東北地方太平洋沖地震
日本の観測史上最大といわれるM8・8の大地震が東北地方中心に起こり、最高7メートルもある大津波が列島の太平洋岸を襲った。まだ被害状況の詳細はわからないが、テレビ等で伝えられる揺れの大きさや津波のすさまじさから考えると、阪神淡路大震災なみの相当数の被災者と、甚大な被害が出ているものと思う。被害に遭われた大勢の方々に心からお見舞い申し上げるとともに、被災者の救助と救援活動に尽力されている政府各機関を初め関係者、ボランティアの皆々さまに、心から感謝申し上げます。また、海外からもたくさんのお見舞いのメッセージと祈りの念をいただいています。感動するとともに、“神の子”の同志との一体感を感じます。
1回目の地震が起こった午後3時前、私は東京・原宿の本部会館にある執務室で原稿書きの最中だった。ゆらゆらと揺れが始まったときは「また地震だな~」と思ったが、揺れはすぐ止まるとたかをくくっていた。ところが揺れは収まるどころか次第に大きくなり、棚の上の本や置物が落ち始めたので、私は自分のデスクの下へもぐり込んだ。階下へ降りるのは手遅れだと思ったからだ。本部の建物は古くて、今の耐震基準を満たしていない。だから、もしかしたら崩壊するかもしれないと思った。その時、頭の中にあったのは、ニュージーランドのクライストチャーチ市を襲った地震で、日本人が多く学んでいた英語学校の建物のことだった。が、幸いなことに揺れはだんだん収束していった。
午後3時から執務室で人と会う約束があったから、揺れが収まると隣室の秘書たちに頼んで、床に落ちた本や書類を片付けてもらった。そして、予定通り来訪したその人と面談を始めた。そうこうしている間に、2回目の揺れが来た。今度は明確な縦揺れだった。面談の相手と顔を見合わせ、「下へ降りたほうがいい」と合意した。そして、階段を伝って1階まで降り、隣接する東郷神社のピーターハウスの前で、揺れが収まるのを待った。そこには、同じように危険を感じて外を出た本部職員が何人もいて、その数はだんだん増えていった。
2回目の揺れが収まると、私は面談相手とともに再び執務室へもどり、そこで手短に用事をすませてからテレビを見た。いつも落ち着いた態度でニュースを報じているキャスターが、声を震わせていた。そこに映し出された映像は尋常でなかった。特に津波の大きさに舌を巻き、早く帰宅しようと決めた。残った仕事は家でもできるものばかりだったからだ。こうして帰宅できた私は、幸運だった。東京の鉄道は地下鉄を含めてすべて止まっていたから、多くの職員が長時間かけて、バスや徒歩を使って帰宅し、あるいは地下鉄などの運行再開を待って帰宅したのだろう。
自宅の被害はなかった。ただ、高い場所にあった多くの物が落ち、一部の花瓶やコップなどが壊れた。私が帰宅したとき、妻はそれらの片付けをほとんど終わっていたが、私の書斎では本が散乱していた。大きなもので壊れたのは、庭にあった石灯籠ぐらいである。また、ガスが止まっていた。が、これも夕食前には出るようになっていたので、食事も普通にいただけたのは本当にありがたかった。
私は、7年前に新潟中越地震を長岡駅で経験しているので、揺れに対する恐怖はそれほどではなかった。あの時は、立っていられないほどの揺れで、駅の床に這いつくばって恐怖に耐えたのだった。それと比べて、「まだ大丈夫」という気持がずっとあった。しかし、今回の地震の激甚さはその比較ではないだろう。被災地の一刻も早い復興を心からお祈り申し上げます。
谷口 雅宣
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コメント
合掌
この度は…本当になんと申し上げてよいのか・・・前日は神戸も少し揺れました。
各地がまだ大変な状況の中、こちらにコメントさせて戴いてすみません
今朝、本住吉神社への早朝神想観に行く途中に、ふと六ヶ所村のことを思い出しました。
今回のことをきっかけに、再処理工場が無くなればいいのにと思ってしまいました。
