« 天照大御神について | トップページ | 天照大御神について (3) »

2011年1月23日

天照大御神について (2)

「天照大御神」という神名が記されている最古の文書は、もちろん『古事記』と『日本書紀』である。私が前回、この神名について「固有名詞ではない」と書いたのは、これらの文書(以後、『記紀』と書く)の作者が生長の家で考えているような普遍的な神をイメージして「天照大御神」の名を使ったという意味ではない。これは当たり前のことで、古代日本に生きていた作者の心中には、「キリスト教」やギリシャ語の「アガペー」や「観世音菩薩」などの概念は存在しなかったからである。その時代の日本には、「外国」といっても新羅や高句麗ぐらいまで知っていた人はいても、現在のインドやパレスチナ、ギリシャに該当する地域の存在も知られていなかった。ほとんどの日本人にとっては、現在の日本列島の一部が「国」であり、かつ「世界」であった。だから、「普遍的な神」という概念も存在しなかったかもしれない。私が言いたいのは、生長の家では「天照大御神」を普遍神として解釈するということだ。

 それでは、『記紀』の作者は何をイメージしてこの神名を使ったのだろう。これは、やはり「太陽」であろう。そのことは、この神の「大日孁尊(おおひるめのみこと)」という別名や、「天の岩戸隠れ」や「神武東征」の神話に描かれた出来事を想起すれば、ほとんど自明である。だから、この神が「太陽神」であることについては、学者も異議を唱えまい。では、この太陽神が「女神」であることについては何か問題があるだろうか? ある。この考え方が普遍的かというと、必ずしもそうではないからだ。というのは、ギリシャ神話では太陽神・アポロンは男性だし、古代バビロニアの太陽神・シャマシュ、エジプトの太陽神ラーも男性として描かれている。また、インドのヴィシュヌ神も太陽神の側面をもつ。では、日本の太陽神には普遍性がかけているのか? 答えは「否」である。
 
 実は、『記紀』の神話には天照大御神のほかにも太陽神がいるのである。しかも、この太陽神は男性だと考えられる。さらに意外に思われるのは、この男性の太陽神の方が古くて、天皇家の祖神はもともとこの神だったし、現在もそうであると推測できる。この神とは「高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)」のことである。この呼び名は『日本書紀』にあるもので、『古事記』では「高御産巣日」という漢字を当てている。読み方は、濁らずに「タカミムスヒ」と読むのが正しいという。意味は、「高」も「皇」も「御」も尊敬語であり美称である。「タカミ」では、それが2つ重ねられているから、最高度の神であることを表す。「ムスヒ」の意味だが、「ムス」は「生成」「生産」の意味があることまでは学者の見解は一致する。問題は、「ヒ」をどう解釈するかである。これには2説があって、1つが「日=太陽」としてとらえるもので、もう1つは「霊」ととらえる。古代史学者の溝口睦子氏は、『アマテラスの誕生』(2009年)の中で多方面からこの問題を検討した結果、前者を支持していて、私もその方が合理的だと考える。
 
 天皇家のもともとの祖神が天照大御神ではなく、高皇産霊の神であったということは、私は溝口氏の本を読むまで知らなかったが、専門家の間ではすでに合意されていることらしい。これを示す事実として、同氏は天皇の伊勢神宮参拝は古代には一度も行われておらず、持統天皇、聖武天皇の伊勢行幸はあったが神宮参拝はせず、明治2年の明治天皇による参拝が史上初めてだったことを挙げている。それだけでなく、溝口氏によると、自ら皇祖神を祭祀される天皇家において「宮中八神」として祭られていた神の筆頭が「タカミムスヒ」であり、八神の中に「アマテラス」は含まれていないという。そして、天皇が親祭される重要な月次祭では、その祝詞に、まずこの八神の名前を唱えた後に、「辞別きて(ことわきて)」という接続詞をつけて、「伊勢に坐す天照らす大御神の大前に白さく」と続くという。つまり、天皇家において代々使われてきた月次祭祝詞は、「もともとタカミムスヒが皇祖神であった時代に作られ、あとでアマテラスが皇祖神に昇格するに及んで、アマテラスにたいする段を(…中略…)加えたということである」と結論している。(p.76)
 
 そうなると、日本の神話には太陽神が男女2柱あるということになるから、男性太陽神を掲げる世界の他の文化圏に比べ、日本は特に“異質”だとは言えず、「女性太陽神ももっていて、歴史的にはそれを強調してきた」という点が“特徴的”だということになるだろう。
 
 谷口 雅宣
 
【参考文献】
○溝口睦子著『アマテラスの誕生--古代王権の源流を探る』(岩波新書、2009年)

|

« 天照大御神について | トップページ | 天照大御神について (3) »

コメント

>>天皇家のもともとの祖神が天照大御神ではなく、高皇産霊の神であったということは、私は溝口氏の本を読むまで知らなかった<<

初めて知りました。溝口睦子著『アマテラスの誕生--古代王権の源流を探る』(岩波新書、2009年)を読んでみます。
 天照大御神が神世七代の高御産巣日神と繋がっているということは、天之御中主神と直結ですから、よりユニバースな神と言えると感じました。ありがとうございます。
                  本田 恵

投稿: 本田 恵 | 2011年1月25日 07:52

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 天照大御神について | トップページ | 天照大御神について (3) »