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2011年2月16日

短編小説集『こんなところに……』について

Konnatokoro  私は本欄などで時々、短い創作物を発表してきたが、それらを集めた単行本『こんなところに……』(=写真)が3月の立教記念日に際して生長の家から発刊される。私の短編小説集としては、『神を演じる人々』(2003年発行)についで2冊目となる。全体が4部に分かれていて、収録作品は25編ある。『神を演じる人々』は、科学技術と生命倫理の問題をテーマにしぼった作品17編からなるが、今度の短編集は、「多様なテーマと形式」が特徴と言っていいだろう。普通の短編小説もあれば、ショートショートと呼ばれる極短編作品、名作のパロディー、童話……などだ。4部構成はそれぞれ、第1部「こんなところに……」、第2部「ショートショートでひと休み」、第3部「対話編」、第4部「最後は童話風に……」という題名で、これらの題名を読めば中身が推測できるはずだ。
 
 本全体と第1部の題名が共通して「こんなところに……」となっているが、これは本書の冒頭に収めた短編作品の題名でもある。奇妙な題名をつけた理由は、その作品を読んでもらえば分かるが、それとは別に、本書全体のタイトルにもこれを使った理由がある。それは、私がこれらの短編作品の発想するときの気持を表しているからだ。発想は、予期せずに、思いがけない所で浮かんでくる。いや、「降りてくる」と言ってもいいかもしれない。例えばこの冒頭の作品の発想は、私の仕事場である生長の家本部会館に隣接した東郷神社の境内で得た。いきなり1巻のストーリーが降りたのではなく、記憶に残るいくつもの別々の映画のシーンが、それぞれ断片的で無関係であったものが、いきなり1つの物語にまとまる--そんな感じである。ごく普通の日常生活の場面にドラマが隠れている。それを見つけたときの「こんなところに!」という驚きを表現したかった。
 
 そういう意味で、本書に収録された作品の多くには、私の日常生活の場面や体験が適度にブレンドされている。幼いころや若いころの体験、妻とのやりとりが変形して織り込まれているものもある。また、9・11の同時多発テロなど、世界的大事件の衝撃をどう受け止めるか苦悶しながら書いた作品もある。人生に起こる出来事には、宗教の教義から説明しようとすると「紋切り型」で、「味気」がなかったり、「冷たい」分析になったりで、共感力や説得力が失われるものが少なくない。そんな場合、主人公への感情移入を必要とする小説や戯曲のような表現形式の方が、より深い共感をよぶことがある。本書に収められた作品が、そういう効果を生んでくれれば、作者として喜びこれに勝るものはない。
 
 谷口 雅宣
 
 

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