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2011年1月17日

言葉は神さま (2)

 言葉を神さまに喩える言い方には、もっと違う真理も含まれている、と聡子は思った。
 この場合の「神さま」とは、聖書に出てくる神さまのように、万物を創造したり、すべての原因となるような強大で万能の神さまではなく、志賀直哉の『小僧の神様』に出てくるような、人間の姿形をした、あるいは人間の中に潜んでいる神さまだった。聡子の考えでは、一人の人間の中にはそんな神さまが何人も棲んでいる。そして、人間の口を利用して、自分の言いたいことを世界に発表することで満足している--こんな自分流の解釈を、今の彼氏に話してみたことがある。そしたら、
「それって解離性障害に近いんじゃない」
 と言われてしまった。
 昔は「二重人格」とか呼ばれた心の病のことだ。だから、それ以来、この話を彼とするのはやめた。でも、自分とは別の力が、自分の口から発言することがあるという実感を、聡子は否定することができなかった。「神さま」という言葉を使うと誰かに怒られるならば、口から出る言葉の“元”となる心の想いは、決して一種類ではないということだ。人の口から出る具体的な言葉は、その複雑な心の想いの一側面の表現にすぎないことが多い、と聡子は思う。チョコレートを見て「大好き」と言う人は、その言葉どおり、100パーセント「大好き」なのではなく、つい食べ過ぎた結果、胸を圧迫する感覚を思い出して、「それは嫌い」と心の中では思っていることもある。
 でも、「大好き」と言葉で言ってしまうと、自分も、それを聞いた人も、本当に大好きなのだと信じてしまう。そして、その「大好き」という方向にむかって人生を歩む--つまり、自他ともに“チョコレート大好き人間”として振る舞うようになる。大げさに言えば、言葉が人生を創造する。だから、「言葉は神さま」なのだった。
(ああ、いけない)
 と聡子は我に返った。
 また、考えの迷路で遊ぶ悪い癖が出ていた、と自分を反省した。窓際の白い空席を見て、ケンカ別れした架空のカップルのことを想像したところから、“迷路”に入ってしまった。この“架空のカップル”は自分と優との亡霊だ、と聡子は思った。そんな過去にしがみついていては、今の彼との関係をしっかり生きることはできない、と聡子は自分を励ました。
 彼女は、改めてその空席のテーブルの方に目をやった。すると、テーブル上に飲み口を下に伏せて置かれた1組のワイングラスの横に、もう1組の空のワイングラスが、飲み口を上に向けて立っているのに気がついた。
(ええ、なぜ?)
 と聡子は思った。
Illusioryglasses_2  よく見ると、上向きのグラスの輪郭はぼやけている。だから、それは実物のグラスではなく、窓に映って見える映像だった。でも、そのテーブルの上に載せられたグラスは、下向きのものが1組あるだけだ。では、上向きのグラスの映像はどこから来るのか? それを確かめようと、聡子は体を巡らせて自分の周囲を見た。正立している空のグラスがいくつか目に入った。いったいそのどれが映っているのか?……彼女はそれを確かめたくなったが、ふと思い直して再び窓際のテーブルを見た。そして、ずっと見続けていた。
 目の前の光景が、何ごとかを見事に象徴している、と聡子は思った。2つの空のワイングラスが、右側には伏せられ、左側には上を向いて並んでいる。伏せられたグラスは、カップルが食事の前であることを示している。上向きの空のグラスは、カップルが食事をすませたことを象徴している。つまり、物語の始めと終わりが、時間の経過なく、同時に1つの空間に存在する。
(これは、私と優のことだわ)
 と聡子は気がついた。そして、美しいと思った。
 二人はある日、ここで出会い、何回も食事をともにし、ワイングラスを傾けながら会話をはずませた。それで互いを理解し、たまには誤解し、短期間だが人生を共有した。でも、食事はいずれ終らなければならない。いや、終るほうがいいこともある。料理の味がすみずみまで満足できなくても、ワインが冷えすぎていても、会話が時に途絶えることがあっても、二人は食事前よりは互いを理解し、食事前よりは経験を豊かにし、食事前よりは満足をして、テーブルから立つことになる。そんな時に言う言葉は、「ごちそうさま」「おいしかった」「ありがとう」以外にはないはずなのだ。それが、どこにも汚れがない、上向きの空のワイングラスの意味に違いなかった。
「ありがとう、優。わたし結婚します」
 聡子の口から、穏やかで確信に満ちた言葉が漏れた。
 
 谷口 雅宣

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コメント

先生ありがとうございます。北海道函館教区青年会の奥田健介です。先生の小説は「秘境」「神を演じる人達」の頃から
大ファンです!今回もいいですね!

