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2011年2月22日

“鯨肉食”はやめる時期

 前回の本欄で日本の“調査捕鯨”なるものについて触れたが、19日の『朝日新聞』が最近の動向についてまとめている。それによると、今季の日本の調査捕鯨は打ち切られることが18日に決まったそうだ。また、「来季以降の見通しも不透明で、80年近い歴史を持つ南極海での捕鯨が岐路に立たされている」という。理由は、①海外からの批判が大きい、②国内消費が減り続けている、③国内在庫が余っている、④近海捕鯨への方針転換、らしい。私は最後の理由が気になるが、今回の中止決定は歓迎する。日本がそれだけ“殺生”の悪業を積むことが減り、CO2削減にも貢献し、在庫管理のコストも減るからだ。
 
Whalecatchesjapan  上の『朝日』の記事によると、日本が南極海まで行って捕鯨をするようになったのは1934年からで、88年までは“商業捕鯨”をしていたという。ところが、捕鯨反対の声が海外で高まってきたため、88年でそれを打ち切り、代わりに「商業捕鯨をするのに十分な鯨が生息しているというデータを得るため」という理由で、調査捕鯨を始めたらしい。何かスゴイ理屈に聞こえるが、まあ、国内の捕鯨関係者を擁護するというのが本当の理由だろう。しかし、ここに掲げたグラフにあるように、鯨肉の国内市場への供給量は1965年以降、急激に減っている。水産庁の統計では、国内消費のピークは1962年で、約40万トンが消費されていたのに対し、近年はその100分の1に当たる4千トン程度なのだ。また、在庫量は経済低迷の影響もあって、昨年12月末の時点で約5千トン。つまり、年間消費量より多い。それならば、需要と供給の関係から、鯨肉の価格が下がってもいいはずなのに、私が調べたように、地元でさえ牛肉並みの値段で売られている。
 
 人気がないのなら、南極まで行って捕獲する必要はないと思うのだが、そこのところは“補助金行政”のおかげなのだろうか、何とも理由(わけ)が分からないのである。記事によると、調査捕鯨で捕獲された鯨肉は、“副産物”という名目で国内市場に出される。そして、その売り上げが次の年の調査捕鯨の経費に充てられるという。そうなると、鯨肉が“値崩れ”すると次期の捕鯨の経費が出ないことになりかねない。そんな配慮が働いて、市場への供給量を減らすのだろうか……。
 
 ところで、水産庁は南極海捕鯨をやめて近海捕鯨を“商業的”にやる方針のようだが、これは再考されたい。理由は、主として2つある--①高等哺乳動物の殺生、②汚染鯨肉の増加。最初の理由は、肉食関連の話の中で本欄で何度も書いたから省く。2番目の理由は、案外知られていない。映画『ザ・コーヴ』を見た読者はご存じだろうが、この映画の主張の1つが、水銀汚染の問題なのである。汚染化学物質は、食物連鎖のピラミッドを下から上の方向へと、濃縮されながら上がっていく--これが原則だ。だから、海洋に棲む大型魚類は、小型の魚よりも化学部質を体内に高濃度に蓄積することになる。しかし、南極海の調査捕鯨の対象であるミンククジラは、ヒゲクジラ類に属していて、小魚ではなくオキアミなどを主な餌としている。これに対して、日本近海にくるマゴンドウなどはハクジラ類に属していて小魚を食べる。ということは、近海物の鯨肉の方が南極海のものよりも汚染濃度が高い可能性が大きいのである。
 
 環境化学研究者の小野塚春吉氏は、『ザ・コーヴ』のパンフレットの中で次のように書いている--
 
「1973年、厚生省(当時)は行政上の指導指針として“総水銀0.4ppm、メチル水銀0.3ppm”の暫定的規制値を定めた。しかし、この暫定的規制値は“魚介類について設定されたもの”であるため、クジラ・イルカには適用されていない。“クジラ類は魚介類、魚類ではない”との解釈からであろう。そのため、暫定的規制値を超えるものが、何ら規制されることなく市場流通している」。

 もしこれが本当ならば、鯨肉を学校給食に出すなどという発想は、恐ろしく無責任である。とにかく、“伝統文化”の旗印があれば何をやってもいいという考えは、改めるべきなのだ。
 
 谷口 雅宣

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コメント

谷口雅宣先生

合掌、ありがとうございます。

此処に書かれましたご文章に感謝いたしております。ありがとうございます。鯨食イルカ食に関して日本人として大変恥ずかしくも思い、また捕鯨に胸を痛めておりました。

④項目の近海捕鯨への方針転換に関しても今の時代を理解できていな個人的思考の結論であります。個人的に再読させていただいております谷口雅宣先生著『今こそ自然から学ぼう』「人間中心主義」について103ページの書かれていらっしゃいます。「人間中心主義が近代文明の基礎にある考え方だった。人間が自然そのものを自由に改変して・・」このご文章も鯨・イルカの存在を研究により高等哺乳動物と判断されて海外では、生存を重要視されてきているのにも関わらず、食欲のため、収入のためと人間中心主義の思考から自分達の生活を現代未来を見通して変革していない状態でした。

『暫定的規制値を超えるものが、何ら規制されることなく市場流通している」。

 もしこれが本当ならば、鯨肉を学校給食に出すなどという発想は、恐ろしく無責任である。とにかく、“伝統文化”の旗印があれば何をやってもいいという考えは、改めるべきなのだ』
全く先生の仰る通りでございます。ありがとうございます。

