« 新年のごあいさつ | トップページ | “ながら族”は肥満しやすい »

2011年1月 2日

ウサギに因んで思うこと

 昨日の元旦は、午前10時から東京・原宿の生長の家本部会館で新年祝賀式が行われた。穏やかなよい日で、東京近県からも多くの信徒の方々が参加され、私は概略次のような「年頭の言葉」を述べた:
 
----------------------
 皆さん、明けましておめでとうございます。
 今年も元旦がよい天気に恵まれ、皆さまと共にすがすがしい気持で新年を迎えることができたことを心から感謝申し上げます。ありがとうございます。関東地方は幸い、このようなよい天気ですが、西日本や北陸では年末から雪が降り積もっているようで、生長の家総本山がある長崎県では過去最大の積雪量を記録したということです。また、鳥取県の倉吉あたりでは、豪雪のため道路が不通となり、千台もの車が立ち往生しているというニュースもあります。このように最近の異常気象や気候変動には、なかなか厳しいものがあります。
 
 今年はウサギ年ということで、巷にはウサギを象った置物や縫いぐるみなどがたくさん飾られています。実は、私は今年「年男」なのであります。十二支が5回まわってくると、ちょうど還暦になる計算です。現象世界の時間の経過はとても速く感じられます。昔の数え年で言えば私はもう「60歳」です。本人にとっては嘘のようですが、私はまもなく“老境”を迎えることになるわけです。そのことで思い出すのは、1年ほど前に、愛知県の講習会があったときに名古屋のホテルに泊まったのですが、そこのエレベーターの中で、5歳ぐらいの男の子のいる家族と居合わせました。すると、その男の子が私の顔を見て、いきりなり「あっ、おじいちゃん……」と言ったのですね。どういう意味か正確には分かりませんが、たぶん私の顔が彼のおじいちゃんに似ていたのではないでしょうか。私はこの時、ハッと現実に引き戻された気持になりました。若いつもりが、寄る年波には勝てないということです。その時が、私が「おじいちゃん」と呼ばれた最初でした。しかしまあ、本人はまだ中年のつもりなので、皆さまには本年のみならず、今後ともよろしくお願い申し上げます。
 
 さて今日は、組織運動の観点から、ウサギにちなんだ2つの諺をご紹介したいと思います。1つは、「ウサギ死すればキツネこれを悲しむ」というもので、もう1つは「ウサギの上り坂」です。最初の諺は、同類の不幸を見て同情し、明日は我が身と悲しむことのたとえのようです。ウサギとキツネは外見は違っていますが、ここでは同類として扱われています。「ウサギ死してキツネ悲しむ」とも言うようです。しかし、日時計主義の立場からいえば、この表現は暗くていただけないので、「ウサギ喜べばキツネこれを喜ぶ」と言い換えたいのであります。これはまた、仏の四無量心の「喜徳」を表すことにもなります。
 
 私たちの運動では、相・白・青の3つの組織が独立して進める形態が永年にわたって続いてきました。しかし近年になって、この“縦割り”組織の運動形態が日本社会の現状に合わなくなって、弊害が目立ってきました。これは、人々の生活形態やライフスタイルの変化によるものです。日本社会は明治以来の「男女席を同じうせず」式の生き方がずいぶん変化してきているのです。今では「どぼじょ」という言葉まであるそうです。これは「土木系女子」の略称で、土木業界で現場に出る女性社員のことを言うそうです。(『朝日』12/15/10夕刊)また、晩婚化が進んでいるので、昔ながらの「青年」と「中年」の区別がつきにくくなってきました。40歳で初婚などというケースも珍しくなくなってきた。だから、これまでの性別や年齢別の組織の考え方は、社会の実態とかけ離れてきたと言わねばなりません。そこで、私たちも“縦割り”を強調する運動から、“横のつながり”を重視する運動へと移行していく必要があるわけです。
 
 こう考えていくと、「ウサギ死すればキツネこれを悲しむ」--また、これを言い換えた「ウサギ喜べばキツネこれを喜ぶ」という標語は、私たちの運動にとって意味のあるものとなります。白鳩会と相愛会のどちらが「ウサギ」でどちらが「キツネ」かはあえて申しませんが、両組織に属する人たちが、お互いを“同類”として--つまり、光明化運動の仲間として、同志として認め合い、それぞれの長所を生かして助け合っていく運動を、ウサギ年の本年を機にこれからどんどん進めていこうではありませんか。ただし、これだけでは、組織の特徴や独自性が失われる危険性があるので、もう1つの諺の出番となるのであります。
 
