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2010年12月 8日

プラトンと画家 (6)

 前回までに本欄でたどりついた結論は、プラトンが『国家』第10巻において語る“芸術論”は、すべての芸術や文学について述べたものではなく、例外的な特殊ケースについて述べたものということだった。それがどのような種類の“特殊ケース”であるかは、プラトンのテキストに帰って確認することで明らかになるはずである。次の引用は、本シリーズの初回ですでに紹介したが、大切な箇所なので再掲する。
 
 ソクラテスは、グラウコンにこう語りかける--
 
「いったい絵画とは、ひとつひとつの対象についてどちらを目ざすものなのだろうか? 実際にあるものをあるがままに真似て写すことか、それとも、見える姿を見えるがままに真似て写すことか? つまり、見かけを真似る描写なのか、実際を真似る描写なのか?」

「見かけを真似る描写です」と彼(グラウコン)は答えた。(p.311)

 上の引用では、ソクラテスの口を借りたプラトンは、対話相手のグラウコンに対して2つの選択肢しか与えていない。つまり、絵画の目的について、①イデアを模写するため、②個物の見かけを真似るため、という2つの中から選べと迫っているのである。これは一種の暴論ではないか、と私は思う。人間が「絵を描く」という行為をする目的は、もっと多くのものがある。その1つには、情報伝達がある。これは、古くは古代エジプト文字や漢字、本や雑誌の挿絵、新しくは道路標識やパソコン画面のアイコン、ケータイの絵文字などを思い出せばわかる。これらの絵は、①でも②でもない場合がほとんどだろう。プラトンの時代にこれらすべてが存在しなかったとしても、“世界最古の絵画”と言われるフランスのラスコーの洞窟に描かれた動物の絵は存在していた。私はこの絵の目的も、①でも②でもないと考える。

 ということは、プラトンはここで、「個物の見かけを忠実に真似る」という特殊な目的のもとに描かれた絵画だけを、議論の対象にしようとしているのではないだろうか? つまり、いわゆる“リアリズムの絵画”を批判することがプラトンのここでの目的であったと考えられる。そうではなく、プラトンがそれ以外の絵画を含めたすべての芸術を評価しなかったと考えるのは、無理である。これについては、『国家』の翻訳者である藤沢令夫氏の次の文章が有力に物語っている:
 
「プラトンが若いときに多くの詩作品を創作し、ソクラテスとの出会いによってそのすべてを火中に投じたという話が、後の人が作った伝説にすぎないとしても、プラトン自身が詩人としてのすぐれた素質と才能をもっていたことは、彼が書いた対話篇そのものが証明するであろうし、彼自身が詩の魅力に対して誰よりも敏感な人であったことは、疑いえないであろう。“子供のときからぼくをとらえているホメロスへの愛と畏れとが話すのをさまたげる”、“われわれ自身詩の魅力に惹かれることを自覚している”と、彼はこの箇所の議論の始めと終りにソクラテスに語らせている」。(『国家(下)』p.428)

 だから我々は、プラトンが『国家』において述べる“芸術論”を、彼の芸術観のすべてだと考えてはならないのである。恐らくプラトンは、現実世界の物事の単なる複製(コピー)を芸術だと考える人々に対して、「そんなものは価値が低い」と言っているのである。
 
 谷口 雅宣

【参考文献】
○プラトン著/藤沢令夫訳『国家(下)』(岩波文庫、1979年)

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コメント

総裁先生、ありがとうございます。
今回もとても興味深く拝読させて頂きました。また、自分の大学の卒論を読み返してみました。
プラトン『国家』(藤沢令夫訳 岩波書店 1976年)476C~476Dには、
「<美>そのものが確在することを信じ、それ自体と、それを分けもっているものとを、ともに観てとる能力をもっていて、分けもっているもののほうを、元のものであると考えたり、逆に元のもの自体を、それを分けもっているものであると考えたりしないような人、このような人のほうは、君は目を覚まして生きていると思うかね、夢を見ながら生きていると思うかね?」
とプラトンが述べていますが、
当時大学生(5年前)の私は、
「<美>の実相(イデア)と<美>の現れたものとの関係は、心と物との関係にもあてはまる。形に現れたものは変化し、現れたり消えたりする。物は変化し、現れたり消えたりする。」
と書いていました。
当時と今の自分は違う考えかもしれないですが、
人間には実相世界に感動し、それを表現する力と使命があるのだと思います。

感謝 合掌
丸山貴志拝

投稿: 丸山貴志 | 2010年12月 8日 23:57

丸山さん、
 コメントどうもありがとう。

 プラトンは「美そのもの」が実在で、その現れとして「花の美」や「音楽の美」などがあるとしているのですか? 「元のもの」と「分けもっているもの」という表現は、日本語ではどこかニュアンスが違うようにも思えますが……。

投稿: 谷口 | 2010年12月10日 23:14

総裁先生、ありがとうございます。

『西洋思想の要諦周覧』(嘉吉純夫・斎藤隆著 北樹出版)P27~28には、

「プラトンの言う「イデア」を、次項で取り上げるアリストテレスのように誤解してもいけない。アリストテレスは、しばしば「イデア」を、単に個々の事物や実態に依存してのみ存在しうる普遍的な性質(例えば、<この花>や<あの木>に付属する共通の属性としての<美しさ>)とみなしているが、おそらくこれは二重の意味で間違っている。なぜなら、普遍的な性質や内在的な属性そのものではなく、そうしたものの根源となるものがプラトンの言う「イデア」であり、それこそが独立した存在であって、個々の事物の方がこれに依存して生起する(例えば、美の本質そのものとしての「美のイデア」から性質としての<美しさ>が生じ、その<美しさ>を持つことによって個々の美しいものが生じる)のだからである。」

「イデアの例として「円のイデア」と「美のイデア」が挙げられたが、他にも、すべての花を花たらしめている「花のイデア」とか、あらゆる正しいものを正しい行為に正しさを与えている「善のイデア」とか色々なイデアが考えられる。プラトンが実際にどれだけの種類のイデアを考えていたかは、にわかに断定することはできない。むしろイデア論は実在的・固定的な教義ではなく、絶えず練り上げていった理論であり、プラトンにとって、世界と存在に対する唯一の正しい見方と正しい思考を可能ならしめる、原理的・根源的な思想的態度そのものであったと見る方がよいのかもしれない。」

と書かれてあります。
『プラトン』をそこまで読み込んだ訳ではないので、しっかりとお答えできずに申し訳ありませんが、プラトンは哲学的思索を深めながら、それぞれの著作の中でイデア論を構築していったのではないかと思います。
「元のもの」と「分けもっているもの」という表現は難しい表現ですが、プラトンはどこまで(どのイデア)を実在としたかは、なかなかわからないです。

同書P28には「「善のイデア」があらゆるイデアの上に立つ最高のイデアと言われる」とも書かれており、イデアにも色々な種類があるかと思います。

感謝 合掌
丸山貴志拝

投稿: 丸山貴志 | 2010年12月11日 22:28

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