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2010年12月21日

クリスマスを別の角度から見る

 クリスマスが近づいてくるたびに、私はこの日本という国の不思議さを強く感じる。クリスマスは、キリスト教徒の祝日であることは言をまたない。しかし、日本はキリスト教国でないばかりか、キリスト教信者の数は国の公式統計では2%ほどしかいない。「いや、クリスマスは宗教の祝日ではなく、商業主義の勝利の日だ」という類の言説はよく聞く。しかし、そうであったとしても、なぜその商業主義は、お釈迦様の誕生日や伊勢神宮の大祭の日と結びつかなかったのか、という疑問が残る。なぜなら、仏教や神道の伝統の方が日本人の心にはずっと近しいはずだからだ。そういう疑問を呈すると、日本人はハイカラ趣味だとか、西洋かぶれだとか、植民地支配が続いているとか……奇妙な説明がされることが多い。本当にそうだろうか?
 
 私は、5年ほど前に本欄で「クリスマスは冬至祭?」という文章を書いた。そこでは、クリスマスはキリスト教に起源があるのではなく、古代ローマの太陽神信仰がもとだというキリスト教研究者の説を紹介した。今、この考え方はだいぶ“市民権”を得てきたから、読者の中にもご存知の人は多いと思う。例えば、宗教学者の島田裕巳氏は、クリスマスの起源について次のように語る--
 
「キリスト教会が、イエスの生誕の日を12月25日と定めたのは、その生誕から300年以上が経った西暦354年のことであった。キリスト教は、最初、中東のシナイ半島にはじまるが、やがてヨーロッパに広がっていく。ヨーロッパでは、それ以前に、民間の土着の信仰として、春の訪れによって太陽が蘇ることを期待する新年の祭りが、冬至の日近辺に祝われていた。
 キリスト教徒たちは、この冬至のころの新年の祭りと、イエス・キリストの生誕とを重ね合わせた。新年の祭りが、古い年が去って、新たな年が訪れることを祝うものであるように、イエスの生誕は、古い時代が去って、新たな時代が訪れたしるしであると考えられたのである」。(島田裕巳著『宗教常識の嘘』、p.115)

 この説明では、クリスマスの起源は古代ヨーロッパの土着の信仰だということになる。とすると、やはり日本人は“外来文化礼讃”かとの疑いが晴れない。しかし、「冬至」という言葉に注目してみると、別の観点が生まれてくるのである。なぜなら、冬至は、日本にもユダヤにもヨーロッパにもアフリカにも……どこにでもある現象だからだ。12月20日付の『インタナショナル・ヘラルド・トリビューン』紙に、リチャード・コーエン氏(Richard Cohen)が書いた論説を読んで、私はそれこそ世界中に冬至を祝う儀式や祭礼があったことを知って驚いた。古代のギリシャやローマだけでなく、イギリスのウェールズ地方にも、スカンジナビアにも、朝鮮半島にも冬至祭はあり、メキシコ中部の先住民アステカ族にも、南米のインカ人にも、“太陽の新生”を祝う行事は重要なものだった。
 
 が、考えてみれば当たり前のことかもしれない。昔の人々は、世界中どこでも大自然に密着した生活をしていたから、季節の変化--とりわけ日の長さについて敏感であったことは、容易に理解できる。コーエン氏によると、16世紀まで貧困の地だったヨーロッパでは、1月から4月までは“飢饉の月”とされ、この期間には牛に餌をやることができないため、冬至祭を機会に家畜を屠り肉を食した。その習慣が、現在のクリスマスに続いているというのだ。また、平凡社の『世界大百科事典』によると、中国を起源とし、昔から日本で使われていたいわゆる“陰暦”(太陰太陽暦)では、冬至は、二十四節気のうちで最も重要な暦法の原点だった。この暦法においては、冬至の日の夜に、大子(おおいこ)という神の子が人々に幸いや生命力を与えて、再生を促すために各地を巡遊するという信仰があったという。これなど、サンタクロースの物語を彷彿させる。
 
 さらに、わが国では昔から「大師講」と呼ばれる民俗行事が冬至のころに行われている。これは、歴史的人物である弘法大師と関係がありそうだが、実際に行われている行事はそうでないという。上記の百科事典によると、「東北・関東地方では擂粉木(すりこぎ)のような一本足の神だというところが多く、また歴史上の大師とまったく関係のない伝承ばかりが伝えられている。<ダイシ>は本来<タイシ(太子)>としてのマレビト、すなわち来訪神であり、冬至の季節に行う、新たなる神の子を迎えての祭りが民俗的大師講である」という。
 
 このように見てくると、日本人がクリスマスを祝う習慣を熱烈に受け入れたのは、地球上の他の地方と同じように、それが冬至祭としての意味を(無意識にも)もつからだと分かる。我々は“新生の日”である新年元旦を迎える前の準備として、新生した恵みの神を家々に迎え入れ、収穫物を捧げて大勢で祝った。つまり、蘇りの新年来訪の“前夜祭”として、日本の文化・習慣に合致していたから受け入れた--そういう見方ができるのである。

 谷口 雅宣

【参考文献】
○島田裕巳著『宗教常識の嘘』(2005年、朝日新聞社刊)

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コメント

なかなか、興味ある話をありがとうございます。私は物心ついた頃、すでに教会の日曜学校に通っていました。なので、クリスマスをイエス様の誕生日てして祝っていました。友達も、それを知って祝っていると思っていましたが、ある時に、友達がキリストのことを何も知らないのを知りました。私は不思議に思い、「じゃ、どうしてクリスマスのお祝いをするの?」と聞きました。
「クリスマスって、プレゼントをしたりする日でしょ?」と言う返事でした。そこで、イエス様の話をしたら、初めて聞いたらしく、驚いてました。

冬至を祝う話は、今、初めて聞きました。そんな理由もあったのですね。だけど、この話を(冬至の)どれだけの人が知っているのでしょうか。また、友達に聞いてみたいと思います。

投稿: 水野奈美 | 2010年12月22日 20:00

となると、いよいよクリスマスってネーミングをやめたらいい気がしますね。MICHAEL JACKSONも、ハッピーホリデーって言い方に変えようと言う動きに賛同していましたね。でも日本人は、クリスマスツリーやイルミネーションのロマンチックな雰囲気が好きなのだろうから、やっぱりクリスマスのままなんだろうな‥

投稿: もか | 2010年12月22日 20:12

私もクリスマスの起源が冬至に関係があることを初めて知りました。と同時に何故日本にクリスマスが定着したかが納得できました。やはり古代の世界各地方の神話等からも宗教の真理は一つで、隔たりがないはずが、時代、国等によって隔たりができたのかな……と思いました。また必ず世界がわかりあえる日がくると信じています。

投稿: 本田真弓 | 2010年12月22日 23:49

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