 それは、「ウサギの上り坂」でした。この諺は、得意の分野で実力を発揮することのたとえでした。また、物事がよい条件に恵まれて早く進むことのたとえでもあります。ウサギという動物は、前足が短くて後ろ足が長いのです。だから、上り坂を上手に速くのぼることができる。そこから「ウサギの上り坂」という言葉が出ています。だから、白鳩会、相愛会、青年会の皆さんは、それぞれの得意分野においては自信と責任をもって「ウサギの上り坂」を上ってほしい。例えば、白鳩会の会員なら、生活に密着した分野で伝道や組織づくりを進め、相愛会は職場や男同士の関係の中で教えを伝え、青年会員は新鮮な発想と行動力、あるいは最近顕著に発達してきた情報活用の技術を生かした運動を展開するなど、特徴や長所を生かしていただきたい。しかし、組織相互の関係では「ウサギ喜べばキツネこれを喜ぶ」ように、3組織ともにエンパシー(感情移入)の能力を発揮して協力関係を深めてほしいのであります。
 
 それではこれをもちまして、平成23年--2011年の新年を迎えての所感といたします。どうか本年もよろしく真理宣布と実践の運動にご協力ください。ありがとうございました。

 谷口 雅宣

|

« 新年のごあいさつ | トップページ | “ながら族”は肥満しやすい »

コメント

Sousai sensei yo akemashite omedetou gozaimassu. Nikutai no nenrei yori mo seishi nenrei hoga taisetsu de arukotowa sousai sensei no odysan ga teishou shitemashitane ? Sousai sensei no seishin nenrei wa ii imide soutou wakaito omotemassu. Moto hakiri iimassuto soutouni kakoo iidessu. Kotoshimo twitter de yoroshiku onegai shimassu. Sukuwareta koto o wassuretemassen. Gashou arigatou gozaimassu.

投稿: kimitoshi shichijo | 2011年1月 3日 08:57

総裁谷口先生 明けましておめでとうございます
今年は「山」の問題について、現在の人々とともに入山できるかを模索して行こうと思います。京都で育ちしかも旧市内で生まれた者ですから木も草も解らない者ですが、四方を山に囲まれた古都に育ちその美しさだけは解っています。その山々が立ち枯れしています。先生の導きに依り自分も立ち上がります。

           中井久勝拝

投稿: 中井久勝京都 | 2011年1月 4日 10:41

「ウサギ喜べばキツネこれを喜ぶ」。素晴らしい標語と思います。相白青が互いに切磋琢磨しながらも協力し合い、仲良き教区としてよりよい光明化運動に向かおうとする生き方。大いに賛同いたします。ご提案、ありがとうございます。

投稿: 川島紘一 | 2011年1月 4日 12:32

 大賛成です。拙宅で行う相愛会誌友会は毎回、私の家内を含め、他の白鳩の方も参加して下さり、とても良い雰囲気で進められています。私が出講させて頂く際は出講先のお宅に奥さんがおられるのに全然、誌友会に顔を見せない事が割合あるので「どうしてだろう?出て来ればいいのに」っていつも思ってます。

 又、最近はネットで全国の生長の家の同志と知り合う機会が増え、ポスティングジョイでどれだけの白鳩の方や青年の方と懇意になれたか分かりません。そういう方達とたまに直接会う機会などあり、そこでも色々な信仰の話など出来て、お互いとても楽しくかつ有意義な時間が過ごせると思っております。

