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2011年6月 2日

科学技術は選択すべし

 前回の本欄では、“人間が生んだ地球”の上で「技術社会を放棄せずに、人間の尊厳を保って生きていくにはどうすべきか?」という問いかけをした。アメリカの2人の大学教授は、先端技術の「影響をより深く知り、その中で理性的に、責任をもって、倫理的に生きる」べきだと書いていたが、具体的にどうしたらいいかは述べていない。私は、年ごとに強力となり、影響力を増しつつある科学技術について、全部を否定したり、全部を丸ごと肯定するのではなく、それぞれの技術の性格をよく知り、それを使うであろう我々人間の(現象的な)性質を考慮し、理性的に、責任をもって、倫理的に考えれば、ある種の科学技術については、人類として使用を禁じたり、制限するという「取捨選択」が行われるべきだと考える。
 
 このことは、核兵器や生物・化学兵器などの大量破壊兵器に関しては、相当程度の国際合意ができている。また、戦争法規の分野でもかなりの合意があり、“人道に関する罪”という新しい概念もできつつある。大体、「兵器」と呼ばれるものは皆、科学技術の産物である。その中で破壊力が著しいものを選んで、開発や使用を制限することができるのだから、戦争のためでない科学技術の分野でも、同じことができないはずはない、と私は考える。そういう意味で、今日、原子力発電という技術を取り上げ、今後の利用の是非について世界中が検討を進めていることは、好ましいことだと思う。世界的な合意は簡単にはできないだろうが、“人間の作品”を全面的に肯定する段階から、人類は一歩成長したと見ることができるからだ。

 ところで、福島第一発電所の事故の調査・検証委員会の委員長になった畑村洋太郎・東大名誉教授が、5月30日の『日本経済新聞』で“人間の性質”について興味ある見解を述べている。それによると、人間には次の3つの習性がある--
 
 ①見たくないものは見ない、
 ②考えたくないことは考えない、
 ③都合の悪い事柄はなかったことにする

 畑村名誉教授によると、これらの習性から生じた“人間万能”の錯覚が、今回の大震災で津波被害や原発事故を拡大させたというのである。簡単に言えば、人間は間違い、失敗するという事実を忘れ、科学技術の力を“過信”したことが悲劇を生んだのだ。その畑村氏が、こう言っている--
 
「原子力はエネルギーを取り出すのに大切だが、ものすごく危ないものだとの前提で付き合うべきだった。完全に制御することはできないうえ、いったん制御が外れると暴走を止めるのは容易でないことを認識しておくべきだった」。

 が、同時に畑村氏は「日本が原子力を使わずに生きていけるとは思わない」と書いている。私はこの点、同氏とは意見が違う。今、日本全体の原発の7割ほどが停止している。しかし、日本人はちゃんと生きているのだ。25日の『朝日新聞』夕刊によると、日本学術会議は目下、原発の即時撤退から段階的な自然エネルギーへの代替、原発推進まで4つの選択肢を検討しているという。すなわち、①原発を即時全面停止して火力などで代替する、②5年程度で原発分の電力を自然エネルギーと省エネで代替する、③20年程度で原発分の電力を自然エネルギーで代替する、④誰もが安全だと認める原子炉をつくり、将来も重要なエネルギーとして位置づける--の4段階だ。
 
 私はこの中では、ぜひ②を選んでほしい。もし、いろいろな理由でそれが無理なら、せめて③の方向へ日本は進むべきだと思う。新しくやることは山積している。菅内閣の不信任案が国会で否決されたが、日本の政治家はこんな政争にうつつを抜かしている暇などないのである。

 谷口 雅宣

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コメント

先生

今ほど政治力が必要な時は、かつて(私が生きてきた中で)あっただろうか?と思うのに、何じゃこれ。せめて、その当たりの認識をお持ちの方々が政治をしていると思ってました。

ただ、人間慣れっておそろしい。
これまで経済力があったから、少々政治家がお粗末でもよいという国民のツケが回ってきたのでしょうか?

国民は、冷静に②の選択肢を選ぶだろうと思うのですが、政治的な声が大きい方々はどう思うのでしょうかねぇ。不安です。今は声高に言わないのでしょうが、水面下で蠢いているのではないかと疑心暗鬼になってしまいます。

先生のおっしゃるように、②を目指して③に落ち着くところが落としどころでしょうか。。。

ありがとうございます。

投稿: 谷口 美恵 | 2011年6月 3日 20:22

原子力発電所のおかげで、日本の社会が成り立っていて、原子力発電所がなくなったら、経済が破滅する、と言った発言をされている政治家がいるようです。私も、雅宣先生と同じ考えです。電気の供給に原子力発電所の必要は全くない、と私は思います。日本は自然エネルギーが豊富な国です(特に地熱)。自然エネルギーを利用する技術も持っています。日本の全ての家屋に太陽光パネルを取り付けたら、ほとんどの電力をまかなえると、聞いたことがあります。既存のシステムを変えるのはとても大変なことですが(原子力依存社会)、今こそ、変わるチャンスだと思います。②が、確かに一番現実的な考えですね。私としては、⑤「今すぐ原子力発電所を停止し、自然エネルギーに変えること」が希望です。

