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2011年5月16日

“テロとの戦争”が復活か?

 『朝日新聞』のアメリカ総局長、立野純二氏が16日付の紙面でオサマ・ビンラディンの死について書いていた。この件では、私はいろいろ言いたいことがあるが、その内容が多岐にわたり、複雑になると予測して、これまで本欄に書くことを躊躇していた。が、立野氏の記事を読んで、書くべき時が来たと感じた。その記事は、私の知らないアメリカ国民の立場や感情について示唆の多い内容だった。読後、私はこれまで不明だったジグソーパズルの一片の位置がわかった時のように、「なるほど」と了解したのである。

 9・11のアメリカ同時多発テロを初めとした数々の国際テロの首謀者とされるオサマ・ビンラディンは、5月2日の早朝、アメリカ海軍の特殊部隊によって殺害された。このことを多くのアメリカ人は喜んだ。立野氏の表現では、ホワイトハウス前の広場を「午前1時を過ぎても1千を超す若者が埋め尽くし、歌い、踊り、歓声を上げた」という。が、私は諸手をあげて賛成する気持になれなかった。

  理由はいくつもある。1つは、パキスタンの了解なく行われたこと、2つは、「悪は物理的に破壊すべし」という考え方に同意できないこと、3つは、政治的効果を狙った暗殺であり、しかも国内向けの効果が国際関係より優先されたと感じたからだ。

 立野氏の分析では、このような“暗殺歓迎”とも受け取れる喜びを示したのは、9・11事件を小中高校の思春期に経験し、その後の“テロとの戦争”と共に育った“9・11世代”と呼ばれる若者たちだという。この世代の特徴は、「政治と外国への関心が高く、ひときわ愛国心が強い」だけでなく、「軍事力に寄せる信頼も厚い」という。つまり、軍事力の限界を認めつつも、「人道や正義を掲げて外国に米軍を派遣することをためらわない」のだそうだ。そして、立野氏は、この世代が「オバマ大統領誕生の原動力の1つになった」と指摘するのである。

 彼らはフェイスブックなどのネット技術を自由に使いこなし、短期間のうちに莫大な資金を集めて、アメリカ史上初の黒人大統領誕生の有力要因となった。それがちょうど18~29歳の若者たちで、この年齢層の大統領支持率は、ここ10年間で40%台から59%に急増したという。こういう要素を考慮してみると、国内の支持率低迷で窮地に陥っているオバマ氏が、自分の有力な支持基盤である彼らが溜飲を下げるような施策を敢行したとしても、不思議ではないのである。

 しかし、このオバマ氏の決断によって失われるものも大きい。それは、私が本欄で何回も「問題あり」と指摘してきた“テロとの戦争”という考え方が、復活する可能性があることだ。というより、それは今回のビンラディン殺害によって「正式に復活した」と言っても過言でないだろう。なぜなら、オバマ氏は自国が「戦争中である」ことを理由にして、今回の軍事行動を正当化したからだ。もちろん、その戦争はパキスタンが相手ではなく、“テロリスト”が相手だ。つまり、テロリストとの戦争中だから、作戦行動の詳細は同盟国であっても了解を得る必要はないということだろう。しかし、今回の軍事行動の異常な点は、派兵先の国が当の“テロとの戦争”の同盟国だという点だ。一緒に協力して戦っているはずの味方の意思を無視して、その国の内部深くに侵入し、“敵”を殺害するーーこれはもう、その同盟関係が破綻していると言わねばならない。

 これに対して戦争中でない場合は、当然のことながら、他国の領土内に無断で軍隊を派遣して誰かを殺害したり、あるいは誰かを逮捕することは、派遣先の国の主権侵害になる。これは、派兵先が同盟国であるかないかを問わない。派兵先が同盟国でない場合は、主権侵害を理由に戦争が始まる恐れさえある。同盟国にそんなことをすれば、同盟が破綻しても決して不思議はない。例えば、アメリカが日本政府に無断で米軍を動かし、テロリストと目される人物を、潜伏中の名古屋市内で急襲して殺害したら、きっと日米同盟の危機が来るだろう。

