アラブ諸国が揺れている (2)
北アフリカの小国チュニジアの政変から半月という速さで、アラブの大国エジプトの長期政権が倒れるという大きな変化が起こりつつある。当初、チュニジアの“ジャスミン革命”はエジプトには波及しないとの見方が多かったが、アメリカが「ムバラク支持」を言わずに、エジプト政府に対して「ムバラク退陣」を求めるデモ隊への「暴力の行使」を戒め、エジプトの民主化に向けた“具体的措置”を支持すると表明したことで、エジプトの現政権はアメリカの支持を失ったと言える。そして、これに呼応するように、エジプト警察から治安維持機能を奪取したエジプト軍は31日、「平和的な表現の自由を保障する。軍は民衆に武力を行使しない」との声明を発表した。これで、軍は実質的に「ムバラク退陣」を支持したと言えるだろう。
今後は、軍との関係が深いスレイマン副大統領が中心となり、イスラム主義を掲げる野党のムスリム同胞団、民衆と政治との橋渡しを模索するエルバラダイ・前国際原子力機事務局長などが、話し合いによって次期政権の骨格をどこまで作れるかが焦点となる。これが不成功に終わるとチュニジアのような政権崩壊となり、政治的空白が生まれて予測の難しい混乱状態に陥る可能性が高い。1日付の『日本経済新聞』(夕刊)によると、エジプトの憲法では、ムバラク後の大統領選にエルバラダイ氏のような無所属の候補が出馬するためには、人民議会(国会)などの議員計250人以上の推薦が必要というから、海外生活が長く、ごく最近帰国した同氏の立候補は難しいという。しかし、同氏の人気は高まりつつあるようだ。
さて、エジプト情勢が日本に影響を与えるとしたら、どういうシナリオが考えられるか。最も早期の影響は、石油の値上がりから来る物価高かもしれない。エジプトはスエズ運河を抱えるから、政変でここが閉鎖されると、石油は直ちに値上がりする。いや、“スエズ閉鎖”の可能性が生まれた現在、すでに値上がりは始まっている。上記の『日経』は、31日のニューヨーク市場での原油先物価格が前日に続いて大幅に上がり、一時1バレル92.84ドルまで上昇したことを報じている。この価格は、2008年10月7日以来、ほぼ2年4カ月ぶりの高値だという。今後の動向が注目される。
ところで、今回のエジプトの政変は、同国とアメリカとのこれまでの関係に一因があるという記事を、興味をもって読んだ。これは、1日付の『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』紙に載ったロス・ドゥーザット氏(Ross Douthat)の論説だ。すでに28日の本欄でも少し触れたが、アメリカにとってエジプトは、同盟国イスラエルの隣国であり、アラブの“盟主”の地位にある中東政策の要だった。アメリカはだから、この国が親米路線をとっている限り、国内で人権が軽視され、非民主的政治が行われていても、“見ない振り”をしてきたのだ。これは、サウジアラビアについても言えることだ。このことが、数多いアラブの若者たちから見ると、強権的な支配者への憎しみとともに、アメリカへの憎しみにもつながっていた、とドゥーザット氏は指摘する。
アルカイダの歴史を書いた『The Looming Tower』(不気味な塔)の中で、作者のローレンス・ライト氏(Lawrence Wright)は「9月11日のアメリカの悲劇は、エジプトの監獄から生まれた」との可能性を指摘しているそうだ。ムバラク政権は、イスラーム原理主義を唱えるモスレム同胞団を徹底的に弾圧したので、イランのような国内での“イスラーム革命”の道は閉ざされた。が、その代りに、反対勢力は--アルカイダの実力者、アイマン・ザワヒリのように--過激化し、国外に逃れて国際化の道を進んだという。それと同時に、ムバラク政権とアメリカとの密接な関係は、反対派の“ジハード論(聖戦論)”を強化することになった。
エジプトは、アメリカから多額の援助を得てきた。その額は、イスラエルに次いで2番目に大きい。経済と政治の貧困の中で、若い血気盛んなエジプトの若者にとって、独裁者を憎むことと、その支援者を憎むことの差はなくなってしまう。こういう多くの若者の中に、建築を学んでいたモハメッド・アタがいたという。彼はもちろん、世界貿易センターに突っ込んだ2機の旅客機のうち1機の操縦桿を握っていた男だ。となると、そんなムバラク政権が倒れることは、アメリカにとって望ましいことのように見える。が、現実はそれほど単純ではないという。
ドゥーザット氏によると、アメリカがムバラク政権を支持してきた背後には、“2つの恐怖”があるという。1つは、新しいホーメイニが出ること。2つは、新しいナセルが生まれることだ。前者は“第2のイラン革命”のことで、後者は、世俗派の社会主義汎アラブ主義者だ。ナセルは、アラブ世界を糾合してイスラエルと2回の戦争をした。毒ガスを使ったと非難され、ミサイル開発を進めた。だから、エジプトの“民主革命”が成功したとしても、次に何が来るかは分からない、と同氏は警告するのだ。
この見方は、典型的な“現実主義”だ。国際政治では、こういう悲観的見方にもとづいて諸般の準備をする方が安全であるとは言える。が、人々の抱く理想や良心によって、国際政治が変わってきたことも事実だ。戦争犯罪が定められ、国連が生まれ、アパルトヘイトが倒れ、EUのような国家連合が生まれ、地球温暖化抑制のための国際的枠組みができた。私は、多くのアラブの若者の心が「恨み」や「破壊」から解き放たれて、「同志愛」と「建設」の方向へ向かうきっかけになることを祈りながら、“ジャスミン革命”の広がりを注視しているのである。
谷口 雅宣
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コメント
エジプトのデモは、大きな流血が避けられそうな報道が多いのでホッとしています。
日本やタイ、英国など国家元首が選挙とあまり関係ない国では
be grateful to your country という大調和の神示の御教えはわかりやすいのですが、
国家元首が選挙と直結している場合、少しわかりにくいです。
チュニジアでの一件も、憲法第44条で大統領の最高統帥権が規定されているので、軍隊が「素直にハイ」と、
大統領の命令に従って国民を撃っていたら大変なことになっていたでしょう。
しかし、この場合、軍は中心帰一に背いたことになります。中心帰一に背いた軍首脳の運命はどうなるのでしょうか。
エジプトもチュニジアも、もしかしてそれに続く周辺の王国も今後どうなるにせよ、新しい政権を迎えたら
「be grateful to your COUNTRY」という意味での、
「愛と平和と秩序と中心帰一の真理」がすべての人々の心に満たされることを祈りたいと思います。
投稿: 辻井映貴 | 2011年2月 2日 09:24