ネタひとつ。
「僕にとっての雅宣先生、とかけて、清超先生の作られた聖歌、ととく。その心は? 「ああ、わが神よ!」

ああ座布団持って行かないでください! 

投稿: 奥田 健介 | 2011年1月18日 12:25

奥田さん、

 座布団1つ持ってって!

 「カルト」という言葉、知ってますか? 
私の講演テープに『カルトを超える教え』というのがあると思いますが、それをぜひ、あなたには聞いていただきたいです。

投稿: 谷口 | 2011年1月18日 21:57

「言葉は神さま」DLしたいです☆
美しい短編ストーリー読ませて頂いて,自分がステキな魔法持っていること忘れていました。
あらためて人として生まれた幸せを感じます
日々の中で温かい良い言葉をどんどん使って、嬉しい楽しい毎日をさらに創造してゆきたいです☆

投稿: Yuri Koda | 2011年1月18日 22:58

先生、難しいです。(ノ_-。)
聡子さんは、今の彼との結婚を決めたのでしょうか?
言葉で仲たがいした優との思い出は、過ぎさった過去のことですから、過去は「ありがとう」で終わり、過去を何時までも引きずらずに、「今を生きるよ」というメーセージ?かなと・・・
的外れでしょうか?

投稿: かんみ | 2011年1月19日 23:29

恥ずかしいことに、恋愛経験が乏しいので、元彼の存在がなくて、元彼への気持が理解できなくて、こんがらがったのだと思います。チョコレートの大好きが100%ではないことの方が理解できました。
ありがとうございます。

投稿: かんみ | 2011年1月20日 06:30

読解力のなさから、迷路に入ってしまっています。
何度も申し訳ありません。
時間を置いて、ゆっくり考えようと思います。

2組のグラスは、聡子と優を象徴してのですから、
聡子は優からの誘いで、ここに来た・・・
それは、結婚の話をしたい為?
聡子は、誰と結婚すると決めたの?
もし、聡子が優との結婚を決めたのであれば、何故?
今の彼はどうなるの?
もしそうなら、今の彼がかわいそうです。

投稿: かんみ | 2011年1月20日 09:02

かんみさん、

 小説の読者から「難解」とか「意味が分からない」と言われたら、それは作品に欠陥があるからです。スミマセン……。でも、作者の意図を言わせてもらえば、貴方の最初のコメントにある通りの理解で、いいのです。
 感想を寄せていただき、ありがとうございます。

投稿: 谷口 | 2011年1月20日 10:03

総裁先生
お返事ありがとうございます。

読書習慣がなく、国語の勉強もサボってたので
国語力に劣等感をもっています。
考えすぎていました。
この作品に欠陥があるとは、考えられません。
申し訳ないです。

最初のコメントと合わせて
言葉を駆使して、自分の望むことを言葉にすることも大切だと、
この御文章を読んで感じました。
ありがとうございました。

投稿: かんみ | 2011年1月20日 12:54

総裁先生、ありがとうございます。

長文になりますが、感想を書きます。

私は、最初、この”言葉は神さま”・”言葉は神さま(2)”を読んだとき、ハットするものがありました。
自分の今の心情にあまりにもぴったりくるものがあったのです。
でも、自分の読解力の自信のなさから、先生は本当は、全く別のことが言いたいのに
色眼鏡を通して読んでしまっているのかもしれない・・・・・、自分が感じたことでいいのか?
確かめてみたくなり、間違っていたら恥ずかしいと思いつつ、コメントで質問させていただきました。
先生が、「最初のコメントにある通りの理解で、いいのです。」と、答えてくださったので、
もう一度、読み返してみて、更にハットしました。

言葉は神さま(2)の チョコレートの好きと言うところで、
>、「大好き」と言葉で言ってしまうと、自分も、それを聞いた人も、本当に大好きなのだと信じてしまう。
そして、その「大好き」という方向にむかって人生を歩む-   ~中略~
>だから、「言葉は神さま」なのだった。