地震で被害の大きかった地域の地図を見ていて、ふと思ったのですが、
かつて見た、六ヶ所村再処理工場から海に流出されるであろう放射能の漂着分布図と、そっくりなことに胸騒ぎを覚えました。
如意自在の生活365章46ページの、『これだけは知って置くべきことと予言された事』の、放射能による地球のエーテル体の破壊のことが書かれてある部分の祈りを個人的にしようと思いました。
被災地の皆様、本住吉神社からも皆でお祈りさせて戴いてます。どうかあきらめないでください。
今日拝読した神示集には、もっと生長の家を伝えよとあり、申し訳なくて涙が出ました。
合掌
投稿: 松尾 | 2011年3月12日 14:38
合掌 ありがとうございます。
本部会館が耐震面で十分でないことが頭によぎり、大丈夫だろうか、総裁先生は・・・と心配しました。ご無事でなによりでした。埼玉教区では現在、被害の報告を受けておりません。
今回の報道で、帰宅困難者に大学や公共施設などの開放がなされ、暖かい対応が拡がったことに聞くと心が癒されました。また、昨日の帰宅中、交通機関が麻痺していたため、多くの方が徒歩で帰宅している現実を観、こらからは東京一極集中がもたらす厳しい課題があると思いました。
投稿: 青木 繁和 | 2011年3月12日 15:27
合掌
まず、被害が早く復旧されますことを御祈り申しあげます。
この地震の揺れはものすごいものでした。(私の勤務しておりますビルはごく最近建設され、当然耐震基準を満たしているわけでありますが、それでも相当かなり強い揺れを感じました。)
地震で勤務しているビルのエレベーターが止まり21階まで階段を使って行きました。
もうヘトヘトでした登山をしているようでした。
幸いなことに、実家も今私が住んでいる部屋にも被害がありませんでした。
私は、昨年の7月初旬頃までは青森県八戸市に居住しておりましたた。が、あるキッカケで神奈川県横浜市の実家の近くに来ることができました。
それがなく未だに八戸にいれば地震の被害を相当受けもしかしたらあの世に行っていたかもしれないのではないかと思います。
それを思いますと、御縁というのは恐れ多いことと存じます。
再拝
投稿: 志村 宗春 | 2011年3月12日 16:37
谷口 雅宣先生
合掌ありがとうございます。
一つ質問がございます。
私たちはこのような大きな地震に対しても感謝しなければならないのでしょうか?
それとも感謝しなくても良いのでしょうか?
全てのものに感謝しなさい、ということは、地震にもあてはまるのでしょうか?
是非お教え頂きたいと存じます。
私自身の気持ちは地震はなるべくといいますか全く来てもらいたくはないです。
また、時々来てもこのような大きい地震は来てもらいたくはないと常日頃思っております。
再拝
投稿: 志村 宗春 | 2011年3月12日 18:08
まずは、ご無事で安心しました。
親戚や友人、そして知り合いになったpostingjoyのメンバーさんの安否が気になって仕方がありません。
皆様の無事を祈ります(合掌)
投稿: 水野奈美 | 2011年3月12日 19:38
松尾さん、
青木さん、
水野さん、
暖かい言葉、ありがとうございます。
どんな現象にも、私たちに“教え”を伝えてくれるものがありますね。
志村さん、
「地震に感謝する」というよりは、「地震が教えるものに感謝する」という表現の方が適切なような気がします。なぜなら、地震自体は教えるものはそう多くないからです。我々がそこからどういう教訓を読み取り、それを今後の人生や生物の発展に生かすかということでしょう。
コメントしてくださった松尾さんや青木さんは、すでに教訓を引き出しておられるではありませんか。
私は、いろいろな教訓の中で、「文明の転換の必要性」というのを感じます。例えば、原子力発電を今後続けるべきかどうか……等。福島原発1号機のことです。
http://www.nytimes.com/2011/03/13/world/asia/13nuclear.html?
