天照大御神について (11)
前回までの本欄で紹介した日本神話の「中空構造」と対照させて、河合氏はいわゆる“一神教”の文化圏の神話には「中心統合構造」が見られると指摘している。前回引用した河合氏の文章には「論理的整合性」という言葉が出てくるが、同氏はこれを重視して物事を進めていくタイプの神話を「中心統合構造」をもつ神話と考える--
「この場合は、神は唯一で至高至善の神であり、神の原理、その力には誰も逆らうことはできない。逆らう存在は、決定的に“悪”として排除しなくてはならない。これは神と人との関係であるが、このような基本構造は、人間のことを考えるときにも、そのまま移行しているのが特徴的である。つまり、人間のことを理解する上において、キリスト教文化圏においては、強力な中心が原理と力をもち、それによって全体が統合されている、という構造が一般的となるのである」。(p.310)
この河合氏の言葉は、神話の物語的性格を超えた重大な示唆を含んでいる。本シリーズの8回目で、私は神話の解釈を深層心理学の立場から行う同氏の考えに賛同して、「神話とは“過去の遺物”ではなく、あくまでも“現代のテキスト”として読むべきだ」と述べた。これは、神話というものは、それを生み出した部族や民族の潜在意識(深層心理)を表現したものと考えるからである。神話以外の民話や伝説にも似たような性格があるが、それらと神話が異なる点は、それに「神」の語が付されていることからも分かるように、宗教と密接に関係していることだ。つまり、神話が運ぶメッセージは、その神話と関連した宗教の信者の心を、現代においても支配する力をもっているのである。
もちろん現代人は、神話だけを元に生きているのではない。現代的歴史観も科学的世界観ももっている。しかし、それらは多くの場合、現在意識のレベルに留まっている。また、そうでない場合も、潜在意識は相互に矛盾した感情も包容するから、そういう潜在意識の混沌の中で神話的イメージと現代的世界観の葛藤が行われているだろう。河合氏が専門とする深層心理学は、そういう現代人の潜在意識中の葛藤を研究し続けてきた学問であり、実践でもある。だから、その専門家が語る神話解釈は、単なる個人の想像力の産物ではなく、「現代人の心」という実際のデーターの裏付けがあると考えるべきだろう。
そう考えると、『古事記』に顕著に表れた「中空構造」とは、現代人を含めた日本人の心のどんな状態を示していることになるのだろうか? この点について、河合氏はとても興味ある記述をしているーー
「(前略)中空均衡構造の場合は、新しいものに対して、まず“受けいれる”ことから始める。これは、中心統合構造の場合、まず“対立”から始まるのとは著しい差を示している。まず受けいれたものは、もちろんそれまでの内容とは異質であるので、当初はギクシャクするのだが、時間の経過と共に、全体的調和のなかに組みこまれる。
外から来る新しいものの優位性が極めて高いときは、中空の中心にそれが侵入してくる感じがある。そのときは、その新しい中心によって全体が統合されるのではないか、というほどの様相を呈するが、時と共に、その中心は周囲のなかに調和的に吸収されてゆき、中心は空にかえるのである。これが、中空均衡構造の変化、あるいは進化のあり様なのである」。(p.311)
私はこの文章を読んで、明治維新のことを思い出した。科学技術や軍事力において圧倒的に優勢な欧米列強を前に開国した日本は、明治天皇が先頭に立って“文明開化”と“近代化”を実行した。河合氏はそれだけでなく、もっと古い時代の日本人が海外から仏教や儒教を取り入れる際にも、同じことを行ったとも指摘している。
谷口 雅宣
【参考文献】
○河合隼雄著『神話と日本人の心』(岩波書店、2003年)
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コメント
天照大御神についての連続のご指導ありがとうございます。興味深く読ませていただいております。今回時に感じましたことは、中心帰一理念と認識していた古事記の特徴が「中空構造」であるという点です。それ故にこそ一即多、共存共栄が可能であると思えました。生長の家の相愛会、白鳩会、青年会による組織運動も、「中空構造」と捕らえることができるとも感じました。
中々頭の中で考えがまとまらないため、ご紹介いただきました河合隼雄著『神話と日本の心』を読ませていただいています。ありがとうございます。
本田 恵 拝
投稿: 本田 恵 | 2011年2月18日 19:17