 いずれにせよ、今のアメリカとパキスタンの関係は異常である。11日付の『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』は、今回の軍事作戦を行う際、オバマ大統領は、パキスタンの警察や軍隊との交戦も想定していたことを伝えている。それによると、ビンラディン拘束のために派遣する軍の規模について、大統領は、2つの専門グループを用意させたという。1つは、“敵”を殺害し葬るまでの仕事を担当するグループ。もう1つは、“敵”を捕らえた場合の法律家や尋問者、通訳者などのグループだったという。そして、前者の軍事行動グループは、パキスタンの軍や警察と直面した場合は、できるかぎり対立を避けるよう努力すべきだが、脱出のために応戦しなければならない場合は、応戦を許可されていたという。そして、この特殊部隊は、当初はヘリコプター2機分の人員だったが、その後、大統領の命令でもう2機分が追加されたらしい。これらのヘリが、レーダーによる探知を避ける改造を施されていたことは、すでに伝えられている。つまりこの作戦は、パキスタンを“仮想敵国”と想定して行われたのだ。
 
 今、パキスタン国内では、このアメリカの行動を許したパキスタン政府への批判が強まっていると同時に、パキスタン政府内のアメリカへの不快感が増している。オバマ大統領は、そうなることを見越してこの作戦を実行したと思うが、他のイスラーム圏の国々への影響を、どれだけ考慮したか、私は疑う。それらの国では、アメリカが言う“テロとの戦争”を“イスラームとの戦争”と考える人々がかなり多いのだ。その中で、「アメリカと同盟を結んでも主権侵害が簡単に行われる」と感じた人々が、アラブ民主革命後の選択をどう行うかという問題は、決して小さいとは思えない。

 谷口 雅宣

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コメント

総裁 谷口雅宣先生
合掌 ありがとうございます。実は、ビンラディン暗殺のニュースを観ましたとき、アメリカの若者達があんなにも歓声を挙げて湧き上がるのを観て恐いものを感じたのです。同時多発テロの報復でオバマ大統領はヒーローになっていますね・・・・私はこの大事件に関していつ総裁先生がこのことについてブログで取り上げてくださるのかずっと待っておりました。同盟関係が破綻している中、オバマ大統領は今回の自分の行った行為を正当化してたくさんの若者がそれを支持するなんて、今後また次の争いに発展しそうで怖いです。それと5月16日付けの地元の新聞に島根県選出の自民党の国会議員(党で東日本大震災の対策本部副本部長を務める)が、15日、中国電力島根原発を視察し、「資源が全くない日本としては、原発は大事な選択肢。一定程度(原発に)依存する体制に行かざるを得ない」「太陽光や風力発電の普及にはコスト面から、まだかなりの時間を要する・・・との見解を示した」とあります。この方は、通産省時代から原発推進をしてきた経過も述べたそうです。島根ではこの方を支持する県民が圧倒的です。福島原発の被害に塗墨の苦しみにおられる被災者のみなさまをみても、それでもまだ原発は大事だと言う・・・非被災地の私達のこれまでの生き方、考え方を変えなければ被災地のみなさんに申し訳ないと思います。追伸・・「めんどくさいが世界を救う5」のブログのコメントに総裁先生が御返事をくださっていたことに先程気付きました。そうなんです!公園に人体に影響が出るほどの除草剤を撒かれたんです。私も、もう1人の女性も皮膚が被れました(涙)
総裁先生  ありがとうございます  岡田さおり拝

投稿: 岡田さおり | 2011年5月17日 00:47

合掌ありがとうございます。

最初このニュースに接した時、少し戸惑いました。「殺害」ってこれを堂々と一国の大統領が発表することの違和感…普通こんな時どういう表現をするのだったかしら。

で、良く分からないので、日本で、どこかよその国の軍隊が軍事行動を行い外国人を殺害…あった、類似事件、金大中事件。。。じゃぁ、逆に日本が第三国で日本の敵を打つ。そんなことちょっと考えられない。

最初、本当はパキスタン政府は知らされていたけど、知らないことにしたのではないかと疑いました。真偽のほどは分かりませんが、知らせていなかったということになっています。そりゃぁ、怒るでしょう。イスラム教徒で政府を快く思っていない人達、いるはずですし、あの国は政府があってないようなものと言われているらしいし。

やっぱり、無茶なことするなぁというのがアメリカに対する感想です。飛び上がって喜ぶ国民がいるのですから無理もないのでしょうか。この過程で山本五十六の名前が出てきたそうですね。9.11前までは真珠湾攻撃が一番の屈辱だったようですから、無理もないのでしょうか。

今回の件で、ますます二枚舌、二元論のように思えるアメリカの「正義」。よその国を非難してばかりもいられない我が国の政治。

ここで、政治というモノを日時計主義的にどのように解釈すればよろしいのでしょうか。わからなくなってしまいます。

投稿: 谷口 美恵 | 2011年5月18日 19:31

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