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2011年5月 6日

「めんどくさい」が世界を救う (2)

 私はかつて大泉に山荘ができて間もなくの頃、自分のブログで「薪づくり」について書いた(2001年11月7日)。それは、倒れた1本のクリの木を、金属部分が30センチほどの普通のノコギリで切って薪にしたという話だが、その際、同じことをチェーンソーを使ってやるのとどう違うかを考えたのである。引用する--

「チェーンソーがあれば、わけのない作業だろう。しかし、それがない今は、持っている普通のノコギリでカットするほかはない。低くなった太陽の光を背に受けながら、午後5時ごろからノコギリを引きはじめ、小一時間かけて25本の薪をつくった。チェーンソーがあれば10分ぐらいでできるだろう。そんなことが頭をよぎった。が、思い直して、さわやかなクリの木の香りを嗅ぎつつ、全身を使っているノコギリを引く作業に熱中した。そして、その原始的な手ごたえを味わいながら、こんなことを考えた。

--自分は今、このクリという植物が何年もかけて大気中から収集した炭素の固まりを切っている。燃やして暖をとるためだ。これと同じことを大規模でやれば、森林破壊となり、温暖化が深刻化する。しかし暖をとらねば、人間が0℃の夜を無事に過ごすことは困難だ。だから、せめて森の“余剰分”と思われる倒木だけを利用させてもらう。量的には、それで十分だ。それに、手引きのノコギリを使えば、1回にちょうどそれぐらいの量しか薪は作れない。チェーンソーがあったら、どうだったろうか? 作業効率はグンと上がるから、必要以上に薪をつくってしまうか、あるいは作業を短時間ですませて家にもどれる。楽な作業をかもしれないが、そんな時、このクリの木の一生のことを考えるだろうか? 節を避けて木を切るために、木の表面をよく観察するだろうか? クリの木肌に注意したり、香りをじっくり味わうだろうか?ーーそんなことを考えてみると、不便さや苦労の中には、効率とは別の価値がしっかり詰まっているのだと思った。」 (『小閑雑感 Part 2』179~180頁)

 谷口 雅宣

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コメント

 合掌 総裁先生 先般の全国幹部研鑽会では素晴らしいご指導ありがとうございました。
 昨日から「「めうどうくさい」が世界を救う」の連載を始めてくださいましてありがとうございます。私にとって、このテーマは、先般の全国幹部研鑽会にて非常に興味を持たせていただいたテーマでした。私にとりまして、特に会社生活を通じて「効率性、合理性」を追求してきましたので、また、便利な生活にドップリ浸かっている現在、非常に厳しいテーマでありますが…。「急がば回れ」という諺があるように、逆に非常に「効率性、合理性」があるような気がしております。もっと詳しく知りたいと思っていたことでしたが、このように取り上げて詳説していただけることが本当に嬉しく、ありがたいです。何回続くのかわかりませんが、楽しみにしています。感謝 再合掌 石田 盛喜代

投稿: 石田 | 2011年5月 7日 09:25

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