日経新聞が日時計ニュース?
『日本経済新聞』が今日の社会面トップに、「刑法犯、23年ぶり低水準」という5段抜きの見出しを掲げ、大きく報道した。サブの見出しは「昨年6.9%減、158万件に」だ。つまり、昨年1年間の日本の犯罪件数は、前年より6.9%減り、23年ぶりの低水準になったということだ。私はこの見出しを見て、「エッ、日本の新聞が日時計主義になったの!」と少々驚いた。なぜなら、日本の犯罪件数は昨年だけ減少したのではなく、「8年連続」で減少し続けているのに、これまではそのことが記事として大きく取り上げられなかったからだ。『日経』だけでなく、ほとんどすべての全国紙が無視するか、載せても小さくしか報道しなかった。その理由は多分、従来通りの“ニュース価値”についての判断基準のせいだ。
それを、私がよく使う表現で言えば--「イヌが人を噛んでもニュースにならないが、人がイヌを噛んだらニュースになる」ということだ。つまり、よく起こることはニュースの価値がなく、めったに起こらない、異常なことがビッグニュースだと考えるのだ。この「異常な」という言葉には、「悪い」という意味が含まれている。だから、英語の表現でも「No news is good news.」(ニュースがないことがいいニュースだ)と言われる。
私はこのことを生長の家講習会でも、本欄でも、また単行本の中でもよく取り上げ、「もっと明るいニュースを取り上げるべし」と訴え続けてきた。『日経』のこの記事を読んで、私はその訴えがようやく届いたのか……などとも考えたが、『日経』以外の新聞はこの“よいニュース”を取り上げていないので、『日経』には別の理由があったのかもしれない。が、とにかく、日時計主義主唱者の私としては、ひとまず「よくぞやってくださった」とお礼を述べておこう。
ところで、『日経』を購読していない読者もいると思うので、この記事のリード文を引用して、何が事実であるかを確認しよう--
「2010年に全国の警察が認知した刑法犯は前年比6.9%減の158万5951件で、8年連続で減少したことが13日、警察庁のまとめ(暫定値)で分かった。1987年(昭和62年)以来、23年ぶりに160万件を下回り、昭和末期の水準まで回復した。ただ、おおむね110万~130万件台だった80年以前とは依然開きがあり、警察庁は“治安回復は道半ば”としている」。
しかし、この事実は新しくはない。警察庁は昨年の12月16日にも、1~11月末までの統計にもとづいて、これと基本的には同じ意味の発表をしていて、『朝日新聞』は翌日の朝刊で2段組の見出しで「刑法犯 8年連続減少へ」と報じている。だから、『日経』はこの時の警察発表を材料にしたうえ、13日の発表の数字を加え、今日の朝刊の記事を仕上げたのだろう。つまり、この記事は『日経』の特ダネでも何でもなく、各社の担当記者は皆知っている事実だが、従来のニュース価値の基準にもとづき大きく取り上げなかっただけなのだ。
ちなみに『朝日新聞』は、同じ日の紙面で、同じ警察発表のデータを使用していながら、「“ひったくりワースト1”は千葉」という見出しをつけて記事を書いている。記事の冒頭には、犯罪の全体の認知件数が8年連続減であることを書いてはいるが、見出しには「ワースト」が使われているため、読者へのメッセージは混乱する。『産経新聞』は同じデーターをもとにして第3面と社会面(24面)に2本の記事を書いているが、前者の見出しは「殺人容疑者 60代後半 前年比5割増」であり、後者の見出しは「犯罪最多 やっぱり大阪」である。いずれも、膨大な犯罪統計の中から“悪いところ”だけに焦点を当てて記事を作っていることが分かる。だから、全体の“よい傾向”は読者に伝わらない。
では、昨年の158万6千件という日本の犯罪件数は、諸外国に比べてどうなのだろう? この件については、殺人事件に関して、私はすでに『足元から平和を』(2005年刊)に書いている。進化生物学者の長谷川真理子氏の言葉を紹介しているのだが--
「世界保健機関の最新のデータ(99年)によれば、日本の殺人被害者は人口10万人あたり0.6人で、主要国の中では最も少ない。フランス、英国、ドイツよりも少ないし、オランダやスウェーデンの半分にすぎない。米国と比べれば約10分の1だ。一方、殺人者の出現率も1.1人(02年、人口10万人当たり、未遂を含む)で、最低レベルになっている」。(pp.257-258)
『日経』が伝える昨年1年間の統計によると、「殺人事件(未遂を含む)は前年比2.5%減の1067件で2年連続の戦後最小」である。この数字をもとにして、昨年の殺人者の出現率を計算すると、人口10万人当たり「1.06人」ぐらいの数字になるから、2002年のレベルよりも確かに低い。だから、「日本社会はどんどん悪くなっている」などと言う人は、メディアの偏った情報を無批判に信じているか、あるいは政治的意図から発言していると考えた方がいい場合もあるのである。もちろん私は、「日本社会は現状でいい」とは言わない。しかし、よい点はよいと言う勇気と冷静さを失ってはならないと思う。
谷口 雅宣
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コメント
合掌ありがとうございます。新聞ではありませんがTV番組の「はなまるマーケット」で『ハートプロジェクト・ココロ元気week』ハッピーニュース大募集!というのをやっているようです。
http://www.tbs.co.jp/hanamaru/information.html
何だか嬉しくなりました。再拝
投稿: Higashide Asana | 2011年1月17日 00:13