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2011年6月16日

総本山の“太陽”をいただく

Violetta_batteryb  谷口雅春大聖師二十六年祭のために、長崎・西海市の生長の家総本山に来た。前回は4月に谷口輝子聖姉の年祭に来たが、その頃は、私のPCの使用を”炭素ゼロ”化し始めたばかりで、旅先の使用まではカバーしきれなかった。が、今回は、同本山の楠本行孝総務のご好意で、状況が一変した。 総本山では蓄電池を用意し、しかも、同本山の大型太陽光発電装置から電気を引いて、“炭素ゼロ”でフル充電しておいてくださった。これで私のPCは、太陽エネルギーだけで動き続けることになる。

 総本山で用意してくれた電池は、私が本欄でも取り上げた太陽工房の電池格納部「VS12-B20LA」だ。ただしこれは、私が購入したニッケル水素電池使用の「VS12-B07NH」とは異なり、従来型の鉛電池である。実用的には、しかしこちらの方が1クラス上である。例えば、私のは最大出力 64W だが、こちらは 200W。蓄電容量も、ノートパソコン(20W)の使用時間で比べると、私のが最大4時間なのに対し、こちらは12時間も使える。その代わり一回り大きいケースに入っており、どっしりと重い。
 
 この実用型蓄電池は、インバーターの大きさもソケット類も私のものとは全く違う。インバーター内には電動ファンがついていて、熱を追い出す仕組みになっているし、電気の残量を3段階で示すランプも付いている。外部への出力は100Vが2系統、USBが1系統ある。ちなみに、販売価格は1個37,800円で、私のもの(25,800円)より若干高い。

 ところで、私の場合もこの“実用型”の鉛蓄電池を買う選択肢はあったのだが、それを選ばなかった。というのは、「鉛」は昔から人体に害があることが分かっていて、環境意識を説く人間がそれをあえて買うのには、どうしても抵抗があったのだ。しかし、業務用ということになると、自動車内蔵の蓄電池も含めて社会ではまだまだ鉛電池が主流だろう。そんなわけで“実用型”を手配してくださった総本山総務に文句を言うつもりはない。が、この事実は誰でも知っておくべきだと思う。
 
 これに機を合わせたように、16日付の国際紙『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』には、中国での労働者の“鉛害”が深刻であることが報じられている。それも、同国の東部の村でバイクや電動式自転車の電池を造っているメーカーのことだ。操業中の6年間に国の規制値を守らなかったため、工場周辺に住む成人233人と99人の子供について、最高で国の基準の7倍になる鉛が血液から検出されたというのだ。そして問題なのは、この傾向がこの特定の電池メーカーに限らず、中国の同業他社にも共通して見られると報道されていることだ。有害物質の規制は地方政府の役割だというが、急速に発展する中国経済の中では、工場経営者を規制するのに熱心でない役人が多いのだという。何か、日本のどこかの電力会社と政府機関との関係を思い出す話ではある。
 
 そんなわけで、今日の複雑なグローバル社会においては、我々がまったくの善意をもって省エネ努力をする際にも、子供の弁当の食材を選ぶときのような慎重さが常に必要とされるのである。
 
 谷口 雅宣 

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コメント

 総裁先生のご文章を拝読致しまして、「思い全相に至らざるを迷いという」という言葉を思い出しました。
 自分が善意で行っていることでも他から見れば害を与えている場合もあり、自らを常に顧みて周囲のことを良く考えて行動することが大切であると思いました。
 しかし、その周囲に思いを致して行動します時、表面の心(肉体の心)は、何故こんなことまでしなければならないのか?と思うかも知れません。が、その心に打ち勝って理想に生きなければならないとも思いました。
 以上、地球温暖化防止のためには何をどうすることが良いのかについて常に勉強等することと心の訓練が必要であると思いました。

 再拝

投稿: 志村 宗春 | 2011年6月17日 21:58

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