投稿: 谷口 | 2011年3月12日 22:01
合掌
総裁先生、ありがとうございました。
今、朝のお祈りから帰って参りました。
私は、環境への取り組みで体を壊し、
生長の家の物質無し、肉体無しの教えに救われました。
本当に人体は、肉体でない、神のコトバの振動によってなりたっている、ということがハッキリとわかり、
肉体は、心によってどうにでもなる、ということを思い知り、
最終的には、神の子の自覚によって、救われました。
人とは、霊(コトバ)であると。
今は、すべてに調和した形で環境のことにも配慮できつつあります。
万物を救うのは、生長の家の説く真理しかないと思います。
本日の大講習会の大成功をお祈りしております。
再拝
投稿: 松尾 | 2011年3月13日 07:42
追伸
合掌ありがとうございます
度々すみません
総裁先生が書き加えておられるのに気がつきました。
リンクは外れているようですが
私は以前、老朽化した原発の停止を訴えておりましたが、
生長の家の人から、生長の家の人の中にも、原発にお勤めの方がおられるので、原発の話しはしないでほしいといわれ、
それから生長の家に行きづらくなり、
そのころはまだ人間は肉体だと思っていましたので、
そういう意識で環境問題に取り組んでいましたら、
見事に体を壊し、生長の家に救われました。
人間を肉体だと思うのは諸悪の根源かもしれないですね。
再拝
投稿: 松尾 | 2011年3月13日 08:48
合掌 ありがとうございます
大地震という現象のあまりの厳しさ、惨さに動揺しておりましたが、雅宣先生ご著書の『”森の中”へ行く』p98を読ませて頂いた時に、深く心に刻まれた言葉が今朝から沸いてきて、そして今私はテレビに映し出される「痛々しい日本の国の姿」に心の中で合掌しています。
日本の国は今、地球に佇む観世音菩薩の姿に身を変じて、我々人類に大切な教えを宣示していたまうのであると気が付かせて頂きました。
あまりにも痛々しくて今は唯合掌しか出来ないでいますが・・・・。 感謝合掌
投稿: 三浦知栄子 | 2011年3月13日 10:15
合掌
ありがとうございます。
現在、私どもの周辺で、「何かできることはないか?」ということで、世界平和の祈りをさせていただいております。
復興への募金をさせていただきたいとの声が多いのですが、どこへ送ったらよいのかわかりません。
宜しければ、生長の家全体で、募金運動を行うことはできませんでしょうか?
どうぞ宜しくお願いします。
山口拝
投稿: 山口俊子 | 2011年3月13日 19:27
合掌 ありがとうございます
神奈川教区では小学生一泊見真会の準備で教化部を訪れましたが,今回の地震を受けて3/12~13の見真会は延期となりました。
参加者運営各位に延期の連絡を終えてから,折角育成メンバーが集まったからと育成指導部長の提案で写経を行いました。
私はこの震災に対して被災地の早期復旧と日本国の実相顕現を祈願して写経させていただきました。
今はただこの生命が無事であったことに感謝し,一日も早い復興と被災者のこれからの幸福を祈らせていただきます。
再拝
投稿: 加茂 | 2011年3月13日 20:28
谷口雅宣先生ありがとうございます。栃木教区の吉村と申します。
宇都宮も大変な揺れでした。我が家も被害はそれほど大きくはなかったのには救いを感じました。
やはり人類全体の“業”という観点を持つべきでしょうか。
既に多くの団体・国から支援が来ています。その愛念がより善きものを結ぶー信じたいと思います。
投稿: 吉村聖彦 | 2011年3月13日 21:00
総裁先生
合掌ありがとうございます
つねにご指導を賜り心よ感謝申し上げます。
この度、思い切りまして初めて投稿をさせていただきます。
私の周りには、東北地方から上京されている信徒さんがたくさんいらっしゃいます。ご家族が東電の社員で今まさに原発設備の中で作業されている方もおります。
その方々と一緒に、一刻も早い事態の収束と、復興を願いお祈りをしたいと切に願っております。そのための何か具体的な光明思念を送る「お祈りの言葉」をお示しいただくことができましたら幸甚です。全国の信徒の皆さまとお祈りできたらこんなに心強いことはありません。
私は教化部職員ですので、被災地の教化部のことを思うと、何か今、自分にもできることはないものかと右往左往しております。全国の教化部と連携して、被災地の復興の目処がたつまでの継続的な物的支援あるいは人的支援が可能な仕組みがありましたら、ぜひ行かせていただきたいです。
何卒、何卒宜しくお願いの程申し上げます。
投稿: 池田力紀 | 2011年3月13日 21:08
皆さん、
今回の大震災に関して、生長の家で具体的な支援や、宗教行を行うことの提案をいただき感謝申し上げます。これらの件については、至急に会議を開いて、近日中にまとまった計画を発表します。
また、本日、滋賀教区の講習会が行われましたが、急遽、大震災救援のための募金を会場で行いました。本部の方針が決定するまで、一時的に支援金をプールしておくという方法もあると思います。それぞれの教化部へご相談ください。
投稿: 谷口 | 2011年3月13日 22:41
谷口雅宣先生
具体的な支援策等につき、早急にご検討いただき、誠にありがとうございます。支援計画が示され次第、喜んで協力させていただきます。
それにしても、今回の大地震で、大規模集中型の発電方式がいかに脆弱であるかが、如実に示されたと感じます。東京電力が計画停電や福島原発のことで対応に追われ、また被災地のあちこちで停電に悩まされている間にも、太陽は降り注ぎ、風は吹いている…。
それを思うと、災害時のリスク分散という観点からも、太陽光や風力などの自然エネルギーへの転換を急がねばならないという気がしてなりません。
山中優 拝
投稿: 山中優 | 2011年3月14日 22:07