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2011年5月30日

三段階で技術社会を考える

 イギリスの科学誌『New Scientist』の5月14日号(vol.210, No.2812)に、原子力発電所の事故に関する興味ある考察が掲載されていた。米アリゾナ州立大学工学部のブレーデン・アレンビー教授(Braden R. Allenby)とダニエル・サレウィッツ教授(Daniel Sarewitz)によるもので、「今、我々が住む世界は技術的、社会的にあまりにも複雑化しているので、それらを生み出した近代啓蒙主義的な考え方は、我々の行動指標とするには危険な場合が出てきている」というのである。両教授の論旨を述べよう--
 
 例えば、今回の大地震と福島第一原発の事故をめぐっては、人々は相容れない2つの考えに分かれがちだという。1つは、「これによって原子力発電が抱える異常なほどの危険性が明らかになったから、原子力発電はやめるべきだ」とするもの。もう1つは、「これによって原発の新しい安全設計が進むのだから、地球環境のために、また人類のエネルギー需要に応えるために原発の利用を推進しなければならない」というものだ。しかし、両教授に言わせれば、これらの考えには一貫性がなく、理解困難であり、今日の複雑な技術社会をめぐる決定の指針には全くならないというのである。こういう問題が起こる原因は、それぞれの論者が技術的複雑さのレベルの違いに気づかずに、人間の理性的行動の限界について混乱を来しているからだという。
 
 第一段階では、原発は、人間の造ったシステムとしては、一定の電力を極めて安定的に供給することができる優れもの言える。この場合、原子力発電の技術はシステムの機能として捉えられる。
 
 第二段階では、1つの技術を複雑なネットワークの一部として捉えなければならない。例えば、原子炉は、それを抱える一回り大きな社会というシステムがもつ送電網に連結されていて、人々の生活の安定はこれに依存している。さらに、この送電網自体も、別の複雑なネットワーク--例えば、自動車産業など製造業のネットワーク、運輸や交通のネットワーク、また情報ネットワークにつながっている。
 
 第三段階では、複雑さはさらに拡大し、人間によるものはもちろん、それ以外の自然界にある可変的で、適応的な関係も含むことになるから、我々が正確に理解し、予測できる範囲を超えてしまう。原子力利用の問題は、この段階に至ると、地殻プレートの動きや、人間の文化や社会的変化の力ーー気候変動への恐怖、生活レベル向上の要求など--と組み合わさっている。
 
 科学技術の問題をこのような三段階に分けて捉えてみると、我々の周囲で行われている議論の中心は第一段階の問題であり、副次的に第二段階の問題が議論されていることが分かる。人間は主としてこの2つのレベルにおいて、物や技術を造り、それらを理解し、利用した結果を経験する。我々はこれらの二段階のレベルで、技術の実行可能性や好ましさ、危険度などを評価する。その限りにおいて、問題の複雑さに呑み込まれてしまうことはない。
 
 しかし、第三段階の問題は、これら2つのレベルの問題と同等に「リアル」であることを忘れてはいけない。にもかかわらず、人間はこのレベルの問題に突き当たると、とかく「想定外」だと考えるのである。しかし、これはまさに“人間が生んだ地球”(anthropogenic Earth)の問題であり、技術革新を重ねながら人間社会が生み出した必然的結果として今、我々の目の前にある。だから、我々がこの“人間が生んだ世界”の中で倫理的に、理性的に、そして責任をもって生きるためには、次の基本的な“認知の不協和”を受け入れなければならない。すなわち我々は、自らが最も信頼するものを、最も強く疑わねばならないのだ。
 
 --なかなか強烈な論旨であると思う。が、これと同様のことは、現代の科学技術が抱える問題として、私がこれまで『神を演じる前に』(2001年)や『今こそ自然から学ぼう』(2002年)などの中で何度も訴えてきたことだ。そのことを、日本の原発事故を契機として、海外の科学者が科学誌の中で指摘するようになったことに、私は何か複雑な気持を覚えるのである。
 
 谷口 雅宣
 

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コメント

合掌ありがとうございます。
29日共同通信で、環境庁が6月中旬よりエコリースを開始する事が決定されたという記事がありました。これにより、太陽光発電、燃料電池、高効率ヒートポンプ給湯器、電気自動車、他などの機器に対し、初期費用が不要になる事で省エネルギー設備機器の普及拡大を図るとの事でした。家庭向き、事業者向け、それぞれあるようです。
東日本大震災の影響もあったのですが、エコリースは昨年より予定されていたようで、私はエコリースという事を知らなかったので急な展開で驚きました。

投稿: 熊谷マリ子 | 2011年5月31日 01:57

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