからだ。

 この既得権や現有財産が、明治維新や敗戦などの政治過程によってではなく、自然災害によって脅かされているのが日本の現状ではないだろうか。今ここで「自然災害」という言葉を使ったが、この中には原発事故も含まれている。なぜなら、自然災害とは一般に、人間が、自分を取り巻く自然システムから予期しない被害を受けることだからだ。自然システムの中には当然、核分裂や放射性物質も含まれる。これらの自然の一部を制御できるという前提のもとで構築された発電所が破壊された。建屋や冷却装置を破壊したのは“マクロの自然”であるが、制御不可能となったのは原子炉内部の“ミクロの自然”である。
 
 今回の原発事故は「予期されていた」という意見もあるが、少数の専門家の間で確率論的に事故が予期されていたという事実はあっても、社会全体が予期しなかったことは事実だ。また、今回の原発事故が、直接的には大地震後の大津波によって引き起こされたから、大局的に見てそれを「自然災害」と捉えることはあながち無理とは思わない。もちろんこれは、今回の事故に「人災」の要素が混入していないという意味ではない。経済産業省の幹部や東京電力の経営陣、また歴代の自民党の政策に「原発事故を起こすような自然災害はない」という前提があったことは確かであり、それらの人々の判断に誤りがあったという意味で「人災」の要素は小さくない。
 
 このように考えた場合、過去2回の歴史上の大転換(明治維新、敗戦)よりも、今回の大転換を理解するのは案外容易でないか、と私は考える。過去2回の大転換では、社会基盤や経済の変化、また、国際関係の変化というような「人間社会内」での複雑な動きが大きく関与していた。が、今の大転換は、それより一回り大きい変化--人類とそれを取り巻く自然環境との関係の変化に伴うものである。つまり、過去2回の変化では「人間は自然から無限に得られる」という暗黙の前提は問題にされなかった。が、今回の変化で問題になっているのは、まさにこの“自然無限論”なのだ。世界人口が増大しつづける中、人口の多い新興国が先進国並みの物質消費型生活を目指して経済発展を続けているため、エネルギー需要が激増し、自然が破壊され、大気中の温暖化ガスが増大し、気候変動が起こり、資源獲得競争が激化し、食糧価格が高騰する……という悪循環を断つことができないでいる。人類はもはや“自然無限論”を捨て、“地球有限論”のもとで生きる決意をしなければならない。そして、安定的な自然環境が維持できる範囲内に人類の経済活動を納めながら、世界の中の富の偏在を縮小し、各国が平和裡に共存することができるような制度や仕組みを地球規模で構築していかねばならないのである。
 
 さて、日本において上述した「既得権や現有財産への執着」が顕著なのは、電力業界である。また、重化学工業などもその要素が強い。過去にそれだけ巨大な設備投資をしてきたのだから、当然といえば当然である。しかし、この状態を容認し、放置し続けていると、日本の産業全体が新文明への移行ができず、世界に取り残されるか、あるいは世界と共に資源争奪や権益保護のための紛争に突入する恐れがある、と私は思う。だから、多少の政治的混乱があったとしても、再生可能の自然エネルギーを基幹に据える方向へ、また農林業の振興を図る方向へと日本の産業構造を大きく転換していく必要がある。原発は、ただちに全部を廃炉にすることはできないが、可及的速やかに自然エネルギーの利用へと置き換えていかなければならない。そのためにはまず、電力会社の地域独占制度を廃止することが大切だ。これによって、巨大発電所による中央集中型の発電から、自然エネルギーによる地方分散型のエネルギー供給を実現すべきである。
 
 私はこれらのことを本欄ですでに何回も訴え、最近では5月24日同26日などで言及した。菅首相の政治手法にはいろいろ問題もあるようだが、自然エネルギー利用への熱意は大歓迎だ。これに呼応した孫正義氏のメガソーラー構想にも大賛成である。うれしいことに、この方向へ動き始めている経済人はもっと多くいるようだ。今日の『日本経済新聞』によると、携帯電話最大手のNTTドコモが電力事業への参入方針を明らかにしたという。全国にある携帯電話の基地局の鉄塔周辺に、来年度から太陽光パネルや風力発電設備を設置していき、スマートグリッドで結んで電力の安定化をはかるという。そして、余剰電力は売電する考えだ。また、7日の『日経』には、東京海上アセットマネジメント投信と三井物産が協力して、メガソーラーに投資するファンドを立ち上げることが報道されている。まず100億円規模から初めて、この資金で全国10カ所にメガソーラーを建設し、電力の売電で得た資金を投資元に還元するという仕組みだ。5年後をめどに1千億円規模への拡大を目指すという。
 
 とにかく、それぞれの分野の人々が全速力で、“新しい文明”構築の方向に協力して進んでいくべきと思う。

 谷口 雅宣

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コメント

総裁先生,合掌,ありがとうございます。
「人類とそれを取り巻く自然環境との関係の変化」
それを一番実感しているのが,今回の震災の被災地の人々ではないでしょうか。それだけに行政の遅々とした対応には,苛立ちを感じていますが。
それでも,多くの人々が「自然エネルギー」に深く関心を持ち始め,太陽光発電の需要も伸びつつあることはよい兆しであると思っております。
ちなみに太陽光発電を導入している我が家(3人家族)では,6月の光熱費は3,000円に満たない値でした。
自治体単位の自然エネルギーによる電力供給体制は,必ず実現に向かっていくものと考えています。
                        再拝

投稿: 佐々木 | 2011年7月 9日 08:44

総裁先生、ありがとうございます。
昨日、相愛会誌友会に出講に行った際、参加者の方から「新しい自然エネルギー利用の発電について」ということで、『ゼナシステム』というものの実証実験が、福岡で行われようとしている話を伺いましたのでご紹介させていただきます。
http://www.zenasystem.co.jp/ja/
(総裁先生は、すでにご存じかもしれませんが…。)
このシステムを簡単に説明しますと、従来の風力発電の概念とは全く違うもので、多数の風洞を利用して微風を集め、強風を作り出して発電機を回すというシロモノです。
もし、よろしかったら、上記に添付したHPアドレスをクリックしていただき、内容をご確認ください。
従来の風車による発電よりも、荒天などに強く、安全性や整備性がより良いものになっているように、私には感じられました。
感謝礼拝

投稿: 阿部裕一 | 2011年7月11日 11:49

阿部さん、

 高さ50mというのは、結構大型施設ですね。実証実験の結果を知りたいものです。

投稿: 谷口 | 2011年7月11日 14:31

総裁先生、ご返答いただきまして、誠にありがとうございます。

さて、高さ50mの話ですが、ゼナシステムのHPをいろいろと詳しく見てみましたら、高さは40~120m、幅は9~30mの範囲で建設可能のようです。
40mでも十分高いのですが、近年北海道などでよく見かけるプロペラ式の風力発電よりは、メンテナンスの面が向上しているようです。
ちなみに、実証実験施設の建設地は佐賀県なのだそうで、今月から来年8月にかけて建設されるようです。
私も、この実証実験の結果が楽しみです。

感謝礼拝

投稿: 阿部裕一 | 2011年8月 9日 14:04

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