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2011年7月27日

旅の空から (2)

 JL407便が離陸して水平飛行に入るまでの時間、25日と26日付の『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』紙を読んだ。空港のラウンジにいた時にドイツから連絡が入り、ノルウェーのオスロでの事件の影響で空港のセキュリティーチェックが厳しくなっていると聞いた。だから、どんな事件であるかを知る必要があると思ったのである。一報程度の情報は、日本の新聞の見出しですでに知っていたが、犯行の動機など詳しいことは知らなかった。
 
 同紙の伝えるところによれば、この事件は現地時間の金曜日(22日)、オスロ市の中心で大規模な爆発が起こったのに続き、近郊にあるウトヤ島(Utoya Island)で行われていた同国第一党の労働党の青年たちの大会会場に、警察官を装った若い男が銃をもって現れ、一人一人にねらいを定めながら次々と大勢を殺害したというもの。日曜日の時点での現地警察の発表では、92人が死亡し97人が負傷したという。
 
 容疑者としてつかまったのは、32歳のノルウェー人の男、アンダース・ベーリング・ブレイヴィク(Anders Behring Breivk)で、犯行を認めており、動機についてはネット上に1500ページにもなるマニフェスト(趣意書)が掲げられ、それには『2083:ヨーロッパ独立宣言』(A European Declaration of Independence)という題がついているという。ブレイヴィク容疑者は、リベラル思想と多文化主義を“文化的マルクス主義”と呼んで敵視していて、イスラム系移民によるヨーロッパ支配に対して今、武器をもって立ち上がらねばならないとしている。つまり、このマニフェストとは、ヨーロッパのキリスト教文化を守るための宣戦布告書のようなものなのである。
 
 これは、未熟で極端な右翼思想の典型だと思う。記事には、同容疑者のことを「キリスト教原理主義者」と表現しているものがあるが、同容疑者は自分であまり宗教性を認めていないようだから、別の動機--恐らく心理的、文化的な理由--からの犯行と思われる。
 
 「多文化主義」(multiculturalism)というのは、同じ一国に複数の文化の共存を認めようとする立場である。文化の中には普通、宗教や法律も含まれているから、この考え方を徹底すると、イスラーム信仰者はその国の法律ではなく、イスラーム法で裁かれるということになり、単一法体系を基本とする法治国家の原則が崩れる。この点、アメリカ合衆国は多民族国家ではあるが、合衆国憲法と各州法を法源とするから、多文化主義ではない。私は、ノルウェーの法制度についてよく知らないが、アメリカよりは多文化主義に傾いているのかもしれない。

 谷口 雅宣

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コメント

>文化の中には普通、宗教や法律も含まれているから、この考え方を徹底すると、イスラーム信仰者はその国の法律ではなく、イスラーム法で裁かれるということになり、単一法体系を基本とする法治国家の原則が崩れる。

大学で少しかじった程度ですが、多文化主義をここまでの意味で捉えている学者、政治家はいるのだろうか、と疑問を持ちました。しかし、示唆に富んだ考え方だとも思いました。国の政策レベルで考えれば、一つの文化だけを認めて他を排斥するのではなく、多くの文化の共存を推進するという程度の意味で捉えるべきだろうと思っています。(多言語の新聞の発行、教育等は現実的な事例)

厳密に捉えたら、カナダもオーストラリアも多文化主義を政策として採用できなかったでしょう。文化を広く捉えて宗教や法律を含めて共存を考える場合、国のレベルで政策として考えることは不可能だろうと思います。

他方、個々人の中に宗教や法律を含めた文化を守ろうとする心、他の文化を尊重する心が生まれれば、国の法律や制度に従いながらも国全体として多文化に向かうのではないかと思います。

投稿: 加藤裕之 | 2011年8月16日 01:49

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