投稿: 水野奈美 | 2011年6月 3日 23:16

≪①見たくないものは見ない、
 ②考えたくないことは考えない、
 ③都合の悪い事柄はなかったことにする≫

性質は、事実、私自身の中にもあります。

それは善意に解釈すますと、そういう不完全なものは無い、という思いの元に発せられると思いますが、

悪い意味に解釈しますと、そういう好ましく無い状態は、現実にあったとしても見たくない、できるだけ避けたいという、逃避したい思いがそうさせるのではないかと考えられます。つまり、その好ましくない現実を改善するための作業を行う場合、現在のライフスタイルを変更したり困難な作業を何時間もかけて行う必要性が考えられますが、それを行うのは面倒であるという怠惰の心が好ましくない現実を忘れたい・見たくないという心に拍車をかけると思います。

 これは、實相の心から出てくる思いではなく、肉欲・肉体の心から出る迷いであると思います。

 総裁先生の今回の記事を拝読致しまして、『霊主肉従の生活』を行うことの重要性を改めて認識致しました。

 再拝

投稿: 志村 宗春 | 2011年6月 4日 19:45

原子力は本当に制御が難しいもので、絶対安心はありません。それを元に当面安全に働かせて将来は縮小出来るように、イデオロギーを超えた意識で考える必要があると思います。今までは絶対反対勢力に配慮しすぎて、安全への投資が足らなかったと思います。全体の莫大な予算になるからです。

しかし自然エネルギーは言葉では言えますが、もう四五十年前から研究開発が進められていますがなかなか実用には程遠いのが現状です。又全ての家庭の屋根と言っても付けられない家も沢山出てきますので一言では言えないでしょう。

そうすると化石燃料と言う事になります。又大変ですね。

一番大切なのは、物物と言う生活から生かされている感謝の生活に国民の心を転換する事が第一と思います。
合掌ありがとうございます。

投稿: 山内朗子 | 2011年6月 5日 22:44

昨日、テレビのニュースで水をプラズマ化して水素を取り出し、燃料にする技術が実用化されつつある、というような報道がありました。
今のところ、プラズマ化するのに多くの電力が必要なようですが、エネルギー源の選択肢が増えるという意味では歓迎できると思います。

6日の日経電子版に、これからは東電の影響力が下がるのでスマートグリッド(次世代送電網)が進展するのではないか、という記事がありました。
従来は電機メーカーがスマートグリッド用の製品を作ろうとしても、電力会社が文句をつけていたそうです。

行政としては、天下り先としての電力各社を弱め、子会社を減らすような方向には決して動かないでしょうから、経済産業省に電力自由化、発電分散推進を期待してもムダだと思います。

各自治体が結束して「スマートシティ」構想を進めてくれた方が、電力の自由化は進むのではないでしょうか。自治体からも電力関係に大量の天下りがなければ、、、。

投稿: 辻井映貴 | 2011年6月 7日 07:44

総裁・谷口雅宣先生

 合掌 常にやさしく、わかりやすくご指導くださり、ありがとうございます。

 先月、オークヴィレッジ代表の稲本正代表が会長を務めるNPO法人ドングリの会と、作家で環境活動家のC・W・ニコル氏の財団法人C.W.ニコルアファンの森財団の主催で行われた「緊急提言シンポジウム 森と海をつなぐ日本の再出発」に行ってきました。
 このシンポジウムの中で、元衆議院議員で日本エコロジーネットワーク代表環ネットワーク株式会社代表取締役会長兼CEOの高見裕一氏が、「2009年の総発電電力量のうち、原子力は、全部稼働して29%。もし今、原発を全部停止した場合、私たちはいつの時代の総発電電力量に戻らないといけないと思いますか?実は1989年です。皆さんは1989年に電気のことで不自由を感じましたか?」と話され、大変驚きました。当時私は大学生でしたが、世の中はバブル景気の時期であり、何も不自由はありませんでした。
 先生がおっしゃるように、すでに原発の7割は停止しております。①のように、早急に原発を停止しつつも、現在の電力消費を維持するために火力発電を増やして、枯渇する資源に頼り、CO2の排出量を増加させるのは本末転倒ですが、②の自然エネルギーへの転換をはかり、皆が「足を知る」心がけで、資源を大切に使い節電すれば、不自由なく可能ではないかと思います。現在の電力消費を維持しなければならないような、消費や欲望に基づいた生活の中には本当の幸福はないこと、自然と共に生きることの意義、素晴らしさをもっと多くの人にお伝えしていかねば、とつくづく思います。
 なお、高見氏がどのデータから話されたのか気になりましたので、少し調べましたが、電気事業者連合会のホームページ(http://www.fepc.or.jp/present/nuclear/setsubi/index.html
に、このようなグラフがありました。
http://www.fepc.or.jp/present/jigyou/japan/sw_index_02/index.html
 ありがとうございます。

投稿: 眞藤雅史 | 2011年6月11日 14:40

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