                    再拝
                  ネイブ美枝子

投稿: ネイブ美枝子 | 2011年2月23日 09:42

昭和63年「精神科学」誌に掲載された、故谷口清超大聖師の御文章、“人や国家が本当に信用されるためには、弁解ではダメなので、正しい行動をとり、善をなし悪をなさず、神の御心を実行するという「善業」が必要である。日本でも「調査捕鯨である」といくら弁解しても、世界の捕鯨反対者を決して納得させることはできないのである。人はその行動を神意に従わしめる以外に、のがれる道はないことを知るがよい”。当時、捕鯨会社にいた私は、この6年後に会社を辞めて本部職員になりました。かつて捕鯨関係で40年も生活して来ましたが、国際的な各国とのIWCでのやりとりは、いやというほど思い知らされて来ました。当時の総裁先生にも、お手紙を、と思いましたが、これから自分がどれだけ人の為に生きられるか、と考えて生きる道を転換しました。
 今でも昔の仲間と交流はあり、講習会にも参加してもらっています。捕鯨に関する「情報」はPR不足もあり、マスコミもあまり報道せず、一般人?には知らないことが多いです。朝日新聞の記者もかつて捕鯨船団に乗船した人がおりますが、今はOBです。反捕鯨の人達の意見に建設的なものはありません。殺生を戒める、環境問題から云えばまさに捕鯨禁止でしょう。世界の食糧危機も鯨に依存することはないでしょうから、、、。

投稿: 吉野勝 | 2011年2月23日 11:05

ネイブさん、
 コメントありがとうございます。
 クジラは、カリフォルニア沖にも泳いでいるそうですね。ご覧になったことありますか?

吉野さん、
 そうですか。そんな事情があったのですか。転職するというのは、大変な決断だったと思います。ありがとうございます。

投稿: 谷口 | 2011年2月23日 14:06

谷口雅宣先生

合掌、ありがとうございます。

カリフォルニア沖では、鯨を見たことはまだありませんが
19年前にハワイのカウアイ島でのウェールウォッチングツアーに参加しました。10年前にカウアイ島南海岸辺りでイルカを沢山目の前でみました。船と一緒に沢山のイルカたちが笑顔で嬉しそうに泳いでくるのです。船の周りを船に合わせて泳いでいるのです。船のスピードを上げますと一緒に速度を速めて一生懸命について来ました。まるで犬のようですね。

米国で幼稚園から鯨やイルカについても勉強しています。ワシントン州でラーニングパークと言う学校を経営しておりました時には、4,5歳クラスから鯨について学ぶカリキュラムも作りました。

シアトルにあります科学館では、3Dの映像で子どもから観られる鯨の生態の映画がありました。大海原を自由に駆け回る鯨の様子など素晴らしいものでした。ナショナルジオグラフィックのプログラムと思います。動物たちの美しい画像が入っているCDも販売していると思います。私もいつか購入しようと思っております。

             再拝
               ネイブ美枝子

投稿: ネイブ美枝子 | 2011年2月23日 15:54

合掌ありがとうございます。

80年代バブル華やかりし頃日本中にテーマパークブームがありました。
その一角で仕事をしていた私は、鯨を勉強せざるをえないこととなりました。アメリカのコンサルタントや獣医さんと契約し、イルカショーをやるテーマパーク開発だったからです。

おそらく私の誤訳から端を発していますが、Whalesと言った場合は鯨類を指し、そこにはイルカが含まれるのですが、日本人は一般的にイルカと鯨を区別しています。そこで日本人の社長が「え?鯨も飼えるような斬新な提案か?」と喜んでしまわれ、アメリカ人も「You could...」と言ったのですが、その時の私の英語理解力ではその微妙なニュアンスを訳すことができず、社長も「できるもんならやってみい!」って言ったようなエピソードを顔を赤くしながら思い出します。

つまり、彼らとIWCに関する話は、いつも激論を戦わしていました。彼らの主張は、「鯨の知能数は非常に高い」「養殖が不可能であるから資源を減らすべきではない」「太知の漁法に問題がある」といったものでした。

「あなたたちもあんなにかわいい目をした牛を大量に食べているじゃない?」との反論には、2番目の養殖が可能だから全体数は減らしていないという、日本人には(いえ、私には)とっても納得できるものではありませんでした。

とは、いえ、彼らはEco Terroristと呼んでいました。グリーンピースのことを。鯨のためなら人を殺すことを是とするグループだと。。。よく考えてみれば、イルカショーを引き受けたり、アイスランドからシャチを日本に持ってこようと画策して、日本からお金儲けをしようという人達が、真の動物愛護者かと言えば疑問が残ります。

しかし、私自身は、日本人がかつて鯨の肉と言わず、油と言わず、皮と言わず、殺生をして利用し尽くし、それを供養していた日本人を誇りに思わざるをえません。また、食文化としても残していただきたいと思っています。

なので欧米の情報に同意する気にはなれませんし、ここに政府のお金の使い方の問題、既得権化していること、必ずしも真の"調査捕鯨"ではないといった国内の問題も何となく感じ取れて、私の態度は決めかねているといった次第です。まぁ、私の態度がどうであれ、誰も意見を聞いてくださらないとは思いますが、そこんところ私自身はっきりしたいのですが、まだ、ちとわかりません。

長々と申し訳ありません。

投稿: 谷口 美恵 | 2011年2月28日 10:57

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