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2010年12月27日

訪問者 (6)

情報将校--(両手を肩の高さに挙げ、首を左右に振りながら………)わかった、わかった。この地の人々が数多く戦火の犠牲になり、財産や生活の場を失ったことは十分知っている。しかし、その責任はアメリカだけにあるんじゃない。我々にとって、これはテロに対する防衛戦争なんだ。テロがなければ、この戦争はなかった。我々は先に攻撃されたのだ。
導師--“悪の根源”がないというのは、わかるだろうか?
情報将校--悪があるのは確かな事実だ。だから、その原因もある。
導師--原因はあっても、それは“悪の塊”のようなものではない。
情報将校--善から悪が生まれるというのか?
導師--そうではなく、誤解や思い込みが“悪の幻影”をつくることもある。
情報将校--これは幻影なんかじゃない。人が爆弾で足を飛ばされ、肉を切り裂かれるんだ。恋人を失い、家族を失い、約束されていた将来を奪われるんだ。それが幻影だったら、今すぐ失ったものを元へもどしてくれ!
導師--ジョン、そんなに興奮しないでくれ。私が言っているのは、そういう悲惨な出来事の背後には、それらを計画し、共謀した一団の“悪者”が必ずしもいるわけじゃない、ということだ。
情報将校--陰謀はないというのか?
導師--そのとおり。
情報将校--陰謀は、外から見えないから「陰謀」なんだぞ。君には、何でも見えるというのか?
導師--「ない」ということを証明するのは難しい。だから、不安や恐怖をもつ人間は、自分の気持を説明するために「そこに何かがある」と考えがちだ。
情報将校--はははは……アブダル。情報将校の私に向かって心理学の講義などしないでくれ。
導師--心理学は重要だ。もちろん、それだけで国際問題を解決することなどできない。しかし、人間の心が戦争やテロを起こすのだから、それがどこから来るかを知ることは、平和維持にとって必要なことだ。
情報将校--アブダル。私はそういう初歩的なことを言ってるんじゃない。情報将校は心理学のプロでもある。その私に、「妄想を抱くな」と言ってほしくない。
導師--わかった。しかし、サダムが大量破壊兵器をもっていなかったという事実は、ブッシュ政権が妄想を抱いていた証拠じゃないか。それがイラク攻撃の理由の一つだっただろう?
情報将校--当時の彼が、ほかの目的をもっていたとも考えられる。
導師--それは何だ?
情報将校--私には、大統領個人の心を読む仕事はない。しかし、サダムをイラクから追放すことがアメリカの国益だと考えていた可能性はある。
導師--政権転覆のための戦争だというのか?
情報将校--さっきも言ったが、私は想像しているだけだ。情報将校は大統領の政治的判断に関与しないし、してはいけないんだ。

 谷口 雅宣

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