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2010年12月28日

訪問者 (7)

導師--ジョン、わかった。君が言いたくないなら言わなくていい。しかし、陰謀説が頭をもたげてきた時は、注意したほうがいい。君の考える陰謀の元締めが誰かは知らないが、その“悪の根源”を倒すことを新たな戦争目的にしてはいけない。
情報将校--なぜだ?
導師--だって、そんなものは存在しないからだ。妄想だからだ。妄想に対してミサイルや砲弾を撃ち込むことは、コラテラル・ダメージを最大化してしまうし、新たな“敵”を作り出すだけだ。
情報将校--しかし、見えなくても、あるものはある。
導師--じゃあ、この地域で最近囁かれている陰謀説を知っているか?
情報将校--何の陰謀だ?
導師--イラク戦争は誰が起こしたかという話だ。
情報将校--それはアメリカ大統領の決定による。こんな明白なことはない。
導師--陰謀説では、イランが起こしたことなっている。
情報将校--ばかな……。
導師--陰謀説の作り方には一定のパターンがある。まず、現状を見て、誰が“勝者”であるかを考え、その“勝者”を首謀者に見立てるのだ。
情報将校--イランが“勝者”なのか?
導師--イラクでは、戦争のおかげでスンニ派の政権が倒れ、シーア派が実権を握った。イランはシーア派だから、これでイラクに大きな影響力を行使できる。
情報将校--それで……?
導師--一方、アメリカは、イラク戦争とその後の占領統治、アフガンでの戦争で疲弊してしまった。ところがイランは、宿敵イラクの脅威から自由になり、結果的に最大の勝者になっている。だから、イランの陰謀で戦争が起こったに違いない……こう考えるのだ。
情報将校--ばかげている。
導師--ところが、彼らは真剣だ。こう考えることで、イランという“悪の根源”を生み出し、それ攻撃することで、自分たちの無力さをゴマ化すのだ。
情報将校--そんなことで、どうゴマ化せるんだ?
導師--とんでもない“大悪魔”を想定すれば、そいつが存在する限り、自分たちに不幸があるのは「仕方がない」と諦めることができるからだ。
情報将校--劣等感と無力感の“裏返し”ということだな?
導師--そのとおり。
情報将校--その話は、“9・11陰謀説”によく似ている。イスラームへの攻撃の口実をつくるために、アメリカが自ら演出したという、とんでもない説だ。
導師--よく気がついたね。この説の背後には、アラブ民衆の無力感と劣等感がある。アメリカの武力の前に、アフガンとイラクがいとも簡単に崩壊した……。
情報将校--思い出した。日本の真珠湾攻撃にも、いまだに陰謀説がつきまとっている……。
導師--人々は陰謀を語ることで、相手をおとしめ、自分は正しいと錯覚するのだ。この説は、無力感と劣等感の産物なのだ。それをジョン、君が唱えるとは……。
情報将校--自分にも、アメリカ国民にも、無力感があることは事実だ……。
導師--“悪の根源”という考え方は、その逃避場所なのだ。
情報将校--どうすればいい?
導師--間違いがあれば訂正し、武力や策謀の限界を認めることだ。
情報将校--ベトナムの“二の舞”を踊れというのか?
導師--一国の進路は、その国の国民が決める--この基本にもどるべきだと思う。
情報将校--そうか……。それを敗北だと考えてはいけないのだな?
導師--短期的には敗北に見えても、長期的には相互利益につながる。米日関係がそうであるし、ベトナムとアメリカも友好関係を結んだ。戦争が終わってみれば、“黄禍”は存在しないし、“鬼畜米英”も存在しない。
情報将校--そうか……よく考えてみる。アブダル。君のおかげで心の整理がついた。恩に着るよ。
導師--こんな話で役に立てれば、うれしいよ。

 谷口 雅宣

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コメント

貿易センタービルの崩れ方があまりにきれいだったので、陰謀説を信じていました。
真偽のほどはともかく、陰謀説を信じたがる心境については反省させられました。

“悪の根源”は存在しないので恐ろしくはないけど、それを存在させようとする心理に気を付けたいと思います。

世界平和の祈りの心境を見直す機会を頂き、
ありがとうございました。

投稿: 辻井映貴 | 2010年12月30日 08:17

辻井さん、
 この「訪問者」という対話シリーズは、あくまでも創作です。ここに書かれたことが、すべて事実であるとは考えないでください。「事実は小説より奇なり」と言いますから……。(笑) よいお年をお迎えください。

投稿: 谷口 | 2010年12月30日 10:08

総裁先生、コメレスありがとうございます。
たとえ話であることは、心得ております。

ただ、私の心の中にある、陰謀説に関心を持つ心境を反省する機会を頂きましたので、ご教示に対する感謝をお伝え致したく投稿させていただきました。

先生におかれましても、よいお年をお迎えください。

投稿: 辻井映貴 | 2010年12月30日 11:12

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