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2011年2月 3日

天照大御神について (7)

 本シリーズの前回では、日本の「天の岩戸隠れ」に似た神話や伝説が世界各地に伝わっているということを確認した。また、天照大御神が“最高神”であるにもかかわらず、あくまでも「温和」であり、時に「臆病」に振舞うのは、日本神話に特徴的であるのかどうかも問うた。この後者の問題については、まだ解答が見つかっていない。今回はしかし、日本神話に登場する女神すべてが「温和」で「臆病」なのではないということを、読者に思い出してもらいたいのだ。

 有名な伊邪那岐命(イザナギノミコト)と伊邪那美命(イザナミノミコト)の黄泉の国での出来事が、それを有力に語っている。ここには“温和な女神”とは対照的な女神像が描かれている。そのきっかけは、黄泉の国を出る前の準備をするから御殿の中を覗かないでほしいと言ったイザナミの願いに反し、イザナギが中を見て、そこに醜悪な姿のイザナミを発見したことだ。イザナギは恐れおののいてその場から逃げ出すが、イザナミは恥をかかせたと怒り、鬼女や雷神たちに命じてイザナギを徹底的に追わせる。イザナギは様々な方法を使って追っ手から逃れるが、最後にイザナミ自身が追ってきて、黄泉比良坂(ヨモツヒラサカ)という所で夫のイザナギと最後の言葉を交わす。『古事記』の表現では、こうなっている--
 
イザナミ「愛しき我が汝夫の命、かく為せば、汝の国の人草、一日に千頭絞り殺さむ」。
イザナギ「愛しき我が汝妹の命、汝然為ば、吾一日に千五百の産屋立てむ」。

「愛しきあなた」と呼びかけながら、言っていることは「あなたの国の人を1日に千人殺す」というのだから恐ろしい女神である。これに対してイザナギは「それなら、こちらは1日に千五百人生まれるようにする」と言い返す。イザナミは決して「温和」でも「臆病」でもない。だから、日本神話に登場する女神がみな、天照大御神のようであると考えてはいけないのだ。

 ところで、この有名な夫婦神の物語も、日本独自ということはできない。『記紀』にあるほど詳細で複雑な物語ではないが、似たような話--神話学者の大林太良氏の分類では「言い争う二神と死の起源」というモチーフは、東南アジアだけでなく、北アジアやアメリカ原住民の間にも見出せるという。考古学者の後藤明氏によると、例えば次のような話がニュージーランドのマオリ族の神話にあるという--
 
「創造の神タネは土で女の人形を作った。そしてこれと交わり、娘ヒネ(月の女神ヒナ)を生んだ。タネは成長したヒネを妻にした。ヒネは夫が実の父親であることを知り、恥ずかしさのあまり自殺した。ヒネは地下にある黄泉の国に行って、夜の女神になった。タネは妻を追って冥界に行き、ヒネの家の戸をたたいた。しかしヒネはタネをなかに入れなかった。彼が一緒に地上に戻ってくれと懇願すると、ヒネは断った。そして言った、“あなたは一人で地上に戻り、明るい太陽のもとで子孫を養いなさい。わたしは地下の国に留まり、彼らを暗黒と死の国に引きずり下ろすでしょう”と。」

 日本神話の“縮小版”と言えるのではないだろうか。

 谷口 雅宣

【参考文献】
○後藤明著『南島の神話』(中公文庫、2002年)

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