を読んで、自分の今までの人生と照らし合わせてみて
確かに、全て、言葉どうりの方向に向かって人生は歩んでいる・・・・確かにそうだ!!と思いました。

以前の自分の体験ですが、息子が、医者から、死の宣告を受けたときに、心の中で、
医者の言葉より、生長の家で教えられた真理の言葉が頭に浮かびました。
そして、そのときに、生きるほうの可能性を信じて、直ぐに神癒祈願を出しました。
「もう、手遅れでしょう」と言われたにもかかわらず。
それから、不思議なことが続けて起きました。
医者から、最善を尽くしたけれど、ダメだったので、処置を終える承諾書を書くように言われました。
けれども、そのとき、たまたま夫は、仕事が気になると言って、遠い地に行ってしまいました。
承諾書を書くと言うことは、とても大切なことだったので、私一人では、承諾書にサインできないと思い
夫がここに来るまで待って欲しいとお願いしました。
先生は、快く承諾してくださいましたが、今遠くにいると聞いて
とってもビックされました。「そこまで待てません」と、言いたいけど言えないような表情でした。
そして、「とりあえず、やれるだけ処置を続けます」と言って下さり、
待っている間に、どうしても動かなかった心臓が、動き出したのです。
手術時間は、異例の27時間でした。先生は、それでもやめないで、最後まで
処置を続けてくれたのです。
それから、次から次へと、奇跡の連続が続き、「一命は取り留めたものの、
もう二度と目を開けることはありません」と言われ、
「絶対に治りません」と、お医者様に言われたあの言葉より、真理の言葉が勝ったのです。
そして、元気になってくれたのです。
私の中に生長の家の真理の言葉が、心の中にあったお蔭で
生きる方向に、現象ではあり得ない奇跡がおきました。
ICUにいた一ヶ月間、ずっと、先生の祈りの言葉を、心から真理だと信じて、
ずっと意識のなかった息子に、朗読して聞かせました。
そして、その言葉どうりになって、治らないといわれた脳梗塞も消えてしまいました。

その体験からも、「言葉は神さま」なのだと、強く強く
このご文章を読んで思い返しました。

また、聡子と過去の彼である優のストーリーの中での感想ですが
「過ぎた過去はない、今を生きよ」と、今までもずっと教えられてきたけれど、
今の自分の悩みは、今現在しっかりとあるし、それは、未来も起こりうる可能性があると思って
ずっと苦しんできました。
けれども、それは、あの食事が終わったしるしの上向きのグラスのように、
あると思っていたけれど、実は、鏡に映ったもので、下向きの始まりのグラスと共存しているように
見えても、そこにはないんだと思ったときに、自分が今悩んでいると思っていたのは
あの上向きのグラスと同じだったんだと、ハットしました。
過ぎ去った過去の出来事には、「ありがとう」しかない。
自分の悩みや苦しみは、全て過去のことだった。今あると思っていたのは、過去の彼の優と同じく亡霊に過ぎなかったんだ・・・
今、目の前に存在する悩みだと思っていた亡霊を、未来、眼の前に現れるのではないかと、怖れていたけれど、
亡霊だったと気が付いたとき、存在しなかったと分って
ずっと悩み苦しんで放せなかったことが、ぱっと目の前から無くなり、心が晴れわたりました。

長い間の苦しみが、この先生のご文章で救われました。

先生、本当にありがとうございました。感謝、合掌。
 

投稿: かんみ | 2011年1月23日 00:37

先生コメント返しありがとうございます。

既に「カルトを超える教え」は出た時すぐ読んでいます。

恐れ多いことですが僕の意見を書かせていただきます。

僕も生長の家がカルトになってほしくありません。

僕も雅宣先生に盲目的についていくのではありません。

先生のご講話もブログもご文章もよく読んで自分の理性で深く考え、「その通りだ」と僕自身でも共感するので
大いにしたがっているのです。

生意気でごめんなさい。雅宣先生の弟子の一人と表現させていただきます!前回語弊がありました。よく考えた上で先生についていっています。正直に書きますが先生のご文章で「あれっ?」と思って先生に質問させていただきたい時は、あります(笑)!学校の授業と同じで、わからなくて質問することはあっていいと思います。
どうぞこれからもよき師であり、先生であってください!どうしてもわからないことはどんどん質問しますので!(笑)o(*^▽^*)o

投稿: 奥田 健介 | 2011年1月23日 08:25

かんみさん、
 長文感想と体験の報告、ありがとうございました。
 息子さんの快癒、本当によかったですネ!

奥田さん、
 説明を読んで、貴方の気持がよくわりました。どうもありがとう。ただ、私は「弟子」というのを取っていませんから、私の弟子だと人には言わないようにお願いします。誤解されますから。

投稿: 谷口 | 2011年1月23日 13:33

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