« 訪問者 (7) | トップページ | 新年のごあいさつ »

2010年12月30日

2010年を振り返って

 さて、今年もいよいよ押し詰まってきた。本欄では例年にならって過ぎゆく年の“まとめ”を書こうと思う。『聖使命』新聞は12月1日号で、運動全体のメインニュースとして①“森の中のオフィス”の用地取得、②新普及誌3誌の発刊、③ブラジル伝道本部のISO14001取得、④運動組織の全国幹部研鑽会と全国大会の開催、⑤生長の家教修会の開催、⑥ポスティングジョイの“国際版”発足などを取り上げた。私もこの選択に賛成である。読者には、これらの出来事に共通する“流れ”が見えるだろうか? それは、生長の家の新しい“息吹”とも言える。国際本部移転先の用地取得は、“自然と共に伸びる運動”におけるハード面の大きな礎石である。新普及誌は、発行形態と内容の両面で、この運動にマッチした重要なツール(道具)となる。その普及誌と内容的に連動したポスティングジョイの国際化は、インターネット時代の世界伝道に向けた重要な足がかりになるだろう。ブラジル伝道本部のISO認証取得は、11月末に実現したアメリカ合衆国伝道本部の同様の快挙と併せて、宗教運動の“新潮流”を生み出す可能性を秘めている。全国幹部研鑽会や教修会などは、この“新潮流”--つまり、自然と人間との共生を信仰によって実現する流れ--を、ソフト(教義)面から学ぶ努力で、今後も続けていかなければならない。

 こうして私たちの運動では、“自然と共に伸びる”という方向への前進は続いているが、世間一般は自然との共存に向かって進んでいるとは思えないのが残念である。12月28日の『朝日新聞』は、2009年度の日本の温室効果ガス排出量(速報値)が、京都議定書の基準年である1990年を4.1%下回ったとし、これは90年以降初めだと報じている。しかし、その主な原因が昨今の不況で製造業の生産量が減少したことだというから、“自然と共に伸びる”方向性からはかけ離れている。経済の低迷によって打撃を受けた日本の経済界は、環境対策にコストをかけることを嫌がってきたが、民主党政権になると、そういう企業の労組を支持基盤とする議員らも加わって、「環境より経済」という動きが強まりつつある。27日付の『朝日新聞』は、温室効果ガス削減目標として民主党政権が掲げた「2020年までに25%削減」と、排出量取引制度の2つが今、危機に瀕していると報じている。世界経済の低迷を反映して、12月11日までメキシコのカンクン市で行われた第16回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP16)でも、目立った進展はなかった。
 
 しかし、この方向への前進が全くないわけではない。その1つを挙げれば、10月に名古屋で開かれた生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)がある。東京大学の鷲谷いづみ教授(生態学)は、27日付の『日本経済新聞』でこの会議の成果について、次のようにまとめている--
 
「COP10は、この(生物多様性)条約の目標実現のために節目ともいえる重大な会議であった。日本政府が議長国として意見調整と妥協案の提示に尽力したことが功を奏し、発展途上国と先進国の間の意見対立を乗り越え、遺伝資源の利用で得られる利益の配分に関する『名古屋議定書』の採択にこぎつけた。同時に、20年までに達成すべき20の目標を定めた『新戦略計画(愛知目標)』ほか、多くの文書が採択された」。

 特に注目されるのは、日本の里地・里山をモデルにした「SATOYAMAイニシアチブ」が広い支持を得たことで、日本人の自然観にもとづいた伝統的な生き方が、地球規模の生態系保全に役立つと認められた意義は大きいと思う。

 距離的または時間的に“遠く”にあるよりも“近く”にあるものに注目し、それに反応することは、生物一般に言えると思う。しかし人間は、そういう生物一般の本能的反応を超える知性や予見能力をもっているために、ここまで発展してきたはずである。が、最近の国際政治を見ていると、そういう知性や予見能力を麻痺させて、自国の利益や近隣国との短期的関係を重視する行動や政策ばかりが目立つのは悲しいことだ。地球規模での気候変動や生物多様性問題、核兵器などの大量破壊兵器不拡散の問題は、伝統的な「国益」の範囲を超えた「生物益」や「地球益」のためのものなのだ。ここでは“小”を優先すれば“大”の利益が自ずから満たされるという構図は必ずしも成り立たない。そうではなく、“大”を優先することで、その一部である“小”の利益が護られることが多いのだ。

 今年の世界の気候変動の激しさを振り返れば、そのことを感じずにはいられない。東京では4月半ばに雪が降った。梅雨の期間に西日本から東北で豪雨が続いた。夏の猛暑は記憶にまだ新しい。世界的にも異変が続いた。モスクワで7月に38℃の高温となり、大規模な森林火災が発生した。中国やパキスタンでは洪水が続き、冬期になると、ヨーロッパと北米で寒波襲来による豪雪の被害が起きている。これらの異常気象に地球温暖化が関係していると考える専門家は多いが、科学者は皆、注意深くて断定しない。「海水温の上昇」と「北極振動」が起こっていることは認めるが、その原因についてはあまり語らない。しかし、これら“大”の領域の変化によって、我々の生活に現実にマイナスの影響が出ている。農産物の収穫は減り、漁場は移動し、作物は洪水に流され、航空機は欠航し、貨物の運搬は停滞し、貿易や観光産業は縮小する。これら個々の被害を“小”の領域だと見れば、“大”の安定なくして“小”の繁栄がありえないことは明らかである。

 にもかかわらず、我々は“大”なるもの--距離的または時間的に“遠く”にあるものに注目せずに、“小”なる利益を追い求める傾向がある。日本の国政は言うに及ばず、北朝鮮問題、尖閣諸島問題、北方領土問題にも、この要素が見られる。今年は、これら諸々の現象を通して、「“大”を大切にせよ」「“大”を優先せよ」との教えを学んだ年だったと言えよう。
 
 谷口 雅宣

|

« 訪問者 (7) | トップページ | 新年のごあいさつ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 訪問者 (7) | トップページ | 新年のごあいさつ »