投稿: 堀 浩二 | 2011年1月 6日 15:24

『生長の家』総裁谷口雅宣先生
合掌 有難うございます。平成23年の新年を迎え、年頭のお言葉として、“ウサギ”にちなんだ二つの諺のご紹介による、「組織運動」に関する大変重要なご指導を給わり、誠に有難うございました。
 昨年を顧みますと、年頭には『四無量心の神想観』に関して、斬新なヴァージョンのご指導を頂きましたが、この神想観を一年間、シッカり実習することで、自然への愛や、全ての動植物の生命を慈しむ心が敏くなり、結果として肉食の齎す害悪や、環境汚染問題の解決には宗教心が不可欠であること等を、実感し得る様になった人が、私たちの周囲に増加して来ましたことは、誠に喜ばしく、心から感謝申し上げます。
 そして、本年は上述の、相白青各組織の縦割り強調の運動から、横のつながりを重視する運動への移行についてのご指導を、詳しく承ることになりましたが、私は先ず第一に各地区での誌友会が、横のつながりを重視協力することによつて、一体感を取り戻し、活気付くであろうと期待しております。
 即ち、誌友会の内容が、所属組織の如何に関わらず、共に、み教えを讃え、神に感謝を捧げ、伝道に励むという、生長の家本来の「いのちのゆにわ」的雰囲気をより強くもつ方向になり、その反面、数値のみを追求する話題は必要最小限に止まるようになるであろうと予想しました。
 例えば、現在、ネット上で[小閑雑感」の総裁先生の連日のブログに触れ、「生長の家」に興味を抱き、さらにはその自由で斬新な思想に魅せられた、所謂バーチャル組織(予備会員)の方々が段々と増加傾向にあるとき、これらの方々は、次のステップとして、さらに「生長の家]のリアル組織のいずれかの会に接触し、さらにもっと深く、現代の理性的宗教「生長の家」の真髄に触れたいとの希望を抱くことになると思います。しかし、もしその動機を満足させるべきものが、現状組織のどの会合にもなく、逆にブログで受けた印象とはかなり様子の違う雰囲気であった場合は、このように、初めて出席する方々に、大きな失望感をもたらすばかりか、拒否反応すらを呼ぶ原因ともなり、結果的に、これまでの布教、伝道努力が大きく妨げられる惧れがあると思わざるを得ません。
 その様な表面的、部分的組織のみの拡大運動を避け、総合的、全『生長の家』の真髄を伝え、広める努力をすることが、この横の繋がりを重視することにより達成出来ると考えます。
 故に、この繋がりの考えを生かして、“今の教え”に精通した「知恵」と「愛」で、組織を横断して繋ぎ結ぶ任務を負うものは、総裁にご任命を受けた男性と女性の講師(特に、今の教えを真剣に学んでいる講師)であり、そして、これら講師の誌友会への出講や、その指導能力を含む諸活動を合理的に統合、総力化する「地方講師会」の組織的総括管理(Systematic Total Management)の実行が、大切なものとなると考えます。 勿論、夫々の地区の構成人員の大小による、具体的方法は変わってくるでしょうが、最近のネット人口の爆発的な増大は、Postingjoy の大きな広がり方をみても分かりますように、かつて文書伝道時代に用いられていた伝道方法や、講師のあり方は、革命的に改善しなければならない必然性があると考えています。
 又、総裁先生のブログ読者層も、日に日に拡大していると拝察しています。一例を上げれば、かつて当ブログ,発表され、現在,既に一般に公開されている「日々の祈り」の内容が、“科学万能教育の洗礼を受けた現代の人々に、神や、理念というものをよく理解せしめる、霊的なすばらしさを持つものである”と、最初にネット上で賛嘆した人は、バーチャル組織に属する人(?)であったと記憶しています。
 そして、そのような、社会をリードするような人々(リアル組織員ではない)をも読者として、ここ1~2年だけても、『対称と非対称』(2008年9月)、『「わかる」ということ』(2008年9月)、『ネット時代の運動を考える』(2010年8月)、『創世記の天地創造』(20010年7月)等、いずれも6回以上にわたり継続的に掲載されたものや、その他無数の、政治、経済、歴史、科学等に関する論説を、枚挙に暇なく、次々と戴いてきました。そのいずれも、「神・自然・人間の大調和」の実現のために資するものと拝察しています。このような、世界人類の真の「万教帰一」に関わる論文の数々は、必ず近い将来国内各層のみならず、世界中の識者の人口に膾炙されるべきものであり、英語を始として、各国語に翻訳されなければならないものと存じ上げます。
 そして既に「生長の家」が、この世に出現した真の世界的意義が鮮明になりつつあるとき、結果として、増大するバーチャル人口を、どのようにしてリアル組織に統合して行くかについて、我々、各組織信徒の活動責任は非常に大きく、従い、この新年のご指導に基づき一日も早く組織間の横のつながりを強化して、総合力体制を整備しなければならない重要な時期にきていることを深く感じさせて戴きました。その感動と、決意を肝に銘じつつ、今日、年始のご指導を戴きました感謝の言葉とさせて戴きます。
 総裁先生、本年も,どうぞ宜しく御指導下さいます様、心からお願い申し上げます。再拝

投稿: 丹羽 敏雄 | 2011年1月11日 21:04

この記事へのコメントは終了しました。

« 新年のごあいさつ | トップページ | “ながら族”は肥満しやすい »