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2011年2月18日

都会に本当の情報はない

 今日は午後から東京・原宿の生長の家本部会館ホールで、オークヴィレッジ代表の稲本正氏の講演があった。生長の家の役職員が地球環境問題などを学ぶ「環境教育研修会」に、稲本氏を講師としてお願いしたのだ。巧みな話術と博学な知識、気取らないユーモア、豊富な体験談……2時間の講演が少しも長く感じられない充実した時がもてた。その稲本氏の講演で最も印象に残ったのが、「都会に本当の情報はない」という話だった。これは一見、ウソのように感じられるが、よくよく考えてみると、我々の錯覚を実に端的に指摘した真理である。我々は、都会にこそ大切な情報があると考えがちだが、その「大切」という意味をよく考えずに使っている。そして、考えれば考えるほど、その「大切」の意味は分からなくなるはずだ。
 
 長く、複雑な要素が交じった稲本氏の話をあえてひと言で凝縮すれば、「人間は森なくして生きられない」ということだ。人間だけでなく、動物はみな森があって生きているのだが、特に人間は森から離れた生活が長すぎるため、この基本的な事実を忘れている。そして、それ以外の、生存にとっては枝葉末節的な知識--人間界の出来事の細部などを“大切な情報”だと思っているのだ。森の大切さの詳しい説明は、稲本氏の著書を読めばよく分かる。が、ここでごく基本的で重要なことを挙げれば、我々は呼吸しなければ生きられないということ。酸素がないと生きられないということだ。その酸素を製造するのが「森」で、このほかに地球上に“酸素製造装置”はない。酸素の次に人間に必要なのは「水」であり、人の飲料水のほとんどを「森」が製造し、保管している。また、人間は食物を摂取しなければ生きられないが、この食物の基本も「森」だ。
 
 我々の「食物と森」の関係は、ときどき「食物連鎖」という言葉で表現される。つまり、植物が水と太陽光から光合成で炭素を作って蓄え、これを動物が体内に摂取して生存し、人間はこの植物と動物を摂取して生きながらえる、ということだ。ときどき生命の根源は「海」だと言われることがあるが、これは間違いではないが、人間にとっては「森」の方が、より生存に密着している。なぜなら、人間は水生動物ではないからだ。また、海の生物の多くは、川を通って森から流れてくる栄養素や微生物の恩恵を得ている。だから、森が減れば海中の生物も減少する。ということは、人間にとって本当に大切な情報とは、「森に関する」情報なのである。

 では、我々はどれだけ多く「森」について知ってるだろうか? 日本の森に今生えている木は何であり、どんな外観をし、どんな葉をもち、どんな性質があり、どんな用途があり、どんな花を咲かせ、どんな動物を養い、どんな宿木や下草を生やし、どんなキノコと共生するのか。また、そういう木の生える森は、時間の経過とともにどんな植生に変化するのか……これらの情報を、頭の中の知識としてだけでなく、目で見て、鼻で匂って、手で触れて、口で味わって体験しているかどうか……と聞かれると、私にはまったく自信がない。恐らく多くの読者も、同じ感想ではないだろうか。そんな知識は中学・高校の教科書で読んだぐらいで、役に立たない知識だと思い、テストである程度の点が取れたら、その後は忘れてしまう。こうして我々は、森を忘れて都会に出て、都会での便利な、そして恐ろしくムダの多い生活に慣れ親しんでいるうちに、自分たちの都会生活によって世界中の森がどんどん減少していくことに、何の痛みも感じなくなってしまった。
 
 もちろん稲本氏はそこまでは言っていない。が、私はそう思う。この都市化の流れと消費生活の問題について、私はかつて小説『秘境』(2006年刊)を書きながら鮮明に感じていた。この小説では、都市化や消費生活だけでなく、現代文明そのものを知らない一人の少女を登場させることで、彼女の生活と、我々の都会生活とのどちらに価値があるかを問いかけたものだ。稲本氏の講演を聴いて、私はそのことを懐かしく思い出しながら帰宅したのだった。
 
 谷口 雅宣

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コメント

ありがとうございます。

『秘境』読ませていただきました。
彼女の生活や記者の心の葛藤がとてもリアルに感じ、今後どのように生きていくか、考えさせられる内容でした。

>>このほかに地球上に“酸素製造装置”はない。
つい忘れてしまいがちな大切なことですね。
植物の存在に感謝して彼らのことをもっと知ろうと思いました^^

感謝合掌

投稿: 金沢健二 | 2011年2月19日 08:32

何かについて知っていると言うとき、知識として知っているのと、経験や体験として知っているのは大きな差がありますが、単に知識として知っていることを「知っている」と思っていることが多くないでしょうか。
地方より都市の方がその傾向が強いと思いますし、ネット上での情報を真実と思う危惧があると思います。

投稿: 近藤静夫 | 2011年2月19日 09:14

金沢さん、
 『秘境』の感想を聞かせてくださり、ありがとうございます。その“続編”のようなものを書きたいと思いつつ、手がつけられないでいます。

近藤さん、

>>地方より都市の方がその傾向が強いと思いますし、ネット上での情報を真実と思う危惧があると思います。<<

 地方の事情を知らないのですが、都市の人間として、その危惧は大いにあると思います。

 

投稿: 谷口 | 2011年2月20日 23:14

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