« クリスマスを別の角度から見る | トップページ | 訪問者 (2) »

2010年12月22日

訪問者 (1)

 エジプトのカイロ市郊外にある小さなコプト寺院に、白いボロ布を頭から被った男がやってくる。実は、この男は米大使館付きの情報将校で、昔友人だったこの寺院の導師に、面会を求めていた。
 
情報将校--ああ、アブダルさん。私をまだ憶えてらっしゃいますか?
導師--はい、もちろん。少佐からメールをいただき、昔の記録を少し調べましたが、すぐに思い出しました。二十年なんて、すぐにたってしまうのですね。ニューヨークにはしばらく行ってませんが、グラウンド・ゼロ付近はだいぶ復興が進んでいるのでしょうか?
情報将校--ここ一年ほど、あそこへは足を運んでいません。でも、ネット情報によると、跡地では塔の建設が進んでいて、破壊のあとはもう残っていません。
導師--人々の心の破壊も消えてくれているといいのですが……。
情報将校--ああ、ほんとにそう思います。
導師--ニューヨークの大学へは、たまには行かれるのですか?
情報将校--前回行ったのは、もう二年前でしょうか……。あなたと一緒に中東史を学んだ教室はまだ残っていて、懐かしかったです。でも、あの古い図書館は壊され、新しい建物がいくつも建ち、キャンパスはすっかり窮屈になりましたよ。
導師--さて、立ち話も何でしょうから、どうぞ私の部屋へ来て下さい。
情報将校--はい、ありがとうございます。

(二人は、寺院内にある導師の狭い執務室でテーブルをはさんで向かい合う。)

導師--メールでのお話では、何か悩みと相談があるということでしたが……。
情報将校--はい。でも、今の私の立場では、お話できることとできないことがあるということを、ご理解いただきたい。
導師--それは、もう当然のことです。私も今は、神に仕える身ですから、二十年前とは変わっているかもしれません。
情報将校--はい。お会いしてから、ずっとそう感じていました。でも、昔のように「アブダル」とファーストネームで呼んでもいいでしょう? その方が、正直な気持になれる気がします。
導師--もちろん結構です。では、私の方も「ジョン」と呼んでいいですね?
情報将校--ああ、それはありがたい。古い友人関係がこの地で復活するのは、大歓迎です。
導師--ではジョン……私にできることは、神との仲介だけだが、何か質問を……?
情報将校--ありがとう、アブダル。大学を出たころ、私は善悪の判断には自信があった。でも最近……特に、9・11のあとに中東へ来てから、それが揺らいでいる。
導師--そうですか。ジョン、情報機関に入っていろんな経験をしたんだね。
情報将校--イラク戦争は、9・11という明確な「悪」に対する宣戦布告だった。それは正しい戦い--つまり、正戦であることは、疑いの余地がなかった。なのに九年たった今、我々がここに--つまり、中東地域にいることが「悪」を拡大させる原因になっている……。時々そういう疑念に襲われるんだ。

 谷口 雅宣

|

« クリスマスを別の角度から見る | トップページ | 訪問者 (2) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« クリスマスを別の角度から見る | トップページ | 訪問者 (2) »